ONIの里

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隠忍伝説(サイドストーリー)

ONI零 ~虚ろより生まれし仔よ~

桃龍斎さん 作

『参 けい(完全版)』

南都の人集り。
そこは日が沈み始めたというのに、まだ子供達が親と共にある一つの広場へと入っていた。
何かを終えた者と、これから何かをする者とでの入れ替わりもあって、広場がギュウギュウ詰めになる事は無かったものの、長蛇(ちょうだ)の列に通行人の誰もが興味を抱き、最後尾について行く。
幕で区切られたその広場では、長蛇の列が出来ても当然な事が行われていたのだ。

広場に用意された大き目の舞台、そこでは琴と笛、鼓(つづみ)の音に合わせて一人の小さな、10歳くらいの可愛らしい少女が舞を舞っていた。
朱色の髪は切り揃えられ、時折開かれるクリクリとした緑色の瞳は見るもの全てを魅了させ、そして山吹色の振袖と後ろを蝶結びにした赤の腰帯のはためき、そして手にした桜の柄の扇が舞を彩る。
見物客は声一つ出さずにその舞を見、一区切りの演奏が終わって少女がお辞儀をすると、全ての見物客が拍手をし、満足したかのように去っていく。
そして次の演奏までの間に新しい見物客が、入場・見物料を支払うのだが、やはり同じように少女の舞に、そして宝珠(ほうしゅ)のような輝きを持つ笑顔にウットリとして、心が清められたかのように清々しい表情をして帰って行った。
舞と演奏はとある一団によるものなのだが、一日中、時間ごとに異なったものになっているので、誰もが毎日、時間を変えながら此処に足を踏み入れているのだ。

そうして何十か舞が繰り返され、見物客が来なくなった所で店じまいとなったは入口の幕が閉じられ、隅(すみ)の方で演奏者が一息吐くと、一団を纏める主人が拍手と共に少女を労った。
「お疲れさん!今日も良かったぞ、嬢ちゃん」
「いえいえ~、それほどでも~」
疲れてはいるが、ニコニコした様子で返す少女は、主人から稼ぎの一部を受け取ると、それを大切そうに懐に収めつつ、足早に広場の裏口から出て行った。

少女が行き着いた先、その小さな家では母親らしい女性が夕飯の仕度をしており、少女の帰宅に笑顔で迎えてくれた。
「お帰り、螢」
「ただいま~、お母さ~ん。今日の晩ご飯は何~?」
「螢の大好きな、大根汁よ」
美味しそうな出汁(だし)の香りと共に立つ湯気が螢の鼻に触れ、一層彼女の食欲を引き立てる。
「わ~い。お腹空いてた~」
まるで羽毛が舞うかのような声に、母親も疲れが取れるかのような安らぎを感じる。
螢は父親を亡くしてから母と二人で都外れの一軒家に住んでいる。
退魔師だった父親が生きていた頃は、父の退魔行で生計が立てられていたのだが、その父が妖魔に殺されてからは、螢が得意とする舞を南都の広場で披露(ひろう)する事により、暮らしが支えられているのだ。
「本当、螢には苦労をさせているね……私の身体がもう少し強ければ……」
「ん~ん。螢も楽しいし、皆が元気になれば、お母さんも元気になれば、螢も幸せだよ~」
常に笑顔を絶やさず、その笑みが消えても泣いたり怒ったりする様子を見せない螢。
巫女という訳ではなく、美しい楽器の演奏や舞で南都の活性化を目指す良心的な一団に注目され、それを受けて螢本人も独学ながら舞を舞うという仕事を引き受けた、という事だ。
そこで母親が懸念(けねん)していたのは、娘があくどい輩に狙われる事。
だが、螢は父から法術の手解きを受けており、父亡き後は彼譲りの術の使い手という事で、妖魔も含めて彼女を喰らおう、あるいは犯そうと狙う者達は皆返り討ちに遭っていた。
とはいえ、普段は都を出る事は無く、あるとすれば母との山歩きくらい。
そこでも、どこでも、螢は笑顔が基本であった。
父が死んでから日が経っていなくとも……
同時に、人々の間では、父を超える術師という事で彼女を怒らせてはいけないという話が流れている。
普段大人しい、あるいは笑顔を絶やさない者程、怒らせると鬼よりも怖い、という説にならって。
だが、誰も彼女の怒った顔を見た者はいなかった。
怒らせた者は生きて帰って来なかった、という噂も立ったのだが、それもすぐに立ち消えとなり、真相も明らかになった。
目の前で、妬みもあって彼女を、あるいは母親を侮辱(ぶじょく)した者が言うには、怒ったのは終始母親だけで、螢はキョトンとした様子で、何もしてこなかった、という事だ。
つまり、誰一人螢を怒らせた者は居ない、という事実だった。
加えて、泣いた顔を見た者も、泣かせた者も誰一人居なかった。
全く怒らず、泣かない少女。
それが都の人々が抱いた、螢に対する印象である。
そしてその秘密は、彼女自身と母親、そして2人と親しい者しか知らなかった。
彼女、螢は―――……

響華丸と江は南都に入り、その通りを歩いていた。
「都って聞いたけれど、寺とお宮、墓地が目立つわね」
「大昔はこの国の中心だったけれど、平安京に都が移されてからは寂れちまってな。少し前に活気を取り戻したとは言っても、平安京程じゃあない。お、あそこだあそこ」
江が駆け出した一つの建物に、響華丸も追って向かう。
中に入ると、そこには受付の人が正座して待っていた。
机は綺麗に手入れが成されており、壁には様々な事が書かれた半紙が幾つか張り付けられており、一部には『甲』、『乙』等、依頼主からの評価を示すものであろう文字が赤で書かれている。
外からの建物の大きさもあってか、奥にも別な部屋があるらしく、何人かの男女が話し合っている声が聞こえていた。
「此処は退魔仲介所っていってな、退魔師向きの物騒で奇っ怪な仕事が入って来るんだ。ある程度大きけりゃ、こうした場所は一個あるんだよ」
「あなたも仕事を貰って、それで生計を立てているのね」
妖魔でありながらも、人間として人里にて暮らす以上は、食い扶持等の確保が不可欠。
その為の拠点としてこの仲介所があると理解した響華丸に、江も飲み込み良しと見る。
「まあな。じゃ、早速仕事を選ぶか。1人でやれるのもあるけど、今回はあんたにとっての初めての仕事だ。2人でやろうぜ」
手短に話を済ませた所で、2人は受付から手頃な仕事の紹介・説明を受け、早速その仕事に取り掛かった。
仕事は一つだけでなく、今ある分を片付けて行こうという事で、時には分担して、時には合流しての退魔行に入る。
怪事件の解決、誘拐や生贄(いけにえ)の問題、そして紛失物の捜索等様々な仕事を、響華丸はすぐに対応してこなしてみせたのだが、それには流石と、江も褒めざるを得なかった。
そうして数日後の夕方、仕事を数多く済ませた2人に、受付も驚きと同時に称賛を送っていた。
「素晴らしいじゃないですか、お二人共!鈴鹿殿や晴明殿以来の偉業ですよ!」
「いえ、勿体無い言葉です。ところで、その2人は今どちらに?」
鈴鹿も晴明も名のある退魔師であるのは当然であり、情報が得られるかもしれない。
その期待とばかりに話を振った響華丸だが、受付はそう言えばという形ながらも、首を傾げて返す。
「え?さあ……時空童子を退治に行ったきり、こちらには顔を見せません。斬地張の天地丸という妖魔を成敗した事は確かなのですが、彼についてもハッキリとした居場所は……」
「ありがとうございました」
「さて、これが報酬金です。受け取ってください」
依頼を解決した報酬金は、仕事の数が数なだけにかなりのもの。
これで当面の旅に困る事は無いだろうと響華丸も江も納得し、今晩は取り敢えず近くの宿に泊まり、翌日に別な場所へと向かう事にした。
仲介所を出て、夕日が射し込む中、宿へと2人の足は向けられていたが、途中で何か人が集まっているのが見えたので、響華丸も気になって足を止める。
「何かあったのかしら?」
「騒ぎじゃねーさ。あそこの広場で、最近になって南都きっての可愛い娘が舞を舞って人々を幸せ、笑顔にするって話が立ったんだ。で、効果は見ての通り。南都が活き活きし出した理由の一つって話もある。見てくか?あたしも見るのは初めてだけどな」
「そうね。差し当って急ぎの用事も無いから……」
ガヤガヤとした声は深刻さを見せるものではなく、世間話やら舞の事を知らない人に説明する等、待ち時間を潰す為のもの。
そうした声に不快感を感じていなかった響華丸は江と横に並んで行列の最後尾についた。

かなりの行列故、半刻程待たされる事になったが、ようやっと入れるようになった響華丸と江はそれぞれ入場・見物料を払い、一番前の席たる茣蓙(ござ)に座った。
「お、江のヤツ、良い女を見つけやがったな」
「見かけない顔だが、あの嬢ちゃんも結構腕が立ちそうだ……面もすげぇ綺麗で、けど何だか近寄り難いぜ……」
自分達を見ていた退魔行の同業者たる者達のヒソヒソ話。
それには全く興味を示さないらしく、響華丸は無表情で舞台の方を見詰めていた。
江の方も、別段彼女に気がある訳では無く、恥ずかしがる気配は殆ど無い。
あったとすれば、チラリと目に入る、背丈に似合う女らしい体格であり、それを見ての僅かな恥じらいは江の、少年らしいものであった。
それから数分して、舞台の幕が左右に開かれると、奥から可愛らしい少女がペコリと笑顔でお辞儀をし、振袖の下から扇を取り出して両手に持つ。
同時に琴や笛による演奏が始まり、それに乗って少女は美しく、軽やかに、優雅(ゆうが)に舞った。
蝶のような舞、花のような舞、そして小鳥のような舞という、様々な舞の合間にも、少女は笑顔を絶やさない。
愛くるしい瞳を見れば、それまで厳かな面持ちの男は感嘆(かんたん)の息を漏らして表情を緩め、最初は面白くないとばかりに少しむくれていた子供達も笑顔になって小さいながらも声を上げる。
響華丸もその舞に心を奪われ始めており、しかしそれが決して妖しきものではなく、純粋無垢(じゅんすいむく)な存在の舞であると確信し、江も奥底にあったモヤモヤが少しずつ取り払われるのを感じていた。
何かで憂鬱な気持ちになっていた者達も、舞を、少女の笑顔を見る内に、まるで枯れ木が息を吹き返すかのように表情が明るくなっていく。
少女=螢はそうした反応を確かめながらも、丁寧に、気持ちを込めて舞い続け、演奏が終わった所で、まるで鳥が水辺に降り立って羽を休めるかのように舞を終えた。
そうして深呼吸と共に、一旦笑みが消えた螢は顔を上げ、目を開くとニッコリと笑い、それに呼応するかのように拍手が沸き起こる。
「はいよ!今日も見てくれたかい?初めての者にご紹介しよう!俺達一団の、あいやこの世の一番の太陽、螢だ!」
拍手を満足そうに受けながら、舞台横から一団の主が大手を振って姿を見せ、螢を紹介すると、紹介を受けた彼女も笑顔のまま、ペコリとお辞儀をした。
「螢です~。よろしくね、初めましての方も、何時もお越しの方も~」
ゆったりと、間延びした喋り、ふわふわとした声に、心が和む観客達。
それで今日は十分と、誰からともなく立って外に出、入れ替わりとばかりに次なる見物客が入ってくる中、外へ出ようとしていた響華丸はチラリと螢の方を見ていた。
絶やさない笑顔、汗を掻いても嫌な顔一つしないその少女に、何か不思議なものを感じ始めているのだ。
江も、螢が只者ではないと見抜き始めており、響華丸と顔を合わせて頷くと、宿には直行せず、広場の辺りでしばらく留まる事を選んだ。

夜、今日舞を見る者がもう居なくなった所で広場の一団は店仕舞いし始めたが、裏口からトコトコと螢は何時ものように家路についていた。
それを響華丸と江も追いかけようとしたのだが、螢は立ち止まり、クルリと振り返ってこう言った。
「今日の舞はおしまいだよ~。それとも、他に螢にご用事~?」
気配をある程度消していたにも関わらず、まさか読まれていたとは思わなかったか、2人は苦笑と共に降参の合図として諸手を上げて振るう。
これで目の前の少女に、全くの敵意を持たないという証明はしっかりと成されたようだったが……
「あ、お泊り?今日特等席で見に来てくれた、退魔師さんだね?じゃあ、案内するよ~」
「!?お、おい!勝手に話を進めんな!」
スラスラと話を次へと進める螢の勢い、それに飲まれそうだった為に江は突っ込まざるを得なかった。
「ん~、でも帰る時、螢の事気にしてたんだよね?そういうお二人さんも、妖魔の力と姿を人間の身体に秘めてるね~」
「「!!」」
可愛らしい外見とは裏腹な、まるで遠くに居たはずなのに瞬時に目の前に現れるようなその発言に、今の和やかな雰囲気が消し飛び、響華丸と江は真剣な表情で螢に問う。
「あなた、私達が妖魔だっていうのが分かるのね?」
「まさか、人間か妖魔かを見抜く、鬼見(おにみ)の才ってヤツか?となるとお前も退魔師の血筋か?」
江は人里で情報を集めていた為、特異な才能を持つ者の事も知っていた。
鬼見の才、それは読んで字の通り、人間の姿をした者が人間か否かが分かるというものであり、特別な霊力を持つ者、特に子供にその才能があるという噂がある。
螢という少女も、その一人なのだろう。
「うん、そうだよ。蛇、じゃなかった蛟(みずち)のお兄ちゃん」
「うは……見事に当てやがった」
のほほんとした雰囲気から想像も出来ない螢の鋭さに、江はタジタジになり、響華丸が警戒する中、螢も意外そうな表情で彼女の身体をまじまじと見詰める。
「で、お姉ちゃんは……不思議~。初めて見る妖魔だね~。人間っぽくて、でも鬼……それ以外は分からないの」
「そう……」
どうやら螢には、自分について特別な情報を持っている訳ではないらしいと踏む響華丸。
彼女の顔色を窺っていた螢もしばらく口を閉ざしていたのだが、待つのは苦手だったらしく、話をすぐに変える。
「ともかく~、今日は螢の所でお泊りしてって。初めてのお客様で、退魔師さんだから、歓迎するよ~」
「……どうする?」
意外な展開に、響華丸も少し困った様子で考え込むが、やむを得まいとして首を縦に振った。
「じゃあ、お言葉に甘えてお邪魔するわ。それから私は響華丸。彼は江、私の旅の仲間よ。呼び方は任せるわ」
「よろしくな、螢」
「こちらこそ~。じゃあ、響華丸と、江で。さあ、お二人様ごあんな~い」
やんわりとした言い方に、響華丸も江もくすぐったい気分になりながら、螢の後を付いて行った。
その気持ちが束の間である事を知る事無く……

案内を受けて螢の家に到着した2人。
螢は何時ものように戸を開けて帰宅を告げようとした。
「ただい……お母さん?」
だが、家の中の様子がいつもと違う事に気づき、笑みを消して母を探す。
「!!」
「何だこりゃ……」
響華丸も江も警戒しながら周囲を見渡す。
薄暗い家の中、ボンヤリと見えて来たのは、螢の母の倒れ伏した姿。
しかし段々と奥の方から青白く光り始め、その光が家全体を照らした途端、全てがハッキリと見えた。
螢の母を見下ろす、黒い衣姿の妖しい人影が、大きな鎌を右手に持ち、左手から紫色の奇妙な光の球を植え付けようとしている光景が。
「ククク……これで一安心。時空童子が死んだとしても、後継ぎやらが動くからな……む?」
事を終えたその人影は響華丸達に気付いて顔を見せると、響華丸と江は武器を手に身構えた。
そいつの顔は、明らかに人間のものではない。
真っ黒な穴から小さな眼光を見せる、骸骨(がいこつ)そのものだからだ。
「てめぇ!誰だ!?」
「わしは、所属は言わぬが……死神の影屍(えし)という者じゃ。あるお方からの言いつけにより、時空童子を救おうとしそうな者を皆殺しにするか、配下にしておるのじゃ」
低くしわがれた声でそう話す妖魔、そして倒れている母を交互に見て螢は問い掛ける。
「……もしかして、お母さんの事も気づいてた?」
「そうじゃよ、可愛いお嬢ちゃん。今、お前のお母さんには、わしの人形となってもらった。もうお前を殺す事しか出来んぞ」
カタカタと笑う影屍の言葉の通り、螢の母はゆっくりと浮かび上がり、全身が真っ赤な炎の毛皮に覆われたネズミのような化け物に変貌する。
女性らしい体つきではあるが、まさしく妖魔そのものとなっていたのだ。
「これは……!?」
「術で妖魔に変えたってのか!?くそ……えげつねぇ野郎だぜ」
螢の母が化け物になっている状況に、迂闊(うかつ)に手の出せなくなった2人。
彼女の目の前で、その母親を殺す事が出来るのだろうか?
何か救い出す方法は無いのか?
そうした思慮(しりょ)を巡らす中、螢は一歩前に出、右の袖に隠し持っていた、鉄矢付きの腕輪を見せ、左手には舞に用いた扇を手にして母と対峙した。
その緑の瞳は揺らいでおらず、しかし穏やかな様子で問いかけながら。
「お母さん……苦しいの?痛いの?」
「うう……逃げ……て……螢……」
まだ意識があるならば、もしかしたら助け出せるかもしれないと、響華丸達は考える。
だがその考えをお見通しとばかりに影屍は笑う。
「無駄じゃぞ。わしの術はわしを倒した所で戻らぬ。掛かったが最後、死ぬまで破壊と殺戮(さつりく)の限りを尽くすのじゃ。お前達に、この女が殺せるか?」
「卑劣ね、あなた……!」
憎々しげに響華丸は影屍を睨むも、状況は動かない。
いや、少し動き始めていた。
「……逃げないよ。お父さんから教えられたよ。どんなに辛くても、逃げるんじゃないって」
「螢……だったら、私を……殺して……でないと、私が……お前……を……お前の……友達を……殺して……しま……う」
それを聞いて、少し驚いた、あるいは気持ちが揺らいだかに見えた螢だが、小さく頷いて更に一歩踏み出る。
「……ちょっと痛いけど、我慢してね、お母さん。螢も我慢するよ…」
「!螢!?」
「!?お、おい!正気かよ!?お前の母ちゃんだろうが!」
まさか自分の手で親を殺めようというのか?
そうした態度に、響華丸や江はもちろん、影屍も驚いていた。
「馬鹿な!?わしの読みとは違い過ぎるぞ!?お前には情愛というものが無いのか?」
「あるよ。だから、助けるの。お母さんの魂を。誰かを殺さなきゃいけない苦しみから……」
笑顔は無く、かといって怒りや哀しみの色は顔に無い。
だが、螢の覚悟は本物であると理解し、響華丸は刀を構え直して影屍を睨む。
「……強いのね、螢」
「そうでもないよ。終わったら、話すね……」
曇ってはいないものの、何か寂しさを思わせる顔に、江も決意を固めて手甲を構えた。
その眼差しは、螢が抱けないであろう怒りで燃えており、口から見えている歯もガッチリと噛み合っている。
「分かった。そこの骸骨野郎!覚悟は、ぶっ潰される覚悟は出来てんだろぉな?」
「くっ……もう一度言う。わしを殺しても……」
影屍がそう言うよりも早く、響華丸は刀で一撃を見舞い、続けて江も手甲を鞭のように伸ばして先端で影屍を殴る。
問答無用にして、手加減無用とされる2人の先手の攻撃はしっかりと彼に命中していた。
「ぐべっ!?」
突然の攻撃に、影屍も対応が遅れてしまい、大きくよろめいて後退りする。
「脅しの通用しない者を相手にしたのが、あなたの最大の不幸ね」
「あたしは弱いもの苛めは嫌いだけどな、それと同じくらい、手を汚さないで他人の不幸を笑うヤツが大っ嫌いなんだ。てめえみてえなのがな!」
刀の連撃と、手甲による乱打は、龍の爪と乱れ飛ぶ蛇の突進の如く、影屍に迫る。
影屍も鎌で応戦するのだが、響華丸は紙一重の読みで回避し、江は間合いの外からの手甲で攻撃してくる為、押し返す事が出来ず、これ以上攻撃を受けないようにしているのがやっとといったところだ。
「お、おのれ!この上はあの女に任せ、全てをあの方に伝えなければ……」
このままでは危険と、すぐさま影屍は姿を消すが、青白い様子は続いており、螢は母の繰り出す爪と牙を掻い潜りつつ、舞のような動きで死角に回りつつ鉄矢を放ち、扇で胴を打ち据える。
「ぐがぁっ!ぎゃあ!!」
手応えはあるが、それでも母は暴れるのを止めないので、螢は扇を仕舞い、胸に手を当てて目を閉じる。
すると心無しか、彼女の周囲にそよ風が吹いたのか、朱色の髪が舞うように小さく吹き上げられた。
「うん、分かった……全力で、行くね。転身、燐天陽姫(りんてんようき)……!」
静かに、しかし力強くその言葉を発した途端、螢の足元から炎が巻き起こり、彼女の全身を包み込む。
その炎が次に瞬時に吹き飛ぶと、螢は母と似たような姿に、しかし上半身は金属製の装飾で彩られ、髪の毛の一部とネズミの耳が同化したような頭部を持って変化していた。
緑色の瞳、無垢な顔立ちはそのままで牙は生えていないものの、少し筋肉が隆起したか、腕や足が一回り程大きくなっている。
「あなたも……?!妖魔は、隠忍はひかれ合うというのかしら……?」
「じゃあ、螢の母ちゃんは元々妖魔だった!?や、やれるのか?」
2人が見守る中、螢は矢のように飛び出して拳を振るい、母の胴に鋭い傷跡を刻む。
そこから宙返りで飛翔した螢は蹴りを母の後頭部に叩き込み、返しの手刀で背中を大きく切り裂いた。
「う、ああぁっ!!螢……お願い……私を……」
「……お父さんの所に、その魂を送るよ……だから、最初に謝るね、お母さん。ごめんね」
あってはならない戦いの中で、螢が決めている、躊躇(ちゅうちょ)しない覚悟。
それによってか、彼女が胸の前に沿えた両手の間で金色の光が灯り、球となって母目掛けて飛ばされる。
球は放たれた途端に母の鳩尾(みぞおち)部分に着弾したかと思うと、そこから黄金の炎が噴き出し、全身を焼く。
「ぐぎゃぁ……」
静かな悲鳴を上げる中、炎に焼かれた母は少しずつ人間の姿へと戻っていき、螢も転身を解いてその様子を見詰めた。

「……螢……ケガは、無い……?」
人間の姿に戻り切った所で崩れ落ちた母の言葉に、螢は支えながらコクンと頷く。
「大丈夫だよ、お母さん」
「……そう……なら、良かったわ。私は……もうダメ……私の方こそ、ごめんなさいね……あなたを置いて、死んでしまうなんて……」
その言葉が、自分を思いやっての言葉であると理解していた螢は小さく首を横に振る。
「……ん~ん。お母さんは、螢を此処まで育ててくれたよ。でも、お父さんが死んでから薄々感じてた。何時か、螢が一人でも頑張らなきゃいけない時が来るって事……」
「……泣いても、良いのよ?」
そう言って娘の髪をかき上げる母だが、螢は泣きそうな顔にもならず、しかし何か寂しさを感じる表情で答えた。
「ごめんね……やっぱり涙、流せないの。あの影屍っておじさんに対しても、怒れないの。皆と違うのが、それだけが、寂しいな……」
「そう……お母さんも……本当ならもっと、あなたの行く先をこの世で見たかった……」
泣けないのならば、その分だけ自分が泣くしかないと、母の目からはポロポロと涙が流れ落ちる。
それを拭いながら、螢はまばたきをする事無くしっかりと母の目を見詰めていた。
「お母さん……」
「螢……この人達と一緒に行きなさい……そしてあなたの笑顔を、数多くの人に届けるのよ……お父さんと一緒に、あの世で見守っているから……ね……」
「うん。螢の事なら大丈夫。安心して」
小さな笑みで頷く螢を見て、母も笑顔になったが、その目はゆっくりと閉じられようとしていた。
「もう、見えない……身体が冷たい……だから、抱かせて……もう一度だけ……」
「お母さん、ギュッとするね」
螢のゆっくりとした、しかし強い抱き締めに、母も最後の力を振り絞るように娘を抱く。
だがそれは十数秒で終わり、母の腕が流れるように解かれると、彼女は二度と目を開かなくなった。
「……螢」
「……影屍の野郎め」
螢の母の最期を看取った響華丸と江は、泣けない螢の代わりとばかりに、涙を流す。
それを拭った2人は翌朝、螢と一緒に母の亡骸を運び、葬儀を行う事になったのだが、報せを聞いて一団の主人を初めとした多くの人が駆けつけ、同じように涙して螢の母の死を悼(いた)んだ。
螢が日頃やっていた舞も、しばらくの間休むという事で全員が合意しており、今はただ舞姫の母親の突然な死を悲しむばかり。
母の形見の指輪をしていた螢は、母が棺に納められ、墓石の下の土に埋められ、葬儀が終わる最後の最後まで、涙を一滴足りとも流さず、悲しい表情も全く浮かべる事は無かった。

葬儀が終わったその夜、響華丸と江は螢の家で彼女の話を聞く事にした。
「話してもらえる?あなたの事を……」
「うん。約束だから」
正座していた螢はゆっくりと話し出す。
「螢はね、妖魔と人間の間に生まれた半妖なんだけれど、それ以前に赤ちゃんの時から一度も泣かなかったの。お父さんもお母さんも、最初は静かな子だって言って普通に育てた。けど、物心付いた時に気づいたんだ。痛い、苦しいって感じる事は理解出来るけど、悲しい、許せない、そうした気持ちになれないって事に。きっと、そういう意味で泣く事も怒る事も出来ないんだと思う」
「喜怒哀楽っていう、基本的な感情の内、怒と哀の感情が生まれつき欠落してたのか……」
「それが、躊躇い無く戦えた事、運命と向き合えた事、そして涙を流せない事の意味……」
内心驚きつつも、昨晩の事を含めて納得する響華丸と江は、しっかりと螢の話を聞き続ける。
「螢を最初からかって、苛めてた子も、螢が泣いたり怒ったりする様子が全然無いのを見て怖がって、苛めるのを止めたの。で、お父さんは死ぬ前に、螢が生まれつき泣けない、怒れない子だって事を教えてくれたんだ」
「お前とお前の母ちゃんが妖魔の血を引いている事もか?」
「そうだよ、江。お父さんはお母さんと出会って、助けたの」
「妖魔だと知った上で、助けたのね?」
その問いは、螢の鬼見の才が何に由来するものなのか、そして彼女がこうして強くいられる意味が何なのかを確かめる為のものだ。
「うん。お父さんは言ってた。何も悪い事をしていない、あるいは命懸けで誰かを助けようとした妖魔を傷つけたり殺したりするのは、妖魔が人を怖がらせるよりも悪い事で、絶対にやっちゃいけない事だ、って……だから、知り合いでお母さんを殺そうとしていた退魔師さんを倒したの。それでしばらくして、螢が生まれたんだ」
「良い親父だな」
親の愛情を受けていない江だが、親子という存在がどうあるべきか、どんなものなのかをある程度理解していた為、螢の話に感銘(かんめい)を受けてそう呟く。
それを受けて螢はほんの一瞬だけ笑顔を見せた。
「ありがとね。お父さんは時空童子が倒された後も退魔行をしてて、螢も術とかを教えてもらったんだ。でも、少し前、悪い妖魔が死ぬ間際に放った呪いでお父さんは死んで、お母さんと2人暮らし。だから、螢は笑う事、喜ばせる事を使って生計を立ててたの」
「それが、昨日までやっていた、一団の一員としての舞……それはお金を稼ぐだけじゃなく、多くの人に笑顔を与える為……」
螢の舞は、悲しみが感じられず、怒りも見えない。
その理由を知り、一層深い問題であると、響華丸は理解していた。
「……そのお母さんもあの世に行っちゃった……だけど、螢はやれる事、やるべき事がちゃんとある。響華丸、江、2人の旅、手伝わせて」
一部始終は出会って話を始めた時からある程度把握出来ている。
だからこそ、螢はそう申し出たのだ。
「……母ちゃんの遺言に、従うんだな?」
「うん。それに、影屍以外にも悪い人がいると思うんだ。その人達は皆を悲しませてしまう。だから、その悪い人達を止めたいの。螢は、皆の笑顔を、幸せを守りたい。螢の持てる力で、響華丸と江を助けたいの」
十分な理由であり、筋も通っている。
だから、響華丸と江は一旦顔を合わせた所で頷き、2人共手を螢の方へ差し出した。
「……是非、その力を、命を預けさせて」
「仲間として、お前も歓迎するぜ」
その手を取った途端、螢の顔に笑顔が、まるで花が咲くように戻ってきた。
「ありがと~。2人共、これからよろしくね~」
「こちらこそ、ね」
「笑顔になると、そういう口調になるのな、お前」
「えへへ~。じゃ、何処に行く~?知りたい事、何かある~?」
「……話進める速さも加減がねぇな……」
笑顔を一番としているのだから、この切り替わりは無理も無い。
それは分かっているのだが、江からすれば調子が狂ってもおかしくないものであり、呆れるしかなかった。
そんな彼に同情する意味で苦笑を漏らす響華丸は早速その言葉に甘え、自分達の旅の経緯を伝えた上で本題を切り出した。
「鈴鹿、天地丸、そして道鏡……この3人の内、心当たりのある人はいるかしら?」
「ん~と……天地丸って、どっちの?昔最強の退魔師って呼ばれてた人間と、ちょっと前斬地張を率いていた妖魔の2人がいるんだけど」
聞いた限り、江が持っていたものと同じ内容の情報。
だが、父から色々と学んだのであれば、それ以上に何か情報があるのだろう。
そう思いながら響華丸は迷わず答えを述べる。
「後者の方よ」
「ん~、時空童子って鬼を、鈴鹿さんや晴明さんって退魔師の人と一緒に退治に行った後は……晴明さんと一緒に退魔行を行なっているみたいだけど、細かいことは分からないって、お父さんが言ってたよ~」
「前の頭が懲らしめられた話、やっぱりそこまで広がってるんだな」
「で、鈴鹿って人は……ちょっと遠く離れた、西の山奥でひっそり暮らしているみたい。でも時折居なくなったりしてるから、会えるとは限らないかも。道鏡って人は、初めて聞く名前だよ~」
これで一つ、自分達の目的地が見えてきた。
仲間の中で一番年下ながらも、その明るさと聡明さは一番上。
改めて、また一人頼れる仲間が出来た事が、響華丸にとって嬉しく思えた。
「そう……ありがとう、螢。それじゃあ明日、行きましょうか。鈴鹿の居るという、その山へ」
「だな。何があったかを簡単に喋ってくれる訳じゃあないけど、会ってみりゃ分かるだろうし」
「じゃあ、決定だね~。お休み~」
「「早っ!!」」
と、話に区切りが付いた途端に横になって寝る螢に、2人は思わずそう声を上げるしかなかった。
常に前向きとはいえど、此処まで前向きとは思えない螢。
今後も、自分達が時折彼女に振り回される事があるだろうとも予感しながら……



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あとがき

三話目に登場した螢。
親譲りの術使いにして舞が得意、隠忍、鬼見の才持ちという、術師としても並みならない彼女は、『今までと異なる形』という意味で感情欠落という設定にしてみました。
泣かない・怒らないという事がかえって危険に思える訳ですが、マイペースさと切り替えの速さ、そして精神的な強さを、親の死という出来事を通じて示しております。

色々とONI零に関連する人物の名前が上がる中、次回はいよいよONI零のキャラも登場しますので、ご期待を!

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