ONIの里

ここは(株)パンドラボックス【現(株)シャノン】
(株)バンプレスト【現(株)バンダイナムコゲームス】
より発売された和風RPG「ONI」シリーズのファンサイトです。

Index > 隠忍伝説〔サイドストーリー〕 > ONIΩ ~希望紡ぐ仔らよ~  >現在位置

隠忍伝説(サイドストーリー)

ONIΩ ~希望紡ぐ仔らよ~ 

桃龍斎さん 作

第四話 交流

響華丸達が時空監査局に合流したのは、作戦開始から数時間後の事だった。
他の世界・時代で起きていた異変は、どうやら十二邪王がONI達を探索するべく行なった事だったらしく、その標的が居ないと感じるや否や、すぐに治まったそうだ。
ともあれ、十二邪王との交戦がありながらも、ONI同士の合流には成功していたので、葉樹達はまずは一安心と見る。
集ったONI達は全員大広間で休憩も兼ねて談話に入る。
大和丸達や朱羅丸は全く新しい環境、初対面の人達を目にして少し戸惑った様子を見せていたのだが、御琴は琥金丸の姿を見た途端駆け寄り、琥金丸も御琴の存在に目を丸くしながらも再会出来た事で顔が喜びの笑みになっていた。
「琥金丸さん……私、何時かまた会えると思っていました。出来れば、平和な時に出会いたかったのですが……」
「御琴……」
目の前に琥金丸がいるという事実に、御琴の頬が桜色を経て赤に染まり出す。
最初に出会った時から、運命の人と見ていたのか、抱いてしまっていた恋心。
それが再燃した事は間違い無かったのだが、理性は保たれており、その証拠として頬の熱が少しずつ冷めているようだった。
「響華丸さん、江さん、ありがとうございます」
「そこまでの事はしてないわ。時は場所を超えれば、何処かで必ず会える、そこへ少し手助けをしたに過ぎないもの」
「そもそも、あたしは割って入っただけで何もしてなかったからなぁ」
感謝を御琴から受けた響華丸と江も努めて平然としており、琥金丸と御琴からゆっくりと、自然な形で離れていく。
その様子を見ていた螢も琥金丸にペコリとお辞儀をしてから、足早に響華丸と江の方へ駆けたが、2人の静かな見詰め合いに、事情をある程度飲み込んでいた事もあって思うところがあるようだった。
「……良いの?2人きりにしておいて」
「ええ。天地丸と音鬼丸も同じ考えみたいだからね」
響華丸の言うように、天地丸と音鬼丸の方も琥金丸と御琴の様子を察しながらも敢えて離れた場所で見守る事を選んでおり、朱羅丸と話をしている。
今の朱羅丸は、実質仲間と呼べる仲間は1人だけであり、他は七福神との戦いで力を使い果たして自身を封印している。
その上、人間達からは転身していなくとも人外の力の為に忌み嫌われており、それが天地丸からすれば放っておけないものに思えたのだ。
「葉樹から聞いたけど、あんた達って俺の居た世界の過去のONIなんだよな?」
「ああ、そうだ。ただ、君は俺達とはちょっと毛色が違うな……」
「俺、空から落ちて来てじっちゃんに拾われたんだ。その時の俺は赤ん坊で、頭に角が生えてたけど、今じゃあ転身しないと角が無い状態。それでも大人より力はあるんだ」
「空から、か……じゃあ、親がどんな人だったかも知らないって事、ですね?」
音鬼丸の口調に、初めて朱羅丸は苦笑を見せる。
「いや、そんな丁寧に話されると結構くすぐったいから、仲間と同じように普通に話してくれ。親については、全然分からないのは確かだ。何処が本来の故郷なのかも……」
その話に、天地丸と音鬼丸は顔を合わせて頷き、説明する。
この場にいる自分達も含めた、全てのONI達は地球から遠く離れた、別な星で栄えた古代文明の生き残りであり、内乱の勝者・敗者という意味合いで姿が若干異なっているという事。
そしてその星から地球を初めとした別な星へと移り住んだり、流刑として飛ばされたりしたという事実を。
その話に、朱羅丸は少し沈みかける。
流された身として地球に落ちて来たと思えば、人間達が自分達を化け物呼ばわりするのも無理は無い、と。
「俺は、流された存在、か……」
「悲観する事はないぞ。その力で、君は君の時代の平和を、守るべき存在を守って来たんじゃないのか?」
「……ああ。そうだったな……」
自分が化け物の姿になっていても、優しさはそのまま。
そう教えてくれた少女=もえぎの顔を思い浮かべた朱羅丸は、今の天地丸の言葉を素直に飲み込めた。
かつて、自分を仲間と見なしていた別な隠忍が同じように話した時は、最初は受け入れられないものであったが、戦いを通じて理解し、前へ進んでいったのは紛れもない真実。
それを誇りとしていたのか、朱羅丸の表情に明るさが戻る。
「僕達も、色々な戦いを経て、失うものがあって、でも世界を守って来た。それは独りだけじゃあ成せなかった事だ。あなたも同じだよね?」
「ああ。似たようなものだ。そう思うと、やっぱり俺達ってONIなんだなって思えるよ」
前の経験もあって、馴染んで来た朱羅丸。
天地丸はその姿に安心感を覚えており、後は実戦での腕前次第と見ていた。


響華丸、江、螢は沙紀と共に大和丸達の所に来て、そこで互いの自己紹介に入っていた。
ONIと言えど、毛色の違う江、螢、沙紀。
転身した3人の姿を見て、十郎太、そして夏芽が真っ先に理解した。
響華丸達の居た時代での、隠忍の苦難が事実であった事を。
「権力のある者達の言葉を受け入れ、そして姿の違う、大きな力を持つ者を拒む、か……」
「人間達によって、数多くの仲間が殺されたなんて……酷い……」
大和丸とスクワントも、過去の出来事とはいえ隠忍が弾圧に等しい仕打ちを受けていた事に心を痛めざるを得ない。
「俺達の方がどれくらいマシだったのかが、分かるぜ……言っても聞かないってのも許せなかったが……良く今日まで頑張って来れたな……」
「守れる者を守れた、そうした様子が俺にも分かるぞ。そして大地を守る為に戦うという精神も……」
「ありがとー。ともかく、改めてこれから宜しく~」
「うん!螢ちゃん、こちらこそよろしくね♪」
螢の笑顔に応える夏芽も少女故に無垢な笑顔で返す。
そんな光景を微笑ましく眺めていた大和丸だが、響華丸の方を見て一つ気づく。
「?そういやお前、転身した姿はどんなんだ?つーか、転身出来ないのか?」
「ええ。十二邪王との最初の戦いが原因でね。もっとも、戦いには差し支えないわ」
「……そうか」
深く踏み入る気の無い大和丸はそこで話を切り上げ、十郎太が交代とばかりに響華丸の前に出る。
「……成程、なかなかの面構えだな。かなりの修羅場を潜って来たんだろう?」
「まあね。あなたも、最初見た時は男かと間違えそうだったわ。少し雰囲気が違うから、ひょっとして、とは思ったけれど」
「ふふ、良く言われるよ。それで幸か不幸か、夏芽を含めて女性陣からの眼差しが、ね……」
十郎太の苦笑に、響華丸も、ああ成程と笑みを返しつつ、御琴の方を見る。
どちらも女である事を隠した覚えは無いとはいえ、親友以上の関係になっている事は事実。
そしてそれに伴った響華丸の視線の変化を、夏芽は見逃さなかった。
「もしかして、響華丸さん……あの人の事が……」
今も琥金丸と見詰め合って、時折話をしている御琴。
彼女と響華丸を交互に見る夏芽の言葉に、響華丸も隠す必要無しとばかりに頷き答えた。
「ええ。元々私は御琴達とは敵同士だったけれど、御琴はそんな私の事を友として受け止めてくれたの。だから、私もそれに応えて、支えて来たりもしたわ。世界を超えて、ね」
「わぁ……」
想いが通じ合えば、越えられない壁は無い。
それが夏芽の率直な気持ちであり、クスッと笑ったかと思うと十郎太の腕に抱きついて見せた。
「!……本当に、相変わらずだな、夏芽」
「やっぱり、一度惚れたら忘れられないもん♪」
「おおー、こっちもそういう関係だったんだー」
「!?お、おい馬鹿!螢、ハッキリ言うんじゃねー!」
江の制止は時既に遅し。
十郎太は段々と色白な顔を赤面させてしまい、大和丸とスクワントは螢の何気無く口にした一言に耳を疑う。
「う、嘘だろ……?」
「こっちも、となると……見た目によらぬものだな、人とは」
元々物静かなスクワントはすぐに我に返れたのに対し、大和丸は衝撃の連続だった。
響華丸と御琴の関係は、十郎太と夏芽の関係に近しい。
螢の意図はそこだったというのだから、乾いた笑い声が出るのも無理は無かった。


少しだけ大広間が静かになった所で、他の世界の監視及び怪我人の治療、状況の整理等を済ませた葉樹が鎧禅、メイア、オウラン、リョウダイと共に入って来たので、響華丸達は話を中断し、そちらに注目する。
葉樹は広間の奥から出て来た機械仕掛けの机の傍に立ち、そこにある端末を操作して数十秒してから話を始めた。
「ONIの皆様、まずは急な招集の無礼をご容赦願います。既に響華丸達から聞いている人も居ると思えますが、私達は時空監査局。あなた方の世界、それも過去や未来を含めたありとあらゆる世界を監視する組織です」
「監視って事は、俺達の事も見てたって訳か。直接、じゃあなさそうだが」
もし見ていたのであれば、動かない理由があると見ている。
大和丸の考えは、果たして合っていた。
「ええ。但し、監視するのは時空間を超えた移動が主です。これによる他の世界への干渉は、時として歴史、秩序を歪めてしまいます。それを取り締まるのが私達の役目……ですが、朱羅丸の世界については、犯罪者である七福神を止められなかった事を此処で改めて謝ります」
「いや、良いんだ。俺の方も到らない所があったからな」
どうやら朱羅丸は葉樹や時空監査局の事を認め、受け入れているようだ。
葉樹もそれは分かっており、次へと話を進める。
「今回、あなた方に集まって頂いたのは他でもない、十二邪王という者達の事です。彼等はどのような技術を用いたのかは分かっていませんが、当局と同じく、時空間を移動して攻撃を仕掛けています。彼の目的が何であるのかも不明ですが、ハッキリしている事は彼等の攻撃で幾つかの世界に被害が出ているという事です。放置すれば、全ての世界に悪影響を及ぼしかねません。そこで、あなた方にも是非協力して頂きたいのです。勝手である事を承知の上で、お願いします。これらについて質問があれば、何なりと」
端的に話したものの、事態は飲み込めているのか、分からないという顔をする者は誰一人としていない。
逆に、状況が状況である以上、見過ごせないし協力を断る理由も無いとばかりに誰もが自分から戦うといった様子だ。
質問は無く、代わりに大和丸、朱羅丸、琥金丸が意思を伝えた。
「こっちも、俺達に出来る事があったら何でも言ってくれ!」
「連中の、ハジャオウを看取っていたあの人は俺達に未来を託してくれた……過去も未来も、守らせてもらうぜ」
「俺も、どんなに強い敵だろうと、苦しい事だろうと、正面から向き合うまでだ。天地丸達が戦うっていうんだ。俺だけが戦わない理由なんて、ない」
大和丸に賛同する形で十郎太、夏芽、スクワントが頷いた事で、新参のONI達からの返答は全て揃う。
そこは葉樹の期待通りでもあったし、確信もあったが。
「ありがとうございますわ。では、今後についてですが、敵がこちらを攻めて来るか、あるいは別世界を攻め込むか、その何れかに対しても動けるよう、備えをしっかりしておく必要があります。後、時間の感覚が乱れてしまわないよう、居住空間として庭園区間を開放します」
「庭園……山とか、野原がこの監査局の中にあるんですか?」
夏芽はもちろん、まだこの監査局本部に来てから日の浅い誰もがそのことに興味を抱く。
「庭園区間は心身を癒す為の場所で、この局の時間を基準として昼と夜が存在しますの。この監査局は、言わば時空の狭間の中に本部を建造していまして、全ての世界・時代に対する干渉を最小限にしています。外は、あなた方からすれば不思議な空間、というものばかりです。庭園区間の自然は、監査局発足時の自然再生技術によって成り立ったものです。監査局を設立した最初の人達の世界は既に滅んでしまっていますので、私達が受け継ぐ形になっています」
「此処もまた、守護者達の砦という訳か……」
堅苦しさの抜けないスクワントの言葉だが、それはごもっともと受け入れる大和丸達。
自分達は、時空間を超えた悪しき者達を阻止しなければならず、今この時から自分達も守護者になっているのだ。
その気持ちは表情にも現れており、今すぐ動けるのならば、という思いも良く分かる。
「食事を取る場所、訓練施設、各々の部屋等に関しては、こちらにあります地図で」
葉樹、鎧禅、メイア、オウラン、リョウダイが響華丸達に地図付きの説明書を手渡していく。
響華丸達の時代も調べていただけあって、文字に関してはしっかりと彼女らの時代に合わせており、移動や機械の操作に困るという事は無い。
無論、飲み込みの速さが異常な螢を除いた全員が、新しいものばかりという事で大小様々ながら驚いてはいたが。

「日本課とはいえ、こんなに広いとはね……」
「未来の人達って、こういう感じで日々を過ごしていたのか……すげえな、おい」
「湯浴みも、結構違う……」
「ふむふむ、あの宇宙船よりも広くて、これがこういう風に……」
日本課の様子に響華丸が息を漏らし、江が目を丸くし、沙紀はものの新しさに目を奪われ、そして螢は頭の中に知識として情報を取り込んでいく。
それらを初めとした驚きによる小さな響めきは、大広間に入ってきた一人の男性によって更に大きくなった。
「あ、あんたは!?」
「う、嘘だろ……!?」
「や、弥衛門さん!」
「弥衛門さんも、監査局の一員だったんですか!?」
そこに居た、如何にも科学者らしき白衣の人物の顔を、琥金丸、天地丸、音鬼丸、御琴は忘れるはずが無かった。
過去の戦いで様々なカラクリを作って彼等を助けた天才発明家、弥衛門。
その弥衛門が身体を機械化させて300年以上も生きていた事までは分かっていたのだが、まさか時空監査局に居て尚も生きているとは思わなかった。
しかも外見は、琥金丸と御琴が目にした、機械の身体そのままというものではなく、天地丸達の時代で生きている弥衛門そのままの姿ではないか。
「ん?おー、誰かと思えば、君達か。いやいや、まさかまた会う事になるとはな~」
全く動じていない弥衛門に対し、その存在に驚かないはずが無かった4人だが、葉樹もまた彼らが弥衛門と知り合いだった事は知らなかったのか、目を丸くして4人と弥衛門を交互に見る。
「まさか知り合いでしたの?!しかし弥衛門、何故その事を話さなかったのです?」
「ああ申し訳ありません、課長。私とした事が長く生きていく内に忘れてしまいまして……今し方見た彼等の姿とデータバンクの情報とを照合させてようやっと思い出したんですよ」
「……そうでしたか。私も、あなたに天地丸さん達の事を伝えましたが、顔を見なければならない程とは……まあ、良いでしょう。改めて挨拶を」
葉樹の指示に従い、弥衛門は響華丸達にお辞儀をしてから自己紹介に入った。
「後は初対面だな。わしはからくり弥衛門、というのは遠い昔の通り名で、今では時空監査局日本課、機器開発部門主任の弥衛門だ。気軽に弥衛門さんと呼んでくれ」
その気さくな様子に、響華丸達もすぐに馴染んで応える中、沙紀は少し気になるような顔で弥衛門を見詰める。
「どうした、沙紀お嬢さん。君もわしの事を知っているとか?」
「あ、いえ。向こう側、つまり御琴さん達の世界の弥衛門さんと、私達の世界の弥衛門さんとで、外見が凄く違うからちょっとびっくりして……」
沙紀の知っている弥衛門とは、ほんの一、二度くらいしか会った事は無いが、此処にいる弥衛門とは大違いで、熊と河豚を組み合わせたかのようなずんぐり体型の人間。
それでもカラクリの天才である事は同じである事も知っていた。
そして、一番弥衛門との話を楽しみにしていたのは、他ならぬ螢だった。
「初めましてー!螢でーす。今まで機械を沢山造ってたんですね?」
「うむ。とはいえ、最近までは前の事件に関係した上層部によるいざこざが機械にも及んだ所為で、そっちの手直しや整理整頓に追われて、そして昨日までは新しい機械の設計図作りと並行してこの監査局が乗っ取られないようにするので手一杯だったがな」
「凄く大変そう……」
「何、身体を完全に機械にして、外側を人工的な皮で覆ってあるからそう簡単にはくたばらんよ。時に螢お嬢さん、話に聞いたが機械について物凄く強いらしいな」
羅士絡みの事件における螢の活躍も聞いていたらしく、弥衛門は彼女との話を進める。
「生憎と規律で、この監査局の局員にならないと弟子入り出来ない仕組になっているが、局員になった時には是非ともわしの弟子になってみるというのはどうかね?」
「考えておきます~」
弥衛門もまた螢の事が気に入ったらしく、うんうんと頷きながら話を切り上げ、そそくさに大広間を出て行こうとした。
「分からない事とかがあったらわしにも聞いておくと良い。かなりややこしいから、慣れるのにも時間が掛かるだろう。では、お先に失礼……」
「やれやれ、多忙とはいえせっかちですわねぇ……」
「彼は研究と発明が大好きですから……」
弥衛門の退室を見送る葉樹の溜息に、御琴も小さな笑みで返す。
予定外の事もあったが、一先ず差し当っての説明はこれで終わりとなり、葉樹が再び取り仕切る。
「では、呼び出しがあるまで各自自由に行動して下さい。解散です」
こうして、響華丸達は不慣れながらも新しい場所にて日々を過ごす事になった。



十二邪王の会議の場とは別な、薄暗い場所。
そこを照らしているのは2列真っ直ぐに並んだ青白の燭台であり、中央にはポツンと、大人2人が対話する程度の机と椅子が用意されている。
その席には、漆黒のローブで全身を覆っている人物と、一人の精悍溢れる男性が座って向き合っていた。
そして応接室とも呼べるこの場所の出入口たる扉の前には、十二邪王の配下の者とは違う、武装した鬼が2人1組、槍を手にして彫像のように直立している。
彼等がテーブルで向かい合っている2人見守る中、ローブの人物は頭を覆っているフードを取って顔を見せるが、その正体こそはミルドであった。
「ちょっと監視の目が強くなったわ。もっとも、こっちもこっちなりに手を打ってあるけどね」
「それでも頻繁に此処には来れぬ、か。まあ良い。伝令を送った所で、尾行されてこちらの事が知られてしまうのがオチだからな。で、ONI達は集まったのか?」
男性は威厳もあり、身に付けている服も陣羽織の上に甲冑という、ある国の将軍とも呼べる出で立ち。
日に焼けた肌、黒い髭、そして後頭部上辺りで纏め上げられた髪は、まるで鬼神と間違えそうな雰囲気だ。
その男の厳かながらも親しげな言い方に、ミルドも微笑と共に頷いて答える。
「狙い通りよ。『あの子』もちゃんと来ているわ。だから、『彼』の訓練も仕上げにしておいて欲しいの。この間先手を取られて『彼女』を奪われた分、ほんの少しだけ厄介な事になるわ」
「伝えておこう、と言いたいところだが、『あの男』の事だ。その子の名前を耳に入れたら無理矢理飛び出してしまうだろう。この件については伏せておいた方が無難だな」
会話の区切り毎にミルドは紅茶を、男は質素な湯呑の中の緑茶を一口ずつ飲む。
楽しげ、という訳ではないがどちらも落ち着いた様子である事は間違い無かった。
「さて、本部からは何か変わった連絡はあるかしら?」
「例の少年について、最終的な判決が言い渡された。その判決は、―――」
表情を変えぬ男性の言葉に、ミルドもやはり驚かず、しかし何時もと違った真剣な表情になり、口に運び掛けた紅茶を机の上に戻す。
「妥当な判断ね。それともう一人、『彼女』はどうなの?」
「……交渉の準備に入っている。本部も『奴』と事を構えたくない以上、穏便に済ませたいそうだ。私は信じても良いと思うのだがな」
「『彼女』の力もまた、今回の、いや今日に到るまで続いている戦いに終止符を打つにどうしても必要、そういう事で良いかしら?」
「そうだ。で、響華丸という少女と戦った感想は?」
再び、紅と緑の茶がそれぞれの口に運ばれ、軽めの音と重めの音が同時に部屋に響き、初めて男は笑みを浮かべた。
邪悪でもないが、穏やかでもない、そうした”将軍”めいた笑みを。
「後一つ、捻りが欲しいわね。そうした感じがする戦いだったわ。太刀筋、気迫、ともに申し分無しで、惜しむらくは転身出来ないという状態。こればっかりはどうにも出来ないけれどね」
「ふ、お互いそれが嬉しくてしょうがないという事だな。ハハハ」
「全くだわ」
軽く、静かな笑い声は、この場に相応しく、門番の鬼達もそれを見て落ち着いた様子になっているが、すぐに気を取り直して扉の向こうに注意を向ける。
数分後、2人が茶を飲み切った所でミルドが席を立ち、フードを被ると、ゆっくりとした足取りで出入口の方へ向かった。
「また来るわ。内通者に対する警戒、引き続きよろしくね、信長」
「お前も、こちらの計画を見抜かれぬよう、逆の監視を怠らずにな、ミルド」
十二邪王の一員になる事を選ばず、しかしミルドとは旧知の仲とも取れる関係を持つ者
それが、過去に尾張の大うつけと呼ばれながらも、戦国の三英傑が一人とされた男、織田 信長の今の姿であった。

どの時代かは分からない、しかし何処かの時代である事は確かとなっている世界。
その世界の、日本から遠く離れた西洋の大陸に生い茂る森の奥深く。
ミルドは自分の根城としている小さな屋敷に、マントを翻しながら降り立つと、使用人達がいそいそと屋敷から出て来て彼女を出迎えに来た。
「「お帰りなさいませ、ミルド様」」
「お留守番、ご苦労。私が居ない間、結構やかましかったでしょう?」
「はい。使いの者と称して、亡きお父上の仇を取るべしと……」
「仰せの通り、焦りは禁物と伝えたのですが、なかなか引き下がらず、しまいには屋敷を攻め落とすとか脅して、次が最後のチャンスだ、と……」
男女の使用人が少々困った表情でそう告げるも、ミルドからすれば何時もの事だったらしく、溜息を漏らすだけ。
「最後の、ねぇ。大方、尸陰か久秀、あるいはジャドが吹き込んだのでしょう?」
「そこまでは分かりかねますが」
「……お風呂と食事の準備は出来ている?」
「は。新しい服も用意してございます。ささ、こちらへ」
ミルドは使用人の案内を受けて屋敷に入り、浴室へ足を運ぼうとしたが、その前にと足を止め、玄関の左右の壁に掛けられた肖像画を見詰める。
左は青白い肌、整った短い頭髪をした痩せ顔の男性、右はミルドと同じ青の長髪で健康的な肌を持つ美しい女性。
視線を交互にその2枚へと移すミルドは、特に女性の絵を長く見詰めていた。
「父上……あなたは残すべきでないものを残してしまった。そして母上、あなたは残すべきものを残さず逝ってしまった……」
そう、この肖像画の男女が、ミルドの両親。
琥金丸を生贄にしようと画策し、最期は己と配下の妖怪達を生贄として魔王サナト・クマラを蘇らせた吸血鬼と、その妻たる女性。
女性、即ち母親の最期だけを、ミルドは看取る事が出来たのだろう。
今でも、彼女の脳裏には鮮明にその記憶が残っていた。


「吸血鬼に魅入られた、悪しき女よ!聖なる炎に焼かれよ!」
木で出来た大きな十字架に磔(はりつけ)とされる中、ミルドの母親は全てを受け入れたのか、泣く事無く天を見上げる。
下には無数の薪が十字架の根本を覆っており、一人の男性が松明の炎をそれらに移すと、たちまちにして炎が燃え上がった。
足、胴、手、そして顔と見る見る内に、炎に焼かれていくミルドの母。
彼女がチラリと見下ろしたその先に、幼い頃のミルドが立っていた。
目に一杯の涙を溜め、それを流すまいと気丈に振舞おうとして目を釣り上げている、小さな娘。
横には使用人達が立っており、ミルドが無茶をしないよう、万一の為にとその華奢な肩と腕を掴んでいる。
ミルドも、最早これまでという諦めがあったのか、一歩足りとも母の元へ向かおうとはしなかったが、炎に焼かれるその姿をしっかりと、目を背ける事無く見ていた。
それが意味する事を、ミルドの母も、別れを惜しむ故の涙は流しても、救いを求めたり憎悪を向けるような顔は見せなかった。
声を出せば娘を巻き込む、だから何も言えない代わりに、表情を以て彼女は伝える。
『(ミルド……あなたらしく、生きて……)』
『(はい……母上……!)』
母の想いをしっかりと受け取ったミルドは小さく頷き、涙を一粒だけ零してから残りの分を拭う。
目元は赤く、しかしそこから再び涙が出る様子は無い。
それを見るや否や、ミルドの母は炎で顔が焼かれようとした瞬間に、穏やかな笑顔を見せた。
母親に相応しい、慈愛に満ちた笑顔を……
それがミルドをどう変えたのかは、誰にも分からなかった。
そして、ミルドは成長してしばらくの後に……―――。


「……私の手で終わらせておきたいところだけれど、お手並み拝見ね」
追憶を終えたミルドは一呼吸置いてからそう呟くと、止めた足を改めて浴室の方へと動かす。
そして浴室前で服を脱いで、己の生まれたままの姿を晒すのだが、その姿にミルドはもちろん、侍女も少し表情を曇らせる。
外見の歳は16,7歳程で、発育も相応となっている肢体は、所々が切り傷、刺し傷の痕に覆われていたのだ。
痛みは完全に引いていたのだろう、温泉とも呼べそうな浴槽に身体が浸かっても、傷痕が疼いたりしてミルドが顔を顰める気配はない。
ただ、傷を見る度にその表情が沈んだものになっている事は事実だった。
「……父上と母上、互いに愛し合って私が生まれたというのに、まだまだ世の中は潔癖ね」
様々な知識を有しているミルドは既に知っている。
自分だけでなく、他にも人間とそうでない者とが交じり合って生きている者達がいる事を。
人種を超えた混血こそ、新たな時代の担い手であろうと信じてもいた。
だが母は吸血鬼に己を捧げたが為に人間達に殺され、父も野望の為に戦いながら果て、今では自分のみ。
それが、余計に重く感じられたのか、ミルドはゆっくりと湯の中に己の顔を鼻の近くまで浸からせた。
「(本当、如何ともし難い世界だわ……何処の世も……)」
赤い瞳の輝きは何を求めているのか?
復讐か、野望の達成か、それとも……―――。
吸血鬼のハーフである彼女以外に、それを知る者は居なかった。



監査局での生活を始めてから2日後。
十二邪王の方でこれといった動きは無く、響華丸達は訓練等を通じて交流し、親交を深めていた。
まだ響華丸は転身出来ないものの、剣の腕は確実に上達しており、1対多数の状況下でも長時間攻撃を凌げるまでに至っている。
「……ふぅ」
模擬戦が終わって、訓練用の剣を納める響華丸達。
参加していたのは響華丸、琥金丸、朱羅丸、大和丸の4人で、1対3の模擬戦を申し出たのは響華丸だった。
十二邪王の事だから、1人で出来る限り大勢を相手に出来る、そうした状態に持って行きたいというのが目的。
とはいえ、流石に互角な腕前の持ち主3人を同時に相手にするのは骨だったのだろう、彼女はかなりの汗をかいており、息も荒い。
「もう、この辺にしとこうぜ。やり過ぎは良くないからな」
「……そうね。本当はもう1本やりたかったけれど……」
琥金丸も御琴から詳細を聞いていただけに、響華丸が無茶をする可能性を考えなければならなかった。
だからこその気遣いであり、そこは響華丸本人も重々理解していた。
「ひょっとして、引き摺ってるんじゃないのか?ONIなのに転身出来なくなっている事を」
「そんな事は無いわ。原因が分からない以上、それを戦いの中で探す、それだけの事よ」
大和丸の推測についても、響華丸はこう即答する。
跳ね除けるような態度ではなく、やんわりとした物言いから、彼女の言っている事が嘘ではないのも分かる。
「成程な……まあ、もしかしたら転身する力が回復し切っていないから、時間が経てば転身出来るようになると思うぜ。俺も、最後の戦いで転身してから、2,3週間は転身出来なくなってて、その後は普通にやれたんだ。単に力を一気に使い過ぎたからって、今だとそう考えている」
「朱羅丸も転身出来なくなった時があるのか。ま、俺達も力を使い過ぎたら、ほんのしばらくは転身出来なくなるってのは体験済みだからな」
「へぇ……結局此処にいる全員が、転身出来なくなった経験のある奴等か。けど、大和丸達と朱羅丸は良い方だぜ。俺は、自身を見失って転身出来なかったからな……それで、大事な人を死なせてしまった……」
大和丸と朱羅丸の話に、琥金丸は少し視線を落としながらそう語る。
力を使いこなせなかった為に大事な存在を守れなかった者。
何かを守るために力を揮い、成し遂げる事が出来た者。
結果だけとはいえ、その差が琥金丸の両肩に重く伸し掛かっているのだ。
だが、その意味を見抜いた者がいた。
「……ねえ、琥金丸。一番の後輩が言うのもなんだけれど、その過去の罪悪感がある限り、ミルドと対等に戦えないんじゃないかしら?」
「え……?」
「自分を見失った為の犠牲、そこへの後ろめたさ……私はそういう苦しみを背負って生きて来た人を知っているから、ある程度は分かるの。御琴から私について、詳しく聞かなかったかしら?」
「!そういや、お前は最初、天地丸達とは敵同士だったんだよな」
「「!」」
先に聞いた真実と言えど、大和丸と朱羅丸も無視出来ないとしてその話に聞き入る。
「ええ。私は天地丸との戦いの後、御琴に拾われて彼女の友を装った。そして頃合を見て本性を見せたの。自分は、本当は天地丸達の敵だという本性をね。でも、御琴はそんな私を友だと信じ続けて、それで私は迷ったわ。敵で有り続けるか否かを、ね」
「伽羅と、似てる……」
「私はその迷いを抱えながら、御琴と戦い、敗れた。御琴は迷っていなかったの。私を友達として救う事を、一切ね……その伽羅って人の最期に、御琴も立ち会ったかしら?」
「ああ。その後、天地丸が助けに来たんだ……けど、御琴もそんな事が……そこまでは聞いてなかったな」
「きっと、伽羅って人の二の舞にさせたくない、その気持ちがあの子に力を与えていたんだと思うの。敵だとしても、それ以前に友だと信じる気持ち……今のあなたに、それはあるかしら?」
「……俺は……」
裏切られた時の心の乱れ、それが転身出来なかった意味であり、伽羅を死なせた一因。
同じような裏切りを受けた時、自分は心を保てるのか?
否、保たなければならないのだ。
「決めたぜ。俺は、どんな姿でも俺だと認めてくれた伽羅の気持ちを、無駄にさせない……自分がいないとダメだって言葉を、二度と吐かせたくない……!だから、俺は迷いを吹っ切ってみせる……!」
目の前に事実が突きつけられた時、御琴のように思いを貫ける約束は出来ない。
だが、やらなければならない。
それが琥金丸の、一番の返答だった。
「挫けそうになったら、今の気持ちを思い出しなさい。忘れそうになったら、その時だけは過去を思い起こす……多分、それがあなたの力になってくれるはずだから」
「……ああ。ありがとな、響華丸」
微笑の響華丸に、元気を取り戻した笑みで応える琥金丸。
そのやり取りに便乗する形で、大和丸と朱羅丸も話に入る。
「良い顔だぜ。夏芽も夏芽で、普通に芯が強い方だったけどな。それに、俺達も化け物扱いされて国中を敵に回した身だったし」
「大和丸達も国中の人間達から疎まれてたって事か。俺も似たようなもんさ。全員が全員って訳じゃあなかったけど」
誰もが、人ならざる力を持つ故に人間に否定されたり、己を恐れたりしている。
琥金丸、大和丸、朱羅丸の3人は、そうした部分を持っていた。
そしてそれに対して自分は……
響華丸はその気持ちを口にする。
「悩まなかった私自身も、それ故にミルドから前屈みと評されたのかもしれないわね。あなた達の持っていた悩み、それをどっちも持っていなかったから……」
決して自慢のためではなく、あくまで事実を述べただけの事。
それは、3人も分かっていた。
「誰かの為に、力を使い続けているって事か……そう言えば、響華丸は特別、誰かの為にっていうのはあるのか?」
御琴以外にいるのかもしれないし、いないのかもしれない。
琥金丸はそう思いながら問い掛けると、響華丸の方は少しの間だけ目を閉じ、その目を開くと共に答えた。
「司狼丸……私の世界の司狼丸が無事に蘇れるようにする為に、戦っているわ」
「蘇れるように、って事は今は封印されているって事なのか?」
「ええ。そして、あなた達以上に傷つき、苦しんでいたがために、放っておけない……そんな子よ」
そこから響華丸は司狼丸に関係する話を語る。
沙紀、江、螢の世界の生まれであり、琥金丸達とは全く違った外見を持つONI。
その世界の隠忍達は、朱羅丸と同様に疎まれ、力を律しようとしても暴走で誰かを傷つけてしまうという。
そして、彼等の運命を弄んだ大凶星八将神、その神々が狙っていた、司狼丸の持つ『力』。
時空を操り、時を超える力。
呪われた運命を変えられる可能性を持つ、奇跡とも呼べるその力を司狼丸は手にしていながら、己の取り戻したかったものを、失ったものを取り戻せなかった。
そしてそのまま封印されているという。
話を聴き終えて、しばらく沈黙していた琥金丸達だが、朱羅丸が最初にその沈黙を破った。
「……時を遡って、皆を助けたいって気持ちは分かる。けど、それで本当に解決するのか?」
「え?」
「そいつらの手から誰かを助けるっていうのは確かに大切な事だけど、時空を遡って歴史を変えるって事は、嫌な事から逃げるようにも見えるんだ……七福神って奴等との戦いがあったから、俺はそう考えるんだけど」
「俺も同意見だ。司狼丸は、時間を遡る事で良い結果を求めて来た……それが正しくなかったから、封印されたっていう風に思える。夏芽が言っていたが、正しさってのは心の問題だ。悲しい事を言い訳に、力を追い求めたとしても、良い結果には出会えねぇだろうな」
その言葉に、響華丸は僅かながらも唇を噛み締める。
確かに2人の言葉は間違っていない、むしろ正論とも呼べる。
しかし、だからと言ってそれを全肯定する気に、彼女はなれなかった。
「……あの子、司狼丸はそれ以外に手が残されていなかったのよ。自他の罪に挟まれて、そこから抜け出したいが為に。誰もが、辛い事を受け止められたり、乗り越えられる訳じゃあない。司狼丸も、目の前の辛さに翻弄され、殆ど孤立無援の状態で苦しみ続け、傷口も癒される事は無かった……それは伝えておくわ」
「響華丸……?」
努めて冷静だった彼女が、少々言葉に鋭さを持たせたような気がしていた琥金丸。
気のせいか、それまで緩んでいた眉に少し皺が寄っているようにも見える。
「……先に失礼するわね」
間を置いてから響華丸は訓練所を出ようとする。
「ご、ごめん。別に司狼丸を悪く言ったつもりじゃないんだけれど……」
もしかしたら、彼女の癇に障るような事を言ったのかもしれない。
それに真っ先に気づいた朱羅丸はそう詫びるが、響華丸は彼等に背を向けたまま返した。
「あなた達が気に病む事じゃあないから」
本当は怒りを解き放ちたかったのだろう。
自分達は司狼丸が置かれていた状況を全くと言っても良い程知らない。
そこに同情しろという訳ではないとも、響華丸は言いたかったのであろう。
だからか、大和丸も済まなさそうな様子で、彼女の去っていった後にこう呟いたのであった。
「……悪ぃ、響華丸……」

別の訓練所では、天地丸が音鬼丸、十郎太、スクワント、江との組手を終えたばかりで、これから食事に向かおうとしていた所だった。
「十郎太も響華丸に負けないくらいの良い腕だ。術の腕前もそうだが、剣も鋭さと重さを併せ持っている」
「もったいない言葉です。音鬼丸も、あなたの甥なだけの事はあります」
「けど、少しびっくりしましたね。あそこまで素早く動けるなんて……」
剣の使い手同士という事で、話に花が咲く3人。
それを聞きながら先頭を歩いていたスクワントと江だったが、途中、響華丸が通路を過ぎ去るのが見えた。
「お、響華丸。そっちも終わったか?」
「……ええ」
反応はあったものの、目だけこちらを向いただけで、立ち止まらずに去っていく響華丸。
その様子に、江はある程度を察していた。
「……誰か、あいつの逆鱗に触れかけたな……」
「何?どういう事だ?」
話の見えないスクワントは、響華丸の後ろ姿を見据えたまま。
何かしら、悲しみと怒りが僅かに感じられていたのは分かるが、何があったのかまでは分からない。
それは十郎太も同じで、この場において全てを知っている音鬼丸が少し考え込むように目を閉じ、それから決心と共に口を開いた。
「あの子は、普通のONIじゃあありません……ある人の血を組み込んで造り出された、人造のONIなんです。この間話した通り、当初は僕達ONIを殺すのが目的でした……」
「人造の、ONIか。道理で何か気配が違うと思っていた。もっとも、邪悪さは微塵も無いのも分かるが」
「?じゃあ、十郎太さん達もそうしたONIと戦った事が?」
「ああ。私達の世界を支配しようとした者達……彼等によって造られた人造人間でね、何度も戦い、最後まで私達の前に立ち塞がった敵だった」
「名はリッシュ。俺の国を滅ぼし、そして……俺と同じ一人の女を愛した男だ」
スクワントの言葉には、リッシュに対する恨みも憎しみも込められていない。
一つの、情けにして同じ一人の女性を愛したが故の、共感がある。
「響華丸……あの子も、まだ引き摺っているという事か」
天地丸も見通しており、此処にいる者達の中で一番響華丸を知っている江が詳しく語る。
彼女は、元になった者の血の影響もあってか、一人の少年を守るという使命感に突き動かされていた事。
それ故、その少年を否定するような言動に対しては怒りの炎を燃やし、場合によっては普段見せない乱暴な一面を見せる事もある、と。
「あの様子だと、何とか抑えてはいるみてえだが……司狼丸については何とかなったはずなんだけどなぁ」
自分達の世界での諸悪の根源は既に倒しているし、司狼丸の魂は救われている。
だが、それだけでは響華丸にとっては足りなかったという事なのだろうか?
やはり、司狼丸が本当の意味で蘇らない限り、安心出来ないのだろうか?
そんな疑問が、江の胸の中でざわついていた。
「……やっぱり、あの人も御琴と同じ、一人の女の子なんだよ……誰かの為に一生懸命になれる、その誰かを守る為なら躊躇わない……でも、何だか辛そうだ……」
音鬼丸も少し放っておけないとして響華丸を追いかけようとするが、天地丸にそれを止められる。
「少し酷かもしれないが、響華丸にとってこれが一つの越えるべき山だ。司狼丸への想いに囚われず、前を見据えられるようにならない限り、あの子の力は戻って来ないのかもしれない……」
「伯父さん……」
鬼神の力は心の力。
戸惑い、乱れれば力は応えない。
以前の琥金丸を、響華丸を見ていた伯父の言葉に、嘘は無かった。
だから音鬼丸も追うのを止め、江も響華丸の去って行った方向に向けている視線を天地丸の方へ戻す。
「ま、それが分かりゃあ後はあいつの心次第だな。あたしは大丈夫だって保証するぜ。手探りで答えを探せる、自分で答えを見つけ出せる奴だからさ」
それまで少し重そうだった表情の江が、ニッコリとした笑顔でそう言い切るので、天地丸もその通りと小さい笑みで頷く。
「流石は友にして仲間だな。信じる強さも、また大切、か」
「ならば私達は見守りつつ、十二邪王に備えよう。その先にある未来を、運命を切り拓く為にも」
スクワント、十郎太と続いて、音鬼丸も明るさを取り戻す。
「御琴が響華丸に支えられて強くなったのなら、きっと響華丸も、もっと強くなれるに違いない……!」
5人の思いは此処で一つとなる。
ほんの僅かな擦れ違い、それが大きな災いを招いても、自分達がその災いを討つまで。
それは彼等の決意でもあった。


食事を作るための、厨房。
そこで御琴、夏芽、沙紀、螢は全員の食事を作っていた。
「よーし!出来たわ!」
「わ~い!大根汁~♪」
沙紀が作った大根汁の湯気に、手伝っていた螢も大喜びになり、煮物を作っていた御琴と夏芽も和んだ気持ちでその声を聴いていた。
「素敵な味がします。夏芽さん、きっと良いお嫁さんになれると思いますよ」
「そう?でも、御琴さんの方がずっと綺麗だと思うわ。あたしなんかよりもずっと」
「そんな事はありません。愛情がこもってて、強くて……」
話の中、夏芽の笑みに翳りが見える。
それが目に入った途端、御琴は何か自分が失礼な事を言ってしまったのではという不安に駆られた。
夏芽もそれが分かっていたらしく、一つ声を漏らしながら語り出す。
「話してなくてごめんね。あたしにはもう家族が居ないの。父さんも母さんも、兄さん達も……冬夜兄さんも、あたし達を守るために……」
しかし、沈んだ表情はそこの区切りから、瞬き一つで消え失せていた。
「でも、泣いてばかりじゃダメ。あたしが皆の分までしっかりしなきゃ。今のあたしには、大和丸達や、此処にいる皆がいるから」
「……強いんですね、夏芽さん」
此処に居る少女達の中で、家族が生きているのは自分だけ。
家族に支えられているから、自分は頑張って来れた。
その家族が死んでしまった時、己を保てるだろうか?
そうした御琴の不安も、話を聞いていた沙紀や螢の言葉で拭われる。
「あなただって、十分強いわ、御琴。あなたのおかげで響華丸は成すべき事を成せたんだもの」
「そうそう。それに、メイアちゃん達を助けれたのも、御琴さんのおかげだよ~」
「……はい」
一時は少し曇るかと思われた厨房の雰囲気。
それが明るくなって数分したところで、食事の盛りつけを含めた全てが終わり、そこへ響華丸が到着した。
「ちょうど良い具合に、良い匂いね」
「おー、響華丸が一番乗り~!ってあれ?皆は?」
「後から来るわ。料理を運ぶの、手伝うわね」
「え……」
何時もと何かが違っている。
それを一番に察したのは御琴だった。
「訓練を終えたばかりですから、無理はしなくても……それとも、何か?」
「……ごめんなさい。何でも無いの……」
響華丸はそう言いながら料理の載せられたお盆を手に取ろうとするが、それを遮った者がいた。
この戦いに、自ら志願した沙紀である。
「……沙紀?」
「此処まで来て、水臭いわよ、響華丸。本当の事を言わなくても、私には分かるんだから。螢程じゃあないけどね」
ちょっと怒った様子だが、別段響華丸が許せない訳ではない。
ただ、無理をし過ぎている彼女が放っておけなかったし、自分も負けていられないという気持ちがあった。
「響華丸、ちょっと怒って、泣いてたでしょ?きっと、司狼丸の事を誰かにちょっと言われて、カチンって……」
相手の感情を見抜ける螢に、一切の誤魔化しは通用しない。
だから、彼女の言葉を否定する事は出来ず、観念した響華丸は差し伸ばした手を戻す。
「……図星よ。心底、司狼丸がまだ救われていないって思っているのよ、私は。夢でもそれが現れていた。闇に取り込まれようとした司狼丸を、私が助けようとして、でも何かに阻まれてそれが出来ないまま、彼が闇に取り込まれるのを見る事しか出来ない……そんな夢を、尸陰と戦った時より少し前から見るようになったわ」
「響華丸……」
あっという間なようで、少しだけ長い沈黙が周囲を包む。
それと同時に響華丸の心を、闇が茨となって締め付けようとしていたのだが、その茨を払う形で、夏芽が声を掛けた。
「大丈夫。その司狼丸さんって人を助ける為にも、あたし達はこうして集まったかもしれないんだから」
「夏芽……?」
「沙紀さんから聞いたわ。司狼丸さんは大切な人を守りたい為に、失った全部を取り戻したい為に、時間を遡れる力を手にしたって。時間を遡る事で、守れなかったものを守ろうっていうのは、それくらい愛していたんだって、あたしは思うの。兄さんは、何時だってあたしの事を守ろうとしていた。ちょっと過保護かなって思ったけど、国の未来とかよりあたしを守りたいっていう気持ちは本物だった。だから、命と引き換えでも、それを果たせた兄さんが最期に見せた顔は、穏やかだったの……」
守りたいものを守れて、満足だった男。
愛情故のブレはあっても、想い故の行いは決して偽善ではなく、貫くべき信念。
夏芽にとって、その信念を持っていた兄が誇りに思えるのだ。
「もし、また司狼丸さんが苦しんでたら、あたし達の手で助ければ良い、守れば良い、そうすれば、きっと司狼丸さんの取り戻したかったものを、取り戻せる……そう思うの」
そう話す夏芽には、家族より受けた愛、そして託された想いがある。
だからこその、強さと優しさを併せ持った笑顔に、響華丸は何処かしら安心感があった。
思えば、夢の中での自分は一人だけで司狼丸を助けようとしていたのだろう。
だが今は、現実の今においては一人ではないのだ。
それを実感した時、自然と彼女は笑みを浮かべられるようになった。
「……ありがとう、夏芽……その言葉だけでも、凄く力になるわ。沙紀や螢もごめんなさいね」
「ふふ、その素直さが響華丸の取り柄だなって私は思うわ」
「うんうん。良い顔戻って来たよ~。温め直し、と」
時間が経ってしまったので料理が少し冷めてしまった事に気づいたか、螢は即座に料理を手早く温め直していく。
それを見てクスクスと少女達の笑い声が響いたが、響華丸も御琴、お互いに視線を合わせて安心感を更に高めていた。
仲間がいるのならば、背中を預けてこそ、信じてこそ仲間。
たった一人で抱え込む理由は、何一つ無い、そうした気持ちで心を満たしていく。
と思いきや、どちらも不意に頬の辺りが温まるのを感じてしまった。
「「!」」
またしても、奥底から熱くなるのを感じる響華丸と御琴。
そこに、茶化す形で螢が料理を運び始めた。
「続きはお部屋か湯浴みの場で~。今は御飯だよ~」
「そ、そうね……」
「は、はい……!」
顔を真っ赤にさせながら、2人も料理を食堂へと運び始める。
そのやり取りに、余り事情を知らなかった沙紀はキョトンとし、経験者である夏芽は小さな笑みを絶やす事無く、各々続いて料理を運んでいった。

やがて天地丸達も琥金丸達と合流する形で食堂に到着し、全員が一斉に食事に入る。
葉樹達は別個で食事を取っているとの事だが、場合によっては同席も有り得るという説明は既に受けており、大きな問題は無い。
先程まで気まずい雰囲気を引き摺っていた琥金丸、大和丸、朱羅丸も、響華丸が自分達の方をしっかりと笑顔で見てくれたので、一先ず安心、とばかりに食事を進める。
天地丸達の方も、どうやら大丈夫だな、という面持ちで響華丸の方を見ており、談笑等も聞こえ始める。
そうした中、響華丸は心の奥底で、何かが外れる音を確かに聞く。
完全に外れたという音ではなかったが、それが何を意味するのかを、彼女は理解していた。
「(後は、私の心次第、そういう事ね……)」
今後の自分の行動によっては、転身する力を取り戻せるかもしれない。
尸陰の正体が何であれ、成すべき事を、一人ではなく仲間達と共に成そう。
一口ずつ、噛み締めて料理を味わう中、響華丸はそう誓うのだった。



←前話へ  ↑目次へ↑  次話へ⇒
あとがき

ONI達の交流メインとなりました今回。
今作バージョンの弥衛門も、この際にという事で登場させました。
一話で名前が出た信長ですが、彼が所属する組織についても、しばらくしてから明かしていく事にします。
ミルドも、十二邪王でありながらのこの過去が何を意味するのかを中心に展開していこうかと。
そして、ただの交流より、ちょっとした擦れ違いを、余り引き摺る事無くではありますが起こしてみました。
これが吉と出るか凶と出るか、既にフラグめいているかのように思えますが(笑)。

次回から、また戦闘が始まりますので、そちらもご期待を~。

↑名前をクリックするとメーラーが立ち上がり作者様に直接感想を送れます。