ONIの里

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隠忍伝説(サイドストーリー)

ONI零 ~虚ろより生まれし仔よ~

桃龍斎さん 作

『四 残された隠忍 (完全版)』

カラクリで構成された、密林のような場所。
その根元たる部分は通路となっており、そこを一人の少女が歩いていた。
緑色の長い髪を伸ばし、腰には細身の剣を差している剣士。
彼女は左手の上に、術によるものか、何かの映像が映し出されており、それを鋭い目で睨んでいる。
「間違い無くこの時代ですわね……時空の歪みが幾つも現れている……先発調査員の『彼』が消息を絶ったとなると……』
通路の先には、摩訶不思議(まかふしぎ)な術の陣が描かれた台があり、少女はその上に立つと、頭上から男性の声が響いた。
「時間軸、誤差修正完了。時空監査局・日本課・葉樹(ようじゅ)課長、任務の確認を」
「時空の断続的な歪みの原因を調査及び行方不明となった局員を捜索。原因調査には現地の者との連携も許可、現場の局員とも連携し、原因の究明及び事態の解決を任務とします」
「……照合完了。転移、開始」
陣が光り輝き、葉樹の身体がその輝きに飲み込まれると、大きな光の球が陣の上に形成され、そのまま上空へと運ばれて行った。


異形が2体、向き合っていた。
風が吹き荒れ、暗雲が立ち込める空の下、草原にて、似たような顔を持つ異形。
片方は赤い鬣と青い肌を持ち、漆黒の甲冑を身に纏った逞(たくま)しい肉体をした男性の鬼神。
もう片方は氷のような冷たい青の瞳をして、漆黒の翼と金の鬣を生やした、しなやかな肢体を持つ女性の鬼神。
顔は口や鼻が無く、仮面をしたかのようなものであり、どちらも並みならない闘気を放っている。
「お前が何者かは問わない。だが、俺もやすやすと命を奪われるつもりはない!」
「……我が主の命により……貴様を……―――を、殺す!」
両者は駆け出し、拳が交錯(こうさく)し合う。
その鋭さは互角ではあったが、男性の鬼神の方が上手であり、重く鋭い拳を次々と女性の鬼神に叩き込んで行く。
女性の鬼神も負けじと翼を広げて飛翔すると、急降下して指で男性の鬼神の肩を切り裂いた。
「ぐっ!だが!」
男性の鬼神も飛んで女性の鬼神を追うと、向かい合った途端に雷を纏った拳を放ち、彼女の鳩尾に突き刺す。
「!おのれ……やはり、貴様は、貴様らは我が主の……―――様の計画を阻む者!生かしてはおけない!」
直撃を喰らった女性の鬼神は、青白い血が滲み出る中、反撃の拳を男性の鬼神の頬にぶつけ、そのまま殴り飛ばして地面に叩きつけた。
「……お前も俺達と同じ存在……それでいながらやはり俺達を滅ぼすのが目的か!」
地面が砕ける中、甲冑にヒビが入り、青白い痣(あざ)が見え隠れし始めるが、彼も体力が落ちている様子は見られず、女性の鬼神が放つ気弾を次々と拳で弾きながら飛び、今度は連続で雷撃の拳を突き刺していく。
「くは……!がっ……」
最後に突き出された鬼神の拳は、女性の鬼神の胸元に命中し、漆黒の鎧を砕くと共に彼女を遠くへと吹き飛ばす。
女性の鬼神が飛ばされ、地面に激突する様子は男性の鬼神からも良く見えていたが、そこから女性の鬼神が飛び出したりするような事は無く、戦いは一先ず終わったようだった……


「!!」
誰もが寝静まった深夜、響華丸は飛び起きて自分の身体を見回した。
「……今の夢は……私の、過去?くっ……また頭が……」
キィィィン、という金切り声に近い音が脳裏に響いて思わず頭を抑える響華丸。
彼女は尋常ではない寝汗を拭いつつ、息を落ち着かせて、目を閉じて夢の内容を整理する。
戦いを繰り広げた鬼神2体。
片方は間違い無く自分なのは分かっているが、もう片方は見た事が無い男性の鬼神。
そして、自分が主と呼んでいる者の名前は、何故か雑音に遮られて分からなくなっていた。
顔も分からず、自分が何者かという謎が深まるばかり。
男性の鬼神やそれに似た存在が、何か重要な役割を持っている事は確かで、『主』にとっては邪魔だというが……
「ん~……夜遅くまで起きてるのは顔にも身体にも良くないよ~」
起きた事に気づいたのか、寝惚け眼ながらも螢が起きてモゾモゾと響華丸に近づく。
江は気持ち良く寝ており、口を大きく開けて鼾(いびき)を掻いているのだが、2人の動きに全く気づいていない。
「ごめんなさいね、螢……不思議な夢を見て……」
「確か響華丸って、記憶喪失だったね。きっと、その記憶の欠片みたいなのが夢に出てるんだと思う。多分」
「その記憶が、どんなものなのかが気になるけれど……」
正直、そこが不安だった。
夢の中で自分が戦っていた鬼神が正しいのか、それとも自分が正しいのか。
そうした気持ちを理解してか、螢も真顔でこう訊く。
「……もしかして、怖い?」
「そうね……信じていたものに裏切られる、そうした結末だと、果たして自分が自分でいられるのかが、特にね。私は、ある程度上手く行き過ぎているのかもしれない……」
「人間と優しく、仲良く出来る事とか?」
「それ。ちょっと、表に出ても良いかしら?あなたにはまだ見せてなかったから……」
転身した姿を実際に螢に見せるつもりの響華丸だが、螢はニッコリと笑って首を横に振った。
「ん~ん。ハッキリ見えてるからお気遣い無く~。でも、言いたい事が見えたよ。普通の隠忍は、凄く可哀想なの。妖魔からは裏切り者、人間からは化け物って言われて、悲しい事ばっかり。きっと、司狼丸も、そうした悲しい事に負けて、殺されちゃったんだと思う……実際に見た事ないから間違ってるかもしれないけどね」
「……どうして誰も助けなかったのかしら……」
「響華丸は、司狼丸に光を分けたかったの?」
響華丸が漏らした言葉を聞き逃さなかった螢は、彼女の方へ顔を近づかせてそう問い掛ける。
「光?」
「うん。心の光。お日様みたいにポカポカした、温かい光。響華丸には、それがあるんだよ~。螢自身にも、お母さんにも、江にもね」
情報が詳しい事も、術に長けている事もそうだが、螢は10歳の子供とは思えない考え方を持っている。
自分や江以上の、両親から受けた愛と共に得たと思われるそうした考え方を。
「妖魔や人間に苛められ続けた隠忍って、段々と心の光が消えていっちゃうの。そうなると、妖魔以上の危ない存在になっちゃう。凄く冷たくて、炎でも溶かせないくらい凍りついた心になっちゃって、最後には殺されちゃう……お母さんもそうなりそうだったけど、お父さんが助けてくれたんだ。それが、お母さんにとっての一番の幸せだって……」
「……だったら、少し悔しさがあるわ。もし、もっと早い時期に私が来ていたら……その司狼丸を助けられたかもしれない……先がどうなるかは分からないけれど…」
「…螢も同じかな。司狼丸に会って、螢のポカポカな心で助けたかったよ」
まだ会った事のない、赤の他人同然な人物、司狼丸。
話をする内に、どういう訳か響華丸も螢も彼に対して同情するような気持ちになってしまっていた。
それは、自分ばかりが良い思いをしているのはどうだろう、という疑問もあって。
加えて、司狼丸の事を思い浮かべる程、胸の鼓動が高鳴り、痛みと共に奥底から熱くなるという、不思議な感覚も気になってもいた。
「……あ、気を付けてね、響華丸」
「え?何を?」
不意に、漠然とした忠告を受けて先程の耽(ふけ)りから醒(さ)めた響華丸に、螢は真顔を更に近づけて言う。
「螢はね、怒る事も泣く事も出来ないけど、他の人が怒ってたり泣いたりっていうのは凄く分かるの。誰かが泣いている時、嘘泣きかどうかが見えちゃう。それで色々な人の罠とかにも気づけたの。で、誰かが怒ると、その人の中で紐(ひも)みたいなのがブチンって切れたり、あるいは火花がパチンって弾けたり、糸がプツンって切れたりする音が、螢には良く聞こえるんだ。多分、響華丸も江も、何処かで怒ったりするかもしれない……その時は、自分を壊したりしないでね」
「……ありがとう……じゃあ、お休み」
「お休み~」
話が纏まった以上、起き続ける理由は無い。
そう判断して、2人は改めて床に就いた。

「お~はよ~!」
「ん……でけぇ声だなぁ、おい」
「おはよう、螢」
翌朝、螢の元気な声で響華丸と江は目覚めるが、江の方は少し寝つきが悪かったか、3人の中で一番眠そうな顔をしている。
しかしそれも朝食の後にはサッパリしており、3人は螢の家を出るとそのまま南都を出て行った。

南都の西にある山、そこは木々の生い茂っており、人が通れるような道は殆ど無い。
あったとしても、その道には決まって山賊やら妖魔が現れて人間を襲うというのだから、一人で歩くのは危険過ぎるものだ。
そうした道を3人は歩いており、時折出くわす妖魔や獣を撃退していく。
螢の戦い方振りは、舞等で鍛えていた動きもさる事ながら、やはり用いる武器や術、そしてそれらを組み合わせた技が目を引いた。
右腕を一回振るうと、袖に隠れていた腕輪から針のように細い鉄矢が、目の前の妖魔と同じ数だけ放たれる。
それらが突き刺さると同時に雷撃の術が襲うという妙技がその一つ。
螢が言うには、鉄矢付きの腕輪は、父が造った無限袖箭(むげんちゅうぜん)というもので、名前の通り、腕輪に仕込まれた鉄矢が無限に放てる魔具(まぐ)、即ち対妖魔用の武器だそうだ。
その袖箭で遠くの妖魔を射抜き、近づく相手を扇で払い、蹴り飛ばすその力は、10歳とは思えないものであり、それもまた隠忍としての力なのだろうと響華丸も江も理解しつつ、自分の相手たる妖魔を蹴散らす。
「……ちょっと妙だな」
一通り妖魔を撃退したが、江がふとそう口にし、他の2人も踏み止まって周辺を見渡す。
「昼なのに、かなりの妖魔の数……しかも、野良とは違って統制が取れているわ」
「斬地張の残党?」
螢が倒した妖魔を眺め終えた所で江に訊けば、江も小さく頷いて応える。
「……かもしれねぇ。新しい妖魔を配下に引き入れたりしているだろうからな。けど、やっぱりこの辺りで妖魔が沢山居るってのは、おかしいな」
「あ……もしかして……付いて来て!」
何か思い当たる事があったのか、螢はある方角を見詰めると、2人に声を掛けてそちらへと走る。
響華丸も江も追って駆け出したのだが、その道は完全に人間が通れるような道ではない、獣道。
だが、途中で人間の通れる道が出来ているのに気づくと、螢の足が速まった。
「急いで!大変な事が起きてる!」
「この先に、何かが!?そこに鈴鹿がいるの?」
緊張感のある彼女の声色に、響華丸と江も只事ではないとばかりに足を速める。
「ん~ん、でも、螢の知り合いでお友達が危ないかも!」
「モタモタしてられねえって事か!」
どんどんと前へ進むと、少しずつ鼻に嫌な臭いが染み付いていく。
何かが焦げるような、そうした臭い。
それは……―――

「わぁ……!火事になってる……!」
開けた場所に出た途端、目の前に広がったのは火の海であり、その中で家屋が焼けているのが見え、螢は声を上げた。
「こんなもん!おらぁっ!」
江は即座に両手に大きな水玉を作り上げ、それを上空へ放ると、玉は雨となって火を消し始める。
「ありがとー!」
「!あれを!」
響華丸が指を差したその先には、子供達が、それも人間・妖魔問わず逃げ惑っている姿があった。
それを確認するや否や、彼女は駆け出して刀を抜き、子供達の背後から迫って来た矢や炎の飛礫(つぶて)を弾き飛ばす。
「あ、ありがとう、お姉ちゃん!」
「!螢ちゃんだ!助けに来てくれたんだ!」
子供達は螢の所へ駆け寄ると、それを守るように江が前に出る。
響華丸も逃げ遅れた者が居ないのを確認して後退しようとしたが、火がある程度消し止められた所で、その煙の中から数匹の妖魔と、見覚えのある若者がゆっくりと歩いてきた。
「闇牙!」
「また会ったな、響華丸!ほう、そこに居るのはお仲間か……」
闇牙が螢の方を見ながらそう漏らし、江が拳をかち合わせて啖呵(たんか)を切ろうとしたその時だった。
「あなたが、闇牙のお馬鹿さん?」
「「!!」」
螢の唐突な、そしてとても平然とした物言いに、闇牙どころか響華丸達も思わず眩暈(めまい)に襲われる。
「お、お馬鹿さんは余計だ!」
「あれ?江、闇牙って、馬鹿じゃなかったの?」
「あたしが言った事をそのまんま鵜(う)呑みにしてどーする」
調子を狂わされた闇牙と江だが、響華丸は気を取り直して刀を闇牙とその配下の妖魔に向ける。
「今度はこの村を襲うなんてね……しかも、見たところ隠忍の隠れ里……」
闇牙も雰囲気が戻った所で響華丸の方を見る。
「此処には時空童子の仲間が居ると聞いてな、そいつを皆殺しにしておくのさ。ヤツが甦った時、心を絶望に染め上げ、更なる力を開花させる為の見せしめとして!」
「てめえ、金剛って奴の言葉に乗せられたな?」
「果実は熟した時に摘むのが良いと言うだろう?ならば、熟させておくのが一番。そして熟した果実のように、完全になった力を俺が戴(いただ)く!そうすれば、俺はこの日本だけでなく、全てを支配出来る!天地丸のような腑抜けとは違う、真なる妖魔の覇者(はしゃ)として!」
高らかにそう宣言する闇牙は転身し、鬼の姿へと変貌する。
それに応じるかのように、響華丸も転身しようとしたが、江と螢が割って入った。
「こいつはあたしと螢に任せな!あんたはガキを雑魚から守ってやれ」
「2人なら、響華丸の転身した時と同じ位強いよ~」
「……分かったわ」
その言葉を受け入れ、すぐに子供達の方へと駆ける響華丸。
彼女の背を見ながら、江は内心安心していた。
「(響華丸の転身は、身体がズタズタになっちまう意味で危ねえからな……)」

「行くぞ、螢!転身!流撃鱗士!」
「は~い。転身、燐天陽姫~」
響華丸が子供達の前に立って妖魔達を迎え撃つ中、江と螢はそれぞれ妖魔の力を解放、転身する。
それを前にしても余裕を崩す事無く、闇牙は両腕を振り上げて構える。
「江、貴様は俺の目の上の瘤(こぶ)!あの小娘も捨て置けないが、貴様こそが俺が殺すべき相手!」
「あたしが居ない間に色々と力を蓄えたようだが……てめえに負ける気はねぇんでな!」
「ほいっと」
江と闇牙が啖呵を切り合う中、螢が奇襲とばかりに飛び出して右足で闇牙に蹴りを浴びせた。
物事、話を即座に進めるその性分は、戦いにおいても活かされており、そこもまた彼女の持ち味である。
「!?このガキ!」
「まだまだ行くね~」
小さな身体、軽い身のこなしで闇牙の巨体の周囲を飛び回り、突き出した両手から火の玉を放つ螢。
「おうおう、言い忘れたがそいつは他の隠忍や退魔師とは別格の強さだ。甘く見ると火傷じゃ済まされねぇぜ!」
この場は、螢の先手に感謝しつつ、江も鱗と水の弾丸を放って距離を詰める。
「ふ、そうか……この術のキレは、少し前まで厄介だった奴の……だがなぁっ!」
江の攻撃が入ろうとした途端、闇牙は地面を滑るかのように後退してそれを回避し、螢に向けて左腕を突き出す。
「わっ!」
突き出された左手から、黒い触手めいた霧が噴き出して彼女に絡みつき、締め上げに入る。
「ん~っ!」
螢も力を入れてその呪縛から脱したが、それを待っていたかのように闇牙の右の拳骨が彼女の胸に突き刺さった。
「ふわぁっ!」
まるで小石が弾かれるように地面に叩きつけられた螢。
しかし彼女はそこから跳ねる形で受け身を取って着地しており、小さく咳き込みながらも土埃を叩き落として構え直す。
息を整えるのに時間を要さなかった事から、さほど効いた気配は無いようだ。
「ほう……」
「あの、闇牙さん……もしかして、お父さんの事知ってる?」
口振りから察した螢の言葉に、闇牙は残忍な笑みで頷いた。
「ああ。厄介な相手だったのでな、俺の部下の一人が一計を案じ、命と引き換えに殺したが……まさか娘がいようとはな」
「じゃあ、お父さんの代わりに懲らしめるね。螢、悪い人から皆の笑顔を守るのがお仕事だから」
「……!」
逆上を誘った挑発が、まるで暖簾(のれん)に腕押しという螢の反応に一瞬だけ闇牙は耳を疑う。
そこを隙として、江が闇牙の頭上を取り、両手の爪でその両肩に一撃ずつ決める。
「むっ!?」
「相変わらず怒らせる事ばっかり考えてるのな。だが、その癖があたしにとっては狙い目さ!」
着地と同時に振るわれた両手が鞭のように闇牙の顔面を打ち据え、最後の一蹴りが顎(あご)を打ち上げる。
江がその攻撃を終えて飛翔すると、入れ代わりに螢が右肩からの体当たりに入った。
が、闇牙は少し後ろに下がっただけで、ニヤリと笑ったかと思うと、両腕から黒紫色の電撃を放ち、江と螢に浴びせる。
「ぐわぁっ!」
「はわわっ!」
2人を電撃の鞭で持ち上げた闇牙はそこから両腕を振って2人の頭を激突させ、最後に諸手を振り上げて地面に叩きつけた。
その一撃で2人の全身に傷が入り、頭から血が流れ出るのだが、螢がすぐに身を起こし、両手に淡い黄色の光球を作り出すと、それを自分と江の頭上に放り投げる。
「危ない危ない」
球は無数の小さな光の粒を雨のように降らし、その粒が2人の傷を癒していく。
「!?転身した場合、傷を癒す術は使えなくなるはず……そこのチビ、ただの隠忍ではないな!?」
「うん。退魔師のお父さんと、隠忍のお母さんの間に生まれた子だよ~」
「頼もしいぜ、こいつ!」
測り知れない螢の術の力を受けて、江は勢いを取り戻し、再び鱗と水の弾丸を放つ。
螢も周囲を駆け回りながら炎の飛礫を飛ばし、闇牙の電撃をかわしていく。
「ちぃっ!」
攻撃を避けられ、自身に攻撃が入っていく状況に舌打ちする闇牙は大きく後退すると、すぐに転身を解いて指笛で妖魔達を呼ぶ。
響華丸と戦っていた妖魔はその笛ですぐに後ろへ飛び退き、闇牙の横に立った。
「これほどの奴が居たとは驚きだが、まあ良い。この程度でやられてもらってはつまらんからな」
言いながら闇牙は妖魔と共に村の出入口へと駆け、そのまま去っていった。

「助かったぜ、螢」
「えへへ~、江もお手伝い、ありがとね~」
人間の姿に戻った2人に、子供達が喜びの声を上げながら駆けて来た。
「お姉ちゃん、ありがとー!」
「お兄ちゃんも、あっちのお姉ちゃんもカッコ良かったー!」
子供達に囲まれ、安堵の息を漏らす響華丸達は村を見渡す。
逃げ遅れは誰も居ないようだが、それ以外の事にも気づいていた。
「どうやら大人達は出払ってたみたいね。でも、そこを突いて襲って来るなんて……」
「ガキは純粋無垢だからなぁ……あたしみたいなのを連れ去って、戦力にするつもりだったんだな。で、こいつらか?螢の知り合いってのは」
「ん~ん。ねえ、他の皆はお出かけ~?」
螢の問いに、子供の一人がコクンと首を縦に振る。
「人里にお買い物に行ったんだ。おいら達は此処でお留守番してたんだけど、外から結界を破って、あの人達が襲って来たんだよ」
「後どれくらいで帰って来るの~?」
「もうすぐ……あ、帰って来た!」
子供達が村の入口の方を見ると、そこには数人の大人達が来ていた。
ただ、結界が破られていた事、そして家屋の一部が焼けていた事で只事では無いと考え、すぐに子供達の方へ駆け寄り、安否を気遣う。
「大丈夫か!?怪我はないな?」
「うん、平気!螢お姉ちゃんと、そのお友達が助けてくれたの」
「そうかい。ごめんねぇ……怖かったよね?」
無事と知り、大人達の表情が和らぐと、彼等は響華丸達に感謝とばかりに頭を下げる。
代表として前に出たのは、山吹色の髪を伸ばした女性と、黒紫色の長髪を持つ男性だ。
女性の方は少女らしさが残るものの、女性に相応しい美しさを見せている。
男性の方は、近寄りがたい雰囲気が出てはいるが、髪に隠れている目は幾分か落ち着いた輝きを放っていた。
「あなた達は、螢のお友達ね。私は沙紀(さき)。隠忍でもあり、退魔師でもあるわ」
「私の名は弓弦(ゆづる)。人間の退魔師だが、色々あって沙紀や他の隠忍と共にこの村で暮らしている。頼んだ覚えはないが、子供達を救ってくれた事、感謝している」
2人の自己紹介を受け、響華丸と江も自己紹介をする。
江が元斬地張所属で、合わなかった事から自分で脱退したという話に、弓弦は漆黒に近い瞳で彼を見詰めた。
「お前、親は?」
「拾った妖魔が言うには、何かで大怪我して、入り江に流れ着いた所で死んでたそうだ。生き残ったあたしが拾われて、物心ついた時には斬地張の所属って事だ」
「……何故、合わなかった?」
問いに対して、返答の容易いものだった事もあって江もしっかりと即答する。
「襲った人間で、大きく分けて2通りの最期を目の当たりにしたのさ。片方は泣いて命乞い、もう片方は負けを認めて死を受け入れる……獣は終始、安全な所まで逃げようとして、逃げられなければ抗い続けて、死ぬ時は潔かった。そこからあたしは、『戦いも狩りも、互いに力を出し合っての方が良い。泣いて逃げ惑うヤツを食い続けてたら、何れ自分をダメにする』って事を学んだんだ。そして、弱い奴を追い回すだけの斬地張とは合わない、人間と一緒に強くなるのも悪くない、そんな考えから出ていったって事さ」
「そうか……お前も隠忍、という事だな?」
「まあね。で、響華丸とは拳で語り合って認め合った仲。見た目も良いが、下手に近づくと一閃!だぜ?」
挑発的で不敵な物言いと共にニヤリと笑う江に、弓弦も小さく口元に笑みを浮かべて返す。
「……気をつけよう」
どうやら馬が合ったらしく、それから江と弓弦は2人での話を続ける。
その様子に、沙紀は安心したかのように息を漏らしていた。
「……昔の弓弦は、妖魔を許さなかったの……でも、長い年月もあって私と分かり合えて、そして多くの子供達、隠忍達と出会って、今に到ってるわ。辛い事ばかりだけれど、良い事もそれに負けないくらいある……螢やそのお父さん、お母さんと一緒の力添えもあって、この村を作る事が出来たからね」
「猫の沙紀ちゃんと、ネズミの螢だけど、すぐに仲良しになれたんだよ~」
響華丸と沙紀の間にヒョコッと顔を出した螢の笑顔混じりの説明に、2人も小さく笑いを漏らす。
「そう、諦めかけていた私達の心に、元気をくれたのがこの子、螢なの。猫とネズミが仲良くなれる可能性があるんだから、人間と妖魔も仲良く出来るって信じて、今に到ったわ」
「でも、弓弦さんはともかく、あなたは人間達とは……」
皆まで言わずとも、響華丸の聞きたい事を察して沙紀は言う。
「過去の例に漏れず、人間達からは冷たくされていたわ。響華丸の方は、瞳で分かる。私達とは違っているって事が……正直、羨ましいな。理解してくれる人間に恵まれている事が……」
清らかな瞳で響華丸を見詰める沙紀。
その様子は何処か物憂(ものう)げで、しかし立ち入り難く思えた。
が、何時までもそうしていられないという事もあり、気を取り直して沙紀は本題に入った。
「ところで、どうしてあなた達はこの辺りを?」
その問いには、螢が何時もの調子で答える。
「ん~とね、鈴鹿さんを探してるの~。主に響華丸が」
「?!鈴鹿さんを……!?」
名前を聞いた沙紀の反応を、響華丸は逃さない。
「知っているのね……もしや、司狼丸の事も……?」
何か知っているはず、そう考えての問いが投げかけられる。
だが、沙紀は曇った表情で俯(うつむ)き、首を横に振った。
「……ごめんなさい。私からは何も言えないの……2人の関係については、何も……それに、鈴鹿さんは……」
2人について、知っているどころか、それ以上の関係にある。
それが響華丸の抱いた、沙紀の印象だった。
何かがあったからこそ、何も語る事が出来ないのであろう。
そう響華丸が見る中で、俯く沙紀の代わりに、江との話に区切りが付いた弓弦が答える。
「会っても無意味だろう。奴の口からも何も出て来んと思うぞ。お前が過去を探しているとしても、求めているものとは限らない。例え口を開いた所で、後悔するやもしれん」
「……どうする?それでも探す?」
そう響華丸に話を振る螢だが、響華丸も口元に手を当てて唸る。
天地丸は行方知れず、鈴鹿も心を開きそうにない。
となると、最後の一人、道鏡という男についても居場所は知らないだろう。
此処で行き詰まるとなると、別な手掛かりを探すしかないのかもしれない。
それらを踏まえた結論を口に出そうとしたその時だった。

「そこのあなた、大人しくしていなさい!」
沙紀や響華丸とは違う、大人びた少女の声が響き、全員がそちらに向かう。
そこに立っていたのは、明らかにこの時代のものではない、もっと進んだ文明の服装をした少女剣士だった。
剣士は何か手帳のようなものを懐から取り出すと、それを突きつける。
皮でも金属でもない、しかし丈夫そうなその表紙たる部分には紋章のようなものが描かれており、それが剣士の所属を示しているのであろう。
誰もがそう推測しながら、響華丸達は剣士の話を待った。
「私は時空監査局・日本課の葉樹。と言っても、あなた方には理解し辛い事でしょうけれど。それはともかく、そちらのあなた」
「……私ね」
呼ばれているのは自分と判断した響華丸は沙紀達を後ろに下がらせ、葉樹と向き合う。
「あなたは並行世界間、つまりこの世界と、此処とは別の世界とを往復していますわ」
「(夢の中の出来事は、並行世界での出来事?私は、世界の間を移動出来るというの……?)」
そうした疑問が浮かび上がった響華丸だが、目を閉じながら葉樹にこう返す。
「何の事かしら?」
「シラを切るつもりのようですが……時空の歪(ひず)みを作り、そこを通じて世界と世界の間を行き来している反応はこちらでも察知出来ましたのよ。時空童子の数回に渡る時間移動以外の時空間転移が検出された事で、この世界が異常事態にあるとして、私が下りて来ましたわ。時間・並行世界間の頻繁な移動は時空間を不安定にさせ、世界を崩壊させてしまう恐れがありますの。それを阻止するのが、私達時空監査局」
威風堂々たるその態度に、警戒しながら沙紀は穏便に事を運ぶべく、気持ちを落ち着かせて問う。
「神様のような存在、なのですか?」
「ん~ん、違うよ、沙紀ちゃん。この人、ちょっと進んでいるけど人間」
螢の言葉に、葉樹もその通りと頷く。
「ええ。妖魔及び隠忍の存在は既に知っておりますわ。生体反応、分かりやすく言えばその生き物の気配の類から分析する事で、あなた方が人間かそれ以外かを推測する事が出来ますの。そして、摂理が正常であるよう監視していますのよ」
「……時空童子の死も、正常と判断しての事か?」
「その通りですわ。もっとも、彼の場合は魂も肉体もこの時代においては『封印』された状態にあるだけですが……」
弓弦の問いに対してのよどみ無い説明を聞き、ならばと響華丸はこう切り出した。
「じゃあ、あなたなら私の過去を知っているのね?そして、道鏡という男についても……」
だが、返ってきた返答は期待に応えたものではなく、形式張った口振りで成された。
「特例を除いて個人の過去を記録するような事は、時空監査条例によって禁じられてますの。私達が記録しているのは世界の歴史のみ。個人的な情報は持ち合わせていませんわ。それよりも」
話をはぐらかすまいとして、葉樹は一歩、響華丸の方へ踏み出す。
「あなた、名前は?」
「……響華丸よ」
「では響華丸、あなたに来てもらいますわ。時空監査条例第二条、『監査員は時空間転移を行ない、かつ生存している者を発見した場合、その者を確保、事情聴取の為本局へ連行する事が出来る』」
「……お断り、と言ったら?」
「『もし、その者が同行に応じなかった場合、多少の傷害があっても拘束し、場合によっては抹殺しなければならない』」
最後の言葉に、沙紀の表情が凍りつく。
「!抹殺って、そんな……」
「斬地張とは違うけど、ちょっと危ないかな」
螢も構えている訳ではないが警戒しており、江に到っては何時でも手甲を飛ばせる状態に入っていた。
「こっちの話は聞く耳持たず、ってか?」
一触即発と思えた状況。
だが程なくして、葉樹は鋭い視線を緩めて答える。
「……時空監査条例第二条補則、『現地の関係者が情報を提供する場合、その情報内容によっては時空間転移者に一定の猶予(ゆうよ)期間を与え、真相を究明する必要がある』……よって、そちらの話次第、となりますわね」
と、穏便な対応をしたのか、沙紀は安堵の息を漏らし、響華丸と江、螢が事の一部始終を話す。
その詳細を聞いて、葉樹は視線と共に、先程の警戒感をある程度緩めた。
「……響華丸の出生が不明……そしてそれを知るべく動いていた、という事ですわね。転移は偶発的事故か、意図的なものかはまだ不明……」
「……私が人間とも妖魔とも、この時代の隠忍とも違うのは、転身した時に分かったけれど、今挙げた事以外は知らないわ」
「……分かりました。ならば真相究明まで、あなた方に時間を与えます。但しまだ完全に不問とした訳ではありませんので、それをお忘れなく」
と、葉樹は踵(きびす)を返してそのまま立ち去った。

一難去ってまた一難かと思われたが、相手が分別ある者と知り、全員は改めて胸を撫で下ろす。
「……さて、真実を、私の過去を探す旅を続けないとね」
ようやっと今後の事を切り出せた響華丸だったが、沙紀が話した事を考えて江が腕組みをして唸る。
「けど鈴鹿も、天地丸もダメなんだろ?道鏡は敵だから論外……」
「晴明さんは、ダメかな~?」
右人差し指を口元に当てて首を傾げていた螢も、天地丸と知り合っている者の名を出すが、沙紀の表情は少し暗いままだ。
「……ダメかもしれないわね。でも、もしかしたら……」
と、何か心当たりがあったのか、沙紀は少し表情を明るくさせる。
「此処から北の方に変わったお寺があるの。人があまり来ない場所だけれど、そこを建てて住職(じゅうしょく)をしている人は人にも妖魔にも優しくて、その説法で改心した妖魔も多いとか……その人なら、何か分かるかもしれない……!」
行き先が分かった事で、響華丸は良しと強く頷く。
「助かったわ。なら、そこへ行ってみましょう」
「じゃあ、しゅっぱ~つ!」
「だ~か~ら~、もうちっと落ち着けっての!」
思い立ったら即行動とばかりに歩き出す螢の肩を、江は突っ込みながら掴んで止める。
「えへへ~。ごめんごめん~」
その仕草に全員はクスクスと笑いを漏らしており、掴まれて転んだ螢も照れ隠しとも取れる笑みを見せた。
「此処でちょっと休んでからにしない?あなた達は螢の仲間で、この村を救ってくれた恩人だから……」
「結界も張り直さなくてはな。それが終わってからの方が良い。また斬地張が襲ってくるかもしれんからな」
沙紀と弓弦がそう提案し、それを断る理由の無い響華丸も頷いて受け入れる。
こうして、新たな行き先を決めた所で響華丸達はその日を隠忍の村で過ごす事にした。

夕食が終わって、夜となった隠忍の村。
沙紀から借りた一軒の家、その縁側で螢は大きく伸びをしながら夜空の星を眺めていた。
この村も、一つの大きな街になっても良いくらいの規模になりつつある。
ただ、それ故に人間達や残忍な妖魔に狙われる可能性は否定出来ない。
「……早く、皆分かってくれると良いな」
人間と妖魔は、同じこの地に生まれており、他の動物と同様に喰うか喰われるかという争いを続けている。
だが、人間の中で動物を友として受け入れている者がいる話を考えると、妖魔でありながら思いやり、愛を知り、人間との共存を望む自分達隠忍はこの地に生きても良い存在。
それを認めた父のおかげで、今の自分が居る、それを螢は誇りに思い、しかしその思いを独り占めする気は無い。
人間でありたかったのに、自分が妖魔だと知った者達は、隠忍として生きるか、妖魔として生きるかのどちらかを選ぶまでに苦しみ、傷ついている。
父から聞いた五行軍の話がまさにそれだ。
妖魔は人間に倒されるべしとされて結成された五行軍、だが実際には人間と妖魔の間で結託が成され、互いに喰らい合う事で不老不死を目指す、暴虐の軍。
その軍によって、数多くの隠忍が無実なまま殺された。
父はこの真実を沙紀や弓弦から聞いたという。
だから尚更、苦しんでいる隠忍達を助けたい。
それが今の螢の気持ちだ。
ただ、螢や彼女の両親が抱いていた疑問が一つあった。
五行軍が滅んだのは、今から50年以上も前の事なのだが、沙紀と弓弦は外見から見てもそれぞれ20代、30代くらい。
何かしらの理由で不老となったのならば分かるとしても、その真実を沙紀達は語ろうとしなかった。
もしかしたら、その謎もまた、司狼丸が関係しているのかもしれない。
そう考える内に、江が隣に腰掛けつつ話し掛けて来た。
「よう、星空を見物たぁ、らしい趣味だな」
江も星空の美しさが気に入ったらしく、大きく鼻で息をしながらそれを見詰める。
そんな彼に、螢は顔色を窺うように、覗き込む姿勢で問い掛けた。
「江は、お父さんとお母さんが居なくて、寂しくない?」
もしかしたら触れては行けない過去なのかもしれないが、敢えて、という気持ちでの問い。
それを螢なりの覚悟と見てか、江は落ち着いた様子を崩す事無く目を閉じて口を開く。
「ちょっと寂しいってのはあるが、生き物ってのはそういうもんだ。どっかで孤独になる時がある。親については、昼に話した通りだけど、育ての親である先輩妖魔から詳しく教えてもらった。2人共ズタズタで、けどあたしだけは無傷で布に包まれて、2人の間に挟まれた状態で守られてたそうだ。大方人間か危ない獣に追われた身だったんだろうな……過去が何なのか、あたしや両親の全部を知ってるヤツは一人も居ないんだ。だが、助からない中で、あたしだけは生きて欲しい……両親にはそんな願いがあったって事は確かだ。物心ついてから色々と話したかったけどな」
「……その先輩の人は?」
「あたしが物心ついて、一人でも食って行けるようになった辺りで死んだよ。人間の退魔師と、真っ向勝負で負けてな…見つけた時には虫の息。で、遺言が『もっと強くなれ』さ」
「ご、ごめんね。嫌な事、思い出しちゃった?」
慌てて螢は縮こまりながら頭を下げるも、江は安心させる意味でニッコリ笑ってみせた。
「へへ、言ったろ?生きているヤツはどっかで孤独になる。親が死んだり、逆に子供に先立たれたり、仲間が死んだり、別れたり……本音は、やっぱりもっと長く居たかった、って事だけどな。親代わりだからこそ、あたしに教えてくれたのさ。身近な存在が死ぬって事の意味を。そして、遺言に従って強くなろうとした」
「ただ強くなるだけじゃダメって事も学んだの?」
「ああ。司狼丸とはチビの頃出会った訳だが、そこで気づいたんだ。腕っ節とは違う、本当の強さがこの世界で必要だって事を。ま、ガキが生意気言うなって笑われたけどな」
サッパリした言い方に、螢もクスクス笑う。
江は落ち着いた大人、お兄さんみたいな人だ。
それが彼女の抱いた、江の印象である。
「本当の強さは、斬地張には無かった、それで抜けたんだね。納得~」
「そういう事だ。響華丸について行けば、あるいは本当の強さってのを身につけられるはずだと思って、今に到ったって訳だ」
「ふぇ~……あ、そう言えば道鏡って人なんだけど……江の話で、八将神とかが物凄く悪い人なのは分かったけど……」
突然話題が変わった事に、お約束だから仕方無しと苦笑していた江は螢の話に耳を傾ける。
「何が目的なのかな?この世界を地獄に変えようとした八将神とかは……」
「そりゃあ、司狼丸の力じゃなかったのかな?あいつらでも手に入れられなかったんだから」
「ん~ん、それとは別。何で少し前に、酷い事ばかりをしていたのかなって事。螢達の困る顔を見て愉しむって、神様のやる事じゃないと思うんだ。本当、そこが気になる。世界を支配する以外の、何が狙いなんだったんだろう……?」
確かに、気になる事であった。
人間や妖魔を理不尽に苦しめ、この地を生き地獄にしたその意図は何か?
八将神や道鏡は、何故その行動に出たのか?
しかし、江だけでなく他の誰もが、それに対する答えを持っていなかった。
持っていたとしても、それは『分からない』という答えだけだ。
「……それこそ、神のみぞ知るって事かもしれねぇな。そもそも、神様の心を理解出来る程、あたしらは出来ている訳じゃねえし……」
「そうだよね……寝る?」
そろそろ夜も更けようとしている。
江もあくびをしながら立ち上がって答えた。
「ああ。明日も早そうだからな」
「じゃ、お休み~」
答えが分かれば突き進むだけの螢は、立った途端すぐさま寝床の方へと駆ける。
江もそれを見送りながら、自分の寝床へと歩き出したが、笑みが消えており、真顔になっていた。
「……神様がもし弱い者苛めしてたとあったら……例え神様でも、許せねぇな……」
彼の脳裏で再現される、高慢な邪神の高笑い。
それは、江からすれば不快で怒りを駆り立てるに十分なものだった。
だから、邪悪で高慢な輩をのさばらせない為にも、自分は戦わなければ、強くならなければならない。
その誓いも兼ねて、江は手と拳を打ち合わせ、ギッチリと握り締めつつ廊下を進んでいった。
「闇牙……教えてやらねぇとな。強さの、本当の形を……」



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あとがき
今回は、アニメ版ONIのような、科学技術の進んだ時代からの来訪者として葉樹を登場させましたが、こちらは『七福神』とは違い、『時空間の頻繁な移動の取り締まり』をする刑事に当たる存在です。
響華丸の夢の中に登場した鬼神、それが誰なのか、そして何故彼と響華丸が戦っていたのかが今作の謎の一つ。
無論、外見でピンと来る人もいるかと思われますが。

そしてお待たせしました。ONI零から沙紀と弓弦が登場です!
今作の間に蟠(わだかま)りが無くなっているという状態にしました。
原作で沙紀がああ動いたからにはというのもありますが、彼女は一番人間と仲良くなる事に積極的な方で、かつしっかりした人であり、司狼丸と外道丸の状況が状況である以上、せめて沙紀だけは、という思いで……
此処は賛否両論あるかと思いますが、何卒ご容赦頂きたいです。

響華丸の夢もとい過去については今後も少しずつ明かしていく予定です。
次回も是非とも。

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