ONIの里

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隠忍伝説(サイドストーリー)

ONIΩ ~希望紡ぐ仔らよ~ 

桃龍斎さん 作

第五話 開戦

どす黒い雲から雷鳴と共に稲妻が剣のように伸びて空を切り裂き、激しい雨が地上のあちこちに小規模ながらも池や川を造り上げる。
そうした天候の中、古城の大広間にて一人の少女が細身の剣を手に、一人の男性と相対していた。
少女も男も黒衣を身に纏っており、赤の瞳が交錯し合っている。
「今からでも遅くはないぞ。私に反抗する等、愚かな事はやめて、共にこの世界を支配しようではないか」
男がそう誘うも、少女は鋭い瞳をそのままに、一歩ずつ前に出ながら返す。
「支配しなくても、私達は生きていける。静かに生きる事が、そんなに退屈なの?」
「お前は何も分かっていないね。この世界は本来私達のものだったんだよ。それを、神々の口車に乗せられた人間達が、神の加護を受けて私達を闇の世界へ追いやった……次に人間達は何をしたと思う?人間同士で殺し合ったのさ。あの女も、人間を救おう等と思わず、私の言葉を受け入れていれば良かったのに、愚かだったよ」
「……あの人はその殺し合いを止めたくて、叶わなかっただけ。あんたは何でもかんでも『愚か』の一言で片付け、それで自分の地位を上げているだけじゃないの?私は、それこそが間違っていると思うわ」
ゆっくり、間合いに入ろうとしている少女の顔は無表情ながらも、瞳には感情が込められている。
何かに対する想い、怒りが……
「……本当に良く似ているよ。あの女に……だったら、あの世で抱き合って見ているんだね!私が正しかったと後悔しながら!」
男もこれ以上の議論は無用と判断してか、両手の爪を伸ばして少女に掴み掛ろうとする。
そこから、剣と爪による剣戟が繰り広げられ、金属同士のぶつかり合う音に混じって肉を切り裂き、血が噴き出る音が広間に響いた。

どれくらいそれが続いたのか。

決着が着いたのは、外の暗雲が夜空へと代わり、雲に隠れていた月が広間を照らした時であった。
「はあ……はあ……」
黒衣が完全に無くなり、露になった身体のあちこちが傷だらけの少女。
その荒い息遣いから、追い詰められていることは誰が見ても明らか。
対する男性の方は、黒衣はズタズタながらも、身体の傷は2,3個ですんでいた。
「全く、手古摺らせてくれるねぇ……まあ、これで終わりとしよう。死ねっ!!」
男性の声と共に突き出された右手から、黒紫色の炎が迸り、それに少女が飲まれて―――。

「……っ!」
そこで、ミルドの夢は終わった。
屋敷の自室で一晩を過ごした彼女は、夢の内容を鮮明に覚えており、その為か胸の奥から針が刺さるような、僅かな痛みが走るのを感じる。
「……しつこい夢ね……本当に……」
何度も、まとわりつくかのように見させられている夢。
だが、ミルドにとってはそれ以上でもそれ以下でもなかった。
彼女の見た夢こそは、過去の記憶でもあったのだが……
「そろそろ招集……行くとしますか」
ベッドから出たミルドは、髪を梳(と)かし、部屋の外からのノックに応じ、入室してきた侍女から受け取った服に着替え、愛用の剣を腰に提げる。
「行ってらっしゃいませ、ミルド様」
「ちょっと今回は帰りが遅くなるわ。戻って来るまでの間、宜しく」
「ははっ」
使用人達が見送る中、ミルドは屋敷の外へ出ると、マントを翼のように羽ばたかせると共に、一陣の疾風となって空の彼方へと翔んで行った。


十二邪王は、何時もの形で全員が揃い、尸陰が今日も問題無しと見て、会議を始める。
「ジャド、ようやっと準備が整ったそうですね」
「ああ。久秀が奪って来た”アレ”、ついに今回の作戦用に仕上がったよ。それと、僕の技術で久秀の方も良いものが出来たんだ。ね」
「おかげさまで。これで乱世作りの邪魔者たるONIを排除出来まさぁ」
「頼もしい限りです。あなた方2人は、全ての世界を我々の理想郷に変える為にも、要になっていますから」
尸陰の褒めに、光栄とばかりにお辞儀をするジャドと久秀。
しかしその伏せるような素振りの中で、2人の目は妖しく輝いていた。
「(ミルド、君が僕を蘇らせてくれた事には、心から感謝しているよ……ククク)」
「(さぁて、この坊っちゃんのお手並み拝見と共に、何時ものやり口でやりますかな……信長公が動かないってのが引っ掛かるけどねぇ)」
2人の目の輝き、それを気に留める者は誰一人おらず、代わりに先の戦いで余りパッとしなかった餓王が笑い声と唸り声を交互に上げる。
「尸陰様、今度こそはONIを食わせてくれるんですね?冗談抜きで!」
「貴様、そんな事ばかりを考えていたのか。相変わらずだな」
斬光が呆れた様子でそう言うも、今度の餓王は怒ったりせず、ただ笑うのみ。
「生命体の本能は喰う事にあり。それに忠実に従っているまでさ。殺すも喰うも、一緒だぜ」
「ふん。腹の中をズタズタにされなければの話だがな」
「グヘヘヘ、言ってな」
どうもこの2人は反りが合わないらしい。
だが、そちらも尸陰にとっては些細な事のようだ。
「餓王の望み、しっかりと叶えましょう。そう、今回の作戦は、ONI達を再び分散させておき、確実に仕留めておくというもの……一部は下手な介入が無いよう、彼等と無関係な世界へ。そして今回は全員を4組に分けた上で動いてもらいます。組は既に私の方で決めておりますので」
「我々への相談も無しに、とはな。大した自信があると見えるぞ、尸陰」
「だが連携が揃えば、ONI達を倒す事も容易き事だ。して、その内訳は?」
大魔縁が挑発的な態度を取るのに対し、時貞は前向きに捉えている。
清盛、アビス、バシリスク、コカトリスもその内容を心待ちにしているようだ。
「相手が源氏の血に近しき者であれば、場所も組となる者も問わぬ」
「出来れば、大和丸達の組を頼むぜ、尸陰」
「当然、俺とコカトリスは組だよな?な?」
「夫婦は揃ってなんぼだからねぇ。そこのところも考慮しての、決定と信じているわよ」
「組と行き先、勿体ぶらずにお願いね、尸陰」
ミルドは相変わらずのぶっきらぼうな物言いで、覇天に到っては、内容を知っていたらしく、尸陰の横に立ったままの沈黙。
そして全員の顔を見渡した所で、お待たせとばかりに尸陰の口から、今回の戦いの組分け内容が言い渡された。
「では、最初にジャドをリーダーとした組、こちらはミルド、斬光に向かってもらいます。斬光、螢という少女がどうしても気になりますので、当たりましたら手段を選ばず仕留めてもらいます」
「待ってました!」
「体の良い監視、という事にするわ」
「承知した……」
ジャドが得意気に飛び跳ね、斬光も厳かに受け入れる中、調子を一つも変えていないのはミルドだけ。
「次に、アビス都督を筆頭に、清盛、久秀、頼みますよ」
「おお、俺がリーダーとは、分かってらっしゃる!」
「後は、やって来る敵のみ……」
「別個で知略を尽くすとは、楽しみが増えまさぁ」
この3人も不服を唱える気配は無い。
「3組目は、大魔縁の指揮下で、バシリスクとコカトリス夫妻、そして餓王。お願い出来ますか?」
「ふん、獣共を従えよとはな。まあ、他の組への含みもあろうが……」
「噂に聞く天地丸とやらが相手であるのを望むぜ」
「彼は本当に優れていると聞くからねぇ。ウフフフ」
「グヘヘヘ、来るぜ来るぜ~」
4人一組の組に選ばれた者達の中で、思うところがあるのは大魔縁のみ。
そして必然的に最後に残ったのが尸陰、時貞、覇天だった。
「私達が戦うべき相手は、当然響華丸。今回で彼女を仕留めてしまえば、勝利も同然です。時貞も戦果を期待していますよ」
「「ははっ!!」」
「作戦内容は、まず尖兵の軍を適当な世界に送り込みます。そこに現れた者達が誰なのかは、ジャドが各世界に仕掛けてある観察メカが判別しますので、後は各自、戦うべき相手を選んで戦って下さい。では、早速始めましょう」
「何時に無く気の早い事で」
ぼやくミルドに、覇天とジャドが少し面白くない様子で睨むも、部屋の中央に展開された地図へ視線を移す。
地図と共に、赤の点と対応する時代・世界の映像が映し出されており、そこへ悪鬼達が送り込まれる様子もハッキリと見えていた。
後は、獲物が食いつくのを待つだけ。
その期待感に、ミルドを除いた12人が邪悪な笑みを浮かべていた。



荒れ果てた大地。
枯れた木々と、白骨があちこちに見える中、一人の巫女が何かを抱えていた。
それは、全身がズタズタで血みどろの少女で、閉ざされた目は一向に開く気配は無く、息をしている様子も無い。
少女は、死んでいるのだ。
その亡骸を、巫女はずっと見詰めており、しばらくすると涙を一筋流しつつ、こう呟いた。
「……ごめんなさい……私の力が及ばなかったばかりに……」

「ん……」
螢はゆっくりと目を開き、身を起こす。
今は夜に相当する時間であり、まだ起きるのは早い。
それは分かっているのだが、どうも今し方見た夢の内容が引っ掛かってしょうがなかったのだ。
「……涙、出てないし、流れてない」
巫女が流した涙、それがもしかして自分の顔にもあるのではと思って鏡を見たり手に頬を触れたりするも、それらしきものは全く無い。
だから、螢は余計に気になっていた。
少年の亡骸に対して謝っていた巫女は、8の影を地獄へ封印した巫女と同じ。
そしてそれらの光景を自分が見るとなると、自分の正体はある程度推測がつくものである。
ただ、断定するにはまだ早いのもまた、確かな事であった。
「……お休み~」
何時もの自分で行こう。
その結論に達したところで、再び眠りに入る螢。
彼女の心の奥底に何があるのかは、本人以外の誰にも分からない……

そして翌朝、葉樹からの呼び出しを受けて、響華丸達は先日集まった場所とは違う、作戦会議室に集まっていた。
しばらくの間鳴りを潜めていた十二邪王の手勢が、再び活動を始めたというのだ。
ONI達に加え、メイア、オウラン、リョウダイもこの会議室に来ている。
弥衛門は、鎧禅と共に自身の発明を守るべく、既に動いているようだ。
「敵は……今度は的を絞っているわね。たった3つだなんて」
「つまり、ある程度誘った所で、何処か本命を叩くという事か。となると……」
響華丸と天地丸は今回における敵の動きから、ある一つの推測をする。
「葉樹、今まで監査局が襲われた事はある?」
「いえ。敵の侵入に対する備えは万全ですので、一度もありませんわ。ですが、それはこの監査局の守りが破られていないからこその事。恐らく今回の敵はそれを破って入ってくる事で間違いありません」
葉樹も、2人の推測を読み取っており、そこから一つの結論に発展させた。
狙いは、時空監査局本部であり、そこを掌握されてしまえば全ての世界が真に混乱の渦に飲まれてしまうだろう。
そこで、天地丸がまとめ役として作戦会議を始める。
「此処の守りを充実させておきたい。リョウダイが此処に残るとして、後は大和丸達4人、頼めるか?」
「おう!任せてくれ!」
「残りは3つの点だ。見たところ、襲われているのは朱羅丸の居た世界と、俺達とは直接関係の無い世界2つのようだ」
自分達の世界が襲われていないとはいえ、今危機に瀕している人々を放っておく事は出来ない。
戦力は均等に分けておくのが良いという考えは誰もが同じだった。
「朱羅丸達の世界には、朱羅丸と琥金丸、そして音鬼丸と螢が行ってくれ」
「ああ。3人共、案内は任せてくれ」
「こっちこそ、宜しく頼むぜ、朱羅丸、音鬼丸、螢」
「うん」
「頑張りま~す」
「御琴と江、メイアは俺と一緒にこっちの世界に回る。もう片方の世界は響華丸、沙紀、葉樹、オウランだ」
4、5人の組み合わせにして、その配分。
熟練した天地丸の采配に、誰もが期待すると共に、自分自身も全員の期待に応えなくてはという気持ちを引き締めていた。
「それでは、作戦開始です!」
葉樹の号令と共に、響華丸達が組に分かれて動き、大和丸、十郎太、夏芽、スクワントはリョウダイと共に一箇所にかたまった上で大広間に向かう。
そこで敵を迎え撃とうという訳だ。

数十分後、響華丸達の時空間転移が無事に終わり、その方面での戦闘が始まる様子が確認出来たが、それと同時に警報があちこちに鳴り響く。
「早速来やがったな!此処に直接……」
来るなら来い、大和丸がそう言おうとした矢先だった。
広間のあちこちから黒紫色の穴が放電と共にゆっくりと開かれ、数分の燻りの後に開放が完了したのは。
「奇襲とは、敵も本腰を入れたという訳か」
「皆の者、気を引き締めるのだぞ!」
「はい!」
「……行くぞ!」
穴は間違い無く十二邪王の手勢の出る前触れ。
数秒して、そこから這い出て来た悪鬼、その身体から放たれる海の匂いから誰もがこう察した。
自分達の相手は、先日戦ったキャプテン・アビスだと。
「よぉっ!!来てやったぜぇ、大和丸達!」
背後の穴から飛び出して来たアビスに続き、大和丸達の正面の穴からはゆっくりと、清盛が姿を見せて歩いて来る。
「此処が貴様らの墓場となる……鬼追う者達よ、地獄を味わうが良い!」
「清盛、うぬは真に成仏されるべき時が来た。この者達に続き、余がお前に引導を渡す!」
「ぬ?ONIとは違うが、あくまで邪魔をするか……ならば、纏めて死んでもらおう!」
「でもって、女二人の心身は俺が奪う!」
「渡さないもん!!」
啖呵の切り合いから、リョウダイと清盛がそれぞれ衝撃波を放ったのを合図として、大和丸達はアビス達との戦闘が始まった。


闇とも光とも呼べない、捻じ曲がった模様を持つ空間。
その奥深くに、小さな石のようなものがひっそりと浮かんでいた。
両手を合わせて祈る、少女の姿が刻まれたその小石は、心臓の鼓動と共に光が明滅しており、その光も回を重ねる毎に強まっていくのが見て取れる。
そこに幾つか、人魂のようなものが小石を見つけて一斉に向かい、その石を取り囲んだ。
すると来客と見たか、石は一旦光を納め、内側から光の粒子を放ちつつひび割れ始める。
ひびが石全体を覆い尽くしたところで、石が粉々に砕け散ったかと思うと、その破片も光の粒子となり、一点に集まって人の形を形成した。
「……事態は分かっているわ。物凄く面倒な事になっているようね」
声と共に生まれたままの姿で実体化した少女、エレオス。
御琴達との戦いに敗れた後、回復の為に自身を封印していたのだが、まだ完全に回復していなかったのか、少々身体が重く感じられたようだ。
「けれど、よもやあんた達がこのあたしに頼み込むとはねぇ……」
『放っておけば、世界は確実に破滅に向かう……全ての世界が、全ての時代が終わりを告げ、『かの者』による時空改変が我々の世界の理をも捻じ曲げてしまうであろう』
『それを阻止するには、強大な鬼神の力が必要なのだ。武勇と英知に優れ、ONIの礎を築き上げた王国の王女エレオス、そなたの力が……』
人魂は静かに、しかし厳かに話すも、エレオスは鼻で笑いつつ、身体を少し解しながらこう言った。
「それでまだ回復途中のあたしを叩き起した、か……おかげであたしの力は不完全。御琴達よりちょっと強い程度でしかないわ。それでも、あんた達はあたしを頼るの?」
『うむ。その精神こそが、十分に力となるはずだ』
『もはや一刻を争う事態。既にONI達は戦闘を始めている。何としても、彼等に力を貸してはくれまいか?』
懇願する人魂に、エレオスは唸りと共に溜息を思い切り吐き、しばらくの間沈黙に入る。
人魂達の言葉を即座に受け入れるための条件は彼女には無かった。
王国復興の為に、時空評議会を操って一部の世界を混乱させ、父親の仇の生まれ変わりである御琴達と戦った己を、無罪放免で許すなど虫が良過ぎる話に聞こえるのだから。
そして、沈黙を破る形で開かれた、彼女の口から出る返答は―――。


既に人々が逃げ惑っている村落。
そこでは悪鬼達が村からの略奪、破壊活動を行い、刃向かう者達を爪で切り裂いていた。
「この化け物共め!」
「馬鹿めぇ!人間共が俺達に勝てる訳ねぇだろ!」
「うわぁぁっ!!」
あちこちから上る火の手、それによって段々と村人達の怯えが高まり、中には腰が抜けて身動きが取れなくなる者も出始めていた。
「だ、誰か……誰か助けて!」
「わぁぁん!母ちゃーん!!」
泣き叫ぶ子供が母親の元へ駆けようとするも、悪鬼が追いかける速度の方が上で、爪が子供の背中に向けて振り下ろされる。
だが、その爪は子供に届く事は無かった。
「げっ!?ぐはぁっ!!」
1本の矢が右手に、もう1本が眉間に突き刺さった悪鬼は大きく仰け反って倒れ、続いていた悪鬼達も何事かとばかりに矢が放たれた方角を見る。
その方角から、矢を放っていた御琴が、そして後から来た天地丸達が駆けつけて来た。
「早くその子を連れて逃げて下さい!」
「此処は俺達が食い止めます!」
「!ど、どなたかは存じませんが、感謝します!」
親子は窮地を脱したと感じ、動けるようになった所ですぐに立ち上がり、村人達が避難した先へと走る。
そうしている間に、天地丸達は悪鬼達を迎え撃ちに入った。
天地丸とメイアの手裏剣、御琴の矢、江の篭手と水流が次々と悪鬼の群れを倒し、その醜悪な存在を打ち消していく。
十数分したところでその群れも完全に居なくなり、燃え上がる炎も鎮火したのだが、広場に合流していた天地丸達は次に感じ取った気配の方を見て身構える。
「お前は、大魔縁!」
天地丸が睨みつけたのは、悠然と翼を羽ばたかせて降りてきた大魔縁であり、後方からバシリスク・コカトリスと、餓王が駆けてやって来た。
「ふふふ、必ず来ると思っていたぞ、天地丸達」
「我々バシリスク、コカトリスの夫婦の相手にとって不足は無い!貴様らに敗れたメデューサやゴーゴンに代わり、我らが貴様らを葬ってくれるわ!」
「ごーごん……?もしかして、西洋妖怪の……!」
過去に、琥金丸と共に西洋妖怪なる存在と戦って来た御琴がそう言い当て、正解とばかりにコカトリスがニヤリと笑う。
「ええ。確かそう言われていたわよねぇ、そいつらは。競い仲である以上、殺されたからどうとかではなく、自分達こそが上に立つべしという考えで今この場にいる、という事よ」
「成程、そのためなら世界がどうなっても良いって訳か。おめでたい連中だぜ。そっちの餓王も、相変わらず意地汚そうな面しやがる」
江の視線は、自分の世界で戦った餓王の方へと向けられ、餓王も江を睨み返しながらも下品な笑い声を上げる。
「グヘヘヘ、あの時は上手く逃げて隠れたようだが、今回は逃がさないぜ……女の方はどうも肉が無さそうでつまらないが、俺は美味ければ何だって良いのさ!」
「……下品」
メイアも少々餓王が不快に思えたのか、目を逸らそうとするが、バシリスクとコカトリスの方には強い睨みを放つ。
それによってか、本来感じるはずの重圧感は無くなっており、スッと構えを取って正視出来るようになっていた。
「おお、そっちの小娘は確か、羅士の一人だったな。ジャドによると、泣き虫のメイア、だったか?」
「けれど、肝が据わっているわねぇ。人工的なONIでも、私達の眼に対抗出来るのも、驚きだわぁ」
夫婦も別段驚いた様子は無く、自分の戦う獲物と見て構える。
「皆、行くぞ……!」
「「はい!!」」「おう!」
天地丸達が転身し、一斉に攻撃を開始する。
「一騎打ちならば、確かに転身せざるを得ないようだな!」
「勝たなければならない以上、出し惜しみは禁物と心得ている!」
魔封童子となった天地丸は大魔縁の放った電撃を自身の拳に迸らせた雷撃で相殺し、間合いに入った所で彼の錫杖と打ち合いに入る。
御琴とメイアはバシリスクとコカトリスの方へ翔び、メイアが上から針でコカトリスに射掛け、御琴が光弾を放ちつつ接近してバシリスクに殴りかかる。
「「はぁっ!!」」
「はは!可愛いながらも良い筋だ!」
「ホホホホ!空なら負けなくてよ」
バシリスクも御琴を面白い相手と見て爪を振り上げ、コカトリスは針を避けながら白い翼で羽ばたいて飛び、羽根を矢として飛ばす。
それらを各々がかわした所で双方が睨み合いに入る中、江も餓王の岩の礫を掻い潜って水流を叩き込み、擦れ違い様に爪で彼の身体に一撃ずつ攻撃を決めていた。
「そんなもので俺を倒そう等、千年経とうと無理だぜぇっ!」
「やってみなきゃ分からねぇだろ!」
傷が見る見る内に塞がっていき、餓王がそう嘲笑うも、挑発に乗ること無く江は攻撃を続けた。


琥金丸達が転移して来た先は、街の通りだったのだが、既に悪鬼達が入口に入ろうとしていた所であり、異変に気づいた人間達がすぐさま家の中へと逃れる。
「こんな所で周囲を巻き込んじゃダメだ。皆、こいつらを山の方へ誘き寄せるぞ!」
朱羅丸の指示に従い、琥金丸、音鬼丸、螢は悪鬼達に一撃浴びせ、注意を引きつけて森へと向かう。
悪鬼達もそれを追って山奥に到達するのだが、それこそが朱羅丸の狙いであり、先に茂みに隠れていた彼等の攻撃で悪鬼達は全て倒されてしまう。
もちろん、それで終わりじゃないと分かっていたので、朱羅丸が空に向けて大声で叫ぶ。
「俺達が狙いなのは分かっているぞ!出て来い!十二邪王!!」
声を発してから数秒後、それに応える形で空に大きな黒紫色の穴が開かれ、そこからジャド、ミルド、斬光が姿を見せる。
「はいはい、呼ばれて出て来たよ。生意気なONI達」
ジャドがゆっくりと降り立った所で、螢はゆっくりと前に進む。
「ジャド、皆の幸せを奪うの、止めてくれる?またやっつけちゃうよ?」
平和的解決を望む訳ではないが、螢としてもどうやらジャドを改心させたい腹らしい。
だが、それは無駄な事とばかりにジャドは怒りの混じった笑みで返した。
「僕の邪魔をする奴は誰だって容赦しない……チビ、良い気でいられるのも今の内だよ。斬光だったっけ?尸陰の言う事を、ちゃんと守って、あの首をぶった切って僕の所に持って来てよ。あ、心臓と脳髄を出した状態のセットで」
「……リーダー故、その指示、聞き入れよう。元よりこの小娘、我が手で仕留めたいのだからな」
「ミルド、君もきっちり動いてもらうよ。邪魔したら、君の家を焼き討ちにするからね」
斬光が意気を上げて螢を睨む中、終始何を考えているのか分からない様子のミルドはジャドの言葉に対しても無表情で返す。
「邪魔をしなければ、良いのね?そこの、音鬼丸。私としばらく手合わせしてくれるかしら?」
「な!?」
ミルドの指名は、明らかな罠。
ジャドの事だから恐ろしい策謀を企てているに違いない。
それが、螢から聞かされたジャドの真実という事なので、音鬼丸も躊躇わずにいられない。
「嫌とは言わせないよ。僕は、そっちのONI、朱羅丸を倒すからね。君の大好きな、もえぎって子を攫っても良いんだけど、後にするとして……」
「こいつ……!話はある程度聞いたが、本当に俺の事まで知っている……!」
「フフフ、僕は本当に有名人だねぇ。そして琥金丸、君の相手をするのは、こいつだよ!」
「!まさか……!!」
琥金丸の僅かな冷や汗に、ジャドの笑みが更に大きくなる。
それは膨らんだ期待感によるものであり、彼の指が鳴らされると共に、まだ開かれている穴から一人の、禍々しい鎧を纏った少女が降り立った。
金か黄土を思わせる、左右に結い上げられた髪、少し大きめの瞳。
それらを持つのは、この世にもう存在しないはずの、幼馴染=伽羅。
「……ターゲット、琥金丸の姿を確認。マスター・ジャド、指示を」
顔と同様に全く感情が込められていない言い方は、操られているのか、それとも彼女の身体だけがその場にある文字通りの人形なのか。
それを確かめる術の無い琥金丸は苦い表情で歯噛みしつつ、剣を持つ力を整えようとする。
「伽羅、そいつをジワジワと甚振って、泣かして、それから殺すんだ」
「……イエス、マスター」
瞳には一切の光が無い、それは琥金丸に何かしら安心感を与えていた。
かつての、自分に対して『馬鹿な男』と言い放った時の伽羅の瞳には光があり、顔と声には感情があった。
だが目の前の伽羅は抜け殻に、ジャドの邪念が入っているだけだ。
「……ジャド。お前には感謝しているぜ……過去と向き合う機会をくれたんだからな!」
「ふ、そうかい。強がりな事で。でもこうするとどうかなぁ?」
琥金丸を嘲笑うかのように、ジャドは再び指を鳴らす。
すると、それまで機械のような面持ちだった伽羅が、一転して鬼の形相になり、怒鳴り声を上げた。
「死ねぇっ!琥金丸!!」
言い終えるよりも早く振り下ろされた薙刀。
それを寸での所でかわした琥金丸だが、彼女の変貌に戸惑いを感じていた。
「お前……!!」
「鎖は解き放たれた。こいつには怒りや憎しみしかない。君の為に死んだ事への、君への怒りでねぇ。本当に、向き合えるかな?後、僕を殺しても無駄だよ。この子はこうなった以上、死ぬまで琥金丸を殺そうとするからね。奇跡も起きない。君が伽羅を死なせた時のようにねぇ!さあて、お待たせ朱羅丸!」
説明終了と共に、ジャドは右手を禍々しい鬼の手に変化させ、朱羅丸に殴りかかる。
「くっ!確かお前も、転身出来るんだったな!だったら!!」
攻撃をかわした朱羅丸の額に不思議な紋章が浮かび上がり、腰の宝珠から光が放たれて彼の全身を包み込む。
その光から、転身した朱羅丸が姿を見せ、ジャドの左拳を同じ左拳で合わせた。
「琥金丸さん……っ!」
「行かせぬ。貴様を殺さなければならんのでな!」
琥金丸を助けに向かおうとする螢も、斬光の爪で行く手を阻まれ、止む無く転身して蹴りで追撃の爪を受け流す。
「何でか分かり掛けて来た気がするの。螢は、何があっても死んじゃダメな意味が……」
「世迷い言、聞き流すまでだ」
炎と爪が言葉と共に交錯する中、音鬼丸も剣を正眼に構えてミルドと向き合った。
「さて、あんたはまずまず……出しゃばっていたら、もっと輝けるんだけれどね」
「生憎と、僕は皆を引っ張るより支える方がお似合いなんだ。行くぞ!」
「じゃ……」
ミルドも、音鬼丸が戦う気であると確認して剣を抜き、俊敏な動きと共に斬撃を繰り出す。
音鬼丸がその剣を防ぎつつ、隙を窺おうと間合いを保ちに入る。
そして……!
「……もう一度、お前を死なせなければならないのなら……今度は真正面から受け止めてやる!伽羅、今助けるてやるからな!」
「ほざけ!あの時、あんたはあたしを少しでも疑っていた癖に!」
「だからだ!俺は、その時お前を死なせた俺の弱さを、撃ち抜く!」
しばらく伽羅の薙刀をかわしていた琥金丸は力を解放させていた。
迷う理由はもう、ない。
だからこそ、戦う。
その想いに、鬼神の力はしっかりと応えていたのだ。
「うおおぉぉっ!!」
自身の足元から雷光を走らせると共に漆黒の鬼神=雷皇童子となった琥金丸は、握り締めた右拳で薙刀を弾く。
しかし斬れ味が斬れ味だったか、その拳は青白い血で滲んでいた。
それでも、彼の心は揺らいでいないが。
「……待っていろよ、伽羅!」
今度は、絶対に助け出す。
その誓いが、琥金丸に確かな力を与えていた。


ただっ広い荒野に、響華丸達は降り立っていたのだが、既に悪鬼を全滅させていた。
それが前座だというのは数と質でも分かっており、誰もが次なる敵の気配を探る。
「……そこ!」
響華丸が剣を振り上げた先、そこには斧を振り下ろしていた尸陰が冷笑を浮かべる姿があった。
「お久しぶりですね、響華丸。そして、今回があなたの最期となるのです」
2人の戦いが始まる中、沙紀と葉樹は既に自分達を包囲していた時貞軍と、オウランが覇天との睨み合いに入る。
「この人達も、人間……!?」
「悲しみと憎悪に突き動かされた、そうした存在ですわ。率いている将の、時貞と同様に……」
「虐げられ、見捨てられながら神への復讐を誓わぬとは、愚かなる者達よ……我が怒りを受けるが良い!」
時貞は沙紀の姿を見て怒りを増し、その威圧に負けまいと沙紀と葉樹も時貞の配下たる兵士に攻撃を行う。
「その姿、四凶の一角に似ているな……」
オウランは覇天の姿からそう捉えるも、覇天は否定でも肯定でもない返答で刃を構える。
「意味を全て知る必要は無い。俺が貴様を殺すのだからな。響華丸と渡り合えたとて、即席のONIが俺を倒すなど、夢も同然!」
「試してみるか?それを」
オウランが転身すると共に、覇天も両の手甲と一体化した刃を振るう。
それはオウランの放った衝撃波で受け止められるが、覇天が不敵に笑ったので、オウランも目を細めて返す。
「成程、人間としての力は常人を大きく凌駕しているという事か」
「侮ってもらっては困るぞ」
笑みが消えると共に、2人は間合いを一定に保った状態から気で先を取り合う状態に入った。
響華丸も、3人の戦いで生じた音を拾いつつ、距離を取った尸陰と向かい合う。
「今回はあなたに勝ち目はありません。力を使えないあなた等、最早恐るるに足りないのですから」
氷のような視線の尸陰に、響華丸はゆっくりと前に進み出つつ、剣を片手持ちに、左手を峰に添える形にして構える。
「引き下がらないわ。あなたを許す気も無い。行くわよ、尸陰」
「何処からでも」
斧を持ちながら、構えを解いて誘う尸陰。
それは、この戦いでの勝利を確信した故の余裕でもあった。
あくまで、彼女が感じての事であったが。


大和丸と十郎太は直接アビスと交戦し、夏芽とスクワントが配下の悪鬼達を迎え撃つ。
その中で清盛は彼等を狙おうとしたのだが、リョウダイに割って入られた事で顔を不快そうに歪める。
既にリョウダイは転身しており、老いてなお盛んな力を持つ拳で清盛の薙刀を防いでいた。
「おのれ、若造が!」
「ふむ、余を若造と呼ぶとは、相当な時を経ているようだな。ならば若造らしい力を示すまで!」
過去の戦いを境に衰えてはいたが、若きONI達と並び立てるその力は健在。
それによって勢いも乗っており、清盛と互角に渡り合う。
「(よっしゃ!この魚野郎を倒せば……!)」
チラリと戦況を見ていた大和丸はアビスの剣を受け流し、自分達が優勢であると感じる。
しかしそこは十二邪王の一人としてか、アビスが彼の考えを覆しに入った。
「うおっ?!」
飛ばされはしなかったものの、剣を弾かれて体勢を崩す大和丸。
「そらよ!」
そこへアビスの剣が迫り、十郎太がその剣を防ぎつつ檄を飛ばす。
「気を抜くな、大和丸!恐らく奴等の力はまだこんなものではない!」
「わ、悪ぃ。助かった!」
安堵した大和丸はすぐさまアビスへの反撃を行うが、そのアビスの剣はまるで彼の周囲を取り巻くカマイタチのように動いており、近づくものをことごとく切り払ってしまう。
攻撃と防御を併せ持っているその三日月の動きに、2人掛かりでありながら大和丸も十郎太も攻めあぐね始めた。

「下手な攻撃は、本部を傷つけちゃうわ!大掛かりじゃない方で!」
「分かっている!」
守る拠点の中での戦いで、大規模な破壊力を持つ術や技は禁物。
それを理解していた2人は剣だけで悪鬼達と戦っていたが、その点に関してはさしたる苦労は無かった。
どちらも1対多数を経験済みであり、剣術もしっかりと磨き上げている。
だから、次々と穴から湧き出て来る悪鬼達は、数だけの雑魚になってしまっており、あれよあれよと2人の剣で斬られていった。
「ぐっ、都督の援護に回れぬとは!」
「怯むな!疲れさせれば楽勝なんだよ!」
「!は、はい!!」
アビスの叱咤が飛んだ事により、それまで夏芽とスクワントの強さに臆し始めていた悪鬼達が勢いを取り戻そうとする。
これ以上時間を掛ければ不利になるだろう事は2人も分かっており、だから短気決戦とばかりに夏芽が敵陣に突っ込む。
「はぁぁぁっ!!」
そしてそこから舞うように剣を振るい、それによって生じた真空の刃で周囲にいた悪鬼達をズタズタに切り裂く。
「俺も続くぞ!」
スクワントも一歩ずつの踏み込みから放つ袈裟斬りを、踏み込みを繰り返す度に左右交互に放ち、前へ突き進みながら悪鬼達を膾切りにしていく。
数十秒後、悪鬼達は完全に増援が途絶え、斬られた悪鬼達も墨を思わせる黒い遺体として、風に運ばれるように消滅していた。
「じゃあ、急いで大和丸と十郎太さんの方に!」
「ああ!」
リョウダイは清盛をしっかりと抑えており、今の所不安要素は無い。
だからこそ、その背を彼に預けるという意味も兼ねて、2人は大和丸達の方へ向かった。
「ハッ!じゃあ俺も本気を出すとするかぁっ!」
「何っ!?」
今までの剣戟は手加減だったのか。
夏芽とスクワントが合流しようとした束の間、そう驚く4人の前で、アビスは上半身を覆っていた服を内側から破り、筋肉を先程の2倍近くに膨れ上がらせる。
牙は鋭くなっており、眼も炎の如く光らせた彼はそこから、一気に三日月刀を横一文字に振る。
「「うわあぁっ!」」
「きゃあぁぁっ!!」
かわそうとして後ろへ跳んだはずが、凄まじい剣圧で吹き飛ばされた4人は思い切り壁に叩きつけられる。
何とか立てたものの、本気を出したアビスの力が予想以上である事を痛感させられた大和丸は全員と顔を合わせて頷く。
「……やるっきゃ、ないよな!」
「行くぞ、アビス……!」
「「転身!!」」
4人は光を身に纏って駆け出すと、大和丸は赤と黄金の鮮やかな鎧を纏った鬼神に、十郎太は蒼き竜の力を得た鬼神、夏芽は鳳凰の如き可憐な姿を持つ鬼神に、そしてスクワントは漆黒の狼の如き鬼神へと姿を変える。
「「うおおぉぉっ!!」」
大和丸の光の拳、十郎太の冷気の波動、夏芽の炎の飛礫、そしてスクワントの疾風の連撃。
これらがアビスの胴に入ると、4つの力は閃光を放って炸裂し、彼の身体に無数の傷を刻んだ。
「ぬおおぉぉぉっ!!」
だが、身体が吹き飛ばされる気配は無く、浮きかけた両足を踏み締められ直したところでアビスはニヤリと笑っていた。
「流石にやるな……俺も本当に危なくなってただろうぜ。他にも援軍が来て無かったならなぁ!」
「え?それ、どういう意味な……」
夏芽が問い詰めようとしたその時だった。
大和丸達が、自分達の身体に異変を覚えたのは。
「ぐっ!何だ、これは……!」
「身体の力が、抜けていく?」
「ONIの力が、身体に馴染まない……っ!うぅっ!!」
「一体、何が……」
脱力感が全身に襲いかかった大和丸達は転身が解けてしまい、アビスの左拳で4人共吹き飛ばされる。
「悪いな。これも戦場の決まりってもんだ。後、お疲れさん、久秀」
「ひ、久秀……だと!?まさか、あの……」
まだ身体が痺れて動けない十郎太が顔を上げてアビスの方を見ると、そこにはもう一人、男性の姿があった。
「どうも、羅士には効果が無かったみたいですが、本命に効いて良かったですぜ。ヘヘヘ」
してやったりという笑みを浮かべている久秀に対し、大和丸達は歯痒い気持ちに襲われている。
一方で、清盛と戦っていたリョウダイは、戦況がガラリと変わった事で驚きながら清盛の攻撃を避け、清盛は先程までの苛立ちをしっかりと払拭していた。
その顔が愉快に思えたのか、久秀はカラカラ笑って説明に入った。
「ジャドの坊っちゃんから借りた、ONI用の毒を散布していたんでさぁ。そっちの嬢ちゃんのお察しの通り、あっしは松永 久秀。十二邪王の一人さ。あっしにとっても、あんた達は邪魔なんでねぇ。消えてもらいやすよ!」
「くそっ!汚い真似しやがって!」
悪態突く大和丸だが身体が満足に動かず、久秀の前蹴りで大きく飛ばされ、追い討ちとばかりに彼が振った鎖分銅を胴に受ける。
十二邪王の名は伊達ではないという事実は、その攻撃の重さで思い知らされていた。
「大和丸……っ!!くっ、もう一回!」
強制的に転身を解除させられたが、毒を気合で跳ね除ける事が出来れば。
そう考えての夏芽の抵抗は、光と共に生じたその変化でしっかりと示される。
「俺も、負けられん!」
「ああ、そうだな!」
「毒だろうと、何だろうと……!」
スクワント、十郎太、そして今し方打撃をもらっていた大和丸も力を集中させて転身に入る。
辛うじて4人は転身が完了したのだが、本来体内から溢れ出るはずの力が半分も出て来ておらず、視界もぼやけて足元がふらついていた。
「大人しく、人間の姿のまんまで戦った方が楽なんだと思うが……まあ、それがあんた達の性分なら、それも良いか。都督、ちょっと可愛がって良いっスかねぇ?」
「好きにしろ。だがやり過ぎは禁物な」
殆ど力を出し切れないような敵ならば、一人で十分。
アビスはそれを確信してはいたのだが、想定外の反撃等も考慮して釘を刺しての許可を出す。
「んじゃま、今度は毒っつうか、結界みたいなので」
言いながら久秀が鎖分銅を自分の頭上に飛ばすと、分銅部分がまるで漁網(ぎょもう)のように鎖を展開しながら分裂し、大和丸達4人をその網の中に閉じ込める。
その途端、網の中で凄まじい電流が迸り、彼等を内外から焼き焦がしに入った。
「「ぐわあぁぁっ!!」」
「きゃあぁぁっ!!」
電撃は鬼神の装甲を圧迫するかのように傷つけ、その肉体を茨で絡め取るかのように裂いていく。
「大和丸達!うぬぅっ!!」
リョウダイが助けに向かおうとするも、清盛に腕を取られ、そのまま大和丸達とは反対方向へと投げ飛ばされてしまう。
「若造、そこでこの者達がもがき苦しみつつ死ぬ姿を見ているが良い。あるいは、その命をわしに捧げるか?」
「む……どちらも選ばぬわ!」
嘲笑う清盛を前に、なんのこれしきと立ち上がったリョウダイが闘気を解放して彼に掴み掛る。
その速さは先程以上のもので、左右の拳が清盛の顔面を捉えた。
「ぐふっ!なかなかに手強い男だが……故にこそ達成感が高まるというものだ!」
「!おのれ……」
攻撃は確かに通じているものの、リョウダイは清盛がさほど疲れておらず、反撃として己の拳を受け止めた事に歯噛みする。
「今一度言う!余はそこの友の死も、己の死も選ばぬ!」
「うおぉっ!?」
ならばと、居合の如き蹴りで清盛を蹴り飛ばして間合いを取り直すリョウダイ。
その一方で、大和丸達も久秀の結界に屈すまいとして耐えていた。
鎧が砕け、転身が解けかけている中でも、それが完全に成される前にという形で、気力での押し返しによって。
「ほほう、やりますなぁ。あっしとは違ってなまじ力があるせいで全部の責任を押し付けられ、それを捨てずに戦うだけの事はあるある……」
久秀がそう鼻で笑うも、十郎太は何時に無く鋭い視線で抗う。
「あなたは、混乱の為だけに自分から裏切った……そんなあなたに、負ける事は許されない!」
「有り触れたお言葉で」
「言ってろ、この野郎……!俺達は、世界の平和、過去から託された想い、そして未来の為に戦ってんだよ!」
大和丸も、一歩ずつ確実に前に進みながら、鎖を掴もうと両手を伸ばす。
夏芽とスクワントも、息が荒い中で十郎太と共に他の鎖を壊そうと力を少しずつ集中させていた。

4人の全身が青白の血に染まり、火傷で埋めつくされていく中、その心意気を感じ取ったリョウダイは今こそとばかりに更なる連撃を清盛に叩き込むが、清盛もお遊びは此処までと見て受け流しに入る。
「ジャドより聞いたが、覇道の為に生きた男が、よもやこのように世の為人の為などと抜かすとは……今からでも遅くはない。我らと手を組み、真に世を平らげてみぬか?それは今でもお前の望みのはず」
清盛の反撃の薙刀に、リョウダイの鬼神の鎧が切り裂かれ、次に放たれた衝撃波がその巨体を突き飛ばす。
「この者達のように、身勝手な者達の為に戦い、朽ちるような生き方よりもずっと効率が良い。わしら平家が滅んだ後、源氏は天下泰平を築き上げたか?戦国の乱世を終わらせた徳川家は?それ以前に、妖怪・妖魔を屈服させた役小角は?何れも真に国に平和をもたらす事は出来なかったはずだ」
受け身を取って反撃に転じようとしたリョウダイの首筋に、清盛の薙刀が宛てがわれるが、リョウダイはそれに気づきはしても臆する事は無かった。
「それは、源氏に敗れた貴様が言えた事か?」
「平家は内乱によって滅んだのではない。武力が届かなかったのみ。武運で敗れたに過ぎん。確固たる力、そして真なる支配、これらを満たすは、我等十二邪王のみ。さあ、今からでも遅くはない。我らに降れ!」
「これを答えと成す!!」
迷いの無い気概と共に、リョウダイは薙刀を弾いて清盛の腹に正拳を突き刺す。
「ぐぬぅっ……偽悪に走ったというが、何という鋭さか!」
流石にこれには堪えたか、拳が引き抜かれた後もよろめいて後退る清盛。
それを、アビスが傍観しているはずがなく、瞬時に三日月刀でリョウダイの首を掻っ切ろうとした。
「動いたか!」
「評価するぜ!一人で清盛のおっさんと渡り合うたぁな!」
咄嗟に繰り出した裏拳がアビスの剣を弾き、今度は1対2となるリョウダイ。
清盛が薙刀と衝撃波に加え、炎や雷の術を放ち、アビスは鍛え上げられた肉体から繰り出される攻撃でリョウダイを追い詰めに入る。
「くっ、これは少々厳しいか……!」
「後悔せよ、その偽悪を!」
「こいつも仕事なんでな!」
手数の差を覆されて防戦一方に入るリョウダイ。
幹部2人の連携攻撃を前にされては、流石に手が出せないようである。
それを眺めていた久秀は、リョウダイに焦りが見られないと見て少し溜息を吐き、大和丸達の方を見る。
4人共、鎖を掴んで引きちぎろうとしていたのだが、鎖から迸る電撃に力を吸い取られており、逆に身動きが取れない状態だった。
「やっぱ、こっちがスッキリするねぇ。絶対に勝てるよう、坊っちゃんと協同で改造した結界だから、あんた達は確実に死ぬ。間違い無いね」
久秀はそろそろ良いだろうとばかりに鎖を引っ張る。
それによって網は上に引っ張られるのだが、下の部分が閉じてスッポリと大和丸達を捕らえ、鎖による圧迫が更に強まった。
「ぐっ……こんなもんで……!」
「だが、このままでは、やられる……うぅっ!」
「これが、十二邪王の力という事か……!」
腕力というよりも知略で攻められ、意識を保つのが精一杯な4人。
大和丸とスクワントは鎖を掴んだ手を離さないでいたのだが、先に手が離れた十郎太や夏芽と同様に脱力感に襲われ、網に寄り掛かる形で次々と倒れていく。
それと共に、転身も完全に解除され、成すがままの状態となっている。
「ま、今まで鬼神に特効のものを喰らってなかったら、そりゃあこうなるわな。弱くなくても、それが武士(もののふ)の運命、てな」
これで勝利は確定、そう考えて笑う久秀だったが、そこへ小さな火の玉が飛来して彼の肩に当たった。
「?ああ、成程……」
全くの無傷故、余裕を保っている久秀は火の玉の出処を見る。
夏芽が、息を切らしながら炎の術を放っていたのだ。
「元を断てば、外れる……そうでなくても、倒せれば……!!」
「夏芽……おう!」
「転身出来なくとも、出来る事はまだまだある、そういう事だね」
「……ならば!」
夏芽の行動が、大和丸達の失いかけた意識と戦意を再び呼び覚まし、苦痛を堪えたスクワントの術が4人の傷を少しながらも癒していった。
「根比べと来ますか。けれども、あっしは倒せませんぜ。でもって、こうすれば良いだけ!」
久秀はその4人の苦労なぞ無意味とばかりに鎖を振り、網を床や壁、天井に叩きつける。
そのたびに大和丸達は電撃と鎖の締め付けを直に受け、傷だらけになるのだが、それでも執拗に攻撃と回復を行なっていく。
「このくらいでへこたれたら、兄さん達に合わせる顔が無い……!」
「沖田さんや、土方さんの思いに応える為にも!」
「タミアラやリッシュのような犠牲を出させない為にも!」
「日本の未来を憂いた、イヒカ達の為にも、俺達は諦めねぇっ!!」
「ほーう」
なかなか衰えない闘志に、半ば感心していた久秀だが、ニヤリとした笑みでこう語る。
「今挙げた名前、沖田だか土方って、新撰組だよなぁ?そいつらの努力も無駄に終わっちまってもかい?結局、明治維新とかで潰されちまったんだぜ?」
「何だと!?てめえ、デタラメを言うな!」
「デタラメじゃあないさ。歴史を見れば分かるって。ああ、そうそう、坂本竜馬ってのも、あっさり死んじまって、日本は何にも変わっちゃいないなぁ。あるいは、もっと悪くなってたりとかさ」
「竜馬さんまでもが……!」
真実を突きつけられて動揺し始める十郎太に、久秀は笑みを更に大きくさせる。
精神的な要であろう彼女を揺さぶり、直情的な大和丸を煽り、そして夏芽とスクワントも動揺させてしまえば、反撃を凌ぐ事に他ならないからだ。
しかし、その読みは夏芽が放った炎の飛礫で大きく外れた。
「!?あれ?!」
先程とは違って、着弾部分が真っ黒に焦げた事で初めて久秀は驚く。
怒っているとしたら、逆上しているとしたら、正確に自分を撃つ事は出来ない。
という事は……
「ますます、負けられなくなったわ。皆の思いが、願いが踏み潰され続けるのなら、それを消させない為にも、あたし達は戦う!兄さんが、あたしを守ってくれたように!!」
「夏芽!?」
力強く叫ぶ夏芽の姿に、大和丸は一つの出来事を思い起こす。
夏芽を守るべく、全ての力を出し切って死んだ、冬夜。
ならば自分も彼女を守らなければならない。
十郎太、スクワントも同じ気持ちで、先程乱されかけた気持ちを落ち着かせつつ、久秀に冷気や炎、雷を放つ。
「っと……だったらそれを、誰かが成すっていうのを先輩方と一緒に祈ってな!無理だがよ!」
久秀も焦れたらしく、大和丸達の放つ攻撃をかわしながら結界の力を強め、彼等を思い切り床に叩きつけようとした。

その時だった。
鋭い刃が、金属を切り裂く音と同時に、鎖がバラバラに切り裂かれたのは。
「……はぁっ?!」
何があったのか分からない久秀の目の前で、大和丸達は着地して傷を癒やし合い、自分達を助けた者を目で探す。
程なくして、今の攻撃の主を大和丸達も久秀も見つけたのだが、その姿に大和丸達は声を失っていた。
「な……嘘だろ……?」
「まさか……そんな……」
「これは、夢か?俺達は夢を見ているのか!?」
半信半疑の事実。
紫色の短髪、鍛え上げられた肉体、凛々しい大人の顔。
その姿を持つ者の名を、夏芽は大声で呼んだ。
「冬夜兄さん!!」
かつて、三博士との戦いで夏芽を守るために全ての力を使い果たし、異国の大陸に果てた、才神家の長兄、冬夜。
その男が、幽霊でも何でも無く、ハッキリとした姿で立っていたのだ。
「間に合ったようだな。夏芽、皆……大丈夫か?」
「……うん!」
「夢じゃねえ。夏芽の名前を最初に呼んでいる以上、間違い無く冬夜だ!」
「まさか、蘇って来るとは……」
「……助かったよ。本当に」
優しい表情を妹に、仲間に向ける冬夜は、印を左手で組んで光を放ち、それによって大和丸達の傷を完治させる。
そして、今度は厳かな表情を久秀に向け、全身を輝かせると共に白虎を模した鬼神へと姿を変えた。
「戦国乱世で謀反と悪行に生きた、松永 久秀!これ以上の好き勝手は俺が許さないぜ!」
鋭い爪が久秀を襲い、それを久秀は辛くも避けながら後退する。
急な敵の加勢に、流石の彼も対処出来ないようだった。
「うわ……やべぇ……」
先程散布した毒も、今の光で完全に清められており、大和丸達は完全に復活している状態。
異変に気づいたアビスと清盛も、形勢を覆された事で攻撃を止めており、リョウダイも驚きつつ、予想外の援軍に安堵している。
「こりゃ、退散した方が良いですかねぇ、都督」
「そうだな。ま、多少は楽しめたし、退くに十分な理由がつけられる。此処にある程度打撃を与えられたから、時間も稼げらあ」
「だが、口惜しや……!またしても仕損じたまま退くとは……!」
久秀の言葉を受け入れるアビスと清盛。
彼等は合流すると、久秀が開けた黒紫色の穴の中へと下がり始めた。
「幹部から欠員を出す訳にゃ行かねえんで、此処らで終わりにするぜ。またな!」
「この屈辱、しかと脳髄と心臓、そして肝に覚えておいたぞ!何時か、その屈辱も雪ぐ!」
「やっぱり逃げるが勝ちってのもあるぜ。あばよ!」
そして穴の内側に入ったとたんに扉が閉じられ、後は一部の瓦礫が散らばるだけとなった。


戦いが終わり、あちこちの損傷はあったものの、被害状況はさほど酷い訳ではない。
それを局員から聞いた大和丸達は傷を癒した後、真っ先に冬夜を囲み、改めて笑顔で迎えた。
「へへ、この野郎!美味しい所を持って行きやがって!」
「何、夏芽の立派な言葉を聞いた事で少し勢いを速めただけさ。頃合を見計らって、もう少し待つべきかと思ったけどな」
「やれやれ、相変わらず妹には弱いんだな」
再会を喜び、冬夜の何時もの調子にも何時もの態度で返す大和丸と十郎太。
スクワントも、滅多に見せない静かな笑顔で見詰めている。
「(見てくれ、タミアラ……今此処に、奇跡が起きているぞ……!)」
そして夏芽は、先の兄の褒め言葉が少し恥ずかしかったのか、ほんの少しだけ顔が赤いものの、怒った様子は無い。
「ふふふ、兄さん。本当にあの時の言葉通りだったね。次に会うのはずっと先だって」
「ははは。流石は夏芽。俺の言葉を覚えてくれるとは、兄さん嬉しいぞぉ~!」
「!んも~~、やり過ぎぃ!」
喜びの余りに思い切り妹を抱き締める冬夜の姿に、大和丸達は大声で笑う。
「兄妹の再会……生死を超えて、か。しかし冬夜殿、一体どうして此処に?」
リョウダイの問いに、ようやっと大和丸達も我に返って真剣さを取り戻す。
冬夜も、妹を解放してコホンと一つ咳をし、真面目な顔になった。
「その事だが、もう少ししたら他の方面も片付くはずだ。それが終わってから、纏めて話すつもりだ」
「冬夜一人だけで動いたって訳じゃあないのは分かった。何だか色々とありそうだな……」
「取り敢えず、兄さん……」
今は響華丸達が帰還するのを待つだけとして、深くは聞かない大和丸と夏芽。
夏芽は今まで自分が持っていた数珠丸を、持ち主たる兄に返すと、数珠丸も少し思うところがある様子で語りかけて来た。
『ふむ……黄泉の国を通って来たりしたようで……何か、特別な計らいでしっかりと甦った感じじゃのう』
「そう思ってくれると助かる……って、あれ?天下五剣の皆もまさか……」
冬夜の気づきに、鬼丸達も端的に答える。
『そう。この剣の力に呼応して現れた、平家の亡霊達に引き摺り込まれて、ね』
『本来は三種の神器の一つ、草薙の剣を探していたんだがな』
『ま、その後目的のものも平家の王子様が譲ってくれたし、キッチリ元の世界に戻れたって事さ』
『でも、清盛とはその時会ってない……あいつとの決着、しっかりつけないとね』
「……そうだな」
今回はリョウダイが抑えたものの、次は自分達が清盛と直接決着をつけるべき。
そう決意を固めた大和丸達は、監査局本部の損傷の修理等に回って行った。



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あとがき

どんどん動いた急展開な今回。
ミルドの過去、そして今に到る態度である程度彼女の目的が分かった方もおられるかもしれません。
そして、今作は今までの集大成となりますので、ちょっと時期が早いながらもエレオスを復活させました。
前作のラスボスが今作で、というのも珍しくない昨今ですので。
琥金丸も、今一度伽羅と相対して戦う事になるのですが、やっぱりこの展開が無いと、と思ったりします。
で、幕末勢の方では、お待たせしました!冬夜兄さんの復活です!
どうして復活したのか、それらは読みの深い人ならば既にお分かりかもしれませんね。

次回は他の方面もサクサクッと進めて行きますよ!

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