ONIの里

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隠忍伝説(サイドストーリー)

ONI零 ~虚ろより生まれし仔よ~

桃龍斎さん 作

『六 血の過去、怒りと哀しみの今 (完全版)』

少女との交流、そして平和を乱す雑多な妖怪の退治。
それは響華丸にとっては本来、無関係にして無意味なものだった。
何故なら、響華丸の本当の目的は―――……
だが、彼女は動こうにも動けなかった。
少女の伯父である『彼』が時々家に来るものの、『彼』を目の前にしても、響華丸はどうしても行動に移せないでいたのだ。
「君が響華丸か。良い目をしているな」
「噂は予々聞いておりましたが、正直、まだ信じられません……こうして話が出来るなんて……」
新人の、人間の戦士である事を装っている響華丸。
心の奥底で、本来作られていなかったものが、此処で生まれていた事に気づく事無く……

そうしてしばらくの月日が経ち、響華丸は少女の気づかない中で、人里離れた森の奥にて再び鬼神に戦いを挑んだのだが、心の中の戸惑いが拍車を掛けたのか、最初に戦った時よりも攻撃が鈍っていた。
「まだ傷が癒えていないと見えるな!」
「っ!万全でなくとも、貴様を倒す事くらいは……!」
虚勢を張って鬼神にそう返す響華丸が無数の光弾を放つが、その弾は全て鬼神の拳で弾き返され、回し蹴り一撃で吹き飛ばされる。
そこから受け身を取った響華丸に、鬼神は追い討ちとばかりに踵(かかと)落としを浴びせ、地上に叩きつける。
「ぐっ……」
響華丸は身を起こし、反撃とばかりに鬼神に殴りかかるも、雷撃を伴った鬼神の拳に自分の拳が弾き返され、最後に繰り出された衝撃波で木に叩きつけられた。
が、鬼神はそれ以上追撃をする素振りを見せず、厳かな雰囲気をそのままにこう語り掛ける。
「……君は一体何者なんだ?俺を襲うにしても、焦りがあったりするが……」
止めを刺して来ないならば、今はこの場を切り抜ける好機。
そう踏んで、響華丸は瞬時に左手から閃光を放って鬼神の視界を封じると、すぐさま森を抜け出し、意識のある内に転身を解いて少女の家に戻る。
少女も響華丸が居なくなり、戻ってきたと思ったら傷だらけという状況を目の当たりにした為に、心配そうな顔で彼女の手当に入った。
「急に居なくなってしまうなんて……響華丸さん、どうして黙って出て行ったりしたんですか!?」
「……どうしても、あの強大な妖怪を倒さなければならないから……」
「でしたら、次は私も連れて行って下さい!貴方ばかりを危険な目に遭わせる訳には行きません!」
真摯(しんし)な、そして真っ直ぐな熱意を込めた眼差しと言葉に、響華丸は一つの考えを思い浮かべる。
最早、自分の成すべき事をする以外に方法は無い、そうした結論の下に……
「―――、ありがとう。傷が癒え次第、一緒に戦いましょう。その妖怪と……」
これで、自分の『任務』は果たせるはず。
そう響華丸が思った途端、彼女は心臓の奥底から突き刺すような痛みを感じた。
「(!?今の痛みは……『あの男』を倒す為ならば、手段を選んではいられないはず……私は―――様の命により、『あの男』を初めとした存在を抹殺しなければならない……これは、その上での作戦のはず……だから、間違った事はしていない。なのに、どうしてこんな痛みが……?)」
苦痛に胸を抑える響華丸を見て、少女は彼女の肩を支えながら寝床へと運ぶ。
「無理をしないで下さい。その身体の傷、妖怪の毒にやられている可能性もあります。今はゆっくりと休んで下さい」
少女の言葉を受け入れ、響華丸は床に就き、翌朝から傷が癒えるまでの療養に入った。

そして傷が癒えた所で、彼女は少女を連れて『ある男』の下に着く。
その『ある男』とは、少女の伯父であった。
「今日は2人で何か用が?」
「……此処では話し辛いので、場所を変えます。こちらへ……」
首を傾げる男と少女を連れて、響華丸が向かった先。
そこは、最初に響華丸が『鬼神』と戦った場所だった。
「此処は?」
「―――さん。貴方は少し前に、変わった妖怪と戦っていませんでしたか?」
静かに風が吹く中、男は顎に手を当てて、ふむ、と漏らしつつ今までの事を振り返っていた。
「……そう言えば……俺達と同じ鬼神、それも女の鬼神と戦ったな。―――や君と同じくらいの背丈をした、鬼神とね。最初に戦ったのが此処だった。あの時は倒したかと思ったが、少し前にまた襲いかかってきたな。どうしてそれを?」
男が訊ねた途端、響華丸の表情が邪悪な笑みに染まり、思わず男も少女も身構えた。
「響華丸さん……!?」
「うふふふ……この世界でも並ぶ者の居ない鬼神、そのあなたに武勇で及ばなくても、知略では私が勝っていたようね……人間を装っていたおかげで、この子もあなたも、何の疑いも無く私と話をしていたもの……この方法ならば、あなたに打ち勝てるわ……!」
言いながら彼女は転身し、漆黒の翼を生やした鬼神となる。
その豹変ぶりに、少女の表情は驚きと戸惑いに凍りついていた。
「う、嘘ですよね?響華丸さん……あなたの戦っていた妖怪、それが、伯父様の事だったなんて……」
「嘘じゃあないわ。本当の事よ。そしてもう、これ以上の小細工は無用……(そう……限界を突破しての霊力解放ならば、この鬼神を倒せる!)」
少女が動揺する中、響華丸の身体から黒紫色の闘気が溢れ出し、瞬時に男の目の前に現れて彼を殴り飛ばす。
「ぐはっ!」
「伯父様!」
不意討ちはしっかりと入り、男はもんどり打って倒れる。
その光景に声を上げた少女はすぐに彼の方へ駆け寄って抱き起こすが、既に響華丸は2人の前で見下ろしており、右手を鋭く窄(すぼ)めて振り上げていた。
「貴様を殺せば、それで我が主―――様の『任務』は達成出来る!全てが―――様の手に……!」
「響華丸さん……!どうして……!?」
少し前までは親しい存在として生きてきた響華丸が、自分達を殺そうとする敵だった事が未だ信じられない少女。
そんな少女の心に、響華丸の氷の如き冷徹な言葉が突き刺さった。
「『任務』は絶対なのよ。だから―――、あなたも殺すわ。そう、鬼神を狩る為に、私はあなた達と同じ鬼神としてあなた達を殺す!」
殺意を露わにした響華丸の瞳もまた冷たい氷を思わせる青に染まっており、翼が光を飲み込む闇のように広げられる。
「……やむを得ん。―――、下がっていろ。転身……!」
話し合いでは解決しないと考えていた男は少女を下がらせると、転身して鬼神となる。
響華丸が戦った鬼神に……
「伯父様……」
「あの少女は、放っておけば仲間達を次々と襲う。此処で完全に倒さなければ、真っ先に俺達がやられる!やるしか、ないんだ……!」
「でも……!」
少女は男に、響華丸を殺さないで欲しいと懇願(こんがん)しようとし、それを遮ろうと響華丸が左手から光弾を放とうとする。
だが、蓄えられた光は霧散(むさん)しなかったものの、彼女は胸の奥に鋭い激痛を覚えた。
「(また!?私は、間違っていないはず……最初にあの男を攻撃した時は感じなかったのに、どうしてあの子を狙うとこの痛みが……!?)」
そう迷う響華丸の動きが僅かながら硬直し、隙を生み出す。
男はその隙を見逃さず、雷光と共に連撃の拳を放った。
「はぁっ!!」
「ぐぅっ!」
我に返った響華丸が後ろに押され、踵が地面を削り取る中、踏ん張った彼女は少女から視線を外し、再び力を解放させ、男に向けて反撃を行う。
その拳、そして光弾は過去2回の戦いとは比べ物にならない速さと重さを持ち、直撃を貰った男の甲冑にヒビが入り、蹴りが頬に鋭く、青白い筋を作る。
「!最初に戦った時以上の力を発揮したか!」
「(彼女を忘れてしまえば、私はこうしてこの男を殺せる!躊躇する必要は無いわ!)」
勝てると踏んでの、容赦無い追撃が次々と入り、男を押していく響華丸。
数十の攻撃が入った所で、男の右の肩当てが吹き飛ばされ、肩口から青白い血飛沫が舞う。
「ぐっ……!これほどとは……」
「当然!貴様ら鬼神を、隠忍を狩る為に私は生まれたのだから!さあ、姪の目の前で惨たらしい死に様を晒せ!」
「まだだ!この俺がそう簡単にやられると思うな!」
男も響華丸の鳩尾に蹴りを、顔面に拳を突き刺して地面に叩きつけ、雷光の弾を彼女に叩き込む。
渾身の力を込めたその攻撃で響華丸も甲冑の一部が破壊され、露になった黒紫の肌が青白く染まっていった。
「くっ……流石に伝説と呼ばれただけの事はあるわね!」
すぐに起き上がった響華丸は男の攻撃を避け、右の貫手(かんしゅ)で彼の心臓を貫こうとする。
その一撃を拳で弾いた男も右拳を握り締め、響華丸の胴に向けて突き刺すように放つ。
両者の攻撃は、空いている左手が咄嗟(とっさ)に放った衝撃波同士の衝突で遮られ、2人はそのまま吹き飛ばされた。
「まだ……!」
「響華丸……!」
完全に互角になっている状況。
余力の有無によっては、どちらかに傾くのは間違い無いのはお互いに分かっており、距離が離れていても、戦いは終わらない事も知っている。
ならば次で終わらせるまでと、2人はどちらからともなく構えるが、その間に少女が割って入り、両手を広げて響華丸の方を見た。
「止めて下さい!!2人共、これ以上傷つけ合っては……!」
「そこを退くんだ、―――!彼女は敵なんだぞ!?お前も見たはずだ!この女の容赦無い顔を、殺意の篭った攻撃を!」
そう説明する男に負けんばかりの勢いで、少女も即座に返す。
「分かってます……!でも、私は、昨日まで見せた響華丸さんの笑顔が作り物じゃないと、信じたい……響華丸さんとは、きっと分かり合えるって事を信じたいんです。だから伯父様、お願いです!彼女を、響華丸さんを殺さないで!!」
響華丸はその言葉に、本当ならば聞く耳持たぬとして目の前の少女を殺せたはずだった。
だが、彼女の姿を見、声を聞いただけで、彼女の目元に浮かぶ涙を見るだけで、先の胸の激痛が走り、段々とそれが大きくなっていった。
「(―――……やめなさい……!私を、私を見ないで……!私を、そんな目で見ないで……!)」
自分への殺気が一片も感じられず、慈愛めいたものが代わりに出ている少女の瞳。
それが段々と響華丸の身体から殺意を、戦意を、そして力を奪っていき、代わりに激痛を、そして本来彼女が持つべきでなかった『何か』を染み込ませていく。
「ぐぅっ……!―――……退きな……さい……くはっ!」
苦悶の息を漏らすと共に一瞬響華丸の身体が光に覆われる。
その光が弾けた途端に転身が解けた彼女は全身が先程以上の傷に覆われ、片膝を突く。
それを、少女は心配そうに見ながら一歩前に出るが、響華丸は苦痛で歪んだ表情のまま彼女を睨みつつ、吐き捨てるように言いながら後ろへと駆け出した。
「私の事はもう忘れなさい、―――!私はあなた諸共、彼を、―――を殺す妖怪・妖魔、敵なのよ!友達でも何でもないわ!!」
「響華丸さん……っ!響華丸さぁーーーん!!!」
その場を逃げるように走り去っていく響華丸の背に、耳に、そして心に少女の悲痛な叫び声が届き、それと同時に無数の槍が突き刺すような痛みが響華丸の左胸を襲う。
激痛は彼女の叫び声が聞こえなくなってからも、薄らいだり消える事は無かった。
そればかりか、頭には常に、少女が自分の名を、泣きながら呼ぶ声が響いていた……


「っ!!」
左胸の激痛が耐え切れない段階にまで達すると共に目を覚ました響華丸。
夢から覚めた事は分かったのだが、とてつもなく恐ろしい事実を、過去を手にしている事を感じている彼女の顔には冷や汗が流れている。
自分は、まるで邪悪な者達の手先のような存在で、殺戮(さつりく)を目的として少女を欺いていた。
だが自分を助けた少女を意識すると、激痛が走ってしまうという。
それらは響華丸の心を不安と恐怖で蝕(むしば)むのに十分な要素だった。
起きてから時間が経った事で痛みは引き、少女の声も聞こえなくなったのだが、何時に無く心臓の鼓動が激しい。
それは数秒して落ち着き、響華丸は深呼吸と共に自身を更に落ち着かせようとした。
「(……私が、隠忍を殺す為の鬼神、隠忍?毒を以て毒を制す、という理論に基づいての……?)」
またしても謎が深まった自分の過去。
だが、今はそれどころではないと言い聞かせる意味で響華丸は頭を振り、立ち上がる。
寝る部屋は自分と螢、江と鎧禅という、男女に分かれての二部屋で、襖(ふすま)を隔てて行き来出来る状態。
まだ夜は明けておらず、江も螢も、鎧禅も目を覚ます気配が無い。
今しか機会はない、そう考えて響華丸は寺を出て、すぐに山を降りていった。

雀達が囀り始めた頃、螢は諸手を上げながら起床し、何時もと変わらない形で、隣の部屋にも聞こえるよう元気な声で挨拶を発した。
「おはよ~ございま~~す!!」
「ん……おう、おはよう」
「ははは、子供が元気に早起きか。なかなか良い子に育っておるわい」
江と鎧禅も起きて襖を開き、螢の方を見るが、螢は横に目を向けると飛び跳ねながら驚きの声を上げた。
「はわわ!響華丸が居ない!」
「何だと?食い物の調達とか剣の訓練とかじゃ……ねぇっ!!先に山を降りやがった!」
最初はただ単に近くに居ないと考えていた江も、螢の指差す所を見て只事ではないとばかりに声を荒らげる。
響華丸の寝ていた布団はしっかりと畳まれており、彼女の身に付けていたもの全てが無くなっていた。
「じゃあ……もしかしたら、鈴鹿さんの所かも!?昨日のお話で、手掛かりが無かったのは分かったけど、響華丸のやろうとしている事は、大変な事だよ!」
これには螢ものんびりした様子でいられるはずがなく、冷や汗を掻いている。
「鈴鹿に会って、あいつ何をするつもりだ!?」
「殴るつもり!気持ちは分かるけど……やっちゃいけない事だよ!だから止めなきゃ!」
そう言いながら仕度を急ぐ螢に、江も続いて身の回りの物を確かめる。
「は、話は何となく見えて来たぜ!あたしもあいつと色々と話したが、螢もだな?となれば共通点は……!」
「わしも行こう。わしの話で響華丸を動かしてしまったのであれば、紛れも無くわしの責任だからな」
穏やかでない表情の鎧禅も、身支度をして2人との同行を申し出る。
江も螢もそれを受け入れ、3人はすぐさま響華丸の後を追った。

人の寄り付かない、鞍馬山の奥深くにある洞窟。
その最深部には、一人の少年が左胸を大振りの剣で刺し貫かれていた。
死んでいるのか、目を閉じたままで全く動く気配がなく、血の流れも無い為に顔も青白い。
死人同然な状態で磔(はりつけ)になっているその少年の前に、一人の老人が立っており、少年の胸に突き刺さっている剣を引き抜こうと柄に手を触れようとしている。
ボロボロの袈裟(けさ)を纏い、捻くれた杖を右手に持ったその老人の左手は皺(しわ)だらけで骨と皮だけで構成されているようなものだ。
その手が柄に触れた途端、激しい火花が飛び散って老人の左手を真っ黒焦げにした。
「むぅ……やはり同じ血の者でなければ、真なる隠忍の血でなければこの封印は解けぬか……鈴鹿め、余計な真似をしおるわ」
黒焦げになった左手が崩れ落ちたのも束の間、憎々しげにそう呟く老人がその左腕を睨むと、光と共に左手は再生する。
だが、剣を引き抜けないと知るとそのまま洞窟を出た。
入口では黒髪の若者と、黒衣姿の死神が立っており、老人が戻ってくるのを見ると彼の方へと近づく。
若者は闇牙、死神は影屍だ。
「何だ、貴様でも封印は解けぬのか?俺は貴様が鈴鹿より強いと知り、時空童子の力を確実に得られると信じて頼ったというのに」
闇牙がそう笑えば、影屍は彼を睨みつけて遮る。
「止めよ、闇牙。司狼丸に施された封印はそれほどまでに強固なのだ……封印に用いた大通連(だいつうれん)の力、それはお前も知っていよう」
鞍馬山に封印されている少年こそは司狼丸であり、突き刺さっている剣は大通連。
そして、彼の封印を解こうとしているのは道鏡だった。
「……あの剣は鈴鹿にのみ従うとされる。ならば、鈴鹿を連れて来るより他はあるまい。じゃがそれ以外にも、わしの『とっておき』がある……もし鈴鹿を手にし損ねたならば、そちらを使うとしよう」
「ほう?どんな『とっておき』だ?」
挑発的な笑みで問う闇牙に対し、道鏡もニンマリと笑って返すのみ。
「それは実際に確かめれば分かる事じゃよ……前者の方が容易かろう。わしが時空童子の力を受けながらも、こうして生き延びれたのじゃから、鈴鹿の戸惑いと驚きも大きい。八将神が全て倒されたが、噛ませとしては十分なものじゃった」
「神をも手玉に取られるとは、凄まじき御力を……しかしそれ故解せません。その道鏡様が、何故かような回りくどい真似を?」
神々をも噛ませ犬としていた道鏡の力ならば、すぐに目的は達成出来たはず。
そう思った故の影屍の疑問に、道鏡は上を見上げながら答えた。
「全ては、わしの悲願達成の為……時空を操る力の欠片は既に手に入っておる。故に『とっておき』を用い、『外』からの介入を遮る事が出来た。そして八将神のおかげで、司狼丸の心を闇に染め抜けたのじゃ。この上で完全に力を手にしてしまえば、全てを恐れる必要が無くなる……司狼丸の力はまさにこの世を支配する至高の力じゃ」
「おお……よもや創造主をも超えようと……」
心酔しているらしい影屍の感嘆の言葉に、道鏡は大きく頷く。
「それこそが我が悲願……それを果たす為にも、お前達には協力してもらいたいのじゃ。事が成れば力を分けると約束しよう」
「ククク……良いだろう。俺はその力で道鏡、貴様を屠り、創造主を超えし者の地位を奪い取るまで!」
「この影屍、道鏡様の為ならばこの創り出されし命、利子を付けてお返しする所存でございますぞ……」
「それもまた自由じゃ、ほっほっほっほっ!」
己の野心達成の為に道鏡を利用しようとする闇牙、道鏡に対して絶対の忠誠を誓う影屍。
道鏡にとっては、その2人は使い捨ての駒でしかなかった……

響華丸は南都西にある山の、鬱蒼(うっそう)と茂った森の奥へと進んでいた。
途中斬地張の残党たる妖魔が襲いかかって来るも、彼女を止めるには至らず、次々と蹴散らされていく。
その勢いは何時に無く激しいもので、響華丸の目も星空のような輝きが、氷の刃のような鋭さと、内に秘める炎のような熱さを併せ持つ輝きに変わっていた。
凄まじい怒りを抑えているかのように……
奥に進んで、人外魔境(じんがいまきょう)とも呼べる獣達だけの住処に入った彼女は、次に襲ってきた獣達も刀で切り捨て、鋭い視線を前へと向け続ける。
どれほど時間が経ったのか、どれほどの獣を切り捨てたのか。
刀が血で赤やら紫の斑に染まり、自身も返り血に塗れる中、響華丸の視線に一軒家を見つけた、
そこが恐らくは……―――。
茂みの中に潜む殺気を感じ取り、その主にして茂みに踏み入る者を全て食い荒らすという餓鬼蟋蟀(がきこおろぎ)を突風と高熱の剣閃で全て倒した彼女は、家の中からの気配を探る。
一つだけ、たった一つだけの気配。
本人が抑えていても十分に感じ取れる、妖魔としての気配。
間違い無く、鈴鹿のものだ。
そう響華丸が確信すると同時に家の戸が開かれ、中から背の高い女性が姿を見せた。
黒髪を結い上げ、鋭さを感じさせる瞳を持ち、並みならない闘気を放っているこの女性が、司狼丸の母親である鈴鹿。
響華丸がそう判断するのには時間を必要としなかった。
「……こんなところに、しかも一人で来るなんて……あんた、人間とも妖魔とも違う。あの道鏡とも違う。でも道鏡とは別な、それでいてそいつが関わっていそうな気配がある……」
その言葉を聞き逃す事無く、響華丸も視線を緩めず返す。
「やはり、道鏡と私は何かしら関係があるみたいね……私は響華丸。あなたの事は関係者から聞いているわ、鈴鹿」
「みたい、か。あんた、自分が何者なのかを知りたくてあたいを訪ねに来たのかい?」
「それは後よ。私が今知りたいのは、あなたの本心。時空童子、司狼丸に対して、あなたは何を考えていたのかを知りに来たのよ」
単刀直入に切り出されたその本題に、鈴鹿は視線を響華丸から逸らしながらも、何か後ろめたい様子で口を開いた。
「……あいつを殺した事かい?そんなの、どうとも思っちゃいないよ。あいつは倒すべき相手だったから、ただそれだけ」
「……息子だとしても、あなたは彼を鬼だからという理由で殺したのね?その死に行く姿を、何とも思っていなかった」
この時、2人共気付かなかった。
響華丸の奥底から、鼓動と共に段々と怒りが込み上げて彼女の理性を飲み込もうとしている事に。
だから、淡々とした様子で、真顔になって鈴鹿は頷く。
「あたいは最強でなきゃいけないんだ。司狼丸は息子の分際で時空童子という力を手にしちまった。あの泣き虫が、あのがきんこがね。だからあたしは息子でも殺す事にした。鬼は食うべき相手が何であっても食い合う。狼は兎を食う。あんたも色々と食っているだろ?それを食う事に引け目を一々感じるか?勝者が敗者に対して済まないと思ったり、自分の勝利に恥じる事があるか?あいつは人間でないくせに人間でありたいとしていた。そんなのは十分な敗者だよ」
現実的な物言いもあり、それ故に極めて冷淡な説明をしながら、鈴鹿の口が僅かに笑みで歪む。
その歪みを、響華丸は見逃さなかったのだが、その途端に怒りという熱が全身を一瞬にして駆け巡った。
「(この女が……!こいつが……!!司狼丸を……っ!!)」
鼓動が速度を増し、駆け巡る熱は響華丸に”力”を、抑えるべき”力”を与えていく。
此処でもし、螢が居合わせていたのであれば、響華丸の中で何かが切れる音をハッキリと聞き、彼女を止めていただろう。
だが、それを見越していたのか、本能が決断を早めさせたのか?
響華丸は今一人でこの場に、鈴鹿と向き合っている。
止める者は誰一人居なかった。

「……言いたい事はそれで終わりのようね……良く分かったわ」
「ん?」
鈴鹿は最初、響華丸が自分には劣ると考えて、彼女の次に来るであろう攻撃を軽くいなそうと構えていた。
だが、その予想に反し、響華丸は一瞬にして鈴鹿の目の前に立ち、左拳が大きな弧を描いて鈴鹿の右頬に突き刺さった。
「っ!?」
「あなたが、最低な女だって事を……!」
静かに、しかし鋭く響華丸が言い終わると同時に鈴鹿は思い切り地面に叩きつけられるが、響華丸はすぐさま彼女の胸倉を掴み、今度は右拳で殴る。
何度も、その拳を掲げては振るい、掲げては振るう繰り返し。
そうした連続の拳が鈴鹿の頬を打つ毎に、響華丸は怒気を込めた眼差しで続ける。
「人間だろうと……!妖魔だろうと……!関係無い!親でありながら本当の……温もりある愛情を注ごうとせず……現実ばかりを、厳しさだけを押し付け、司狼丸を孤立させた……!それを何とも思わないようなあなたは、母親失格よ……!」
「……っ」
無言で、只々響華丸の剣幕に驚き戸惑うしかない鈴鹿。
そんな彼女に、響華丸の容赦無い殴打が続けられる。
脳裏には、江や鎧禅から聞いた話、そして鈴鹿が先程言った事がまるで血糊がこびり付いていたかのように残り続けており、それらが結ぶ一つの点として、ある光景が浮かんでいた。
一人の少年が血に塗れ、苦しそうに、悲しそうに泣き叫ぶ姿が。
それこそが司狼丸なのだが、この時の響華丸は何故司狼丸の姿をハッキリと想像出来たのかを知る由も無かった。
ただ一つだけ、鈴鹿に対する怒りが彼女を突き動かしていたのだ。
「あなたは結局、妖魔の都合として、人間でありたかった彼の心をズタズタにした……!人間と妖魔は分かり合えるはずなのに、それをあなたは否定した……!彼の傷だらけになった心に、塩を、現実やら厳しさという塩を塗りたくった!それが招いた悲劇を、責任を全部あなたは彼に押し付けているのよ!」
何度も何度も、一方的に殴り続ける響華丸の拳は、鈴鹿の吐血で赤くなっていく。
そんな中、鈴鹿は目から涙を流し始めたのだが、響華丸の怒りは治まらない。
むしろ、熱した油に水を入れるかのように、激しく爆(は)ぜるばかりだ。
「その涙に、命乞いを込めた偽りが混じっている……私には分かるわ。そうしてあなたは多くを騙した……!人の優しさを利用し、思いを踏み躙(にじ)った……!あなたは、あなたって人は……!!」
真っ青な瞳は怒りで激しさを伴い、鈴鹿の僅かな咽びが耳に入っても治まる気配が一向に見えない。
「うぅ……や、やめておくれよ……あたい……あたいは……」
「その詫びをする暇があるなら、司狼丸に今すぐ、心から、正直に詫びなさい……!」
最後の一撃とばかりに拳を振り上げた響華丸は、それを勢い良く鈴鹿の顔面目掛けて突き下ろす。
だが、拳は鈴鹿の横の地面に突き刺さり、土が吹き飛ばされるだけだった。
響華丸を追ってきた螢が、横から彼女に体当たりを仕掛けて来たから。

「!?」
何かがぶつかり、拳が外れた事で動きが止まった響華丸は我に返り、自分の両手に視線を移す。
「わ、私は……」
真っ赤に染まった自分の両手、そして足元で口から血を吐き、目から涙を流している鈴鹿を見た途端、響華丸の心を後悔という闇が襲った。
元来の冷静さが幸いしたのか、息遣いが荒いものの理性は保たれており、氷のような瞳は元の星空の色へと戻っている。
ただ、自分が何をしたのかは良く分かっていた。
それが正しくなかったという事も。
彼女がそれを理解していたと見てか、体当たりをしていた螢が響華丸の血塗れの手をギュッと両手で握り締め、無垢な顔で口を開く。
「……もう、此処までにしよ?殴って、何か変わった?気持ちとか、スッキリした?」
江と鎧禅も来ており、響華丸と螢のやりとりを見守っている。
「……逆よ……私、本当に何様のつもりなのかしら……司狼丸との接点が無いっていうのに、彼が鈴鹿に傷つけられたって知った途端、怒りが込み上げて来るなんて……」
力無く呟く響華丸は鈴鹿が何とか立ち上がるのを見て、思わず顔を背ける。
切っても切れない関係を持つ鈴鹿と司狼丸の間に、土足で踏み込んでしまったのだから。
その罪は謝って済むようなものではない。
此処で食われても仕方がない、とも……
しかし、鈴鹿は血を拭っても、涙は流れたままにして再び両手と両膝を突いて泣き始めた。
「あたいは……分かってたんだよ……!司狼丸が、あいつがどれだけ苦しんでいたのか……戦いたくないって、失いたくないって……それは分かってた。人間の心を持っちまったから、そうなったと思った。だから、あたいはあいつに、人間じゃないって事を割り切ってもらいたかった。それがあいつの為になると思ってた。それ以外にあいつを助ける方法は無かった……でも!!」
一旦大きく振り上げられた両手は握り締められた状態で、鉄鎚の如く勢い良く地面に叩きつけられ、その部分が陥没すると共に土や小石が吹き飛ばされる。
「何にも、何にもならなかった……!あいつは生まれた時から、初めて転身出来るようになるまで、ずっと人間だって思ってたんだよ……そう信じたかったんだよ……結局、あたいは……あいつに妖魔である事を、妖魔としての生き方を押し付けただけだった……!響華丸、あんたに殴られ、怒鳴られるまで、自分がどんだけ馬鹿な事をしたのかを……全然理解してなかったよ……理解しようとすらしなかった。何が、何が鬼だよ……何が最強の退魔師だよ……!息子の心をろくに救おうとしなかった分際で……笑えない……笑えなさ過ぎるよ……!」
嗚咽(おえつ)と共にそう吐露した鈴鹿を見ながら、螢は響華丸の両手を握り締めたまま、彼女の瞳を見詰める。
「……もう、鈴鹿さんの事を許してあげて、響華丸。お願い。心の奥底から、鈴鹿さんは泣いてるんだよ……それで、誰かに全部打ち明けたくて、響華丸に全部話したかったんだと思うんだ。響華丸は、全部聞いたんだよね?鈴鹿さんから訊きたかった事を、建前も本音も全部……だから、これ以上鈴鹿さんを責めないで、ね?」
自分では怒り、悲しみを抱けない代わりに、相手の怒りや悲しみを理解出来る螢の言葉に嘘は無かった。
だから、響華丸はこれ以上鈴鹿を責める気になれなかった。
むしろ逆に、自分が責められるべきだ。
個人的な感情に身を任せ、暴力を振るうという、そうした愚行をしでかし、螢に止められなければ鈴鹿を殴り殺していた所だったのだ。
鈴鹿も鈴鹿で、自分が響華丸の言う通り、最低の女で母親失格だという事を痛感している。
それを言葉に吐き出さなければという気持ちが、彼女に、響華丸へ全てを躊躇(ためら)いなく吐き出させたのだ。
そして、殴られ続けても、全く抵抗せず、ただ止める事を頼むばかりだったのだ。
本気を出して抵抗すれば、響華丸を殴り返す事は容易い事である。
にもかかわらず抵抗しなかった事の理由もまた、自分の落ち度を受け入れていた事にあった。
だからどちらも、相手ではなく自分自身を責める事しか出来なかった。
その一部始終に、江も鎧禅も、少しは丸く収まったかと安堵の息を漏らし、螢は響華丸と鈴鹿の手を取り、互いに握手させようとした。
お互いに許し合い、それを以て仲直りしようというものだ。
そうして両者の手が少しずつ近づき、重なり合った所ですぐに握り締めようとしたその時であった。
3人を、突如の突風が弾き飛ばしたのは。

「「!!」」
「何だ!?」
「何時の間に……!」
江が異変に気づいて周囲を見回し、鎧禅が視界に捉えたのは、一人の老人。
ボロボロの袈裟を身に纏い、骨で組まれた杖を手にしたその男=道鏡は満足そうな笑顔で響華丸、鈴鹿と交互に見やっていた。
「うむ、手間が省けた。まさか響華丸まで来てくれるとはのう」
その言葉に、響華丸は身を起こすと同時に道鏡を睨む。
「あなたは……まさかあなたが道鏡!?」
「如何にも。もはや隠す事は無いじゃろうが、わしこそが五行軍を操って地獄門を開き、この世に大凶星八将神を蘇らせた道鏡。伊月も、神無も、外道丸もわしの謀略と八将神の力で死に追いやったわ。その結末は知っての通り、司狼丸は力を開放させたのじゃ。時空を操る力を、な」
「……だがその八将神は司狼丸が打ち倒した。尚も動くお主の狙いは何だ?」
そう鎧禅が問うも、道鏡は笑みを絶やさず、無視して続ける。
「鈴鹿の動きが少々気に入らなかったのう。司狼丸を大通連で封印するとは……あれでは完全に殺した事にはならん。まあ、わしは完全に力の質を見切って滅びから逃れられ、わしの手で操られた人々の吹聴(ふいちょう)のおかげで、司狼丸は完全に孤立無援となったがな」
道鏡の高笑いを聞くうちに、響華丸は先程失せていた怒りが再燃する。
怒りの矛先が、鈴鹿から真の黒幕であろう道鏡へ向けられたに過ぎなかったのだ。
「あなたが……あなたが司狼丸を……!」
「響華丸よ、そう怒るでない。これは運命(さだめ)だったのじゃよ。しじまの里の滅びも、地獄門が開いたのも、司狼丸にとって大切な存在、仲間が彼の目の前から消えるのも、そして彼が母に殺されるのも……全て、運命じゃ」
「!!」
道鏡がそう言い切った途端、螢は響華丸の中で何かが激しく、何度も弾ける音をハッキリと聞いた。
それは彼女が完全に激怒し、我を忘れてしまっている事の証だった。
「……ふざけるのも、いい加減にしなさい……!私はあなたを許さない……!愛するものを守ろうとした人の思いを踏み躙り、命を弄(もてあそ)び、その痛み、苦しみを嘲笑うあなたを……!」
怒りで瞳も青白い炎のような輝きを見せる響華丸に対し、それを何とも思わぬ様子で道鏡は問う。
「許さなければどうだというのかね?」
「この手で倒す……!何も変わらなくても、司狼丸が、彼の愛した全てが戻らないとしても!」
響華丸の怒りの炎、それは今にも道鏡の身体を飲み込もうという勢いで猛っていた。
全て運命、道鏡の言い放ったその言葉が彼女を、鈴鹿に対して向けた以上の怒りに駆り立てているのだ。
「不思議だのう……お前が何故そこまで司狼丸にこだわるのやら……いくら『アレ』を利用したとしても、このように”造った”覚えは無いのだがな」
道鏡は困ったような素振りを見せて息を漏らすが、誰もが彼の言葉を聞き逃さなかった。
それこそが、響華丸の素性・過去に関する手掛かりだったからだ。
「!?造った……!?道鏡、響華丸と一番関係があるのはてめえか!?」
江が鋭く切り込んだ事で、道鏡はわざと慌てた様子で口を抑える。
「おおしまった、しまった。予想外の事で思わず口が滑ってしまったわい。だが戻って来たというのならば、きちんと役目を果たせたようじゃからな……」
「……あなたって人はぁっ!!切り裂く!!」
まるで遊んでいるかのような態度に、遂に我慢の限界を突破した響華丸は転身し、翼を広げて滑空しながら道鏡に殴りかかろうとする。
「だ、ダメだよ!響華丸!!」
「うああぁぁぁっ!!」
螢がそう呼び掛けるも虚しく、響華丸は道鏡に向けて右拳を突き出していた。
その拳を道鏡は、左の人差し指で軽く受け止めようとしたのだが、少々顔を顰めると同時に左の掌で受け止めに入る。
結果、彼の掌は激しい火花を散らし、閃光が一瞬迸ったかと思うと、双方は小さく弾かれた。
「づぅっ!!この……っ!」
羽ばたいて制動を掛けた響華丸の右拳は装甲が僅かに砕けて青白い血が滲んでいるのに対し、道鏡の左手は激しい火傷に覆われ、蒸気がシュウシュウと湧き上っている。
それを見て道鏡は驚きと同時にカラカラと笑い、火傷を癒やした。
「これはまた一段と腕を上げたな!正直嬉しいぞ、響華丸よ。それでこそわしが見込んだ隠忍。じゃが所詮はわしの手の上で踊るに終わるがな」
笑みが消えた途端、道鏡は目を見開き、カッと響華丸を睨みつける。
すると、響華丸は全身が凄まじい激痛と熱に襲われ、苦しみ出した。
「ぐっ……かはっ……こ、これは……!」
「司狼丸に掛けた奴より強力な眼力……!くっ!」
鈴鹿はそれまで流れていた涙が止まった所ですぐさま道鏡に殴りかかる。
だが道鏡は響華丸に視線を向けたまま、左手を鈴鹿に向けて突き出し、突風の塊を放つ。
一瞬にして鈴鹿は吹き飛ばされて家の壁に叩きつけられ、彼の左人差し指から放たれた光の輪で全身を壁に縫い止められた。
「このっ……!」
光の輪を、その細腕からは想像もつかない腕力で砕いた鈴鹿だが、彼女の目の前には何時の間にか十数体の妖魔が立ちはだかっており、爪を伸ばして襲いかかって来る。
鈴鹿はそれらを徒手空拳で迎え撃つのだが次から次へと、足元から姿を見せて来る為にきりが無い。
「素手で、人間の姿で、しかも手負いでそこまでやれるとは、流石に愛染紅妃(あいぜんこうひ)じゃな。まあ、わしの敵では無いがのう」
何とか妖魔の攻撃を凌いでいる鈴鹿の方を向かなかったものの、音と気配で戦い振りを感じ取っていた道鏡は口元の笑みを深めたままだ。
「わわわ!螢が助けないと!」
「あたしも行くぜ!」
ならばと加勢に入ろうとした江と螢だが、2人の目の前に影が現れて行く手を阻む。
その影の主は闇牙と影屍だ。
「おっと、江!貴様の相手はこの俺だ!」
「南都では良くもわしに恥を掻かせてくれたな、小娘!あの時とは違うぞ!」
闇牙の拳、そして影屍の闇の波動がそれぞれの相手に叩き込まれ、江も螢も響華丸から突き放されてしまう。
「さて、影屍。鈴鹿を連れるのが先じゃ。今のザコ妖魔では時間稼ぎにしかならん。その小娘を早々に片付けよ。闇牙も同様にな」
「仰せのままに!」
「ふん、良いだろう」
攻撃を受けた江と螢はさほど打撃を受けておらず、転倒を免れる。
そして2人と、彼等に指示を下した道鏡の関係を即座に理解し、転身して身構えた。
「斬地張をまとめ上げたと思ったら、道鏡の飼い犬か!」
「否、道鏡とは互いに利用し合う関係。踏み台でしかない!」
闇牙も転身しており、江との接近戦を展開する。
「おじさんの言ってたのって、道鏡だったんだね……」
「そうじゃ。命令の通り小娘、貴様を黙らせてくれようぞ……むんっ!」
影屍が左手から放ったのは、無数の影の触手であり、螢はそれらを蹴りや炎の術で切り裂くも、数が多くて前に進めないでいた。
鈴鹿は依然として前に進めず、響華丸は道鏡の眼力に動きを封じられ、転身も解けて全身が傷と血に覆われている。
江と螢は各々の相手と互角に渡り合っているが、その均衡が長く続くとは限らない。
一人残った鎧禅はそう考えるや否や、一歩前に進み、両手を合わせて目を閉じつつ何かを念じ始めた。
「(……かような場で使う事になるとは……だが、運命に抗う者達を此処で失う訳には行かん!)」
念が練られたのか、鎧禅を中心に緑色の光が溢れ出し、それがその場にいる者達全てを飲み込む。
「うおっ!?これは!?」
「身体が重くなっただと……!?」
「し、しかもこれは……グワァッ……!!」
突如身体を襲った重力と高熱に道鏡は思わず響華丸から目を逸らし、闇牙も動きが鈍り、そして影屍は触手が無くなって苦しみ出す。
一方で響華丸は眼力から解放されて自由になり、江と螢も相手が動かなくなった事と、鎧禅が光を放っている事で半信半疑となっていた。
「はぁ……はぁ……一体何が?」
「と、ともかくこの場を何とかするぜ!」
「うん。急ぐよ!」
響華丸に駆け寄り、江と螢が両肩を支えて彼女を運ぶ中、鈴鹿も妖魔の群れが光で灰になっている内に3人と合流するが、鎧禅からは遠く離れている為、そちらへ向かう。
道鏡は光の中で何とか動けるらしく、杖を鎧禅に向けながら響華丸達に対してもう一度眼による術を掛けようとする。
しかし次の瞬間には、強烈な電撃が迸って術が遮られた。
「うぬ!そこのお主……この時代の者ではあるまいな?」
道鏡が鎧禅を見てそう言えば、鎧禅も合掌の構えを崩さずに答える。
「おうよ。だがそれ以上は知る必要等無い。この命を、未来の為に捧げるのだからな!」
「!?まさか……」
「おっさん!!」
鎧禅の言葉の意味を理解した3人はすぐに彼を止めようとするが、自分自身が光に包まれて動けなくなってしまう。
「わわわ~!?もしかして、和尚様……」
「わしのこの姿を、この戦いでの敗北を糧(かて)に強くなれ、戦士達よ!」
言葉が終わるよりも早く、緑色の光が凄まじい高熱の炎を放ち、大爆発を引き起こす。
その刹那、響華丸達は光の中へ消え、爆風には鎧禅と道鏡、闇牙、影屍が飲まれる事になった。

爆発が止んでから数分後、道鏡、闇牙、影屍は倒れた木々を押し退けて姿を見せた。
顔が泥やら自分の血等で汚れており、その傷はすぐに癒したのだが、道鏡は不快な表情で足元、そして空を睨む。
「あの男め……何者かは知らぬが、小細工を……」
しかしその表情はすぐに余裕のある、不敵な笑みへと戻っていた。
「まあ良い。鈴鹿を使わずとも、『とっておき』の方を使えば良い。そちらの方が扱いやすいのじゃからな。鈴鹿はもう用済みじゃ」
「!って事は……」
「道鏡様の仰っていた事の意味は……」
2人が驚きと戸惑いの表情になる中、道鏡は笑いながら左手を突き出して遮る。
「全てはしばらくしてから教えよう。そう、最後の準備を整えてから、鞍馬山へ向かう。この一手でこそ、司狼丸の持つ力を、確実に奪えるはずじゃ」
念入りの準備ならば、と闇牙も納得した。
「これが上手く行けば、邪魔者は更に減る訳だな。面白い」
「ククク、事は全て順調に進む……これ程嬉しい事はありますまい!」
「もうわしの悲願達成を止める者はおらぬ……これで全てが戻るのじゃ……ほっほっほっほっ!」
3人はそれぞれの形で笑う中、その姿を霧のように消し、残るは焼けた木々、崩れ落ちた家屋だけとなった。



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あとがき
此処に来ての急展開となりました6話。
響華丸の過去があちこち見え隠れしていましたが、読者の皆様には大分その素性が見えて来たのではと思っています。
鈴鹿に対しての響華丸の最初の反応ですが、この理由は後程明らかになります。
ONI零小説版での司狼丸と鈴鹿のやり取りを考えると、こういう反応を取る者が現れる可能性は零ではないかもと思えますが。
ただ、一部の方々には大変お見苦しい内容にしてしまった事、此処でお詫び致します。

次回も大きく動きますので、是非ご期待下さいませ!

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