ONIの里

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隠忍伝説(サイドストーリー)

ONIΩ ~希望紡ぐ仔らよ~ 

桃龍斎さん 作

第壱話 時空乱るる

「此処は……一体何処なの?」
響華丸は一人、漆黒の闇の中で立っていた。
見渡す限りの黒、自分以外には何も見えないという、闇にしては不自然な風景。
方角を決めて歩き始めた彼女だが、闇は全く変わる気配が無く、音も自分の息遣い、自分の衣服や身体の動く音以外には何も聞こえなかった。
だがそれで不安になる事は無く、響華丸の足は更に前へと進められる。
疲れる事は無く、重圧も無い空間を進んでしばらく。
彼女はようやっと耳元に別なものを聞き取る事が出来た。
「……けて……姉さん……助けて、くれ……」
「!?司狼丸!?」
司狼丸が姉を呼ぶ声、それをただ事ではないと判断した響華丸は足を速めて声のした方角に向かう。
すると、そこには何か蠢(うごめ)いている物体に身体を取り込まれ掛けている司狼丸の姿があった。
「ゆ、響華丸……助けてくれ……俺、死にたくねぇ、よ……」
「司狼丸!待ってて、今私が……!!」
急がなければという思いで、司狼丸の右手を取ろうとする響華丸。
その彼女の身体を、何処からともなく蔦のようなものが伸びて絡め取り、2人の間を遮った。
「!?くっ、こんなもの……!」
『司狼丸は破壊者……全てを乱す者』
『自分の事しか考えられない、愚か者だ』
『秩序を乱し、神に背き、人に仇なす者、それが司狼丸なのだ』
蔦を引きちぎろうとする響華丸の頭に響く、何者かの声。
それは自分が御琴達の世界から、司狼丸や江達の世界に向かう時に聞いたものであり、だからこそ彼女は答えを変えなかった。
「それを理由に、司狼丸を否定する権利なんてあなた達にないわ。退きなさい!」
強い意志と共に拘束を破る響華丸は再び手を司狼丸の方へと伸ばす。
しかし一足遅かったか、司狼丸は涙だけを残して不気味な物体に全身を取り込まれてしまっていた。
「司狼丸……司狼丸ーーーーっ!!」
「クハハハ!!遂に、遂に手に入れたぞ!究極の力を、時空を操る力を、時空を超える力を!!ハーハハハハ!」
司狼丸の姿が完全に消え去った所で、その物体は鎧を纏った巨漢にと姿を変え、高らかに、司狼丸と響華丸を嘲(あざけ)るかのように笑う。
「残念だったな、響華丸よ!これで全てがわしらのものとなる!所詮、半妖如きに呪われた運命を変える事など不可能!わしらに逆らっても無意味だったという訳だ!」
勝利の高笑いは闇の中で響き渡り、巨漢はそのまま姿を消す。
残された響華丸は力が抜けたかのように両膝を見えない床に突き、倒れそうになったものの、突こうとした両手は途中でしっかりと握り締められ、代わりに一粒ずつ涙の雫がその床を濡らしていた。
「……絶対、助けるから……!どんな事があっても、私は諦めない……!司狼丸、待ってて……必ず、助ける……!!」
折れない意志に呼応するかのように、涙も治まり、赤くなった目元も涙の痕も少しずつ消えていく。
それと共に、響華丸は立ち上がり……―――。

「……っ!!」
そして、現実の、長老の家で目を覚ました。
朝日が出てからそれほど時間は経っておらず、隣の部屋で寝ていた長老も静かな寝息を立てている。
その寝息を聴きながらも、響華丸は今し方見た夢を思い返し、そこで抱いた決意と共に新たな予感を抱いた。
まだ、完全に全てが終わっていないという事を。
その全てを終わらせる為に、自分が倒れて果てる事は許されないという事を。
「……司狼丸……」
己の身体を今も流れている伊月の血を通じて、司狼丸を想っている事を認識している響華丸。
伊月がこの世にもう居ないからといって、彼女の代わりになるつもりはない。
一人の隠忍=ONI、響華丸として司狼丸を救い、守りたい。
それは、記憶を取り戻してからずっと持ち続けた気持ちであった。
その気持ち無しで、本当の平和も、幸せも勝ち取る事は出来ない。
逆に言えば、その思いがある限り、どんな困難も乗り越えられる。

その気持ちが確かな形となる事を響華丸が目にするのは、もう少し先の事である。
そこへ行き着く為の、大きな困難が立ちはだかる事までは見据えられなかったが……


薄暗い空間。
漆黒の闇を照らすのは、円周上に並ぶ青白い炎が燃える燭台であり、その数は十二である。
円の内側には燭台(しょくだい)の数と同じ数の人影がいるのだが、2つの人影は1つの燭台の手前にある為、1つだけ手前に誰も居ない状態だ。
炎のちらつく音だけが沈黙を妨げる中、円の中央に黒紫色の炎が燃え上がり、それに照らされて一人の顔が明らかとなった。
腰まで届く灰色の髪、そして黄金の瞳を持つ少女ではあるが、落ち着いたようでいて、冷たさを感じる笑みをそのままに彼女の口が開かれる。
「ようやっと、来ましたね。行動を起こす時が。本当に待ちくたびれましたよ……」
退屈だったかのようにそう漏らす少女に、向かい側に立っている赤と黒のマントを羽織っている少女が少し低めの声で、こちらは無表情な面持ちで反応する。
髪は首の付け根までの長さで色は夜の青、瞳は血の赤という輝きは美しいものの、口調はまるで不似合いな、軽めのものである。
「九分九厘、私の手間取りの所為って訳か。後一人、指示通りに肉体を復元させてて、精神も記憶も全部安定、だけど後1日時間がいる。それでもやるっていう事?」
「ええ。『彼』はこの戦いにおいては素晴らしい戦力となってくれます。もう数人程、『彼』のような方がいれば我々の計画を邪魔する者は皆無となるのですが……」
物腰の柔らかい灰色の髪の少女の言葉に、彼女から見て右側に立っていた髭を蓄えた僧侶を思わせる、筋骨逞しい老人が割って入る。
「若輩者を素晴らしい戦力、とするか。老獪というものを知らぬのか?我らの首魁、統制者とはいえど、その目線は気に入らぬ」
「不服に感じられるのも無理はありません。年齢や人種、素質よりも実際の戦績を見てあなた方を集めましたので。ですがご安心を。あなたも選ばれている事実は、その手腕の評価に値します。野望、執念、それらもまた『かの者』達を討つに必要な要素ですから」
そう言われてはこれ以上切り込む必要も無く、かえって自分が愚かとされるのみ。
老人がそう悟って口を閉ざすと、入れ代わりに老人の左隣でニヤニヤしていた中年の男性が問い掛けた。
「しかし、本当にこれで上手く行きますかねぇ?『奴』の魂と力、手に入ったのは今回という一回だけで、しかも封印されているんでしょう?それを復活させるにしても、奪われる危険性が出るとかは?」
その問いにも、灰色の髪の少女は態度や様子を変える事無く答える。
「それを無くす事こそが、今回の戦いの意味。指定通り、全ての世界に居る『かの者』達を含めた邪魔者を皆殺しにし、完全なる孤立無援、絶望が決定的なものとなれば、魂も力も全て、『あの方』に捧げられる……その時、私達は真の意味で解放されるのです」
「私を見放した天の神々への復讐も、成せる……!」
老人の右隣にいた若い少年の美しい声が、期待に胸を膨らませている事を示す意味で強く、しかし静かに放たれ、そこへ更に右隣の、赤い翼を生やした男性が無愛想ながらも続く。
「そして、この戦い次第では我等が真に世に君臨出来るという訳か。あの2人、特に―――は何度も戦いながら『奴等』に倒されるとは、名が泣くも時間の問題だな。しかも誰も私に声を掛けぬとは、今までの奴等は見る目が無かったという事だ」
会話の中で声が荒らげられたり、怒号が響く気配は無く、言葉が淡々と紡がれていく。
終始、灰色の髪の少女は笑みを絶やさぬままだったが。
「さぞかし嬉しい事でしょう、あなたにとっては。ただ、私としては本来此処に来るに相応しい人物が欲しかったのですが……そう、戦国の魔王と呼ばれし織田信長が……」
その呟きに、神への復讐を誓っている少年が首を小さく横に振って遮った。
「あの男はただ単にそう呼ばれていただけ。我々とは違い、この世を真の意味で地獄に変える気は毛頭無いようだ。しかし強い意志を持ち続けているとは……」
「誤算でしたよ。五行軍を率いた役小角、彼のようには行かず、自ら自分の滅びを受け入れたのですから……私達の呼び掛けに応じなかった、数少ない『魔』の者……『かの者』達と似て非なる者……その分も含めてあなたには期待をしていますよ」
少女の視線は彼の方へ向かれており、その視線に光栄とばかりに少年も微笑と頷きで応える。
「何故、神々に背きし悪魔が誕生したのか、今ならば分かります。故にこの決断に到ったまで」
「まあ、前の戦いのように無様な最期を遂げぬようにな」
「……貴公こそ、追い詰められた所で八つ当たりはお控えを」
水を差すかのような老人の物言いにもそう返す少年。
そうしたやり取りを鬱陶しく思ったのか、マントの少女が軽い溜息と共に後ろを向いて退室し始めた。
「大方が纏まった以上、もう始めた方が良いんじゃない?此処でくっちゃべってても、仕方がないでしょ?」
「ケケケ、お父上の仇を早々に討ちたいのでしょう?素直にそう言えば良いのに、ミルドお嬢も本当に不器用なお方だ」
「此処にいる大半が似たようなものじゃない。世の中への恨み、『奴等』への恨み、神々への恨み……後は、世界を手にするとか、そんな所。それなら事は円滑に進めるのが上策なだけよ」
中年の男性の言葉を前にしても、ミルドと呼ばれたその少女の表情も態度も一切変わらず、只々その会議の場を後にするだけ。
そしてミルドの気配が完全に消え去った所で、灰色の髪の少女はクスっと笑ってから会議の締めに入った。
「それでは、ミルドの言う通り早速始めましょうか。『かの者』達も、それらに代わる存在も、全て纏めて美しく、しかし残酷に殺すのです。全ては、『あの方』の復活の為に……」
炎が一層強く燃え上がった所で、10の影は少女の左右に居た3つを除いて姿を消す。
残るは少女を含めた4人だけだった。

「尸陰(しおん)よ、ミルドは本当に復讐を考えているのか?俺にはそうは見えないが……」
しばしの沈黙の後、灰色の髪の少女=尸陰に、虎の如き縞模様を持つ鎧姿の男性がそう問えば、尸陰も初めて笑みを消して溜息と共に答える。
「それが、分からないんですよ。彼女はお父上を『かの者』に殺された身。復讐の心を抱いているはずなのですが、私でもそこが見えません」
今回の計画に、何かしら影響を及ぼすやもしれない、そんな懸念を抱く尸陰に対し、会議の初めから何やら肉などを食っていた大男が笑ってみせる。
羊の角を生やし、犬歯が虎の牙を思わせる鋭さを持っている事から、人間ではないとすぐに分かる様子だ。
「心配いらねぇですぜぇ、尸陰様。ミルドが何考えていようが、要するに『あの方』の復活が成れば良い訳ですから、用が済んだらさっさと食っちまいましょうや。ガハハハ」
「餓王(がおう)、その復活が妨げられる可能性が否定出来ないと尸陰様は仰っているのだ。食うだけの貴様に何が分かる?」
大男=餓王の横で、青黒い翼を生やした赤黒い忍装束姿の男性が低く、静かな声で切り込む。
「うるせぇなぁ!俺は食えればそれで良いんだよ!相変わらず小言ばっかりだぜ、斬光(ざんこう)はよ」
「おめでたい男だ。私は人ならざる者の分際で善行を重ね、世を救う等している『奴等』が気に入らん。そいつらを根絶やしにする為にこそ、『あの方』の復活が切望されているのだ。我々を導く、真なる悪として……」
「まあまあ、お二人とも。ご意見はもっともです。ミルドについては適度に動いてもらい、時を稼ぐとしましょう。『あの方』には今も力が流れ込んでいます。その歯車の動きを早める事こそ我等の動く意味。それを忘れなければ良いだけの事です」
「……仰る通りです」
「へへへ」
斬光という忍にとって、尸陰は主という事なのだろうか、彼は仲裁を受けて素直に跪くも、してやったりという顔の餓王に対してはギラリと睨みつける。
しかしそれ以上は動きが無かった為、2人共落ち着きと共に姿を消す。
「覇天(はてん)、あなたの武勇も期待していますよ」
「分かっている。逆らう者全ての心をへし折ってくれよう」
鎧姿の男=覇天も続いて去った所で、残るは尸陰だけとなった。
「……予定調和を妨害する因子、しかし抗う姿はなかなか面白いものです。愉しむのも一つの手、ですね」
尸陰はしばらくしての独白と共に2対の漆黒の翼を背より生やし、他の10人とは違って、上へ飛翔してその姿を消して行く。
残された十二の燭台もまた、どれからともなくゆっくりと、その青白い炎を消して暗闇の中へと消えていった。


時空の動き、秩序、それらを巡る戦いは幾度と無く起きていた。
未来から過去、過去から未来、そして並行世界……
これらへの行き来は、時空監査局が監視しており、秩序の乱れが起きても正されるという状態が保たれている。
監査局最新の情報は、羅士達の乱およびその原因たるエレオスの動乱であり、この時生じていた局内の混乱も、葉樹、鎧禅ら日本課の働きによって治められ、時空評議会も含めた立て直しも終わっていた。


監査局内の時間にして、その立て直しの始まりから数ヶ月後……


もう一つの宇宙空間、あるいは異次元空間、亜空間とも呼べる場所。
そこにヒッソリと、まるで船のように漂う月のような球体こそが、時空監査局本部である。
内側から外を見る事は殆ど無く、基本的にはこの本部内で時空間の動きを監視し、必要に応じて特定の世界・時代に向かうというシステムが成り立っているのだ。
そして今回、それが緊急事態という形で発動する。
「!葉樹さん、大変です!あちこちの時空間で乱れが起きてます!」
元羅士にして、現在葉樹達の保護下にあったメイア。
彼女は監査局にて時空間監視を行なっていたのだが、突然発生した異変を目にし、その報せをすぐに葉樹達へと飛ばす。
程なくして、葉樹も事態の究明を急いだ。
「乱れの原因の特定を!私も、響華丸達の時代に向かいますわ!鎧禅達、しばらくは任せます!」
「承知しました!」
局内に響き渡る警報、それは過去に起きた今までの事件より大きなものである事を意味している。
そう、各時代、各世界への同時攻撃だった。


「きゃあーー!!化け物!化け物よー!!」
「逃げろ!喰われるぞ!」
あちこちから上がる火の手、逃げ惑う人々。
それを追うは妖怪・妖魔といった悪鬼達であり、手に届いた人間達を片っ端から爪で切り裂き、牙で喰いちぎり、最後には貪っていく。
そうした光景の中で、何人かの人間が悪鬼達に立ち向かったのだが、その者達は人ではなかった。
「行くぞ、皆の者!我等一族はこの時に備えていたのだから!」
「「おう!!」」
光を放つと共に、人から人ならざる者へと姿を変え、悪鬼達を打ち倒していく者達。
彼等は人の心を持つ妖、即ち隠忍の一族。
その抵抗は悪鬼達からすればしっぺ返し以上のものであり、次々とその数を減らしていった。

力を持ち、それを人の為、世の為に振るう者は隠忍のみならず、神々や精霊の力、あるいは人間達の叡智の結晶を武器として戦う人間達もいた。
そうした者達の多くは人々から英雄、救世主とされ、声援を送る。
戦士達もその声援を力と変え、悪鬼達を倒していく。
だが、その中には望まれぬ結末へと追いやられる者達もいた。

「何とか、倒せたか……!」
一人、悪鬼達を打ち倒し、子供達を助け出せた隠忍の男性。
だが、その背を別の敵の刃が襲いかかった。
「ぐっ!?こ、これは……」
「この化け物が!お前なんか居なくなってしまえ!」
「そうだそうだ!お前の所為でこんな事になったんだ!」
「な……何故……!?」
容赦無く襲いかかったのは、守る対象だった人間達であり、その突然の冷たさに男は戸惑うも束の間、なすすべも無く殺されてしまう。
彼に限らず、他の隠忍も、様々な力を得た者達も、一部がこうして次々と守るべき者達に裏切られ、傷つけられ、そして殺されたり、それ以上の苦しみと絶望を味わっていった。
あるいは、力及ばず、悪鬼達の成すがままにされている者も……
そしてそれらの光景を、遥か上空から楽しげに、満足そうに尸陰は眺めていた。
「フフフフ、何て人間は醜く、弱く、卑しい存在なのでしょう。恐怖で自分を守る事に執着し、その結果が己を守った者達への自分勝手な仕打ち。しかも、隠忍だけでなく、まさか善の神々の力を得た者達までもが汚されるとは……やはり『あの方々』の遺していったものは、世界を越えて広がっているみたいですね。さあ、次はいよいよ、『あの世界』……」
戦いが終わった直後の青空が、惨劇によって暗雲に染まっていき、再び火の粉が天へと上る。
それに照らされるよりも早く、尸陰はゆっくりとその姿を消していった。


「死刑だ!火あぶりにしろ!!」
別な世界において、くべられた薪の上に突き立てられている大きな丸太に縛られた少女。
彼女は神の啓示を受け、その世界で様々な悪鬼を打ち破ったにも関わらず、人ならざる力を持った為に魔女とされ、今まさに人間達の手で殺されそうになっているのだ。
「神よ……私は、間違っていたのですか……?」
天を仰ぎ、涙する少女の身体は度重なる拷問でズタズタになっており、救いが現れない事で悲しみと絶望に囚われ始めている。
死刑の連呼が続く中、綺麗な衣装をした、祭司たる男性が松明に火を灯し、その火を薪につけようとする。
他の世界での惨劇、その例に漏れず、これで少女の運命も終わりかと思われたその時だった。
何処からともなく突風と雷鳴が巻き起こり、雷が直接祭司の男性に打ち付けられたのだ。
「う、うわあぁぁーーー!!」
『愚か者どもよ!神の怒りを受けよ!!」
「ひ、ひいぃぃ!!お、お許しを、お許しをぉぉっ!!」
神と名乗る、男性の低い声に人々は態度を一変させ、全員が跪く。
祭司は黒焦げの死体となっており、二度と動き出す気配も無い。
その中で雷鳴が彼等の視界を一時的に奪ったかと思うと、縛られていた少女は解放され、目を丸くしながら天を見上げていた。
『この者を二度と傷つけるな。さもなくば更なる天罰が下ると知れ!』
「は、はい……!」
その剣幕に逆らえない人々は、風と雷が治まった後も全く開き直る気配も見せず、少女も彼等の手当を受ける中、終始空を見詰めるだけ。
本当に神が自分を救ったのだろうか?
そんな疑問が湧き上がるも、彼女は己の成すべき事を改めて認識し、視線を人々の方へと戻す。
そこに居た者達は全く知らなかったし、知ろうとする気も無かった。
神の雷は、彼女らの目に届かない雲の上に居たミルドの行なった演出であるという事実を。

「……ふん。痛い目を見ないと分からないとは、まさにこの事ね。とはいえ、母上の死に様と重なると、やっぱりやらざるを得ないわ……はぁ、我ながら本当にお節介焼きのお人好し」
陽の光に照らされる中、日傘でその光を遮りながら浮かぶミルドは、一部始終を見て一つ大きな溜息を吐く。
その横に、少年が眉間に皺を寄せた怒りと疑いの表情で彼女に近づいて来た。
「何故助けた?我々の目的は人々、そして彼等を救う者達に絶望を与える事のはず。ましてあの少女は私と同じく、神に見放されし者。それを救うのであれば、我々の配下に加えるが道理であろう?それを……」
「時貞(ときさだ)、あんたがそうした憎しみで選ばれたのは分かるけれど、憎しみとか敵討ちなんて、虚しいわよ。やられたらやり返す、子供のお遊びにも成りうるわ」
時貞と呼ばれた少年はミルドの物言いに更なる怒りを募らせる。
「児戯だと……!?民の為に戦いながら、世に見放され、罪無き民を失った私の行いを、児戯(じぎ)と言うのか、貴様は!そもそもお父上を『あの者』に討たれた貴様が言える事なのか!?」
「……議論は無用よ。さ、この世界での仕事はおしまい。別の所に行くわ」
「……この事は尸陰殿に報告しておくぞ」
怒りの治まった時貞だが、終始余裕を崩さぬミルドの態度を腹立たしく思うしかなかった。


こうした時空規模の攻撃は、一進一退の状況もあれば、悪鬼達が圧勝したり、一蹴されたりと様々な結果になっていた。
悪鬼達が勝利した世界・時代では大半が強大な力を見せつけた結果となっており、そこでは名だたる戦士達ですら無力であった。
そして、悪鬼達の侵攻、その後ろで見え隠れする尸陰一派の存在が次に確認されたのは、響華丸達の世界だった。


「ば、化けもんが、見たことの無い化けもんが来たぁーーー!!」
夕方、物見をしていた男が血相を変えて南都中にそう伝えて回ると、それを機に誰もが混乱し始める。
「落ち着いて下さい!皆さん、安全な場所へ僕達が案内します!身体の不自由な方、老人、子連れの人達を優先的に!」
「手の空いている奴は怪我人とかを運べぇっ!」
晴明と、舞の一団を率いる主人がそう呼び掛ける事で混乱は少し治まり、大通りをゆっくりと移動していく。
「団長さん、螢、ちょっとお友達の村の方にも行って来ます!」
「お、おう!気をつけろよ嬢ちゃん!ガキ達は俺達の方で守る!さ、行きな!」
「はい!」
螢も主人の許しを受けて都の外へと走り、それと入れ替わりで江と天地丸が人の居なくなった通りに出た。
「どんな野郎かは知らねぇが、あたし達を忘れてもらっちゃあ困るって事を教えてやるぜ!なあ、天地丸!」
「ああ。久方振りと言えばいいか、初めてと言えば良いか、隠忍としての大暴れ時だぜ」
見据える先には、悪鬼達がぞろぞろと姿を見せており、その数は100をゆうに超えている。
だが2人はそれを不足なしとばかりに不敵な笑みを浮かべ、身構えた。
その一方で悪鬼達の群れの奥では、餓王が腕組みをして通りを眺めており、少し楽しめそうとばかりにこちらも笑っていた。
「美味そうな肉が残ってくれたか……グヘヘヘ、どれくらい満腹にさせられるかなぁ?」


螢は沙紀達の村にたどり着いたのだが、そこは既に悪鬼達の襲撃を受けており、沙紀と弓弦が迎撃に当たっている所だった。
「沙紀ちゃん!弓弦さん!」
悪鬼は決して倒せない相手ではないが、数が多いために2人共無傷という訳ではない。
そうした2人の周囲に群がる悪鬼を蹴散らしながら、螢が合流する。
「ありがとう、螢!」
「すまん。他の皆は何とか避難した。鈴鹿がその道を切り開いている所だ」
「じゃあ、後は螢達が踏ん張るだけだね。行くよ!」
更に迫って来た悪鬼達を、会話の区切りと共に素早く鉄矢と扇で倒していく螢。
沙紀と弓弦も別の方角にいる悪鬼達を倒し、火の手が上がらないように動いていたのだが、そうした様子を鋭い視線で、斬光は睨んでいた。
「あの者が……ならば疲弊させてから、仕留めてくれる」
忍装束の手甲部分から鋭い爪を伸ばす斬光。
彼の狙う獲物は……―――。


「このっ!このぉっ!」
「あっち行け!化け物ぉっ!!」
「守りを固めろ!一気に押し返すんだ!」
響華丸の村では、大人も子供も、戦える者達が武器を手に応戦しており、響華丸が数多くの悪鬼達をその剣で切り捨てていた。
「ギャアァーー!」
「グルルル……!」
「さて、次は誰から来るの?」
思った以上に手古摺っている状態の悪鬼達は響華丸の目と突き出された剣に唸り声を上げるのみ。
しかも彼等の狙いであろう村人達も決して無力ではない為に、予想外の損害を被っていたようだった。
「お、おのれ……頭を落とせぇっ!!」
「ウオォォッ!!」
悪鬼達は号令と共に一斉に響華丸の方へと飛び掛かるが、彼女は全く焦った様子は無く、素早く鋭い剣の連撃で次々と打ち払って行く。
最初に100は居たはずの悪鬼達は、今や半分以下の頭数になってしまっていた。
「ふむ……勇将の下に弱卒無しと聞くが、まさにこのことだな」
「!?」
悪鬼の群れの中から、全てを見届けていたのだろう、そろそろ出番とばかりに覇天が現れてゆっくりと進み出る。
するとそれまで戸惑いと苛立ちによる唸り声はすっかり治まり、代わりに勝鬨を思わせる歓声が悪鬼達から湧き上がった。
「あなたがこいつらを率いている人?一体何者で、何の用かしら?私は響華丸よ」
如何に敵と言えど、相手の名を知りたければ己から名乗るべし、という礼儀を示す響華丸。
それを興味深く思えたのか、覇天も微笑と共に両腕の手甲から伸びる鋭い角の如き刃を構えて応えた。
「我が名は覇天。我が兵を苦も無く倒せた以上、この俺も戦わねばならんな。雌雄を決するまで、付き合ってもらおうか、響華丸」
「……厄介な存在を始末したいから、という理由で良いかしら?」
「そうだ」
「ならば、それ以上の事は剣で訊かせてもらうわね。皆、下がって」
一騎打ちとあらば、手出しは無用。
響華丸達の側も、覇天の側もそれは同じであり、村人達は少し離れた場所へ避難し、響華丸を見守りに入る。
悪鬼達も覇天の後ろに下げられ、一歩でも前に進めばたちまち切り刻まれてしまうであろう、そうした彼の威圧で動きを止めた。
「その胆力、大いに良し!だが、俺は手を抜かんぞ!」
言うと同時に振るわれた刃。
それを響華丸は剣で切り払い、隙を縫っての一撃を繰り出す。
覇天もそれを拳で防ぎ、彼女を蹴り飛ばそうとするが、速さでは響華丸の方が上だったようだ。
「(手の内を見せるのは、もう少し待ってからの方が良いわね……この分だと、他の方面も……)」
「(流石に『あの時』と同じく、最初から転身、とまでは行かせぬか。だが剣が同じであれば、隙を突くのみ!)」
互いに相手の策を探り合いながらの剣戟。
その互角の戦いにどちらも固唾を呑んで見る事しか出来なかった。
ただ一人、ちょうど今両陣営の頭上、それも誰の目にも届かぬ雲の上から眺めていた尸陰を除けば。


戦いが始まってから数十分。
南都の大通りを覆い尽くしていた悪鬼達は全て江と天地丸によって倒されており、2人はそれぞれの得物に付いていた血を拭き取っていた。
増援が来るか否か、まだ此処にいる者達で戦いを仕掛けるものがいるかどうか。
それらを確かめるべく、江が悪鬼達の来た方角を見たその時だった。
向こうから砂煙を巻き起こしながら、黒い影が走る音と共に迫って来たのは。
「……親玉のお出ましか」
「如何にも、だな……むっ!?」
天地丸が次にまばたきをした途端、その黒い影は行く手に転がっていた悪鬼達を掴んだかと思うと次々とそいつらを食って行った。
「新しい、しかもこいつらとも敵ってか?」
「だとしても、見ろよ!」
一部の、意識のある悪鬼達は悲鳴を上げながら黒い影=餓王から逃れようとする。
「が、餓王様!!我らはまだ……」
「た、助けてくれ!そこのあんた達、助けてく……」
たじろいで止めようとした者も、藁を掴もうとする思いで江と天地丸の方へ駆け出した者も全て餓王の口に捕まり、食われてしまう。
ムシャリ、ゴキリという、肉が裂けて骨が砕け、血が流れ出す音と共に、悪鬼達は江達の後ろに倒れている者達を除いて餓王の胃袋へと送り込まれた。
「味方をも喰う……とんでもねぇ化け物だ。確か、餓王だったな?」
誰かが喰われるという光景は見慣れていた為、味方が味方を喰うという点を除いて戸惑った様子を見せない天地丸は剣を構える。
その煌めきが視界に入ったか、餓王は口元にベッタリ付いた悪鬼の血や肉片を長く幅広い舌で舐め取った所でニヤリと笑みを浮かべた。
「グフヘヘヘヘ!!そうとも。十二邪王(じゅうにじゃおう)が一人、全てを喰らう餓王様とは俺の事よ!」
「十二邪王だと?!何であたし達の都を襲った?こいつらと一緒に喰う為か?」
「それとも、まさか道鏡や八将神のように司狼丸の力を狙っているのか?」
2人の問いに、餓王は腰を落としての臨戦態勢と共に答える。
「俺の腹の中で聞かせてやるぜぇ。俺は喰うのが第一だからな」
「……天地丸、分かってるよな?」
「ああ。江、こういう時の為のってヤツだ」
戦わなければ、そして生きなければならない。
共通した答えを確かめ合った所で、2人は餓王を睨みつつ、己の力を解き放った。
「「転身!!」」
江は全身を鱗で覆った蛟の化身に、天地丸は三本の角と赤い鬣を持つ鬼へと姿を変える。
「(初めて見たが、流石にこっちの世界でも天地丸は天地丸。特徴が似通ってるぜ)」
チラリと目に入った、鬼としての天地丸の姿に、江は『向こう側の世界』の天地丸の姿を脳裏に思い浮かべる。
鎧を身に纏う、神の化身いや鬼神と呼べる存在=隠忍は、太古の昔に起きた争乱で一部がその姿を醜く変えられ、心も暴走しやすいものになったという。
だが、今此処にいる天地丸は、そうした苦難を乗り越えた隠忍であり、自分の良き相棒だ。
だから何の心配も無く江は目の前の敵に意識を集中させれる。
そうした様子は、餓王からすればどうでも良い事であったが。
「おお、美味そうな奴等だなぁ。人間も、こいつらも良いが、お前等みたいなのは結構力もありそうで、栄養がタップリみたいだぜ。グヘヘヘ!!」
高まる食欲で、閉じた口からは湧き水の如く涎(よだれ)を垂れ流す餓王は一しきりに笑ったかと思うと、手始めにと江目掛けて四つん這いで飛び込んだ。
「食われてたまるかっての!」
餓王の大きく開かれた口の狙いは当然自分の身体。
故にこそそれを食わせまいと、すぐさま後方へ飛び退きつつ、水流を放つ江と、同じく敵の間合いに入るまいと距離を取りつつ、手からの衝撃波を撃つ天地丸。
しかしそのどちらも、餓王は自分から喰いに入った。
受け止めるのではなく、開かれた口で文字通り『喰い』に。
「なっ!?何だこいつはっ!?あたし達の攻撃を喰いやがった!」
「本当に、全てを喰うっていうのか……やばい野郎だぜ」
驚く2人の声も耳に入らず、水流と衝撃波を一口で飲み込んだ餓王は大きなゲップと共に笑う。
「まずは前菜ってヤツか。あるいは食前酒ってか?良いもんもってるじゃないか。だがやっぱり肉だよなぁっ!」
言い終えた途端の、次なる攻撃動作。
まるで喰う事しか考えていないその動作に、虚を突かれた2人は一瞬だけ反応が遅れてしまい、餓王の突進を避けはしたものの、腕や胴に掠り傷を負ってしまった。
「そらよ!」
だが江もただかわすつもりは無かったようで、僅かに出した足で餓王の足をもつれさせ、体勢を崩す事に成功する。
そこから天地丸が電撃を両拳に纏わせての攻撃を繰り出す。
「うおぉぉっ!!」
「ぐぶっ!?ふほぉっ!」
返しの攻撃を喰らった餓王はそのまま弧を描いて吹き飛ばされ、地面に叩きつけられる。
だが、その衝突で生じた砂煙が消えない内に、彼はすぐさま矢のように飛び出して来た。
「グフフ、良い拳だぁ。だが、鼻が折れる程じゃあねえぜ!クハハッ!!」
痣はあるが、全く攻撃が効いた様子が見られない。
そんな餓王を見て、段々と旗色が悪くなるのを、江も天地丸も感じられずにはいられなかった。
「俺の拳が、全然効かねぇとまで来たか……こいつ、今までに相当喰って来たって事だな」
「そうさ。数多くの人間、妖魔を喰って来た俺を、倒せる奴ぁそうそういねぇっ!!しかし、腑抜けても流石に『こっち側』の魔封童子も、ちったぁ楽しめるぜ」
「!って事は、てめえは……」
魔封童子の名を知り、かつ『こっち側』とまで言える以上、考えられるのは一つしかない。
相手は、時空を超えて来た敵であるという事だ。
だから尚の事、江は闘志を高ぶらせて構え直した。
今回も大きな戦いである以上、自分が果てる事など許さないという気持ちと共に。
しかし、その闘志だけでは餓王を倒すことは無理だろうとも思う。
幸い、自分達が足止めをしてから、人々が避難する時間は十分稼げた。
それは天地丸も理解しており、互いに見合って頷くと、天地丸は何を思ったか転身を解いて後方へ走っていった。

「おぉ?魔封童子の天地丸ともあろう男が、尻尾巻いて逃げやがったか?」
「冗談。天地丸程の大物が出る幕じゃねえって事さ。このあたし一人でてめえをぶっ飛ばしてやらぁっ!!」
嘲笑う餓王の言葉を気にすること無く、虚勢を張る江は自分から打って出る。
無論、心の内では勝つつもり等、毛頭無かった。
「(さぁて、この大食い野郎を出来るだけ足止めしなきゃなんねぇんだが……それまでにあたしの五体が何一つ欠ける事無くってのは、厳しいぜ……)」
冷や汗の流れる量が僅かに増える江の顔。
それを見て、餓王もニヤリと笑ったかと思うと、腰を落としての突進を彼ではなく、天地丸の走っていった方向へと向けて行なった。
「させるかっての!!」
計算通りと見て足払いと水流の波状攻撃を繰り出す江。
その攻撃は餓王の身体を浮かせたのだが、彼の体勢を崩す事は出来ず、再び空中で突進しようと構える。
そこもまた、江の狙いだった。
「おりゃあっ!!」
「むぅっ!?」
動きの止まった一瞬ならば、反撃は喰わない。
その理に従って江が放った浴びせ蹴りが餓王の身体を蹴り飛ばし、地面に叩きつける。
続けて江の両手から水流と鱗の雨霰が放たれ、餓王が激突した部分を中心に弾幕を撃ち込む形となる。
「ちぃぃっ!纏めて喰ってやるぜぇっ……っておい!」
流石に攻撃が口以外に入れば痛いと感じるらしく、土煙が晴れるとそこには僅かに傷の入った餓王が怒鳴りながら顔を突き出していた。
それだけでなく、水が瞬時に氷となって彼の体内を僅かに切り裂いていたらしく、大きく開かれた口の中も切り傷が小さいながら見えている。
「この俺になめたものを食わせやがって……!!殺してから喰うしかねーじゃねーかよ!」
頭に来ていた餓王は唸り声を上げると共に諸手を振り上げて飛翔し、着地した江目掛けて落下する。
するとその諸手から無数の岩の飛礫が作り出され、今度は江が敵の弾幕を浴びる事になった。
「うおぉっ!?術も使えるのかよ、こいつ!」
「逃がさねぇっ!」
素早さでは自分が勝り、攻撃の威力では餓王が勝っている。
その状況は、今までの話である事を次の瞬間に江は思い知らされた。
「っ!?」
突如自分の頭上に迫った、圧倒的な殺気。
そこに気付いて瞬時にしゃがみ、カエルが跳ぶように前方へと駆けた江が次に聞いたのはガチンという金属音。
その音の正体は当然、餓王の噛み付きが外れ、歯と歯が噛み合った音だった。
何時の間にか彼は着地して江の背後に回り込んでおり、その頭を噛み付こうとしていたのだ。
「あ、危ねぇ……」
「ちっ、髪の毛数本かよ。仕方がねぇな」
ほんの一寸、江の髪の毛の端が噛み切られていたらしく、彼の頭髪はほんの少しジットリとしている。
後少し遅ければ、頭を噛み付かれてそのまま喰われていた事は言うまでもない。
「さぁて、次は外さねぇ!!」
本気を出したらしく、素早さが増した餓王はひとっ飛びで江に接近し、その両手で彼の体を押さえつけようとする。
江に出来るのは、挙動を見極めて動くだけだ。
「(こりゃ、避けてばかりじゃダメだ!)」
柱の如く突き出された両手を避けながら、がら空きの脇腹に攻撃を入れていく江。
深追い無用としていた彼は攻撃が当たるのを確認するとすぐさま餓王から離れ、水流と鱗で牽制をしながら距離を取る。
餓王も、今度は訓練された猟犬の如く四つん這いで駆けてそれらを掻い潜っていった。
「ハハハ、そらそらそらぁっ!!」
気持ちを取り戻していた餓王の目がギラリと光った途端、今度は地面から鋭い岩の槍が突き出し、江の行き先を塞いでいき、岩の飛礫を降らせる事で動きを絞らせて行く。
「つっ……くそっ!」
逃げ場を奪われるだけでなく、全身に切り傷を負い始めた江の動きも少しずつ鈍り始めていた。
それもそのはず、岩の槍は突き出た途端に砕け、細かい破片となって彼の足に突き刺さっていたのだ。
そしてどれ程の時間、この追って追われての状態が続いたか、餓王の振るわれた右腕がとうとう江の胴を捉えてしまった。
「がはぁっ!」
丸太の如き、重く強烈な一撃を受け、血反吐を吐いて横の家屋に叩きつけられる江。
その血の臭いをすぐに辿って、餓王は彼を追い、目の前に数分と経たず到着する。
「グヘヘヘ、やっと、食えるぜぇっ…!」
舌から涎を垂らすその様は、まさに獲物を前にした化け物であり、江も自分がまさに喰われる獲物の状態にさせられている事を、嫌でも思い知らされていた。
「(此処まで強いたぁ、思わなかったぜ……こいつは、弱い者苛めとかじゃなく、ただ単純に喰うだけの奴だ……だからこそ滅茶苦茶ヤバい……引きつけたまでは良かったが、次の一手を外したらおじゃんだ……何とか決めさせないと……)」
打たれた胴からは血が滲み出ており、肋も折れている部分があるらしい。
その痛みが江の表情を歪ませるのだが、彼もそのままやられるつもりではなく、かと言って全てが計算通りという事でもないという状況にある。
「何処から食われたい?足か?手か?頭からか?それとも、胴からか?」
少しずつ接近する餓王に、江は目だけで周囲を見渡す。
今自分達がいる家屋はある程度広く、そして『ある場所』が近くにある。
それを確認出来た事で、江は内心安心していた。
後は、上手く餓王の目を欺くだけ。
一方でその餓王は、先に自分が出した問いの答えを待たず、即座に江の腹目掛けて飛び込んで来た。
「その腸から喰ってやるぜぇ!!」
「……やなこった!」
「!?」
拒否の返答と共に江の身体が光り出した途端、餓王は口の奥底に何か細長いものを入れられ、目からまともに凄まじい光と、水飛沫を浴びる。
「げっ!?」
口には突き刺さったような感触を、目に強烈な痛みを、鼻に刺激臭を受けた事で思わず顔を抑えた餓王。
その悶えは少しして治まったのだが、次に彼が目を開いて江の居た場所を見ると、そこには多少の血痕が留まっていただけで、江の姿は完全に消えてしまっていた。
負傷していれば、血を辿るまでとしていたのだが、その血の留まりようから、移動先が全く分からず、臭いも彼の血以外にはしない。
そして今し方自分が口に含んでいたものは、転身した江の、尻尾だった。
「……尻尾巻いてじゃなく、尻尾を切り落として逃げたか……ま、尻尾で我慢するとしよう。ん~~、まずまずの味だ」
尻尾を食った餓王はその味を確かめ、江の気配が全く無い事を確認した所で家屋を出、来た道を引き返していく。
通りには、生活用品や血痕以外の何も無かった。
餓王が悪鬼を喰っていったからである。

「……ぷはぁっ!何とか、尻尾だけで済ませれたぁ……!」
餓王が去ってから数十分後、小さな蛇に変化していた江が姿を見せたのは、厠の、糞の中。
不快感しか無いその中でならば、餓王が仮に嗅ぎつけたとしても喰おうとする事はしないし、何より自分の臭いを隠す事が出来る。
尻尾は、餓王への抵抗を示す為のものであり、無論喰われる事前提。
それは自分の身嗜みを犠牲にしての、江の奇策であった。
「はぁ~~……臭ぇ臭ぇ……響華丸達の所に行く前に、ちゃんと身体洗っとかないと……急ぎたいけどよ」
虎口は脱したものの、代わりに別な意味での辛さを感じる中、江は人間の姿に戻ると、すぐさま都を出て川の方を、響華丸の村に近い側の方角へと歩いていった。


悪鬼達の群れは包囲を狭めていたのが、螢の到着を境に段々とまばらになっていた。
そもそも、沙紀と弓弦を苦戦させれたのは数の利があったためであり、魔喰いの弓の影響からは逃れられないという弱点が大きいのだ。
そこへ螢が来た為に、数の利が覆されているのが事実である。
「何処の誰かは分からないとはいえ、このくらいで負けないわ!」
転身しなくとも、鬼爪の指輪から繰り出す様々な体術と法術で十分渡り合える状態の沙紀。
司狼丸の心が救われたという事実が、彼女を罪の意識から解き放ったのである。
弓弦もそれは同じであり、鈴鹿達を追う悪鬼達の背をしっかりと射抜く。
「この魔喰いの弓、射抜けぬ魔なぞ無い!」
近づいた者を沙紀と螢が撃ち、自分が遠くの敵を撃つ。
時折2人がその援護に回っていた事により、悪鬼達は数を減らしていき、遂には1体を残して全て消滅してしまっていた。
「さあ、聞かせてもらおう。お前達は何者だ?何故この村を襲った?」
雑多な妖魔が成すには荒々しい攻撃、その真意を知っておく必要がある。
それ故の弓弦の尋問に、悪鬼は震えながら口を開こうとしたのだが、その時だった。
疾風が巻き起こって弓弦に何かが迫って来たのは……!
「っ!?」
殺気を感じ取って飛び退いた弓弦。
しかし次の瞬間には左肩に鋭い刀傷を受けてしまい、そこから血飛沫が舞った。
「弓弦っ!!」
「沙紀ちゃん気を付けて!次が来る!」
弓弦の負傷に駆け寄ろうとした沙紀、彼女の頭上へ螢は扇を投げる。
するとその扇は何処からともなく飛んで来た黒い影に弾かれ、地面に落ちた途端真っ二つになった。
「ひっ……ざ、斬光様!?」
悪鬼にとっては上官である為に、その名を呼んだのも束の間だった。
今度は悪鬼の身体に幾筋もの弧が描かれたかと思うと、その五体がバラバラになって地面に転がり落ちる。
その前に降り立った影は、一人の忍装束姿の男=斬光へと変わり、螢達を見据えた。
「沙紀、そして弓弦か……後一人、記録に無い者がいるようだが……」
「私達を知っていて、螢を知らない?どういう事なの……?」
弓弦の傷を術で癒す沙紀は斬光の言葉に少し戸惑うが、螢が即座に斬光の前に立ち、転身する。
「この人、狙いは沙紀ちゃんと弓弦さん達だよ。だから、螢が止める!」
構えを取る螢に、斬光も手を抜くまいとして爪を伸ばす。
「螢、それが貴様の名か。この2人とは仲間のようだな。となれば、尚の事放っておけん。全て殺してくれよう。私は十二邪王が一人、斬光。死に逝く貴様らに、この名を覚えておいてもらう」
名乗りと共に翼を広げた斬光は軽く身体を浮かせたかと思うと、そのまま猛禽の如く滑空して螢に向かう。
螢もそれを真上への跳躍で避け、尻尾で斬光の顔面を打とうとするが、尻尾は空を切るだけに終わり、物凄い突風が彼女の下を走り抜ける。
その風が完全に無くなったかと思うと、斬光はあっという間に螢の背後を取り、手甲から伸びている爪を振り下ろす。
「はわっ!」
振り切る前にと、螢も咄嗟に振り返り、両手で斬光の腕を打ち上げて攻撃を止め、続けて放った回し蹴りで彼を蹴り飛ばす。
「只の隠忍ではないようだな。だが速さでは私が上だ!」
蹴られた斬光は全く攻撃を喰らったという様子を見せず、翼の一羽ばたきで体勢が立て直され、無数に増えて螢に襲いかかる。
増えたように見えるのは、余りの速さの為だ。
「くぅっ!はうぅっ!!」
「は、速過ぎる!これでは援護が出来ん!」
「螢が……螢ーー!!」
何十、何百もの爪に、螢の全身が傷と血で埋めつくされていき、最後は車輪の如き回転から繰り出された踵落としで地面に叩きつけられた。
「ん~……凄く、速い……」
転身が解け、戻った衣も内側から出血で赤く滲む中、螢は何とか身を起こし、しっかりと立って癒やしの術を掛ける。
それだけで傷はある程度塞がったが、体力はそうも行かないらしく、彼女の呼吸も荒いままだ。
ただ、その状態は降りて来た斬光からすれば感心と評価に値するものだったらしく、見た目だけながらも構えが解かれていた。
「ほう、あの攻撃を受けてまだ動けるか。普通ならばあれで沙紀や弓弦は肉塊に変わるのだがな……」
「まるで、2人を殺した事があるみたいな言い方だね。未来から来ていないようで、まるで経験している……あー、あれだ。似たような世界の……」
螢の言葉に図星を突かれたのか、斬光はそれまで動かさなかった目を僅かに大きくする。
「!我々そのものを知らずとも、カラクリを見抜く程の力はあるか……だが、その身体で沙紀も弓弦も守れまい。この勝負、貰ったぞ!」
少なくとも螢という少女以上の力を持つ者はこの場には居ないし、その螢も手負い。
故に効率を考えていた斬光は地面を蹴ると、沙紀と弓弦に向けて駆け出した。
「くっ!」
弓弦も即座に魔喰いの弓から破魔の矢を連続で放ち、沙紀が術で岩石を無数呼び、斬光を迎え撃とうとする。
しかしそれらは全て彼の爪で叩き落とされていき、数秒もしない内に間合いに入られてしまった。
「くっ!転身……」
「させぬよ」
一縷の望みとばかりに転身しようとした沙紀だが、それは斬光の左手からの衝撃波で阻まれ、次に放たれた爪が弓弦の脳天を狙う。
「沙紀……ッ!!」
かわせないと判断した弓弦は両腕を組んで盾代わりにしようとする。
その時であった。
肉を切る音と共に突き飛ばす音が響いて弓弦が沙紀の方へ吹き飛ばされ、代わりに螢が斬光の攻撃を受けていたのは。
「何っ!?」
「え?螢……螢が……!?」
「馬鹿な……ッ!!」
3人が驚くのも無理は無かった。
螢は弓弦を突き飛ばしており、斬光の爪を顔面で受けていたのだ。
当然、脳天狙いの一撃である為、螢の閉ざされた両目は真っ赤な血に染まり、眉間と両目にそれぞれ一筋ずつ切り傷が入っている。
だが、螢の動きはこれでは終わりではなかった。
「えいっ!」
まともに顔面に一撃をもらっていながらも、全く疲れた様子のない無垢で明るい声と共に、彼女の両手が光り輝いて斬光の視界をその光と熱で覆う。
「ぬわぁっ!?くそっ、何だ今のは!?」
至近距離で受けた閃光に目が眩み、動きの止まった斬光。
光だけではなく、金切り声に近い音が鳴り響いている為に耳もやられ、相手の位置を察知する事も出来なくなっていた。
「2人共、今の内に!」
目を閉じたままの螢が光の中から飛び出し、迷わず沙紀と弓弦の元へ駆けるので、2人もそれに従いつつ、鈴鹿達が居るであろう山奥の方へと向かう。
内心、螢の目の惨状に心を痛めていたが、彼女の心は未だ輝いていると知って。
3人が居なくなってしばらくした後、斬光は目と耳の自由が戻って来たのだが、最早螢達を追えない状態であった。
「……あの小娘、よくも私の邪魔を……!!」
果たせるはずの任務を阻まれて歯噛みする斬光。
それは、見も知らない者に、それも年端も行かぬ小娘に出し抜かれた事への苛立ちでもあった。


決着のつかない男女の剣戟。
どちらも相手を捉えそうで、刃に弾かれるばかりという互角の戦いに、誰もが全く身動きの取れない状態にあった。
そうした状況で、どちらが押されているのか?
答えは、覇天の顔に流れる、僅かな冷や汗が示していた。
「(何という事だ……今までとは型が違う!これでは経験も役に立たん。しかも、戸惑いも迷いも全く無い。貫くが如き心か!)」
少しずつ、確実に傾き始めた戦況。
冷や汗が一筋流れる毎に、覇天の身体に小さな傷が入り始めており、それでありながら響華丸は表情一つ変える事無く攻撃の勢いを強めていく。
「(誰が相手か、どれほどの強さか、それも大事だけれど、何より忘れてはならないのは……自分の戦う意味。私はそれを貫かなければならない……!)」
意志の強さは、前に見た夢が切っ掛けになっていたのか、知らぬ内に僅かながら増していた。
司狼丸はまだ苦しみの枷に囚われている。
その枷を砕くには、この場を切り抜け、生きていかなければならない。
そんな思い故に、響華丸の攻撃には乱れが見られなかった。

更に時間が過ぎ、日が完全に山の向こうに沈み切ったのを合図としてか、響華丸は覇天の見せた最大の隙を突いて剣を振るう。
狙うは胸元、決めるは袈裟斬り。
しかしその一閃は頭上から走った雷光で遮られ、両者は弾かれるように吹き飛ばされてしまった。
「!?これは……」
「つっ……!」
覇天が転倒を免れて着地しながらも驚きを隠せず、響華丸は腕に軽い火傷を負いながらも受け身を取って雷光の出所を睨む。
自分を明らかに狙っていた雷光、それを放ったのは灰色の髪と金の瞳を持つ少女であった。
夜のような深い青の鎧、その下には深緑の衣を纏っているその少女は響華丸と同じか僅かに低い背丈で、フワリと空中から降り、何かにウットリしているかのような笑みを響華丸に見せていた。
「し、尸陰!何故……!?」
「尸陰?あなた達は一体何者なの?」
問いに、その少女尸陰は表情をそのままにして丁寧に答える。
「覇天、よもやあなたが此処まで苦戦するとは予想外でした。『あの時』はある程度彼女に痛手を与えられたのですが……」
「……済まぬ。剣の動きが全く違っていた事もそうだが、この女、『あの時』とは比べ物にならぬ程の力を持っている」
「良いのです。討ち取るのに手間が掛かるだけの事ですから。そして響華丸、今の世においては初めてでしたね。私達は十二邪王、偉大なるお方にお仕えする、悪鬼達の長と言えばお分かりかと」
ある程度見えて来た話だが、その中でまだ見えない部分について響華丸は戸惑う事無く冷静に問う。
「……今の世、という事で確認させてもらうけれど、もしかしてあなた達、前世というものからずっと生き続けて来た存在かしら?そうだったら、『あの時』という意味がしっくり来るんだけれど」
「御名答。もっとも、その時は十二邪王という組織ではありませんでしたが」
「そして、私や私の仲間を殺す……それがあなた達の目的、で間違い無いわね?」
「フフフ、前世は私の方から説明したのですが、なかなか読みが鋭いですね、響華丸。ですがそこから先を読ませる訳には行きません。『あの時』はあなたを倒す時期が遅過ぎた所為でこのような事態になってしまいました。故に、此処であなたには死んでもらいます」
冷笑をそのままに尸陰は右手を横に軽く振るうと、その軌跡と共に滲み出た黒紫色の霧が凝集し、長柄の斧へと変化する。
それを両手に握った彼女は腰を軽く落とすと、瞬時に駆けて袈裟斬りを放った。
「!」
咄嗟の奇襲、速い踏み込みに面食らいかけた響華丸だが、対処が間に合って剣で斧を受け止め、密着状態から尸陰を蹴り剥がす事で間合いを取り直す。
「尸陰!ならば俺も」
「ええ。こちらからもお願いしますよ、覇天。響華丸だけは、確実に仕留めなければなりませんからね」
「だからといって、殺されるつもりは無いわ」
相手が2人となれば、そして尸陰が覇天以上の実力の持ち主であるのならば、本気で当たるしかない。
その決断と共に響華丸は転身しようとするが、既に2人は間合いに入り、攻撃に転じている。
「終わりです!」
「覚悟!」
間違い無くやられてしまう。
そう思ったのは見守っていた村人達だけだった。
そんな彼等の不安という闇を、響華丸は即座に光を放って振り払う。
「「!?」」
「生憎と、こういう形での転身はお手の物よ」
光の中、響華丸は右手に握った剣で尸陰の斧を、左拳で覇天の左右の刃を受け止めていたのだが、その両拳から腕、肩の順に鬼神の肉体へと変わって行き、それと同じ速さで下半身、胴、頭部も鬼神 凶破媛子のものへと変化していく。
最後に翼が広げられ、黄金の鬣が風に靡くと同時に衝撃波が走り、尸陰と覇天を吹き飛ばした。
「ふむ、そういう手もありますか」
「感心している場合ではないぞ。やはり先も言った通り、『あの時』とは比べ物にならぬ!」
「分かっていますよ。ですが、『あの決戦』と同様の力で今の内に倒せば良いのです」
制動を掛けた2人はそう言葉を交わすと、改めて響華丸に斬り掛かる。
対する響華丸も両手に光の剣を作り出し、それで2人の攻撃を受け止めに入った。
「せぇっ!」
防御からの速さ、鋭さ、重さを合わせた反撃はまさに鏡の放つ輝きのように尸陰と覇天の攻撃を弾き返しつつ、2人を捉えようとする。
その攻撃も掠るだけには留まらず、一つ間違えれば致命的になりかねない、そうした正確さを併せ持っている。
無論、それは尸陰と覇天の連携攻撃も同じで、空を切る音だけでなく金属同士のぶつかり合う音がその場に響いていく。
「頑張って……お姉ちゃん!」
「負けんなよ、響華丸……!」
小さな、しかし温かい声援が村人達の口から漏れ出す。
それが追い風になったのか、響華丸の攻撃の手がほんの僅かだけ強まり、2人の敵を大きく悪鬼達の方へと押し出した。
「何とっ!?」
「これは……人間達に支えられており、かつ疎まれても怯まない事は前世と同じですが、これ程とは……」
これまで無傷に等しい状態の尸陰と覇天だったが、自分の手の内をまだ見せていないとはいえ、響華丸の今の強さには驚きを隠せずにいられない。
だが、尸陰の方はすぐに余裕の笑みを取り戻し、斧に強大な力を纏わせた。
「早いですが、前言通り此処で全てを終わらせましょう。絶対に避けられませんよ、この一撃は!」
彼女の言葉に嘘は無かった。
自分が避ければ、後ろにいる村人達が巻き込まれてしまう。
だからこそ、真っ向から受け止めるまで。
響華丸は即座にそう決めると、両足をしっかりと踏み締めて守りの構えを取った。
「覇天、あなたも放つのです。狙いはあくまで響華丸のみになさい」
「元より承知!」
覇天も両手に気を集中させると、それを赤黒い炎の塊に変え、尸陰の斧から放たれた黒紫色の炎と共に撃つ。
二つの炎は一つになると、漆黒の炎の球となって響華丸と激突した。
「ぐっ……はぁあぁぁぁ……!!」
まるで熱された巨大な鉄塊を受けたかのような、強烈な重みと激痛を覚える中、響華丸も力を解放して踏ん張る。
だがその勢いを止める事までは出来ないのか、1秒、1秒と経つ毎にジリジリと後ろへ身体が押されていき、鬼神の装甲も悲鳴を上げてヒビ割れ始める。
「お姉ちゃん!お姉ちゃーん!!」
子供達も親に守られながら呼び掛ける中、響華丸の表情がより苦しそうなものになる。
焼けるような痛みは鬼神の力を消耗させ、全身を火傷と切り傷で覆っていき、数分後には鬼神の装甲が跡形もなく砕けていった。
だが、此処で死ぬつもり等無いという気持ちが、彼女に諦めさせる事を許さず、代わりに闘志を燃え上がらせる。
「……うおおああぁぁぁっ!!」
身体が炎に飲み込まれる瞬間、響華丸は力の限り雄叫びを上げると同時に、内側から炎を光で砕きに入る。
「「なっ……!?」」
同時に、眩い光が辺りを包み込み、悪鬼達はその光に焼かれて消滅していき、尸陰と覇天も光を浴びた途端に大きく弾き飛ばされた。

閃光と共に炎が砕け散り、突風が炎を響華丸の居る場所より前方へと押し返す。
それらはほんの数秒の出来事であり、終わった時には、戦いに一応の決着が付いていた。
尸陰も覇天も空中で留まってはいたのだが、村からはかなり離れた場所にまで押し出され、全身には焼けたような切り傷が入っており、鎧のあちこちに亀裂と切り傷が入っている。
そして巻き起こっていた爆煙が晴れると、そこには転身が殆ど解けかけていて片膝を突きながらも、こちらを睨んでいる響華丸の姿が見えていた。
そればかりか、別の方角からは何人か別の人影が村の方へ向かって来ている。
間違い無く、響華丸の仲間だ。
「時間が掛かり過ぎましたか。撤退しましょう。深追いは禁物です」
「……そうだな。見た所、餓王も斬光も仕損じたようだ。作戦失敗か……」
苦々しい表情になる覇天だが、尸陰は手からの光で傷口を瞬時に癒やしながら薄ら笑いを浮かべる。
「いえ、第一段階が完了です。あの一撃を浴びせれただけでも十分なのですから。まあ、それは何れ分かるでしょう。では」
「うむ」
2人は互いに頷くと瞬時にその姿を消していった。

戦いは、まだ始まったばかり。
響華丸達も、尸陰達もその考えは一致していた……



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あとがき

ONIのSS新シリーズ、開始しました!
今度の相手は前世からの敵メインなのですが、このシリーズでは半ばONIオールスターズで行きます。
故に登場作品の幅は更に広いものになっていますので、ファンの方々には是非楽しんで頂ければ。


十二邪王は一癖二癖ある面子にしておりますが、尸陰、覇天、餓王、斬光の元は四凶で、他の面々も一部を除いて共通点を含んだグループ分けが成されています。


次回もお楽しみに!

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