ONIの里

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隠忍伝説(サイドストーリー)

ONI零 ~虚ろより生まれし仔よ~

桃龍斎さん 作

『五 救われなかったもの (完全版)』

木々の生い茂る山。
そこから覗かせている大きめの寺には、一人の住職が住んでいた。
住職と言ってもナマグサ坊主で、肉と酒を好んでいるのだが、彼を訪ねた者達はその説法を聞いて心が晴れるという。
そうした噂を聞いたのか、深い夜の中、一人の少年が寺に訪ねて来る。
栗色の毛、そして黄色い目をした少年が……
「ほう……お主、とてつもない悩みを、苦しみを抱えておるな?話して見よ」
住職の言葉に、少年は顔を俯かせたまま口を開いた。
「……俺、どうして良いか分からないんです。皆を助ける為に戦って来て、なのに良い事なんて一つも無かった……親父が妖魔に喰い殺されて、俺が人間じゃない事も分かって……」
「……それで、人間達から化け物と呼ばれたのだな?」
「はい……姉ちゃんを助けようとして、戦い続けました……でも、姉ちゃんに会えたのはその一瞬だけで、次に話を聞いたら、姉ちゃんは人間に殺されていたって……仲間も、分かってくれた人も、皆居なくなっちまったんです。それを取り戻すために、力を手にしました。でも……何も戻ってこなかった……あるのは、俺に対する敵意だけ……母ちゃんにすら、憎まれたんです…」
それからも少年の話は続いたが、住職は真剣な面持ちで話を聞き、大きく、何度も頷いていた。
「そうか……お主が伝説とされたあの『鬼』か……ならば、わしからお主に助言をしよう。だが、痛みを恐れては助言も虚言に終わる。良いか?」
「はい……俺を、助けて下さい……!」
少年は両手を突き、涙を零しながら頭を下げてそう懇願すると、住職も酒の入った杯を床に置き、少年に顔を近づける。
「直接は助けられん……だが、これだけは忘れてはならんぞ。何時かきっと、例えお主の身が滅びようとしても、お主の魂を救う者が必ず現れよう。死んだとしても、決して恨みを抱いてはならぬ。人の世への恨みは、災厄を生んでしまうものだよ。お主の嫌う災厄を、な……」
「死んでも、恨みを抱いちゃいけない……?」
「そうだ。死んでも魂はこの世に留まる事がある。ならば魂の状態でも、お主の悲しみを知って、お主を助けたいとする者が現れる。赤の他人であっても、その者が差し伸べた手をしっかりと握り締めるのだ。さすれば、お主の失ったものを、全て、とまでは行かなくとも、最も取り戻したいものを取り戻せるはず……今それを分かれとは言わぬが、人の世を、たとえ人がお主にやってはならぬ事をし続けたとしても、決して恨んではならん。わしからはそれだけを助言としよう」
それを聞き、解決した訳ではないが、ほんの僅かだけ気持ちが晴れた少年は涙を拭い、立ち上がって再び住職に頭を下げた。
「ありがとうございます……俺、何処までやれるか分かりませんが……やれるだけやってみます!」
そう言って去っていった少年の背を見ながら、住職は酒を一口飲んでこう呟く。
「こうでもせんと、時空間が悪しき者によって歪められてしまうからな……上からは雷が落ち、始末書を要求されるが、敢えて困り者の汚名を着るとするか……純粋な心を持つ、隠忍の良き未来の為に……」
それは、時空童子こと司狼丸が殺される、少し前の事だった……


何処か分からない樹海の奥深く。
響華丸は全身血塗れの状態で、倒れていた。
「くっ……あそこまで力を高めていたとは……ね……ごはっ!」
激しい戦闘の為か、血を思い切り吐き出す響華丸だが、身を起こそうにも力が入らず、意識が遠いていくだけ。
段々と目の前が暗くなり、木々のざわめきも聞こえなくなろうとしたその時、何かがこちらに近づいて来る音だけが大きくなっていく。
その音が一番大きくなった所で彼女の視界に入ってきたのは、血とは別の、綺麗な赤の髪を持つ美しい少女だった。
「!だ、大丈夫ですか!?酷い怪我……手当をしないと……」
声がハッキリと聞こえ、自分の身体をが揺さぶられる感覚はあったものの、既に真っ暗で見えない状態になった響華丸の視界。
だが、段々と聞こえなくなる耳元に、少年の声が入ってきた。
「!?その子は……!?」
「多分、妖怪に襲われた人だと思います。お兄様、そちらをお願いします」
「分かった!」
それが響華丸が意識を失う前の会話であり、次に彼女が目を覚ましたのは、少し広い家の布団の上だった。
「……此処は?」
目を覚ました彼女が横を見ると、そこには赤毛の少女が安堵の息を漏らすと共に声を掛けた。
「気がついたんですね……此処は私の家です。怪我をして倒れていたあなたを、お兄様と一緒に運んで来ました」
「(この子は……この感覚、間違い無く『あの男』と同じ……でも、今は身体の傷を癒さないと、『任務』に支障が出るわね)」
冷静に状況を分析した響華丸は平静を装って少女に名を名乗る。
「……ありがとう。私の名前は響華丸。旅の剣士よ。強大な妖怪と戦って、敗れたの」
「響華丸……素敵な名前ですね。私の名前は―――と言います」
何故か、響華丸の耳には肝心の、少女の名前が入ってこない。
雑音で遮られていたかのような。
にも拘らず、響華丸は彼女との話を自然と続けていた。
「―――、あなたも平和の為に戦っているのね」
「はい。響華丸さん、もし良かったら、しばらく此処で暮らしませんか?邪悪な妖怪退治のお手伝いを私にもさせていただきたいんです」
その提案に頷きつつ、部屋を見渡しながら問いを織り交ぜる響華丸。
「……良いわ。ところで、家族はあなたと兄と、ご両親だけ?」
「後、伯父様がいます。―――伯父様が……」
「!!」
名前がまた雑音で遮られていたものの、それに響華丸の表情が凍りつき、少女も済まなさそうに顔を背ける。
「ご、ごめんなさい。私、何かお気に障る事を……」
少女の謝罪に、響華丸も首を横に振って詫び返す。
「ううん、大丈夫。ただ、あの噂に名高い―――の姪に助けられるとは思わなくて……」
「そうでしたか……伯父様とはお知り合いで?」
「知り合いじゃあないけれど、妖怪退治をしていく中で、強い戦士だという話は聞いているわ」
そう答える響華丸は、内心こう考えていた。
「(『あの男』の姪(めい)……ならば、利用価値があるわね。恐らく、私が勝てない相手ではない。でも、何なのかしら……この不思議な気持ち……)」
不思議と温かい気持ちに、響華丸の心は揺れ動く。
自分は―――……しかし、どうしても彼女と話していると―――……
そうした戸惑いを奥に秘めながら、響華丸は少女の家でしばらくの間過ごし、彼女らが住む里周辺の悪い妖怪退治に励む事になった。


次の瞬間、響華丸は布団から身を起こしていた。
まだ夜が明けておらず、虫の鳴き声が静かに聞こえる状態。
沙紀達の村で一晩泊まる事を選んだ彼女は、また不思議な夢を見ていたのだ。
「(『あの男』……そして、―――……ダメ、思い出せないわね……でも、あの子と話をしている時の温もりは、故郷の村で皆に支えられた以上のもの……)」
モヤモヤした自分の気持ちを落ち着かせるべく、家を抜け出した響華丸は夜風に当たって息を整えた。
「……確か、あの子とはこんな夜空の下でも語り合っていたわね……本当の友達みたいに笑い合ってもいた……」
夢は、間違い無く自分の過去の断片。
それは螢に教えてもらった通りなのだが、その夢の中での自分は何かしら、その少女とは別の関係があり、友達としては不似合いとも言えるような事を考えていた。
自分が何者なのか、その答えが今の自分にとって良いものなのだろうか。
そして、夢の中での自分の額には、鏡に映し出されたものながらも、不思議な文様が描かれていた。
今でも、薄らいでいながらも残っているこの文様は何なのだろうか?
その答えを知る者は誰も居ない……
「目ぇ、覚めちまったのか?」
響華丸に続く形で、家から江が出ており、彼女の横に立って星空を見上げる。
「……螢から聞いたけど、もしかしてまた、夢を見たのか?」
「ええ。でも、肝心な部分が思い出せないのよ。私と同じくらいで、赤毛の少女……心当たりはあなたにあるかしら?」
名前がハッキリしない為に、外見で情報を得るしかない響華丸だったが、江も首を横に振るだけだ。
「ねーな。女で赤毛ってのは全然見当たらねぇ」
「となれば、葉樹の言う並行世界の……」
言葉をそこで切り、気持ちを切り替えようと一つ大きな息を吐く響華丸。
そんな彼女の気持ちを察して、江も追及する事は無かった。
「……にしても、驚いたぜ。沙紀って隠忍と弓弦って人間……違う生まれなのに普通にやっていっている。だが、分かるよな?その間に色々あったって事が」
問いには無論とばかりに、響華丸は頷く。
「2人の話にあった五行軍、それが始まりだった。人間が妖魔に勝ったという表向きとは裏腹に、暴虐(ぼうぎゃく)を振るっていた者達……彼らが、妖魔、いえ隠忍を苦しめた原因……」
「しかも、そいつらが道鏡の操り人形だなんて、当事者しか信じられねぇ話と来た。司狼丸の元仲間ってのも大きい情報だよな」
「事情があって助けられなかった……そう沙紀の顔に書いてあったわ。そして、それを彼女はとても後悔している。弓弦はそんな暇は無いという感じだったけれどもね」
「……助けたいのに助けられない時がある、世の中ってのはそういうもんだよ。人と違えば化け物、強過ぎても化け物……例えそいつらが人間と仲良くしようとしても、中身が割れただけで化け物呼ばわり……仕方がないけれど、悲しいもんだ。あたしも妖魔の正体がバレた時にゃあ、頭下げてさっさと出てくしかなかったからな。背中に化け物、出てけ、って罵詈雑言(ばりぞうごん)を受けながら、だ。響華丸の運の良さが羨ましく思えるぜ」
と、ニィッと笑みを浮かべる江だが、響華丸は笑みを浮かべず、真顔で返すだけだ。
「それは私を拾った人達の村に限るわ。別の村だったら、きっと化け物呼ばわりされて追い出されていたはず。環境と考え方が違ってただけ……でも……」
「でも?」
何時しか、響華丸は右拳を握り締め、胸元に当てていた。
その拳は小刻みに震えており、彼女の行き場のない苛立ちというものを感じさせて。
「……どうしてか分からないけど、司狼丸の話を、彼が侮辱された事や、殺された事を聞く度に、自分の中で怒りが込み上げているのを感じるわ。そしてこう思うの。人間も妖魔も、分かり合えるはずなのに、化け物、餌(えさ)の一言でいがみ合い、殺し合うのが許せない、と……彼は救われるはずだったのに、どうして神様は何もしてくれなかったのかしら、ともね……」
「……そう考えられるって事は、あんたも生粋の隠忍だな。ま、確かにあんたの言う通り、人間も妖魔も、姿と力が違うだけで、本質は生き物。殺し合う事が許されるんなら、その逆も然り、支え合う事くらいは出来るはずだって、あたしは思ってるぜ。人間達がそれを理解するには滅茶苦茶、気の遠くなるくらいの時間が必要だろうけどよ」
温かな江の話に、響華丸の苛立ちも少しずつ治まっていく。
それを感じ取って、彼女は再び星空を見上げた。
「その日が一日でも早く来れば良いわね。人間も妖魔も笑って仲良く暮らせる日が……それが、私の過去とも関係があるはずと、信じたいわ」
「はは、相変わらずの落ち着いた女だな。その割に熱い部分もある。あたしはあんたのそういう所が好きだぜ。女としても、仲間としてもな」
「それは口説きのつもりかしら?」
自分の言葉に頬を全く赤らめない響華丸を見て、やはり内心冷めた部分のある女だと思いながらも、江は歯を見せた笑顔で答える。
「推測にお任せだな、そいつは。と、早く寝とこうぜ。明日出発するからな」
まだ旅は終わらないし、止めるつもりもない。
それは今も同じ気持ちである響華丸は、江と共に床に就いた。
未だ分からない自分の事に、さほど不安を抱く事無く……

何時ものように螢の声で全員が目覚め、響華丸も江も昨晩遅くに目が覚めた事が気にならないかのように元気に応える、そんな朝。
朝食を済ませた所で、3人は沙紀達と別れ、彼女の教えた寺がある北の山へと向かった。
数刻して麓に到着した響華丸達だが、確かに寺は見えるものの、それを守るかのように木々が生い茂っており、山の傾斜も半端ではない。
人間が通れる道はほんの僅かだけで、そこを通るとなればかなりの時間を要するものだ。
だが獣道を通れば、1日もせずに渡れるという事なので、3人は人外が使うであろうその道を通り始めた。
時間が惜しい訳ではないが、早いに越したことは無いという、全員一致の結論で決めた事だった。
野良の妖魔達、それも羽のある者が襲いかかるも、ザコだった為にあっさりと撃退出来、時間を食う事は殆ど無く3人の移動は進む。
そうして日が沈み始めた頃に、響華丸達は寺へとたどり着いた。
「……確かに変わった寺ね」
手入れが成されている為に、苔は寺の周囲の岩等にしか生えておらず、しかし門から奥はまるでつい最近建てられたかのような獣の像が建てられて出迎えている。
門も、カラクリによるものなのか、さほど大きな腕力が無くともするすると開かれ、立派な寺が姿を見せる。
「住んでいる奴も、相当な奴だろうな……」
「こ~んば~んわ~!和尚様~~!」
突然元気な大声で螢がそう言うので、傍にいた響華丸と江は耳を抑えざるを得ない。
「ば、馬鹿!声でっけぇよ!」
螢の出した大声は山彦となって山々一帯に響き渡る。
その山彦が聞こえなくなったものの、寺からうんともすんとも、物音が立たない。
「お留守かな~?」
首を傾げて奥を覗く螢だが、数秒して寺の戸が開かれ、中から住職らしき男が姿を見せた。
壮年にして髭と髪が一体化しており、まるで獅子のような様相を見せる顔。
右の手首には数珠が巻いてあり、法衣の下からは僧侶かと疑いたくなるような分厚い筋肉の鎧が見えており、その目は何かを見透かしているかのようで、穏やかな雰囲気がある。
そして彼が近づいた途端、3人の鼻を凄まじい臭いが襲った。
不快、という訳ではないが、その独特な臭いは誰もが察しのつくものだ。
「!この人、お酒を飲んでいるの……?凄く強烈……毎日飲んでいるって事かしら?」
「坊主は坊主でも、ナマグサ坊主じゃねーか!」
「ほわわ~、嗅いだだけで螢も気持ち良くなっちゃう~。人間の中でも、こんな大酒豪さんは初めて~」
3人のその言葉に、男は豪快に笑いながら頭をボリボリと掻いた。
ちゃんと手入れしているらしく、虱(しらみ)が集(たか)っている様子は無い。
「がっはっはっはっはっ!それは済まんかったのう!しかし、わしを訪ねて来るとは只事ではないな?まずは中へ上がると良い。じっくりと話を聞こうではないか」
どうやら手厚い歓迎をしてくれるらしい。
そう感じた響華丸達は彼の言葉を受け、そのまま寺の中へと入った。

「わしは鎧禅(がいぜん)。かなり前からこの寺を建てたのだが、人間も妖魔もわしを訪ね、救いを求めて来おる。今も昔もな……そうした者達の痛みを理解するのがわしの仕事……だが、お主らの場合は違うようだ」
名を名乗り、己の事を話す鎧禅に、響華丸達も名前を名乗り返す。
「私は響華丸。隠忍ですが、少し前までの記憶を失っていて、その手掛かりを探しています」
「あたしは江。元は妖魔軍団の斬地張に居たけど、居心地悪かったから足を洗った妖魔だ」
「螢って言います~。南都でちょっと前まで舞を舞っていた隠忍の端くれで、今は2人のお手伝いしてま~す」
人間も妖魔も受け入れるのならば、正体を隠す必要は無しと、3人共人間でない事を明かし、鎧禅も納得した様子で3人を見渡す。
「成程、そこの少年があの斬地張の……まあ良い。重要なのは響華丸、お主だな?」
「はい。鈴鹿、天地丸、道鏡……特に天地丸と道鏡の名には聞き覚えがありますが、3人について何か知っている事があればと……」
響華丸の言葉に、何処から話したものかと少し唸る鎧禅。
しばらくして唸りが収まるも、鎧禅は真剣な面持ちで響華丸を見た。
「これは、ある者から聞いた話だから、真実は分からん……嘘とも思えん……だが、それを聞いた時、お主らは大きな運命に巻き込まれる事になるだろう。それでも良いか?」
「……はい」
返事と共に、江と螢も無言で頷くのを確認した鎧禅は一つ頷き、ゆっくりと語り出す。
3人に関する話を……

「事の起こりは、その昔、五行軍によって妖魔狩りが行われ、妖魔でありながら人間の心を持ち、人間と共に生きようとした隠忍の一族が現れた事より始まる。その一族が住む隠れ里も、五行軍によって滅ぼされた。数人の生き残りを残してな」
「その話、昨晩沙紀ちゃんから、この事なら話せるって事で聞いたよ。司狼丸と外道丸と沙紀ちゃん、それから人間の方で、司狼丸のお父さんの天地丸さんが生き残って、司狼丸のお姉さんの伊月さんって人が攫(さら)われたの。あ、ごめんね2人共。先に話せば良かったかも」
「良いさ。急いでる訳じゃねえし」
螢の補足が入る中、鎧禅は話を続けた。
「その、司狼丸達は人間の天地丸の導きの元、退魔師として生きる事になった。だがその天地丸は3人の目の前で妖魔に食われ、実の息子たる司狼丸は怒りに身を任せて隠忍の、妖魔の力を解放してしまったのだ。そこで彼の苦難は終わらなかった。司狼丸は五行軍と戦ったが、その中で安倍 晴明の両親を殺してしまった……この事は晴明自身知らぬ事であろう」
「……螢、その話は聞いたかしら?」
「ん~ん、初耳。多分、沙紀ちゃんは知ってたけど話せなかったんだろうな。弓弦さんも……」
その事実もまた、鈴鹿と司狼丸の関係と同様の重さなのだろうと感じつつも、響華丸は視線を落とす。
「……司狼丸は、暴走して人間を殺してしまったのね……」
「そうだ。これが、世の者達が司狼丸を恐ろしい鬼と呼ぶ一つの理由……そして自分を信じてくれた者を、仲間の親を殺してしまった事に対する罪悪感が、司狼丸の身体にのし掛った」
と、一つ区切りが入った所で、もしやと響華丸は問い掛ける。
「……鎧禅和尚、もしや貴方を、司狼丸も訪ねたのですか?でなければ、そこまで具に話せるはずがありません」
「うむ、その通りだ。だがわしは言葉で導くだけの坊主。最後まであの者の力になれなんだ……」
その言葉と共に、鎧禅の表情は重くなり、溜息が吐き出される。
それでも、感傷に浸り、悔いる暇は無しと表情を引き締め直して続きを語った。
「……話を戻すぞ。罪を背負いながら、司狼丸は沙紀、弓弦、そして実の母である鈴鹿、晴明と共に五行軍を打ち破った。だが五行軍は一人の男、そして八の神々にとっての捨て駒でしかなかった。地獄門を開く為の、な」
「その彼らが、道鏡と大凶星八将神なんですね?」
「そうだ。かくして地獄門は開かれた……そしてその邪念は八将神の手で様々な災厄となり、空は乱れ、大地は歪み、水は毒され、人は狂ってしまった。司狼丸が会いたかった、伊月を殺す程なまでに、な……」
「……死ぬ前に妖魔の方の天地丸が出来ていたんだな?その伊月って女は、外道丸って奴との間に」
「ふぇ?江、どうしてそんな事を知ってるの?」
この事は螢も知らなかったらしく、妙な声を上げつつ江に問い、江も事実を、とすぐに答える。
「司狼丸の息子を名乗った、高野丸がそう話したのさ。天地丸が首をすっ飛ばしちまって死んだ以上、そいつからはもう何も聞けないだろうけれど……」
これで色々と繋がった。
外道丸と伊月から、妖魔の天地丸という軌跡(きせき)が。
高野丸という人物が何者なのかという事だが、死んだ者とされている以上、彼についての深入りは無用。
それらを整理しつつ、鎧禅の話は続けられる。
「五行軍を倒した司狼丸達は、伊月を残して50年の時を越えた……そして弓弦は、鈴鹿が自分の親の仇と知り、彼女を殺そうとしたが、彼女と司狼丸の必死の命乞い、そして沙紀の制止で殺すまでには至らなんだ。ただ、弓弦は妖魔を、隠忍を許せずに去り、沙紀は彼について行く事を選んだ。残った鈴鹿は実の息子司狼丸と、義理の息子として引き取った晴明を連れての旅に出た。司狼丸が心を許していた少女、神無(かんな)を探す事も含めて……」
「で、此処からはあたしの話の通りだな。妖魔の天地丸は斬地張の頭目になり、司狼丸達を襲った。で、道鏡と八将神が現れて、司狼丸は時空を越える力を発揮した。で、少し前に鎧禅のおっさん、あんたの所に来たって事は……」
「そう、彼は真に手に入れたのだ。時空を越える力を、な……その力ならば、運命を変えられると信じたのだ。だがそんな彼の願いは、周囲の冷たさによって裏切られた」
その言葉と共に、誰もが言葉を失いかけた。
同時に江は口に出さなくてもこう考えていた。
恐らく、全ては『あの男』の……道鏡の手の上での出来事だろう、と……
「時空童子となった司狼丸は、八将神をその力で打ち破ったのだが、そんな彼を人間だけでなく、仲間達までもが恐るべき鬼と言って殺す事を選んだ。後は世の噂の通り、司狼丸は鞍馬山にて鈴鹿と晴明に殺された……」
話は此処で終わったかに見えたが、螢は少し気になった所を見つけたらしく、挙手と共に質問を投げ掛けた。
「和尚様、沙紀ちゃんと弓弦さんが、とても50年以上生きているとは思えなかった事について納得行きましたけど……神無さんって人はどうなったんですか?」
「……殺されたそうだ。鬼に魅入られた者として、八将神に操られた人間達によって、な。外道丸は最強の妖魔を目指す中、志半ばで果てたという。そして、それらの罪は全て司狼丸に押し付けられたのだ。2人の、特に神無の死が切っ掛けで司狼丸は怒り狂い、鬼としての本性を露にした上で、八将神を打ち倒した……その行いは、神をも殺したという事で人々から恐れられた。思えば、数多くの惨劇の為に、彼の、人間の心が殆ど無くなっていたに違いあるまい……」
この言葉を聞いた途端、響華丸はまたも、全身の血管が同時に大きく脈動するのを感じた。
同時に、心の奥から炎とは違う、熱い何かが湧き上がる感覚も……
しかしそれらは、江が声を荒らげると同時に治まった。
「濡れ衣じゃねーか、それ。司狼丸は五行軍や八将神を倒したんだろ?晴明って奴の両親を殺した以外に、何をやらかしたっていうんだよ!?」
「闇牙が言ってたわね。司狼丸の心を絶望に染めれば、力が更に開花する、と…・・・・濡れ衣も、司狼丸を心身共に追い詰める為の……」
誰がそのような事をやったのか、という疑問も抱える響華丸だが、螢も少し気を落とした様子でポツリと呟く。
「助けてくれる良い人が皆死んじゃって、残りは冷たい人ばかり……そんな状態の司狼丸を、どうして鈴鹿さんは助けてあげようとしないで、殺しちゃったの?お母さんなのに……」
「そこまでは分からん。ハッキリしておるのは、妖魔の天地丸が再び鈴鹿・晴明と戦い、これに敗れた事で改心した事くらいだ……」
「……」
それ以外に情報は無いらしい、そう判断して沈黙する響華丸。
だが、螢は彼女を見て、何かが千切れそうな音を聞いた。
「(!?道鏡に対して?それとも、鈴鹿さんに対して?どっちかに、響華丸は怒りを抱いてる……!)」
音を聞けたのは螢だけであり、江は溜息を吐くだけ。
響華丸は再び全身の血管の脈動と、心の中からの熱さを覚えており、今度のそれらは留まる事を知らずに、熱い奔流(ほんりゅう)となって彼女の全身を駆け巡っていた。
それを感じながらも、彼女は沈黙を保っていたのだが、ジワジワと、本来抱くはずがない、理由の不明な憤(いきどお)りが己を支配し始めている事に気付かなかった。
「……響華丸に関する手掛かりを一番知ってそうなのは、滅茶苦茶汚ぇ野郎、道鏡か……ぶっ飛ばされたって事だから、後はもう、手探りだろ?」
響華丸ならばそう考えて行動するはずとしての江の言葉に、彼女自身も小さく頷く。
「……ありがとうございます、和尚様。記憶の手掛かりは見つかりませんでしたが、司狼丸についてある程度分かって来ました」
「……役に立つ情報を教えられず、済まん。そこでどうだろう?せめてもの詫びとして、今晩は此処にお主らを泊めさせてはくれまいか?」
もう既に夜になっており、空は星空が輝いている状態。
夜道を行くのは危険で物騒な為、3人は鎧禅の勧めを受けてその夜は寺で泊まる事にした。
食事の方は鎧禅が用意しており、その内容もなかなかのものであった。
しっかりと夕食を済ませた所で、真っ先に螢が寝て、響華丸達も続かんばかりに床に就く。
そうして次の朝は何時も通り起きて、手探りの旅を続けようと考えていた。
響華丸以外は……

同じ頃、隠忍の村の墓地にて、沙紀はある墓の前で手を合わせて祈っていた。
その墓石にはこう刻まれている。
『隠忍の救世主たる、司狼丸とその妻神無、此処に眠る』、と。
また隣にも墓が建てられており、こちらには『司狼丸の姉である伊月、そしてその夫である外道丸、此処に眠る』と書かれている。
沙紀は全てを知っていた。
伊月や神無が人間に殺された事、そして司狼丸が自分達を救う為に戦っていた事を。
だが、人間達の視線は冷たく、誰も彼を、隠忍を受け入れようとしなかった。
それらを、そして司狼丸が殺される前、彼に対する自分の態度を思い浮かべる度に、沙紀は自分の罪深さを感じていた。
あの時の司狼丸は孤独だった、だから助ける必要があった。
しかし弓弦は彼の犯した罪について、それを背負って生きるべきとしており、被害者である事に逃げる事を許さなかった。
沙紀も沙紀で、鬼として変貌した司狼丸を助けたかったが、そのまま受け入れては未来が危ないと考え、頭を下げて司狼丸の助けを求める手を、振り払ってしまったのだ。
その手を振り払わなければ、司狼丸は狂わずに、歪まずに済んだのかもしれない。
そうした悔恨が彼女の心を締め付けていたのである。
「……私は……私だけが、こうしてのうのうと生きてる……それが、罰ね……」
晴明の両親を殺した事で、加害者の烙印を押され、それが晴れぬまま狂い、実の母に殺されてしまった司狼丸。
妖魔である事を目指し、伊月の死で人間を一時的に信じなくなっていた外道丸。
自分は、隠忍として生きる事を選び、結果として弓弦と共にこうして生きている。
普段は笑顔を子供達に見せているのだが、それは作り物である事を薄々と感じていた。
「……私もまた、過ちを犯していたやもしれん……」
「え?」
何時の間にか背後に立っていた弓弦に気付いて振り向く沙紀だが、彼の表情は何時も見せる冷淡なものではなく、何か認めたかのような、そんな様子だ。
「責める事ばかりを考えていた私は、あいつを、司狼丸を追い詰めていた……鈴鹿、ヤツの真意を知ったとあれば、司狼丸の傷はとてつもないものであろう……それを……」
言いながら腰を屈めて司狼丸と神無の墓に向かって合掌する弓弦。
彼のその姿に、胸が締め付けられるような気持ちに襲われたか、沙紀は思わず声を上げた。
「そんな……!弓弦の所為じゃないわ!誰だって罪の意識から逃げたい、楽になりたい、だから全部話したかったり、嘘に逃げたりしてしまう……私が、私が全部悪いの……無理にでも外道丸を止めていたら……何時だってそうだった。里が滅びないで済んだかもしれなかった。義父さんが死なずに済んだかもしれなかった。地獄門が開く事無く戦いが終わったかもしれなかった。伊月さんや神無ちゃんも生きていたかもしれなかった。なのに、私の所為で司狼丸から全部無くなって、あの子を狂わせてしまった……!外道丸も死んじゃった……人間を信じ始めた矢先に……そんな中で、私は……私はっ!!」
最後には泣く事しか出来なくなった沙紀。
その涙、そしてそれでも生きる事を選んでいる彼女に、弓弦も罪悪感に襲われる。
自分が司狼丸や外道丸から沙紀を奪ったようなものだ。
もしかしたら、沙紀こそが司狼丸の支えになれたかもしれなかったのに……
だから、自分にとって初めてであろう、優しい口調で弓弦は沙紀を抱いた。
「……お前がいたからこそ、私は隠忍を受け入れる事が出来たのだ……そのお前が死んだら、この先どうすれば良い?私は、お前無しでどうしろと?だから、絶対に言わないでくれ……自分が死ねば良かった、などと」
「弓弦……」
「司狼丸も、外道丸も、伊月も神無も死んでしまった……だからこそ、彼等の分も生きなければならない。私も、お前も」
その言葉だけでも、十分な救いだった。
それだけに、より一層沙紀は自分の立場が罪深く思えたが、絶望する気にはなれず、只々今のこの温もりを受け入れるのみだ。
「……ごめんなさい、弓弦。本当、私はカッコつけているわね……」
流れる涙はまだ止まらない。
その涙を、弓弦が拭い続けてどれほど経ったのだろう。
ふと、自分達の耳元に男性の声が届いた。
「……沙紀……弓弦……」
男の声は聞き覚えのあるもので、沙紀と弓弦は顔を上げて墓石の方を見る。
その墓石、外道丸と伊月の墓石の上にボンヤリと透けた状態ながらも、一人の男性が心配そうな表情で2人を見詰めていた。
鋭く上方へ尖っている緑色の髪、逞しい肉体、そして罰点傷。
その男が外道丸であると知るのに、沙紀も弓弦も時間を要さなかった。
「外道丸……どうして此処に?」
「何故……?」
死者の霊が時たまにこの世に迷い込んで来る事がある、という話は聞いた事がある。
死んだ義理の父の天地丸も、地獄門が開いた時にそこを通って現れたというが、螢の父が言うには、墓石や亡骸等を通じて魂が姿を見せる時があるという。
だから、驚くにしても外道丸の魂がこの時、この場に現れた事への疑問の驚きであった。
そんな2人に、外道丸は厳かな表情で、しかし穏やかな声でこう言う。
「もう、泣く事はねえと思うぜ……伊月が言ってた……やるべき事がある、とな」
「やるべき事?」
「ああ。それを果たせば、司狼丸を助け出せるってな。俺はそれに賭ける。だから、生きろ、2人共……良くおっさんが言ってたろ?生きてりゃ会える、って……」
その言葉を、まさか自分にも掛けるとは。
弓弦はかつて自分を嫌っていた外道丸に、今此処で感銘し、笑みを見せた。
「……そうだな。私達に出来る事は、それくらいだ」
「外道丸……分かったわ。私達、絶対に生きるから……!」
沙紀も涙を拭い切った所で、決意の篭った表情で頷く。
それを見届けた外道丸は安心したか、父親を思わせる大らかな笑みを浮かべてその姿を消していく。
もしかしたら、神様が力を貸してくれたのだろう。
消え行く外道丸の姿を見て、沙紀はそう思いつつ弓弦と共に手を握り締め合う。
そして、伊月の魂が何をするのかは分からないまでも、自分達にとっての希望であろう存在に心当りを見出した。
自分や司狼丸と同じ隠忍であり、温かな思いを受けて生きている響華丸達。
彼女らならば、きっと自分達の想いに応えてくれる。
それが、彼女の、沙紀の今此処で確信した事だった。



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あとがき
また新たに明らかになりました真実。
響華丸の夢に出てきた人物、察しの良い方ならば『あ、あの人だ!』と分かるかと思います。

司狼丸が殺される前の話は、ちょうどONI零のストーリーの粗筋みたいになっておりますが、此処での響華丸の抱いた感情、そして鎧禅が司狼丸と接触した時の独白も今作の根幹に関わっております。
神無と外道丸は今作では既に死んだ事となっており、司狼丸の心の傷が深いものである、としました。
しかしその外道丸の魂は恨みを抱いているわけではない、としております。
この辺りは、公式において金剛以外の八将神について全く分からないという事も含めて、省く方を選ばせて頂きました。
だからこそ、ますます公式でのONI零本編の続きが気になるというものです。
残る伊月の魂の動く意味も、おいおい話していきますので、しばらくのお待ちを。
司狼丸の軌跡を知ろうとしている響華丸の次なる行動は、次回大きなものになっていきます。
是非次回もご期待を。

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