ONIの里

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隠忍伝説(サイドストーリー)

ONI零 ~虚ろより生まれし仔よ~

桃龍斎さん 作

『七 友愛の鬼神 (完全版)』

光が失せると、響華丸達は鎧禅の住んでいた寺の一室に立っていた。
鈴鹿も気がついたらしく、周囲を見渡してから、俯いた様子で響華丸の方を見る。
響華丸は鈴鹿の視線に気づくも、今は状況を整理しなければと息を落ち着かせつつ口を開く。
「……鎧禅和尚は、この時代の人じゃあない事が分かったわ。今となっては、彼の正体は全く分からずじまいだけれど……」
言いながら足元を見下ろす響華丸。
そこには鎧禅の数珠が、煤(すす)けた状態で落ちていた。
これが意味するのが何なのか、それを理解しない者はこの場に誰一人居ない。
「あの人の術……転移の術と敵だけを滅ぼす術を併用したものだった……それだけに、使う力も半端じゃなかったんだろうね……」
「あたし達を守る為に……あのおっさん、斬っても突いても応えず、煮ても焼いても食えないような奴だと思ってたんだけどな……」
項垂(うなだ)れた様子で江と螢はそう呟き、響華丸は閉じた目から一筋涙を流す。
「ごめんなさい……元々は、私が感情に流された事から始まっていた……最初の、鈴鹿の時は結果的に丸く収まっていたけれど、次の、道鏡を前にした時は……あの時すぐに退けば、鎧禅和尚は……」
「違うよ……全部、あたいの責任……なのにそれを全部司狼丸に押し付けちまった。あいつは何にも悪くなかった……それをあたいは、あたいが……うぅぅっ!!うわああぁぁぁぁん!!」
やりきれない思いを解き放つかのように、子供のように大声で泣く鈴鹿。
2人の涙に、螢はどうして良いか分からなかったが、江は腕組みをしてその泣き声が治まるのを待っていた。
そして、治まった所で腕組みを解く。
「……頭、冷めたか?」
「何とか、ね……」
「ん……」
響華丸と鈴鹿が小さく頷くのを確認した途端、江の両手が伸びて2人を引き寄せる。
それと同時に江は自身の額を思い切り2人の額に、同時に叩きつけた。
「「!!」」
「はわわ……」
唐突な頭突きに響華丸と鈴鹿は痛みを覚えながらも驚きを隠せず、螢も目を丸くして声を漏らす。
江は額に痣が見えるも、それを気にする事無く、声を荒らげる事無くこう語った。
「そいつで仲直りって事にしときな。あたしらには、そうして泣きわめく暇が無いかもしれねぇんだぜ?まあ、道鏡達に此処をかぎつけられたらの話だけどさ……」
「坊や……」
「鈴鹿、あんたは本当に不器用な女だよ。天地丸と戦っているのを見て、司狼丸が泣き叫ぶのを見て、分かってた。一番、割り切るべきはあんただったのかもしれねぇ。自分が鬼とか妖魔である以前に、一人の母親だって事。司狼丸が妖魔である以前に、あんたの息子だって事をな。それが出来なかった事だけだろ?間違ってたのは」
落ち着いた言葉に、鈴鹿は黙って江の話を聞く。
「……2人も、鎧禅のおっさんも、自分の責任って言ってたが、だったらあたしにも責任がある。天地丸と一緒に居る期間が長い方なのに、そそくさに足洗って、退魔師として動く事しか出来なかったんだからな。あたしが司狼丸を真っ先に支えてやるべき存在だった。そうさ、あたしもまた、司狼丸を間接的に追い詰めた。だからその罪を、業を背負う。あんたらと一緒にな!」
「江……あなた……」
この状況でしっかりと自分達を引っ張って行ける江の精神に心を動かされた響華丸。
その横で、彼女の手を取りながら螢も続いた。
「螢も、だよ……もう少し頑張れたらって、そんな気持ち。だから、その頑張れなかった分も含めて生きないと」
「後悔しているより、これからだ。おっさんの言った通り、あの姿を糧にして強くなるしかねぇ。だがそれは罪とか罰に限った事じゃあない。人間も妖魔も、結局は形や力が違うだけの、ただの生き物だ。それをこそ割り切るべきだったんだよ。確かに生きているヤツは他のヤツの肉を喰らうさ。だが弱い奴を喰っても、力になるわけじゃあねぇ。より強い奴に狩られるのがオチさ。だから自分自身を強くする事を願い、弱い奴を苛める事を許さなかった……」
江の真剣な表情を見る内に、響華丸も鈴鹿も涙が引き、目元が赤いながらも心が更に落ち着き始める。
それを確かめつつ、江は話を進めた。
「天地丸は、好き勝手生きる事を選ぼうとして、けど目覚めたんだよな?親の温かさに」
「うん……でも、神無と外道丸、そして伊月は殺されちまった……その仇の、八将神はもう居ない……」
後悔しても何も変わらない。
鈴鹿がそれを割り切りたくても、まだ割り切れない状態にあるというのを分かった上で、江は励ましの意味も込めた笑みを見せる。
「だからさ。だから今を見据えるしかない。ただ、死んだ司狼丸の魂を救う事くらいは、蘇らせられなくても、心に光を持ち込む事くらいは出来るはずだろ?それを果たせるのは、響華丸と鈴鹿、あんたら2人だ」
「……となると、次の行き先は鞍馬山……!大丈夫?」
次に成すべき事を見つけたものの、螢は何時もと違って確認を取りに入っている。
しかし響華丸と鈴鹿の答えはそうせずとも分かっていた。
「……行くわ。例えその先に道鏡が待っていても、関係の無い赤の他人だとしても、司狼丸を救いたい気持ちは、本物よ」
「あたいも……もう一度あいつの顔を見て、今度は心から謝らないと行けない。馬鹿な母親である事を認めなきゃいけない……」
「決まりだな。2人の怪我を治すのが先だから、明日の朝に出るぞ、螢」
「……うん。2人共、手当しておくね」
こうして響華丸と鈴鹿は手当を受け、その夜を寺で過ごす事にした。


響華丸は一人、冷たい風の吹き荒ぶ夜の山の頂に立っていた。
傷は少女から習った術のおかげで治っているのだが、胸の奥の痛みは治まる気配がない。
まるで少女の存在そのものが、心臓に焼き付いているかのようだ。
「……―――……そうだわ。彼女を殺さないと、私は―――を殺せない……」
最早痛みに構ってなどいられない、任務を果たさなければ。
その気持ちが、響華丸を歩かせる。
あの時自分を拾った少女の下へ。
彼女を、自分にとって最大の障害となる彼女をこの手で殺す為に……
しかしその歩みは数歩で止まった。
痛みが強過ぎたのではなく、自分が出向かなくても彼女が登って来たからだ。
「……手間が省けたわ。あなたの方から来てくれるなんてね」
「此処なら、あなたはきっと居ると思っていました。私との初めての妖怪退治の場所でもあり、術を教えた場所でもありますから」
努めて冷静に振舞う2人だが、響華丸の胸の痛みはまだ続いている。
「―――、此処に来たという事は、覚悟が決まったという事ね?私と決別する覚悟が」
それに対する返答は、響華丸の予想範囲内のものであった。
どんな返答であれ、目の前の敵を倒さなければと考えていたが。
「……逆です。私はもっと、響華丸さんの事を分かりたい。そして、私の持てる力であなたを救いたい。それが、隠忍としての、私のケジメです……!」
静かながらも、嘘偽り無い少女の言葉が耳に入る程、痛みは激しさを増す。
だがそれを感じさせまいと、響華丸は視線を鋭くした。
「それがどのような結末を招くのか、精々後悔しないようにする事ね。一瞬でも躊躇えば、私はあなたを迷わず殺す。誰が庇おうとも、心の臓を刺し貫くわ」
「私もやられるつもりはありません。この身にある全てを、迷わずあなたに伝えます……!あなたが私達と同じONIである事、そしてあの時私と交わしたあなたの笑顔が作り物でない事を示す為に……」
少女も凛然とした態度を崩さず、強い眼差しで見返し、そして……
「「転身!!」」
2人は同時に鬼神へと姿を変えた。
少女のそれは、響華丸のような翼は無いものの、赤毛だった部分が若草色に染まり、紅蓮(ぐれん)の鬣が項辺りより伸びている。
顔は純白、髪からは青い角が生え、華奢(きゃしゃ)なその身を重厚感溢れる赤の鎧で覆う姿は、紛れも無く響華丸の戦った男と同じ鬼神である事を示していた。
「さあ、行くわよ……”御琴(みこと)”!!」
「行きます、響華丸さん!!」
駆け出す2人の鬼神は黒と白という、相反する闘気を放ってぶつけ合い、自身も拳を、爪を打ち合う。
星空と満月の下、その輝きに負けまいと走る衝突時の閃光は何度も山を照らしていた。


何十回目かの閃光を見た所で、響華丸の目は覚めた。
現在という場所で……
もう夜が明けようとしており、少し胸の痛みも治まっているようだ。
一瞬、耳鳴りと共に頭に痛みが走ったが。
「(御琴……あの子は、確かに御琴だったわ。そして、戦いの結末が分かる時、私は私の本当に成すべき事を見つける事になる……どんな形であろうと、それが私の進むべき道である事を信じたい……)」
強い決意を瞳に示し、布団から出た響華丸。
その物音に気づいたかのように、螢、江、鈴鹿の順に目が覚めた。
「おはよ~。響華丸、早起きさんだね~」
「ふぁ……さあて、皆も起きたところだし、飯食ったら鞍馬山だ」
「そうだね……案内は任せておくれよ」
昨日の傷はすっかり癒えており、体力も十分。
朝食を済ませた4人は支度を整えた所で、すぐに山を降り、鞍馬山へと足を向けた。

金属製の蔦で構成された一室。
そこで葉樹は眉間に皺を寄せて、自分の目の前に映し出されている映像を見詰めていた。
「……彼の生体反応が消失……そして道鏡と響華丸……となれば、悠長にしていられませんわね」
映像を消し、踵を返した葉樹はそのまま転移の陣に入り、転移を行う。
その目的は―――。

鞍馬山は麓部分はさほどでもなかったが、奥深くに入ると異様な空気が4人を襲っていた。
まるでその岩肌、木々そのものが妖魔であるかのような違和感。
そしてそこに潜む妖魔も普通のものではなく、鈴鹿無しでの突破は難しい程。
それでも響華丸達は迷わず打ち払い、前へ、奥深くへと突き進んで行く。
数刻後、彼女らは大きな洞窟に到着し、その中は光苔の放つ光が照明代わりとなって行く先を照らしている。
人魂のような輝きを持つ為に、不気味な雰囲気が作り上げられているのだが、誰一人悲鳴を上げたり怖気付く様子もない。
ただ一人、鈴鹿だけは一人俯いた様子でこう呟いたが。
「……本当だったら、此処には二度と来たくなかったんだけどね……」
無理もない。
自分の手で殺した司狼丸が、この奥に眠っているのだから。
光に導かれるように歩いてから数十分、響華丸達が到着したのは、まるで屋敷の内部を思わせる大広間だった。
余程の事が無い限り、大暴れ出来ても良い、そうした空間。
その奥に磔状態で眠っている少年が司狼丸だった。
「……かつて遠目で見た時と、そんなに変わらねぇな。で、胸に突き刺さっているあのデカい剣が、封印の要か」
「下手に近づかないで……あの状態でも、司狼丸は凄く怒って、泣いてる……剣を引き抜いたら、螢達をすぐに殺してしまいそうな……」
司狼丸を見据える江に螢がそう言うが、だからといって今更引き返す気の無い響華丸と鈴鹿はゆっくりと司狼丸の方へ近づく。
しかしその背に、別な少女の声が投げ掛けられた。
「お待ちなさい!!」
振り向く4人は声の主を視界に捉える。
鈴鹿はまだ初対面だったが、隠忍の村で響華丸を連れて行こうとした葉樹だ。
「やはり、あなたは危険人物である事が確定しましたわ、響華丸。鎧禅局員の死亡、その原因として断定出来ますもの」
単刀直入な物言いだが、螢は慌てながらも反論する。
「ち、違うよ葉樹さん!和尚様は、螢達を、鈴鹿さんを助ける為に、自分の命を犠牲にして……」
そう言いかけた所で響華丸が遮りつつ前に出た。
「螢、良いの。私が原因なのは紛れも無い事実だから……だから私は葉樹の怒りに応えなくてはならない……司狼丸を救う前に、ね」
響華丸の言葉を聞き流しながら、一旦目を閉じて葉樹は次にこう話す。
「……司狼丸を蘇らせようという行為も十分な罪。時間遡行(じかんそこう)を行い、歴史を大きく改変させようとした彼も要注意人物……その彼を何人足りとも蘇らせる訳には行きませんわ」
「全部道鏡が絡んでいても、か?黒幕が道鏡だとしてもか?」
「今は現行犯優先でしてよ」
江も譲る事無く抗(あらが)うも、葉樹は右手で剣を抜いて構えながら言い放つ。
「そもそも、響華丸は存在そのものが自然に反して生み出された、言わば異端なのですわ。母の身体から生まれ出ず、人工的に血を組み合わせて作り上げられた、言わば意識・心を持つ人形。それが響華丸……当局の調査結果によるものですわ」
「ええ?じんこう?組み合わせ……?だから、不思議な感覚がしたって事なのかな?」
「道鏡の言ってた、自分が造ったってのはこの事か!」
「人間でも妖魔でもない……でも、それだけじゃあまだ分からないね」
三者三様の反応が出る中、響華丸は刀を抜き、葉樹と向き合って構える。
道鏡と戦った時の激情は全く無く、全てを受け入れるかのような冷静な口調を伴って。
「詳しい事は後にするけれど……異端であろうと、人形であろうと、私は私よ。自分が正しいと判断した事を貫き通す。誰に造られた者であれ、これからの生き方を制限される言われは無いわ。そして葉樹、あなたの怒りに応えるとしても、死ぬ訳にはいかないの。司狼丸を救う以外にも、記憶、過去を取り戻す事、力を誰かの為に使い、その誰かを守る事と、山積みな事があるから」
「ならば、抹殺しますわ。反逆罪を犯している以上、その場の判断により処罰・抹殺が許されている……それが時空監査局の戦闘行為及び連行の規則!」
両者は睨み合いからすぐに戦闘を開始した。

響華丸の刀は業物と呼べる程の重さ、鋭さを感じさせるものであり、彼女の剣術も並みの剣士が霞んでしまう程。
「あたしの目利きが確かなら、あれで天地丸と互角以上に渡り合えるだろうぜ。無論鈴鹿、あんたが最初に戦った時の話だけどな」
江の言うように、無駄のない剣の動きが葉樹を捉えようと変幻自在に動き、若草を思わせる髪の端を斬る。
葉樹も、剣の細さと軽さを活かし、手数で響華丸に迫っていた。
剣というよりも鞭のような、そんな連撃が彼女を絡め取らんばかりに。
その手数の差を響華丸は空いた左手からの光弾や火の飛礫で埋めに入っている。
「……坊や、あの時の戦いを見ていたあんたなら分かるだろ?今の状況がどんなものなのかを」
「ああ。今の所は五分だ。あんたや司狼丸のかつての体たらくは、心がズタズタになっていた事が原因だって事もな」
鈴鹿と江が話すように、響華丸も葉樹も、互いに攻撃が僅かに掠っており、攻めの積極性は葉樹が、守りの正確さは響華丸の方が勝って、速さは全く互角。
縦横無尽に飛び回っての攻撃はどちらも得意としており、後はほんの僅かなブレ・隙があるか否かだ。
葉樹は義務遂行の為に、如何なる私情も封じているのに対し、響華丸は罪や業を背負い、自分の成すべき事を、己の心の命ずるままに成そうとしている。
即ち、精神状態も互角で譲る気配が一切ない。
そして、響華丸が人間の姿のままで戦っている意味を、しっかりと螢は理解していた。
「……葉樹さんを倒す為に戦っている訳じゃないから、転身しないんだね」
「……あんな事があったってのに、あたいや司狼丸よりもしっかりしてやがる。当然だよね……悔しいけど、あたいより強いんだもの……」
転身しているしていないの差はあれど、自分が全く手も足も出なかった道鏡に、掠り傷を負わせられた響華丸。
その事実を、鈴鹿は先の仲直りと同時に受け入れていたか、溜息に似た嘆息(たんそく)を漏らす。
が、江は目を彼女の方へ向けつつ言う。
「謙遜(けんそん)する必要はねぇぜ。あたしも伝説の一つや二つは知ってる。最強の鬼、愛染紅妃があんただったとはな……迷いが無けりゃあ、転身した響華丸でも勝ち目は薄いと見えるぜ」
「……ありがとうよ」
今となっては無意味かもしれないが、江のその言葉に気持ちが安らいだらしく、静かな笑みを浮かべる鈴鹿。
気休めだとしても、慰めとしては十分なものだった。
そう話している間も、響華丸と葉樹の剣戟(けんげき)は続いており、終わる気配は全く無かった。
息を切らしたり、汗を掻く様子も無い。
ただ一つ、葉樹の心の方に動きが見られていた。
「(あの言葉が本当という事ですの?剣の一撃一撃、何処にも殺気が感じられませんわ。私を殺すつもりが無いと?)」
その疑問を抱えた事が僅かな隙を生んだのか。
ほんの一瞬だけ、葉樹の剣に乱れが生じ、その隙を逃さず響華丸は絡め取るように手首の捻りを利かせ、葉樹の剣を大きく弾き飛ばした。
「!?」
まさか自分の一瞬の隙を見抜くとは。
その驚きで表情が凍りついた葉樹が呆然とする中、弾かれた剣は車輪のように回転しながら放物線を描き、自分や江達から離れた地面に突き刺さる。
葉樹はそれを拾いに動こうとするが、響華丸はそうはさせまいと左手から光弾を無数放って彼女の行く手を阻み、そのまま接近して目の前に剣を突きつけた。
「!?これは……」
突き出された剣を蹴り飛ばそうとした葉樹の足、いや五体が全く動かなくなる。
響華丸が地面に打ち付けた光弾は、葉樹の動きを封じる結界を形成していたのだ。
「……終わりよ。これ以上戦うつもりは無いわ」
降伏勧告としてそう言葉を掛ける響華丸だが、葉樹は鋭い視線を崩す事無く振舞う。
「甘いですわね。止めも刺さずに勝ったつもりでいるとは……」
「これも私のやり方よ。鈴鹿にやった事、そして鎧禅和尚にやった事は、許される事じゃあなかったけれど……」
それからしばらくは2人の睨み合いと沈黙が続いた。

だが、沈黙は突如放たれた雷光で破られ、響華丸はすぐさま飛び退いて光の放たれた出処を睨む。
彼女の読み通り、そこには道鏡と闇牙、影屍、そして手勢の妖魔の群れが何時の間にか姿を見せており、道鏡がゆっくりと前に進んでいた。
「取り込み中のようだが、やはり此処に来てくれるとは……」
「道鏡……あなたに司狼丸を蘇らせる訳には行かない。今の彼の心を、魂を完全に破壊して、力だけを奪うつもりでしょう?」
葉樹に掛けた拘束が解かれているものの、自分へ攻撃する気配が無いとして道鏡と相対する響華丸。
自由になっていた葉樹は剣を手にすると、道鏡を睨みつけてこう言った。
「……道鏡、あなたは何を企んでいますの?よもや、時空・並行世界への干渉を?」
「ほほほ、そう言ったものじゃな。小娘よ、お主やそこの3人に構っている暇は無いのでな。大人しくしてもらうぞ」
はぐらかすように返す道鏡は葉樹に向けて杖を突き出すと、瞬時に光輪が作り出されて彼女の身体を拘束し、影屍が放った影の触手が江、螢、鈴鹿の足に絡みつく。
そこから抜け出そうにも、目の前には転身した闇牙が立ち塞がっており、何時でも殴りかかれる状態にある為に動けなかった。
「ジッとしてなよ。面白いものが見れるんだからな」
「事が済めば解放してやるぞ、ククク……」
「ちぃっ……!」
闇牙と影屍の嘲笑に江が舌打ちするも、その2人と睨み合うより他にない3人。
彼等を尻目に、道鏡は響華丸に近づき、その身体を舐め回すように眺めていた。
「ほっほっほっ……今度は落ち着いているようだのう」
ジロジロ見られている事に不快感は感じない。
気にした所で何もならないと知っているからだ。
だから、道鏡の言葉にも響華丸は真っ向から応える。
「ええ。自分の輪郭(りんかく)が掴めて来たわ。そろそろあなたの口から訊きたいの。私が何者なのかを……分かっているのは、私が普通に生まれた隠忍ではなく、あなたに造られた存在だという事、そして並行世界を往復した事だけ……」
響華丸のその言葉を待っていたかのように、道鏡は広間全体に響く声で答えた。
「ならば聞くが良い、響華丸よ!お前は確かにわしによって造られた隠忍!此処に戻ってきたという事は、わしが真に勝利したという事なのじゃ!やはりお前を造ったのは正解じゃった。『向こう側』の鬼神の血族たる隠忍共を皆殺しにする事で、この世界への介入を一切遮断し、その上で時空を操る力を手に出来るのだからな!」
「ふえぇっ!?隠忍を殺す為の隠忍!?」
「道鏡、あんたは一体何者なんだ!?」
鈴鹿の、彼女がかつて投げ掛けたものと同じ問いに、その時は答えなかった道鏡も、真なる悲願達成が目前だったのか、今この時にハッキリと答えた。
事実上の、完全なる勝利宣言として。
「『向こう側』の世界を制するという覇業を、隠忍によって阻まれた神の眷属(けんぞく)!その屈辱を払拭すべくこの地にて再起を図った。この世界を地獄に変え、足掛かりとした上で『向こう側』を支配する、これぞわしの真の狙いじゃった」
「”じゃった”?ってことは、司狼丸の存在に気づいたらそのやり方を変えたって事か!」
口振りからそう踏み込む江の読みを、その通りとばかりに道鏡は肯定する。
「如何にも。わしは時空を超える力を手にしようと狙った。じゃがその本質を理解するには実験台が必要……そこで地獄に封印されていた八将神をたきつけたという訳じゃ」
「道理で、時々八将神を呼び捨てにしていたんだね……」
五行軍壊滅、そして地獄門が開く時の事を覚えていた鈴鹿。
その八将神が司狼丸に倒されても、まるで計算通りとばかりに道鏡が笑っているのが癪(しゃく)に障(さわ)ったか、彼女は怒りの眼差しを彼に向けていた。
「そう。奴等も小角同様、わしの駒でしかなかったのじゃ。そして力の質を理解した今、わしがそれを手にする時……!」
「!では、響華丸の並行世界への転移は!」
それも道鏡が行なったのだろうかと推測する葉樹だが、道鏡はそれに対しては否定しながら続ける。
「わしにはその力はまだ無かった。『向こう側』での敗北で天の神々より追放される形でこの世界に来たのじゃからな。しかし、司狼丸の力に気づいた時、わしはもう一人の半妖に目を付けた。鈴鹿よ、分かるであろう?」
「!!?伊月にも似たような力が?でも、伊月は……!」
伊月は確かに自分の娘で、強大な力を持っている隠忍ではあったが、司狼丸のような時空を超える力があるとは思えない。
そう鈴鹿は考えたのだが、次の道鏡の言葉に耳を疑った。
「隠されていたのだよ!伊月の血にも、並行世界へ渡る力が眠っておった!残された血からの研究の末、響華丸、お前がその力を覚醒させたのじゃ。故にお前を『向こう側』に行かせたのだよ。無論、奴等以上の力を持たせる事で、確実に隠忍、あの忌々しき鬼神共を抹殺出来るようにするべくな。戻って来た時に記憶を失っておったのは、予想外の出来事じゃったが」
「何ですって!?これは……この行いは、特級犯罪行為ですわ……!」
「悪い事は全部、道鏡がまいた種から来ていたんだ……」
驚きと共に怒りを燃やし始めた葉樹、全てを理解して道鏡を倒すべき敵と認識した螢。
その一方で、響華丸は睨みを強めてはいるものの、激しい動揺の様子は見られない。
それに気づいた道鏡は満足そうに頷き、杖を掲げる。
「なかなかの凛然とした気概(きがい)じゃ。真実を知っても揺るがぬその心……だが、それももう終わる。この時の為の枷なのじゃからな……」
杖が青白く、妖しく輝いた途端、響華丸は全身に走る激痛で表情を歪めるが、その身体は宙に浮かされる。
「!響華丸!!」
「はうぅ……話から大体想像が出来たけど、響華丸を人形みたいに……」
「そんな……」
最後の希望とも呼べる存在が、今此処で敵となってしまう。
そんな絶望感が鈴鹿を襲っていた。
「う……ぐぅぅ……あぁっ!!」
「さあ、響華丸よ……我が下に戻るが良い!」
苦悶の声を上げる中、響華丸の前髪で隠れていた額に赤黒い梵字(ぼんじ)が浮かび上がり、身体の中から黒紫色の霧が噴き出し、瞳の輝きが失せていく。
そして数分後、響華丸は両の足で地面に着地すると、道鏡が司狼丸に向けて指差すのを受け、司狼丸の方へと歩く。
「響華丸、ダメだ!行くなぁ!行かないでおくれっ!」
「真っ暗……何にも見えない……響華丸の心が見えなくなってる……」
「くそっ!見てるだけかよ!」
鈴鹿達が苦々しく言う中、司狼丸の前に立った響華丸は彼の左胸に突き刺さっている大通連に手を触れた。
その瞬間、眩い光が辺りを照らし始めて……―――。

暗闇の中、司狼丸は膝に顔を埋めて佇んでいた。
黄色い瞳は虚ろになっており、全てに絶望しているかのように。
いや、全てに絶望していた。
自分は愛する者を、仲間を失い、それを取り戻そうと力を解放させた。
時空を操る力、呪われた運命を変える力。
それならば、時間を遡(さかのぼ)れるのであれば、自分は仲間の命を、失ってしまった者の命を取り戻せると信じていた。
なのに待っていたのは、余りに過酷な現実、理不尽な仕打ち。
それらは、司狼丸の心を絶望に染め上げるのに十分過ぎるものであった。
そんな彼の耳元に、聞き覚えのある声が届いた。
「司狼丸……!司狼丸……!!」
声に反応して顔を上げた司狼丸は立ち上がり、真っ暗な周囲を見回す。
「!?姉ちゃん……?姉ちゃん!」
声のした方角へと駆け、必死に姉を呼ぶ司狼丸。
自分の姿以外全く見えない暗闇の中、どれくらい走ったか、段々と行く先に光が見え始め、それが大きくなって司狼丸を飲み込んでいく。
眩い光に目が眩んだ彼は立ち止まり、視界が晴れるのを待っていたが、光が治まると同時に周囲は温かみのある桃色と白の空間に変わった。
そして、目の前に一人の女性が立って、自分を見詰めている姿が……
空のように青い髪、司狼丸と同じ黄色い瞳をした彼女こそが、司狼丸の姉、伊月。
五行軍との戦いの後、外道丸に拾われ、彼との間に息子の天地丸を産み、しかし神無達人間を救った時に、その人間達に殺されてしまった、伊月。
その伊月が、夢でも幻でもない状態で目の前にいるのだ。
「姉ちゃん……俺……」
俯く司狼丸に、伊月は優しく微笑みながらその身体をゆっくりと抱き締める。
その途端、彼の心の奥底を閉ざしていた闇が振り払われて行き、闇の入れ代わりに温かいものが流れ込んできた。
温かな『それ』は、無数の光の粒子のようなもので、その一粒一粒が司狼丸にこう呼び掛ける。
大丈夫、独りじゃない、負けないで、頑張れ、諦めるな。
男や女の、誰かは分からないがその言葉が、司狼丸にこう感じさせる。
自分の戦いは無意味ではない、何時か必ず報われる、皆に会える、笑顔で一緒に暮らせる、と。
その希望の温もりを受けていく内に、司狼丸の心を縛り、蝕んでいた心の氷は溶かされていった。
だから、伊月の言葉を、真っ向から受け止める事が出来た。
「ごめんなさいね……あなたを助けてあげられなくて……私があの時、外道丸との誓いを破って転身しなければ……」
「俺の方もすまねぇっ!親父の約束を破って、誰かを憎んで、母ちゃんを恨み続けて……その結果がこれだ……でも、俺は、俺は神無や姉ちゃんに会いたかった……!一番に会いたかったのは、姉ちゃんだったんだよ……そうだ。俺は姉ちゃんを助けたくて、戦ってたんだ!なのに、なのに……!」
今まで抱えてきた罪悪感だけでなく、溜め込んでいた想いを解き放つと同時に泣きじゃくる弟の頭を優しくなでる伊月。
その横に、響華丸が姿を見せていた。
姉弟の出会いから、一部始終までを全て見ていたようだが、一歩が踏み出せる様子ではなく、代わりに言葉を掛けるのみ。
「……司狼丸……」
2人を見る内に、響華丸はそれまでの、共鳴していたかのような全身の脈動を感じていたが、それは穏やかになっていき、落ち着いた気分になる。
伊月は、響華丸の方を見ると、微笑みながら小さく頭を下げた。
「ありがとう、響華丸……あなたの身体に流れている血を通じて、私は司狼丸とこうして再会出来た……」
司狼丸も伊月の胸元に埋めていた顔を上げ、涙混じりの笑顔で、感謝の笑顔で響華丸にこう言う。
その笑顔は、響華丸が初めて見る、司狼丸の本当の、心からの笑顔だった。
「俺からも礼を言うよ……あの和尚様の言葉通りだった。俺さ、辛かったんだよ……俺の前から皆消えちまって、取り返したくて……でも取り返せなくてそれどころか、皆俺を殺そうとして……だから俺、皆を、全部壊したかった……今はもう、そんな事考えない……こうして姉ちゃんと一緒なら、きっと神無とも……」
それを聞き、響華丸も小さく微笑んだ。
司狼丸の願いは、形は違えど一つ叶えられている。
姉との再会、戦いの先にある良き結末。
絶望の中にあった彼の心は今、姉の存在という確かな光を受けて希望を取り戻していたのだ。
その事を理解していたのは、この場に立ち会っていた響華丸も同じだった。
最大の証は、司狼丸の黄色い瞳に戻ってきた、生命の光だから……
「……私は、そう……このためにも戦っていたんだわ。司狼丸を救いたい、その真っ直ぐな気持ちが、私の中にあった……!」
「でも響華丸、あなたは……」
道鏡の話を聞いている為に、手放しで喜べる状態にない伊月がそう口を噤むも、響華丸の口元から笑みが消える事は無い。
「私は私、伊月は伊月よ。ただ、一つ謝らなければならないのは、鈴鹿を、司狼丸の思いを否定した、ただそれだけの理由で殴ってしまった事……」
その謝罪に対し、責める事無く司狼丸は微笑む。
思えば、彼を庇った人という者は殆ど居なかった。
時空童子になってからは、完全に孤立してしまっていた。
人間を殺した加害者、ただそれだけで否定されていった司狼丸。
その否定される事に理不尽さを見出していた響華丸の想いこそが、伊月の魂を司狼丸と引き合わせてくれたのだろう。
そしてその温もりが、司狼丸に本当の光を齎した事は事実だった。
「……俺の為に真剣に怒ってくれる奴がいたなんて……姉ちゃんの血が流れてたとしても、信じられねぇや。姉ちゃんは、俺に対して、いや誰に対しても怒った事は無かった。親父くらいだったものな、俺を本気でぶん殴ったのって……」
「そう……もしかしたら、私の血にこそ……」
皆まで言わなくとも、今の響華丸には理解出来ていた。
自分が何故、あのような乱暴な手に出たのかが。
しかし、だからこそ今この時の自分達があると知り、彼女は司狼丸と伊月の手を取る。
「司狼丸……もう理解していると信じて言うけれど、きっとあなたは良い形で蘇れるわ。そしてその時こそ、あなたの取り戻したいものは、全部とまでは行かなくても、一番大切なものを含めて取り返せる。その願いを、私が繋ぐ……それもまた、御琴との約束だったから……」
その言葉と共に、響華丸の脳裏に記憶が、まるで太陽が昇るかのように甦る。
御琴との戦いを繰り広げ、その結末からの記憶が……


「……止めを刺しなさい。さもなくば……前言通りあなたを殺すわよ……」
激しい戦いの末、どちらも甲冑が砕け、露になった肌が青白い血に塗れていた響華丸と御琴だったが、傷は響華丸の方が深く、彼女は片膝を突いている。
しかし隙あらば最後の力を振り絞って御琴の胴を貫く事が出来る状態だ。
対する御琴の反応は……
「……もう、良いんですよ。響華丸さん……」
優しく響華丸の肩を抱き、額を重ね合わせる。
御琴の選んだ答えは、最初から変わっていなかった。
隠忍として、悪しき妖怪・妖魔を打ち倒す使命も大事だが、それを口実にして響華丸との友情を終わらせる事を、彼女は許さなかったのだ。
その動きに、響華丸は何も出来なかった。
右拳で彼女の身体を貫く事も、自分の首を掻っ切る事も、まして彼女を突き飛ばして逃げる事すらも……
只々、転身が解けて涙を流す以外には……
「……私は……っ!」
「気づいていたんですよね?自分の生き方は、殺し合う事にあるんじゃないって事を。だから私と一緒に過ごせた……伯父様を目にしても私の前では何も出来なかった……」
図星を突かれ、左胸の痛みがだんだんと大きくなっていく。
御琴を殺そうという意志を抱く度に、彼女との触れ合いがハッキリと脳裏に浮かび上がり、そして左胸が締め付けられ、何かが突き刺さるような激痛が強まっている。
その激痛が引き金になったのか、”殺したい”が、少しずつ別なものに書き換えられ、その書き換えられたものによって痛みが引いていくのを、響華丸は感じていた。
鼓動と痛みの度に、身体中を流れる血が何かを命じているかのように……
「うぅっ……」
「あなたの本当の気持ち、教えて下さい……」
その優しい言葉が、響華丸の体全体を、心の随を駆け巡り、更に涙の流れる勢いを増していった。
自分の素直な気持ち、正直な気持ち。
道鏡に造られ、敵を倒すべく戦っていながらも、御琴に救われ、彼女と仲間・友としての関係を、仮初ながら築き上げたその時から抱き始めていたその気持ち。
それは、御琴の持つ温かな優しさに触れ、それを自分も受け取ろうという意志が動かしているものなのだ。
敵である自分が、許されているだけではない。
自分が倒すべき敵だと、それを知りながらも、分かり合おうという彼女の気持ちに、応えたい。
殺し続ける為に一人でいるより、もっと多くの事を知りたい。
本当の笑顔、幸せ、そうしたものを感じ取りたい。
その思いに気づいた時点で、響華丸の心にはもう、道鏡の意図していた『隠忍を殺す』という気持ちがかき消されてしまっていた。
「……ごめんなさい、御琴……私、あなたと友達になりたい……!もっと一緒に、居たい……!この温もりを、終わらせたくない!」
御琴も転身を解いて涙を流しながら、強く頷く。
「私もです。あなたも私も、同じ隠忍。誰かを、苦しんでいる誰かを救う為に戦う鬼神……そして、あなたを救いたい。だから、戦ったんです。もっとあなたの事を知る為に、分かり合う為に……」
やはり彼女も、御琴も同じ気持ちだ。
故に、御琴は自分に迷わず、手を差し伸べていたのだ。
そしてその差し伸べられた手は、しっかりと自分から手に取らなければならない。
響華丸はその気持ちに従い、強く抱き返した。
「……御琴!」
「響華丸さん!」
日が昇り、その光を浴びる中、強く抱き締め合う2人。
その強さは、今此処に真に結ばれた友情の、絆の強さを示していた。
そこへ男が、御琴の伯父=天地丸が駆けて来た。
「……終わったんだな?」
「いえ、始まったんです。私と、響華丸さんとの、友達としての人生が……」
涙を拭い合い、微笑み合う2人の隠忍。
響華丸は心の奥底に潜んでいた寄生虫めいたものがジュッと音を立てて消え、心臓を突き刺すような痛みが完全に治まるのを感じる中、御琴と共に立ち上がる。
その寄生虫めいたものとは―――……

御琴の家に帰った響華丸は、傷を癒す中、彼女から様々な話を聞いた。
赤子の頃、御琴は邪悪な妖怪の神によって攫われ、その手先として多くの人々を傷つけて来た事。
そんな自分を、双子の兄である音鬼丸(おとぎまる)達が救った事。
そして、一人の隠忍を愛し、彼の支えとして戦い、彼の幼馴染の気持ちを感じ取った事……
それらの事実に、響華丸は自分の今までの事を幾つか当て嵌め、決意を固めていき、同時に御琴の優しさの意味を理解していく。
また、自分が何者であるかを、与えられていた本来の目的を御琴達に話した。
その内容には、御琴達も驚くと同時に納得し、今の響華丸を信じる事を選ぶ。
御琴の、響華丸を助けたいという気持ちが伝わっている以上、止めても無駄であるとも理解して。
それから数日後、響華丸は里を出る事にした。
自分が何を成すべきか、もうハッキリ分かっていたからだ。
生い立ちを理解し、そして自分の身体に流れる血を通じて聴こえてきた、助けを求める声に応える為に……
それが響華丸にしか出来ない事ならば、止める理由は無い。
だから、御琴は彼女を行かせる事を許した。
「……行くんですね、響華丸さん」
「ええ。理不尽に苦しんでいる人を救う為に、この温もりと光を、届ける為に……そして……―――」
見詰め合う中、響華丸は御琴の手を取りながら続ける。
「全てを終えたら、絶対に此処に帰って来るから。それまでは」
「さよならは言いません。ずっと待っています、響華丸さん……」
誓いとしてお互いに強く手を握り締める。
響華丸は御琴から温もりを受け取り、それを届けるという意味合いでゆっくりと手を放し、外の方へと一歩踏み出す。
「……行って来るわ、御琴」
そして決意の込められた笑みと共に彼女は駆け出した。
約束を果たす為に……


響華丸は全てを思い出していた。
それに気づいた司狼丸と伊月は手を握り合って並ぶ中、彼女を見守るように微笑んで姿を消し始める。
「……俺は、まだこの身体を動かせない。地獄とは別の、何処かに行っちまった神無の魂を探さなきゃならないからな……けど、俺が戻って来れるまでに、こっち側の天地丸や晴明が何とかしてくれるみたいだ。俺は、それに賭ける」
封印されている状態でも、精神と精神の間、霊脈を通じておおよその事を把握出来ていた司狼丸がそう言うと、伊月がそこに続く。
「今この時の運命を響華丸、あなた達に預けるわ」
「2人共……鈴鹿の事は……」
果たして鈴鹿はこのやり取りを知って、納得するだろうか?
仲直りしたとはいえ、そんな引っ掛かりを感じる響華丸に、司狼丸は笑いながら遮った。
「気にすんなって。もう、俺は母ちゃんを恨んじゃいない。晴明の事も、しっかりと背負って生きるぜ。母ちゃんに伝えてくれ。精一杯生きてくれって。それと……―――」
付随(ふずい)する話の内容は重要だが、深刻なものではなく、それをしっかりと響華丸は受け止める。
「私達の事はもう大丈夫だから。心配しないで、ともね」
2人の言葉に、響華丸も笑顔で返し、完全に2人が消えるのを見届けた。
「ええ。絶対に、この約束は果たすわ。そしてあなた達の分も戦い、生きる。それが私の戦う意味だから」

光が治まって、薄暗い洞窟の様子がハッキリとする。
その様子は、響華丸が大通連に触れる前と何ら変わり無かった。
ただ一つ、違和感があるとすれば、心無しか司狼丸の顔が穏やかな寝顔になっていた事。
それを見て、道鏡は眉を顰(ひそ)めた。
「どうした、響華丸?封印は解けぬのか?」
その問いに答える事無く、響華丸は司狼丸から離れて振り向き、目を閉じたまま道鏡の方へ歩み寄る。
「あ……」
何かに気づいたらしく、螢は小さい声を上げるが、それ以上何も言わずに響華丸を見詰めている。
道鏡の前に立った響華丸は、まだ目を開く気配を見せず、口を開いた。
「思い出したわ。何もかも、やるべき事全てを……」
「ならば今一度行け。司狼丸の封印を……」
「いいえ。私の成すべき事、それは……道鏡、あなたを止める事!!」
道鏡の命令への反抗の意志。
それを伴った言い切りと同時に剣が引き抜かれ、その一閃が道鏡の左脇腹から右肩にかけて傷を作ると同時に、その身体を小石のように弾き飛ばした。
「ごはっ!?」
「「!!?」」
突然の出来事に誰もが言葉を失い、目を丸くし、注意が逸れる。
ただ一人、螢はその隙を突いて熱風を放ち、闇牙と影屍を壁に叩きつけると同時に、自分達を拘束している影の触手を焼き切った。
「うおあっ!?」
「な、何じゃと!?」
二重の衝撃に戸惑う中、響華丸はゆっくりと目を開く。
その瞳は、星空の輝きが更に増したかのようなものであり、身体から放たれる気も先程とは比べ物にならない、しかし優しい雰囲気を持っていた。
「ど、どうなってんだ?自力で洗脳を解いたってか?」
「この力は……異端ながらも、これは!?」
半信半疑の江と葉樹も響華丸の力の高まりを感じ、鈴鹿も今の響華丸の攻撃、そして彼女の状態を見て目を疑う。
「しかも、道鏡に不意討ちを浴びせられるなんて……暴走とも違う……」
「温かさを、ポカポカの心の光を司狼丸に伝えれたんだよ。だから司狼丸から、悲しみと怒りが消えてる。それと同時に響華丸の勇気が、高まってる……!」
螢の説明に、一番に驚き、大声を上げたのは道鏡だった。
「何じゃとっ!?響華丸、お前に掛けられた枷は……っ!?わしの術が……額に記された印が、痕跡が完全に消えておるじゃとぉっ!?」
響華丸の闘気によって前髪が吹き上げられ、見えるようになった彼女の額。
そこには先程の赤黒い梵字は影も形も無くなっており、誰もがこう確信した。
響華丸は、道鏡の呪縛から完全に解き放たれた、と。
「道鏡、あなたは完全に私を買い被っていたわ。私が帰って来ただけで、『向こう側』の隠忍、鬼神を殺す事が出来たと思い込んでいたのね。だから、全く気づいていない」
「!では、仕損じたというのか!?」
「ええ。そしてあなたの術も完全に打ち消されたわ。でも、それ以外に気づくべき事が一つ。伊月は、さっきまで私と一緒に生きていた事。あなたが彼女の血を私に組み込んだ事が、切っ掛けになっていたのよ。私が、誰かを守りたい、助けたい、誰かと友達になりたいという思いを抱く切っ掛けにね……」
よもや伊月が死してなお自分の野望を阻んでいたとは思わなかったか、道鏡は憎々しげに響華丸を睨む。
それに対して彼女の言葉に反応し、逸る気持ちを抑えながらも鈴鹿は響華丸に問い掛ける。
「その伊月は、伊月は何処に居るんだい!?」
「司狼丸の魂と出会った彼女の魂は、天に帰ったわ。私に多くを託して……」
問いに答えると同時に再び目を閉じた響華丸の身体からの闘気が更に強まり、彼女の身体も光り輝き始める。
彼女はしっかりと理解し、感じ取っていた。
自分の中にある、本当の力を。
それは元々あった力ではなく、御琴と分かり合った時に組み立てられたもの。
伊月の想いが司狼丸に届いた事によって封印が解かれたのであろうその力こそは、自分や仲間の運命を真に切り開く力であるという事を。
「(初めて使う力なのに、使い方が手に取るように分かる……血と一緒に駆け巡るこの力が……私の使える、真の鬼神、隠忍の力!)」
響華丸が、自分の頭の中に流れ込んで来るものを把握したか、闘気は必要以上に外に放出されず、一定範囲で納められている。
「わぁ……凄く綺麗で、強くて優しい鬼……」
螢が感嘆の声を漏らす中、響華丸の目は強く開かれ、洞窟内に彼女の凛とした声が響き渡った。
「転身、凶破媛子(きょうはえんし)!!」

声に呼応して放たれた青白い輝きと共に、響華丸の身体を纏っていた衣は全て光となり、しなやかにして適度に鍛えられた肉体がハッキリと姿を見せた。
そこに躊躇いも恥じらいも抱く事無く、響華丸は高まる力を形にしていく。
赤と茶の髪は根本から花が咲くように、太陽の輝きを思わせる黄金へと色を変えながら伸び、側頭部辺りからは銀色に輝く角が生え、天を貫かんばかりに真っ直ぐ伸びる。
背中から生えようとする翼も明るい紫色で、それが思い切り広げられた途端、響華丸の全身が一気に明るい紫色に染まった。
それと共に頭部には簡単ながらも頑丈な兜が取り付けられ、その顔は門が閉じるように仮面のようなもので覆われる。
頬を覆う清い緑青の爪のような紋様、それは口と鼻の孔が見えない代わりに、鬼神としての顔を示していた。
そして、全身を覆うは滅界翼媛のものよりも明るい、紫色の鎧であり、それが女戦士としての彼女の姿を彩る。
その全ての変化が終わった所で、鬼神となった響華丸の身体は一瞬青白い輝きを以て洞窟の闇を一気に吹き飛ばした。

羽ばたけば、枯れかけた木々が息を吹き返す程の生気に溢れている翼の輝き、そして邪悪さが感じられない鬼神の姿に道鏡も闇牙も影屍も不快感で顔を歪めていた。
「その姿……!滅界翼媛としての姿が、隠忍を殺す為の隠忍が……おのれ響華丸……!」
「世を滅ぼす力を秘めた破壊の翼は、闇と光を併せ持つ鬼神の聖邪の力で浄化された。そして今、この世を苛(さいな)む凶を討つ破邪の翼として新生した……それが、吉翔媛子(きっしょうえんし)と共に作り上げた友情を胸に抱き、楓玲鶴姫(ふうれいかっき)が伝えるべき愛を時空童子へ届けた鬼神……友愛の鬼神、凶破媛子!」
名乗りと共に闘気が納められ、全身を清い青に輝かせる響華丸。
それを見て歯軋りをしていた闇牙が目を血走らせながら彼女に殴りかかる。
「ふざけるなぁっ!俺より強い鬼が、存在してたまるかぁっ!!!」
烈火の如き怒号と共に振るわれた拳を、響華丸は流れる水のようにかわし、隙を突いて右手に緑色の光を迸らせる。
「鬼雷剣(きらいけん)……!」
彼女の言葉に呼応して、右手を覆う光が鋭く伸びる炎のような剣となり、その一振りが闇牙の胸元を切り裂く。
「ぐはぁっ!?ば、馬鹿なっ!!」
鎧のように強靭な胸板が紙のように切り裂かれ、傷口が焼けるのを見て驚く闇牙。
「この上は!」
影屍も左手から邪気の塊たる黒紫色の炎を放つが、それは螢が放った鉄矢で撃ち落とされる。
「見てるだけじゃないのは、螢も同じだよ~」
「やるんだったら、相応の力を出してきな。弱い者苛めは気が進まねぇから」
響華丸の復活を、司狼丸の心の安定を理解した以上、恐るものは何も無い。
それ故の、江と螢の自信に満ちた言葉に、響華丸から狙いを2人に変えた闇牙と影屍は歯軋りと共に2人を睨みつける。
鈴鹿と葉樹は妖魔の群れに囲まれながらも、小さく溜息を吐いた鈴鹿がドッシリと腰を落として構え、葉樹も剣による刺突の構えを取った。
「しょっぱい坊やだねぇ……でも、あたいも少し燃えて来たかな」
「最悪の事態は回避されたようですわね。私も貸しますわ」
全員が戦う状況で、数だけならば闇牙達の方が上だが、それらをものともしない江達の表情に苛立ちを隠せない。
江と螢が闇牙と影屍を抑えている間、雑兵たる妖魔は数頼みだった為に、鈴鹿と葉樹によって次々と切り捨てられていく。
ただ一人、響華丸と戦う状態に入っていた道鏡はならば今一度と、眼力を彼女に叩き込む。
しかし響華丸はそれを真っ向から受けてもさしたる反応は見せず、2,3歩進んだ所で左手から緑色に輝く光の弾を放つ。
「!?衝掌波(しょうていは)!!」
術が効かないと知り、すぐさま左手を突き出して光の弾を撃ち落とそうと空気の塊を放つ道鏡。
その空気の塊を、光の弾は瞬時に貫き、そのまま道鏡の左肩に直撃し、袈裟ごと着弾部分を激しく焼いた。
「道鏡様!!」
「ぬぅ……これが……こんな事が……!」
左肩を押さえ、その火傷を癒す道鏡だが、自身の傷と兵の数の減りで旗色悪しと見てか、闇牙と影屍を生き残った妖魔と共に退却させ、自分も姿を消しながら響華丸を睨む。
「よくもわしの邪魔を……響華丸よ、完全な裏切り者たる貴様は相応しい場所で処分してくれる!後悔せよ、その謀反を!!」
それが道鏡の、金輪際(こんりんざい)吐きたく無かった捨て台詞だった。

完全に道鏡らの気配が消え、洞窟内に静けさが戻った所で響華丸は転身を解く。
元の姿に戻った彼女の身体に傷の類は一切見られず、その事から転身の副作用が消えたのだと誰もが理解していた。
「一時はどうなるかと思ったぜ。けど、司狼丸の魂を救う事は出来たみたいだな」
ホッとした江は満足げな笑顔でそう言えば、響華丸も笑みを返す。
「すぐには復活しないから、封印はそのままだけどね。鈴鹿、司狼丸と伊月からあなたに伝言よ。自分達は大丈夫だから、あなたは精一杯生きて、って。それから、これは皆への、急ぎの伝言」
急ぎと聞いて、誰もが気を引き締めて響華丸の話を聞きに入った。
「間も無く、この洞窟を強烈な瘴気が覆うわ。大通連が吸い上げた司狼丸の力の内、破壊衝動の部分と、地獄の亡者の魂とが混ざり合って出来た瘴気よ。並の生き物が近づいただけで死ぬ程のものだから、私達も無事では済まないかもしれない……そしてその瘴気は結界代わりになる、と……」
「それはあなたが干渉するしないに関わらず、ですわね?」
色々聞きたい事、伝えたい事がある葉樹も、今はそれどころではないとしており、冷静に振舞う。
「そうよ。覚醒と共に高まっていた力は、司狼丸の肉体が死んだ状態でも残っている……その力を受けた亡者の魂が大通連では抑え切れない程の量になっているの。さあ、行きましょう」
「崩れる心配は、無いよ~」
洞窟全体は全く揺れる様子は無いものの、確かに只ならない気配が司狼丸の身体から湧き出ているらしく、その意味ではモタモタしていられない状態だ。
「けど、急がなきゃ行けないのは同じだな……!」
「取り敢えず、脱出してから色々と済ませておきますわよ、響華丸」
螢、江、葉樹と出入口へ急ぐ中、響華丸を先に行かせていた鈴鹿は司狼丸の方を見ながら、小さく、母親らしい笑顔をしてこう言葉を掛けた。
「司狼丸……さよならは言わないよ。あんた達が帰って来るまで、いや、帰って来てもずっと生きるから。生きてりゃまた会えるんだからね……でも、これだけは言わせておくれ。馬鹿で最低で、失格な母親でごめんよ……こんなあたいを、許してくれて、ありがとうね……」
一筋だけ涙を流した鈴鹿はそれを拭うと、凛然とした戦士の表情になって洞窟の外へと走った。
鈴鹿が広場から居なくなってから数秒後、司狼丸の肉体、正確には彼の身体に突き刺さっている大通連の鍔元からどす黒い煙のような瘴気が湧き上り、桶から溢れ出る水のように洞窟内を、そして洞窟の外周辺を覆う。
それこそは、力を無闇に求める愚か者達を阻み、真に司狼丸が認めた者のみ立ち入る事の許される、即席ながらの結界だった。




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あとがき
前回とは打って変わっての逆転とも取れる今回。
遂に響華丸の過去が明らかになった訳ですが、そこに一番絡んでいる御琴。
琥金丸に恋を抱いている彼女は、一番の友達と呼べる存在があっても……という事で響華丸をその一人としました。
ただ、2人のやり取りを見て、最近の流行りかと思われる方もいるかと思いますが……
原作では八将神に従っているような状況以外に謎とされている道鏡、彼は今作においては今作に適した設定、という事にしております。
司狼丸のその後についても同様で、これがDS版へと繋がるのかも、と思ったり。
DS版が本当に黒歴史扱いになるのならば、別の展開を考えるというのも一つの手ですし。
そもそも彼の戦いの原点は、姉の伊月を助け出す事にあったので、伊月の優しさを鍵としました。

いよいよ終盤が近くなりましたが、是非温かい目で最後までお見届け頂けたらと……

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