ONIの里

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隠忍伝説(サイドストーリー)

ONIΩ ~希望紡ぐ仔らよ~ 

桃龍斎さん 作

第八話 決戦を前に

三世伝承院本部。
それは何処の時代にも、何処の世界にも属さない、一つの世界として成り立っている場。
その入口たる、屋敷の玄関では信長がミルドと伽羅を出迎えていた。
「良く戻って来た。我々の三世安定化計画はいよいよ最終段階になったな」
「早速な言葉ね。伽羅、彼が織田 信長、三世伝承院の一員よ」
「よ、よろしくお願いします……」
自分も本来は此処に所属するはずなのだが、緊張で身体が硬直してしまっている伽羅。
そんな彼女の緊張感を解すように、信長がカラカラと笑う。
「肩の力を抜いても構わん。何時もの調子で動けば良い。伝承院は世界の監視を確かに行うが、堅苦しい場所ではない。すぐに慣れるから心配もいらぬよ」
「は、はい」
「じゃあ、登録を済ませるわよ。この先に登録所があるから」
手短に事を済ませたいという事で、話を切り上げたミルドは伽羅と共に奥へ進む。
登録所とも呼べる場所は、屋敷部分を抜け、青空の映える中庭部分を通った先に、大きな神殿として建っていた。
「こんな世界があったなんて……」
「他の人達も結構驚くでしょうね。機械や魔力、霊力、そうしたものを用いた技術が集まり、優れた賢人達を頂点にして成り立っている、それが三世伝承院。物事を記録したり、特定の条件を満たした人を世継ぎとして蘇らせ、三世の秩序を保つ、それが私達伝承院の生き方なの」
様々な説明をミルドから聞く内に、伽羅は気掛かりになる事が自分の中で大きくなるのを感じる。
自分がこの伝承院の一員になったら、もしかしたら琥金丸とは会えなくなってしまうのではないだろうか?
そうした疑念が胸の中で高まっていくのを、ミルドは見逃さない。
「大丈夫よ。あんたを悪いようにはしない。私から上手く話しておいてあげるから」
擦り切れているようで、気ままな雰囲気を保つミルドの言葉。
それだけでも、伽羅は心無しか不安と疑念が薄らいだかのように思えた。
そうしている内に登録所に到着したのだが、入ろうとした矢先に一人、伝令たる軍服姿の男性がミルドの横に跪き、彼女の足が止まった所でその耳元で何かを囁く。
それは予想範囲内の事だったのか、ミルドはさほど驚いた様子も無く頷いており、話もさほど長いものではなかったようだ。
伝令が囁きを終えてからお辞儀をし、足早に去って行った所でミルドはまだ登録所の扉を開かず、伽羅に告げる。
「……困った報せが入ったわ。私の父親が、尸陰の側で甦ったのよ。後、幕末時代、と言ってもあんたにはチンプンカンプンな事だろうけれど、その時代で暗躍していた奴等の魂も尸陰の手で奪われていた事が分かったみたい。何れも冥府にあったものを、監視の目を盗んで強奪されたそうよ」
「!!」
後者の方より、前者の、ミルドの父親の復活で伽羅は青ざめていた。
かつての自分の主とも呼べる吸血鬼が復活したとなれば、自分を狙うかもしれない。
「……あたしは……」
「しっかりと気を持ちなさい。此処であんたがしゃんとしなかったら、琥金丸達にまた迷惑を掛ける事になるわよ」
「そう、ですね……あたしが此処で俯いてても、何にもならない……」
自信を取り戻し、良い顔になった伽羅。
彼女のその様子を確認したミルドは登録所の扉を開く。
そこでは何人か、異国の服を着ている人達があちこちを動き、急ぐ者は早歩きで目的地へと動いていた。
そして奥の方では、机を挟んで何人かの係員たる人物が来訪者を待っていたらしく、ミルドと伽羅が来た事で一礼する。
「お帰りなさいませ、ミルドさん。伽羅さんの救出、ご苦労様です」
「早速で悪いけれど、この子の正式な登録をお願い」
「ええ、既に必要書類は揃っております。後は自筆で書いて頂くだけです。こちらに……」
係員の一人が伽羅に書類と、機械仕掛けの筆を手渡す。
書き方は横にある見本に従えば良いという事なので、伽羅は周囲の目を気にしながらも、丁寧に必要な場所を書いていく。
それを終えて係員に戻すと、係員も笑顔で頷き、交換という形で異国の着物を伽羅に手渡す。
係員やあちこちで歩いている人と同じものである事から、これが伝承院の制服らしい。
「今日やっておくべき手続きももう少し。それが終わったら監査局に戻るわよ」
「!はい!!」
ミルドの説明を受けた伽羅は顔をパァッと明るくさせ、この本部に到着して一番の元気な声を出す。
それで十分気持ちが落ち着いたと理解して、ミルドも伽羅を別な場所へ案内して行った。

しばらくして……
伽羅が手続きと併せて、様々な説明を受けている間、ミルドは信長の部屋で落ち合い、紅と緑の茶を飲み交わしていた。
「さて……私達のやっている事、果たしてあいつらに理解出来るかしら?」
一応話はしたものの、ミルドはまだ完全に安心していた訳ではなかった。
今回の戦いは、明らかに仕掛けたのは十二邪王であるのは事実であり、三世に悪影響を及ぼすという危険性を考慮した結果、本部の賢人達から『十二邪王および前世から引き摺り出された金剛を打ち倒し、前世の司狼丸の魂を真の輪廻の環へ戻すべし』という結論が下された。
ただ、こうして秩序を守る事を第一と考えている以上、何かしら反感を買われる可能性もある。
三世伝承院は前世・現世・来世の秩序を保つ為ならば、特定の時代で起きた悲劇を見て見ぬ振りをしている、そういう風にも取られかねないのだ。
但し、ミルドもそこで情が移るような事は無い。
「伽羅は、今回の件が済む前後に覚悟を決めてもらう事になるわ。無論、琥金丸にもね」
「そうか。冬夜についても同様だな。実質、二度と会えなくなるに等しい。死ぬ訳ではないにしても、今生の別れとなるのは事実。後は双方に納得してもらうまで」
「冬夜はまだ知らないのか、あるいは知っていてまだ伝えないのか……」
「恐らく、後者だろう。まあ、今は十二邪王を何とかしなければな」
今後の事で片付けるべき仕事が増えて来ている。
それらをこなし、三世の秩序を保つ事こそが自分達の生き方。
ミルドも信長も、そう割り切り、今日を生きているのだ。
「エレオスは、死んでいない以上は伝承院には引き入れられず、当面は監視対象になるわね」
「うむ。何をするかは全く検討がつかない以上、それが上策となるな」
「そして、司狼丸……彼を救おうとしている人達がしっかりといるわ……前世とは大きく違っている。でも結果も不明……此処ばかりはONI達次第だわ。私も、実力行使の許可が下りている以上、全面的に協力する事になったけどね」
「ふふ、羨ましいものよ……私もONIとの縁が深ければ、戦国時代以上の武勇を揮えたのだがな」
少し惜しいとばかりに苦笑する信長に、ミルドも茶菓子を一口齧って頷く。
「こういうのをこそ、天命と言えるわね。父と本気で戦って戦いを終わらせるのも、尸陰や金剛を阻止するのも、ONIと共闘するのも、全て……」
「現実とは、予測不能にして筋書きの無き物語だな」
そうした話の次は、別な事で互いに話し合い、両者の手にする二色の茶が完全に飲み干された所で、扉を叩く音が聞こえ、開かれた扉の向こうから伽羅が入って来た。
「失礼します。ミルドさん、本日分の説明と手続き、終わりました」
「お疲れ様。それじゃあ信長、後しばらくはお願いね」
「良い土産話を待っているぞ」
今日此処で成すべき事は全て終わったとして、ミルドは伽羅と共に伝承院本部を後にし、空間の歪みを通って時空監査局本部へと戻って行く。
入口辺りで見送っていた信長も、空を見上げながら一人呟いていた。
「滅びないものなど、ありはしまい……絆は一大劫(いちだいごう)を経ても、形を変えて蘇るが、それでも一度滅びる事に変わりは無い……」


十二邪王の根城、時空の果ての地。
それは空間が歪んだような空の下、海の上に浮かぶ小島のようなものだった。
世界そのものが半球で閉ざされたかのように、海はその半球の円周で下に落ち、消滅していく。
島も神殿のようなものが置かれているだけで、他は自然の息吹が全く無い場所である。
その神殿の最深部にて、尸陰達は集まっていた。
「ミルド・アルカナ……やはり裏切りましたか。いえ、元からの行動でしたね。この地への近道を無くすと引き換えに、こちらの眼が届かない処置を施すとは、用意周到な……そして餓王と斬光がやられましたか。あの2人、もう少し頑張ってもらえると思っていたのですが……」
「敢えて残して、裏切りを確認したから屋敷を襲おうと思ったら、もうミルドが戻って来て奇襲部隊が全滅。あいつ、結局親の敵討ちなんて考えてないんじゃないかな?」
溜息を漏らすジャドだが、尸陰は小さな笑みで返す。
「その通りだったのです。彼女はむしろ、父とは敵対関係……冥府の監視を縫って、ようやっと証人を引き摺り出せましたよ……もう少し早ければ、事は順調に進んだのですが」
「え?という事はもしかして……」
尸陰の指が鳴ると、ミルドが先日まで居た燭台の前に一人の男性が姿を見せた。
痩せた身体、短く切り揃えた髪、そして黒衣の下に見える、紳士服。
ミルドの父親であり、琥金丸達が打ち倒した、西洋妖怪の吸血鬼だ。
「娘の気が変わってくれればそれで良かったんだが、不埒を働いたとあっては、我慢出来なくなってね。その不始末は私がしておくよ。これが親の務めというものだからね」
邪悪な笑みでそう話す吸血鬼に、今度は不安もあるまいとして尸陰はこう付け足す。
「ミルドがそのまま付き従っていれば、親子で協力して、という構図に。裏切ればこうして父が処断を下す……そうした筋書きに従ったまでの事です。とはいえ、後少し戦力を用意しても良さそうですね。ジャド」
ジャドは呼ばれると、尸陰の手の上に乗っている三つの球を目にして感嘆の声を上げる。
黄金、朱色、そして黒の三つの球は禍々しい輝きを放っており、それが何を意味しているのかをジャド本人は理解していたのだ。
だが、素直に喜べない部分もあり、すぐに鋭い視線を尸陰に叩き込む。
「……何でこれをもっと早く出さなかったんだ?これを使っていれば、ONIを一部仕留めれたかもしれないのに」
「切り札は最後まで取っておくものです。そもそも、ミルドの裏切りはともかく、エレオスや才神 冬夜があちら側の援軍として現れる事を、誰が予測出来ましたか?」
「……っ」
「それに、後一歩の所で叩きのめされる事ほど、絶望を高めるものはありません。言うなれば、一瞬の楽しみを与えた上で絶望させて一気に刈り取る、という事です。熟した果実を取るように、実った稲を刈るように」
「そいつぁ分かった。で、今度はあっちが来るって事で良いのか?」
押し黙るジャドの代わりに、アビスが身を乗り出して応える。
「その通りです。迎え撃ち、敵を打ち倒す……戦力を分散・疲弊させた後に金剛様を蘇らせれば、私達の勝利が確実となります」
「次は退く必要性も無い、か。それも一興というもの」
「今度こそは、救援なんてのは来ないと思いたいですなぁ。あれさえ無かったら討ち取れたんですぜ?」
「こちらもだな。私に恥を掻かせたあの女、許せん……!」
清盛、久秀、大魔縁は意気盛んになっており、バシリスク・コカトリスも負けじと意気を上げている。
「手合わせしてみて分かった。滅茶苦茶楽しめるぜ」
「全くだわ。これで私達一族は、メデューサ達に大きな顔をされなくて済む……オホホホ」
「2人も、我が部下だった彼女らに負けない働きを期待しているよ。特にお前達とは何故か仲良くやれそうだからね」
「お、奇遇だな。俺もそう思っていた所だぜ、伯爵殿」
「ははは、その呼び名で呼んでくれると嬉しいよ。吸血鬼、等という名では心地良く無いのでね」
意気投合をし始めた吸血鬼改め伯爵と、バシリスク。
それは、吸血鬼の代表たるドラキュラという名が、竜の子という意味を持っている事と、バシリスクとコカトリスが竜の眷属(けんぞく)である事で、同じ竜の誼(よしみ)故。
覇天、時貞の方は無言のまま話を聞いていたが、尸陰はその2人の考えが今も自分達と一致していると見て、深く問わなかった。
「ゆっくりと、時を掛けて力を集めましょう。そしてミルドが明かした情報に従い、ONI達は必ず来ます。それまでに各々準備を進めておいて下さい」
会議の終わりと共に、尸陰と覇天、時貞以外が姿を消し、残った3人の内、時貞が尸陰に詰め寄る。
「真の望みは何だ?」
「それは当然、金剛様を蘇らせ、全ての世を地獄に変える事です」
「ならば何故、奴等をすぐに仕留めぬ?何故敢えて後手に回るような真似をするのだ?」
「急いては事を仕損じる、そういう事ですよ、時貞。相手が優勢になって勝利に酔いしれかけた時こそ、刈り時です。そこに不服があるのですか?」
動じる気配の無い尸陰に、此処で初めて時貞は不気味さを感じ取っていた。
かつて自分がまだ神の為に戦っていた時、その神の母とされた者のような笑みを尸陰は浮かべている。
だが、その笑みの裏にとてつもなくどす黒い何かがあるように思えたのだ。
それは覇天も同じであったが、この場はと時貞を諌める。
「そこまでにしておけ。尸陰も、遊び半分での言動は控えて欲しい。金剛様を蘇らせる為には奴等の抹殺が要、そのはずだ」
「ええ、分かっています。しかしただ殺しても、金剛様は蘇りませんし、司狼丸も絶望する事はありません。出来る限り、負の感情を熟成させてから、殺すのです。敵わない、どうにもならない、そうした絶望感を味わってから……」
「……良いだろう。次に戦う時、我等は総力を挙げて奴等を討つ!」
「そして金剛様を完全復活させる……!我が主を、何としても……!」
納得し、議論は終わりとして姿を消した覇天と時貞。
残った尸陰だが、何を思ったのか小さな笑い声から段々と声を大きくしていき、一しきりに笑った所でこう呟く。
「誰も彼も、何も知らず、気づかずにいるとは……本当に、愚か者ばかりですねぇ……」
金色の瞳が妖しく輝く中、尸陰はゆっくりとその身を消していった。


時空監査局本部では、ミルドと伽羅が帰還した所で訓練を始める事になっていた。
人数が人数なので、組に分けての鍛錬になっているのだが、通常の模擬戦、精神を鍛える為の鍛錬に加え、水中・水上戦の訓練も織り込まれている。
これは、大和丸達がかつて海上戦、水中戦を経験しており、それが別な所で起きると想定しての事である。
故に、担当も分かれており、交代で組を変える等して満遍(まんべん)無く鍛えていく方針が決まった。
また、訓練を前に、ミルドから今回の事件について伝承院に報告した結果、司狼丸の前世の魂を輪廻の環に戻す事と、尸陰の撃破を響華丸達に託し、ミルドも伽羅や冬夜と共に協力するという話を受け、全員の士気も一層高まった。
「さて、老骨に鞭打つとするか!」
「お互いに、思い切りやろうではないか」
リョウダイ、オウランが担当するのは通常の模擬戦、つまり純粋に力と技を磨く為のもの。
「腕っ節だけじゃない私の訓練、乗り越えて見せなさい」
「こんなところでこの毒を使う事になるとは思わなかったけれど、頑張って!」
精神を鍛える為の鍛錬、それはミルドの幻術と、メイアの持つ特別な毒を打ち破る事を課題としたもの。
「さあ、勝手の違う戦いだが、頑張れよ!」
「伝承院で更に鍛えた力も見せるぜ!」
そして水中や水上での調練は、大和丸と冬夜が担当し、水中、水上と場所を変えての模擬戦となる。
響華丸達はそれらを1日の間に、1種類につき2,3時間ずつ、2巡という形で取り組んだ。
全体的にミルドの放つ幻術が最難関だったらしく、しかしそれに負けまいと琥金丸と朱羅丸が特に奮闘し、大和丸と冬夜も基本を教えた後の2巡目から他の訓練に取り掛かる。
通常の模擬戦では、エレオスが途中でリョウダイ、オウランと交代して響華丸達との組手を行うようになり、あっという間に1日が過ぎ去って行った。

2日目の朝は、総まとめという事で、全員が模擬戦を行い、勝敗関係無く全力でぶつかり合うという形になった。
その模擬戦では、誰もが力一杯、思いもぶつけ合うものになっており、ミルドも何時に無く沢山の汗を掻きながらの戦いを繰り広げた。
彼女も父との戦いを既に決意しており、後は自分を純粋に鍛えるべしと思っての事であるようだ。
エレオスは前の戦いの勘を取り戻す名目で1対多数を申し出、それを大和丸、朱羅丸、琥金丸、天地丸が受けて立つ。
この時のエレオスは戦っている内に少しずつ、何か憑き物が落ちたかのような笑みを浮かべるようになり、それが意味するものを感じた天地丸も満足げであった。
響華丸も、司狼丸を救う事への焦りを制御する事に成功していたか、御琴とは互いに譲らぬ勝負にまで持ち込む。
転身した2人の鬼神の戦いの決着は、拳と拳のぶつかり合いで引き分けとなり、それで2人の訓練は体力の回復最優先という事で終わりとなった。
そうしている内に昼となり、全員は訓練の終了と共に食事に入ると、一斉に昼寝をする。
その様子を眺めながら、鎧禅は感心とばかりに微笑んでいた。
「課長も響華丸達も、皆頑張っておるわい……まあ、三世の命運とあったら、黙ってもいられんか」
少女の寝顔は可愛らしく、男性陣の寝顔は起きている中の雄々しさが鳴りを潜めているようなもの。
戦士の休息、それは平穏を意味するものであり、心の傷を癒す為に欠かせないものだ。
しかし平和というものは永遠には続かない。
たとえ永遠に続いたとしても、それは衰退を意味している。
かといって、戦乱が続いたり、頻繁に起きる事も避けなければならない。
だから、鎧禅が願うのは決まっていた。
「……この安らぎが、今より1日、1年長く続いて欲しいものだ……戦士であるからこそ……」


響華丸達が次に目を覚ましたのは、夕方になった頃であった。
そこからそのまま夕食に入り、夜はゆっくりと一時を過ごす事になった。
弥衛門の言っていたエネルギーのチャージというものも順調に進んでおり、次の朝には目的地へ行ける状態になるという。
後は、様々な気持ちの整理だけであった。
その一つが、ミルド達三世伝承院についてである。
ミルドは伽羅と冬夜だけでなく、琥金丸と御琴、そして夏芽を庭園区間に呼んで話に入る事にした。
「話って、何なんだ?」
「覚悟を決めてもらう、そうした話よ」
最初にそう始めたミルドは、琥金丸達の反応を見る。
どうやら、まだ驚いたり戸惑っている訳ではないようだ。
「……私達三世伝承院は、特別な場合を除いて外に出る事は許されないの。真っ当な手続き無しにこの世界に出ると、寿命が著しく縮んで、出たまんま3年くらい経つと衰弱死。来世で生まれ変わるのを待たなければならなくなるわ」
「!って事は、伽羅と冬夜は……」
「ええ。今回の戦いが終わったら、余程の事でも無い限り、再び出会う事は無い。これが、伝承院の決まりよ。結成の時からずっと成り立っていた、力の代償とも呼べるもの……」
「……そっか。そうだよ、ね……」
自分が蘇るにしても、何かしらの制約があるとは推測出来ていた。
だから伽羅は何かしら諦めた様子でそう呟くのだが、琥金丸と御琴は言葉を失い、次の言葉がなかなか出ない。
夏芽もしばらくは無言だったのだが、俯きかけたその顔を冬夜の方へ向け、その大きな手をギュッと握り締める。
「夏芽……」
「兄さん、知ってたんだよね?今の話。でも、話せなかったり、口止めされてたりしていたんでしょう?」
「……ああ。言える訳、無かったんだ。特に夏芽、お前に対してはな……折角会えたのに、ってのは嫌だしさ」
「あたしも同じ……でも……大丈夫」
作り笑いではあるが、元気な顔を見せる夏芽に、冬夜は一筋だけ涙を零す。
それは、立派になってくれて嬉しい、という言葉の代わりだった。
「兄さんが三世を守って、あたしが現世を守る……そうしてお互いを確かめ合えれば、世の中はきっと平和が長く続くわ」
「……夏芽……!」
「ちょっと早いけど……」
どちらからともなく抱き合う兄妹。
今生の別れに成りうるのであれば、お互いに相手の温もりをしっかり覚えておかなければならない。
次の戦いで生き残れる保証は無い、というのもある。
だからこその、兄妹の抱擁だった。
「……琥金丸、言いたい事を、今の内にお願い……どんな言葉でも良い」
伽羅も、夏芽と冬夜を見て、覚悟が決まったのか、そう懇願する。
御琴はこの時、胸に小さな痛みを感じていた。
琥金丸は一体、誰を愛しているのだろう?
本当に愛している人は誰なのだろう?
そうした不安が、彼女の胸を締め付けていき、鼓動を早めていく。
伽羅の懇願から十数秒……
それまで少し項垂れていた琥金丸は、笑顔でハッキリと答えを出す。
「悪ぃな。俺、伽羅も御琴も好きだ。2人共俺を支えて、信じて、守ってくれた。どっちも負けてねえって俺は思う。だから、選べって言われても無理な相談だ」
その答えを聞いた途端、伽羅と御琴は心の奥底から温もりが溢れ出て来るのを感じた。
駆け巡る温もり、それは胸を経て頭、目元へと動くと、涙として現れる。
「……本当、あんたらしくて良いわ、琥金丸……っ!」
「琥金丸さん……!」
どちらも涙を拭う中、御琴も伽羅の小さな頷きを合図に、琥金丸の方を見た。
「私も、あなたの事が好きです……!その温かい心を持っている、あなたが……!」
やっと踏み出せた一歩、やっと言えた一言。
かつてはダメだったが、それは様々な後ろめたさがあった為。
しかし今は違っていて、自分に勇気をくれた人、強くなる切っ掛けをくれた人、そして自分の正しさを貫く意味を教えてくれた人がいる。
だからこそ、御琴は口に出す事が出来たのである。
胸の奥に芽生え、大きく育った己の思いを。
そしてそれは、確かに琥金丸の心に届いた。
「……そうか……ありがとうな、御琴」
「だったら、同時に抱かないとね」
「ああ!」
伽羅の提案通り、琥金丸は大きく腕を広げ、伽羅と御琴を同時に抱き締める。
2人も抱き返しており、3人の目からうっすらと一筋の涙が流れていた。
別れは何時か訪れる。
それでも、否、それ故に今のこの一時を大切にしなければならない。
だから、伽羅も御琴も、そして琥金丸も抱く力を強めていく。
2組の抱擁は数分程続き、それが終わった所でミルドは口を開く。
「どうやら、この時における未練は無くなったようね……後は、この戦いに勝つ事だけだわ。尸陰達十二邪王を打ち倒し、金剛も撃破、そして司狼丸の魂を真の輪廻の環へ戻す……」
「ああ。けど、あんたは親父と戦う事に、躊躇いは無いのか?」
「無いわ。これ以上、母の想いを踏み躙られる訳にはいかないからね」
「ミルドさん……」
一番に覚悟を決めていたのはミルド。
吸血鬼の復活は既に全員が知っていたのだが、その男はミルドの父。
だが彼女は迷わず、悩まず、躊躇わない。
それは無慈悲・非情ではなく、逆の理由の為。
その気持ちを理解しようとした者が一人この場にいた。
『……鬼丸も童子切り、昔それぞれのおとっつぁんと戦った事があった。本当、親子の戦いって胸が痛むよ……』
「(三日月……)」
夏芽は三日月を通じて、ミルドの胸の内を感じる。
避けたい、避けなければならないのではないのか?
本当は、父に悪事を止めたかっただけではないのか、と。
だが、そうした考えを察しながらも、ミルドは冷徹に振舞う。
「私はあんた達のようにはなれない。暴走の刃を止めるだけで済ませれたら、私は伝承院の一員になる事も無かった。それくらい、父は狂っているのよ。だから、あんた達みたいな羨ましいくらいの甘ったれにはなれない」
「ミルド、何度も言うかもしれないが、それがお前の答えなんだな?」
「そうよ。戦う時、辛いと感じたら無理に居合わせる事も無い。何より琥金丸、あんたと伽羅の関係を引き裂いた父の罪に報いる為でもあるからね」
恐らく、ミルドはお節介焼きでもあるのだろう。
ぶっきらぼうなようで、誰かが困っている時には無愛想ながらも手を差し伸べる。
それは彼女の母が深く影響していると考えても良い。
その母に内心深く感謝しながら、琥金丸はこう纏めた。
「……ありがとうな。俺はお前を信じるよ、ミルド」
「お礼は要らない。さて、そろそろ寝た方が良いわ。今度の戦いで、今まで起きた事に関する全てに決着をつけないとね……」
「ああ。そうだな……」
お互いの覚悟を確かめ、想いを確かめ合った夜。
琥金丸達はその気持ちを胸に、寝床へと向かった。


ミルドが琥金丸達と話をしていた頃、エレオスは自分の部屋で響華丸や江、朱羅丸、メイアと話をしていた。
ONIの文明、エレオスが何をしてきたか、その全て。
朱羅丸は、特にエレオスの手による『不妊症のウィルス持ち込み』を聞き逃さなかった。
「……七福神が俺達の時代にやって来たのは、お前の仕業、で間違い無いんだな?」
「否定しないわ。地球の人達がどう動くのか、どんな反応をするのか、どうやって事態を解決するのか……それを見ておきたかった、というのもあるけれどね」
「地球の人達の、反応……」
自分達の時代に関係する諸悪の根源はエレオス。
だが、朱羅丸はどうしてか彼女を憎んだり恨む気にはなれないでいた。
かつて、七福神の一員を殺せなかった時と同じような、そんな気持ちだった。
エレオスもまた、開き直るどころか、何時に無く沈んだような表情を見せている。
それが、王女として天涯孤独になってしまった自身の寂しさの表れなのだろうと、口にしないまでもメイアは悟っていた。
「……良心、痛めていたんだよね?エレ」
「流石に、強引ながらあたしを友達呼ばわりしただけの事はあるわね、メイア。そう、弄んで分かった。人間って、物凄く脆い生き物だって事にね。自分とは違う姿形、あるいは自分達に無い桁外れな力を持つ存在を、化け物の一言で片付けて否定する……ただ……」
「ただ、何だ?」
「……あたし達も、地球の人達、人間達も結局は同じって事が分かった。目的の為に手段を選ばず、手を汚すか、汚れを他人任せにして自身を保ち、そして他者を傷つけて行く……だから、根本的にあたし達王族も、地球人も何ら変わらない……」
「それ、エレの本当の気持ちで間違いないよね?」
罪を認め、全てを見たようなエレオスの表情は芝居か否か。
メイアは、芝居ではないと信じてそう訊き、その真実をしっかりと心に焼き付ける。
「本音よ。御琴との戦いに敗れた後、寝ている間に思ったわ。あたしは、本当は誰かに暴走を止めてもらいたかっただけじゃあないのか、人を弄ぶ事が愚かしい事だと最初から分かっていたんじゃないのか、だから悪足掻きをあの時止めたんじゃないのか、とね」
「じゃあ、あの全部を弄んでいたエレは……」
「世の中は、光と闇の釣り合いが求められている。綺麗事で平和を求める人がいるなら、あたしは望んでどす黒い悪に身を委ねよう、そんな気持ちでやって来た事よ。ただ、世界中の反乱分子を叩き潰すっていうのだけは本気だった。そうでもしないと、あたしを含めた生きている奴等は気づこうとしない。自分達のやっている事が罪か否か、重いか軽いかが分からない。そして知らない内に誰かを傷つけたり、冷徹で非情な振舞いを平気で行なったりする……」
「鈴鹿……」
響華丸は思い起こしていた。
鈴鹿に初めて出会った時の事を。
とてつもなく痛い目に遭わない限り、己の行いに本当の意味で向き合えないという事を。
エレオスは、その事についても言いたかったのだろう。
「正直に言うわよ、響華丸。あんたには凄く感謝している。人間とそうでない奴等の間に出来た溝を埋めようとしているからね。ただ、羨ましくて、妬ましかっただけ。最初っから、綺麗な、本来あるべきONIの姿を、人造の身で成せていたあんたが、ね」
「……鈴鹿についても、全部知っているのね?」
「もちろんよ。あんたがやらなかったら、十中八九、鈴鹿をぶっ飛ばしていたのはあたし。気づいてたかどうかは人それぞれだけど、司狼丸は赤の他人じゃなく、あたし達王族の血を色濃く受け継いだ子孫なのよ。それを泣かせっ放しにするのは我慢ならなかった」
「じゃあ、時空童子の力は……」
「司狼丸が持っているその力は、あたし達王族の中でも一番強大だと思えるわ。本当の意味で力に目覚めれば、それこそONIの一族における神にもなれる。ただ、司狼丸は優し過ぎるから力を限界まで引き出す事は有り得ないかもしれないわね……」
運命とも呼べるものだった。
鈴鹿、伊月、司狼丸、伊月の息子の方の天地丸、そして伊月の血から生まれた自分は、エレオスと同じ王族の血を引いている。
こうしてエレオスと巡り会ったのは、まさに運命の仕組んだ偶然にして必然であろう。
「……なあ、エレオス。あんたなら分かるか?大凶星八将神が何の為に世の中を地獄にしようとしていたのか、何で人間やあたし達隠忍を弄んでいたのかを……」
ふと、江は思い出したかのようにそう問い掛ける。
そして、意外にも返答はすぐに、そして明確な形で出た。
「大凶星八将神の狙いは、地上を自分達の意のままにする事そのものよ。古くから、一部の神々は地上の支配権を得るべく戦いを続けた。光の側の神も、闇の側の神も、自分達の理想の環境を求めていた。人間達が醜い争いをしていたから、自分達が管理しなければならない、というのもあったけどね」
「色々な国の、神話と同じだね。神様達が天界を治める中で、冥府の神様が地上を攻め込んだり、天界から裏切り者が出たりとか……」
「そう、メイアの言うそんな戦いが遥か遠い昔、人間達が生まれて文明を築き始めた時から続いていたわ。最初、人間達は天界の神々の奇跡を信じて、彼らの側についたのよ。それによって、人間達と冥府の神々であった大凶星八将神との最初の戦いが始まり、その時は八将神達が地獄門の向こう側に封印される形で一応の決着がついた」
「成程……それで、その後は冥府の神様を崇める人間達が出て来て、そいつらの手で八将神が復活したって訳か」
「その通り。後はあんた達の見聞きした事実と同じよ」
知らなければならない、知りたい部分はハッキリと理解出来た。
だから、自分のやる事は何の変わりも無い。
江は自分達を弄んだ者達に、相応の対価を支払わせるべく戦うと、この時誓った。
「……今夜は恐らく、あたし達にとって最後になるかもしれないし、そうじゃないかもしれないけれど、やっぱり言っておかないと気が済まないと思って、ね……だから、呼んだのよ」
「御琴はミルドに呼ばれていたからこの場にいないけれど、エレオス、あなたは御琴の事を今も……」
「何時か打ち勝つべき相手、として見ているわ。でも、もう体制を使ったりとか、孤立無援にさせるとか、そんなやり方で御琴を追い込むのはおしまい。純粋に戦って、それで勝つ……それだけよ」
響華丸はエレオスのその言葉に、何処かしら安心していた。
人を弄んでまで復讐と支配を企む、そうしたやり方は望ましい事ではない。
それを理解していたエレオスが、内面においてもきちんとしているのが分かったからというのもあった。
だが、何よりも彼女がONIの王族に恥じない器になっているという事が大きかった。
「さて、響華丸……あんたが一番の希望になるってのだけは覚えておきなさい。あたしは、大先輩、始祖として道を切り拓くまで。江や朱羅丸、メイアもそれぞれで頑張んなさい」
「……おう!」
「ああ。今やるべきは、それだもんな」
「エレ……エレも、死んじゃやだよ?」
「良し。今日の話は終わり!」
キッチリと終わった話。
響華丸達はそれぞれ自分の部屋へ戻り、気持ちを整理させていた。
罪に報いる姿勢、業を背負う覚悟。
ONIとして、どう生きる事が大切なのか。
自分の成すべき事は何か。
それらを纏めていく内に、気持ちが不思議と落ち着いていき、誰もがゆっくりと眠りに己を委ねて行った。


ジャドの研究室では、一つの異変が起きていた。
時空の果ての地の地下に建てられたそこに、久秀が無断で入り込んで薬入りの数本の瓶を手にしていたのだ。
「ククク……これを使えば、あっしも更に力が……!」
狂喜する久秀はその瓶の蓋を開けるが、ジャドが研究室に入ってすぐに事情を察する。
だが、彼は敢えて驚かずに久秀の反応を見守りに入る。
「勝手に入って来るなんて、余程僕の研究が気に入ったと見えるね」
「お、これはこれは坊っちゃん。で、これは羅士ってヤツに関係するものですかい?」
「ああ、そうさ。それを培養させて、兵士を用意する。その兵力で僕が十二邪王を牛耳る。けれど生憎と、その瓶で最後なんだ。作るのに結構時間が掛かるし、培養にはもっと時間が掛かるから、今すぐ返してくれないかなあ」
出来る限り穏便に済ませようと交渉するジャドに対し、久秀は笑いを止める事無く首を横に振る。
「クヒヒヒ……やなこったぁ~~……ONIに匹敵する力!天運を揺るがす程の可能性!それを知った今、俺様を止める事は誰にも出来ねぇ~~!!」
「何だ、考える事は一緒じゃないか。でも、同じ天は戴けないようだね」
「そうだ。これは、これは俺様のもんだ!全部の世の中も、時空童子の力も、何もかも!俺様が戴くぅ~~!!」
普段は見せなかった狂乱の笑み。
それこそが久秀の本性であり、真意。
彼は豪語と共に瓶の中に入っている薬を全て飲み干し、零れた分は掬い取ったりして舐めるだけでなく、顔や目等に塗りたくっていく。
すると、久秀は突如呻き声を上げ、全身がガクガクと震えて悶え始めた。
「く、クアァッハハハハハ!!これだ!この力だ!これがあぁぁぁっ!!」
肉体が禍々しく、昆虫か爬虫類を模した化け物へと変貌を遂げて行く。
身体は本来の2倍にまで大きくなり、全身の真っ赤な筋肉組織が剥き出しとなるも、すぐにその身体を紫色の甲殻が覆っていく。
甲殻が全身を覆った次に、頭部から鋭い角が1対、背中からは魚の鰭のような翼、肩からは百足や芋虫、蛇といった毒を持つ生き物達が無数生える。
そして最後には、胴体がまるで食虫植物のような、無数の牙を持った花弁へと変化した。
「クハハハ!この力、ONI達で試してくれるわぁーー!!」
変容が終わり、雄叫びを上げた久秀はそのまま研究室の壁を破壊して去っていく。
それを見届けたジャドは一人クスクスと笑っていた。
「流石は松永 久秀。でも、最後に笑うのは君じゃないんだよねぇ。そうだろ?尸陰」
気付いていたらしく、ジャドは背後に何時の間にか立っていた尸陰の方を振り向く。
彼女もまた、久秀の変貌を楽しんでいたようだった。
「派手にやったようですね。アレの完成後で、内心ホッとしているのでしょう?」
「ああ。尸陰、君の本当の望みはこれなんだろ?それとも、もっと大きな事かい?」
「一つだけ教えましょう。あなたの考えでは想像もつかない次元の理由である、と……十二邪王も言わばそれを叶える為の手段でしかありません。では……」
それだけ言うと、尸陰はゆっくりと闇の中へ溶け込むように姿を消す。
一方で、ジャドは先程の楽しそうな様子が嘘のように消え、壁を思い切り蹴りながら怒鳴った。
「……僕は、そういうのが気に入らないんだよ!!」


巫女は血と傷に覆われて立っていた。
荒い息をする彼女の周囲は、もう殆ど”無くなっている”。
水も緑も存在せず、敵も味方も存在しない。
あるのは、辛うじて自分を支え、存在を確かなものと約束させている大地だけ。
その大地も、切り取られたような形状になっていて、外は灰色の暗雲めいた空間になっていた。
「もう、何も無くなってしまった……後は、私の命だけ……」
暗雲の空間は、大地ごと巫女を飲み込もうとしているのか、大地が少しずつ下から崩れ落ちていく。
そして数十秒も経たずして、大地が完全に消滅し、巫女も虚空の中へ放り出されてその身を消し始める。
だが、彼女は怯えも悲しみも、悔しさも感じなかった。
「……これで、天も地も、光も闇も、聖も邪も、全て死に、そして生まれる……でも、この想いと力は、絶対に次の世に託さなければ……だから……」
巫女は己の身体がまだ動ける内に、その手の中で一つの光を珠の形で作り出す。
橙色に輝くそれは、段々と大きくなり、ある程度大きくなった所で巫女の手で遠い空間の彼方へと飛ばされた。
「たとえ私が生まれ変われても、私の力では絶対に『彼』も『彼女』も救う事は出来ない……お願い……私の代わりに、2人を救って……!」
その言葉を最後に、巫女は完全にその身を無へと還した。
成すべき全てを成しながらも、味わった悲しみ、苦しみによって涙の流れる、そんな笑顔をしたまま……

「……段々、繋がって来ちゃった……」
ゆっくりと身を起こした螢。
夢の中に出て来たものが何を意味するのか、何故それを自分が見てきたのか。
それらを考えていく内に、彼女は胸の奥で焼け付くような痛みを感じ取っていた。
そして全てを繋ぎ合わせた結果、彼女は理解した。
自分の戦う理由、そしてその運命がどんなものであるかを。
既に朝に相当する時間を迎えようとしており、後は身を起こして響華丸達の元へ行くだけ。
「……絶対、2人を死なせないし、螢も死なないよ。だから、安心して……」
螢は変わらぬ気持ち、ブレの無い思考で部屋を出、真っ直ぐに大広間へと駆けていった。


大広間では全員が集合しており、弥衛門と鎧禅もこの場に来て作戦会議の開始を待っていた。
誰もが準備を整えており、何時でも出撃出来る態勢にある。
しばらくして、葉樹が奥の方へ進み、その壇上に立った所で響華丸達は全員そちらの方へ自身を向ける。
「いよいよ、今日という日が来ました。今回は時空監査局、いえ、この世を生きる者として最大の戦いとなります。知っての通り、弥衛門の発明たる時空転移船=虚ろ船・久遠は完全に動力が回復、敵の本拠地である時空の果ての地へ向かえる状態になりました。敵も今の所攻撃を仕掛ける様子はありません。これを好機とし、私達はこれより久遠にて目的地へ向かい、尸陰達十二邪王を打ち倒します」
「葉樹、作戦での注意点は?」
早速の響華丸の質問に、少しだけ間を置いてから葉樹は答える。
「もはや、各々の力を信じて戦うのみです。これまで多くの修羅場を、苦難を乗り越えて来た私達ならば、果たすべき目的はきっと果たせます。それ以外での質問は?」
沈黙、しかし強い決意を秘めた表情での沈黙は全てを理解し、後は突き進むのみという意志の表れ。
それを確かめた所で、葉樹は一つ頷くと共に号令を飛ばす。
「では、総員出撃!」
遂に始まった、今回の最終作戦。
響華丸達は数分もしない内に時空監査局の格納庫にある、目的の船の元へ到着した。
「これが最大の虚ろ船、久遠か!」
「時空を超える船にまた乗る事になるなんてな」
「弥衛門さんの発明は、どんどん先へ進むというのが良く分かります」
虚ろ船の存在は天地丸も琥金丸も、御琴も知っており、それと同時にその船に乗って時空間を渡り歩いた身。
見た目は機械仕掛けな部分が目立つのを除けば、大和丸達が乗り慣れた船と同じであり、内部は響華丸達がエレオスと戦うべくONIの文明発祥の地へ向かうのに用いた船のそれと何ら変わりは無い。
だから、響華丸達は今までの時空監査局での生活で得た経験を活かして、順調に乗り込みを済ませていく。
そして出発準備も10分辺りで完了しており、弥衛門と鎧禅が響華丸達を見送るべく、格納庫と出発用の部屋を繋ぐ扉の前で待機していた。
「必ず生きて戻って来るんだぞ。船と共に、な」
「さあ、戦士達よ、後方の守りはわしらに任せ、心置き無く戦うが良い!課長、ご武運を!」
「ええ。頼みますわ!では、久遠、発進準備!!」
葉樹の指示に従い、メイア、オウランが機器の操作を行う。
「動力、時空歪曲制御、全て異常無しです!」
「座標固定、番号、∞(むげんだい)!久遠、機体制御完了!」
「最終安全装置、解除!」
「……久遠、発進!!」
久遠が浮遊し、外に広がる何も無い空間へ向かうと、程無くしてその正面に空間の歪みが生じ、久遠は光り輝くと共に加速を始め、速度が最高潮に達した所でその歪みの中へと突撃した。

空間の歪みに入ってから十数分後、響華丸達が目にしたのは、虚空の中で半球状に切り取られたかのような海と、その上に浮かぶ小島だった。
海は決して小さいものではなく、久遠が着水してもまだ島まで遠い程のもの。
そして、中程まで久遠が進んだ所で、大和丸、十郎太、夏芽、冬夜、スクワントが甲板の外に出る。
「先に進んでってくれ!どうやら、出迎えが来たようだぜ!」
大和丸の言うように、島の近くからゆっくりと禍々しい船が浮上し、砲撃を行いながら久遠の方へ接近して来た。
「まさか最後の大勝負でこの水戦になるとは、俺も滅茶苦茶運が良いぜ!」
「ふははは!次で完全に仕留めてくれるぞ!ONI共!源氏の血族よ!」
悪鬼達の乗る小舟を前方に展開させて現れたのはアビスと清盛の乗艦。
良く見ると、2人の後ろでは化け物の姿へ変貌しようとしていた久秀の姿も見えている。
「グハハハハハ!!来やがれONI共!この久秀様が叩き潰してやるぜぇぇっ!!」
獣そのものの本能を剥き出しにした久秀に、アビスと清盛も不敵に笑っていた。
その一方で彼等との戦いを元から予定していた大和丸達も転身すると同時に敵の小舟を攻撃し、それを足場代わりにしてアビス・清盛の元へ向かう。
「船自体も守らなくてはなりませんわね……朱羅丸、リョウダイ、私達3人でこの船の守備に!」
「おう!!」
「承知!」
「流石に弥衛門、こうした激戦を見越して武器もしっかり搭載していますわね」
機械の操作に長けた葉樹も砲撃で応戦を開始し、朱羅丸とリョウダイは甲板に取り付いて来た悪鬼達を迎え撃ちに入った。
「……敵の攻撃の隙を縫って、一気に駆けるわ!皆、準備は良い?」
響華丸は静かに呟きながらそう訊き、全員の頷きを確かめてから船を出る準備に入る。
「「転身!!」」
飛翔と共に光り輝くONI達は、その光の発した波動を推進力として前方へ向かい、転身完了と共にそのまま島への降下を始める。
伽羅は唯一まだ転身していないミルドに運ばれる形で飛んでいたが、地上で迎撃する敵を弓で射抜くなど、空対地に関しては問題無い。
彼女の援護もあって、無傷で上陸した響華丸達は、すぐさま目的地たる敵の根城を見つけ、そこへ向かって走り出す。
だが、途中で時貞が軍を率いて立ちはだかった。
「我は時貞!天草四郎時貞だ!人間達に肩入れする愚か者共よ、覚悟は良いな!?」
何時に無く激しい様子で剣を構える時貞に対し、沙紀、江、オウランが先手とばかりに先頭に飛び出し、時貞軍の兵士達や時貞に向けて攻撃を始める。
今度は不退転という事もあって、兵士達は死を覚悟しての攻撃を、時貞は無駄死にを出すまいとして自身も沙紀達に向けて応戦に入った。
「響華丸、後から私達も来るわ!先を急いで!」
「ええ。沙紀、江、オウラン、お願いね」
「任せな!」
「決して死ぬな。全ての者達の為にも……!」
「当然よ」
沙紀達の攻撃で時貞軍の注意が引きつけられる中、響華丸達は今一度とばかりに駆けて神殿内部へと突入した。

神殿内部は、外の状態が嘘であるかのように広大なもので、下へ続く道が延々と伸びている。
「ちまちま下りている暇はねぇっ!一気に行くぜ!」
「分かっているわ。皆、一気に下へ!」
琥金丸の言う通り、下への階段ではなく、吹き抜けている部分を通って駆け降りる響華丸達。
「!散れぇっ!」
完全に降り切って大きな空間に到達した途端、エレオスが突如叫び、それに応じて全員が散開する。
と、それまで響華丸達が居たところに向けて数本、雷が落ちて来た。
「待っていたぞ、小娘!あの時の屈辱、此処で晴らさせてもらう!」
「ふ、三大妖怪の大トリが、王女のお相手とはね……不足無しって言わせてね」
雷を落としたのは大魔縁。
狙いはエレオスらしく、エレオスも彼の挑戦を真っ向から受けて立って再び飛び、同じ高度で向き合う。
だが、他にもまだ幾つか気配があった。
ジャド、バシリスクとコカトリスの夫婦、そして……
「結局、お前は性懲りも無く私を止めに来たのかね、ミルド。伽羅も、我々の側から離れなければ、立派な存在になれたものを……」
ミルドの父たる吸血鬼=伯爵は紳士的な雰囲気とは裏腹に、冷徹な視線を叩き込む。
それに怯えかけた伽羅だったが、琥金丸は彼女を守るように割って入り、伯爵を睨み返した。
「もう、伽羅を死なせない……!」
「琥金丸……!」
今では自分と琥金丸は守り守られる関係。
そう思いつつ、伽羅は心の中で何か温まる心地を覚え、弓を構える。
「父とは私が戦う……手が空いても、余計な手出しは控えてね……」
ミルドもゆっくりと歩きつつ、伯爵との睨み合いに入る。
「という事は……俺はあのトカゲ達とやり合うって事だな」
「何言ってんのよ。俺”達”、でしょ?」
「……そうだったな」
琥金丸が拳を構える中、伽羅がそこへ一言入れる。
「健気な女だなあ。俺達夫婦の力を見せるに値するぜ」
「立派な石像にしたいところだけれど、伯爵の頼みだから、完全に消させてもらうわね、伽羅」
バシリスクとコカトリスも自分を相手とした琥金丸と伽羅に対して啖呵を切り、身構えた。
そして、ジャドは天地丸と音鬼丸、御琴が相手をしようと思っていたが、メイアがそれを制しながらジャドの方へ歩く。
「此処は私に任せて……尸陰って人の強さを考えると、響華丸の方に出来る限り戦力を回したいの」
その気持ちは分からないでもないが、だからこそとばかりに天地丸が彼女の肩を掴んでその歩みを止めさせた。
「一人で戦うのは危険過ぎるぞ。音鬼丸、彼女の援護を頼む!」
「は、はい!」
指示を受けた音鬼丸がメイアの横に並び立ち、残ったのは響華丸、螢、天地丸、御琴だけとなる。
それを見て、ジャドはクスっと笑ってその両腕を化け物のものへと変える。
「少々強くなったみたいだろうけれども、僕はそれ以上に力を高めているって事を教えた上で苛めてあげる、メイア!」
「私は……逃げない、負けない!」
「メイア……そうだ。僕も、逃げるものか!」
「御大層な事で。さあ、始めよう!」
すぐさま攻撃に転じたジャドの両手を音鬼丸とメイアが避ける。
それを合図として、響華丸、螢、天地丸、御琴は一気にその攻撃の交錯の間を突っ切っていく。
他の方面でも戦いが始まったのだが、自分達は前に進むしかないとして、振り向く事無く。


闇の空間の中をどれほど進んだのか。
響華丸達ははぐれる事無く、真っ直ぐ走っていたのだが、段々と闇の暗さが薄らいでいき、同時に二つの気配を感じ取る。
此処に来るまでで、一度も出会っていない十二邪王。
斬光と餓王が倒れた今、残っているのは尸陰と覇天だけである。
その2人を見つけたのは、果ての地の神殿最深部であり、巨大な十字架型の岩壁に埋め込まれる形で司狼丸が尸陰の頭上で佇んでいるのが良く分かった。
少し透けて見える事から、肉体は存在せず、魂だけが此処にあるという事は間違い無い。
「あの人が、司狼丸さん……」
「もう一人の俺と因果関係が深い、救世主にして時空童子と呼ばれた隠忍……」
目にするのは初めてだった天地丸と御琴。
今こそ、司狼丸をこの手で救わなければ。
そう意気込んだ2人の前に立ちはだかるのは、覇天だ。
「鬼神2人が来たか。だが、誰であろうと俺が貴様らを殺す!」
「司狼丸さんを解放させてもらいます!」
「そして、お前達の野望に終止符を打つ!」
「どちらも不可能!それを、死を以て示してくれる!」
刃を伸ばして構える覇天に、鬼神の気を増幅し始めた天地丸と御琴は並び立ちながらも、ゆっくりと間合いを詰める。
そして、最後は響華丸と螢だった。
2人は、最大の敵と呼べる尸陰を見据え、尸陰も斧を手に涼しげな表情で彼女らを見詰める。
「どうやら、全てを解きほぐせたようですね。しかし、螢……あなたは一体何者なのです?」
「何れ、分かるよ。でも、一つだけ言えるのは……螢のやらなきゃならない事は、あなたと金剛の悪い事を止めるという事!」
まだハッキリしていない部分、それは螢の何時に無く積極的な様子。
疑問と言えば疑問だが、今は戦う事で全てを見出すだけ。
何時もそれで切り抜け、時には仲間の支えを受けて此処まで到達した。
だから響華丸は、螢を、仲間達を信じる事を選ぶ。
「……どうやら、あなたとの出会いも、こうして一緒に戦うのも、運命のようね。そして私は、前世とは異なる結末でこの戦いを終わらせる!」
迷わぬ心に、友を信じる想いに、響華丸の鬼神の力が応え、彼女の身を覆う光となる。
それを見ても笑みの崩れない尸陰は天を仰ぐかのように諸手を掲げ、ウットリした表情で力を増幅させ始める。
「間も無く、金剛様が復活します。金剛様の復活を皮切りとして残る7人も蘇り、世界は真に地獄と化し、混沌の闇に飲まれるのです。それこそが、我等の求める、真なる理想郷!真なる浄土!」
響華丸と御琴の光、天地丸の雷、螢の炎、覇天の風、そして尸陰の闇。
闘気の発現とも呼べるそれらが最高潮に達した所で、尸陰が戦いの始まりを高らかに宣言した。
「さあ、地獄再来の秒読みが始まりましたよ!絶望と恐怖に身を委ね、敗北と共に絶対なる混沌の前に平伏しなさい!!」



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あとがき

決戦前、という感じで色々と整理していきました。
ミルドが登場した事に伴い、父親との因縁の対決を行わせる必要もありと考え、吸血鬼を復活させたり、久秀を暴走させたりと駆け足っぽくなっていますが。
吸血鬼、という名前も伯爵とした方がしっくり来たりと、改名したりしますが、ご容赦を。
そして、原作ではなかなか進まなかった琥金丸・伽羅・御琴の三角関係は、ちょっと欲張りな形で済ませました。
とはいえ、復活をご都合主義にする訳には行かず、冬夜共々伽羅には制限が付けられたので、伽羅涙目ではありますが。

次回から決戦を進めていく事になりますが、螢の謎解明も後僅か。
是非、お見届けを。

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