ONIの里

ここは(株)パンドラボックス【現(株)シャノン】
(株)バンプレスト【現(株)バンダイナムコゲームス】
より発売された和風RPG「ONI」シリーズのファンサイトです。

Index > 隠忍伝説〔サイドストーリー〕 > ONIΩ ~希望紡ぐ仔らよ~  >現在位置

隠忍伝説(サイドストーリー)

ONIΩ ~希望紡ぐ仔らよ~ 

桃龍斎さん 作

第六話 貫く思い、力に変えて

江は餓王に対し、何時に無く積極的な攻撃を仕掛けていた。
それは今此処で戦っている場所が、自分の世界ではなかったからではない。
相手の手の内を知り、頼もしい仲間との訓練を積んで来たからだ。
「そらぁっ!」
両手を同時に振り下ろし、双子の水龍を呼んで餓王を捉えようとする江。
一方で餓王も四つん這いになってニヤリと笑ったかと思うと、荒れ狂う水龍の挟撃を疾走で掻い潜りつつ、自身の周囲に岩の飛礫を展開させ、前方には剣のように伸びる石柱を波のごとく地面に走らせる。
「此処だ!」
下手に動けば命取りと見て、江は水龍の片方を呼び戻し、迫って来る石柱の行く手を阻ませ、自身は鱗を無数、周囲に既に漂わせていた氷の粒と共に飛ばした。
「掛かるかぁっ!!」
氷の礫と岩の飛礫がぶつかり合う中、挟み撃ちを喰らうはずだった餓王の突如の怒号。
真正面からの突撃と見せかけて、彼は地面を両手で叩くと、まるでミミズが地中を駆けるかの如く地面の隆起の波が江へ襲いかかる。
それと同時に大きく跳んでいた餓王が彼の頭上を取ると、大きく開いた口から気持ち悪い音と共に暗い緑色の液体が吐き出される。
「!何ぃっ!?」
既に地面の押し寄せを回避していた江が驚いたのは、餓王が液体を吐き出したその瞬間の出来事だった。
液体が餓王の口と同じくらいの球となるのと、矢の如く飛ばされて江の目の前まで迫るのがほぼ同じではないか。
「ちぃっ!!うおっ!?」
咄嗟に構えた左腕が間に合ったものの、液体はまるで手で掴むかのように江の左腕にへばりつき、その勢いで彼は左腕を地面に打ち付けられてしまう。
まさにこれこそ、餓王の狙いだったのだ。
「もらうぜぇっ!!」
「野郎!甘いっての!」
動きを封じれば江を喰う事が出来る、そう見込んでの餓王の噛み付きだが、その一撃は肉を裂かず、歯を打ち合わせるだけに終わった。
江が即座に餓王の口から離れるように身を引いたからである。
そして江はそこから右手で餓王の両目を突き、そのまま水流で自分の左腕を覆う液体を洗い流す。
消化液でもあったのか、若干の火傷に覆われている左腕だが、まだ満足に動かせるようだ。
「ぐぅっ……ちったぁ、身が引き締まっているようだなぁ、ガキめ……!」
両目をやられはした餓王だが、視力が落ちている訳ではなく、瞼辺りを切り裂かれただけ。
江も間合いを取り直して彼の隙を窺っていた。
「軽さで速さを補って見せるぜ。そんなブクブクの筋肉と贅(ぜい)肉なんぞにやられてたまるかよ」
「へっ。この肉の鎧を傷つけられないナマクラの爪と牙じゃあ、勝負は見えたぜ」
「……」
挑発に挑発で返された江は沈黙しながらも構えを崩さず、息を整えて待つのみ。
「くっはぁーー!!」
再び口を大きく開けて飛び掛かる餓王。
まるで猛虎のような俊敏さと巨獣の如き重量感を持つその急降下は地面だけでなく空気をも切り裂く。
紙一重で江が避けた噛み付きも鋭く、地面に噛み砕かれたかのような傷痕を刻んだ。
「本気であたしを食いたいって事だな……」
餓王の癖、それは常に噛み付きを攻撃の手段の一つとしている事。
だが、体内に入り込んでの攻撃は下策である。
口から吐き出す消化液、それが確実に体内への侵入を阻んでいるからだ。
となれば、別の手を考えるのが一番。
江がその結論に到るまで、長いようで数秒と経たなかった。
「次は外さねぇぜ……!そらっ!」
餓王が即座に、その場で地面を踏み締めた途端、地面に波紋が広がって辺り一面を揺るがす。
その攻撃が予想外だった江も強烈な揺れで足を滑らせてしまい、尻餅を突いてしまう。
「もらったぁっ!!」
相手が体勢を崩せば、瞬時に喰うだけと、餓王は再び跳び、江の頭目掛けて降下する。
そのまま行けば、江は間違い無く頭部を食いちぎられて死ぬであろう。
だが、それが現実となりそうな状況の中、彼の顔にはさほど焦りという焦りが見られなかった。
「(そろそろ、か……)」
「ガハハハー!!」
笑う餓王の口、その奥底から見えて来た、黒っぽい緑色の消化液。
それが吐き出されようとした瞬間、江も口を軽く開くと、その中から物凄い勢いの水流が放出され、そのまま餓王の大口へと入っていく。
「!?!」
消化液を吐き出し、動きを封じた上で喰うつもりだった餓王は、江の口からの水流に面食らい、そのまま彼の水流を飲み込む。
すると、本来吐き出されるはずの消化液がその水圧によって腹の中に押し戻されたのだが、次の瞬間に餓王の顔が苦痛で歪み始めた。
「ぐっ!?ぐうぅぅぅ~~!!?」
苦しみ出した餓王を、身を起こした江が続けざまに両手から撃った水流で殴打し、地面に突っ伏させる。
「ご、このガキいぃぃっ!!よくも俺を騙しやがったなぁっ!ぐぶぶぶうう……」
強烈な腹痛、そして粘性が落ちて吐き出された消化液。
見ると、消化液の中には小さな氷の欠片があり、一部には青紫色の血がついていた。
「筋肉と贅肉の鎧だろうと、内側から攻めりゃあ良い。戦いの奇策が一つさ。けど、あたし自身が入ろうものならお前の思う壷。消化液が厄介だからな」
まさに狙い通りという事で、江は小さく、少しの間だけ不敵な笑みを見せるが、すぐに気を引き締め、両手に気を集中させる。
まだ簡単に参るような男ではなく、狙った獲物は逃がさないし、狩りを断念する気も無い、それが餓王だ。
「ぶっ殺す!」
先程まではニヤニヤしての臨戦態勢だったのが、一転して唸り声が絶えない憤怒の表情でのそれになっている餓王。
彼はその姿勢から矢のように疾駆し、江目掛けて頭突きを繰り出した。
「!!」
噛み付きが来るかと思いきや、まさかの頭突きに江も意表を突かれてしまい、そのまま地面に叩きつけられる。
よもや餓王の策かと思われたが、それは彼自身の言葉で違うと分かった。
「生きたまま喰おうとしたからああなった。死肉は嫌いだが、お前だけはもう殺す!殺してから喰ってやる!」
「そう、来たか……!」
頭の中からガンガン響く音と痛みに耐えつつ、江は餓王が繰り出した右拳を避け、両手の爪と尻尾で彼の両腕や胴を裂く。
その攻撃を喰らった餓王は更に怒りの表情を強めると、口から再び消化液を吐き出したのだが、今度はまるで熱せられた油のようなもので、地面に触れると物凄い音を立て地面を焼く。
「(これだと、氷は効かない。だが……)」
消化液と拳、そして大地の力を持つ術という猛攻を避け続ける江。
だが餓王の勢いは並みならぬもので、掠っただけでも大きな傷が刻まれ、その傷口に煮えたぎる消化液が付くと深い火傷になって江の身体を蝕んだ。
「ぐぅっ……!やべ……!」
痛みで動きが鈍った所に、餓王の拳と頭突きが連続で入る。
それらによって江は鱗が粉々に砕かれ、仕上げの右の張り手で頭を地面に突き立てられる。
その衝撃で頭は血で真っ赤に染まり、青白い光が彼の身体を包んだかと思うと瞬時にその姿が元の人間の姿へと戻った。
「死んだか、死にかけか……どっちでも良い……今こそ喰ってやる!」
餓王はいよいよ江を喰らおうと、その身体を地面から引き抜き、口を開いて瞬時に彼の頭を飲み込みに入る。
そして首の付け根辺りでガチン、と口を閉じると、江は首無し状態でそのまま放り出されたのだが、餓王は彼の頭を噛み砕いた途端、とてつもない冷気が口の中、そして奥の方へと広がった。
「!!?むぐぅぅぅ!?」
吐き出そうとしても、閉じた口が氷漬けになっていたのか、全く開く気配が無い。
一方で、首無し死体のはずだった江は、首の付け根辺りからひょいと自身の首を出して見せた。
「忍法、空蝉・氷頭(こおりがしら)の術!これでてめえも終わりだ!」
宣言と共に、餓王の腹が大きく膨らむ。
怒り心頭の彼は、地面を焼く程の熱を持った消化液を吐くのだから、体内の温度も相応。
その状態で水や氷を急速に熱したらどうなるか?
答えは一つ、水蒸気爆発だ。
「ぶがあぁぁっ!!」
大爆発を内側から引き起こした餓王は五体が見事に四散し、肉片が再生不可能なまでに散っていった。
「そ、そんな馬鹿な……この、俺様が……」
残った餓王の頭部が驚愕の余りに引きつった笑みを見せ、その言葉を最後に事切れる。
その最期の姿を、砂になって崩れていく餓王の顔を見て江は視線を落とす。
「喰う事だけが全てじゃない。それを理解しなかったのがてめえの敗因だったのさ」
やはり、この男も強者の立場でありながら、倒される事の意味を理解していなかった。
それもまた敗因であり、自分の勝因であろう。
そう考える江だった。


コカトリスとの睨み合いから、再び接近しながらの針の射撃を行うメイア。
出来れば手数で押し切りたかった所なのだが、コカトリスはそうはさせじと羽ばたき、羽根の矢を雨霰のように飛ばす。
それらを副腕、左の鋏で撃ち落としていく中、メイアは異様な匂いを感じ取っていた。
「(これ……毒というより、接着剤みたいな……)」
副腕と鋏の斬れ味も鈍り、切り裂くという手応えから叩き落とすような感覚へと変わっている。
そして身体が段々と重くなっている事にも気づき始めた。
「……!?まさか……」
空を飛ぶべく羽ばたいていた翅、その羽音も遅いものになって高度が下がっていくメイアは、改めて自分の身体を見渡してハッと驚く。
その身体はまるで石のように灰色に染まっているのだが、五体の感覚が失せた訳ではなく、表面が何かに覆われたような感覚だ。
「ククク、石にするというのは、何も完全にする必要は無い……外側だけでも完全に固めてしまえれば優位よ!」
コカトリスの羽根にも、石化の元となるものが仕込まれている。
触れれば表面だけながらも相手を石にするという、そうした石化の元が。
しかし気づいた時には既に遅し、コカトリスは高度を落としながらもメイア目掛けて嘴を突き出す。
「ぐっ……!」
僅かに身を捩らせて嘴による直撃を避けたメイアだが、突進時の翼の一撃が彼女を打ち、錐揉み回転をさせて地上への落下を早める。
「虫が鳥に勝てると思って?」
追い討ちとしてコカトリスは振り上げていた両足でメイアの両肩を切り裂き、そのまま地面へ激突させる。
その衝撃で身体を覆いかけていた石化の膜は簡単に割れたのだが、横で御琴が放り出されて来たのを見て、彼女は更に動揺した。
空気を切り裂く音と共に、鬼神の鎧と五体を切り裂く、バシリスクの爪。
その速さは御琴やメイアの予想を上回っていたのだ。
「くっ……流石に、強い!」
受け身を取った御琴は横にいたメイアと共に傷を癒しながらバシリスク・コカトリス夫婦を見据える。
彼等も十二邪王、地上と空を制する程の実力は軽くあるものだ。
しかし、御琴もそれで怯む事は無く、果敢に2人目掛けて駆け、メイアも針での援護射撃を行いながらそれに続いた。
「鍛え上げた俺達に、その突撃とはな!」
「そんな無策で、良くまあ生きてこられたものね!」
嘲笑する夫婦はそれぞれ地上と空中から、爪および羽根の矢で迎え撃つ。
羽根の矢は御琴の光弾とメイアの針で撃ち落とされているのだが、その羽根から白い粉のようなものが飛散し、一番近くにいた御琴の身体に付着していく。
「!身体が……!」
頭から石化の粉を被った御琴は見る見る内に全身を灰色に染められ、動きが鈍っていく。
「やらせない!」
無防備になり始めた御琴を守るべく、メイアは針の連射を更に強めるのだが、その針はコカトリスしか止められず、バシリスクが御琴に殴りかかった。
「おらよ!!」
一振りの拳が無数の拳を作るその攻撃が御琴の鎧を粉々に砕くかに思える状態。
だが、拳が彼女に触れるか否かの所で、独りでに石の膜が砕け散り、バシリスクの手首が掴まれた事で攻撃が止められる。
「負けません!」
凛然たる瞳と声、そして放たれる鋭い拳。
槍か矢を思わせるその鋭い拳がバシリスクの胸元に突き刺さると、バシリスクは口から青紫色の血反吐を吐き出して数歩下がった。
「ああ、あんたぁっ!!」
「ぐ、くそ……やりやがったな、女ぁっ!!」
自分達の得意技を破られた事で怒り始める夫婦。
逆に、御琴が自力で反撃に転じる姿に、メイアは先程抱いた不安が払拭されていた。
「そうだわ。御琴はエレとの戦いでもあの心で戦ってた……!私も、頑張らなきゃ!」
闘志が身体に力を与え、駆ける勇気の火を灯す。
メイアはその気持ちと共に再び飛翔し、右の刃でコカトリスの羽根をかわしながら左の鋏を突き出し、副腕と蹴りで彼女に攻撃を仕掛ける。
「!人造のONIとはいえ、あなたもあなたでやるわね」
攻撃に使っていた翼を、今度は盾として使うコカトリス。
分厚い肉と羽毛で覆われたそれは、メイアの刃でも切り裂く事は難しいものである。
そして翼を閉じた状態から開かれる勢いでメイアは突き飛ばされ、続けて繰り出す嘴の突きに彼女の装甲に刺し傷が突き始めた。
「……まだ!」
血が滲み出る中、メイアもコカトリスの数度目の嘴を鋏で受け止め、右手甲の刃をその左肩に叩き込む。
「ちぃっ!けれど、まともにこれ食らったらどうなると思う?!」
刃で切れなかったものの、左肩の激痛に顔を歪めたコカトリスは羽根の矢をメイアの身体に無数突き刺すと、その辺から段々と身体が灰色に、正確には石の膜に覆われ始める。
いや、それだけではなかった。
「くっ……!今度は、正真正銘の……!あっ……」
羽根から流し込まれた石化の毒は、鬼神の身体を石に変えるには到らないまでも、麻痺させるに十分なもの。
その麻痺毒によってメイアは動きが止まってしまい、コカトリスの降下で地面に押し付けられる。
「オホホホホ、ジャドから聞いたわ。あなた、苛められたり大事な人を失うのが嫌いで、その針は鬼神に良く効くそうじゃない!折角だから、利用させてもらうわ!」
押し倒しからメイアの右腕を口でくわえつつ、翼で彼女の身体を押さえ込んだコカトリスは、右手首を御琴の方へ向ける。
そして、バシリスクの攻撃を掻い潜りつつ、的確に攻撃を決めていたその御琴がメイアの方を見た途端、コカトリスの口による操作でメイアの針が放たれた。
「御琴、避けてぇーーー!!」
「!!」
メイアが叫ぶも、その一瞬に気を取られた御琴は背後からバシリスクの体当たりを受け、そのままメイアの針を受けてしまう。
「くっ……!うあっ!」
針だけでなく、バシリスクの爪とコカトリスの羽根の矢を前後から喰らった御琴は大きくよろめき、膝を突きかける。
身体の中に流し込まれた毒は複数のもので、その複合効果によってか、彼女は力の入りが悪くなるのを感じていた。
「くぅっ……」
「さあ、あんた。タップリ可愛がってあげて」
「良し、そいつをしっかりと抑えていろ!!」
バシリスクも妻の意図を理解し、身動きの取れない御琴に爪の連続攻撃を浴びせる。
「あああっ!!」
後ろからだけでなく、前、左右、頭上に高速の攻撃を受けていく御琴は、まるで踊るかのような状態。
装甲も鬼神の肌も少しずつ傷つき、青白の血が全身を染め始めている。
このままでは御琴も倒れてしまうのは時間の問題だった。
「ほーら、大好きなお仲間が苦しんでいるわよ?さあ、それを目に焼き付けておきなさいな」
「……」
同じく動けないメイアに、コカトリスはそう嘲るが、そこでふと疑問を抱いた。
先程は悲鳴に近い叫び声を上げていたメイアが、全くの沈黙に入っている。
目を逸らしている訳ではないから、友が絶体絶命の危機に陥ろうとしている姿はしっかりと見ているはず。
なのに、動揺する気配が無いのは、おかしい。
そうした疑問を抱きながらコカトリスは視線をメイアからバシリスクと御琴の方へ戻したのだが、そこで彼女は絶句する。
それまで一方的に攻撃を受け続けていた御琴が両足を踏み締めて立ち、その場で一歩も動かずバシリスクの攻撃を受け流し始めているではないか。
「く……またしても!」
鬼神の鎧も傷も少しずつ癒えていく御琴は反撃の手数も増やしていく。
毒は確かに効いていたのだが、彼女は内側から浄化の力を発動させ、それで毒を浄化していたのだ。
つまり、メイアは御琴が危機を打破する事を見越して黙っていたのである。
「このくらいで、私達ONIはやられません!」
「!ぐぼぉっ……」
鋭い一撃を受け流した御琴は此処で初めて、渾身の力を込めた右拳をバシリスクに叩き込む。
その拳はバシリスクの身体を覆う鱗を軽く砕き、内部から気で彼の肉体を切り裂いた。
「こ、これが鬼神の力か!」
まだ戦意は喪失していないものの、御琴が見た目以上の女戦士である事に驚くバシリスク。
此処まで来た以上は、形振りなど構っていられなかった。
「おい!これ以上俺を殴ってみろ!お前の仲間を、女房が殺すぜぇ!」
その言葉は合図同然で、コカトリスはメイアの右腕を放し、彼女を羽交い締めにして嘴を喉元に宛てがう。
御琴はそちらを振り向き、一瞬瞳が揺れるのだが、その彼女にメイアは自身の状況を省みる事無くこう言った。
「御琴!私の事は構わず、戦って!大丈夫、私も何とかするわ!」
「はい!!」
「「!?」」
怯えの感じられない言葉に、即座の応答という、あっさりと済んだやり取り。
それに耳を疑った夫婦はすぐさま己の成すべき事を成すとして、行動に出た。
「死になさい、お嬢ちゃん!」
コカトリスの嘴がメイアの喉をついばもうとしたその瞬間、メイアは地面を蹴って後方へ飛び上がると、その勢いでコカトリスは大きく仰け反り、背中から地面に叩きつけられる。
御琴も先程より果敢な攻めを繰り出し、バシリスクを追い込みに入った。
「仕方ねえ!こいつでどうだぁっ!!」
「っ!?」
攻撃の僅かな隙を突いての毒液が御琴の顔に掛かり、表面を焼き始める。
しかし御琴がそれで怯んだのはほんの一瞬であり、両手からの光弾がバシリスクの胴に叩き込まれて彼を突き飛ばした。
「痛みに、顔の変容に怯えてばかりじゃいられません!」
毒液で目をやられかけた御琴はその両目を閉じたまま力を集中させる。
一方でコカトリスの拘束から抜け出していたメイアも左の鋏で彼女の首を掴み上げ、そのまま思い切りバシリスク目掛けて投げつける。
結果、夫婦は背中合わせで激突し、そこから御琴とメイアが挟み撃ちとして大き目の光弾と無数の針を撃った。
それらは全て、動けるようになったバシリスクとコカトリスによって全て避けられたのだが、挟撃状態から抜け出した夫婦は顔を見合わせてから距離を取り始める。
「逃がしません!」
「もう一度!」
追撃とばかりに御琴もメイアも再び光弾と針を放つのだが、それらもかわされていく。
「やってくれるじゃねえか!だがまだ戦い足りねぇ!!このまま死ぬ訳にゃあいかないぜ!」
「だから、今は退かせてもらうわよ!」
それだけ言うと、2人は大きく飛翔し、頭上に生じた黒紫色の穴へと入っていった。

「……御琴と友達になれて、良かった……」
2体の魔物の夫婦が去った所で、メイアは安心の笑顔となって御琴を見る。
御琴も傷を癒しつつメイアの方を見て微笑んでいた。
「私もです。メイアさんを助け出せて、自分を強く出来て、本当に良かった……」
先のやり取りは、お互いに苦境を自力で打破出来ると信じ合っていたからこそ成せたものである。
これで自分達の目の前にある不安は後一つを残すのみとなり、それを表しているであろう、天地丸の方へ駆け出した。


その天地丸だが、今も大魔縁との戦いを繰り広げていた。
彼の繰り出す錫杖の乱舞は鬼神の拳を弾き、先端から迸る雷光が魔封童子の雷を打ち破る。
大魔縁は最初に戦った時よりも強大な力を発揮し始めているのだ。
「受けるが良い!」
続けて大魔縁が放ったのは、翼からの真空の刃と、本人の目から放たれる強力な閃光。
真空の刃は左右に放たれていたものも途中で弧を描いて天地丸の方へ、閃光は直線上に進んでいたのが、途中で無数に枝分かれして蔦のように伸びる。
それを天地丸は真正面から突破しに入り、自身を狙って落とされる雷撃を掻い潜りつつ、間合いに入った所で右拳を振るった。
だが、その拳が大魔縁に届く前に、彼の左の掌が天地丸の脇腹に押し当てられ、強烈な衝撃波で弾かれるように突き飛ばされてしまう。
「くは……!」
「今回は貴様らを殺すべく動いている。もっとも、連れて来た3人は私程の実力を持っている訳ではなかったようだがな」
地面に押し付けられる形で倒された天地丸が身を起こすと、後ろから御琴とメイアが、右からは転身し直した江が駆けつけて来た。
「食い意地張った奴はしっかりぶっ飛ばした!後はてめえだけだぞ、天狗野郎!」
「西洋妖怪の夫婦も退きました」
「これ以上、好き勝手はさせない……」
これで4対1、人数としては天地丸達の方が有利である。
にもかかわらず、大魔縁は全く動じる気配が無い。
「ほう、あの餓王を倒したか。傍目で見た所、あの半人前夫婦は一足先に撤退したようだが。まあ、所詮は喰うだけの獣、私より優れているはずもない」
仲間であるはずの餓王を嘲笑すると共に、大魔縁が次に展開させたのは3本の竜巻の如き火柱で、円軌道を描いて彼を守るように回る。
「これを守りと思うなら、違うと答えてくれよう!」
「!?危ない!皆、守りに入れ!」
天地丸が危機を察知して指示を飛ばすと、4人はすぐさま守りの構えを取る。
その数秒後に、火柱が瞬時に傾いて一斉に襲いかかる。
それによって江とメイアが上空に巻き上げられ、天地丸と御琴は地面に突っ伏させられた。
「ぐっ!掠っただけで大火傷だと!?」
「身体の自由が、利かない!」
「守りが無ければ、確実にやられていた……!」
「分かってはいましたが、私達の世界で戦った時とはまるで違います……!」
動きを封じられた天地丸達に、大魔縁の追撃が容赦無く行われる。
江とメイアに対しては何時の間にか空に立ち込めていた暗雲からの雷、天地丸と御琴には地面を豆腐の如く貫いて突き出される氷の刃。
それらが彼等の全身を切り裂いていった。
「「あああーーー!!」」
「フハハハ!そう!これが私の本気であり、真なる力!さあ、次は何を味わいたい?」
今度は纏めて上空へ打ち上げられた4人。
そこへの大魔縁の次の一手は、錫杖での直接の斬撃、刺突、打撃。
魔神を思わせるその攻撃で江の鱗やメイアの甲殻が容易く切り捨てられ、天地丸や御琴が纏っている鬼神の鎧も端の部分が粉々に砕け、赤や青の血飛沫が空に咲く花を造り上げた。
その連撃が終わって地上に落ちた天地丸達だが、江が息苦しそうに呻き始めると、転身が解除されてしまう。
「さ、流石にあたしだと此処までってか……正直、ふざけてるぜ」
隠忍の外見の違い、その意味を知っているだけに、江は己の状況に思わずそう漏らす。
メイアの方は触角部分が砕けて髪が露になっており、刃と鋏は何れも今の攻撃で使い物にならない。
天地丸と御琴も、青白の血があちこちから流れ出ており、鎧も見る影を失い始めている。
対して大魔縁は未だ無傷だ。
「……御琴、行くぞ!」
「……はい!」
鬼神2人で、活路を拓くしかない。
そう考えて立ち上がった天地丸と御琴は瞬時に駆け出し、メイアと江もその意味を読み取って行動に出る。
「むっ!?」
速さが落ちていない事に気づいた大魔縁は再び火柱を展開する。
「甘っちょろかろうと!」
火を制するは水、その鉄則に基づいて江は両手からの水流で火柱の動きを止め、その間にメイアが一番乗りで大魔縁に接近し、ガッチリとしがみつく。
「愚か者め。身体能力だけで私を封じられると思うてか!」
「封じる!」
嘲りと共に放たれる電撃がメイアに襲いかかるも、メイアは悲鳴を出す事無く大魔縁への密着を続ける。
それを無駄と思っていた大魔縁だが、少し身体が熱くなるのを感じて笑みを消す。
「貴様、まさか……!!ちぃっ!」
メイアの密着は、その装甲から発せられる高熱を直接大魔縁に浴びせる為のもの。
鬼神の鎧程の強度が無い代わりに、蜜蜂の群れが敵を倒す為に行う発熱を行なっていたのだ。
その熱も、触れれば木の葉が燃え上がり、水も瞬時に沸騰を通り越して気化するほどのもの。
当然、メイアも無事では済まなくなっているのだが、彼女はそれを迷わず継続している。
これには大魔縁も苛立ちを覚え、翼からの突風でメイアを熱ごと吹き飛ばした。
その入れ替わりに、天地丸と御琴が同時に闘気を纏った拳を突き出す。
「浅はかな!そんなものが通用するとでも……」
真正面からの、無策に等しいその攻撃も弾き飛ばそうとする大魔縁。
だが、その弾く為の錫杖に向けて、2人の拳が命中していた。
最初から天地丸も御琴も、錫杖を狙っていたのである。
「何と!?」
振るおうとした錫杖が弾かれた事で体勢を崩してしまう大魔縁。
そこへ、本命たる天地丸の雷の右拳と、御琴の聖光の左拳が放たれ、どちらも大魔縁の胸元に突き刺さる。
その瞬間、凄まじい衝撃と閃光が走って辺りを包み、大魔縁がその光から投げ出されるように飛び出す。
江がそれを見守る中、光が治まると、天地丸と御琴が着地し、メイアもボロボロながらゆっくり降りて来た所で一息吐いた。
大魔縁の方は今の攻撃がしっかりと通っていたらしく、翼の一部が血で滲み、羽根が下の部分から焼け焦げているのが見えている。
身体を覆っている衣も命中部分を中心に焼け焦げ、血の滲みと火傷が身体の上半身に見られる状態となっていた。
「く、ふふふ。流石に鬼神。我が本気に此処までやれるとはな」
「俺達はこうして数々の邪悪と戦って来た。それだけの事だ」
「しかし、その勢いも今日限り!」
歪んだ笑みを浮かべた大魔縁。
その笑みと共に、彼の全身から光が迸り、槍となって天地丸と御琴の五体に突き刺さる。
「天地丸!!」
「御琴ぉっ!!」
離れていた江とメイアが叫ぶも虚しく、天地丸も御琴も光の槍で動けなくなってしまっている。
槍そのものに殺傷能力は無いものの、強力な攻撃を使った直後という事もあって疲労は半端ではない。
「勝負あったな。私の全力を以てすれば、鬼神が何人来ようとも全て吹き飛ばせる!」
勝利を確信した大魔縁は錫杖を両手持ちに構え、先端から禍々しい光の刃を伸ばすと、その矛先を御琴に向ける。
「あの時は侮ったが……次は侮らん!死ね、御琴!!」
「やめろぉーー!!」「ダメぇーー!!」
大魔縁が地面を蹴った瞬間、少年少女の叫び声と共に、江とメイアが彼と御琴の間に割って入り、御琴の盾になろうとする。
ならば2人も纏めて貫くまでとしていた大魔縁だったが、次に別の影が目の前を遮る。
それは何時の間にか呪縛を破っていた天地丸であり、錫杖を受け止めて踏ん張っていた。
「2人共、良く見ろ……これが、誰かを守るという事だ!!」
受け止めている両腕は刃で切れて血みどろになっており、消耗も激しい。
だが天地丸はそこからしっかりと錫杖を固定し、大魔縁の動きを封じに入っていたのだ。
そして、彼が発したこの言葉は、戦う者としての手本であり、命を捨てようとしていた江やメイアへの戒めでもある。
それを理解した事で、自分達の過ちに気づいた2人は天地丸の身体を支えに入った。
「……すまねぇ、天地丸。リョウダイを助けておきながら、あたしが死ぬってのは馬鹿げてるよなぁ」
「ごめんなさい、天地丸さん……私……」
「小癪な奴等め!だがこの状態であれば、我が力で……」
3人のやり取りよりその足掻きに唸る大魔縁はまばたきと共に一つの違和感を覚える。
今、自分の攻撃を受け止めているのは3人で、御琴は動けない状態。
その御琴が、3人の姿越しにも見えなくなっており、代わりに僅かな暗がりだけが自分の頭上に生じている。
それに気づくのと、御琴が頭上から光輝く両手を突き出したのは同時だった。
「ぐおおぉっ!?一度ならず、二度も……!!」
御琴は天地丸達が大魔縁の攻撃を受け止めたのを確認するや否や、反撃に転じていたのだ。
唯一の好機を逃すまいと、確実に撃ち、確実に3人を守るという思いと共に。
それらを乗せた一撃は、大魔縁の顔面に凄まじい火傷を負わせ、彼の手から錫杖を取り落とさせる結果となる。
そこへ、天地丸も同じく好機と見て、一歩、地面を粉々に砕かんばかりの踏み込みから右の正拳を鋭く、正確に大魔縁の鳩尾に突き刺した。
「ぐはぁーーー!!」
虚を突かれた上での攻撃、それは大魔縁の心身に深い傷を負わせるに十分なものであり、その反撃を繰り出した2人は膝を突いて荒い息をしながらも、手応えを感じて勝機を見出している。
「ぐ……こ、このままで終わらせん……!この上は、貴様らをこの世界ごと……!!」
間合いが離れた大魔縁は、天地丸達が体勢を立て直した辺りでその激昂した様子を見せ、戻って来た錫杖を天に掲げる。
しかし、掲げられて力を解放しそうだった錫杖は、何処かから飛んで来た気の塊によって弾かれ、地面に落ちてしまった。

「!何奴!?」
新手の敵と見て、出処を睨む大魔縁。
そこには、黒髪と琥珀の目を持つ少女が、妖しげな笑みを見せて立っていた。
「!エレ……!!」
「エレオス……一体どうして此処に!?」
前の戦いで御琴達に敗れ、自身を封印していたはずのエレオスが、この場にいる。
そうした半信半疑なメイアと御琴に、話は後という意味合いの視線を向けたエレオスは大魔縁と向き合う。
しばらくの沈黙が辺りを包むが、大魔縁は舌打ちと共に上空に黒紫の穴を開け、その中へ飛び去って行く。
「この屈辱、必ず……!」
そう言い残して……
残された天地丸達はエレオスをじっと見詰めていたが、敵意も殺意も無いと知ると、転身を解いて彼女の対応を待った。
「……本当ならもうちょっと寝てたかったんだけれど、今動いてもらわないと困るって煩い奴等がいてね……ま、詳しくは監査局で話すわ」
「……うん」
エレオスの登場で大魔縁が退いた。
それを考えると、今はエレオスを信じた方が良い。
メイアだけでなく、天地丸達も同じ気持ちであり、彼女と共に全員はその場を後にすることにした。



螢は斬光の繰り出す爪を受け流しつつ、隙を見て光の球で彼の両手足を撃ち抜こうとする。
だが速さは斬光の方が上であり、光の球は全く掠る気配も無い。
「やはり私の方が上である事は揺るがぬようだな!」
振るう腕は鞭のようにしなやかなで、雷のような速さを持っている。
その軌道が読めるので、受け流す事そのものは不可能ではなかった。
「(えっと、こっちがこうで、こう!)」
最初の戦いの後、治療と訓練を経て力を高めている螢は、焦る事無く防御、回避へと力を回していく。
ならばと、斬光も押し切るまでと手数を増やし、その防御を崩しに入る。
「わっ!」
「腕力でも、所詮は火鼠!私からすれば恐るるに足らん」
斬光の繰り出す一撃一撃が段々と重さを増し、受け流しが利かなくなり始める螢の腕。
その積み重ねの結果、胴を庇っていた彼女の腕が思い切り弾かれ、胴ががら空きになった。
「仕留める」
「させない!」
一気に決着をつけようと繰り出した斬光の右手だが、螢も防御を弾かれた勢いを利用して跳び、その一撃をかわす。
そこへ斬光の左の爪が待ち構えていたかのように彼女を襲って来たのだが、こちらも螢のしなやかな動きで空を切るに終わる。
しかし、斬光の本命は右足による蹴り上げで、螢の顎をしっかりと捉え、そのまま大きく打ち上げた。
「くっ……!」
「捕らえたぞ!」
相手を空に浮かせればこっちのもの。
斬光はそこを活かして、連続で爪を振るう。
無数の弧を描いてのその連撃は、最初の一瞬だけが白く輝き、後はどんどんと真っ赤な輝きへと変わっていき、螢の身体も炎の赤から血の赤へと染め上げられていく。
「終わりだ!」
仕上げとばかりに、捻りを加えた右の爪が螢の腹に突き刺さる。
だが、次に斬光が目にしたのは、その螢が自分の右手首を掴むという光景だった。
「何!?」
斬光が驚いた途端、螢は逆に彼の拳の回転を利用して勢いを暴走させ、斬光をグルンと回転させて地面に転倒させる。
そして次に彼女の身体を覆う毛皮の一部から毛針が無数飛び出し、立ち上がろうとしていた彼の周囲に突き刺さったかと思うと、そこから炎と光の柱が迸った。
「はあぁぁぁっ!!」
印を組みながら発せられるのは、普段は滅多に出す事のない、螢の気合。
表情も、眉間に皺は一つも無いが、真剣さがハッキリと見えており、それが今展開している結界に力を与えているのだ。
「こ、小細工を!」
炎と光に焼かれる中、火傷を負って忍装束も焦がされた斬光は鈍っている身体を無理矢理動かす事で結界を破り、そのまま螢にもう数撃、爪と蹴りを浴びせる。
それらを喰らった螢だが、両足をしっかりと踏ん張らせ、身体が浮かないように歯を食い縛って耐え抜く。
「くっ……ふう……うぅ……」
攻撃が終わって、螢の息が上がり、体勢が崩れているのを確認した斬光だったが、油断大敵とばかりに一旦離れて様子を窺う。
良く見ると、既に彼女の傷は癒されており、消耗していた体力も少しずつ戻っているのが良く分かる。
「小娘、貴様は一体何者だ?ただの隠忍とはどうしても思えぬ。今の攻撃を受けながら、未だ弱音を吐かず、そればかりか暴走する気配が無い……問おう、貴様は何者だ?」
「もうすぐ、それが分かるようになるよ。螢、最初は普通の隠忍かな、って思ってたけど、そうじゃないって事が分かって来て、後はもっと気になる事の答えだけ……はいっ!」
「!?」
螢の癖である、次に話を進めるべしとして行動を進めるという行為。
それが斬光に対しての思わぬ奇襲となり、滑るように懐に入り込んだ螢は右肘を彼の胴に突き刺し、そこから手刀と足刀、炎の術と毛針の連撃へと展開させた。
先程の攻防で斬光の動きを見切っていたのだろう、速度を増した攻撃は全て的確に入っている。
「ぬうぅっ!それが、我々の記録に残されていない事の、答えということか!ならば益々危険!」
斬光も体当たりを繰り出して螢の連撃を止め、両手から竜巻を呼び起こして彼女を上空へ打ち上げる。
そして落下し始めるのを見計らって自身も飛翔し、翼を広げて縦横無尽に彼女の周囲を飛び回りながら彼女を切り刻んでいく。
「……!頑張る!」
その攻撃を受けながらも、術を発動させて傷の治療と体力の回復を行う螢。
淡い橙色の光はまさに温かい太陽の光を思わせるものであり、その輝きが斬光に不快感を与える。
「ふ、不死身か!?何処にそれほどの力があるというのだ!?」
「力は、心の奥底に!!」
即答と共に螢の両手が斬光の胸元に押し当てられ、瞬間に放たれた衝撃波が彼を吹き飛ばす。
それで落下しかけた斬光は翼の羽ばたきで制動を掛けたが、螢の力が段々高まっていくのを肌で、そして気配で感じていた。
「……愚かだ。実に愚かな偽善者なり、螢。それだけの力を持ちながら、あくまで人の為世の為と言い切るとはな」
「悪い人になって、本当に良いの?皆の幸せって、確かに形は様々だし、悪い人にとっての幸せもある……でも、これだけ言うね。螢は、正しいとか悪いとかじゃなくて、ちゃんとした笑顔の為に戦っているの。死んでいった人達が安心出来るように、戦っているの。そうすれば、きっと皆が笑顔で生きていける時代が来るって信じているから」
空を飛ぶ術も会得していたのだろう、螢は落下せずに斬光と同じ高度を保ちながらそう返す。
見せる顔は、無垢で純心なだけでなく、負の感情が一切感じられない、そんな真顔だった。
「貴様……そんな時代、来るはずがなかろう。人はほんの僅かな時間しか力を合わせられぬ。自分に危険が迫って初めて本格的に動く。それが人間、この世を生きる者達の本性だ」
「分かってる。でもね、螢は諦めたくないの。諦めちゃいけないの。他人から出来ないって言われたのを理由に、夢を諦めちゃったら、きっと沢山の笑顔が、夢が消えちゃうと思うから」
そう語る螢は、脳裏にある光景が浮かび上がるのを感じ取る。
その光景は、やはり夢で見たものと同じ、一人の巫女が絡んでいるものだった。
たった一人で邪悪な妖魔・妖怪と戦い続け、恋をする事無く、戦い続けて悪鬼達を殲滅したその少女は、ある犠牲に心を痛めていた。
その犠牲を二度と出すまいという誓いで、戦っていたのである。
そうした事をどうして自分が夢で目にしたのか?
答えは、段々と分かっていた。
「……もう、誰かの為に頑張っている人を、悲しみと寂しさ、苦しさで凍りつかせたくない。それが、今の螢の気持ち!」
「くっ!」
先の奇襲を警戒して身構えた斬光だが、螢は既に目の前に来ており、次には彼女の炎を纏った手足による連撃を受ける。
速さの差を覆されたという事実、そして怒りの無い気迫が彼を確実に追い込んでいた。
「(馬鹿な……!心が力を高める等と……)」
認められぬ真実、それに抗わんと斬光は両手から漆黒の糸の束を放ち、螢の全身を絞め上げる。
その絞め上げは触れただけで肉を焼き、血を吸い取るというもので、動きを止められた螢はそこから何とか抜け出そうと力を込める。
その際に、激しい消耗で転身が解除された螢だが、それに戸惑う気配も無く拘束から抜け出し、斬光の両肩を掴んだ。
「!私の勝ちだ!転身が解けた事で、守りも攻めも弱まっているからなぁっ!!」
逃がさず、仕留める指示を受ける受けない関わらず、一度逃がした相手は逃がさない。
その信念と共に斬光は螢の身体を貫こうと右手を思い切り突き出す。
「っ!!」
腹に生暖かく、しかし鋭い痛みを感じ取った螢。
斬光の右手は、彼女の身体を貫きはしなかったものの、深々と爪が突き刺さって胴辺りから血が流れ出ている。
「死ね!」
次こそが真の止め。
大きく口を開いた斬光はそのまま螢の首筋に噛み付き、頚動脈(けいどうみゃく)を食いちぎろうと顎の力を強める。
が、突き刺さった歯は全く動く気配が無く、代わりに熱が歯を伝って斬光の全身に急速に広がり始めた。
「!?あ、熱い……そんな……!」
思わず口と手を螢から離してしまった斬光だが、そこを彼女が見逃すはずが無かった。
腹部の一撃を受けても、噛み付かれても一切離さなかった両手から、炎が燃え上がって斬光の身体を焼き始める。
「螢は……皆の笑顔の為に、生きる事も諦めない!司狼丸を、もう二度と泣かせたまま死なせない!響華丸もしっかりと助ける!『あの人』による苛めを、本当の意味で終わらせる!」
「!?貴様……だからなのか、前世で貴様が居なかったのは……そういう事だったのか……!」
炎に肉も魂も焼かれていく中、斬光は真実を知り始めた。
余りにも重大な事実、螢の真の正体。
だが、尸陰に報せるには手遅れだった事も悟っていた。
「螢……貴様もまた……運命を……変え……」
全身が灰になっていき、魂も炎の中でかき消されていく。
そんな感覚を抱きながら、斬光はこの世界から完全に抹消された。
「……凄く、苦しかった……凄く、痛かった……でも、響華丸と司狼丸の方がずっと……」
息切れが激しい中、螢はゆっくりと着地してから傷を癒やしに入る。
涙は流れず、悲しい、許せないという感情はやはり現れない。
そこへの歯痒さは確かにあったが、螢はこうも思った。
自分が、負の感情や涙と引き換えに力を手にしていたのであれば、迷う理由は全く無い、と。


ジャドの右手だけでなく、左手が邪悪な化け物の群れを模したものへと変化し、朱羅丸を飲み込もうと伸ばされる。
朱羅丸も巨体とその豪腕を活かして彼の両手を受け止めるが、ジャドの両脇辺りからも鋭い刀のような牙が伸びて来た為、即座に突き飛ばし、気弾で牽制する。
「ふふ、戦い慣れているねぇ。でもまだまだ行くよ!」
気弾を手で弾き落とすジャドは両肩の肩口を隆起させて百足へと変え、それらを伸ばして朱羅丸の身体を切り裂こうとする。
伸びる速さは半端ではなく、瞬時に間合いに入られた朱羅丸だったが、鬼神の拳がそれらを砕き、飛び散った体液も闘気で蒸発させていく。
「ふふ、最後に観察した時よりも腕が上がってるじゃん。ま、君は普通に死んでもらっても良いかな。ああ、ダメだ。自分の弱さ、至らなさの所為で仲間が犠牲になるとかしてもらってからで」
「……!」
顔だけ人間のものにしているジャドはニヤニヤしてそうからかうも、朱羅丸は少し唸るだけで、次の一手に出ようとしている。
確かに、自分の失態が原因で仲間に負担を掛けさせたり、死に等しい状態に追いやった事もあった。
自分を拾ってくれた長老も、死なせてしまった。
だが、そこを悔いて何になるか。
そうした気持ちが働いた事で、彼は怒りを制御し、迫って来たジャドの攻撃を受け流すと共に反撃の正拳を繰り出す。
「っ!?なぁるほど……最初の時だけかぁ、甘ちゃん丸出しだったのは」
「甘く見てもらっちゃあ困るぜ!」
策謀に長けたとはいえ、正攻法に持ち込めば勝てない相手ではない。
そう見た朱羅丸はジャドへ果敢に攻撃を仕掛け、出来る限り他の面々から距離を離すようにしていく。
巻き込みやジャドの奇策に、何時でも対応出来るようにする為だ。
そうして2人が戦っている様子を尻目に、ミルドは音鬼丸との剣戟を続けていた。
「ジャドに真っ向から挑むにしては、良く考えているわね。ある程度傷ついている分、強くなっているという事かしら」
「僕達とは違って、人間達から疎まれたって話だ。それが朱羅丸を強くしていると僕は思っている」
まだ有効打は入っておらず、互いに様子見という状態の音鬼丸とミルド。
だが、それもおしまいとばかりにミルドの剣が勢いを増した。
「くっ!速い!」
雷が落ちるかの如き振り下ろし、矢が放たれるかのような突き、そして風が吹き荒れるかのような連続の横斬り。
流れるような動きからそれらの攻撃が来る為に、音鬼丸はそれまで攻めと守りの調和が取れていた状態から、防戦に入り始めていた。
「気を抜くと、死ぬわよ」
「分かってる!」
鍔競り合いにおける対話から、即座に競り合いに勝った事で流れを引き戻し、攻めの手を強めた音鬼丸。
彼が気にしていたのは、目の前の少女がどれほどの力を持っているのか、今は本気なのかという事だった。
その疑問に、ミルドは受け流しからの突きを繰り出しつつ答える。
「本当は琥金丸と思いっ切り戦いたかったけれど、そっちは見届けで妥協するつもりよ。でも、あんたがその状態で今の私と渡り合える事を考えれば、迷い無い剣でなら私とあんた達ONIは1対1で互角、と言っておくわ」
答えは分かった。
しかし音鬼丸はまだミルドに対して腑に落ちない部分がある。
自分達を殺すつもりがあるのか無いのか、という最大の疑問が。
その疑問には、ミルドは答えずにこう返す。
「今は私を何とかするのが先じゃないの?」
言われなくても分かっている事である為、音鬼丸は取り敢えず今出た疑問を胸の奥に仕舞い込み、剣の勢いを強める。
「ふふ、やれば出来るじゃない」
笑みを見せたミルドは音鬼丸の一閃を弾くと、軽く浮いてマントをはためかせ、振り子の戻りを思わせる急降下を行う。
対する音鬼丸も立ち止まって彼女の攻撃を待ち受け、間合いに入った所で一の太刀を繰り出す。
その太刀はミルドの剣を止めるだけでなく、防御を引き剥がした事で彼女を無防備な状態に持ち込ませる。
「燕返し!!」
渾身の一の太刀が生み出した勢いをそのまま鋭角を描いて返す音鬼丸。
瞬時に振り抜かれた剣はミルドの胸元を切り裂き、僅かに血を吹き出させた。
「お見事。でも、ようやっと合格点ね」
「うっ……!」
仰け反った姿勢から後退したミルドの言葉に、音鬼丸は両肩の痛みを覚えてその正体を見抜く。
ミルドの攻撃を弾いた際に、剣の柄から離れていた左の五指から、光の矢を放って音鬼丸の両肩に命中させていたのだ。
「これが、十二邪王の力という事か……」
「そう考えてもらっても良いわ。さ、続けるわよ」
ぶっきらぼうな言い方だが、調子が狂った訳ではなく、音鬼丸は深呼吸の後にミルドの赤い目を見据える。
ミルドも音鬼丸の腕前を評価しているらしく、胸元の傷から流れ出ている血を小さく舐め取りながら剣を構え直す。
そこから再び、両者の沈黙が辺りを包み込んだ。

伽羅は血走った目で薙刀を振り回し、琥金丸に斬り掛かる。
巨体の鬼神になっている琥金丸にとって、それは避けれる速さでは無く、むしろ受け止めた方が良いものである。
攻撃の威力や速さだけではなく、他にも理由はあったが。
「(直接こうしてやられるのは、初めてか……いや、違うな)」
攻撃を受け止め続ける中、琥金丸の脳裏に伽羅との思い出が浮かび上がる。
小さい頃、ちょっとした喧嘩で伽羅は一方的に泣きながら叩いてきた事があった。
馬鹿、馬鹿、琥金丸の馬鹿。
そう泣き叫んで、泣き疲れるまで何度も何度も叩き続けた伽羅。
母に強く叱られた琥金丸はただ一言、ごめん、としか掛ける言葉が見当たらなかったものの、最終的に伽羅と仲直りが出来た。
それからの幼馴染同士の触れ合いは、助け合い慰め合い、時にはいがみ合いの日々。
16歳になるまで、そうした楽しく、温かい日常を送り続けて来た2人。
そして来る運命の日、伽羅は鬼神の力に目覚めた琥金丸に、人間ではない事に苦しみ悩んでいた彼にこう言葉を掛けた。
『あんたが人間じゃなくても、あたしは好きよ。他の誰かがあんたの事を化け物呼ばわりしようものなら、あたしが庇ってあげる』
この言葉程、励みになった言葉は無い。
だからこそ、あの時からずっと伽羅を信じ続けて来た。
だが、彼女が妖怪に攫われ、それを助け出そうとした時にその思いは大きく揺れる。
『あんたはあたしに騙されたのよ!』
『伽羅が裏切ったなんて……信じられるかよ!友達だろ!?』
『ち、違うわ!友達でも何でも無い!あんたがそう思っていただけよ!』
支えだった伽羅が裏切った事が、琥金丸の心に深い傷を刻んだ。
しかしそれは、混乱によって生じた誤解でしかない。
答えを、今の琥金丸は既に掴んでいた。
あの時の自分が、何故己を見失い、伽羅を死なせたのか?
その弱さとは何かを。
「死になさい、琥金丸!!」
「……嫌だ!」
「!?」
力一杯伽羅が振り下ろした薙刀を、琥金丸も鋭く重い拳で打ち上げ、勢いを活かしての左手からの雷撃が伽羅を突き飛ばす。
「俺は、お前に殺される為に来たんじゃない!謝りに来たんだ!お前にな!」
「い、今更!!」
よろめいていた伽羅は体勢を立て直し、薙刀を鞭へ変化させると、それで琥金丸を打ち据えに入った。
「あたしは、あんたがずっと憎い!そしてあんたと一緒にいたあの女も……!」
反撃の気配を見せない琥金丸への容赦無き猛攻。
それを行う伽羅の目は少しずつ赤くなり、涙も一筋ずつ流れ落ちている。
『違うわ……あたしは誰も憎んでなんかいない……』
「!?許せない許せない!あたしはどいつもこいつも許せない!」
「伽羅!」
幻聴か否か、琥金丸は聞き逃さなかった。
伽羅の、穏やかな声を。
その声は今目の前にいる伽羅の頭の中にも響いていたのだろう、苦しそうな表情で彼女は鞭を振るう。
対する琥金丸も鞭を掴み、思い切り引き寄せた上で伽羅に左拳を叩き込む。
有効打では無い為に伽羅はその衝撃で飛ばされ、受け身を取るに終わったが、その顔には怒りが良く見えている。
「ぐっ!!やっぱりあんたはあたしを捨てるつもりなんだ!大人しく殺されていれば良かったのに、そうして自分が可愛いだけって認めてるじゃない!」
「……そうだ。俺は、こうして殴り合わないと、どうやら本当に友達って確かめられないみたいだ……」
「……え?」
「覚えているか?小さい頃、お前は泣き虫な子をしつこく責めてた。それを俺が止めて、お前もこう言ったよな?『悪いのは、泣いてばっかりで自分から何もしないあいつだわ』って……」
「な、何言ってるの?」
「そこから、お前は俺に言い負かされて、泣いて、俺を思いっ切り殴り続けた。で、許し合った……俺とお前は、殴り殴られ、傷つき傷つけられての関係だったんだよ」
「!た、ただの思い出よ!」
話で鋭い所を突かれる度に、視線を逸らしてしまう伽羅。
そんな彼女の脳裏に、朱羅丸と戦っているジャドの声が響いた。
『気にする事は無い。そいつの言葉なんか無視して、殺しちゃいなよ』
「うっ!!」
ジャドも状況を知っていたらしく、強烈な電流が伽羅の身体を流れる。
すると伽羅は再び殺気溢れる表情になって鞭を剣に変え、琥金丸を刺し貫こうと駆ける。
「うああぁぁっ!」
「……来い!」
腰を落として構えた琥金丸は、伽羅が突き出した剣を左手で止めに入る。
それによって左手が刺し貫かれるのだが、剣の柄辺りがしっかりと掴み取られており、伽羅は身動きが取れなくなる。
「(俺は勘違いしていた……裏切っていたのは、俺だった!友達じゃないって否定していたのは、信じなかった俺だったんだ!)」
自分の全てが、自分と伽羅を傷つけていた。
ならばその罪に報いる為にも、痛みを受け入れなければならない。
肉体的な痛みだけでなく、精神的な痛みも。
その気持ちと共に拳で殴る度に、琥金丸は胸の奥底に突き刺す痛みを感じる。
剣に貫かれた左手以上の痛みだが、それに耐えて、引き抜かれた剣による斬撃を更に受け続ける。
「この!この!このぉっ!!」
何度も、駄々っ子のように剣を叩きつける伽羅は泣いていた。
感情の抑制が全く無く、ただただ怒りと憎しみ、悲しみを露わにして。
その感情剥き出しの攻撃は軌道が読みやすく、かわすには容易いもの。
だが琥金丸は敢えて避けない。
避ければ、彼女を突き放す事になると理解していたからだ。
たとえその為に、鬼神の装甲がズタズタになろうとも、露になった肌が青白の傷に覆われても、彼は攻撃を身体で受け止めていた。
そして、自分自身も伽羅を殴り続ける。
伽羅を蝕んでいる邪悪な気配、そして伽羅と己の弱さを打つ為に。
これが、自分が幼馴染にしてやれる精一杯の事だったから。
「えっ……!?」
どれほどの攻撃が続いたのか、パキンと剣が折れ、伽羅はそれによって全体の重心がズレて体勢を崩す。
琥金丸の方は、音を聞き取るや否や、頭の、そして心の奥底にもう一つ、伽羅の声を聴いた。


『琥金丸……!』
気がつくと、琥金丸は転身が解けた状態で光の中にいた。
そして今し方耳にした、己を呼ぶ声の方角を見ると、そこには伽羅が、鎧姿ではなく衣姿の伽羅が立っていた。
「伽羅……!ごめんな。俺、お前の事を信じようとしないで……」
天地丸の言っていた通り、たとえ伽羅が敵だったとしても、自分にとっては友達だと信じていれば、その気持ちで己を保っていれば、伽羅を死なせる事は無かった。
その気持ちは、しっかりと彼女に届いていたのだろう、済まなそうな、しかし嬉しそうな笑顔で首を振る。
『ううん、もう良いの。それより、頼みがあるの。今のあたしは、ジャドの人形でしかなくなってる……こうして話せる時間もあんまり無いわ。だから、あんたの手で、あたしを……!』
「……何とかするぜ。今度こそ、本当にお前を救う!」
決意は固まった。
後は成すべき事を成すまでだった。

現実に戻った琥金丸は、しっかりと目の前の伽羅を正視する。
剣が折れた事で動揺がハッキリと見えた彼女は、琥金丸の状況に気づいていない。
そこが唯一の隙であり、琥金丸は瞬時に右拳に力を込める。
「(届けるぜ……お前への、俺の想い……!)」
両足を踏み締めて、一撃を繰り出す準備を整えた琥金丸。
伽羅の方は、転びそうな所を持ち直し、折れた剣の代わりに両手から爪を伸ばして彼に飛び掛かる。
これにより、琥金丸は間合いに入る手間が省けたのだが、彼女がそれを知るはずも無い。
「(伽羅……お前が何であろうと、俺もお前の事が、好きだ……!!)」
弓を引き絞るように引かれた右拳が青白い雷光を纏い、次の瞬間には矢が放たれるようにその拳が突き出される。
「……あぁ……!」
「ぐぅっ……!」
琥金丸の左肩と右脇腹に伽羅の爪が突き刺さり、伽羅の左胸に琥金丸の右拳が突き刺さったのは同時の出来事だった。
長い数秒の沈黙に見えて、1秒足らずの均衡。
その均衡の崩れは、琥金丸の拳の輝きとして現れた。
「あぁぁぁぁっ!!」
空気を切り裂かんばかりの伽羅の絶叫と共に、彼女の左胸から光が迸って鎧が砕け散り、彼女の体内を鬼神の雷撃が駆け巡る。
そして、僅かに真っ赤な血が伽羅の口から吐き出されると、鎧の破損と雷撃によってボロボロになったその身体はゆっくりと前に倒れ込み、琥金丸の腕に抱き止められた。
「う……琥金……丸……」
「伽羅、気分はどうだ?」
一つの可能性に賭けた問い、その答えは時間を置くこと無く出る。
「……何でかな……身体が、そんなに冷たくない……あんたの顔が、良く見える……殺すつもりじゃ、無かったの?」
伽羅は、自分が生きている事に気付いていた。
先程琥金丸の心に語りかけていた彼女の望みは……
「最後まで言ってなかったよな?それに、俺は『何とかする』とは言ったが、お前をどうこうするとは一言も言ってない」
「……ホント、馬鹿な男……」
力無くそう笑った伽羅の右手が振り上げられ、鋭く下ろされるが、その手首もしっかりと掴まれており、左手も同じく拘束された状態にある。
ジャドが更に操りを強めていたのだろう、伽羅の瞳は虚ろになったり、輝きが戻ったりで、彼女自身も呼吸が穏やかではない。
「馬鹿で良いさ。これが、俺の出来る事だから……」
「え……あれ……?」
琥金丸が両手から、今度は穏やかな光の粒子を伽羅の身体に流し込むと、伽羅はそれまで感じていた全身の痛みや息苦しさが無くなるのを感じる。
1本、また1本と自分の身体に巻きついていた鎖が切れるような感覚。
それこそは、ジャドの呪縛からの解放感なのだが、伽羅にはまだ受け入れられない事であった。
「……もう、馬鹿。何の為に御琴にあんたを託したのか、分からなくなっちゃったじゃない……それとも何?響華丸に御琴を押し付けるつもりなの?」
「お前も、馬鹿だよ」
生まれて初めて、琥金丸は伽羅に対してそう口にした。
傷つける事を覚悟の上で、自分自身が一番の馬鹿である事を受け入れた上で。
「俺は……伽羅も、御琴も好きだ……どっちを選べなんて、そんな事出来る訳ないだろ?やっと分かったぜ……御琴が俺に付いて行こうとした理由が。お前が何時も俺を助けようとした理由が……そこも情けねえぜ」
転身を解いて、琥金丸は伽羅を立たせて彼女の顔を見詰める。
それだけで、伽羅は顔を真っ赤にさせて視線を逸らしていた。
「……琥金丸。ありがと……それから、ごめん……後……」
顔の赤みが引かれ、深呼吸をした伽羅は次の言葉を、明るく笑顔で、ハッキリと言った。
「ただいま!」
「お帰り、伽羅!」
琥金丸と伽羅はどちらからともなく抱き合う。
そんな2人に、黒紫色の刃が飛んで来たのだが、それを別な方角から来た大きな扇子が弾き飛ばし、螢が2人の前に降り立つ。
「おめでとー!でも、もうちょっと待っててね」
螢が2人にそう言いつつ、刃が飛んで来た方角を見据えると、朱羅丸が駆けつけ、後から遅れてジャドがやって来た。
「間に合ったか……済まない、螢。あいつがあさっての方向に攻撃を放ったから、もしかしてと思ったけど……」
「んーん。2人共無事だから大丈夫!」
安堵の息を漏らす朱羅丸に、ニッコリ笑顔を見せる螢。
琥金丸と伽羅も、口にはしないながらも螢に感謝の気持ちを示していた。
そして……
「またかよ……本当に、ムカつく程抜け目がないねぇっ……!」
自分の呪縛が解かれてしまった事については、琥金丸か伽羅を殺してしまえば取り返せる事。
だがその為の攻撃すら螢に読まれ、防がれた事にジャドは憤りを隠せず、我を保つのに精一杯だった。
「斬光でも殺せないなんて、ふざけたガキが……!僕が此処で、この手で殺してやる!!と言いたいところだけど、前みたいな失敗は繰り返したくないんでね……ミルド、僕は先に帰るから!」
まだ決着が付いておらず、再開して続けられた剣戟の移動でたまたまこの場に近づいていた音鬼丸とミルドも状況を察して攻撃の手を止める。
そしてジャドのその言葉を聞き、彼の去る様子を見届けてから数十秒後、気配が完全に失せたとしてミルドは琥金丸の方を向いて剣を構えた。
「……待ってたわよ、琥金丸。良い顔になったわね。思いを貫くべく、鬼神の力を揮う……父を打ち倒したその力、この身で確かめる時をずっと待ってたわ」
本命の相手はやはり琥金丸。
それを察して音鬼丸は剣を納め、入れ替わりに琥金丸が出る。
「周囲の守りは任せて、思いっ切り戦ってね、琥金丸さん」
「……頑張って、琥金丸!」
「ああ、分かったぜ!」
螢、伽羅の声を背に受けて、剣を正眼に構える琥金丸。
「ミルド、あなたはもしかして……」
「憶測や推測は無用よ。今からの問答は、剣でさせてもらうわ」
「……あんたも、サムライか……」
音鬼丸は先程のミルドとの戦いを通じて、彼女の真意に気づきかけており、朱羅丸も彼女の心意気を見出そうとしている。
それらの答えを示す形で、ミルドは琥金丸に一歩ずつ近づき、琥金丸も間合いを少しずつ詰めていった。
「刮目するわよ、琥金丸」
「応えるぜ……背筋伸ばして胸を張った、俺の姿でな!」



←前話へ  ↑目次へ↑  次話へ⇒
あとがき

予定より濃くなってしまいました(汗)。
それぞれのONI達が思いと共に勝利していく姿は、重苦しい展開を払拭する上で重要な要素という訳ですが……
琥金丸はやっぱり伽羅とのやり取りは絶対に外せません。
一度死なせた人は、二度も死なせない、そうした展開を望んでいる人も居るはずですし。
エレオスの再臨、螢の過去、伽羅救出と、イベント消化が成された事で、次回こそは残りの展開も終わらせなくては。
ただ、折角の状況なので、琥金丸とミルドの一騎打ちも濃くなりそう……
しかし、書かざるを得ませんね。

では、次回も是非ご期待をば~。

↑名前をクリックするとメーラーが立ち上がり作者様に直接感想を送れます。