ONIの里

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隠忍伝説(サイドストーリー)

ONI零 ~虚ろより生まれし仔よ~

桃龍斎さん 作

『壱 響華丸ゆらかまる(完全版)』

五行軍が壊滅し、天変地異と妖魔が日本全土を覆い尽くしてから数十年。
人は人としての心を失い始め、妖魔はかつて以上の暴虐を振るうようになった。
この世の地獄は、妖魔が作り出したものであり、五行軍も妖魔によって滅ぼされたという噂も立つ。
それは絶望と共に立ち消えしたのだが、知らぬ中で悲劇は立て続けに起きていた。

逆餅村、そこで妖魔を退治すべく、一人の女性がその身を妖魔へと変え、それを見た者達が彼女を、自分達を守った彼女を殺した。
しばらくして、地張衆という草(しのび)の村も壊滅する。

そうした悲劇が過ぎ去る中、大きな出来事が生じた。
それこそは、世の人々が待ち望んでいたであろう出来事。
しかし、別の者からすれば、心に深い傷を刻む悲劇でしかなかった……


獣一匹足りとも入らぬ、深い山奥の洞窟。
その奥にて、3人の人物が1人の少年と戦っていた。
炎の代わりに岩壁に自生しているヒカリゴケが暗闇を照らしており、4人の顔を含めた全てが良く見える。
数で勝る3人だが、その内の、少年と同じくらいの若者は見守りに徹するのみで、残る2人、逞しい男性と美しい女性も少年を相手に攻めあぐねているという現状。
だが、実際に苦しそうだったのは少年の方だった。
「(何で、こんな事になっちまったんだよ……!)」
苦痛、苦悩で歪む表情。
その意味を知る者は居ない。
「(俺は、皆を助けたかった……皆と会いたかった……だから”力”を手にしたのに……!!)」
少年の想い等知るものかと言わんばかりに、男女の苛烈(かれつ)な攻撃は続く。
それらを受け流す少年の姿は何時しか一匹の妖魔へと姿を変えていた。
端が炎として燃え上がっている髪、小麦色の鍛え上げられた肉体、羽のような形をした角、そして赤地に黄色という禍々しい目。
そして爪と牙は、人々から『鬼』と呼ばれる証となっていた。
しかしその『鬼』となった少年の目から、透き通った涙が僅かに流れ出ており、鋭い爪も、本来ならば男女を切り裂く事など容易い事だったにも関わらず、端を掠めるだけ。
どれほどの攻防が続いたか、少年の攻撃が男女を弾き飛ばし、壁に叩きつけた所で勝負はついた。
少年は女に歩み寄り、しかし人間の姿へと戻ることでこれ以上の戦いは無用である事を示す。
女もそれに応じて、少年を抱き締めると、少年はその温もりに身を委ねようとした。
ところが……
「……えっ……?」
少年が束の間の温もりの後に感じたのは、左胸を貫く鋭い痛み、そして失われていく全身の熱と、力。
女は、少年の僅かな隙を突いて、手にしていた大きな太刀を彼の左胸に突き刺していたのだ。
その表情は、他の2人には全く分からない。
ただ一つだけ、ハッキリと分かったのは、少年は女の手で殺されたという事実だけだ。
「ど……う……して……」
輝きを失いゆく瞳で目の前の女を見据える少年だが、女は彼に背を向け、一歩、一歩と去っていく。
それを見詰めていた少年は自分の意識、そして命が消え行くのを嫌でも感じさせられる。
「どうし……て……なん……だよ……母……ちゃん……」
女は少年の母だった。
それはこの場にいる誰もが、そして少年も女も知っていた事実。
だが少年の叫び声は虚しく洞窟内に響き渡るだけで、そこから先、少年は何も見えなくなり、何も聞こえなくなった。
「(どうして……どうして、俺は……)」
視界が暗く閉ざされ、心を絶望が覆い尽くす。
ジワジワと、シミが広がるように……
半紙の上にこぼれ落ちた墨汁が、半紙全体に行き渡るように。
少年の視界も心も、左胸だけでなく心に深々と刻まれた傷に染み込んだ絶望によって永遠の闇へと閉ざされていった。

救世主と呼ばれる者は何かしらの原因で非業(ひごう)の死を遂げる。
後にそうして語り継がれる事になる者達の一人として、その少年は運命に抗うも敵わず、この末路となった。
隠忍の救世主、日本の歴史を変えるとされて、世の退魔師達から恐れられた最強の隠忍、時空童子。
その名ともう一つ、人間の姿としての名が、少年の持つ名前であった。
今や死した存在故、真実を知る者は一握りとされている隠忍。
名は、司狼丸……


もしかしたら、人々は何処かで過ちを犯していたのかもしれない。

人の心に闇蔓延る時こそ、悲劇は連鎖として起きる。
それを知っていれば、別の結末が、もしかしたら真に光溢れる結末が待っていたのかもしれない。

悲劇を打ち払う、心の光を持つ者は、この世にはもう居ないのであろうか……?
司狼丸の望んだ結末は、夢と消えるが運命なのであろうか?

この物語は、有り得たかもしれない一つの可能性……


星が煌めく夜。
人々は妖魔の支配、そして様々な災厄から解放された事で平和な日々を過ごしていた。
都では毎年決まった時期に祭りが行われ、あちこちで歓声が湧き上がる。
そんな中、何人かは夜空の星の中で、一際目立つものに注目した。
「あれは……流れ星か?」
「ん~、何か大きな事が起こりそうな気がする~」
「あの星も、『あの人』みたいに、独りぼっちなのかな……」
「だとすれば、あの軌跡は涙か……」
都の通りを歩いていた一人の少年、舞をしていた振袖姿の少女、そして寄り添うように歩いていた男女……
まだ4人は知らなかった。
平和な中での、本当の平和を取り戻すための戦いに、自分達が巻き込まれる事を……

そして、次の朝……

「さて、これだけ取れれば向こう一週間は持つじゃろ。本当に、少し前の有様が嘘のように思える……」
人里離れた、山奥。
山歩きをしていた老人がそう言いながら、山菜やら果実を取るなどしていたが、ふと茂みの向こうで何か変わったものを見つけ、そちらへと足を運ぶ。
「こ、これは……」
老人が目にしたのは、行き倒れていたのか、衰弱しかけている16歳くらいの少女。
腰に刀を差しており、茶色の長めの髪は、前髪部分が炎のように赤くなっている。
返り血ではない事は、その色合いからも分かり、意識を失っているものの、顔は美しくも雄々しい雰囲気がする。
「長老、どうしたんです?」
「!こんなところに女の子が!怪我は、無いみたいだし、生きているようだが」
長老と呼ばれた老人と共に山菜・果実採取をしていた数人の若者も倒れた少女に注目する。
「旅人なのか、それとも退魔師なのか……そもそも、人間なのか違うのか……いや、まずは手当しなければ」
「っと……普通の女の子と同じだ。俺と、あんたで運ぶぞ」
「おう!」
若者2人が少女を担ぎ上げ、ゆっくり、ゆっくりと長老達と共に来た道を引き返す。
その先には、一つの村があった……

「”彼”を、助けなければ……」
『”奴”は人間ではない。世の者達を脅かす鬼だ……!』
『数多くの命を奪い、世を乱す存在……災いしかもたらさないのだぞ』
『そうだ。”彼”はこの世に存在してはいけない存在。真の破壊者だ』
少女の言葉に、複数の者達の声が返す。
だが、彼等の声に、少女も真っ向から受けて立つ様子だ。
「あなた達が、あるいは世界の全ての者達が”彼”を否定したとしても、私は”彼”を、―――を救わなければならないの。”彼”は、私にとっては―――だもの。人間であるか否かは、関係無いわ。退いて……!」
強く、凛とした態度で返す少女の視界は次第に光に包まれて、そして……―――。

「ん……」
一瞬飛んだかに見えた意識が戻った彼女は、目を開いて辺りを見渡す。
その瞳は、星空を思わせる黒に近い青だった。
何処かしらの家屋である事は確かなものの、少女は何が起きたのか、サッパリ分からない状態だった。
そして、そんな彼女の視界に、老人の姿が入る。
彼は少女を若者達と共に介抱した村の長老だった。
「此処は……?」
「おお、気づいたか。此処は都から遠く離れた山の村じゃよ。わしはこの村の長老でな、お前さんを倒れていた所を若い衆と一緒に運んだのだ。お前さん、名前は?」
「ありがとう……私の名前は……響華丸……でも、それ以外は分からない。頭も痛くて……きっと頭を強くぶつけた事で記憶がなくなったんだと思います」
穏やかな言い方に安心感を抱いた少女=響華丸は小さな笑みを見せて感謝したものの、すぐにその笑みが消えて視線を落とす。
冷静に状況が判断出来ているとはいえ、記憶喪失という状況はあまり良くないように思えた。
「そうか……なら、記憶が戻るにせよ、戻らぬにせよ、此処でしばらく暮らすと良い。あれからの災厄も終わり、作物も実るようになったからのう」
「災厄?」
「恐ろしい鬼が、その昔五行軍という軍の生き神様、役小角を喰らい、それによってこの世に地獄のような天変地異が襲ったという。その鬼が討たれた事を境に、妖魔も鳴りを潜め、世は本当に平和になった。妖魔の軍団、斬地張の残党は残っておるから、手放しで安心は出来んがな」
「斬地張……?」
何を耳にしても分からない事ばかり。
自分に関係することなのか、全く関係の無い事なのか、それすらも響華丸には分からなかった。
「それをかつて率いていた天地丸が、鈴鹿という退魔師によって懲らしめられ、改心した。そして災厄を招いた鬼、司狼丸はその鈴鹿と、息子の晴明によって打ち倒されたという……真実は全く分からんがな」
「!天地丸……その名前、聞いた事があります。でも……つぅっ!」
突然襲った頭痛で顔を顰める響華丸。
どうやら、自分の記憶に関係する事なのだろう、突き刺すような痛みが頭を確実に襲い、何か白い光の中で人影が見えるという光景が脳裏に浮かび上がる。
一人だけでなく、他にも人影が大小浮かんでいるが、姿形がハッキリとしていない。
同時に、彼女は身体中の血管が、心臓の強い鼓動と同時に脈打つのを感じていた。
「(司狼丸……この名前も知っているけど……この不思議な感覚、何……?)」
響華丸の様子が少し変わっているのを見て、これ以上はと思った長老は話を切り上げ、優しく彼女の肩に手を置く。
皺だらけで骨と血管が見えそうな手だが、そこには確かな温もりがあった。
「辛い事があったようじゃな。すまんのう。じゃが、心配はいらん。お前さんは今日から、この村の一員になる」
「……ありがとうございます。ところで、今の話にあったその3人は?」
「鬼を打ち倒した後、別々に動いたという。細かい話は分からん。さ、腹も減っておるのじゃろう?食事を作るからな」
老いているとはいえ、しっかりとした足取りで台所へ向かい、簡単な食事を作り始める長老。
その長老が用意した食事を取る事を始まりとして、響華丸は村で過ごす事になった。

それからの日々は、響華丸にとっては悪くないものであった。
自分が人並み外れた力、卓越した剣術、そして傷を癒す力を持つ事に、最初自分を含めた誰もが戸惑っていたのだが、それは退魔師の中でも特別に強い者だったからなのだろう、という考えで全員が納得した事により、誰も自分に冷たい視線を向けたりしなかった。
癒しの力も、法術として片付けられており、記憶喪失の退魔師、という事で通って、村を支える若者の一人として活躍する響華丸。
特に子供達から慕われており、喧嘩の仲裁、迷子の捜索、そして狩りを教える等して、未来を生きる者達を育てていく。
そんな響華丸に、長老は安心感を抱いていた。

それから数ヶ月後……

「良し、囲めぇっ!」
「ダメだ、力が有り過ぎる!」
「此処を踏ん張れ!響華丸にばかり頼っていたら、あの子が居なくなった時どうする!?」
山奥にて、大柄な猪を仕留めようとする男達だが、その膂力(りょりょく)に苦戦しており、犠牲が出るのではと思われる状態。
そこへ、響華丸が駆けつけて一刀、猪の前足に見舞うが、それでよろけた猪の横っ腹に、一人の男が槍を突き立てた。
「やったぞ!」
「また助けられてしまったな、響華丸」
獲物を仕留めた事で村人達から安堵の息が漏れる中、響華丸も一息吐いて返す。
「ううん。あの隙を逃さず、あなたが仕留めたのは事実。私が助けたとしても、ほんの少しだけ」
「あんたが入ってきてくれて、皆気合が入っているんだ。ありがとうよ」
年が離れていようとも、立派な村の一員、それが響華丸である。
今や村人達の認識はそう定着しており、誰一人彼女を拒む者は居なかった。
ともあれ、獲物を仕留めた所で、全員はその獲物を運んで村へと戻る。
と、そこには子供達が一斉に響華丸の所へと走って来た。
「響華丸お姉ちゃーん!お帰りー!」
「お疲れ様~!おお、今日も御馳走だ!」
「お姉ちゃん、猫が元気になったよ!ありがとー!」
「ねーねー、今度はおいら達と遊ぼーよ!」
はしゃぎ回る子供達に、親はこらこらと宥める。
「響華丸ちゃんは狩りで疲れているの。困らせちゃダメよ」
「いえ、良いです。むしろ子供達との遊びが、狩りでの疲れを吹き飛ばしてくれます。さあ、皆、遊びましょう」
「「わーい!!」」
子供達の笑顔に、響華丸も小さな、しかし温かみのある笑顔で応え、彼等に囲まれながら村の広場の方へと足を運んでいく。
手鞠(てまり)歌、武術の稽古めいたもの、草花を使った飾り作り。
そうしたものを子供達は楽しみ、そこに響華丸も充実感を味わう。
日が暮れた所で遊びも終わり、子供達を迎えに来た大人達もその笑顔で満足そうな様子だった。
「本当に助かるよ。名のある退魔師は、揃って都に行って、んでもって帰らなくなっちまうからな」
「あんたがこの村に居る事で、今日も美味い飯にありつける……あんたのおかげだ、響華丸」
誰からもそう頼られた彼女だが、内心はこう思っていた。
このままこの村に留まる事が正しい事なのか?
何か、やらなければならない事があるような気がする。
しかしそれは一体何なのだろう?
そうした疑問を抱える中、響華丸は長老の家へ戻たのだが、彼女の浮かない顔は長老にも見て取れていた。
「……やはり、記憶を取り戻したいか……宛てが無いとしても、か?」
「はい。この場所に留まっては行けない。そんな気がするんです……」
「ふむぅ……」
言葉に詰まり、唸るより他にない長老。
ただ、響華丸は今すぐ村を出る様子ではない為、話はそこで終わり、夕食を済ませた上で2人は床に就いた。

村全体が寝静まった夜……

突如、その静寂を爆音が破り、火の手が入口辺りの家屋に上がった。
「逃げろ!妖魔の、斬地張の残党だ!!」
燃え上がる家から煤だらけながらも飛び出した男の声に、全員が目を覚まし、火から離れるように逃げ始める。
当然、騒ぎを聞いて響華丸も長老と共に目を覚まし、広場辺りに駆けつけてきた。
「斬地張の残党?!」
「そうだ。人間の姿をした妖魔、そいつらが……くっ」
家を焼かれた男は、僅かに火傷を負ったらしくそのまま立膝を突く。
その男を別の男が支えて長老の家へ避難しようとする中、入口の方から妖魔達が数匹、一人の人間の若者に率いられて歩いてきた。
既に入口から数軒の家は焼かれており、火は少しずつ近づいている。
一部の妖魔は手に松明を持っており、それが火の手を上げた元であった。
「闇牙(あんき)様、此処には厄介な退魔師はいないようですな」
「しかも、拠点にするには打ってつけ……食料たる人間もてんこ盛りですぜ、ケケケ」
妖魔達が笑う中、闇牙と呼ばれた若者は冷徹な笑みと冷たく殺気の篭った眼差しを村人達に向けていた。
「ふん。隠忍も消えてしまったとあれば、邪魔者は居ない……お前等、この村と人間共を好きにしろ!」
「流石は闇牙様!その御好意に甘えさせていただきやす!」
闇牙の指示を、待っていましたとばかりに妖魔達は歓声を上げ、一斉に村人達に飛び掛かる。
だが、その爪牙は目の前に立ちはだかった響華丸の刀で弾かれ、全員押し戻された。
「あなたが斬地張の頭目ね……死人が出ていないとはいえ、家を焼いた分の対価、支払ってもらうわ」
静かな言葉ながらも、青の瞳には静かな怒りが込められている響華丸の目。
その輝きと共に刀も煌めいており、一部の妖魔はそれを見て後退りを始めていたものの、闇牙は笑みを消して彼女を睨み返す。
「?何だ貴様は?」
「響華丸。この村に住んでいるの。それ以外は知らないわ」
「ほう……こんな小さな村で、あれほどの力を見せておきながら何も知らない、か……だが、この闇牙様に及ぶかな?」
不敵に笑った闇牙は腰を落としたかと思うと、両手を妖しく輝かせ、瞬時に響華丸の目の前へ飛ぶ。
「!」
寸での所で刀を振るい、その諸手の手刀を捌いた響華丸が、カマイタチが生じた為か、腕や脇腹に小さな切り傷が入った。
返しとばかりに彼女は闇牙に刀の一撃を繰り出すが、その一閃は空を切り、飛翔した闇牙はそこから斧のように両手を振り下ろす。
その手刀が響華丸の両肩を切り落とすかと思われたが、響華丸は咄嗟に右足を矢のように突き出し、闇牙の顔面を蹴り飛ばす。
「!?」
まさかの反撃に面食らった闇牙は大きく飛ばされるも、空中で車輪のように身体を回転させて受け身を取り、着地する。
「……本当に何者だ?ただの村人に、こんな力が出せるものか」
入りは浅い、しかし動きが俊敏。
闇牙にとって、響華丸が只者ではないと気づくにはそれだけで十分なものだ。
「言わなかったかしら?私は村に住んでいる響華丸で、それ以外は何も知らないって」
「まあ良い。久方振りに退屈凌ぎになるんだからな」
顔面は蹴られながらも、土埃が付いただけの闇牙は余裕をすぐに戻し、その身を少しずつ変貌させる。
両腕がまるで丸太のように大きくなり、それ以外も一回り大きくなったかと思うと、額からは鋭く刀のように尖った一対の角が生え、笑みで歪んだ口からは鋭い牙がギラリと輝いて姿を見せた。
指の爪も鋭くなり、肌の色は青銅を思わせる青緑色へと染まり、黒い髪は血のような赤黒い鬣へと変わる。
まさに、人を喰らう一匹の鬼に闇牙は変貌したのだ。
「!?これは……!」
「本来、隠忍という裏切り者が有していた転身という力だ。もっとも、それは結局の所、人間という化けの皮を剥ぎ、妖魔本来の姿に戻る行為でしかない。俺は人間という封印を施したのだが、強敵を前にした以上は封印を解かねばならないと判断した。響華丸、貴様という存在を、俺より上であってはならない貴様を殺す為に!」
凄まじい覇気に、響華丸は一筋冷や汗を流す。
先程まで五分だったこの戦いにおいて、この男が妖魔としての本気を出したという事は、勝ち目が薄くなったという事だ。
「さあ、俺に踏み躙られろ!」
「くっ!」
間合いを取ろうとしたが、後ろには村人達がいる以上、迂闊には動けない。
その一瞬の躊躇いが、闇牙に隙を与えてしまっていた。
「はぁっ!」
「ごぶっ!?」
一足飛びで繰り出された膝は、まるで猪の突撃が生易しく思えるかのように速く、鋭く、重く響華丸の胴に突き刺さる。
身に付けていた胴鎧がある程度衝撃を殺していたものの、ギシギシと軋んでおり、彼女の頬が一瞬膨らんだかと思うと、血が思い切り吐き出された。
これほどの激痛を感じた事はそうそう無い。
失われた記憶にそうしたものが無ければ、恐らくこれが響華丸にとって初めてのものであろう。
しかし精神はそれで揺らいだりはせず、目からは一滴足りとも涙が流れるような事も無かった。
「ククク、やはりそれくらいの頑丈さでなければな!」
「ま、まだよ……!」
痛みが引いた事で持ち直した響華丸は間合いを取り直して刀を握り締め、闇牙が振るった右腕を伏せてかわす。
そこから彼の懐に入り込み、月を描くかのような一刀の斬り上げを放つ。
しかしその一撃は、細長い赤の筋を刻むだけに終わり、飛び上がっていた響華丸の足を笑みと共に闇牙が取った。
「!し、しまっ……」
「なかなかだ!だが俺には及ばぬか!楽しませてくれるだけか!」
言いながら響華丸を思い切り地面に叩きつけ、右手の爪で彼女の胸元を切り裂く。
「お、お姉ちゃん!!」
「響華丸ちゃん!」
村人達が居た堪れずに声を上げる中、鮮血を散らす響華丸は歯を食い縛って激痛に耐えながら、闇牙を睨む。
性質は違うものの、痛みは先程受けた膝蹴りとほぼ同じ。
自分の身体もまだ言うことを聞くのであれば、まだ戦えると考えて良い。
その精神が彼女の身体に力を入れさせ、一秒でも早く身を起こさせようとする。
「はははは、良い目だ!だがその良い目も、次はどうだろうなぁっ!!」
闇牙は響華丸の睨みに不快感を覚える事無く、左手から衝撃波を放つ。
狙いは足元の響華丸ではなく、彼女の後ろに居る子供達だ。
「!!させない!」
すぐに身を起こした響華丸は矢のように子供達の方へ駆け、衝撃波をその背中で受け止める。
「づぅっ!!」
衣服が破け、露になった背中が赤黒い痣だらけとなる響華丸はそのまま両足を踏ん張ったのだが、振り返ると同時によろめいて倒れかける。
「響華丸姉ちゃん!」
「お姉ちゃん、死んじゃうの?やだよ、そんなの!」
子供達が泣き始める中、響華丸は子供達を見回しながら、小さく微笑む。
「大丈夫……何も知らないまま、死ぬつもりなんてないから。それに……」
何とか立ち上がった彼女は口元の血を拭い、闇牙の方へ向き直って続ける。
手にしている刀は微動だに震えていない事から、己の身を襲う恐怖にも打ち勝っているようだ。
「逆境には、勝つつもりで戦うわ……私は、絶望を切り裂く……!」
どちらが優勢なのかは最早明白。
それを確信した闇牙は嘲笑と共に響華丸達に近づく。
「ありがちな台詞を言ってくれるな。何年前か忘れたが、前の頭目があしらった隠忍のガキ、司狼丸って奴はとんだ弱虫だった。しかし響華丸、貴様は折りがいがあるくらいの骨がある。その骨、ボッキリ、その命と一緒に圧し折ってやるよ!」

己が決意の言葉を口にしてからか、闇牙のその言葉を聞いてからか?
何れかは分からないものの、突然響華丸は心の中で何故か火が点いたような感覚を覚え、何かが頭に流れ込んで来るのを感じた。
「(!?私の中に……まだ、使えるものがある?これは……!)」
朧気な映像が映し出される中、最初は戸惑っていた彼女は少しずつ流れ込んでくるものを脳内で処理していく。
バラバラなものを、一つの形へと組み上げるように……
その処理の過程で目を静かに閉じていた彼女の様子に、闇牙も首を傾げて動きを止めた。
「?何のつもりだ?」
「……転身……滅界翼媛(めっかいよくえん)……!!」
響華丸の目が開かれると共に放たれた凛然たる声。
それに応じるかのように、闇夜を切り裂くように頭上から雷光とも取れる閃光が降り立ち、周囲の誰もが目を覆う。
その光が少しずつ薄らいだ事で視界を取り戻した村人達が響華丸の居た場所を見て、思わず絶句する。
そこには響華丸の姿は無く、代わりに一体の異形が立っていた。
漆黒の翼、そして黒紫色の肌を持つ異形は、金色の鬣を靡かせて闇牙を睨んでいる。
鬣を貫くように、頭部には1対、鋭く三日月状に尖った角が生えていた。
それこそは鬼の角と分かる、鋭い角が。
そのしなやかかつ強靭な肢体を覆うのは、藍色の、この国では見られない鎧であり、この国で目にする妖魔とも違うというのはその顔からも見て取れた。
口も鼻腔(びこう)も無い、仮面そのものになっている顔だが、瞳は青々と輝いている。
「(全身を駆け巡るのは、血や熱だけじゃない……力は力でも……そして、これが何なのかが、良く分かる。力の使い方も、剣や術と同じ……)」
転身した自身の調子を確かめつつ、響華丸は変貌した姿を、拳、身体と見渡す。
人にあらざる姿、人を超えた力。
それらは全て自分のものである事を、彼女は記憶の断片から理解し始めていた。
「(初めて転身した……いえ、何時かは分からないけれども、過去に行なった経験がある。だから、力の振るい方も分かるのね。そして、この姿が意味する事は分かっている……今は、この場を切り抜けるのが先……)」
落ち着いた様子を崩さない響華丸の、転身した姿に闇牙は驚きながらも、再び余裕を取り戻して構える。
「転身、と言ったようだが……毛色の違う隠忍だな。だが、甘っちょろい奴がほざいた分、後悔してもらうぞ!」
恐らく、響華丸は自分とは別ながらも、転身する力を持つ妖魔、隠忍なのだろう。
この異形は間違い無く響華丸だと、闇牙は確信していた。
そして彼は駆けて諸手を突き出し、その胴を穿とうとするのだが、響華丸は既に彼の懐に入っており、右拳を下から掬い上げるように突き出し、闇牙の顎を打ち抜いた。
「ぐはっ!?何ぃっ!?」
響華丸からすれば、軽く地面を蹴って駆けただけなのだが、その身体は羽毛のように軽く、先程の傷の痛みが無くなっている。
それ故に力も、先程とは比べ物にならないくらいに自分の中から湧き上がっているのを感じ取っていた。
「……後悔するのは、あなたよ」
静かに放たれた声を、子供達は聞き逃さなかった。
「お姉ちゃん……!」
「響華丸お姉ちゃんだよね!?」
子供達の声を聞き、着地した響華丸は振り返り、青い瞳で子供達を、村人達を見ながら小さく頷く。
それで村人全員が確信した。
異形が響華丸である事、そして―――。
「余所見する余裕があるかぁっ!?」
闇牙は口から血を吐き出しながらも、響華丸と村人達に向けて衝撃波を両手から雨霰のように放つ。
響華丸は翼を羽ばたかせると共に疾駆して先回りし、その衝撃波を拳で打ち落としていった。
まるで分身しているかのように、無数の響華丸が自分の弾幕を阻んでいる、それが闇牙の感じた事だった。
「!?何だ、その速さは……いや、それだけじゃあない!貴様、あくまでも隠忍で有り続ける気か!?」
「私が何者か、それは分からないけど……だからこそ探すわ。手探りでね」
全ての攻撃を凌ぎ切った響華丸は闇牙が攻撃に転じるよりも速く、左手から光弾を無数放ち、彼と後ろに居た妖魔を撃つ。
直撃を喰らった妖魔はそのまま絶命し、闇牙もその強靭な肉体に切り傷を数多く負って蹈鞴を踏んだ。
「……良いだろう。貴様のそのやり方が招く未来が、貴様を裏切る結末になると知るが良い!時空童子こと司狼丸と同様に、人間達に裏切られ、殺されるが良い!!」
これ以上続ければ自分もタダでは済まない。
そう判断した闇牙は捨て台詞と共に人間の姿に戻ったかと思うと、疾風となって姿を消した。
「(うっ……時空……童子……司狼丸……どうして、その名前が私の中で……?それに、司狼丸と私との関係は一体何?さっきの身体の熱さは……?)」
鼓動と共に沸き起こる違和感と、先程の、火照りとは違う身体の熱の高まり。
それが響華丸の身体に、血に何かを伝えていたのは確かだったが、彼女自身それを知る由も無かった。

火が完全に消え、再び静けさが戻った村。
疾風と閃光を伴って人間の姿に戻っていた響華丸は、転身時に攻撃を喰らった訳ではないのに、露出している部分が無数の傷に覆われ、血が滲み出ていた。
激痛もあり、それで表情を歪める彼女は、傷だらけの背を村人達に向けたままだ。
「(……この村を出るには、十分な理由ね……人間でない、妖魔であるのならば、この村に留まれないのだから……)」
人間が恐れる妖魔に、斬地張と同じ化け物に自分は変身した。
それで確実に、村人達の心に恐怖が刻まれ、自分を否定する事は間違い無いだろう。
その宿命を受け入れ、孤独だとしても旅に出なければならない。
自分の出生を知る為の、宛ての無い旅に。
「今まで、ありがとう……でも、私はもうこの村に居られない……だから、出ていくわ」
振り向かず、村人達にそう告げた響華丸は彼等の返答を待つ事無く、村の出入口たる道を歩き始める。
だが、囲いのあった場所から一歩踏み越えようとしたその時だった。
彼女の服の裾を、小さく何かが引っ張ったのは。
「……え?」
強く引っ張っているのは沢山の子供達で、誰もが涙ぐんでいながらも、星のように輝く瞳で響華丸を見詰めている。
大人達も顔を合わせて頷くと、何人かが家から持ち出して来た包帯やら傷薬などを手にして響華丸の方へ駆け寄った。
「そんな傷だと、行き倒れて死んでしまうぞ。それに今日はもう遅い。一晩だけでも此処で休んでからでも良いじゃないか」
一人の大人がそう言いながら響華丸の傷口に薬を塗り始める。
その薬が染みて彼女は僅かに表情を歪めるが、後に走ったのは清涼感であり、それが余計響華丸を戸惑わせていた。
「……私が、怖くないの?あいつらと、斬地張の連中と同じ妖魔、化け物よ?私は、人間じゃないのよ?」
世の者達は妖魔を恐れているのならば、人間でない自分を恐れ、人里から追い出す。
響華丸はそれを現実として割り切るつもりだった。
だが、今彼女が目にしている現実は全く異なるものである。
村人達の口からの言葉も、冷たいものではなく、むしろ逆の、温かいものだ。
「びっくりはしたさ。けど、人間だろうとなかろうと、響華丸は響華丸だ。分かればちっとも怖くねえよ」
「今まで見せたものも、さっき見せたものも、どっちも俺達を助けてくれた。そうさ、お前が居なかったら、俺達は皆死んでたんだよ」
「私達にとっての恩人を追い出すなんて、出来る訳ないじゃないか。あんたが自分を化け物だとしても、化け物にだって人助けする良い奴がいるはず。それが隠忍って奴じゃあないかねえ?」
響華丸が呆然とする中、彼女の傷口にはしっかりと薬が塗られ、包帯も傷が塞がる程なまで巻かれる。
子供達が見せる震えも、怯えではなく歓びによるものだ。
「さっきの格好、凄くカッコ良かったよ!」
「お姉ちゃん、姿が変わっても、目と声が全然変わってなかったもん。響華丸お姉ちゃんはどんな姿でも、響華丸お姉ちゃんだよ!」
「だから、怖くなんてない!」
「皆……」
見せる笑顔は決して恐怖で引き攣ったものではなく、心からの感謝と歓喜の笑顔。
それを見ていく内に響華丸は、それまで心を閉ざすべく作っていた氷が段々と溶けていくように感じられた。
「(何処かで感じた事がある……この温もり、この笑顔……私は、それを受ける権利が、あるの……?)」
子供達も傷の手当を手伝う中、長老がゆっくりと、優しげな笑みで歩み寄る。
代表として、響華丸を村の一員とした者としての思いも込めて。
「見るが良い、響華丸。皆の者がこうしてお前を受け入れ、感謝しておる。お前のおかげで誰一人死ぬ事無く、助かったんじゃ。その身を盾として誰かを守ろうとしたその行い、たとえ人ならざる者だとしても、誇りに思っても良い事じゃよ。だから、如何に拒もうともお前はわしらの仲間であり、村の一員じゃ」
自分は此処に居ても良い。
誰かの為に生きる事が許されている。
そうした心が長老の言葉に乗って響華丸の心に届いた途端、彼女の目から自然と、雨露の如く涙がこぼれ落ちた。
「(この涙も、こんな気持ちで流れた涙も、覚えがある……思い出せないけど、でも……そうね……)」
涙の流れる意味を知り、それ故に堪える事無く、抑えていたものを解き放つ響華丸。
それは村人達への想いに応じなくてはという気持ちもあっての事だ。
「……皆、ありがとう……こんな私を、一員としてくれて……本当にあり……がと……」
感情の爆発だけはと、静かにそう言いながらも、身体は嘘を吐けず、その場で両膝が地面に突き立てられてしまう。
その涙を、子供達は誰からともなく優しく拭って微笑みかけた。
「お姉ちゃん、大丈夫だよ。だから、泣かないで」
「何時もの笑顔を見せてよ、響華丸お姉ちゃん」
「うん……うん……!」
今までの態度は、ひょっとしたら強がりだったのかもしれない。
誰かに甘えても、縋り付いてもおかしくなかった。
それが今であるなら、遠慮することは何一つ無い。
だから、子供達の温かい手を取って、笑顔を見せる。
響華丸は、そうするだけで心の中から確実に温かくなるのを感じ取っていた。

翌日。
焼けた家屋は立て直しを始める事になったが、改めて響華丸は旅に出ると告げた。
「私は、自分が何者なのかを知りたい……そして、この力でより多くの人を助けてあげたい……それが、今の私がやらなきゃいけない事だと思います」
「……分かった。もはや止めても行くのであろう。じゃが、何時でも戻ってくるんじゃぞ。此処は、お前さんのもう一つの故郷じゃからな」
「……はい!」
長老の家を出れば、村人達も揃って見送りに来ていたのだが、ただそれだけでは無い。
男の一人が胴鎧を、そして女性が綺麗な若草色の衣を持って来ている。
「旅に出るなら、俺の自信作を着けて行ってくれ」
「あの後、皆で作った服だよ。これも着ておけば、百人力になるはずだから」
「……ありがとう」
響華丸は胴鎧と衣を受け取り、それに着替える。
刀は自分が今まで使っていたものがあり、それを研ぎ直して貰い、お守りや薬草等も子供達から受け取る等して旅の仕度が整って行った。
「皆、しばらくの間、留守番をお願いね」
「うん!お姉ちゃんが戻ってくるまで、私達が村を守るよ!」
「父ちゃんと今日から特訓だ!」
「また斬地張が攻めて来ても、俺達が食い止めて、生き延びる。だから、安心してくれ」
そうした頼もしい言葉に響華丸も微笑と共に頷いて応える。
「……私の全てを取り戻したら、必ず帰って来ます。皆、元気で……それじゃあ、行ってきます!」
少女に相応しい、明るい笑顔と、ハッキリとした声でそう告げて響華丸は村を出る。
己の過去を、これからを知る為に。
謎という闇、疑惑という闇でも、響華丸を止める事は出来ないだろう。
それくらい、彼女の心の光は、力強かったのだから……
村に射し込む、陽の光に負けまいとばかりに……



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あとがき

初めまして、桃龍斎です。
今回より始まりました、ONI零のIFストーリー。
司狼丸が鈴鹿、晴明に殺されてから間もない頃という時間軸よりスタート。
冒頭の文はONI零小説版から来ており、主人公の響華丸が転身した姿は元祖の方のONIとなっています。

主人公を記憶喪失にしてクールな女の子にしたのは、ONIシリーズ全般を通して『クールな女性キャラ』が少なかった事もありますが、何より『変身ヒロイン好き』が出ていますね(汗)。
登場した時から記憶喪失となったキャラの代表は幕末降臨伝のみなみですが、彼女も立派なヒロインですし。
ONIシリーズの女性キャラは基本的に明るく、強気な子が多く、十郎太のように落ち着いた人物、御琴のように清楚でヒロインの鑑とされる人物はなかなかいません。
シリーズの主人公も基本は熱血系で、元祖版高野丸は優しい若者というイメージがありますので。
だからこそ、此処はクールな戦士系少女を、としました。
そんな彼女の、人間達からの扱いが温かい、という朱羅丸とは真逆な背景もそうそう見当たらないと思えますが。

タイトルの通り、ONI零のキャラも登場しますが、同時に旧シリーズのONIも登場します。
そんな訳で展開しますが、宜しくお願いします。


追記(完全版)

今回は、色々な手直しに加え、冒頭に司狼丸のエピソードを付け足しました。
これは、響華丸の設定を強める為でもありますが、やっぱりONI零の主人公たる司狼丸が『どのような気持ちで、殺されたのか』というのを強く押し出さなくては、と思ったのもあります。
改めて、完全版である今回も宜しくお願いします。

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