ONIの里

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隠忍伝説(サイドストーリー)

ONI零 ~虚ろより生まれし仔よ~

桃龍斎さん 作

『弐 こう(完全版)』

薄暗い森の中で、醜い妖魔が、一人の小さな子供に語っていた。
子供の目は炎のように赤く、髪は銀色に輝いている。
実の親子ではないが、妖魔はその子供を食うのではなく、自分達の仲間としての生き方を教えていたのだ。
「良いか、江…これからは斬地張の一員だ。人間共を、俺達を脅(おびや)かす人間共をぶちのめすんだ!」
「人間を……人間って、強いの?」
江と呼ばれた子供は全く動じる事無く、純朴(じゅんぼく)な顔をそのままに問いかければ、妖魔はその態度を気に留める事無くすぐさま返答する。
「強いのも、弱いのもいる。倒したら遠慮無く食っちまえ」
物心が付いた江は、既に両親が死んでしまっており、妖魔に育てられた身だった。
斬地張の一員、その中でも見込みある者として……
名前も、入り江で両親の死体と共に見つかり、拾われた事から名付けられた存在。
自分が妖魔である事はその身体が人間とは違うという事実を己の目で確かめていた為、江は戸惑う事無く生きていた。
人間の姿をとる事も出来たのだが、先輩からは『妖魔として生きろ』と言われていた為、基本的には妖魔としての姿で…
そうして、食事として先輩たる妖魔が殺した人間の肉を喰わされ、人間を狩る、退魔師を倒すやり方を教わっての生活を過ごして来た。
10になった頃には並みの妖魔を超える強さを手にした江だったが、人間以外の肉を食う機会もあった。
川を泳ぐ魚、野を走る獣、空を駆ける鳥。
そうしたものを捕まえ、食う内に、江はある疑問に行き着く。
自分が襲う人間達の中に、泣いて逃げ惑う、許しを乞う者が多い。
そうした奴等を食っている仲間は、退魔師に退治される者が殆ど。
だとしたら、自分達は果たして今の、人間を襲うやり方を続けて生きていられるのだろうか?
他にもやり方があるのではないだろうか?
獣達との戦いは、お互いに生きるべく、力を尽くしてぶつかり合う事が多い。
ある退魔師と戦い、倒した時、彼は負けを認め、止めを刺せとまで言った。
その時と比べると、逃げ惑う、泣き喚く者達を食っても、優越感・達成感・満足感は沸き起こらなかった。
だから、彼は理解した。
弱い者を虐げた所で、自分より強い存在にねじ伏せられるのがオチだと。
だったら、強い者と戦った方が良いのではないのか?
たとえそれで負け、果てたとしてもそれが生きる者の運命であり、抗う理由は何も無い。
江はその決意と共に、斬地張から抜け出す事を選んだ。

「裏切るというのか!?」
「ああ。お前等のやり方だと長生き出来そうにねーからな」
「裏切り者には死を!!」
襲いかかる元同僚の妖魔達。
だが、彼等は逃げ惑う人間を食ってばかりいたのに対し、江は強い者を人間、人外を問わず食っていた。
その差故か、数に勝っていた妖魔達は全て返り討ちに遭い、江は全く後悔する事無く、人里に降り立った。
そして人間としての自分の生き方を選び、退魔師に落ち着く。
とはいえ、強い妖魔でなければ気が乗らない為、その依頼が舞い込むまでは、野道を散歩がてらに歩く日々を過ごす。
それが、江の生き方だった。
誰に教わった訳でもない、自分で考え、自分で決めた事として…

そうして、当時斬地張の頭目だった天地丸が去り、時空童子が倒されてからしばらくが経ったのだが、江はやり方を変えなかった。
歯応えの無く命乞いをする者達は手早く還し、強い者を探しての退魔行。
だが簡単に強豪が名乗り出て来ない事で、彼の心を退屈さが支配し始めていた。
それと同時に、自分が腐ってしまうという危機感を抱く。
故に、江は平静さを装って野道を歩き、時には都で噂話を聞いて回るという日々を送らざるを得なかった。

「た、助けてくれぇっ!」
「命ばかりは、命ばかりは!」
「もう、人間を襲ったりしません!お許しを~~」
木々に囲まれた野道。
そこで軽い傷を負った妖魔数匹がそう言って土下座をしているのだが、相手は15歳くらいの少年。
忍装束を思わせる身軽な格好で、銀髪は項辺りが細長く纏めて下ろされ、腕には手甲が付けられている。
これが、退魔師として今を生きている江の姿。
今日も、傍から見れば有り触れた妖魔退治の光景、しかし自分からすれば退屈なザコの追い払いという日々を過ごしているのだ。
彼の後ろにある木陰には、人間の親子が怯えた様子で見守っている事から、妖魔が人間を襲って来た所を、江によって懲らしめられた事は容易に理解出来るだろう。
そして、命乞いをしている妖魔達を前に、江は溜息を吐きながら沈黙を破った。
「言われなくても、もうやんねーって。つーか、分かったろ?弱い者苛めしてると、ろくな事にならないって。これじゃあたしの方が苛めてるみたいじゃねーか。ほら、さっさと失せな。他の奴等は容赦無くお前らを殺すぜ?」
「あ、ありがとうございました!」
許された妖魔達はすぐに逃げていき、数秒としない内に気配も消え去る。
これに懲りて、二度と人間を襲う事は無いだろう。
親子はそれを確認すると、江に対して深々と頭を下げた。
「本当にありがとうございます!あの、お礼を……」
「いらねー。たまたま通りがかっただけで、放っておけなかっただけだよ。ま、獣道を通る時はご用心ってな」
「は、はい」
親子は彼の言葉を受けて静かに去っていく。
残った江だが、余り嬉しくない様子でどっかりその場で胡座(あぐら)を掻き、青空を見上げていた。
「ったく、退屈にも程がある。どっかに、あたしより強い奴はいねーのかなぁ」
そんなボヤキを嘲笑(あざわら)うように、頭上で雀達は囀(さえず)りながら飛び回る。
しばらくして江はゆっくりと立ち上がり、そのまま野道を歩き出した。
苛立ちをぶつける意味合いで、道に転がっている石を軽く蹴飛ばしながら……

「全く、本当に手足で情報集めね……」
旅に出てから2日。
響華丸は宛もなく、木々の生い茂る道を歩いていた。
食料は村に居た頃に培った狩りの腕もあってすぐに目処が立っているし、地図がある為に自分が何処にいるか、何処に何があるのかは分かるのだが、自分に関わる情報は全く無い。
山の一角にある一つの村落に到着しても、その村人達の対応は冷たくもなければ手厚いという訳でもなく、自分を知っている者は誰一人居なかった。
ただ、旅の商人等から近辺、そして近くの大きな町に関する情報が入っており、それらを掻き集めれば、何かしら有力な情報は手に入るはず。
そうした期待感を抱き、彼女は村落を後にして、更に最寄りの村や都へ続く道を進んで行く。
狩った獣の肉で小腹を満たし、泉や川の水で喉を潤しながら。
汗等で汚れれば、当然清流で自身を洗い清め、獣も妖魔も寄り付きそうにない場所を寝床として利用する。
それらの繰り返しをしているこの旅で、自分を美味い食い物として狙ってくる妖魔もいた。
そういう相手は全て返り討ちにしており、これといって厄介な者に遭遇してはいない。
まだ記憶が戻らない上に手掛かりが無いというのは、今の響華丸にとって一番の溜息もの。
だが、無いなら自分で歩き、その目で見つけ、その手で掴み取るのが手っ取り早い。
常にその気持ちが彼女の心に光として輝いており、疲労を和らげているのだ。
「日が沈むまでに、あの山を越えられれば……」
行く先にある山を見据えた響華丸は小休止を終え、その方角へと進んだ。

太陽が真上から、少しずつ山の向こうへ、西へと降り始める頃……
響華丸は山を越えようとしていたが、そこで何やらざわめきが大きくなり始めたので、すぐに身を隠して様子を見に入る。
石の台の上で腕組みをしながら座っていた少年を、妖魔が取り囲んでいるようだ。
しかし、妖魔数匹は彼を食うというより、何か頼み込んでいるらしく、少年は何か面倒臭そうな面持ちで話を聞いている。
「た、頼みますよ!江様!闇牙様をも退けた妖魔が、この近辺にいるんです!」
「裏切り者というのを取り消しやすから、どうか、斬地張にお戻りくだせぇ!」
「今闇牙様が倒されたとあったら、我ら斬地張は今度こそおしまいです!」
口々にそう頼む妖魔達だが、話を聞いていた江は大きく寝っ転がりながらぶっきらぼうに返答した。
「斬地張が滅んだって、お前等がすぐ死ぬとか、飢え死にするとかじゃねーんだろ?大人しく獣と一緒に食い合うとか、人間と変わらない暮らしを送るとかすれば良いだけじゃねーか?あたしはどんなに頼まれても、戻らねーよ」
「そ、そんな!お願いしやすよ!もう人間を痛めつけるとかはしませんから」
妖魔達からすれば深刻な問題でも、自分にとっては得にも損にもならない、そして聞き飽きた話の内容。
当然、妖魔達の真意も、江はしっかりと見抜いており、それ故にそっぽを向いて鼻で笑うだけだ。
「お前等はそうして何回人間の退魔師を騙したんだ?折角落ち着いたってのに、まだあの馬鹿に従ってるってのもふざけてるぞ?あの時言ったよな?お前等のやり方じゃあ長生き出来ないって」
その答えに、特に頭目を馬鹿にされた事に腹が立ったのか、妖魔達の態度が急変し、爪を伸ばしながら身構えた。
「そうかい……!折角俺達が頭下げて頼み込んでるってのに、闇牙様を馬鹿と呼ぶとはなぁっ!!」
「へっ、腑(ふ)抜けた野郎をぶっ殺せば、俺達も脈はあるんだ。江、お前の所為でどれだけ俺達の同胞がやられたと思ってる?完全な裏切り者が!」
「斬地張復興の為に、お前には今此処で死んでもらう!」
殺気を露わにした妖魔に、江は身体を起こし、石台から降りる。
そして手甲の先端を鞭のように伸ばして振るい、戻してから構える。
江の手甲、その見た目は鈎爪で切り裂く武具なのだが、爪が伸びている拳部分と手の甲部分の間には無数の、屋根瓦を思わせる金属の薄い板が重なっており、それが蛇腹(じゃばら)の要領で拳部分を伸ばし、遠くの敵を攻撃出来る仕組みになっているのだ。
「あたしを倒しちまえば、その妖魔にも勝てるんじゃないのか?簡単な事だろ?」
「へへ、そうだったな……じゃあ、死んでもらうぜ!」
妖魔がそう言って江に攻撃を仕掛けようとした所で、背後から響華丸が声を掛けた。
このまま状況を見守るのも手ではあったが、戦いで巻き込まれれば気づかれる事に変わりは無い以上、自分から動くと決めていたのだ。
「話にあった妖魔って、此処に居る小娘の事かしら?」
「「!!」」
声に振り返った妖魔は彼女の顔を見て更に怒りで目を血走らせる。
「ああ、そうか!お前が闇牙様を退けたっていう妖魔か!」
「どうやら、私はおたずね者のようね。無理も無いけれど」
「へぇ……こいつは、なかなか良い姉ちゃんだな」
響華丸の面構え、そして気迫に江は興味を持ったらしく、拳を鳴らしながら笑みを浮かべる。
そして突如、響華丸と江の間に突風が走ったかと思うと、妖魔は全て胴あるいは首を斬られ、そのまま倒れてしまった。
邪魔者を切り捨て、もう事切れているのを確認した2人。
しばらくの沈黙が続いていたのだが、先に口を開いたのは響華丸だ。
「江、だったかしら。私は響華丸よ」
「変わっているが、良い名前じゃねーか。後は腕っ節だが……話が本当かどうかは、直接確かめさせてもらうぜ」
「今のでは証明出来ない、という事ね。分かったわ。でも、加減は出来ないわよ」
相手はどう考えているのかは分からないが、自分のやる事は変わりない。
見えない行き先を、切り開く、である。
江はそうした響華丸の覚悟を感じ取ると、間合いを取り直し、伏せるような姿勢で身構えた。
「さぁて、見て驚くんじゃねーぞ……あたしも転身出来るんだ。久方振りの、転身!流撃鱗士(りゅうげきりんし)!!」
彼の言葉に呼応して、その身体を覆うように地面から水柱が走り、その中で彼の忍装束上半身が吹き飛び、人間の皮膚が蛇の鱗(うろこ)へと変貌していく。
銀髪は結った部分が解けたかと思うと、そのまま鬣(たてがみ)へと変化し、耳は尖って鰭(ひれ)になり、尾骨部分からは細長い尻尾が生える。
頭には小さな角が、両手の甲からは蛇の牙を思わせる鋭い爪が伸び、腕も複数の関節が出来たらしく、多節棍のように曲がっている。
目は炎の赤をそのままに、瞳孔が蛇のように縦長になって、顔は人間の面影を保ったまま、水色で牙の生えた妖魔のものへと変化した。
それが終わると同時に、響華丸も転身し終えており、有翼の異形として目の前の妖魔を、江を見据えている。
「闇牙って男は退いたみたいだけれど……あなたはどうかしら?」
強い相手を求めていた江にとって、響華丸の問いは愚問とも取れるものであった。
目の前に強そうな、歯応えのある相手がいる。
強ければ女も男も、人間も妖魔も関係無い。
だから、不敵な笑みをそのままに、時折先端が二叉(ふたまた)となった舌をチョロチョロ出し入れしながら彼は言う。
「やってみりゃ分かるさ。にしても、どんな奴かと思ったら、妖魔にしちゃそんなに獣臭くねーな。人間に近い……でも見慣れない武具で身を纏っているなんて、初めて見る奴だよ」
「(となると、この人は私を知っている訳じゃあなさそう……でも、何か情報を持っているはずね。だから、遠慮は無用……)」
お互いに準備は万全。
戦いを求める相手ならば、戦って情報を手にする以外に道は無い。
仁王立ちになりながらそう考えていた響華丸は翼を折り畳んだ状態でゆっくりと腰を落とし、江も狼のような臨戦態勢に入った。

木々が風に揺れるざわめきだけが辺りに響く音となり、それまで囀っていた鳥達も邪魔になるまいとしてか、既に飛び去っていた森の一角。
数分の睨み合いで先を取り合っていた両者はどちらからともなく駆け出し、拳をぶつけ合う。
その中で江が素早く尻尾を鞭のように振って伸ばし、響華丸の腕を取って引っ張るが、響華丸も増強された腕力で引き戻し、蹴りを繰り出す。
江も身を捩ってかわし、蛇同然な両腕で彼女に殴りかかった。
「(首も手足も蛇みたいな動き、厄介ね)」
複雑な曲線軌道で繰り出される拳は予測し辛く、時折首に巻き付くように伸びてくる。
そうした江の攻撃だが、響華丸も攻撃が命中する寸前にその拳を弾いたり、身を屈めたり逆に飛翔したりして攻撃をかわしていく。
鋭い拳が鎧に覆われていない部分を掠め、小さい切り傷を作るものの、彼女はその蛇の群れの如き江の拳の合間を縫い、居合抜きの要領で回し蹴りを放った。
「うおっ!?」
僅かな隙を縫っての一撃は、直撃している訳ではないにも関わらず、刀状の風圧を作り出して江を吹き飛ばし、鱗で覆われた胸板に鋭い刀傷が刻まれる。
「ふぅ~、危ねぇ危ねぇ。あたしの鱗は下手な帷子(かたびら)より頑丈なんだけど、それを綺麗サッパリ斬っちまうなんて、見た目以上の切れ味だな、その足……ん?」
と、江は響華丸の切り傷を見て目を丸くする。
妖魔も人間と同じ赤黒い血液、あるいは人外としての独特な色、例えば紫色の血を流すものだ。
だが、目の前の、響華丸は違う。
まるで魔を祓(はら)う聖水のような、青白い輝きを放つ血が一筋流れているのだ。
それは珍しく、不思議なものと感じられる。
響華丸自身も、自分の転身した時の出血は初めてらしかったか、自分の傷口を見てようやっと気づいたようだった。
「……この血も、見覚えはある……でも、それだけ……ますます、負けられなくなったわ」
不意にそう漏らす響華丸の言葉に呼応してか、脳裏にまた別な光景が浮かび上がった。
何者かが戦う姿、それは完全に影で構成されたものである為に、輪郭が掴み取れない。
ならば、それらの謎を解くために、自分は生きなければならない。
そうした決意と共に、彼女は自分の意志でその映像を消して現実に戻る。
一方で、支離滅裂ともとれる彼女の言葉に当然の如く江は耳を疑っていた。
「聞き間違いならそれで通せるんだが……お前、自分が何者なのか、全然分かんねーってのか?」
「ええ。冗談抜きで、私は自分の事を全然覚えていないの。名前と、剣術、法術、そして転身したこの姿。後は、天地丸という名前くらいね」
その名前は江も知っており、しかしそれより響華丸が面白い存在に見えたのか、口元の笑みが戻る。
「その姿を考えると、きっと斬地張の天地丸とも、かつて人間の退魔師として名を馳(は)せたっていう天地丸とも違う天地丸のようだな……あたしは一度だけ斬地張の方の天地丸の、転身した姿を見たんだが、あんたみたいな変わった格好はしてなかった。普通の鬼だったぜ」
「……本当に、生きて勝たなければいけないわね、私は。でないと真実を掴めないし、自分の事も分からないまま終わる。そういうのは、好きじゃないのよ」
「だからって、手加減は出来ねーぜ?色々と経験を積んでいるからな!かわせるか!?」
間合いを取った江が身を屈めた瞬間、全身の鱗を七色に輝かせる。
するとその鱗の一部がまるで矢の雨のように飛ばされ、それに混じって鋭い刺のようになった水玉が無数飛ぶ。
「……見えない攻撃じゃあ、ないわね」
しっかりと攻撃を見詰めた響華丸はそう呟くと、翼を広げて前屈みになり、両拳を金色に輝かせて地面を蹴る。
彼女の拳は金色の弧を無数描き、その翼で軽く浮遊した鬼神の身体は残像を作り上げて江の放つ弾幕を掻い潜って行った。
「お、おおおっ!?」
掠ってはいるのだが、直撃はゼロで、後は全て拳で叩き落とされて行く自分の攻撃。
それに気を取られている内に、江は次に目の前で展開された弾幕と直面する。
響華丸が拳を振るう度に、その拳から金箔の小さな欠片が舞い散るように小さな光の弾が飛ばされ、自分以上の密度と速さを持つ弾幕を作り上げていたのだ。
「行って……!」
静かな号令と共に弾は一斉に江へと向かい、響華丸自身も接近した上で右拳を思い切り引いてから突き出す。
「ごはぁっ!」
光弾と拳を喰らった江は血を吐きながら大きく吹き飛ばされ、地面に叩きつけられる。
その衝撃で地面は少し陥没(かんぼつ)し、江の姿は一瞬の光と共に元の人間の姿へと戻った。
「……!」
締め付ける痛みの中、自分が負けた事を知るも束の間、目の前で響華丸が次なる一撃を繰り出す準備に入っている。
何時でも仕掛けられる状態で、逃げ場は無い。
そうした状況に陥った江だが……
「ふ、あっはっはっはっはっはっ!参った参った。降参!」
大声で笑い、諸手(もろて)を上げて敵意が無い事を示してみせた。
それと同時に、江は期待以上の収穫が得られた事で満足にして、愉快な事この上ない気持ちであった。
自分が腐らずに、活き活きした戦いの中に身を投じれる機会に巡り合えたのだから……

「……ふう」
自分に向けての殺気が無くなったと認識した響華丸も拳を引き、転身を解いて人間の姿に戻る。
その途端、何時の間にか全身に切り傷が入ったが、彼女は小さく顔を顰(しか)めるだけにし、術で傷口を癒やしに入った。
「まさかあたしの奥の手を、その程度の傷で済ませてかつあたしを此処まで追い込むとは思わなかったよ。その強さ、本当に気に入った!けど……」
と、人間の姿になった響華丸の全身を見渡して笑みを顔から消す江は身を起こし、胡座を掻いた状態で彼女に問い掛ける。
「そいつが、あんたの転身の欠点か?」
「ええ。壊したいとか殺したいとかの衝動は無いけれど、その代わり見ての通り全身が傷だらけになって激痛に襲われるわ。それが私の持つ転身の副作用なのかもしれない……」
「……う~ん……」
唸って首を傾げる江。
考える事数十秒して、彼はポンと膝を叩いて言い出した。
「良し!あんたが自分の事を知る為の旅に出るんなら、あたしはその手伝いをしてやる!一緒に行けば、もっと強い奴ともやり合えるだろうし、退屈も凌げるからな」
「何が起きるかは保証出来ないわよ?」
「その方がちょうど良いんだよ、あたしにとっては。それに、あんた一人だと金とか食い物のやりくりが大変だろ?あたしがしっかりと案内してやるぜ。どうだ?」
地図があるとはいえ、宛ての無い旅、自分に関して全く不明という現状は動かない。
そうした状況でこそ、道案内は欠かせないし、一人旅よりはずっと楽になる。
それは響華丸も理解しており、傷を癒した所で小さく微笑みながら首を縦に振った。
「……江、今日から案内をお願いね」
「どんと任せな!」
江も響華丸の手当を受け、体力が回復した所で山を越えに入る。
その道中、響華丸はふと気づいた事があったので、早速江に問い掛けた。
「ちょっと良いかしら?どうでも良い事だけれど」
「ん?」
「あなた、男よね?自分の事を『あたし』って言ってるのはどうしてかしら?」
その質問に、江は全く不快感を示さず、軽く笑って即答する。
「はは、訊くと思った。『僕』とか『おいら』とか『俺』とかは性に合わねーからさ。『わし』とか『私』、『自分』は論外だ。それに、自分の事を『僕』とか『俺』っていう女もいるかもしれないだろ?」
実に単刀直入な返答に、響華丸もすんなりと納得した。
「ふふ、成程ね……筋の通った人だわ。それと、元々は斬地張に居たあなたがそこを抜けたのは、肌に合わなかったから?」
「ああ、そうだ。ただ、特に何かを失ったとかそんなんじゃなく、日頃過ごしている内に疑問を抱えて、そこからあたしの答えを出しただけだよ。親が死んで、物心付いた途端に斬地張の一員だったからな。響華丸は、何時頃までの記憶がねーんだ?」
「数か月前までの記憶よ。親の事も知らないし、何をしてきたのかも、全くね……」
「話によると、闇牙の馬鹿は少し前に或小さな村を襲ったそうだな。あんた、その村に流れ着いたとかか?」
話は出来る限り多くしておきたい。
情報を得る為にも、自分の持つ情報を提供する事が大切だ。
それ故、響華丸は具(つぶさ)に語る。
「ええ。自慢じゃあないけれど…皆良い人よ。妖魔の姿に転身した私を、子供達は格好良いとまで言った…普通では考えられない事だったわ」
「そいつぁ本当に良い話じゃないか。10年くらい前に司狼丸ってのと当時の頭目の天地丸がやりあった時、司狼丸って隠忍は滅茶苦茶泣いてたっけ。何をやっても嫌なことばっかで、自分の所為だとか言って、母ちゃんって女と天地丸との戦いを止めようとした……それを見て思ったよ。あたしらは、こんな泣き虫を叩きのめす為に妖魔をやってるんじゃねー、てね。それもまた、斬地張を辞める切っ掛けだったな」
「司狼丸は、報われなかった。そう言う事……」
静かにそう口にした響華丸は、またも司狼丸という名前に身体が、血が、細胞が反応するのを感じていたが、努めて冷静に振舞う。
その意図を知る知らぬは関係無く、江も少し曇った表情で頷く。
「恐らく、な……そうじゃなきゃあ、時空童子こと司狼丸は殺されなかったんだ。で、皮肉な事に司狼丸が死んだ途端、人間共は大喜び。それまでのネズミじみた態度が、まるで野原を歩く鹿みてーにのほほんとした様子になっちまった。それでだろうな…あんたが妖魔でも優しくされたのは」
「司狼丸の犠牲が、私の未来に光を……?でも、それは何か違うわ……彼だって、手にしたいものがあったはずよ。死以外の何かが……」
何かが引っ掛かる、それだけは確かと響華丸は口を噤(つぐ)んだ。
江の話が事実とすれば、恐らく司狼丸は今の自分とは逆の扱いを受けていたに違いない。
だから、今の自分の立場を手放しで喜ぶ事は無く、今は亡き司狼丸の事を案じてしまっている。
接点という接点が見当たらないにも関わらず。
「今日は此処で休む事にして、寝る前に話そうか?どうして司狼丸が時空童子になったのかを……」
と、日が沈んで夜になって来た所で、江は足を止め、手頃な場所で火を起こす。
響華丸も焚き火越しに江と向き合って、彼の話を聞いた。

「あんたは、昔起きた災厄の原因を何だって教えられた?」
火が辺りを照らす中、話は静かに行われた。
「司狼丸という鬼が五行軍を滅ぼした、という説よ」
「まあ、世間の連中は皆そう口にするだろうな。けど司狼丸と天地丸が初めてやりあったあの時、遠くからだったけれど良く聞こえたんだ。本当は司狼丸が元凶じゃねーってさ。人間でも自然とかでもなく、その時突然現れた大凶星八将神(だいきょうせいはっしょうじん)の金剛(こんごう)とその部下の道鏡(どうきょう)っていう奴が引き起こしたって、自分で話したのさ。で、司狼丸にこう言ったんだ。運命を変えたければ、時空(とき)を越える力を見せてみろ、とさ。そうすれば、司狼丸が失ったものを全部取り戻せるとかな……で、司狼丸はそれをやって退けたから、金剛は見逃したんだ。そいつの家族をな」
聞いた分だと、まるで司狼丸は金剛達の口車に乗せられていたかのような内容であった。
ただ、戦いの様子はその話だけでは見えなかった為、響華丸は間を置いた上で質問する。
「その金剛は、どれほど強かったの?」
「天地丸が手も足も出なかったくらいさ。で、道鏡ってジジイが言うには、自分が天地丸を利用したそうだ。何があったのか全然分からない。そん時捕まえた高野丸(たかやまる)って人間めいた妖魔、司狼丸の息子とか言ってたそいつが色々と喋っている内に、天地丸はその首をすっ飛ばしちまってな」
分からない、で締められる事に江自身もすこしやきもきしていたか、溜息を漏らして話を止める。
が、響華丸の顔色を伺うと、僅かな変化が見られたらしく、静かに問い掛けた。
「何か、手掛かりは見つかったか?」
「司狼丸……時空童子……そして道鏡……その名前は、何処かで聞いた事があるわ。でも、八将神やら金剛は初めて聞く名前ね。道鏡が私について、何かを知っているかもしれない。恐らく、この世界を一時的に苦しめた男みたいだから、話で解決するようなものじゃなさそうだけれど……」
「そうか……けど、道鏡は何処に行ったのか、全然分からねーぜ?八将神は司狼丸が時空童子の力で全員ぶっ飛ばしたのは確かみたいだけどな」
確証は無いものの、伝聞として聞いた情報を伝える江。
元凶と名乗った八将神達が司狼丸によって倒された事を考えれば、司狼丸が救世主と讃(たた)えられても不思議ではなかった。
が、そんな彼を待っていたのが……―――。
「その司狼丸が、鈴鹿に殺された。どうしてかしらね……」
「高野丸が言うには、司狼丸は鈴鹿の息子だったみてーだ。何か経緯があるのは確かなんだけどな。でもって、司狼丸が時空を越えて、でこの時代に戻ってきたって事も……」
かなり大きな情報に、響華丸は小さく笑う。
だがその笑みとは裏腹に、彼女はどういう訳か、またしても熱く燃えるような何かが込み上げて来るのを感じていた。
闘志というより、むしろ本来抱くのは好ましくないものが……
闇牙と戦った時とは違って、それは抑え込めるものだったので、響華丸の笑みは揺らぐ事無く、安心感を込めて言葉が紡(つむ)がれる。
「やっぱり、あなたと行動出来て正解だったわ。今日だけで色々と見えてきた。鈴鹿、天地丸、道鏡…この3人を探す事が、今私のやるべき事みたいね」
司狼丸は既に死んでいる以上、手掛かりに成り得ないだろう。
響華丸の考えは、そこから生死不明あるいは生きている者の名を挙げたのである。
「そいつはどうも。ただ、3人共今どうしているのかは見当がつかねーんだ。だからあちこち探し回っての情報集めになるぜ?」
「手探りの情報収拾、苦手じゃないわ」
自分を負かした腕前もそうだが、精神面でも強い。
そこにも江は改めて感心していた。
「お、積極的な姉ちゃんだな。流石に闇牙を追っ払っただけの事はある。ともかく、明日には南都に着くぜ。そこで色々教えるからさ」
「分かったわ」
こうして、旅の仲間と出会った響華丸。
手掛かりとなる存在を探し求めての旅は、一歩ずつ進み始めていた。
今ある疑問は、自分が本当に何者なのかという事と、司狼丸が母親に殺されたのは何故か、そして道鏡の謎……
それらを解き明かしても、恐らく旅は続くだろうと考え、彼女はゆっくりとまどろみの中へと意識を委(ゆだ)ねていった。



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あとがき

第二話は、妖魔ながらも人間の生活を過ごしている少年、江絡み。
元斬地張所属という設定、そして己の生き方に対する疑問を抱く中、キッパリと決めたら一直線という少年らしい性格を持つ彼を仲間にした響華丸は様々な情報を知る事に。

江は熱血系というより、頼れるお兄さんとやんちゃな弟の中間といった所です。
故に、兄貴ぶらず、しかし甘えん坊でもないというキャラに。
また、小説版ONI零での司狼丸と天地丸(斬地張)との戦いにいた斬地張の妖魔の一人という事から、その時の一部始終を知っているという設定を作り、鍵としました。
ちなみに響華丸の転身時の血の色は、鬼神降臨伝ONIの小説版からとっています。

案内人という意味合いで登場させた江ですが、響華丸からすれば心強い仲間である為、今後の活躍に是非ご期待を。

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