ONIの里

ここは(株)パンドラボックス【現(株)シャノン】
(株)バンプレスト【現(株)バンダイナムコゲームス】
より発売された和風RPG「ONI」シリーズのファンサイトです。

Index > 隠忍伝説〔サイドストーリー〕 > ONIΩ ~希望紡ぐ仔らよ~  >現在位置

隠忍伝説(サイドストーリー)

ONIΩ ~希望紡ぐ仔らよ~ 

桃龍斎さん 作

第弍話 集うONI(前編)

一夜明けて、響華丸の村では彼女とその仲間達が村人達と共に、各々の怪我の手当に当たっていた。
異変を知ってこの世界にやって来た葉樹も、鈴鹿の援護に回っていた事で隠忍達の避難も無事に終わったそうだ。
悪鬼達の方は江・螢らの奮闘と機転で撃退に成功し、葉樹達と共に合流してからの休息に入っていたのだ。
被害としては、家屋の損壊、何人かの怪我人という形に終われば良かったのだが、そうは行かなかった。
村人達が無事だった代わりに、響華丸は全身を負傷していて、朝になってようやっと自分で動ける状態になっている。
螢は全身が傷だらけのみならず、未だ視力が回復しておらず、聴力と嗅覚だけが頼りという有様。
江は2人程ではないが、胴の痛みがまだ引いておらず、骨が折れている可能性もあるらしい。
直接敵と戦って無事だったのは、螢に守られていた沙紀・弓弦だけだった。

「……生きていて、何よりでしたわ。皆様」
「向こうが退いてくれたのも、幸いだったわね。追撃を受けていたら、間違い無く皆殺しにされていたわ」
村人達による治療を受け、自分も治療の術を掛けていた響華丸も重い表情で江や螢の方を見る。
江は弓弦に、螢は沙紀に術を掛けてもらっていたのだが、弓弦と沙紀は終始辛そうな表情だ。
「……痛むか?」
「まだ、ちょっとだけな。脇腹もまだヒリヒリどころかズキズキしやがる」
出血は止まったものの、楽観出来る状態にない江。
螢も、切り傷がまるで留め具になっているかのように目を塞いでおり、そこに沙紀の治癒の術が掛けられても一向に癒える気配が無い。
「ごめんね、螢……私達がしっかりしていれば……」
「ん~ん、螢ももうちょっと相手の強さを分かっていたら、皆を困らせずに済んだかもしれなかった。それに、目が見えなくても、ちゃんと沙紀ちゃんの気持ち、響華丸や江達の事が良く分かるよ~。今回は、誰も悪くないから。ね」
「……ふふ、ありがと」
螢を励ますつもりが、逆に励まされているという不思議な状態に、沙紀は思わず笑みをこぼしてしまう。
しかしそれが切っ掛けとなったのか、ようやっと響華丸達は気持ちが落ち着いたようだ。
「……話を纏めるよ。襲って来た奴は十二邪王であちこちの世界を移動している。狙いは響華丸やあたい達隠忍。そしてそいつらは前世からあたい達の事を知っているけれど、螢については初対面だった……腕っ節は、そんじょそこらの奴じゃあ歯が立たないくらい。前世の響華丸がやられたって言うのも、何だか気になるねぇ……」
手当が一区切りとなった所でそう切り出す鈴鹿。
彼女の脳裏には、今もまだ封印されたままの司狼丸の事が思い浮かび上がっていた。
瘴気を潜って確かめた所、彼は大通連によって壁に縫い止められており、それ以降手は付けられていない状態だったのは分かっている。
葉樹からの情報を考えれば、敵が彼の力を狙う必要性は無いと考えられる。
ただ、それならば何故響華丸を特に警戒していたのだろう?
前世で響華丸を倒しても、何か不足分があったからなのか?
それとも、全ての世界の響華丸を倒さなければならないのか?
それらが鈴鹿の、いや、此処に居る者達の疑問だ。
「十二邪王って事は、少なくとも後8人は居るって事か。だが倒せねえ奴等じゃねえってのなら、力を合わせて倒すしかねえよな」
天地丸が単刀直入に纏めようとするも、晴明の首は縦には振られない。
「そうかもしれませんが……でも、他の世界にも攻撃を仕掛けているとなると、簡単には行かないと思います。今回も、もしかしたら様子見で動いていたかもしれません」
「あたしと螢が何とか逃げ切れて、響華丸も2人を何とか追い返せたとしても、次が上手く行くとは限らねぇしなぁ……」
「規模も相当だろうさ。八将神以来の、ね……あたい達が何とか凌げるくらいってのが救いなようで、危ない……」
楽観出来ない状況に、しばらくの沈黙が響華丸達の間に流れる。
他の世界の、様々な戦士達や、『向こう側』の天地丸達は無事なのだろうかという、そうした思いを各々抱いていたが為に。
「ともかく、鎧禅達の方にもこの事を伝えなければなりませんわね。監査局の方で響華丸達の回復を早めましょう」
「ええ。それじゃあ」
ある程度傷の痛みが癒えた響華丸は葉樹、江、螢と共に家の外へ出、鈴鹿達も見送りとばかりに表へ出る。
「……?」
監査局へ行く、何時もの手段でと響華丸は精神を集中したが、そこで彼女は違和感を感じた。
何かに抑え込まれているような感覚、それは即ち……―――
「転身が、出来ない……!?」
「「!!」」
痛みが多少あっても行えたはずの、鬼神への転身。
それがどういう訳か出来なくなっていた事には、響華丸本人はもちろん、江達も衝撃を受けていた。
「マジかよ……泣き面に蜂じゃねえか……!」
「えっと、こういうのは鈴鹿さん達も経験してた?」
「いや、無いね……あったとしても、力を封じる七色水晶の効果くらいだ。それが身体の中に打ち込まれたって訳じゃあなさそうだし、こいつは厄介だねぇ……」
全く見た事も聞いた事も無い異変に誰もが戸惑う中、響華丸は真っ先に落ち着きを取り戻し、前を見据える。
「恐らく、あの尸陰の攻撃にそういうのが込められていたのかもしれないわね……でも、私は行くわ。剣と術がある以上、それでしばらくを凌ぐまでよ」
分からないなら、手探りで解決法を探すのみ、立ち止まる暇等無し。
そう言い聞かせる響華丸に、沙紀は最初唇を噛んで黙っていたのだが、まばたきと頷きを一つずつ行うと、彼女らの方へ一歩強く踏み出した。
「……私も行きます!響華丸の、転身した時程の力は出せないけれど、それでも私だって隠忍で、司狼丸とは兄弟みたいなものだから」
「沙紀……?」
「響華丸には、負けられないの。司狼丸を助けたい、守りたいっていう気持ちでも……あなたの顔には何時も書いてあるじゃない。自分は司狼丸を守らなきゃいけないって……でも、だからこそなの」
嘘も偽りも無い、真っ直ぐで真剣な沙紀の眼差し。
それを受けて、思わず響華丸は目を逸らしかけるも、すぐに落ち着いた視線で返す。
「……覚悟が本物なら、そこまで見えるのなら、私が断る権利なんてないわね。それじゃあ、お願いするわ」
「うん。初めての組になるけれど、よろしくね」
改めての握手で、響華丸も安心感による笑顔を見せる。
鈴鹿達も助力を買って出ようとするが、それは江と螢に、そして沙紀に止められた。
「天地丸は此処に残れ。『向こう側』の奴と重なったりしたら色々とややこしくなるし、この世界の守りはしっかりとしときたいからな」
「鈴鹿さんと晴明さんも、守りの方をお願いー。螢達の事は大丈夫だからー」
「弓弦……ごめんなさい。あなたは、その魔喰いの弓で皆を守って欲しいの。今でも通用するその力が、この世界には必要だと思うから……」
ごもっともな意見だが、歯がゆくもある。
それでも、やはり此処は耐え忍ぶが一番と鈴鹿は考え、大きく頷くことで答えとした。
「……しょっぱいけれど、仕方ないねぇ……皆もそれで良いかい?」
「ああ。この世界の司狼丸についても、守っとかないとな」
「そうですね。僕達は、響華丸さん達を信じましょう。道鏡を打ち倒せたんですから、きっと今回も……」
最後に残ったのは弓弦だったが、彼も沙紀の言葉を跳ね除ける訳には行かなかった。
「……お前もそうかもしれんが、私達が生き延びてこの戦いを乗り越えるという約束は出来ん。だが、持てる力を以てこの世界を、お前の幸せを守ってみせよう。次に会う時も、この世で、この世界である事を願って、な」
「……ありがとう。私も、頑張るから」
今生の別れではないと信じるも、後悔したくないとばかりに沙紀と弓弦は互いにどちらからともなく抱き合う。
それは数秒と掛からないものだったが、解かれるまでの2人が感じた時間はかなり長いものであろうと想像するのは難しくなかった。
「……では改めて、監査局へ行きましょう。しっかりと掴まっていて下さい」
「分かったわ。江、螢」
「おうよ!」「はいはーい」
響華丸が転身出来ないとはいえ、空きの確保にと江と螢は小さな蛇およびネズミに変化して彼女の肩に乗る。
沙紀は初めての転移という事もあってか、葉樹が展開した光の紋様の上に恐る恐る乗り、そこで深呼吸をして鈴鹿達の方を見る。
挨拶が済んだならば、後は互いに無事を祈るのみとして、どちらも手を振って微笑み掛ける。
それは、響華丸達が光の柱で上空へと飛んでいってからも続いていた。


響華丸達が転移した先は、時空監査局の転移室、その一つだった。
羅士達やエレオスによる混乱の後始末もすっかり終わっており、事前に連絡を受けていた鎧禅が感嘆の声を上げながら出迎える。
「課長、良くぞご無事で。響華丸達も来てくれるとは……」
「再会の挨拶をしときたいけど、螢がこんな状態なんだ。真っ先に手当してくれねぇか?」
見ての通り、螢が一番深手を負っている以上、悠長には出来ない。
故に鎧禅もうむと頷き、局員数人彼と共に螢を抱えて行く。
残った響華丸達は、葉樹と共に監査局の管制室という場所へ向かう事にした。
「此処が、時空監査局……凄く文化が進んでいるんですね……」
沙紀にとって、自分達の文明よりも遥かに進んだものを目にするのは、これが初めてだったのだから驚くのも無理は無い。
葉樹の案内を受けて通路を進んでいく間も、終始彼女は壁、床、天井を見渡すばかりだった。
「あの、葉樹さん。葉樹さん達はどうやって時空を移動出来るようになったんですか?」
「始まりの世界、私達がそういう風に呼ぶ世界で、未来へ飛ぶ・過去へ飛ぶという現象が科学的に解明された事を切っ掛けに設立しました」
「術とか、そういったものじゃないんですね……」
「誰もが、最初は魔法即ち特別な術と思いましたけれども。それで、当初は歴史の文献から、その瞬間に生の目で立ち会うという、言わば一種の娯楽・教養の目的で過去への遡りを行うものがありました。ですが、何らかの手違いで歴史に悪影響を及ぼす事もあった為に、その取り締まりを目的として監査局が出来たんですの」
「だから、最初は司狼丸の事を……」
「ええ。ですが実際に彼が悪影響を及ぼしてはいないという事が、これまでの調査で明らかになりましたわ」
進んだ文明、見たことのないもの、それらについての疑問の中で一つ選び出した沙紀の問いに、葉樹もキチンと返答する。
始まりは、何かしらの発見であり、そこから様々な問題が生じていたという事実。
確かに監査局というものが出来るのも分かる話だ。
「……でも、監査局のその監視の目を掻い潜って悪い事をしている人達がいるとしたら……」
「それが、恐らく今回の事件の犯人、即ち十二邪王でしょう。実の所、既にあちこちの世界でも彼等による時空の乱れが起きています」
「前世の世界というものは流石に記録されていないみたいね……でなければ、予測は出来たはず」
響華丸の言う事に間違いは無かった。
葉樹達の監査局、それが出来る前の世界というものは基本的に確認されていない。
様々な学問によれば、前世や来世というものがあり、世界が輪廻転生(りんねてんせい)する事で来世に向かうという説があったりするそうだ。
となれば、余程の事でも無い限り、今の世で前世や来世を見る事は不可能である。
葉樹もそれは良く理解していた。
「今回はまさに予期しない事態です。今は現状把握が優先されており、局員と共にリョウダイ達も状況確認に追われていますわ」
「そういや、あいつらの方は、結局どうなったんだ?」
「引き続き、私達の保護下で、私の補佐に動いていますわ。3人共至って健全、時折彼等の世界の方にも出向いております。ただ……」
江の問いに答えた葉樹の表情が少しだけ険しくなる。
そこにもまた、何かしら問題が起きていたようだ。
「……十二邪王の時空間移動において、監査局に保管してあるはずのジャドの身体が確認されたという事です。遺体そのものはこちらから持ち出されたのではなく、もう一つあった、と言えば分かるかと思います」
「並行世界のジャド、あるいは前世のジャドかもしれないわね」
「後一つ、可能性として考えられるのは、細胞を元にして肉体を複製させる、クローン技術なるもの……オリジナルが死んだ場合、その複製体に魂が入り込む可能性があります」
「身体を複製……そんな事まで……」
沙紀は話を聞く内に技術の進歩に、一部危機感を感じていた。
時空を超える力で歴史を書き換えたり、死んだ者の肉体を復元させる。
そうした事が悪しき者に使われれば、世界は間違い無く混乱に陥る。
それを阻止する人達が今もなお求められているのだ、と。
次々と上がる問題に表情を曇らせる響華丸達は、それからしばらくの沈黙の後に管制室に到着した。

管制室では、何人かの局員があちこちの世界の動きを観察し、手元の端末で操作しているようだった。
リョウダイ達羅士の面々もおり、響華丸達の到着に気付いて出迎える。
「来たか。もう少し平穏の時に出会えれば良かったが……」
「そういうのは仕方がねぇよ。けどあんた達も無事で何よりだ」
まずは再会という事でリョウダイと江がお互いの健在を確認し合う中、メイアが何時に無く不安な面持ちである。
「……螢の事はさっき聞いた。早く元気になって欲しい……私達にとっての、陽だまりみたいなものだから……」
仲間が重傷という事実に心を痛めるメイアを頭をオウランが撫でるも、響華丸からの話で彼女も少し重い表情になる。
「転身出来なくなった、か……それほど敵も強大と見える。そして同時に、残忍な存在とも呼べるな」
「そこまで言える根拠は何なんですか?」
オウランとは初対面になる沙紀は、彼女の言葉を疑うというより、洞察力に感心していたようで、響華丸もその表情に少し安心しながらオウランの返答を聞く。
「ああ、沙紀だったか、君はまだ知らなかったんだな。ジャドという男は、少し前に起きた事件、これを我々は『羅士動乱事件』と呼んでいるが、その首謀者の一人だった。羅士というのは、人間だったのが隠忍の遺伝子を受ける事で転身出来るようになった者で、私とメイア、リョウダイ様がそれに当たる。そしてジャドは手段を選ばぬ方法で、時には私達をも欺いて来た。そのジャドを引き入れているとなれば、彼の才能と精神を買っていると考えられる。無論、これは彼との付き合いが長かったから言える事だが……」
「……五行軍や八将神、そして道鏡のような人と考えれば、何となく分かります」
「ジャド自身が悪というより、色々な環境が彼を悪に変える切っ掛けだったと思えば、敵の一部も同じだとも私は踏んでいる」
かつての仲間である事を理由とした弁明ではなく、あくまでありのままの事実、そこからの推測を言ったまで。
だから、その場にいた誰もがオウランの話にさほど動く事も無かった。
「さて、今後の事ですが……響華丸と江は治療を終え次第、沙紀やメイア、オウランと共に他の世界への救援を手伝ってもらいますわ。御琴達の助力も得ておかなければなりませんし、恐らく他のONIの力も必要になるでしょうから」
「御琴達の世界はともかく、ONIの存在が確認された他の時代は分かるの?」
「響華丸達の世界は、隠忍の一族、時空童子共に伝承・伝説として残されていましたからさほど時間は掛かりませんでしたが、他となると難しいですわね。ただ、一つの時代だけ心当りがありますから、そちらに私が向かいましょう。後は、十二邪王の動きから割り出すしかありませんわね」
今の所、各時代、各世界共に時空の歪みやそこでの戦いは治まっており、調査に当たった局員の報告から、隠忍の一族の姿は確認されたものの、特別強力な力を持つONIの姿は確認されていないらしい。
また、御琴達の世界では未だ異変が無いようで、響華丸達の世界でも新しい異変は起きていない。
「……なら、今の内に傷をしっかり治しておかないとね。螢も、傷が治ったらすぐに動くでしょうから」
「けど、目をやられたんだろ?此処で治せるのか?」
「程度にもよりますが、医療に関しての専門が付いておりますので、最悪の事態にはなりませんわ」
葉樹が微笑でそう断言するので、響華丸も江も、沙紀も安心して彼女を信じる。
「じゃあ、2人も傷を治してもらいましょう。葉樹さん、案内をお願いします」
「ええ。では医療室へ」
響華丸達が医療室へと移動を始めた所で、メイア達は持ち場に戻り、各世界の監視を再開した。


十二邪王の面々は会議の場たる空間に集合していた。
欠員という欠員は見当たらず、しかし事が順調に進んでいるとは言い切れないのは、尸陰の表情で良く分かる。
「まだ、ONIというONIを仕留められていませんか……見つからないのであれば、それはそれで良いのですが」
彼女自身も響華丸に対してある程度打撃は与えられたものの、予想以上の強さだった事で少々面白くないように感じていたようだ。
「大分絞れて来たぞ……次なる攻撃で、しっかりと仕留めてくれる……!我が仇敵、鬼追う者……!」
老人が拳を握り締めてそう意気込む中、2人いや2匹の人外たる男女が小さく笑う。
どちらもトサカを持っていて、男はトカゲを思わせる化け物、女は鶏のような化け物だ。
1つの燭台の手前にいる事から、彼等は2人で合わせて1つという位置付けらしい。
「ミルドによれば、『奴等』が纏めてあしらわれる程の強さと聞く。互角に渡り合えれば、それこそ我等夫婦の面目躍如がなる訳だな」
「そうねぇ。あいつら、私達を出し抜いている割の体たらくですもの。鍛え上げた我らの強さ、しっかりと示しましょうね、あなた」
「おうよ!バシリスクとコカトリス、夫婦の力を今こそ示してくれるわ!」
そんな夫婦のやり取りを、半魚人のような、西洋の海賊の頭領を思わせる人物が退屈そうに伸びをして眺めていたが、次には静かな笑みを見せつけていた。
「意気盛んな事で。まあ、時空の海を制覇するってのも悪くねぇってのが分かった。組むのは合わないがな」
「約束は守りましょう。事が成った場合、海という海の支配権をあなたに譲渡(じょうと)する、でしたね」
尸陰の笑みはまだ戻らないが、落ち着きは保たれたままだ。
「さて、斬光。私達のデータに無い隠忍の少女……彼女の名前は螢、でしたか」
「ああ。誰かその者に覚えは無いか?」
「あるよ……僕の計画をぶち壊しにしたばかりか、僕の作った物を簡単に操った、憎いガキだ」
斬光の問いに答えたのは、前の会議に参加していなかった、栗色の髪をした少年だった。
「この世の貴方がその少女と出会っていたとは、幸運ですね。後で詳しく聞かせて頂きますか?無論、ただとは言いませんよ、ジャド」
「ふふ、無料で良いよ。僕をクローンの身体ながらも蘇らせて、この腕を買ってくれたんだ。協力は惜しまないさ」
羅士兵を率い、リョウダイ達を利用して世界を征服しようとしたジャド。
エレオスに出し抜かれて死んだその遺体は未だ時空監査局の手で保管されているが、今此処にいるのは本人の言うように、複製体である。
「ご苦労様です、ミルド。もっとも、先の攻撃において私達の計画遅延に等しい行為を不問には出来ませんが」
尸陰の視線がジャドからミルドへと移り、少し強まる。
神の使いを殺さず救った事について、時貞が既に報告しており、それについてはミルドも覚悟していたようだ。
「分かっているわ。その遅れを取り戻すよう、策を練っておく。次は私も直接向かう、それ以外で何かあるかしら?」
「今の所は警告に留めておきましょう。しかし、何時までも自由でいられる訳ではない事を覚えておいて下さい」
「……はい、はい」
鬱陶しそうに尸陰の言葉を受け入れるミルド。
その態度は挑発的にも見えており、一瞬覇天が彼女に斬り掛かろうとする程。
しかしそれを尸陰が制した事もあり、静かな雰囲気に乱れは見られない。
「第二の攻撃も、皆様には期待しています。『あの方』復活の為に、敵の戦力を削ぎ落とし、響華丸を討ち取る……今度は少々動きを捉えにくくなりましたが、出逢えば倒すには容易い状況になっている事でしょう」
「螢についても、早いうちに殺しておいた方が良いと思うよ。あいつを生かしておくと、本当に困るから」
「分かっています。その螢は貴方しか知らない、つまり今の世で初めて誕生した隠忍であると思われますが……では、解散としましょう」
会議が終わり、十二邪王は闇に溶け込むように姿を消していく。
十二の燭台の炎も、それに呼応する形でゆっくりと消えていった……


炎が大地を焦がし、赤黒い空の下で嵐が荒れ狂う山の奥深く。
そこには巫女の衣を纏った少女が傷だらけの状態ながらも、何人かの鎧姿の少年少女と共に八つの影と戦っていた。
「おのれ!神々にたぶらかされた愚かな人間共が!」
八つの影の内の一つが声を荒らげて衝撃波を放ち、巫女がそれを結界で防ぎつつ、手にした剣からの光を矢として八つの影へ放つ。
それらを喰らってよろめいた彼等の周囲を少年達が取り囲み、それぞれが印を組む。
すると円周上に並んだ巫女達の足元から青白い、清い光が放たれ、八つの影の頭上には漆黒の穴が開かれる。
「あなた達をこの世界に留まらせる訳には行きません。天の神々を傷つけ、天上界を崩壊寸前にまで追いやったばかりか、この地をも乱したあなた達を!」
凛然とした巫女の言葉に、八の影が口々に抗う。
「我々こそが世界を制する権利がある!生命ある者が必ず滅ぶという道理を示す為にな!」
「私達と手を組むのよ!そうすれば、この地上がこれ以上汚れる事は無い。私達の力は、あるべき方向に使われるはずよ」
「人間達は愚か者共でしかない、それが何故分からぬ!?」
八の影の威厳ある言葉にも、巫女は揺るがない。
「そうしてあなた達は、数多くの生命を弄んで来ました。それを許す事は出来ません!しかし、あなた達もまた生命……命を奪うのではなく、罪に報いるべくして、地獄界に封印します!」
「愚かな!たとえわしらを封じた所で、人間達の欲望がわしらを解き放つ!その時お前は生きておるまい。黄泉の国で悔いるであろう!わしらを滅ぼさなかった為に、未来においてこの地が災厄に満ちていく事をな!」
「私は信じます!此処にいる皆のように、人はきっとそうした災厄を乗り越え、あなた達を討つと……!決して全ての人間が欲望の虜になる訳ではないと……!さあ、大人しく眠りなさい!深き無間地獄の奥で!!」
巫女の力強い言葉と共に八の影は光に包まれ、漆黒の穴へと吸い込まれていく。
だが、その内の一つが笑い声を上げて巫女を見下ろしていた。
「フハハハハ、何処までも愚かな奴よ。人間が神の加護が真に得られなくなった時、確実に人間共は狂う!救いの光を己の欲望、保身の為に汚す!それによってわしらの真なる時代が始まるのだ!ハーハハハハ!天の神々も、貴様もつくづく愚かよのう!せいぜい束の間の平穏を噛み締めているが良いわ!」
穴に吸い込まれ、その穴が完全に消滅しても、嘲笑う声はしばらくの間続いていた。
それを見上げていた巫女は……―――。


「……ん?」
不意に身を起こした螢は目を開こうとする。
ゆっくり、瞼で閉ざされていた視界が開かれていき、そこから光が入り込んで来る。
光が治まると、機械で構成された壁、扉、机が視界に映った。
どうやら時空監査局の寝室らしく、治療も終わっていたようだ。
「あ、治った治った」
目が見えるようになり、瞼に手を触れると、傷痕たる部分もすっかり無くなっていたらしく、視力も斬光に切られる前の状態に戻っている。
それで一安心と一人微笑んだ螢だが、すぐにその笑顔を消して首を傾げる。
「さっきの、何だったんだろう?」
巫女が八つの影を地獄へ封印するという夢。
それを自分が見れたのはどういう事なのか?
そもそも、未来の事か、過去の事なのか、それすらも分からない。
と思っていたが、ふと心当りを感じ、目を閉じてその答えを探り当てた。
「8人、地獄界……つまり、あの人達は―――……」
姿形まではハッキリ分からないまでも、何者かは良く分かる。
その答えを口ずさもうとした所で、空気の抜ける音と共に寝室の扉が開かれ、響華丸が入ってきた。
「目、一晩で治ったのは本当のようね」
「えへへ、実はこっそり回復の術を内側から掛けてたの。自分も傷を治そうって頑張らないと怪我は治らないから」
相も変わらず、抜け目のない子だ。
響華丸は螢にそんな印象を抱きながら彼女のベッドの横にある椅子に腰掛け、手にしていたリンゴを切り分け、2人で一部を食べる。
続けて入室してきた江、沙紀も仲間の完治に笑顔になり、葉樹もほっとした様子で4人を見守っていた。
「お前は普通にあたし達の最高の切り札だからなぁ……目も良くなって何よりだぜ」
「これで、しっかり全部守れたよ~」
「本当、あなたには驚かされるわ……後は、響華丸、あなたの力だけね……」
「そうね……」
戻っていないのは、響華丸の転身する力。
それを取り戻すには、やはり尸陰と戦い、彼女を打ち倒さなければならない。
だが今はその時ではないとして、4人は葉樹の話を聞く事にした。
「螢の傷、思ったより軽かったおかげでご覧の通りとなりました。ただ、そこで一つ大きな事実が分かりましたわ。今回の件に深く拘る事ではありませんが……」
「……螢の、感情の欠落についてかしら?」
「ええ。彼女の身体を調べたところ、目の部分の涙腺(るいせん)、涙を流す為のものと、感情を司る神経の一部が全く無くなっていたという事が判明しましたの」
説明と共に葉樹が何もない所で光の板を形成し、その板に一つの映像を投影する。
映し出されたのは、螢の横顔、そしてその中を示したような画像だ。
特別な機械で彼女の身体の内部を見ることが出来ているという事の説明も絡めながらも、葉樹は続ける。
「欠落した部分について、人為的に切除された訳ではなく、元からそうなっていたそうですわ。螢、確かあなたは生まれた最初の時から、泣かなかったそうですわね?」
「うん。痛くても、目から涙が出るとかは無かったよ。別の所から汗は出たけど、目が乾くっていうような事は無かったし、怒るって気持ちも出て来なかった。どんな事があっても、『寂しいな』、『本当にそれで良いのかな?』、『それはやっちゃいけない事だよ』、って気持ちにしかなれなかったけど、その代わりに他の人の気持ちが良く分かるようになったの」
「詳しい説明、ありがとうございますわ。特に、涙腺は目の乾燥を防ぐ為のものですが、あなたの場合は体内の水分循環が特別で、内側から眼球の水分を一定の割合に保つようにしていますの。そして先に話した事とこの事は、言ってはなんですが先天性、即ち生まれつきの突然変異によるものだという結論に達してます」
「人間と、妖魔の間に生まれたから、でしょうか?」
実感は分からなかったし、もしかして、という風にしか捉えられなかった沙紀。
今まで、人間と妖魔の間に生まれた子供というのは、転身する力を持つ隠忍が大半であり、身体が他の者とは全く違うというような事例は極めて少ない。
だからこそ、その極めて少ない事例が螢に当てはまるのではと思っていた。
「間違いありませんわね。あなた達3人についても検査しましたが、何れも人間とほぼ同じ構造でしたわ。細胞、遺伝子の構造だけが数少ない違いでしたの」
「確か、私達隠忍の先祖は空の彼方にある星から来たと聞きましたけれど……」
響華丸達から聞かされた、隠忍についての真相。
自分達の時代の技術では解き明かされなかった謎がある程度見えて来た事で、沙紀は葉樹の言葉を飲み込む事が出来ていた。
「古代の文明、それも宇宙由来の技術については響華丸達が見聞きした事と、リョウダイ達が提供した情報によるものでしか分かりませんが、鍵となる因子が組み込まれていれば、心による働きかけで肉体を一時的に戦闘型の生命体のものへと変化させられるそうです」
「そして、それは本来、自分達の世界を守るためのものだった……」
響華丸の脳裏に浮かぶ、エレオスの存在。
外からの脅威に打ち勝ってもまだ止まらなかった彼女らの暴走が、今此処にいる沙紀や、司狼丸達に『本来とはかけ離れた、醜い姿』を取らせるようになってしまっている。
神々の化身とも呼べる美しい姿を失うだけでなく、獰猛さによって人間達から拒まれる、そうした者達が行き着く未来の大半は非業の滅びとなっている事は悲しい。
しかしそれでも俯かず、前へ進む事を選んだのが沙紀達だ。
今自分達がいる世界を守ろうと懸命なのだから。
「ま、螢も復活した訳だし、響華丸が転身出来るまで時間が掛かりそうだから、早速行こうぜ。仲間になるだろう奴等の手助けにな!」
「ええ。葉樹、お願い」
区切りを付けて、響華丸達は予定通り、自分達以外の世界への援護に向かう事になった。

並行世界のみならず、その世界と確実に繋がった時間軸の世界も含まれている。
移動中にその説明を葉樹から受けた彼女らは、管制室にて現状を把握しに入る。
どうやら待ちかねたと言わんばかりに、端末の上にあるモニターの地図めいたもののあちこちで赤く大きめの点が明滅していた。
「大きい点が4つ、小さい部分が幾つか、ですか……転移と帰還の方法は先程教えた通り。私は番号303番に行きますわ。291番の、御琴達のいる世界とは直接繋がる未来の世界になりますが、色々な事情故に」
「297番……番号から考えると、此処も御琴達の世界の未来だけれど、私と江が行くわ」
葉樹、響華丸、江の順番に行き先が決まり、螢、沙紀も自分から行き先を決めていく。
「螢はこの484番に行くよ~。沙紀ちゃんも良い?」
「ええ。螢はまだ傷が治ったばかりだから、余り無茶させないよう頑張るわ」
「ありがとー」
残る291番は誰が行くのか、それは自ずと決まっており、他の小規模な場所は鎧禅と他の局員が向かい、リョウダイとオウランがこの場で待機する事になった。
「あの時は、御琴達を倒す為だったけれど、今は逆……大丈夫かもしれないけど、状況を伝えて力を借りないと……!」
御琴達の元へ向かうはメイアであり、誰も止めたりはしない。
リョウダイとオウランも例外ではない。
「頼むぞ、メイア」
「こちらの方は任せてくれ。くれぐれも無理は控えるようにな」
「うん……!」
「決まり、ですわね。では、転移室へ!」
葉樹の号令と共に、時空を越えての転移準備が始まり、響華丸達はそれぞれ指示された番号の転移室へと向かう。
仲間達の活躍、そして御琴達の奮闘に期待しながら、全員は機械の声に従って所定の時代・世界への転移に入った。
同時に走る光の柱は、目的地の区別の為に青、赤、緑、黄色と色分けが成され、その光と共に響華丸達の姿が消える。
一部からすれば未知の場所・未知の時代での戦いの始まりであった。


番号:484番……


青空の下に広がる大海原。
そこでは既に戦いが始まっており、轟音と共に黒い物体が幾つか放物線を描きながら海へ落ちると、物凄い勢いで水柱を上げつつ、炎と煙も巻き起こしていた。
鳥も魚もその火の手から逃げ惑う形で離れる中、炎と煙が一際目立つ場所で、2隻の船が隣り合って砲撃を行なっているのだ。
片方の帆船は大半が木で組まれながらも上質なものらしく、炎の中でも形をしっかりと保ち、亀裂も少ないばかりか、敵の船に負けまいと横に取り付けられていた砲台から砲弾を放っている。
もう片方は金属が大半を占め、あちこちに髑髏やら海の化け物が彫られているという禍々しい船。
どちらも戦艦と呼んだ方が正しく、波に揺られながらも一進一退の攻防を繰り広げている。
髑髏の船を操っているのは、半魚人めいた船長だ。
「ほほう、こいつぁ面白ぇ!10分以上もこのキャプテン・アビス様のダゴン号と渡り合えるたぁな!」
十二邪王の一人にして、海を支配する王者と言わんばかりの姿を持つ、一見すれば海賊あるいは海の悪魔ともとれる男、キャプテン・アビス。
そのアビスの船と戦っている帆船の甲板には2人の若者が剣を手にして、迫り来る砲弾を弾き返したり、敵船から飛び掛って来た悪鬼達を切り捨てている。
紫色の髪を持ち、右頬に傷を持つ少年は刀の扱いに慣れているのか、流れるような素早さと力強い一閃で悪鬼を倒している。
もう一人の、ネイティブアメリカンと思える若者は剣よりも弓の扱いに優れているのか、近づいて来た者達にのみ太刀を浴びせ、遠くの者に対しての射撃を行なっていた。
「お前等、何が狙いだか知らないけどしつこいぞ!」
怒鳴る少年の太刀筋に悪鬼の一部がたじろぎ始めるが、その背後からアビスが激を飛ばす。
「びびんじゃねぇっ!さっさと板で接舷しろ!!」
「へ、へい船長!!」
「都督と呼べぇっ!」
怒鳴り声に怯えながらも、言われるままに悪鬼数人が鉄の板を運んで少年の乗る船に接舷すると、そこを足掛かりに次々と悪鬼達が移動を始める。
「くっ!十郎太、夏芽!砲撃を止めて上がって来てくれ!俺と大和丸だけでは防ぎ切れない!」
ネイティブアメリカンの若者の声に応えて、船の扉から美しい外見を持つ赤毛の剣士と、美しい着物姿で藍色の髪の少女が剣を手に飛び出す。
「来たぞ、スクワント!さあ、妖怪達!狼藉は此処までだ!」
赤毛の剣士はそう言いながら剣で悪鬼に切りかかり、少女も剣と左手に付けていた鈎爪で他の悪鬼を迎え撃つ。
「助かったぜ、2人共!おらぁっ!!」
大和丸と呼ばれた少年は蹴りも混ぜて意気を上げ、スクワントと呼ばれた若者も積極的に攻撃を仕掛ける。
「おお、都督!一人すげぇ美人がいますぜ!生け捕りしても良いっすか?!」
「好きにしろ!だが、もう片方の、赤い髪の奴も良く見りゃ良い女だ。そっちも気に入ったら生け捕れ!」
「!?一目で私を女と見破るとはな……まあ、だからどうだと言った所、だ!」
赤毛の剣士は男性と間違える程ながらも女性。
それを知って悪鬼達は集中してその女性と少女へと向かった。
「夏芽、準備は良いか?」
「はい、十郎太さん!」
女性の剣士は十郎太、少女は夏芽。
2人は一緒にいる期間が長かったか、囲まれても動揺することなく悪鬼達を睨むと、同時に左手に光を纏わせて前へと突き出す。
すると十郎太の手からは冷気の嵐が、夏芽の手からは炎の飛礫が飛ばされ、正面の敵を次々と吹き飛ばしていく。
大和丸とスクワントもそこへ続かんばかりに奮闘しており、段々アビスの軍勢が押し返されていった。

「と、都督ぅ……こいつら、もしかして……!」
「ああ、間違い無い。お前等、ONIだろ?」
部下の悪鬼が大和丸達を見て震える中、アビスも納得した様子でそう問い掛ける。
それを境にしてか、十郎太と夏芽を囲んでいた悪鬼達は全て倒されて消滅しており、緊張をそのままに剣戟は一段落して睨み合いに入り、大和丸が代表してアビスの問いに答えた。
「俺達の事を知っている奴だったか。となると、お前等は三博士の残党か?それとも、別の奴に雇われた身か?」
「後者に近いな。三博士ってのは何て名前だ?俺の読んだ物によれば、バルタザールだかカスパルだかメルキオルってのが思い浮かぶんだが、違うか?」
「違うな。アルヴァやライヒ、後テスラって奴だ」
「ほう……まあ、そんな事はどうでも良い!俺様はこの世界を含めた全ての海を手に入れようとする男、十二邪王の一人で、キャプテン・アビス!海の都督である俺様の船に、よもや同じように船で挑み渡り合えるとは、驚きだぜ!お前は大和丸で、そっちの日本のヤツじゃねぇのがスクワント、男の振りをしているのが十郎太で、可愛いそっちの女が夏芽か」
威勢が良い者同士という事もあってか、どちらも気圧される気配を見せない大和丸とアビス。
だが敵とはいえ、自分の事を可愛いと言ってくれた事でか、夏芽が場に合わず頬を赤らめる。
「か、可愛い……!?あたしが、可愛いって、本当?」
「ははは、こんな俺でも人を見る目は確かさ。で、どうだ?俺はカッコいいだろ?」
アビスも便乗して己を売り込んだ事で、場の空気が違う方向へと変わり始める。
それに気づいているのは夏芽とアビス以外だった。
「……ごめんなさい、アビスさん。可愛いって言ってくれるのは嬉しいけど……アビスさんはちょっとあたしには合わないんです。それに、あたしには十郎太さんがいますから!」
言いながら十郎太の左腕を抱き締める夏芽に、大和丸は呆れた様子で溜息を吐き、スクワントは敵の動きを窺いながらも頬は僅かに赤くなっている。
そして、振られたに等しい扱いを受けたアビスだが、逆上したりはせずに剣の柄に手を掛けていた。
「成程、そいつも一つの好みで答えって訳だな。じゃあ、仲良くあの世に行ってもらうしかねぇわな。そっちの男共も纏めて海の藻屑にしてからあの世へ行かせてやるから、覚悟しときな」
「……俺達があの世へ?逆だぜアビス。お前等が行けよ」
気を取り直して武器を構えた大和丸に、夏芽は我に返って思わず十郎太から離れ、戦闘態勢を取り直す。
十郎太も少し安心した笑顔を一瞬だけ見せ、すぐさま剣士の表情となってアビス達悪鬼を睨んだ。

「さて、話が纏まった所で、行くぞ!」
彼女の声で仕切り直しとなった戦い。
だがスクワントはその始まりと共に向こう側から来る船の影を見据えつつ、敵を迎え撃つ。
「何かが来るぞ!皆、出来る限り早くこの場を切り抜けるんだ!」
スクワントに言われずとも、という形で果敢にアビス達への猛攻を仕掛ける大和丸達。
大和丸はアビスとの競り合いに入っており、アビスの持つ三日月刀の連撃を受け流しながら彼を元の船の方へと押し返そうとする。
十郎太と夏芽も自分達の船に取り付いて来た悪鬼達を術で薙ぎ払い、爪や牙を剣で受け止めて弾き返していく。
しかしそうしている間にも船の影は、アビスの船と共に大和丸達の船を挟む形で接近していた。
船の形を見れば、アビスの仲間である事は一目瞭然。
そしてその甲板に悪鬼と共に出て来たのは、僧侶のような筋骨逞しい老人だった。
「ふふふ、捕まえたぞ、ONI……我等の最大の敵!」
「くそ、やっぱり敵の後詰かよ!」
戦況が一気に劣勢に傾いたのを嫌でも思い知らされた大和丸達。
それを嘲笑いながら、老人は彼等の船に接舷しつつ名乗る。
「わしの名は清盛。平 清盛だ!」
「何!?源氏との戦いに敗れた、平家の代表たる男が……!」
名を知る十郎太の動揺に、清盛はさも嬉しそうに目を細めており、悪鬼達と共にゆっくりと近づく。
「おい、清盛!そっちの女2人は俺の獲物だぞ!殺るんならそっちの大和丸って野郎にしろ!」
「分かっておるわ。そこの小僧はどうやら源氏の臭いが一番強いらしい……じっくりと甚振り、殺してくれよう」
部下の数が減り始め、残りがスクワントの方へ向かうのを確認したアビス。
彼は大和丸を清盛の方へ蹴り飛ばすと、十郎太と夏芽に相手を変えて切りかかり、大和丸も受け身を取りつつ清盛の方へ振り向く。
「源氏の臭いだと?どういう事だ?」
その質問に、薙刀を振り下ろした清盛ではなく、大和丸が手にしていた剣=童子切りが攻撃を防ぎながら答える。
『源氏は昔から悪い妖怪を退治してきた、鬼追う者と呼ばれている。聖なる妖怪の一族なのだ』
童子切り声は大和丸達4人にしか聞こえないようで、戦っていた4人も心の声で対応する。
「(聖なる妖怪……つまり、転身して鬼神となれる、そういう事か……)」
「(あたしも聞いた事はあったけど、そんな秘密までは……)」
「(一部が大陸を渡って俺の祖先にもなった、というのも考えられるな)」
『ああ。もっとも、鬼追う者の祖先は本来日本で生まれた者ではない、人であって人ならざる者だがな』
「(で、平家の清盛ってのは悪い妖怪になっちまったって事か?)」
大和丸の剣だけでなく、夏芽が手にしていた剣と、彼女が腰に挿していたもう一振りの剣=数珠丸も彼等の心に語り掛ける。
『そうじゃ。そこにいる清盛は源平の争いで死んだ後、何者かによって甦ったに違いあるまい』
『十二邪王っていうのはあたし達も聞いた事が無いけど、そいつらを仕切っている存在が一枚噛んでると思うわ』
「(つまり、正体は分からないという事だな、大典太)」
十郎太が自分の剣=大典太にそう語りかければ、大典太も闘争心を燃やすような口調で返した。
『ああ。何処の誰かは分からねぇ。ただ一つ言えるのは、かなり手強い奴等だって事だ』
「(人間ではないが、妖怪、魔物とも違うのか?)」
最後に、スクワントが己の武器たる鬼丸に問う。
『俺達が倒した邪神とは似ている……人を操って、世界を支配しようとしている邪神と、ね』
何が起きているのかは分からない。
しかし此処で勝たなければそれを知る事も出来ない。
だから、大和丸達の取るべき手は一つと限られていた。
「行くぜ、皆!何が何でも、絶対に此処を突破するぞ!」
「「おう!!」」
揺るぎない闘争心に剣も応えて光り出し、大和丸達は反撃に転じる。
スクワントも敵がそれぞれ乗ってきた船から乗り込んで来なくなったのを見るや、大和丸に加勢して清盛の薙刀を止め、状況は再び五分へと持ち込まれた。
「くっ……水戦に慣れておるとは、やはり源氏の血筋か!」
「こちとら海を往復した身なんでね、甘く見んなよ!!」
「亡霊となって恨むなら、その念を払うまでだ!」
清盛の後ろにいた悪鬼達が弓で射掛けるも、それを察知したスクワントが炎や岩の術で封じており、大和丸が清盛の猛攻を凌ぎつつ船と船の間に掛かった板の上に留まる。
一方で十郎太がアビスとの剣戟を繰り広げる間に夏芽が彼の頭上を飛び越し、右手の剣でアビスの後方から斬りかかりつつ、左手の炎の術で部下を抑えに入る。
しかしある程度したところで、清盛の口元に笑みが浮かんだ。
「……お前達、船にいるのは4人だけか?」
「……!!やべっ……」
戦いの後、日本を追い出される形で海に出て世界を回っていた大和丸達は此処で己の弱点に気づく。
船で旅に出たのは4人(正確には、5本の剣の意志を含めて9人だが)だけで、他に乗組員は居ない。
つまり自分達が戦っている間、船の甲板以外が全くの手薄になっていたのだ。
そしてそこを清盛配下の悪鬼達が泳いで辿り着き、爪で船体を傷つけ、傷口に炎が投げ込まれ、油も掛けられる。
その途端、大和丸達の船がたちまち炎に包まれてしまった。
「嘘っ!?これだとあたし達の船が!」
「くっ……味方の居ない戦いがこれほどまでに辛いものとは……」
「このままでは……」
炎が甲板にまで登り始め、左右の船から笑い声が上がる中、清盛は薙刀による大振りで大和丸を突き飛ばし、アビスも夏芽の服を掴んで十郎太の方へと投げ飛ばす。
「うおあっ!」
「きゃあ!」
「くっ!」
3人は自分の船の中央で背中合わせにぶつかり、スクワントが駆け寄るも炎と悪鬼、そして清盛とアビスに取り囲まれてしまう。
「終わりだな、ONI共……!」
「力を解放したとて、海の只中ではどうにもなるまい?我が一族も海の藻屑と消え、その末孫が裏切ったが……今度はお前達源氏がそれを超える苦しみを味わう番だ」
勝利を確信した笑みを浮かべる中、清盛とアビスが近づいて得物を構える中、大和丸達も最後の足掻きとばかりに精神を集中させ始める。
「こうなりゃ仕方ねぇ……!どっちかの船を奪うとかすれば……」
「転身すれば、後は突破するだけ……行けるか?夏芽、スクワント」
「うん。まだまだ死ねないから」
「この世界の為にも、散っていった者達の為にも……!」
鬼神の力を解き放つ準備は出来たが、敵がそこを見逃すとは思えない。
それでも強行突破するのを選ぶ4人が片方の、清盛達が乗って来た船に目を向けたその時だった。

「破魔陣・九星!」
「水牙陣!!」
上空から2人の少女の声が響いたかと思うと、9つの細長い光が大和丸達の船を取り囲むように降り、それと同時に氷の雨がその船全体に降り注いで火を次々と消していく。
「ぎゃあぁぁっ!!」
「な、何だこりゃ!?どわぁっ!!」
「うぬぅっ!邪魔者が空から……まさか例の奴等か!」
細長い光が柱となって伸び、船の真下からの光と氷の飛礫が悪鬼達を撃ち、清盛もアビスも思わず後退りして己の船の方へと戻っていく。
すると、次の瞬間には柱と柱を繋ぐ壁が生じて大和丸の船を囲い、清盛とアビスの船を弾き飛ばす。
それからようやっと、声の主たる螢と沙紀が太陽の光を浴びながら大和丸達の方へと降り立った。
「間に合った~」
「螢のおかげで、空からの奇襲が出来たわ。ちょっと苦しかったけどね……」
螢と沙紀はこの時代に転移したのだが、到着したのは近くの小さな島であり、そこから十二邪王らしき気配を察知すると、螢の扇を翼代わりにして此処へ飛んで来たのだ。
空の高い場所を飛んでいた為に、息苦しい状態が続いていた沙紀だったが、鍛えていた事もあって影響は軽微。
螢も同じで、状況を一目で把握して大和丸達を助けたのである。
「だ、誰だか分からないけどありがと……あ、あたし才神 夏芽です」
突然の出来事に面食らったものの、螢と沙紀の2人が自分達の味方だと知り、安心と共に感謝する夏芽。
螢が展開した結界は破られる様子も無く、大和丸達も一息吐けたようだ。
「勝負は一預けって訳か。ま、全部日誌に付けて尸陰に見せるとするか。退くぞ、お前等!」
「へい、船ちょ……都督!」
結界の様子に、これ以上の戦闘は無意味と見てアビスが撤退し、それを見ながら清盛も忌々しげに大和丸達を睨みながら船を動かす。
「運の良い奴等め……!だが、次はこうは行かぬぞ!退け、退けぇっ!!」
2隻の船はある程度進んだ所で出てきた黒紫色の穴を潜ると、その穴と共に姿を消す。
それを見送った所で、螢と沙紀は大和丸達との情報交換に入った。
隠忍同士である事、今日に至るまでの経緯等。
その中で、人間達に追い出されるような形で旅をしていたという事実は沙紀も共感せざるを得なかった。
大和丸達もまた彼女や螢の、自分達とは全く違うばかりか、妖怪に近しい転身の姿である事に複雑な思いを感じていた。
「……時空監査局、か。疑うようで済まないが、そこは信用出来るんだね?」
日本の歴史で言う幕末の時代。
それは螢や沙紀からすれば遠い未来の話だが、葉樹からすれば過去の出来事。
何れにしても、体制や人間達からは疎まれており、信頼出来る存在が限られていたという事もあって十郎太は念入りにとばかりにそう訊く。
夏芽も、人間達の冷たい罵声が脳裏に響いていたのか、少し不安と悲しみの表情をしていたが、その不安は、螢の笑顔とハッキリした返答で払拭される。
「ちょっと前に色々あって、今は凄く信頼出来るよ~。螢達隠忍も、立派な味方だって」
「良かったぁ……それで、あたし達もそこへ行かなくちゃダメなの?」
「ええ。この戦いはこの世界・時代だけじゃなく、過去や未来、似たような世界も巻き込んでいるって……」
海から、見知らぬ世界へ向かう事は全く新しいものなのであり、沙紀も同じなのだが、伝聞の形ながら肯定する。
そして今いる仲間達だけでも簡単には勝てない事、各世界の仲間の力も必要である事も話した事で、大和丸達は理解と納得をし、互いに顔を合わせて頷いた。
「事態は思った以上に深刻という訳か。その十二邪王とやらを倒さなければならない以上、戦わなければなるまい」
「そうだね。死んだ冬夜兄さんも、きっとそうしてたはずよ」
「私達の力で良いのなら、是非使って欲しい。こちらも君達に助けられたからには、応えなければな」
「決まりだな。で、俺達はどうやってその時空監査局って所に行けれるんだ?」
「ん~と、船を丸ごと持って行けれないし、こんな所で飛ぶ訳にも行かないから、まずは近くて安全な島に船を泊めないと」
螢の言葉に従って、大和丸達は船を動かし、近くで見つけた島に上陸する。
そこから、螢や沙紀と共に光の柱の中へ入り、その光に運ばれる形で時空監査局へと飛んで行った。


番号:303番……


その時代の森に到着した葉樹は、辺りを見渡して状況を確認していた。
周辺が静かな事から、十二邪王の攻撃はあったとしても、此処から離れているであろうと見える。
ただ、彼女が探していたのはそれだけではなかった。
「……此処が、父上の……」
森の中を歩く葉樹は、生い茂った葉の隙間から溢れる陽の光を目印に進む。
そしてその光が一際強い場所を潜った所で、彼女は森を出るとその先には小さな町が見えていた。
その町の人々は普通の暮らしをしているのだが、見知らぬ来客たる葉樹を見ると、少し警戒し始める。
「だ、誰だあんた?見たところ、化け物じゃなさそうだが……」
「……旅人、と言えば宜しいでしょうか?」
「へっ、どうせそう言いながら、あの鬼の子の仲間か何かだろ?」
「あるいは、少し前に此処に来て子供達を攫ったり町を襲ったりした奴等の仲間じゃないのか?服装もそれっぽいしよ」
「どうでも良いが、用が無いならさっさと出てけ。余所者!」
かなり冷たい反応に、少し胸を痛める葉樹。
話の内容から、己の父が所属していた組織『七福神』と、隠忍らしき者について何か知っているらしいが、人々の今の状態を見ると、情報を聞き出せそうにない。
そう判断して、彼女は止む無く、通りを通るだけにして別を当たろうとした。
と、その時遠くから爆発音が鳴り響き、村人達の目は音のした方へと向けられた。
「な、何だ!?何があったんだ!?」
どよめき始める人間達だが、しばらくして爆発のあった方角から負傷した若者が息を切らしながら駆け込んで来る。
時間の経ち具合から考えると、少し近い所で何かがあったらしい。
「な、何だか十文字の印を付けた連中が火を放ちやがったんだ!俺達を裁きに来たとか……もうすぐこっちに来る……町はおしまいだぁ~!」
叫ぶ若者の声で、更に町は混乱に包まれ、子供達が泣き喚き、その親に連れられて逃げ惑い始める。
葉樹はそうした中で一歩、また一歩と若者の来た方角へ足を運び、駆け出した。
「あ、おい余所者!」
「放っておけ!止めても俺達が痛い目に遭うだけだ!今はさっさと逃げるぞ!」
人間達はそう言って避難を始めるが、子供達の一部は葉樹の走っていった方角を見詰めており、中には足を止める者もいた。
無垢な子供達には、葉樹が悪い人間には見えない、むしろ自分達を助けに来た良い人だと思えたようだった……

町を襲おうとしていたのは、時貞の率いる軍だった。
悪鬼達ではなく、鉄製の鎧を身に纏い、十字架の首飾りを身に付けた兵士達が彼の配下のようだ。
「道を開けよ!抵抗する者は全て等しく死を与える!」
「服従か死か、それとも逃走か!?」
一歩ずつ、整然とした様子で先頭の列の兵士が槍を前に構え、後ろの兵士が十字架の杖を手にして前進する。
歯向かおうとすれば、杖からの炎と雷撃が家屋を襲って人々を怯えさせる。
「ば、化け物だ!皆、逃げろー!!」
「いやー!死にたくない!死にたくないよー!!」
物騒な者達に従いたくないが、死ぬのは以ての外としており、誰一人従う者は居ない。
「……我らに従わぬのは何故か?答えよ!」
逃げる者を追う理由は無いものの、疑問を抱いた時貞が一組の家族にそう問えば、主たる男が震えながら答える。
「結構前から訳の分からない連中に騙されたりしたんだ!お前等を信じられる訳がないだろうが!そもそも、逆らうだけで焼き討ちなんて、お前等俺達に何の恨みがあるんだ!?」
「恨み?世の乱れを放っておいたが為に、苦しい思いをしている者達がいる。そう、自分は関係無いとしてお前達が動かなかった為に、世の中は更に醜くなった。それこそが十分な恨みだ!」
「そ、そんな事言っても分かる訳ないだろ!?」
「ならば見て見ぬ振りをするのか?そしてもう一つ問う。お前達は姿形が違うだけで、強い力を持つだけでその存在を化け物とした事はあるか?」
「あ、ある……この辺りの山で、鬼の子がいたんだ。あいつの所為で俺達は……!」
その答えに、時貞は少し考える素振りを見せた。
「(この世界にも、ONIは居るか……だが、この者達も我が敵……粛清すべき対象!)」
それまでも鋭い視線が更に鋭さを増した時貞。
彼はこの時、心の中で怒りを弾けさせていたのだ。
「……愚か者が……!姿形、力を理由に助けの手も拒んだというのだな?ならば然るべき裁きを受けよ!」
「時貞様、お鎮まりを……」
横にいた従者が諌めようとするも、視線で逆に制されてしまうだけ。
先頭の兵士達も左右に動いた事で時貞は家族の方へと歩きつつ、手にした剣を掲げる。
「お前達の罪、神仏が許そうともこの私が許さぬ!あの世で苦痛を受けて悔いよ!!」
「ひ、ひぃぃぃぃっ!!」
「あ、あなたぁ!!」
「父ちゃああん!」
男は腰を抜かしてしまい、妻と子供がそれを引っ張ろうとするも、時貞の剣が先に3人を切り裂ける状態。
これで最早終わりかと、3人は目を瞑る。
しかしその剣は彼等を襲うことは無かった。
時貞の手を、そして剣を光の矢が打ち据えて家族から遠のかせたからだ。
「!何者か!?」
「これ以上の暴虐、許しませんわよ!十二邪王!」
光の矢は葉樹が放った銃によるものであり、間一髪家族は窮地を逃れる事が出来た。
「さ、すぐに逃げなさい!此処は私が食い止めますわ!」
「う、おお……」
何があったか分からないものの、言う通りにするしかないと家族はすぐにその場から離れる。
残ったのは時貞の軍と、葉樹だけだった。
「我が組織の名を知っているとは……そうか、ジャドの言っていた時空監査局の者とは、貴様だな!?」
「やはり、ジャドをクローン体で再生させたようですわね……時に、あなたは十二邪王の何者です?」
「……それを知らずに裁きを受けては、悔い改めようもあるまい。故に教えよう。私は時貞。天草四郎、あるいは益田四郎時貞と呼べば、貴公も覚えがあろう」
動揺は最小限だったが、葉樹は驚かざるを得なかった。
その名前は、まさしく島原の乱を起こし、民の為として江戸幕府と戦い果てた少年のものだったから。
「あなたが、島原の……神の教えに従う立場から、一転して悪しき者に身を委ねたという事ですね……」
「黙れ!あの時、人の為に戦った我々を神は救わなかった……!幕府はその後どうした?直接民を虐げた者だけを裁き、年貢取立ての見直しをしただけで、後は何も改めなかった……見ていただけの者達も同罪!よって私はこの部下達と共に、神への復讐を目指す!」
「そんな理由での悪事等、許されない事です!時貞、あなたの復讐を此処で終わらせて頂きます!」
「人の子一人で何処までやれるか、その身でとくと知れ!」
議論は無用、戦って活路を開くしか無い。
葉樹はそう心に決めた上で剣を抜き、時貞達との戦闘を開始した。



←前話へ  ↑目次へ↑  次話へ⇒
あとがき

第二話も駆け足な仕上がりになりましたが、如何でしたか?
主人公のパワーダウンの類、これについては『前作最強だったものが、今作では全く歯が立たない』という形式を好まない私の性分故、『訳有りで使用不可能』という形に落ち着かせました。
十二邪王も少しずつ名前が明らかになって来た中で、バシリスクとコカトリスは『メデューサ達がスポットを浴びているのなら!』というライバル意識を持ったモンスターとして登場させております。なので、戦う理由も自ずとお分かりになるかと。

そして歴代ONIシリーズから、お待たせしました幕末降臨伝の皆様です。プラスして、天下五剣の5人もいます。
彼等の活躍を今後お見守り頂ければと思っています。

↑名前をクリックするとメーラーが立ち上がり作者様に直接感想を送れます。