ONIの里

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隠忍伝説(サイドストーリー)

ONI零 ~虚ろより生まれし仔よ~

桃龍斎さん 作

『終 決着・結末 (完全版)』

赤黒い地獄の空間は段々と形を変えていた。
霊魂には顔が浮かび上がっていたのだが、その霊魂が道鏡に食われると、床や壁にその顔が苦しそうな形相に変わって浮き出、怨嗟(えんさ)と悲嘆(ひたん)の呻き声を上げる。
段々とその数が増えていき、それを聞くたびに道鏡は力の漲(みなぎ)りを感じ取って益々大きくなり、立ち上がった響華丸達に対して地獄の業火を、憎悪の雷を、冥府の冷気を、そして黄泉の瘴気を放った。
「「うわあぁっ!!」」
強烈な攻撃は響華丸の結界でも防ぎ切れず、3人同時に吹き飛ばされ、転身が解けてしまう。
それと同時に3人の傷口に地獄の瘴気が流れ込み、血の赤が段々と紫色を経て黒く変色し始めた。
「くっ……こいつを……こいつをぶっ飛ばす事は、無理なのか?んなわけ、ねぇってのに!」
立ち上がろうにも、身を起こそうにも身体に流れ込む瘴気が体力を奪う為に、江が幾ら力を入れようとしても、両手、両足に力が入らない。
「震えが止まらない……頭の中にも、身体の中にも、真っ暗なものが入って来てる……本当に、道鏡を……倒せないのかな……?」
涙が流せたならば、泣き喚く事が出来、己の無力さを呪えたならば、怒号を吐き散らせたであろう螢は表情を真顔にしてはいるものの、血に混じって冷や汗も流しており、身体全体が小刻みに震え、閉じた口の中で歯も何度もぶつかり合っている。
響華丸も、青白かった血が赤に戻っており、頭から流れている血が視界を閉ざし始めていた。
そしてただ一人立ち上がりながらも、憔悴し切った様子で口を開く。
「……地獄と一体化した道鏡は……確かに倒せないわ……倒す事は、出来ない……」
その言葉に、江も螢も耳を疑う。
「ええ!?倒せないって……それじゃあ、手詰まり?」
「んなところで、何弱気になってんだよ、響華丸!」
道鏡も響華丸の言葉に髑髏の顔を笑みで歪ませ、低く響くような声で笑った。
「ようやっと理解したか、欠陥品よ……このわしは最早地獄そのもの、八将神をも超越せし神!その神を、半妖や出来損ないが抗おうなどと無意味なのだよ!」
が、次の響華丸の言葉でその笑いが消え失せる。
「誤解があったみたいだから訂正するわ。道鏡、今の貴方を倒しては、絶対にいけないという事よ。地獄を消滅させるから、という意味でね」
「?」
「地獄も、私達の生きている世界も、存在しなければならない世界……地獄を消し去るという事は、時空を歪め、世界全てを崩壊させてしまう事に等しいわ。だから、道鏡を倒すのなら、その地獄から切り離さないといけない」
その説明は筋が通っており、ごもっともと江と螢の顔に元気が戻って来た。
「!成程……確かに地獄が無くなったら、それこそ死んだ奴等の魂が行き場を無くして暴走する」
「悪い人が反省しないまま、何度も蘇っちゃうって事もあるよね。ところで、どうやって切り離すの?」
「はは、来たぜ。螢の十八番、すぐに次へ話を進めるってのがよ!」
調子を取り戻していた螢の言葉に、全身の力が少し入った江も身を起こして立ち上がる。
続いて螢も立ち上がり、血塗れの衣で自分の血を拭ったのを確認してから響華丸は言った。
「各々の心を込めたやり方で、道鏡と地獄を繋ぎ止めている部分を攻めるのよ。そして、完全に道鏡を地獄から切り離すには、私の力を最大限に活かす必要がある……それだけよ」
「……自分で考えろって事だな。嫌いじゃねえぜ、その策。あたしのやり方ってのも見えているしな」
「んじゃ、まず応急手当の為に……ん~~!」
体力が落ちかけた状態ながらも、螢は気合を入れて転身し、癒しの光を響華丸と江に直接流し込み、それから自分の身体の中で癒しの光を発動させる。
それによって3人の傷が癒え、体力もある程度戻って来た。
螢も転身を解いて一息吐いただけであり、2人に対して明るい笑顔を見せている。
後は、各々の持てる力で道鏡を討つだけと響華丸達は意気を上げた。

「……まだ足掻くというのか?この神を倒せるというのか?」
3人の動きを無駄な足掻きと見下ろす道鏡に対し、響華丸も鋭く、しかし落ち着いた眼差しで答える。
「そうよ。私は記憶を失ってから、何時だって手探りと、周囲の助言で動いて来た。躊躇う理由なんて、何も無かった。あなたに訊くわ。地獄そのものになって、私達の世界と『向こう側』を壊し尽くした後、あなたはどうするの?自分の都合の良い世界を作って、支配した所でそれがあなたの心を満たせるなんて、私には思えないわ」
「!支配こそがわしの全て!それが神としての生き方!それ以上を問う事をこそ愚かと知らぬのか!?」
生意気としかとれない物言いに声を荒らげる道鏡だが、響華丸の冷静さは崩れない。
御琴との戦いの中で、鈴鹿達との出会いを通して、大切な事を彼女は学び取っていたからだ。
「……あなたは、本当に神様の心を理解しているのかしら?神様の心、それを知っているのは神様だけよ。眷属であっても、あなたは創造主としての神様になった覚えはないはず。私を造ったとしても、それは道鏡としてであって、神としてではない。あなたは、自分の事を心から愚かだと受け入れた事はあるかしら?本当に自分が圧倒的に正しいというのなら、さっきの攻撃で私達を消滅出来たはず。嬲(なぶ)り殺そうなんてやり方に走る事無く、ね……」
淡々とした響華丸の話を聞く内に、道鏡の顔に現れている不快の表情が大きくなっていく。
それが頂点に達した所で、彼は髑髏の目を大きく開き、血の赤たる肉体を更に怒りで赤くさせながら怒鳴った。
「死にゆく者の分際で、そこまで身の程知らずな物言いに走るとは!ならば今一度思い知れ!絶対的な消滅を以て、己の愚かさを、無力さを!!」
怒号と共に地面から一斉に蔦が伸び、響華丸目掛けて槍のように突き出される。
「……こんなもので、私の全ては消せない!」
閃光を放って転身した響華丸は翼を折り畳んだまま翔び、伸びてきた蔦を全て掴み取る。
その蔦から電撃が迸ろうとしたが、彼女は両腕から力を流し込んだ事で道鏡の顔が僅かに歪む。
「うぬっ!?小癪な!」
道鏡は口から炎を吐きつつ、地面から伸ばした両手で響華丸を押し潰そうとするが、それを下から、転身していた江が激流で作った腕で止めに入る。
「てめえも結局は腕っ節だけだな!弱い者苛めがそんなに大好きかい?」
「小僧めが!」
生意気とばかりに道鏡が江を睨みつけ、眼力で動きを封じようとする。
が、その眼力に対して江も威嚇(いかく)するかのような睨みを放ち、結果としてその力は相殺された。
「何じゃと!?」
「伊達に斬地張を経て退魔師として、響華丸の仲間として生きてきた訳じゃあねえ!睨みには睨みで返しゃあ良いんだろうが」
江も挑発を仕掛けて道鏡の攻撃を集中させる。
例え攻撃を喰らっても、彼は勝気な笑みを崩す事は無く、それを見て響華丸は蔦を掴み、自身の力を更に注ぎ込み始め、自分の周囲に結界を展開した。
それによって、道鏡は集中力をある程度散らされ、先の強烈な攻撃を繰り出せなくなっている。
「私がある程度時間を稼ぐ。2人共、頼むわ」
「任せろ!」
「うん!」
響華丸が先に説明した通りの事を成し遂げるのみ。
江も螢もそれを理解した所で、各々行動に出た。

螢は扇を広げ、道鏡の周囲の地面を、そこから浮き出ている顔を踏まないように舞い始めた。
「(大丈夫だよ……地獄は、ただ自分の行いを反省して、ごめんなさいする為の場所だから……だからね、泣かないで。怒らないで。死んでも、全部終わりじゃない。辛い事ばかりじゃないって事に気付いて……)」
皆を、例え地獄に落とされた者であっても、笑顔に、幸せにしたい。
そうした想いを込めた螢の舞に、一つ、また一つと亡者の泣き声が失せていき、表情が清々しいものへ変わって行く。
道鏡もそれに気付き、彼女の行く先から鋭い牙を伸ばし、彼女の足を切り刻むのだが、彼女は小さく顔を顰めるだけで舞を止めない。
「(お父さん、お母さん。螢、頑張れるよ。皆に、螢の笑顔を、元気を分けてるから。響華丸から、勇気を受け取ってるから。だから、怖くても戦うよ。痛くても負けないよ。だって螢は退魔師で、人間と妖魔の幸せの為に戦う、隠忍だもん)」
軽やかな舞は光だけでなく血も散らしているのだが、その血も螢の術によって光の粒に変わり、その粒を受けた亡者の顔が霊魂に変わって地面から離れていく。
離れる毎に、螢はハッキリとその心で、耳で聴いた。
彼等の感謝の言葉を、謝罪の言葉を、そして激励の言葉を。
「(うん……螢は、皆を幸せにしているだけで踊っているんじゃない。皆の笑顔を受けてるから、どんなに疲れても踊れる。辛くても笑顔でいられる……お父さん、お母さん、螢を生んでくれて、ありがとね。2人の分も、今まで死んでしまった人の分も、うんとうんと、螢は生きるよ)」
無垢な気持ちが身体に現れ、知らぬ内に転身している螢。
それでも亡者達の反応に変化は見られず、子供達の霊が微笑みながら昇って行った。
どれほどの亡者が地面から消えたのか、少しずつ道鏡の攻撃に鈍りが生じていた。
原因が分かっている道鏡も、その元たる螢を狙ってはいるのだが、彼女は血で全身が赤く染まっていても、途中で転んでも立ち上がり、笑顔を絶やさず舞い続けている。
それは道鏡にとって、不快な事この上無かった。
「この小娘が!怒りも悲しみも学ばぬ者が、半妖、否、生命の成り損ないがぁっ!!」
その大声と共に電撃が迸り、螢の身体を何度も焼き焦がすが、火傷で身体が赤黒くなっても、彼女の舞はより一層力強い輝きを放ち、亡者の魂を清めて行く。
生前に受けた苦しみを、螢の心を込めた舞踏によって癒された彼等は、怨念としての役割から解放されていき、そのまま空高く舞い上がった。
「ははは、なかなか良い舞を見せてくれるじゃあねえか!お嬢ちゃんよぉっ!」
「ああ、酒が美味くならぁっ!」
「これならば、俺達も心置き無くあの世でゆっくり休めるぜ」
その声は志半ばで果て、地獄門に吸い寄せられていった退魔師達の魂。
彼等は返礼とばかりに螢の身体を癒していき、彼女の疲れを吹き飛ばし、そして力を漲らせて行く。
「まだまだ、螢の一世一代の舞は続くよ~。たっぷり見ていって、螢の舞!」
地獄という赤黒い空間の中で、黄金に輝く鳳凰の如き螢の舞。
その舞が、道鏡が取り込んでいた魂を、そして地獄に縛られている魂を次々と浄化していった。

「ええい、ならば殺戮と闘争を望む者達よ!あの小娘の舞を止めさせよ!!」
道鏡に命じられてか、獰猛な妖魔、粗暴な人間の魂は実体化し、螢に向けて走り出したり、毒矢や氷の飛礫等を放ったりする。
しかしそれらは江の両腕で叩き落とされており、江はペロリと長い舌を出して笑みを浮かべた。
「折角、こんな殺風景な場所にまで絶世の舞姫が来てるんだ。黙って見てらんない馬鹿と外道は、あたしが叩き潰してやるぜ!」
螢に負けまいと、こちらは雄々しい武の舞を見せる江。
彼の眼光がギラリとなった所で、その両腕は槍のように伸びて妖魔達の身体を貫き、傷口から凍らせて砕いていき、江が口から吐き出した白い吐息が吹雪となって残忍な人間、妖魔の動きを封じ、次に雪崩が彼等を押し潰していく。
「地獄の業火って聞くが、そういう所に住む奴等には安心して寝られる雪布団!次にぃっ!」
江が雪崩に両腕を突き刺すと、雪崩は瞬時に溶けて激流となり、それらを経て渦潮が生じる。
渦潮に飲み込まれた化け物は次々と肉体を切り裂かれ、粉微塵になって消し飛ばされた。
「三途の川経由で海の藻屑だぁっ!さあ、まだまだ見せ足りねぇっ!地獄を相手にまだまだ暴れ足りねぇっ!!」
「ならばそんな貴様に相応しいものを用意してやる!」
次に道鏡が送り込むは、巨大な地獄の悪鬼であり、その巨体とは裏腹の物凄い速さで江に殴りかかる。
「ごはぁっ!!」
吹き飛ばされ、地面に激突して血反吐を吐き散らす江はそのまま道鏡の手から放たれた衝撃波で再び地面に押し付けられる。
そこへ止めとばかりに悪鬼が諸手を振り上げ、彼の身体を叩き潰そうとするのだが、江は一旦身を起こしたかと思うと、すぐさま地面の中へ潜り込んでは地面から飛び出し、そこから地中へ再び潜り込むという繰り返しで悪鬼の周囲を廻る。
それだけでは効果は薄いと考えたのか、彼の移動範囲は少しずつ広まり、地獄の大地を穴だらけにした上でそこへ亡者や悪鬼達を落としていく。
そしてある程度敵が落とし穴に落ちた所で、江は大きく跳躍すると、その後を追うように水の龍が飛び出し、螺旋を描いて彼の体を取り巻いていく。
すると、それまで江が動いていた軌跡をなぞるように激流が巻き起こり、先に出た水の龍と合流し、巨大な水の龍となった。
「!?まさか……!」
道鏡の巨大な両手にも絡みついたかのように展開されている水の龍の胴が結界を形成し、悪鬼達はその中で溶かされて消えて無くなる。
そして道鏡の両手も、絡みついた部分がまるで火傷を受けたかのように焼け爛れ、傷の治りも著しく遅くなっていた。
螢の舞によって地獄の亡者の魂が道鏡から切り離され、それによって力が弱まっていたのだ。
だが、肝心の巨大な悪鬼は健在であり、それに対しては真っ向からの殴り合いを展開する江。
重さも速さも悪鬼の方が上であり、江は数秒としない内に殴り飛ばされ、全身が血で真っ赤に染まる。
にも拘らず立ち上がる彼の姿に、悪鬼が逆に戸惑い始めた。
「どうだ?腕っ節では勝っているのに、勝った気持ちになれないってのは。本当の強さを、あたしは司狼丸の涙から、響華丸の生き方から見出した!」
怯んだ隙を逃さず、江の鋭い槍の如き膝蹴りが悪鬼の顔面を砕き、太刀のように下ろされた両腕が悪鬼の腕を肩口から斬り飛ばす。
「(戦って奪って、何もなくなっちまったら意味がねぇ……司狼丸は戦う事そのものの為に、自分の大事なものを次々と奪われていった。響華丸は、力で捩じ伏せても何の解決にもならないと理解して、だからこの結論を出した。道鏡を倒すにも、ただぶっ潰すんじゃなく、やってる事の無意味さを伝えようってわけだ。司狼丸……あたしは、あんたに感謝してるぜ。あんたの言葉が、あたしにこの道を進む切っ掛けを作ってくれたんだからな。叩き潰す事が出来るのは、叩き潰される覚悟のある奴だけだ!)」
悪鬼を屠ったところで、江は一番厄介な道鏡の両手を左右交互に見、その上で一番距離が縮まっている左手へと駆ける。
左手は指先から熱線を、掌から邪気を伴った電撃を放っていたが、それを掻い潜る江の拳が激流を纏い、道鏡の左掌を何度も殴って行く。
「ぐっ、あの小娘の影響とはいえ……ぬぅんっ!」
負けじと道鏡も右掌で江を背後から掴んで握り潰しに入り、左手は指から光線を放つ。
五指からの光線による直撃を喰らい、背後からの圧迫で骨が悲鳴を上げ始める中、江は歯を食い縛って耐え、赤い蛇の目でギンと道鏡の頭部を睨みつける。
「こいつぁ良いぜ……滅茶苦茶痛ぇけど、ダルさが感じられねぇ。血が滾(たぎ)って来てやがる……!此処で死んじまったら、確かに強くはなれねぇ。道鏡、てめえは確かに腕っ節なら強ぇだろうが……そんなてめえなんぞに、あたしの運命はぶっ潰せねぇよ」
「……愚か者めが。運命はわしによって踊らされるのみ。わしは八将神と同様に、永遠の命を持つからこそ……っ!!」
言い終わらない内に、江が道鏡の右手から飛び出し、自分の全身から流れ出ている血を激流に変え、それを道鏡の頭部に叩きつけた。
「ぐ、ぬぅぅ!貴様ぁっ!!」
命中した途端に激流は無数の剣の如き氷へと変わり、顔面にあたる部分を刺し貫く。
その氷が即座に砕け散る中、破片を足場代わりにして頭部に攻撃を仕掛けていく。
「腕っ節だけで戦えば、それより強い奴にぶっ潰されて当然だ。それを理解しようとしねえで、神だの永遠の命だのちらつかせるのは、卑怯者のやる事じゃねえか。全く、嫌いを通り越して呆れる奴だぜ。可哀想、おめでたい、ってのが似合うな。だが、それだけじゃあ救えねぇものがある!だからあたしは、道鏡、あんたの全てをぶっ飛ばす!てめえが弄んだ分を、おまけも付けてなぁっ!」
仕上げとして全身の鱗を放ち、道鏡の顔面を蜂の巣にしようとする江。
無理矢理鱗を飛ばしたのか、全身の傷と出血が酷くなっており、息も荒い。
が、次に響華丸を見た途端、江は失った体力が戻って来たのを感じた。

「これなら……!」
明るい青空の色に輝き始めた翼を広げている響華丸。
彼女を中心に一つの大きな光が広がり始め、それは道鏡の頭部を飲み込もうとしていた。
「よっしゃ!付き合うぜぇっ!」
「舞も一区切り。行くよ~」
最後まで響華丸と共に戦う覚悟を決めていた2人は互いに頷き合い、同時に彼女の両脇へ飛ぶ。
地獄の大地は既に道鏡の支配下から解き放たれており、道鏡の赤黒い範囲が完全に消え、左右の手が光の粒子となって崩れ落ちた。
そして道鏡の頭部も消滅を前に切り離されるが、それこそ響華丸の狙い。
「掴まって、2人共。今から行く場所で、最後の決着をつけるわ!」
言われる通りに、そして力添えを行う為に、江と螢は響華丸の手を取り、道鏡の頭部を見据える。
光は既に道鏡の本体をも飲み込み、その瞬間に一気に収縮すると、4人の姿は地獄から消え、地獄は眠りに就くかのように静かになっていった。

真っ暗な闇、それを照らすかのように輝いている光の球体は、ゆっくりと星空を掻き回すかのように星々の光を中心に集めている。
そうした空間の下には、灰色の真っ平らな大地が広がっており、響華丸と江、螢はその大地に降り立っていた。
「此処は何処だ?結構静かな場所じゃねえか」
「全ての始まりと終わりが集まる場所。命が誕生したり、転生したりする場所でもあるわ。もっとも、此処からその本当の場所へ辿り着くには、とてつもなく長い時間を要するけれど……」
「道鏡を倒せる場所は、確かに此処だけだね…」
響華丸が説明する中、道鏡は巨大な髑髏の状態で浮遊し、その大きな眼球で彼女らを睨みつけていた。
「……わしは滅びぬ。響華丸、お前の持つ力ならば……お前を倒せば……全てやり直せる……修正が出来る!」
「道鏡……あなたのその行いは、本当にあなたを満たせるの?そのやり直しが出来なかった場合、あなたは全てを滅ぼしてしまう。それを、させるわけには行かないわ。まがりなりにも、あなたは私の父……だからこそ、私が、江と螢と一緒に止める……!」
「……っ!何故、何故その目で……」
響華丸の道鏡を見る目は、敵を、悪を憎む目ではなく、慈しむ目。
その目をする理由を、響華丸はゆっくりと口にした。
「伊月の記憶から読み取れた……父親の天地丸が語った、『憎しみは憎しみしか生まない』という言葉を。ならば私は、あなたのその長い罪を終わらせる為に、慈愛で勝つ!かつて御琴が私にそうしたように」
その通りとばかりに、江も続く。
「弱い者苛めしている奴を叩き潰すんじゃなくて止める、それでも十分な結果になるぜ。殺さなくても、弱い者苛めは止められる。あたしがぶっ潰す全てに、道鏡、てめえの『良心』は含まねぇよ」
「り、良心……!?」
自分にそんなものがあるはずがないと、道鏡は耳を疑う。
勝手に、目の前の小僧がそうほざいているだけだと、自分に言い聞かせながら。
だがそんな道鏡の耳にこそと、螢が怒りも憎しみも無い瞳で語り掛けた。
「ねえ、気づかない?自分の中で、本当は誰かに助けてもらいたくて、泣いている道鏡を……ホントは苦しいんだよね?辛いんだよね?全部を傷つけちゃったから、その全部に助けてもらえなくなった事で……」
「わしが……泣いているだと?!馬鹿な!世迷い言を何時までも抜かすでない!わしは、神だ!!」
反論と同時に道鏡の本体たる髑髏の左右から巨大な両腕が迫り出し、下からは巨体を支える足が形成される。
肩口からは角のような触手が一対生え、今にも全てを貫きそうな鋭さを先端に持たせている。
頭頂部の芋虫は甲殻で覆われた化け物となっており、主眼に浮かび上がる梵字が邪悪な輝きを増していた。
地獄から切り離された道鏡の、最後の力ともとれる姿だ。
「江、あなたの闘志と熱い血を……螢、その純心と心の温もりを借りるわ」
「へへ、元からそのつもりだぜ!響華丸、あんたの中で、戦わせてもらう!」
「お邪魔しま~す」
道鏡を見据える響華丸の胸元に、江と螢が光の球となって入り込んで行く。
それによってか、響華丸は心の奥底から熱い闘志と、温かな想いを感じ取り、それを全身に駆け巡らせて力に変えた。
「道鏡……終わりにするわ。あなたがどんなに拒んでも、私を、私達を止める事は出来ない……!」
「……お前さえ造らなければ……お前さえ……」
「それが最初で最後の後悔となるわ。そして、あなた自身の罪の終わりとなる……行くわよ、道鏡!」
禍々しい赤黒い邪気を放つ道鏡に対し、青白く清らかな闘気を解放する響華丸。
星の海と呼べる黒に近い青、それを照らす光が見守る中、両者はどちらからともなく動き出した。

道鏡の両手が唸りを上げて伸ばされ、響華丸が飛んで避けると、地面が粉々に砕け、破片が彼女目掛けて飛ぶ。
そこで終わらない道鏡は胴体となった髑髏から黒い炎を無数の槍状にして放つが、命中するかに見えたその炎を、響華丸は次々と回避しつつ接近する。
空間を切り裂く音と共に残像を作り上げる彼女の翼は時折羽根を矢のように飛ばして道鏡の両腕に命中させていた。
その威力は一つ一つが羽根の半分程の大きさを持つ穴を作り上げる程だが、その傷はすぐに修復され、大きく振るわれた右腕が遂に響華丸を捉える。
「っ!くぅ!」
迫ってきた右腕は丸太が霞む程の重さと速さを持つが、響華丸が守りとして構えた左腕はその巨大な腕をしっかりと受け止め、閃光を放って弾き返す。
その防御で道鏡の右腕に大きな亀裂が入るものの、響華丸の左腕を覆う装甲もヒビだらけになり、青白い血が滲み出ていた。
響華丸はその痛みで僅かに表情を歪めるも、怯まずに翼を羽ばたかせて加速し、左右交互に拳を突き出して炎と氷の弾を放つ。
その弾を道鏡は肩の触手で叩き落とし、その勢いに乗せて響華丸の方へ触手を伸ばしていく。
触手は先端部分が無数に分裂しながら更に伸び、彼女を絡め取ろうと接近する。
その執拗な接近を、響華丸も追いつかれまいと青白い聖光を翼から尾を引くように放ちながら加速し、触手を避けていった。
「逃がさぬ!」
髑髏の眼球からも闇の光線が放たれ、回避し切れなかった響華丸の翼を僅かに切り裂くと、その傷口部分が大爆発を起こし、彼女の身体を揺さぶる。
「!!」
「捉えたぞ!」
逃さぬ隙と、道鏡の両肩からの触手が一斉に背後から響華丸を切り裂き、その背を青白い鮮血で染め上げる。
だが、肩や腕を切り裂いたその触手は次々と炭化して崩れ落ち、彼女の傷も橙色の輝きに覆われて癒えていく。
『どんな痛みも、傷も、螢にお任せ~』
隠忍の中で癒やしに長けた螢の声が脳裏に響くと共に、響華丸の心と身体の温もりが保たれ、翼も力強さを増す。
『さあ、怒涛の攻めに行こうぜぇっ!』
次に響華丸の脳裏に響いたのは江の、血気盛んな声であり、それが彼女の全身を巡る力を増幅させ、光の結界として触手を全て焼き払う。
「そう……力の無い慈愛では救えない。私はこの力が合わさった慈愛で道鏡、あなたを討つ!!」
宣言と共に響華丸は闘気を解放し、その一部を無数の光の球に変えると、それらを一斉に道鏡の方へ向かわせ、黒い炎を次々と撃ち落とさせた。
「死ねぇっ!!」
道鏡もその相殺による爆発の中、諸手を瞬時に突き出して左右から響華丸を挟み込む。
響華丸は即座に反応してその両の掌を受け止めるも、その挟撃による圧迫と闇の電撃、波動によって両腕に無数の傷が刻まれ、足や翼にも赤黒い炎が燃え移って焼き焦がされていく。
「このくらい……ぐぅっ!」
何とか押し返そうとする響華丸だが、道鏡の目からの光線と、再生した触手が彼女の全身に突き刺さり、力が少しずつ吸い取られた事で脱力感を感じた。
が、それは束の間であり、突き刺さった触手が抜けないように全身に力を込め、その身体から青白い電撃を放って道鏡の両腕に流し込む。
電撃は真っ直ぐ道鏡本体へと流れ、頭部に到達した途端、その芋虫部分の甲殻が内側から吹き飛ばされ、黒紫色の血飛沫が噴き出した。
「うぎゃあぁっ!何故……何故死なぬ!?急所を貫いたはずが……力を吸い取ったはずが!」
「吸い取った力は、腕っ節の力よ。そんなものを吸い取られた所で、私達は止まらない!」
自分を押し潰そうとする道鏡の両手の力が弱まる中、響華丸は道鏡の問いに答え、彼の触手と両手を光の波動で吹き飛ばす。
そして突破口が開けた所で、彼女は闘気の炎を推進力として前へ飛び、道鏡の胸部、顔面に向けて、鬼神の如き拳の連打を、業物(わざもの)の刀よりも鋭い蹴りの連撃を叩き込み、最後は両手を同時に突き出しての聖光を放つ。
光は道鏡の胸部を、頭部を激しく焼いていくが、その激痛をものともせず、道鏡も芋虫の口部分から黒紫色の光を、まるで消化液の如く吐き出す。
その光は強酸のようなものであり、響華丸の鬼神の鎧に付着すれば蒸気を放ってその鎧を溶かし、肌に掛かると青白く爛れささせる。
光の飛沫はそこだけでなく、響華丸の目にも入ってそのまま焼き始めた。
「っ!!」
両目に入った酸の光により、目だけでなく頭、そして全身に激痛が走った響華丸は視界が閉ざされ、聴覚も役に立たなくなる。
だが、そんな彼女の心は、決して暗闇や孤独等による恐怖で揺らぎはしなかった。
「(目に見えるものだけが全てじゃない。手探りで探すというのは、自分の目指すべきものを、自分の心で感じ取り、自分の心の耳で聞き分け、自分の心の目で見据え、自分の足で歩き、自分の手で掴み取るという事!!)」
ハッキリと浮かび上がった、心の中に広がる視界。
それが彼女に、道鏡の攻撃を、動きを正確に伝えていき、結果として目を閉じた状態での回避が行われていった。
「う、うぬぅっ!」
焦れた道鏡が再び口から酸を吐き出すも、それらは響華丸が突き出した左手が作り上げた光の盾で防がれ、右拳から放たれた光線が芋虫部分の口に突き刺さって内側から焼き尽くしていく。
「わしが……わしの力が通じぬ……!これが、わしの最大の失敗なのか!?最大の過ちというのか!?」
狼狽え始めた道鏡に対し、視界を回復させた響華丸は戦闘前と変わらない瞳で答える。
「そう……私を造り上げた事こそが、あなたの最大の過ちだった。でも、その過ちがあるからこそ、あなたは本当の自分を見据える事が出来る!それを、その支えを私が行う事こそが、私なりの、慈愛!」
ほんの一瞬だけ、一筋涙を流す響華丸は構えから力を溜め、右手に光の剣として集約させた。
「破邪の光剣(みつるぎ)よ……未来を、奇跡を、共に示そう!!」
2回その剣を振るった響華丸はそこから袈裟斬りの構えで空を駆け、振り下ろそうとした寸前に右の片手持ちから両手持ちに切り替える。
その切り替えと共に剣は普通の刀程だった大きさから、道鏡の胴体程へと大きくなり、思い切り彼を上から真っ二つに両断する。
両断で生じた傷口からは、青白い光の粒子がこぼれ落ち、段々と肉体を浄化させて光の粒へと変えていく。
そうした輝きは道鏡の真の本体たる芋虫の頭部にまで及び、彼はこの上無い程の大声で呻き声を上げた。
「ぐがあぁぁぁっ!!これが……この力が……何故殺気が感じられぬ!?何故わしの心から、憎しみが……消え……て……」
最後には声がしわがれ始め、巨体も段々と泥人形のように溶け崩れ始める。
その巨体が完全に溶けた部分から、人間姿の道鏡が姿を見せるが、その身体が段々と光に包まれ、やはり溶けるように浄化されて行く。
「か、かくなる……上は……響華丸、お前をぉ……!」
消滅間近な道鏡は最後の悪足掻きとして、響華丸に飛び掛かろうとする。
その鋭く伸ばされた右腕を、響華丸は真っ向から受け止め、拳を両手で優しく包み込んでから、穏やかにこう言った。
「帰りなさい……あなたを信じた者達、あなたに救われた者達、そしてあなたを助け、救い、支えた者達の所に……」
彼女の言葉が奥深く入り込み、その内側から自分が浄化されていくのを感じ取る道鏡。
その心も浄化されたか、彼の顔から段々と邪悪な様子が消えていく。
「わしの……大切な存在の……元へ……そうか、わしは……」
力が完全に失せたのか、穏やかな老人の顔となった道鏡は完全にその身を光の粒子と変えて散って行った。

道鏡の完全な消滅を見届けた響華丸は地上に降り立ち、江と螢も彼女の中から光の球となって出、すぐに横に並び立って空を見上げた。
星空は変化せず、灰色の地面も戦闘の傷痕が無視出来る状態だ。
「……後は、あたし達か……」
「地獄から道鏡を切り離したり、此処に移動したりだから、神様も怒ってるかも」
静寂が続く中、2人がそう漏らすが、螢の疑問と不安に応えるかのように、3人の脳裏に、心に威厳の溢れる男性の声が響いた。
「響華丸……虚ろより現れ、世界と世界を翔けし仔よ……汝は自然の理に背いて生まれながらも、時空の歪みを正す因子を示した。時空翔けし仔なる司狼丸の魂を救いし汝ならば、この世の一時を任せられよう。そして隠忍の子、江と螢……汝らは汝らの心が命ずるままに、世の乱れと戦い、生きとし生ける者の心を救うが良い。我は創世の神々が一人として、汝らのこれからの戦いを見守ろう。さあ、帰るが良い。汝らを待つ者達の元へ……」
そう言い終わると同時に、周辺に光が溢れ出し、3人は光の球の中に入って天高く舞い上がる。
その行く先は何処までも続くかに思えたが、途中大きな光が現れ、その中へと響華丸達は吸い寄せられていった。

地獄門が閉じ、道鏡の力が消えた事により、地上で暴れていた者達は全て大人しくなり、亡者達も天へと昇って行く。
それらを見て、隠忍の里で今まで暴走していた化け物と戦っていた鈴鹿達はもしやと期待と不安を胸に抱き、空を見上げた。
「あ!あれを……!」
沙紀の指差す場所に、大きな光の球が見えており、それを鈴鹿と弓弦も見上げる。
段々と光の球は地上に降り、それが消えると中から響華丸達3人が一息吐いて数歩歩いて出て来た。
3人共元気な笑顔を見せており、それが鈴鹿や沙紀に歓喜の涙を呼び起こす。
村を襲っていた妖魔を撃退し、里に来ていた葉樹と鎧禅も安堵の息を漏らしながら待っており、響華丸は葉樹の方へ歩くと、右手を差し出して握手を求めた。
「帰って来たわ。誰一人欠ける事無く……」
「……今回の事件解決、主体的に動いてくれた事、心から感謝しますわ」
葉樹もガッチリと響華丸の手を取って握手をし、微笑み合う。
「……終わったね。道鏡が始めた悲劇も、司狼丸の悲しみも……」
「だが、始まりでもあるな。様々な悲劇が終わり、今度はその繰り返しを防ぐ為の戦いが、始まる……」
鈴鹿と弓弦の言葉を肯定しながら、沙紀は一歩前に進み出て空を見上げた。
「そうね。その為に、私達は過去と向き合い、未来の為に生きないといけない……帰ってくる司狼丸の為にも……」
何時蘇るのかは分からないが、きっと自分達が生きている間に再会出来るはず。
そう誰もが確信する中、夜は里で今回の勝利を祝う宴が成され、夜明けまでその宴は続いた。
勝利を祝うだけでなく、今日までに散っていった者達を弔(とむら)うという意味を込めて……

翌日、鎧禅は既に本局に戻っており、葉樹が最終的な結果を響華丸達に伝えた。
「監査局は今回の件で、響華丸の並行世界間の移動を許可する事に決定しました。無論、私利私欲に走らなければの話ですが」
「その処遇、有り難く受け入れるわ」
それは一つの戦いの終焉を決定付けるものであった。
「時空童子についてですが、現時点であの状態である以上、余程の事でも無い限り時空間の歪みは生じないはずですわ。なので、今後私達が介入する事は無いと思えます」
「私達が、何時でも司狼丸を迎えられるようにしなければならない、という事ですね」
「ああ、そう約束した身だからねぇ……」
鞍馬山の瘴気、それが破られない限り司狼丸の力が奪われる事は無い。
故に、鈴鹿達は自分達の成すべき事が必然的に決まっていた。
「では、あなた方の事はしっかりと記録しておきますので……」
「せっかちだなぁ。もうちっと居ても良いのに」
惜しそうな表情で江がそう漏らすも、葉樹は微笑のまま答える。
「立場が立場ですから」
片付ける問題がこの時代だけではないのだろう、葉樹はすぐさま転移の光で本局へと帰還した。
それを見届けた所で、響華丸も村の出入口の方へ足を進める。
「……さて、私も行くわ。この世界での故郷、それから御琴達の所へ……」
「御琴さんは響華丸の最初のお友達だもんね~。きっと、綺麗なんだろうな~」
思い浮かべながら、螢は期待を胸に膨らませ、それを感じ取った響華丸も満足そうに頷く。
「もし、あなた達が来るか、私が連れて来れるのであったら、その時は紹介するわ。あなた達はどうするの?」
その問いに、まず江が答えた。
「あたしは引き続き退魔師の仕事だ。それを表向きにして、司狼丸の事で色々と準備しとこうと思ってる。正直、響華丸と一緒に旅出来て良かったぜ」
「……生きるべくして生きる、か。悪くないな」
短い間ながらも、色々と理解出来て感嘆の息を漏らす弓弦だが、江はまだ話し足りないとばかりにこう言った。
「あんたも分かってるはずだぜ。一番大切なのが何かって事が。あたしは、正義とか強さとかよりも、自分らしさを求めてた。だがそれはあたしに限った事じゃあねえ。他の奴等もお互いに自分の持っているものを見せている。後は、どっちの思いが強いかってのをぶつけ合って、ハッキリさせたらそこでおしまい、後は仲直りって感じだ」
「その考え方ならば、あるいは世の中を平和に出来るやもしれんな」
自分より年下ながらの江の考え方が益々気に入ったか、弓弦も普段滅多に見せない笑みを以て返す。
「螢はね、舞のお仕事復帰して、孤児さん達の面倒を見る~」
10の少女たる螢の飛び跳ねに、沙紀もクスクス笑っていた。
「大丈夫?あまり無茶しないようにね」
「ご心配無く~。皆の笑顔があれば、一週間通しで出来るよ~」
「……本当、強いわ。螢、あなたは自分が思っている以上に強い。皆を幸せにしようと頑張れて、皆の心の痛みを理解出来て、どんな困難にも負けない。私も、それを励みにして頑張るわ。これからもずっと、友達として、仲間として……」
「うん。時々此処にも遊びに来るね~」
そうしたささやかな笑みが交わされる中、響華丸は鈴鹿と向き合っていた。
「……あんたが居なかったら、今のあたいは居なかった。どっかで醜く、野垂れ死んでたよ……ありがとうね、響華丸。伊月の分も、しっかり生きておくれよ」
「あなたも、司狼丸と再会出来たら、今度こそ仲良くね。親の居ない私でも分かるの。親子、家族の温もりは、掛け替えの無いものだって事が……私はそれも御琴から教えてもらった。今後も私は、その温かさを伝えて戦う隠忍として生きるわ」
「……頑張るよ!あんたも、頑張りな!」
「ええ」
ガッチリと交わされた握手は、十数秒間強く続いた。
それがどちらからともなく離れた所で、響華丸は転身して空を飛び、江、螢と順番に村を出て歩き出す。
その様を、鈴鹿達は手を振って眺めていた。
感謝の気持ち、それが言葉では足りないと感じ、満面の笑顔と共に……
また何時か、何処かで会えるという、確かな想いもあってこその笑顔で……

「……ただいま、御琴」
「響華丸さん……お帰りなさい」
御琴達の住む世界に戻ってきた響華丸は御琴と抱き合う。
思えば、彼女の戦いは、御琴との出会いが本当の始まりだった。
一番最初の友達、一番最初の温もり、そして一番最初の情愛……
だから、響華丸は誰にも気取られない程度で涙を流し、強く、強く御琴を抱き締める。
「(これからは御琴、あなたを支えて、多くを守りたい……この世界も、江達の居た世界も……それが、私の戦いだから……)」
御琴も響華丸の想いを理解したか、彼女の頭をなでながら、自分も負けない強さで抱き締めた。
「(私、響華丸さんを助ける事が出来て、本当に良かった……だから、これからも響華丸さん、あなたを守ります。そして、今も苦しんで、悲しんでいる人達を救う……)」
2人の抱き合いは、絆の強さを示していた。
これからも永遠に続く程の強さを……

「ふぅ、本当に今回は報告内容がギッシリ詰まってしまいましたわねぇ……」
報告書を纏めて、上司に提出を終えた葉樹。
彼女の元に、部下が敬礼して出迎えた。
「葉樹課長、指示にありました男性ですが、只今彼の遺体が到着しました。爆発の影響もありましたが、既に治療済みとの事」
「……予定通り密葬にしますわ。彼に対するせめてもの手向けとして……仮面は外していませんわね?」
「はい。損傷はありますが、仰せの通り手を触れていません。こちらへ……」
案内を受けて葉樹は男の遺体が眠る霊安室へと向かう。
そこでは、白装束を身に纏って横になっていた男の物言わぬ亡骸があったが、顔は鳥のような仮面で隠れており、葉樹だけがその仮面を外して素顔をしばらく見詰めた後、仮面を戻して男から離れる。
涙は流れているが、葉樹の顔は清々しいものであった。
「最期のお相手が、良き好敵手……その方には、お礼が言いたいものですわ。父上、後は私にお任せ下さい。人、そして世の為に戦うサムライ……それが、我が家系の在り方……」

数日後……

「ホントだよぉっ!あの時、凄くカッコイイ女の人が空を飛んでったんだよ!」
「何言ってやがる!あれは化け物だったんだ。お前らは騙されてたんだっての」
南都の通りで、子供達と大人が言い合っていたが、平行線に終わり、大人達が肩を竦めながら去っていく。
通りを歩いていた江はそれを見ており、駆け寄った子供達に笑顔でこう言って聞かせた。
「あたしも見たぜ。けど、どう見えるのかは人による。だったら、あたしらだけの秘密にしようじゃねえか」
「あ、そうだね」
「怖い妖魔から救ってくれた、カッコイイお姉ちゃん……ああ、私もあんな風になりたいな……」
女の子が羨ましそうにそう呟けば、江もその少女の顔を見詰めつつ、しばらくの思考の後に言葉を掛ける。
「う~ん……ああいう風に、そのままなれる訳じゃあないだろうけれど……お前なら、きっと近づけるかもな。その姉ちゃんによ」
「じゃあ、江お兄ちゃんみたいな退魔師になる事から始めよっと!」
「おいらも!」
子供達はそうはしゃぎながら江の周囲を飛び回り、その頭をなでながら江はゆっくりと子供達と共に歩いて行った。
その子供達と別れてから程無くして、茶店で一服する江。
彼の横に、一人の逞しい男が腰掛けた。
「よう、十年振りか?江」
男の言葉に、江もニィッと笑って返す。
「そんくらいだぜ、天地丸。見ない内に良い目するようになったじゃねえか。改心の話はマジだったようだな」
かつて斬地張を率いていた男で、鈴鹿とは最初敵だったのがしばらくして仲間となった天地丸。
彼との再会に、江はまさにこの時と喜びで顔を綻(ほころ)ばせていた。
「はは、お前の方も抜け出す前と全然変わらねぇ中身だが、見た目はすっかり見違えたぜ。噂で聞いたけど、お前とその仲間だろ?この間開いた地獄門を叩き潰したのは」
「おうよ。今度会ったら紹介するぜ。片方は飛びっきりの美人だからな」
「母さん似かい?その美人は」
天地丸も期待感溢れる笑顔で訊く。
自分の実の母の血が流れている存在が、自分のかつての部下だった少年の仲間であると分かれば驚き、大声で笑うであろう。
それを察した江も、今はお楽しみとするべきとして、敢えてその事実は伏せておいた。
「会って、感じたらビックリするって事だけは言っとくぜ。名前は響華丸。もう一人の仲間は、この都で舞をしている娘、で分かるだろ?」
「ああ、あの娘か……並みのゴロツキ妖魔がビビる程っていう話は本当だったんだな。しかし、そんなとんでもねぇ女2人に、男1人で良く頑張れたな」
「気が合ってたからさ」
2人は出された茶を飲み、団子を口の中に入れて満足そうに味わう。
その一時の後、江は本題とばかりに、周囲の様子を伺った上で口を開いた。
「司狼丸については、響華丸が何とかしてくれた。少なくとも、悪いようにはならないと思うぜ」
「そうか……実はな、江。俺、昨晩不思議な夢を見たんだ」
この語りからしてかなり重みのあるものと見た江も、黙って天地丸の話を聞く。
「親父と母さんが夢の中に現れてな、俺にこう言ったんだ。生きて立派になれ、と。親父は母さんを殺した人間を憎んでいたけど、司狼丸が救われれば、あるいはって期待していた。母さんは、司狼丸を、ある人の力を借りたおかげで助けられたって話していたんだ。きっと、響華丸の事なんだろうな……納得行くぜ。地獄門をも何とか出来たってのが……」
自分達以外の、頼もしい隠忍の存在に、天地丸は何処となく安心感を得ている。
「ま、今後の事だが、司狼丸が蘇った時の準備を手伝うぜ。あたしも一番の関係者だからな」
「そいつは助かる。お前は立派な隠忍だ。生き様の何もかもが、俺より立派だ」
天地丸のそうした褒め言葉に、江は拳を軽く彼の額にぶつけて笑う。
「羨んでる暇はねえぞ、天地丸。大切なのはこれからだからさ」
「ああ、そうだな……」
そう、これからが大事だ。
失った事を悔いて、恨んでも何にもならない。
だから、前に進まなければならない。
江も天地丸も、その思いを抱きつつ、茶店を後にした。

「皆、お待ちかねだ!螢が帰って来たぞぉ!!」
「お待ちどう様~。皆、元気にしてました~?螢の舞、今日から再開しま~す」
舞を舞う広場に戻ってきた螢は、かつて以上の舞で今日も人々に幸せを、笑顔を与え続ける。
その日の舞が終わった後、一人退魔師の若者が残っていたので、早速とばかりに彼女は彼の方に駆け寄った。
「どうでした~?」
「素敵だったよ、君の踊り。その笑顔が、兄さんや母さんも幸せにしてくれれば、と思って」
若者の表情が、その言葉と共に陰りを見せる。
そんな陰りに光とばかりに、螢はニコニコした笑顔を彼に近づけた。
「ご心配無く~。もう2人共、心がポカポカだよ、晴明さん」
「!?僕の事を知ってるの?」
まさかの言葉に驚く、鈴鹿の義理の子晴明に、ニッコリ笑ったまま螢は頷く。
「うん。顔と噂はバッチリ覚えたから~。続きは帰り道にでも~」
と、螢は主人から稼ぎの一部を受け取り、そのまま家路へと晴明を連れて行く。
そして一部始終を彼に、具に語った。
「そんな事が……まさか、あの道鏡が生きていて、その道鏡を打ち倒すどころか、兄さんや母さんを助けたなんて……」
「伊月さんの思いを受け取った響華丸の心に、一つの村のポカポカした光が繋がって、そこから沢山広がったおかげ~。後、道鏡も心のポカポカを届けた上で、成仏させたんだよ~」
信じられない事ではあるが、彼女の言葉が嘘のようには思えないと感じる晴明。
「凄いな、君。一時期舞のお仕事を休んでたのって、そんな事情もあったんだね」
「うん。でもでも、皆のやって来た事は全部、繋がってると思うよ。晴明さん達の動きが無かったら、響華丸も動かなかったし、江や螢も手伝ったりしなかった。やる事に、無駄な事は無い、それが一番大切な事だから」
鼻歌を交えながら語る螢の笑顔に、晴明も今後の重苦しさが無くなっており、自然と笑みを浮かべる。
「正直、不安だった……兄さんが甦る時、とてつもない恨みや憎しみでこの世を覆うんじゃないかって」
「司狼丸は、本当は苛めちゃいけない人、そういう事なの。それを分かってくれれば、もう大丈夫。後はお迎えを笑顔でするだけだから。晴明さん達が悩まなくても、大丈夫だよ」
自分達の見えない所で事を良い方向へ進めてくれた螢達。
だから、晴明はそうした事への感謝を素直に言葉にした。
「……ありがとう、螢。君達のおかげで、僕達は胸を張って、兄さんとの再会を待てる」
「ん~ん。螢は晴明さん達の為だけに頑張ってた訳じゃあないよ。この世の皆が、仲良く笑顔でいられるのが、螢の一番の幸せで、あの世のお父さんやお母さん達の願いだから」
笑顔、幸せ、それは今を生きる人の一番欲しいもの。
それを分け与えられる螢の、その仲間の存在は、晴明からすれば頼もしいものだった。
しばらくして螢の家に到着すると、そこでは孤児として引き取っていた子供達が晩ご飯を作って待っていた。
「螢姉、お帰り~」
「お姉ちゃんのご飯、大好きな大根汁を作ったよ。お姉ちゃんのには負けるかもしれないけど」
既に美味しそうな香りをした湯気が立っており、今まさに器に取り分けられようとしている状態。
それを見て螢は大喜びで跳んだ。
「わ~い、ありがとね~」
「そこの退魔師のお兄ちゃんも、良かったらどう?」
子供の誘いに、晴明も断る理由も無く、家の中へ入る。
「……そうだね、折角だし、頂きます」
「良かった~。今日、材料が結構あったから、余計目に作っちゃって心配だったんだ」
「じゃあ、狭いけど皆で美味しく食べよ~」
「「は~い」」
戦いの日々も良かったが、平和な舞と子供達との触れ合いもまた、螢にとっての楽しみ。
母より受け継いだ料理の腕前は、子供達の心身を満足感で満たすに十分なものであり、その優しさも料理の腕も子供達にしっかりと届いていた。

響華丸は江達の世界にて、一人夜道を歩いていたが、そこへ妖魔に襲われていた退魔師が居たので、妖魔を追い払い、彼を助ける。
その助けた退魔師は響華丸の顔を見た途端、満面に笑顔を浮かべて飛び跳ねた。
「おおー!あんたが親父殿の命の、心の恩人の響華丸かい?噂に聞いてたけど、すっごく美人だなあ~」
若者の無邪気な喜びに、話から素性を見抜いていた響華丸は一つの驚きを抑えながらも返す。
「そういうあなたが、江の話していた高野丸ね。死んだって話は聞いたけれど……」
「普通ならそう思うだろうけど、ところがおいらは、不死身の身体で生きてたのさ。江って、確か若い頃の親父殿と会った時に、後ろに居たチビだったな。あのチビも今じゃあ響華丸の頼もしい仲間で、天地丸のダチ……こりゃ親父殿が戻ってくるのが益々楽しみだね、うん」
一人楽しげに語り、コロコロ笑う高野丸。
そんな彼が司狼丸の息子だというのだから、響華丸は安心感と一時の満足感で心が落ち着いていた。
この場にこうして高野丸が居るのならば、自分達の期待通りの結果が出るというのだから。
「鈴鹿とも会った事があるかしら?そうね、司狼丸が戻ってきた後の方の彼女と」
「ああ。若い頃の親父殿って弱くて泣き虫で、婆上様もそこまで強くなかった。親父殿が帰って来た時は、その時とは桁違いの強さだった。で、2人が言うには響華丸、あんたのおかげだってさ。おいら尊敬しちゃうな~。道鏡って奴をコテンパンにしちまったんだろ?それも、二度と悪さが出来ないように、心を折ったとかさ」
まるで自分の未来かのような、高野丸の口振り。
それを受け入れる形で、響華丸の首は縦に振られる。
「否定はしないわ。ただ、彼もまた救いようのある男だったのは確かよ。私の父親みたいな人でもあったからね……」
「そっか……そう言や、『向こう側』の天地丸ともやり合ったんだろ?そいつは強かったかい?」
この話も、鈴鹿がしたのは間違い無い。
そう考えながら、響華丸は頷き、詳しく話した。
自分が『向こう側』の天地丸に何度も戦いを挑み、負けた事。
彼との最後の戦いでは、互角に持ち込めたのだが、彼の姪の御琴に負け、それまで少しずつ折れかけていた心が完全に折れて、彼女の友達になった事。
そして、道鏡との戦いを終えた辺り、つまり今から少し前に『向こう側』の高野丸とも出会った事も…
「良いな~。今度、おいらも『向こう側』に連れてってくれるかい?『向こう側』のおいらとも語り合いたいんだ」
「……状況が許せば、考えても良いわ。例えば、『向こう側』の危機に、あなたの力が必要だったら、とかね。遊び半分では連れて行けないわよ」
「はは、厳しい言い方で。じゃあ、ちゃんとお役に立てるよう、精進するよ。おっと、そろそろ帰らないと……」
帰る場所は何処か、それを聞くのは少々野暮かもしれない。
そう考え、響華丸は高野丸に、別れ際にと別な問いを投げ掛けた。
「私と出会うのは、これが初めてかしら?」
「ああ。結構忙しい人だって聞いたよ。今も忙しいのかい?」
「ええ。とっても、よ。今日が暇な方だわ」
冗談めいた言い方で、笑いながら返す響華丸。
彼女はそのまま高野丸と別れ、自分も今における家路へと歩いていった。

響華丸はその後も、御琴の世界と江達の世界という、2つの世界を行き来しての戦いに明け暮れていた。
人と異なる存在、それが人間達に受け入れられるようになるには、かなりの時間が必要だと理解しながら。

それから、どれくらいの歳月が経ったか……

「うえぇぇん!誰か、誰かお母さんを助けて~~!」
深い森の中で、怪我をした母親を揺さぶりながらも、大声で泣き叫ぶ小さな女の子。
その声を聞いて、数人の人間が槍やら剣を手にして姿を見せ、その親子に躙り寄った。
「化け物め……此処に逃げ込んだか!」
「だがもうこれまでだな!化け物が人間の振りなんかしようとも、騙されないぞ!」
明らかに人間の狙いは親子の命。
良く見れば、親子には尻尾が生えており、耳もどことなく尖っている。
この親子は妖魔であり、それを狩るべく人間達が追っていたのだ。
「酷い……どうして?私達、何にも悪い事してないのに!」
「悪い事をする前に殺すのさ。俺達はその為に結成された、鬼狩り隊だ!」
「さあ、観念しろ。妖魔だろうと化け物だろうと、俺達にとっては獲物でもあり、邪魔者でもあるからな」
ニタニタ笑って刃物をちらつかせる人間達を前に、女の子は只々母親に寄り添い、震えるだけ。
十数秒の間、その状態が続いていたが、人間達は既に親子を取り囲み、今にも親子を殺そうとしている状態。
が、その武器は一瞬にして全て、男達の衣服諸共に切り裂かれた。
「!?な……」
傷は一切無いものの、突然の事で驚き戸惑う人間達。
その目の前には何時の間にか響華丸が立っており、鋭い視線で剣を突きつけていた。
背は幾分か伸びており、顔立ちは更に精悍さと美しさを増している。
「……まだ続けているようね。人間が妖魔を虐げるという、真の被害者面した加害者な連中が……」
「ひ、ひぃ~~!!」
丸腰となった人間達は尻尾を撒いて逃げていき、入れ代わりに大柄の男が太刀を手に現れる。
「貴様、そこの化け物を庇おうというのか?」
「ええ。虐げる事しか知らないのなら、それ以外を知る必要があなた達にある。覚悟は、良いかしら?」
剣を納め、抜刀の姿勢に入る響華丸の視線は鋭いが、妖魔の親子の方へ向けるそれは暖かい。
「お姉ちゃん……」
「……人間も妖魔も同じ生き物、それを割り切れない、割り切ろうとしないだけならともかく、他人にそれを押し付けるのなら、私は押し返すわ」
「馬鹿め!貴様のような小娘に、ぃっ!?」
大男の太刀が振り下ろされる事は無く、響華丸の剣の一撃が大男を前のめりに倒し、意識も奪い去る。
響華丸はそれ以外に敵が現れないのを確認すると、親子の妖魔と共に遠くへ走り、そこで親子を避難させる。
親子の無事が確実なものになった訳だが、まだ人間の悪党は多く、振り向いた響華丸の周囲を取り囲みながら接近していた。
「(本当、まだまだ救われない世界ね。あるいは、それが彼等の臆病なのかしら?どちらにしても、黙って見過ごすつもりはないわ……)」
溜息を吐きながら剣を構える響華丸に、2人の男が鈎爪を手に飛び掛かる。
その攻撃を、炎の飛礫と長く伸びる篭手が阻み、響華丸の左右に2つの人影が降り立った。
江と螢だ。
「手伝うぜ。弱い者苛めがあっても神様が動かねぇって事は、俺達がやれって事だからな!」
15だった頃とは違い、背も高く、筋肉もつき、肌も日に焼けて声も男性らしくなった江は、一人称も相応になっている。
「悪い子にはちょ~~っと痛い舞で反省してもらうよ~」
螢はかつての響華丸と同じくらいの年頃で、体つきも彼女負けないものになり、しかし無邪気な顔と口調は大人っぽさを除けば相変わらずだ。
そんな2人の援護を快く受け入れた響華丸は小さな笑みを一瞬だけ浮かべ、悪党の一団であろう首領の方へ接近する。
「(私には友達が、仲間がいる。それは、通じ合い、認め合い、分かり合っているからこそ成り立った事実……それを貫く為に、私はこの終わりなき戦いを制し、悲劇から誰かを救い、守る戦いを続けて行く。それこそが、私の道だから……)」
強い決意を抱き、響華丸は江、螢と共に駆け出し、一気に悪党勢を打ち払ってみせた。
その戦いで鬼狩り隊は潰れたのだが、また時が経つと共に別な人間が妖魔を否定し続ける事は間違い無い。
だからこそ、響華丸達は戦い続ける。
隠忍としての真道を往く為に……!


隠忍は世界を超えて、強い絆が確かに形成されている。
如何なる苦境にも、決して挫ける事の無い絆。
それこそが、時空童子の、司狼丸の心に、闇に覆われた彼の心に光を齎した事は、彼等だけの秘密である。




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あとがき
これで、今回の話はおしまいとなります。
道鏡はとんでもない存在という事ですが、色々な説を考えると、ただ単に倒す、では解決しないと考えて筆を動かしました。
葉樹の父ですが、ONIシリーズで登場していたキャラです。
ヒントはアニメ・サムライ・時空、これでもうお分かりかと。
最終話という事で、ゲストながらも零の隠忍版天地丸、晴明、高野丸も登場させ、各々今作の主役勢と顔合わせさせてもらいました。

根本的に私は、物語における『何とかして!』『何ともならない!』という雰囲気に、『何とかする』と応えたいという主義である分、今回は司狼丸の心を救う一つの可能性を導く、という結末が出来上がりました。
ONI零の小説版を読む度に、『助けたい!』という気持ちもあれば、北斗の拳っぽく『悪党だけが笑っている!こんな時代が気に入らねぇっ!!』という怒りも出ており、共通して『続きはまだ来ないだろうか?自分にも続きを綴れないだろうか?』という思いが出た訳で。
ONI零は基本的にダーク、救われないという物語ですが、だからこそ、という事です。
妖魔・ONIの姿や力を疎む人間達もいれば、何処かにきっと、姿や生まれ等を問わず、仲間として隠忍とも手を取り合おうとする人間達もいるという可能性、それが響華丸の持つ『心の光を、苦しんでいる人に届けたい』という気持ちと合わさり、今作での司狼丸に伝わったという形になりました。

書いてて感じたのは、『女の子を主人公にすると、やっぱり男を主人公にするよりも気合が入る』という事。
これは変身ヒロイン好きという事と共に、様々なゲーム・アニメで女の子主人公が男に負けない活躍を見せたり、守りたいものをしっかりと守れたりする姿に惹かれた為でもありますが。
そして、ONIシリーズではDS版の瀬那を除いて、女の子主人公は居ないという状況を考え、姉御肌、強気な少女、お淑やかな少女と様々なヒロインが出ている中で、『クールなヒロインを出して見よう』と……
そこから完成したのが、響華丸、という事です。

今作を作った切っ掛けは、RPGツクールゲームの、御琴が主人公の『隠忍伝説外伝 流離の棄神』をプレイした事、そしてnovc様が制作されたONI-RPGの存在にありました。
novc様を初めとした方々には感謝しております。

私の作品を最後まで読んで下さり、本当にありがとうございます。

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