ONIの里

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隠忍伝説(サイドストーリー)

ONIΩ ~希望紡ぐ仔らよ~ 

桃龍斎さん 作

第参話 集うONI(後編)

数で攻めに入った時貞の兵達。
間合いを制しようとばかりに、その内の槍兵が槍を突き出して駆け、葉樹を刺し貫こうとする。
それらの槍を葉樹は軽い跳躍でかわし、敵の体勢を崩させると同時に槍の穂を踏み台とし、そこからの跳躍と共に一閃を放つ。
兵士達はその一撃で前のめりに倒れ、後方の術使いが葉樹目掛けて炎と雷撃を放つも、彼女は軽い身のこなしでそれらをかわし、銃からの光線で術使いらの顔面や胴を撃つ。
光線の威力は決して高く無いのだが、顔面に入れば一時的な失明と頭への衝撃が襲い、胴に当たれば重い一撃となって術使い達をよろめかせる。
だが数は一向に減らず、一部の僧兵達が杖を掲げれば妖しげな光が放たれ、負傷した兵士達は傷が少しずつ癒えて立ち上がった。
「これは……!?」
「神に見放されても、我等は同じように神々に見放された精霊達の力を借りる事でこのような力を使えるのだ。さあ、この者を討ち取れ!」
「くっ!!」
一転して包囲されてしまった葉樹は槍兵の槍と術使いの炎を切り払いながら再び近くの兵士達を切り捨てるのだが、致命傷を受けているにも関わらず兵士達の動きが鈍る気配が見られない。
更にそこへ傷を癒す術が入るのだから、段々と追い込まれているという事実を葉樹は嫌でも思い知らされる。
ただ、それでも慌てる様子は無く、軽く息を整えた所で地面を強く蹴り、姿勢を低くしての斬撃を槍兵に浴びせ、その胴に深い傷を刻んだ。
「っ!?」
「ぐおっ……」
大きくよろめいた反動で槍が別の兵士に突き刺さり、そこからの動きの乱れで次々と他の兵士達も転倒していく。
その間に葉樹は包囲から離脱し、改めて正面に時貞の軍を見据えた。
「戦いの勝敗は兵の数で決まる訳ではなくてよ」
「それを我らに語るとは、笑止千万。全ての人望を力で集めずして、真に理想郷なぞ作れぬわ!」
「万人に、生きとし生ける全ての人々に受け入れられる理想郷こそ、決して有り得ない世界ですわ!」
まだ傷を負っている訳ではない葉樹だが、敵の数が依然として減らない事は事実。
一時撤退しようにも、追いかけられる事を想定すると上策ではない。
幸いだったのは、敵が自分達の居場所を狙っている訳ではないという事だ。
だからこそ、敵を退ける為の策を練りながらの戦いが自分の成すべき事。
そう考えを纏めた葉樹が、距離を取って敵の出方を窺う中、時貞も左右に合図を送って兵士達を一斉に前進させる。
と、その兵士達の列に突如、一つの青白い炎の塊が飛び込んで来た。
「「!?」」
凄まじい爆発、そして衝撃が兵士達を吹き飛ばし、時貞もマントでその衝撃と火の粉を防ぐ。
自分には当たらない場所で炎が落ちた事から、葉樹は何かしらの手助けと見て一つ安堵の息を漏らす。
炎の塊は少しずつ光が失せると、その入れ代わりに巨大な異形が姿を見せた。
鋭い角、土色の鎧、そして人間とも生き物ともとれない無機質な表情と、獅子の如き銀の鬣はまさに鬼神。
葉樹にとっては見慣れない顔の鬼神ではあるが、その者こそがこの世界の隠忍であると理解するには時間を必要としなかった。
「大丈夫か?そこの人」
機械のような複合音声、その中心たる少年の声は紛れも無く正体が少年である事の証。
その気遣いに、葉樹は笑みをこぼしつつ応えた。
「助太刀に感謝しますわ。私、葉樹と言いますの。今はこの場を切り抜けて、然る後に詳しいことを」
「分かった。俺は朱羅丸。見ての通り、と言っても分からないかもしれないが、隠忍だ。訳の分からない奴等に人間達が逃げ惑っているって聞いて来てみたが、あんたはその人達とは違うようだな」
朱羅丸という隠忍も、力と姿故に忌み嫌われていた身。
それ故に彼の言葉には、葉樹の対応への安心感があった。
その一方で、時貞は少し面白くない表情をしていたが。
「隠忍か……!貴様、自分達が受けている屈辱を知らぬ訳ではあるまい?助けた人間達に疎まれ、それが間接的ながらも望まぬ犠牲を出している事を」
「確かに、否定はしない。だが俺はそれでも人間達を、何かを守らなきゃならない。この力はその為に使っているんだ。お前達のように、無理矢理意のままにしようとする奴等を放っておく訳にはいかないぜ!」
「良かろう。ならば後悔させてくれよう!皆の者、かかれ!」
改めての攻撃に、葉樹も朱羅丸も身構えて迎え撃ちに入った。

「せぇっ!!」
「うおぉぉっ!!」
葉樹の鋭い剣撃、朱羅丸の豪腕から繰り出される拳と気弾。
それらは何れも重く強力で、僧兵達による回復が間に合わなくなる程だ。
何より、数が1人増えただけで、戦況が大きく傾いている事は事実。
その中で、葉樹の動きを見ていた朱羅丸は何かしら既視感を得ていた。
細身の剣、素早い斬撃は彼女特有のものである。
しかし、剣の使い手と戦っていた経験もあったか、朱羅丸の脳裏にある人物の姿が思い浮かんでいたのだ。
「(この女の人……特に両手で切りかかっている時の動き、何処かで見たような……)」
戦いに集中すべきなのはやまやまだが、葉樹の事が気になっていてしょうがない朱羅丸。
それでも攻撃に乱れは無く、的確な一撃が兵士達を突き飛ばし、そして僧兵達をも巻き込んでいく。
回復を担当する僧兵の動きを抑えられては、流石に時貞も兵を後ろに引かせて防衛線を張らざるを得ない。
そこへ葉樹と朱羅丸の同時に放った衝撃波が来るのだから、今度は時貞の兵士達が防戦一方に持ち込まれていた。
「……これ以上は無意味だ。此処は私が仕留めてくれる!後退せよ!」
段々と兵士の負傷が大きくなっていくのを見兼ねてそう指示を飛ばす時貞。
彼の言葉に従って兵士達は下がり、代わりに時貞が剣を手に前へ進み出る。
峰の無い、十字形の柄が特徴たるその剣の刀身は銀色に輝いているが、その周囲を黒紫色の異様な気の渦が取り巻いており、時貞の心の動きとしてとらえてもおかしくないものである。
「十二邪王、時貞が剣……その身でしかと味わうが良い!」
一足飛びから、横へ振り抜かれる時貞の剣。
それを受け止めるは下策と見て、葉樹も朱羅丸も左右に分かれて避け、時貞も僅かに間合いの近い朱羅丸の方へ狙いを定めると、着地と同時にそちらへ飛ぶ。
「おぉぉっ!!」
朱羅丸が迎撃として放った拳が時貞の剣とぶつかった途端、激しい閃光と火花、そして衝撃が走って両者を僅かに後方へ押しやる。
巨体の朱羅丸の方が少し体勢を崩していたが、時貞は背後から斬り掛かって来た葉樹の剣を受け止め、そこからの返しの太刀を繰り出す。
「甘いですわ!」
「言葉を返そう!」
葉樹が太刀を避けて放った刺突に対し、時貞の左手から放たれた閃光が彼女の攻撃を逸らす。
そこから勢いの残っている剣を時貞は思い切り振り下ろそうとするが、朱羅丸の気配を察知してそちらに剣を振るいながらも、鋭角に軌道を変えて葉樹にも一撃を放った。
「っ!」
「女、犬というよりも狼!太刀筋にそれが出ているな!」
間一髪の回避に成功した葉樹に、思わず時貞も称賛しつつも、一撃を腕に受けて装甲に傷が入った朱羅丸に追撃の太刀を放つ。
「こうすればどうだ!?」
「むっ!?」
朱羅丸も回避より守りと攻めを重視した体躯(たいく)を活かし、その大きな両手で時貞の剣を掴み取り、体重を掛けて彼を地面に押し倒そうとする。
「この私を侮るな!」
だが十二邪王を名乗るだけあってか、時貞は少年とは思えぬ筋力で朱羅丸を跳ね除けて防御を崩すと、がら空きになった胴目掛けて剣を突き出した。
「ぐぅっ!」
咄嗟に身を捩って直撃は免れた朱羅丸だが、時貞の鋭い剣は鬼神の胴を装甲ごと切り裂き、傷口から青白い血を流させる。
その痛みに唸り声を上げながらも、朱羅丸は左拳を掬い上げるように振り、時貞の胸元に一撃を撃ち込んだ。
「何と……!」
鋭く重い拳に、僅かながらも胸元が軋む音を耳にする時貞。
その閉じた口からは僅かに赤の血が流れ出たのだが、吹き飛ばされた衝撃を殺して着地したのも束の間、葉樹の次なる行動を目の当たりにした。
「!?い、いかん!」
「蛭子流剣術・地斬突(ちざんとつ)!!」
細身の剣を両手の逆手持ちで掲げた葉樹は、思い切りその剣を地面に突き刺す。
するとそこから、彼女の前方即ち時貞とその軍勢に向けて地面の亀裂と地走りが猛スピードで生じ、彼等の立っている地面を粉々に砕きつつ、兵士達に無数の傷を刻む。
時貞も左手から光の盾を展開させて防ぐのだが、それでも後方へ押しやられ、大きく間合いを離されてしまっている。
だが、この光景に一番に驚いたのは朱羅丸だった。
「(今のは……あいつが使ってた技だ!葉樹って人は、一体何者なんだ……?!)」
かつて自分が戦った敵が使っていたものとそっくりな技を見て、朱羅丸はその敵の姿を葉樹の姿と重ねていた。
もしやその敵の敵討ちなのか、あるいは……
彼がそうした疑問を抱える中、これ以上の戦いは無意味と見てか、攻撃が治まって防御を解いた時貞は部下の様子を確認した後に剣を納め、兵を退かせ始める。
「侮れぬな、時空監査局。強敵にして我等が壁は、ONIだけではないという事か。だが次もこう行くとは思うな!」
そう言い放った時貞も、背後に開かれた黒紫色の穴の中へ兵達と共に入り、穴と共に姿を消した。

戦いが終わったと確認した葉樹は一息吐くと共に剣を納めるが、朱羅丸の方は彼女を警戒しているのか、鬼神の姿のままで彼女を見詰める。
その意味を理解していたか、葉樹も自分の方から口を開いた。
「まず、人目につかないところへ。お互いこの世界の人間には嫌われているようですから」
「あ、ああ」
まだ信用出来るか分からないものの、言う通りに動いた朱羅丸。
数分後、深い森の中で葉樹は本題を切り出した。
「私の本名は蛭子 葉樹。時空監査局という、時空間の歪みなどを取り締まる組織の者ですわ。『七福神』という犯罪組織をご存知でして?」
「……時空だか取り締まりだか、犯罪だか知らないけど、『七福神』ってのは間違い無く俺達が戦った連中だ」
「あなたが……では、彼等の中でタキヤシャという名の男を倒したのも、あなたでして?」
「!?もしかして、あんたは……!」
段々と不安が高まっていく朱羅丸。
敵の事を知っているにしても、先程の剣の事もあって葉樹とタキヤシャの関係が只ならないものと理解しての事だ。
それは無理も無いとばかりに、葉樹は小さな笑みと共にお辞儀で答えた。
「はい。タキヤシャという男の本名は蛭子 月豊。私の実の父であり、世の未来の為に敢えて悪を歩み、義と武に殉じた人です。私達の方で父の遺体は回収させてもらい、その死に顔は私だけがしかと確かめました。そして、あなたが父の最期のお相手をし、父の心を満たしてくれた事、感謝しております」
「……え?」
少なくとも、険悪な仲という訳ではないが、目の前の女性が父を殺された恨みを抱いている様子が無い事に耳を疑う朱羅丸。
だが、『七福神』の本来の目的たる、『未来における人口問題の解決』を思い出したのか、彼は警戒心と共に転身を解き、軽装の鎧を身に纏った青い髪の少年の姿になった。
「……道理で似た太刀筋だったんだな。でも、敵じゃなくて、俺と一緒に戦ってくれた。なのに、疑ったりしてごめん……」
「いえ、お気になさらずに」
謝罪もそうして受け取る葉樹は内でしっかりと安心し、朱羅丸の手を取る。
「此処では少々他の方に迷惑を掛けますので、監査局の方で続きをお話ししましょう」
「分かった。あの時貞って奴の事を考えると、どうも只事じゃあ無いみたいだから、色々と聞かせてもらうよ」
朱羅丸も葉樹の案内に応じた所で、2人は転移の光の中に入り、監査局へと戻って行った。


番号:291番……


京の都、そこはあらゆる時代、あらゆる世界の日本において共通して花の都と呼ばれている。
この291番の京も例外ではなく、それゆえか此処に悪鬼達が攻撃を仕掛けていた。
「こいつら、また性懲りも無く来やがったな!?」
逞しい肉体を持つ退魔師=砦角の言うように、悪鬼の群れは十二邪王の一斉進撃第一波において、この世界にも来ており、今回も前回と同じくこの京を襲っているようだ。
その数はかなりのもので、砦角一人で対処し切れるか否かと言ったところである。
そこへ高野丸が天地丸、音鬼丸、御琴を連れて駆けつけて来た。
「!?お前等、此処に来て大丈夫なのか!?」
「秘女乃の方は大丈夫!香薔薇と蛇薔薇が守りに入っている!」
「隠れ里の方も、茨鬼達がこの時の為と準備していたおかげで敵を撃退出来ている。此処が一番苦しそうな場所みたいだな」
「ありがてぇっ!!」
頼もしい援軍を受けて、砦角が手にした鈎爪で目の前の悪鬼を切り裂いていく。
続いて高野丸が錫杖を巧みに振るって悪鬼達を家屋から引き離し、天地丸と音鬼丸が大通りに展開している敵の群れを斬る。
御琴は4人の後方から弓で援護しながらも、背後に回り込んでいた敵に対しては弓を槍のように用いて切り払い、術で間合いを取る。
それらの攻撃で、最初に居た悪鬼達は殆ど倒されたのだが、悪鬼達が攻撃の手を止めて唸り始めた途端、天地丸の睨む先で黒紫色の霧が噴き上がり、中から赤い翼を持った男が姿を見せた。
長髪と顔は美しいものの、その眼差しは禍々しく、誰もが悪鬼達の頭領であると認識出来るものである。
「転身もさせずにやられるとは……否、転身せずとも此処まで奮闘出来る貴様らを褒めなければならないか」
「お前がこの妖怪達を操っている者か。何者だ?」
男は天地丸の問いに、翼の羽ばたきで悪鬼達の唸りを止めると共に答える。
「私は大魔縁。日本の帝が一人、その悪しき心の具現。魔封童子こと天地丸よ。この世界のお前が妲己、酒呑童子を倒した事は既に知っているぞ」
「その敵討ちをして、この世界を支配しようというのか?」
「最後には、な。だが最初に成すべきは、貴様らONIの排除だ。支配をするのは邪魔者全てを消し去ってからとしている。さあて、見せてもらおうか。私と並び立っていた2人を負かしたその実力を」
大魔縁はゆっくりと右手を掲げると、その手に妖しく輝く錫杖が握られ、その先端からの雷撃が天地丸達の足元に叩きつけられた。
「「!」」
咄嗟の判断が間に合って避ける事が出来た天地丸達だが、大魔縁は身を屈めた途端に天地丸目掛けて錫杖を突き出す。
これを寸での所で避けたつもりだった天地丸は、左腕に鋭い痛みを覚える。
錫杖の突きは先端から迸る電撃のみならず、錐揉みが掛かっている事でカマイタチも呼び起こし、それが天地丸の腕を裂いていたのだ。
無論そこからの追撃が来る事は彼も予測済みであり、懐に入った所で剣による斬り上げを大魔縁に放つ。
「むっ!」
攻撃が当たってもその程度では怯まぬか。
そう思いながら大魔縁は天地丸の反撃を飛翔して避け、錫杖を戻す勢いで彼の背を打とうとしたが、先端の輪を御琴が射抜き、地面に縫い止める。
矢そのものを抜き取るのは造作も無かったが、それだけで天地丸に離れる隙を与えるには十分。
そこから音鬼丸と砦角による挟撃、そして高野丸の錫杖から迸る水流が大魔縁に炸裂した。
「ふっ!こうでなくては困るな」
だが大魔縁の笑みと共に振るわれた錫杖は一瞬で無数の弧を描いて鉄壁の防御を作り出し、3人の攻撃を全て受け止めただけでなく、音鬼丸と砦角を羽ばたきによる風圧だけで吹き飛ばす。
「ぐっ……!」
「野郎!」
顔に小さな切り傷を負った2人は飛ばされながらも地上に着地し、大魔縁の次なる出方を見る。
「私一人で来るには、少々欲を張ったのやもしれんな。まあ良い。策略好きの奴等に手柄を取られたとあっては、妖怪の中で最凶と恐れられた大魔縁の名が泣くというもの」
「「!?」」
言葉が吐かれた途端、天地丸達は突如自身の身体に痛みを覚える。
彼等の肩や頬、足を何かが切り裂いたらしく、何時の間にか切り傷が開いて血が流れ出ていたのだ。
「い、今のは一体何だったんだ!?」
「全く見えなかった……!殺気を瞬時に感じ取れたが、それこそが手遅れのような……」
何とか傷を術で癒せる余裕は出来たが、砦角が声を荒らげ、天地丸が冷や汗をかく中、大魔縁の闇から響きそうな笑い声が聞こえて来る。
「ククク……言ったはず。私は最凶と恐れられた妖怪だとな。さて、次は何処を狙って欲しいかな?」
またも見えない攻撃が来る。
そう予見して天地丸達は大魔縁の正面から離れようと動くが、御琴だけは距離が離れていた事もあり、4人が動いた直後に矢を連射しながら右へ駆ける。
すると、矢は独りでに全てボロボロになり、彼女の居たところの周辺の地面に鋭い刀傷が刻まれた。
「これは、もしかして……!高野丸さん!」
「!分かった!」
生じた刀傷を確かめた御琴の言葉を合図と見て、高野丸は彼女と同時に術を放つ。
御琴は炎を、高野丸は水流を大魔縁に向けての攻撃だったが、それらは大魔縁の目の前で切り裂かれて消滅してしまう。
だが、その瞬間を天地丸達は見逃さなかった。
炎も水流も、手裏剣のような小さな刃で無数の傷を作りながら消えていったのだ。
つまり、それこそは大魔縁の放った攻撃の正体に他ならない。
「大魔縁、今の攻撃は圧縮した風の刃だな!極限なまでに薄くすれば、音も流石に小さくなる。そして斬れ味も増すという事か!」
「そうだ。我が力で一部の空気を刃と変え、それを放ったまでの事。もっとも、これはほんの小手調べだがな。生身ながらその傷で済ませれるとは、それについても褒めてやろう」
「へっ、御大層な事を言いやがって!まだ力を隠しているんだろうがよ」
「ふ、そこの男、顔に似合う粗暴な口だな。では貴様から葬ってやる」
砦角が前に踏み込み睨めば、大魔縁は目を細めて彼に狙いを定め、突進を繰り出す。
「うおっ!?」
羽ばたきから、掬い上げるような急降下を薄皮一枚でかわした砦角。
だが彼が反撃の爪を繰り出そうとした途端、両肩と両膝に小さな切り傷が生じて僅かによろめいてしまう。
「砦角!」
「ちぃっ!だが掠り傷な上に、一発浴びせれたぜ」
冷や汗ながらも作り笑いを見せる砦角の言うとおり、振り返った大魔縁の髪の端が僅かに切れ、それがハラハラと地面に落ちる。
「ほう、やはり天地丸の仲間と言うだけあって、油断は出来んな。本当ならばもう少し深く切り刻めたはずだが、人間の姿でも大した頑丈さだ。では、標的を変えるとしよう……」
気に障るどころか感心する大魔縁が目を閉じたかと思うと、彼は翼を広げた瞬間に姿を消し、天地丸が一早く御琴の方に目を向ける。
大魔縁が次に狙ったのは、5人の中で一番腕力に劣る御琴であり、彼女が背後からの殺気に気づくと同時に大魔縁の錫杖が振り上げられる。
それを見てすぐに駆け出そうとした天地丸だが、御琴が振り返ったのも束の間、錫杖は×の字を描くように振るわれ、閃光が迸った。

「み、御琴……!!」
直撃を受けてしまったと音鬼丸は最初感じていた。
振り返った途端に目にも止まらない連撃が炸裂したのだから、そう考えるのも無理は無かった。
事実、御琴は胸元に十文字を傾けたような傷を刻まれ、大きく仰け反っており、大魔縁も手応えありとばかりにニイッっと笑っている。
しかしその笑みは、御琴が浮きかけた足を踏み締めた事で消え去った。
「……っ!私は、あなたが思っている程か弱くありません!」
傷は深いかと思いきや、浅く、出血量も僅か。
振り向いた瞬間に御琴は守りの結界を咄嗟に展開し、攻撃を受けると同時に敢えてその勢いに乗る事で、威力を殺していたのだ。
「やぁっ!!」
そしてキッと大魔縁を睨むその瞳は鬼神の一族に相応しい輝きを放ち、凛とした掛け声と共に突き出された左手からの雷撃が大魔縁の胴を捉えて突き飛ばす。
突き刺さった雷撃は彼の衣を僅かに焦がしただけだが、そこからの痛みは大魔縁も無視出来ないものだったらしく、僅かに顔が苦痛でしかめられていた。
「(そ、そうだ。御琴も僕や伯父さんに負けないくらい鍛えていたんだ)」
安堵の息を漏らす音鬼丸に対し、高野丸も砦角、気丈な御琴の反撃に少し驚嘆していた。
「御琴……思った以上に強くなってたんだな……」
「……ったく、ヒヤッとさせてくれるぜ」
既に御琴は大魔縁から離れており、胸元の傷を回復させてから彼を見据えつつ弓を構えている。
その姿は、一緒に戦った身ながらも天地丸にとっては頼もしく思えた。
「(響華丸との出会いが、確かに御琴を強くしている……こればっかりは流石に奴にとっても計算外だったろう……)」
一方で、大魔縁は御琴を睨みつつ歯軋りを僅かにしていた。
「この私としたことが、失念していたようだな。天地丸に負けず劣らぬ力を持ち、ジャドを負かした少女が居た事を……」
「!?その名前……まさかお前は未来から来た妖怪か!?」
「あるいは、羅士の残党……!?」
「ジャドが、甦ったというのですか!?」
ジャドの名は、天地丸や音鬼丸もそうだったが、特に御琴にとっては覚えあるものだ。
先に時空を超えてこの世界、この時代にやって来た羅士達を率いた少年。
御琴と親しくなったメイアを欺き、その心を苦しめながらも、最期にはエレオスに謀られて殺されたジャドが蘇っている。
その事実に、御琴の瞳は僅かに揺れていた。
「小娘、確か御琴と言ったな。お前の問いについては正解、ジャドは我が軍の新参だ。そして此処まで来た以上は隠す理由も無い」
御琴の瞳の揺れが治まり、弓が引き絞られ直された所で、大魔縁は言葉を紡ぐ。
「我らは時空を超えて世界を支配せんとする者……私はその上に座する十二邪王が一人だ。ジャドもまたその一員」
「と言うことは、響華丸さん達の事も知っているんですね?」
「そうだ。もっとも、その女についてはジャドよりも、もっと詳しい者が我が軍にいるがな」
「さっきから話が見え辛い事を言いやがるな、天狗野郎。俺達を殺して世界を支配する以外に、何の狙いがある?」
「ただ単に自分の強さを示したい訳じゃあないようだ。それに、戦っている時に良く僕の方を見ていたな?もしかして、僕が狙いなのか?」
砦角、高野丸が割って入る。
高野丸は、大魔縁が常に自分に視線を向けていた事が少し気になっていたようだ。
響華丸と出会った事がある故の自分の推測、それこそが十二邪王の目的であろう。
大魔縁もその問いに翼を広げながら答えた。
「最優先ではない。どちらの世界であろうとも高野丸、お前を狙うに十分な理由が無いのだからな。もっとも、ある程度はお前達の考える通り、とも言っておこう。真に全てを支配するが、我らの狙い、とな」
「ほう、時空を超えるだけじゃなく、もっとデカい意味での支配か。だが俺達がそいつを阻止してみせるぜ」
「無理だな。さて、仕留めれるかと思ったが……」
言いながら自分の耳元に近づいた羽虫の方を見る大魔縁。
それがジャドの作り出した偵察用の小型メカである事は天地丸、音鬼丸、御琴には分かっていた。
メカから放たれた声は、全く違う人物のものだが。
『大魔縁、作戦時間を大幅に超過していますが、予想外の出来事ですか?』
「……でなければ、既に戻って来ているはず。今回は此処で切り上げさせてもらうが、良いか?」
『良いでしょう。ジャドのおかげで良き収穫が得られました。次以降で敵を仕留めてしまえば良いのです。さ、早く帰還なさい』
「分かっている」
声の主は尸陰であり、その会話を終えた大魔縁は天地丸達を見ると同時に上空へ飛翔して去って行った。
「時間だ。続きは次に会った時の楽しみとして取っておこう」
そう言い残して。

流石に深追い無用と、天地丸達は踏み止まり、大魔縁の気配が完全に無くなるのを確認すると、周辺の瓦礫を片付けたり、逃げ遅れた人達を探しに入る。
幸い、砦角が戦いを始めた時点で全員が避難していたらしく、怪我人も死人も出ておらず、家屋もさほど崩れていないようだ。
と、それを天地丸達が伝え合った所で大通りの中央に淡い光の柱が降り、中から白金の髪と緑の瞳を持った少女が駆け込んで来た。
この時代にやって来たメイアだ。
「!御琴……!良かった。無事で!」
「メイアさん!」
戦いが終わって無事な状態という事実にホッとしたメイア。
御琴も再会を喜んだが、それも束の間で、メイアは真剣な表情でこれまでの自分が知りうる事を全員に伝える。
状況をさほど知らなかった高野丸と砦角は此処で改めて時空監査局が何かというものを知ったのだが、次の情報に、天地丸達は驚きを隠せずにはいられなかった。
既に敵の攻撃は始まっており、羅士の事件とは比べ物にならない規模で戦いが起こっている。
響華丸達もその戦いに巻き込まれており、安心出来ない状況が続いているというのだ。
「……お願い、皆。一緒に戦って……!」
メイアの頼みを断る理由は無い。
だから天地丸が無言で頷くが、彼は此処にいる全員で向かう訳には行かないとしており、高野丸と砦角にこう言う。
「2人はこの世界に残っていてくれ。恐らく奴等の事だ。手薄になった所を攻めて来るに違いない。それに備えた守りを頼む。琴音や茨鬼にもそう伝えてくれ」
「分かりました。3人も気を付けて……」
「あいつらの言っている事を考えると、かなりの手練ってのは間違いねえ。くれぐれも無茶はすんなよ」
2人も天地丸の意見を受け入れたところで、メイアは天地丸、音鬼丸、御琴を連れて、自分が通って来た光の柱の中へと案内する。
「じゃあ、お願いします!」
「必ず、全員で帰って来ます。高野丸さんも砦角さんも気を付けて……」
音鬼丸と御琴がそう告げた所で、4人は光の柱を昇って行き、それを見送った高野丸と砦角も互いに頷いてその場を後にした。

「そう、天地丸さん達が……」
高野丸の妻であり、男の赤ん坊を抱えていた秘女乃は、戻って来た高野丸から事の一部始終を全て聞いていたのだが、その顔にはハッキリと歯痒さ、もどかしさが見えていた。
自分も戦えれば、皆の力になりたいと。
だが、彼女は母親となっており、それ故に力はかつて程のものではなくなっている。
羅士との戦いでそれを嫌という程思い知らされており、その時高野丸や砦角が居なければ自分の子供諸共捕らわれていたか、殺されていたであろう事も痛感している。
だから今回は子供を守る上でも、この場に留まらなければならない事もまた、渋々受け入れているようだ。
「羅士とかいう妖怪もどきの次は、時空を超えて来た妖怪共か……全く暇な奴等じゃ」
高野丸の祖父である妖奇老の方は鬱陶しそうに溜息を吐いており、その様子には毎度の事ながら高野丸も呆れざるを得ない。
「今度の戦いは、下手をすると全部の世界の歴史に関わる事かもしれないんだ。敵が暇な訳ないだろ?じいちゃん」
「うるさいのう。復讐やら支配やらで戦いに巻き込まれてはかなわん、そう言っとるのだ」
「確かに、そうだけど……」
2人のやり取りは、笑い話ではない。
今回この世界だけでなく、あちこちを襲うという事はとてつもなく恐ろしい事だ。
それは聞いていた秘女乃はもちろん、高野丸と妖奇老も十分に理解していた。
「僕達が、この世界を守るんだ。天地丸さん達の帰って来るこの世界を……」
「ええ……この子や、遠い未来の人達の為にも……」
「……死ぬでないぞ、天地丸達よ……」
同じ結論に行き着いた3人は、戦いの早い終結、そして天地丸達の生還を祈る。
同時に、他の世界、他の時代の仲間達の無事を……


番号:297番……


九州地方、小仲村。
そこに、しばらく振りという事で琥金丸とリカルドが旅から帰って来ていた。
妖怪達との戦いを始める前までの、未熟な部分はすっかり影を潜めており、今では立派な剣士になりつつある琥金丸。
彼の帰還に、母の弥生だけでなく、鹿護村から来ていた常葉丸と静那も迎えに来ていた。
「ただいま、母さん!」
「お帰り、琥金丸。また一つ、大きくなったみたいで嬉しいわ」
「アイムホーム……っと、此処はワタチのホームじゃなかーったデースネー」
「良いじゃないか。戻って来た事に変わりはないんだしよ」
「そうそう。心が温まる場所なら、何処であれ”ただいま”は大切だわ」
微笑ましい再会、そこに琥金丸は安心感があった。
戻って来ても自分の母、そして仲間や師が温かく出迎えている。
鬼神の身であるが、自分は一人ではない。
だが、その事を一番に教えてくれた伽羅はもう居ない。
妖怪の手先であった故に自分を騙し、しかし自分を守る為に犠牲になった伽羅は……
「……忘れられないか?」
「ああ。だからこそ、強くならなきゃって思っている」
常葉丸も琥金丸の様子に気づいており、静那も師としての言葉を琥金丸に掛ける。
「その強さは、腕っ節だけじゃあダメよ。折れず、砕けない心……それこそが、今あなたに必要なものだから」
「……はい」
伽羅の死は、自分の心の弱さの為。
それを天地丸に指摘され、悲しみを乗り越えて琥金丸は真の鬼神の力に目覚めた。
あの悲劇を、絶対に繰り返してはならない。
その誓いが、伽羅を死なせた事に対する償いになるだろう。
そう信じての彼の頷きを見て、弥生は少し曇りかけた雰囲気を戻すべく纏める。
「さあ、長旅でしばらく食べてないだろうから、おしるこを作ってあげなきゃね」
大好物が食べれると聞いて、琥金丸の沈みかけた顔に明るさが戻る。
その部分はやはり子供っぽいのだが、今この場では大切なものだと、常葉丸と静那も察して笑顔になっていた。
「!さんきゅ……じゃなかった、ありがとう、母さん!」
「オウ、琥金丸サン!ワタチの国の言葉、自然と口から出て来マーシタネー」
「はは、流石にリカルドと一緒だったから、異国語も染み付いて来たかな?」
「まあな。何時までもリカルドに説明してばっかりって訳にも行かないからさ」
「その心がけも、大切にね。じゃあ、早速家に……」
5人が琥金丸の家に足を運ぼうとしたその時だった。
それまで青空だった空が、突如雷鳴と共に暗雲に包まれたのは。

「「!?」」
ただならぬ気配、それは琥金丸達からすればもう感じ慣れた、しかし油断出来ないもの。
真っ先に琥金丸は村の出入口の方に目を向けると、そこに紫色の妖しげな輝きをした雷が落ち、それと同時に1人の少女と、異様な化け物が2匹姿を見せた。
「……この臭い……成程、大当りね」
少女=ミルドは軽い呼吸から嗅ぎとった臭いから琥金丸の方へ視線を移すと、偶然ながらも彼と目が合い、それに応じるかのように目を細める。
「お前達は……!?」
「……ビーキャーフルデス、琥金丸サン。あのガールは間違い無くモンスターデス。アンド、横にいるモンスターの内、トカゲな方はバシリスク、鶏の方はコカトリス言います。どっちもメデューサやゴーゴンと同じ、呪いで人間をストーンにシマース……!」
リカルドの説明が聞こえていたのか、バシリスクとコカトリスは高らかに笑いつつ、逃げ惑う者達の中で目を合わせた者を次々と石にしていく。
「ハハハハ!その通り!我らはこの通り、人間共を石にする力を得た者達!」
「けれどもメデューサ達と一緒にされては困るわ。私達はこの時を、呪いの視線を持つ者達の頂点に立つ時を待っていたのよ!」
「ああ!か、身体が……石に!」
「た、助け……」
「下がっててくれ、母さん!母さんも石にされちまう!」
「え、ええ!気をつけるのよ!」
ドンドンと逃げ遅れた者達が石になっていく中、琥金丸達はバシリスクとコカトリスの夫婦に出来るだけ目を合わせぬよう、ミルドの方を睨む。
リカルドは手にしていた十字架でバシリスクとコカトリスの視線を遮っていたが、そこでふと違和感を覚えた。
琥金丸、常葉丸、静那は目を覆う様子も無くミルドの方を見ていたのだが、夫婦の方と一瞬目が合う時があっても、3人が石になる傾向が見られない。
代わりに、少し身体が痺れたのか、身構えようとする身体の動きが僅かに鈍っているだけだ。
その疑問への答えは、ミルドがゆっくりと歩きつつ出していた。
「……噂通り、鬼神の血族は石化の呪いに幾分か耐性があるようね。まあ、そうでなければあんた達2人も退屈するでしょうけれど」
「ああ。石化の呪いに勝てて初めて俺達と戦う権利があると言うからな」
「もっとも、我等の力ならば、鬼神だかONIだか知らないけれども倒すに苦労は要らないわ」
自分達を知っているような口振りに、静那は剣を構えて反応する。
「あなた達、まさか未来から来たっていうの……!?」
「何処からでも良いじゃねえか。お前等は此処で死ぬんだしよ」
バシリスクがそう切って返した所で、ミルドは琥金丸と向き合い、腰に挿していた剣を抜く。
細めの剣は琥金丸の剣よりも軽く、しかし鋭いようにも見えた。
「……お前は一体……」
「私の名はミルド。父が世話になった、と言えば分かるかしら」
「!感じた気配に覚えがあると思ったら……やっぱりお前は、吸血鬼の娘……!」
忘れるはずも無い、かつての敵。
伽羅を操り、弄び、そして自分を生贄にして魔王サナト・クマラを蘇らせようとした妖怪の首領。
彼の存在と共に、ハッキリと伽羅の死の光景が思い浮かんだ事で、琥金丸は心の内から怒りの炎を燃やし始めていた。
それが視線に現れていたのを感じ取ったミルドだが、何を思ったか、構えかけの剣を下ろして背を向けようとする。
「……父を倒した鬼神がどんなのかと思ったら、腕前はともかく、背中を丸めっ放しの甘ちゃんだったとはね」
「何だと?!」
「戦わなくても、結果は見えているわ。鬼神の力を使ってようやっと私と互角って所。まあ、背筋が伸びていれば話は別だけれど」
まるで興醒めしたかのようなミルドの言い方だが、真実が見えているだけに琥金丸は言い返せない。
だが、それでも蟠(わだかま)りを断ち切らんと、剣を突き出して彼は吼えた。
「だとしても、俺はお前達のように人々を苦しめている妖怪達を見過ごす訳には行かない!」
「琥金丸……」
このまま琥金丸が戦っても、危うい状況である事は常葉丸も分かっている。
ただ、以前の彼とは違い、自分から討って出ようとする動きを見せない事から、無鉄砲さが無くなっている事が唯一の救いだ。
それはミルドも分かっていたらしく、小さな溜息と共に琥金丸の方へ向き直り、剣を構える。
「気概はまずまずのようね。それに免じて、軽く手合わせしてあげる。言っておくけど、私を父と同じように見ない事ね」
そうして2人は向かい合い、剣を交えようかとした。

「ちょっと待ってくれる?」
「「!」」
ふと、村の出入口から別な少女の声が聞こえ、琥金丸達もミルド達もそちらを見ると、響華丸と江が歩いて来る姿が目に入った。
「何だ、仲間がまた2人来ちまうとは」
「良いじゃない。私達が戦えれば良いんですもの」
バシリスクとコカトリスが己の相手と見て響華丸と江に挑みかかろうとするが、それをミルドが制する。
「誰もあんた達2人が戦うだなんて言ってないわよ。用件は、私の方にあるみたいだわ」
「……ちぇっ」
「ま、こっちか向こうが動けばってところかしらねぇ……」
折角の楽しみがお預けとなって頬を膨らませるバシリスクだが、コカトリスの言葉もあって渋々受け入れ、彼女と共に響華丸達の道を開ける。
響華丸はそれを受けて左右に気を付けながら琥金丸の横まで歩き、江がその横を通り過ぎて常葉丸達の横に立って彼等に笑顔で話しかけた。
「後で話すが、あんたらの味方さ。助太刀が間に合って良かったぜ」
「あ、ああ」
突然の援軍に常葉丸達が戸惑う中、響華丸もミルドの方へ振り向いて話を再開する。
「十二邪王の一人、かしら?」
「ええ。こっちの2人も、2人で1人分ながら十二邪王よ。私はミルド。ミルド・アルカナ。あんたが尸陰の言っていた、響華丸ね」
2人は知り合いという訳ではないが、ハッキリ言えるのは敵同士であるという事。
琥金丸はそう読み取りつつ、2人の話に入る。
「響華丸、か……そっちのが言ってたように、俺達の手助けを?」
「ええ、江って言うの。私は色々あって、御琴の親友になっている。無論、それを今から証明しようと思っているけれどね」
「御琴の、親友……」
自分の知らない内に状況が変化しているらしいが、今はこの場を切り抜けるしかない。
御琴の親友を名乗る以上は、その証拠も含めて信じるまで。
だから、琥金丸は頷きと共に剣を構え直し、それに応じる形で響華丸も剣を抜いてミルドと向き合った。
「……響華丸の方は、俯いていないとはいえ、若干前屈みね。ただ、2人だったらちょうど良いわ。同時に掛かってらっしゃい」
「……じゃ、行くわよ。琥金丸」
「……おう!」
戸惑う必要は無かった。
響華丸が御琴の親友であれば、自分の名前を知っていても不思議ではない。
だから答えも決まっていた。
たとえミルドが自分達の心を見透かしていたとしても、やるべき事は同じである。
それは響華丸も同じであり、彼女と共に琥金丸は駆け出し、戦闘を始めた。
「さて……」
細めの剣を片手に握ったミルドは2人の打ち込みに、その場からの横薙ぎで迎え撃つ。
2人の上下の一撃とミルドの横の一撃は同時にぶつかり合い、火花が激しく飛び散るのだが、それが終わるのを待たずにミルドは反発の衝撃を利用してクルリと横の一回転と共に返しの太刀を放った。
「なんの!」
一番先に攻撃を受けるであろう琥金丸がミルドの剣の鍔元を打った事で太刀が止められ、彼女がその剣を弓のように引いて突きを放とうとすれば、響華丸が疾風の如く駆けての、突撃に似た袈裟斬りを繰り出す。
ミルドはそれも引いた剣で受け流し、空いた左手から炎を放って2人を突き飛ばした。
「「!!」」
「悪くないわね。でも、まだまだ」
炎による火傷は無いに等しく、2人はすぐに受け身を取って着地出来たものの、ミルドは特別疲れた気配は見せず、そのままマントをはためかせて飛翔し、急降下攻撃を行う。
まるで鳥が獲物を捕らえるかのようなその鋭く速い攻撃を響華丸も琥金丸も横へ避け、ミルドの剣が地面に突き刺さった所で連撃を繰り出そうとする。
しかしミルドはすぐさま剣を引き抜き、瞬時に無数の弧を描く連撃で迎え撃って来た為、2人の剣は全て防がれてしまい、逆に弾き飛ばされてしまった。
「くっ!」
「こいつ……!」
「2人でようやっとついていけるって訳かよ……こりゃ手強いぜ」
「ンー。あのガール、ベリーストロングデース」
左右の家屋に叩きつけられた2人は立ち上がれはしたものの、ミルドの強さには2人のみならず、常葉丸達も江も驚かざるを得ない。
一方でミルドの方は退屈で溜息を吐こうかと思っていたが、ふと自分の両頬に僅かな痛みと湿りを覚えたので、左、右の順に左手で頬に触れる。
そこには、うっすらと血がついており、両頬も何時の間にか小さい切り傷が入っていた。
「ふふ、2人共、私の相手としては合格よ。但し、その腕で尸陰達を打ち倒せるかどうかは分からないけれどね」
「(その割には、結構手加減している……本当に手合わせ、だな)」
未だ余裕を見せているであろうミルドの笑みに、琥金丸は冷や汗を掻く。
響華丸も苦々しい表情ながら、息を整えてミルドの、そしてバシリスクやコカトリスの出方を見ていた。
「(傷は癒えていても、私に何か引っ掛かりがあるのを、この人は知っている……ミルド・アルカナ……尸陰とは別の、厄介な相手だわ)」

まだ続けるか否かという沈黙。
それが十数秒続いた所で、ミルドの方から再び攻撃を始める。
狙いは響華丸であり、琥金丸から突き放す形での連撃が彼女を襲った。
「っ!」
重さは劣るも、軽さと鋭さで上回るミルドの剣は狼の爪や牙を思わせるもの。
それらを剣で受け流していく響華丸だが、防御の隙間を縫う攻撃が彼女の腕や足を容赦無く切り裂く。
琥金丸も見守っているばかりではいられず、ミルドの横から切りかかりに入った。
「あら、後ろかと思ったけど」
背を向けたままの突きをかわしての横からの斬撃に、さほど驚いた様子でもなかったミルドは一歩下がって琥金丸の太刀を避け、剣を戻した所で左手から衝撃波を放つ。
虚を突いてのそれは琥金丸の胴を捉えたかに見えたが、彼は流れる風のようにその衝撃波をかわし、巻き込むような振り下ろしをミルドの肩に浴びせようとする。
そこに合わせる形で響華丸も低い姿勢から地面を削り取るように剣を振り上げ、ミルドの左足を狙った。
「っと……!」
此処で初めてミルドが顔を顰め、2人の剣から抜け出すように飛翔し、頭上から2回、思い切り剣を振るうと、剣の軌跡が鋭い風の刃となって飛ばされる。
琥金丸はその刃を剣で受け止め、響華丸は間を縫うように避けながら跳んでミルドに近づくと、何時の間にか剣を納めていた状態からの抜刀で彼女に一閃を見舞った。
「!!」
左手から黒紫色の気を放って盾とし、それで響華丸の剣を防いだミルドだが、次に琥金丸が瞬時に頭上を取って大きく振りかぶった剣を、流星の如き勢いで振り下ろす。
その剣と、ミルドが守りの為に構えた剣とがぶつかり合い、重さと速さが乗せられた一撃によってミルドが地上へと押し戻された。
「……本当に良い筋ね。でもこの程度では流石に私の首を取るにはまだまだ遠い」
地上への激突は軽い着地で済ませ、追って降りて来た2人の剣に対してマントを翼のように広げて盾の如く防いで左右へ押し戻すミルド。
彼女が言うように、その様子にはまだまだ余裕があるらしく、青い髪を掻きあげる程。
その仕草で、髪から汗が星の煌めきのように舞い散っているのが良く見える。
「ふふ、良い汗をかかせてくれるわね」
「?」
楽しんでいるかのようなミルドの戦い方は、琥金丸からすれば意外に思えた。
自分が父の仇であるというのに、その事に対する憎悪がまるで感じられない。
今はまだ自分を倒す時ではないという理由があるとしても、その場合でも殺気や憎悪はあるはず。
だが、ミルドという少女の剣や瞳には、一切の憎悪が込められていないのだ。
それは響華丸も同じであり、余計にミルドが不可思議な存在に見えたようだ。
「……あなたは私狙いじゃあないようだけれど……?」
「否定しないわ。但しそこから先を知りたいのなら、これから先も生き延びる事ね」
放った言葉は、今回はこれまでという意味であり、その証拠としてミルドは剣を納め、全身をマントで覆い隠す。
そしてチラリと笑顔を響華丸と琥金丸に見せるも、笑みはすぐに消えて一瞬でバシリスクとコカトリスの方へと戻った。
「帰るわよ、2人共。石化の呪いは解いてくれるかしら?」
「構わんぜ。弱い奴を石にしたところで、何の自慢にもならないからな」
「邪魔者を掃除してから人間達を石にする、それでも遅くないわ」
夫婦の言葉と共に、石になった村人達が光り始め、それに呼応する形でミルド達3人の後ろに黒紫色の穴が開かれる。
3人がそこを潜り、穴が口を閉じて消えると、村人達の姿が元通りになり、誰もが安堵し始めた。
「た、助かった……」
「ありがとうよ、琥金丸!それと、そっちの嬢ちゃんも」

戦いが終わって、一息吐いた琥金丸達だが、響華丸はミルド達の去った方角を鋭い視線でしばらく見詰めたままであり、一番最後に剣を納めていた。
「……お前も、隠忍なのか?」
「ええ。何らかの影響で転身出来なくなっているけれど」
ようやっと視線を緩めた響華丸は琥金丸の顔を見詰め、納得した様子で笑みを見せる。
荒削りながらもその気迫は大人の男性顔負けで、鬼神としての力を揮えば天地丸と互角に近い。
御琴が愛してしまうには十分なものだ。
そうした考えを感じようとする気配が全く無い状態で、琥金丸は握手を響華丸に求めていたが。
「まあ、助かったぜ。ありがとな、響華丸」
「(ダメだこりゃ。別な意味で肝心な部分が分かっていない)」
「(私と常葉丸の事はからかう癖に、自分の事となると本当に無神経ねぇ……)」
「(琥金丸サン、プリーズノーティスネー……)」
「(ったく、頬を赤くしねえなんて、鈍感な奴だぜ。御琴も災難だなぁ。こういうのに惚れちまうんだから……)」
常葉丸、静那、リカルド、江も気づいていたものの、敢えて口には出さず心でそう語るが、響華丸は笑顔をそのままに握手に応えた。
「……色々な意味で、惜しいわ、あなた」
「へ?」
「前にも言ったけれど、何時か自分で分かる日が来るわ」
やはり響華丸も、琥金丸の鈍感さに気づいていたのだが、こちらは言葉をぼやかしており、戦いの終わりを確認して出て来た弥生も話に入って来る。
それでもやはり話の見えない琥金丸に、2人共クスクス笑うばかりだが。
「……何だよ、気持ち悪いなぁ」
緊張感がある程度解れた所で、響華丸と江は簡単ながら説明を始め、琥金丸達も交換とばかりに自分達の事を話す。
同じ隠忍でありながら、別の世界の者達同士である事は琥金丸達も驚いていたようだ。
そして次なる本題で全員が真剣な面持ちになる。
今回の戦いに、未来や過去、そして並行世界が既に巻き込まれており、御琴達も例外では無い。
悪しき妖怪が世界を越えて結託をしている事は間違い無いという事だ。
「……母さん、帰って来たばかりで悪いけど……」
「良いわ。止めても無駄なのは分かっているし、何より沢山の世界が危ないのでしょう?そこにいる人達を助けてあげて」
「……ありがとう!」
琥金丸は響華丸達が言うよりも早く、協力を買って出る。
そこに常葉丸も乗ろうとしたが、首を横に振って一歩下がるような素振りを見せた。
「俺は静那と一緒にこの世界を守る。もしかすると、敵は俺達が集まった所を突くかもしれないし、逆かもしれない……だが、少なくともこの世界に守りを回した方が良いのは確かだ」
「だから、あなたは響華丸さん達と一緒に行きなさい。私達の事なら心配はいらないから」
「ウェール、ワタチも残りマース。ワタチの国のデーモン・モンスターについて、此処で詳しーノハワタチダケデースカラネー」
リカルドも残るという事で、琥金丸は早速響華丸と江と共に出発する事にした。
「じゃあ、行って来るよ……」
「無茶をしないようにね、琥金丸……!」
「響華丸と江、琥金丸を頼んだぜ」
「決して挫けちゃダメよ。今までの事を思い出して、何度でも立ち上がりなさい」
「グッドラックデース、皆サン!」
母、先輩、師、仲間に見送られる中、響華丸が呼び出した光の柱に包まれる琥金丸。
その姿は光の柱と共に遥か上空へと飛び去り、それと共に暗雲は僅かに消えて青空と陽の光が射し込んで来た……


「ONIが一箇所に集まって来たようですね……」
尸陰は十二邪王を集めての会議を開いており、ジャドが見せた映像を見てそう切り出していた。
敵の戦力が増えたというよりも、合流したと考えるが妥当。
その考えは彼女だけでなく、ジャドともう一人、中年の男性も同じだった。
「琥金丸は一番心が弱い奴と見たよ。無事だったら司狼丸って奴が最弱だろうけどね。まあ、何にせよ一網打尽は間違い無いね、うん」
「まあ、戦力をハッキリ把握しちまえば、後は烏合の衆か数の前では無力な奴等だけ。ジャドの坊っちゃんの腕の見せ所ですなあ。ハハ」
中年の男がカラカラと笑う中、そこに覇天が鋭く切り込んで来た。
「侮るな、ジャド、久秀(ひさひで)。転身せずとも強大な力を示す者もいるのだ。心を突いたとしても、それで終わる程連中は脆くあるまい」
「ま、否定はしませんぜ。現に心をぶっ壊してもやり返された事例がありますからねぇ」
久秀と呼ばれた男性がそう受け入れる一方で、ジャドは少し不愉快に思えたか、ムッとした表情を見せる。
「良く言うよ……転身しなかった響華丸に押された言い訳のつもりかい?」
「言った通りだ。手の内や弱点を掴んだ所で、容易く倒せる等と思うと痛い目に遭うと言っている」
「ふん。まあどっちにしても、奴等の中で一番厄介なのは、『あいつ』だけだ。『あいつ』さえ倒せば、後は……!」
拳を握り締めるジャドの怒りの矛先は、『あいつ』……
その意味は尸陰も知っており、敢えて口に出す事はしなかったが、ミルドに対して今回も思う所があり、そちらに少し鋭い視線を向けた。
「……ミルド、響華丸を故意に仕留めなかったそうですね?」
「実際の腕前を知りたかっただけ。百聞は一見に如かずって言うでしょう?仕留めたいなら、あんたが仕留めれば良い。私は私のやり方でやらせてもらうわ」
「それはそれで構わないのですが、くれぐれも仲間の作戦妨害をしないよう、頼みますよ」
「……心に留め置くわ」
終始冷静沈着な2人だが、明らかにミルドの様子はおかしいと、尸陰は見ていた。
ただ、それを敢えて野放しにするのも一興とも見ていたのか、再び冷笑を戻して話を続ける。
映像には自分達が戦ったONI達の姿が映し出されており、その戦う様を楽しそうに眺めながら。
「今回新たに交戦したONIは、4人組で船を用いていた大和丸一派、時空監査局の者と合流した朱羅丸、ジャドが戦った側の天地丸達、そして彼等の世界の未来のONIである琥金丸……彼等を響華丸達諸共打ち倒す事が我々の悲願達成条件……」
「ククク……一箇所に集まれば、最早邪魔者としての新参者は来るまい。次こそは、我が一族の怨みを晴らせる……!」
「我々こそが世界を支配するべき存在である事を示す上でも、奴等に絶望を与えなければな」
清盛と時貞が意気込み、そこに続いて大魔縁、バシリスク、コカトリス、餓王も目をギラリと光らせる。
「覇天の言うように侮れぬ存在ではあるが、真に本気を出せば倒せぬ相手ではない。絶対的な力で跪かせてくれるわ!」
「琥金丸ってガキだけじゃなく、他の連中もなかなかなもんだな」
「倒しがいのある存在、ウフフフ……血が騒ぐわねぇ」
「グフフ、どいつもこいつも食いでのある奴ばっかりだ。早く食いたいもんだぜ……!」
6人のそうした姿を頼もしく思いつつ、尸陰も笑みを深めて頷く。
「そういきり立たずとも、勝利は掴めます。そのためのジャドなのですから」
「はは、頼りにしてくれるとは、こっちも光栄だよ」
「あっしの事も忘れちゃあ困りますぜ。尸陰様」
「ええ、無論あなたにも期待していますよ、久秀。そしてアビス都督も」
「水戦だけじゃあねぇって事も示すぜ。尸陰達にも、ONI達にもな」
笑い声が少し大きめに響く中、笑っていないのは斬光と覇天、そしてミルドだけ。
斬光はミルドを睨みつけながら黙っており、覇天は今後の行く末を案じるかのように尸陰を見詰めている。
ミルドに至っては、さっさと会議を終わらせてくれと言わんばかりの面持ちで、何時の間にか手にしていた紅茶を口の中へ注ぎ込んでいた。
やがて会議が終わり、尸陰とジャドだけがその場に残る。
「ジャド、ミルドについて何か見えましたか?」
「……ダメだね。あいつ、僕の能力を見抜いていたのか、肝心な部分を隠している。監視役を付けておくかい?」
「……いえ、敢えて泳がせておきましょう。そうすれば緩みが生じて隙が出来るかもしれませんし、出来なくとも全く問題はありませんから」
「ふうん……どっちに転んでも問題無い、か。じゃあ、僕はONIを皆殺しにする策を久秀と一緒に練っておくよ」
そう告げてジャドが去った後、尸陰は独りクツクツと笑っていた。
「そう……どう転ぼうとも、この私がいればそれで良いのです……何があろうとも、最後に笑うのは私だけなのですから……!」



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あとがき

後編となった今回、十二邪王は全て出揃い、同時に響華丸達は歴代のONIと合流する事となりました。
ただ、一部のキャラが今作において脇役になったりで申し訳無い……orz
朱羅丸は原作アニメだと最終話辺りでは転身出来なくなっていたのが、今回転身出来ている件については後程という事で。
大魔縁は三大妖怪の崇徳、久秀は戦国時代の悪党とされた武将、松永 久秀から来ており、何れも今作の敵に相応しい存在として用意しました。
尸陰の真の目的はまだ明らかに出来ませんが、そちらにも注目していただければ。
後、ミルドの名乗った『ミルド・アルカナ』はドラキュラおよびミナのアナグラムです。
次回は響華丸達の合流を中心に話を進めて行きます。

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