ONIの里

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隠忍伝説(サイドストーリー)

隠忍 -The Guilty of Past-

桃龍斎さん 作

第九話 始まりの地

御琴達と天地丸達が合流したのは、双方の戦いの決着が付いてから数十分後の事であり、響華丸とオウランが戦った場所で一同は落ち合っていた。
子供達は既にメイアとオウランの手で元の時代に戻っており、羅士兵も羅獣も居ない。
螢がジャドの部屋で羅士兵と羅獣の動きを止めており、城塞内に仕掛けられていた自爆装置の類も解除していたのだ。
後は、葉樹の到着を待つばかり。
メイアはその間ならばと、リョウダイの元に駆け寄っていた。
応急処置は施されており、命に別状が無いリョウダイだが、隠し事をしていた事で済まなそうな顔をメイアに見せていた。
「リョウダイ様……」
オウランの言葉通りであれば、リョウダイも自分を心配している。
そう信じて言葉を待つメイアに、リョウダイは静かに話を始めた。
自分の今回の戦いの意味、そして本来どうするつもりだったのか。
それらを全て聞いて、メイアは激しく衝撃を受けて泣き喚き、リョウダイの大きな胴を力一杯何度も何度も叩いたりもしたのだが、しばらくして落ち着いた所で笑顔を見せる。
自分を置き去りにするつもりだった事への、怒りや悲しみを完全に解き放った事で、ようやっと閊(つか)えが取れたようだった。
「でも……リョウダイ様の本当の気持ちを、生きたリョウダイ様の言葉を聞けて、嬉しいです……!」
「何時も辛い思いをさせて、本当にすまなかった。余を殴りたくば、存分に殴るが良い……その怒りも、受け止めよう」
「ううん。もう、大丈夫です。ただ……」
最後に残っていたもの、それはエレオス。
ジャドの義理の妹で、メイアはかつて彼女と親しく話をしていたのだが、急な病気で意識を失ったという。
その真実は、ジャドによる工作で眠らされており、彼からエレオスを目覚めさせる方法を聞き出さなければならないという事だ。
「ぐ……まだ、生きてた……のかよ……クソジジイ」
拘束されたジャドが意識を取り戻し、忌々しそうにリョウダイを睨む。
完全に自分の目論見が外れた事で、更に憎悪が増すばかりだったようだ。
諸悪の根源はジャドである事は既に御琴達の知る所になっているのだが、勝手に処罰を下す事は出来ない。
何より、メイアの抱えている問題を解決しなければならないのだ。
「教えて、ジャド。どうすればエレは目を覚ますの?」
「ふ、ふふ……そんな事の為に、僕を生かすのかい……甘いねぇ、君達……」
「良いから教えて!エレは生きてるんでしょ?あなたの手じゃないと目が覚めないの?」
まだ反省の色が見られないジャドに苛立ちながらも、メイアは殴りたい気持ちを抑えつつ問い詰める。
「まあ、これ以上無意味に痛い思いをしたくないからね……教えてあげるよ。エレオスを目覚めさせるには……」
誰もが聞こうとした、ジャドの次の言葉。
それは突如何処かから放たれた光の矢で遮られた。
「がっ……まさか……お前は……!」
攻撃を受け、拘束が解除されたジャドが光の矢の放たれた方角を睨みつける。
そこには何時の間にか、見たことのない服装の人物が右の掌を突き出して立っていた。
背丈はジャドと同じくらいで、水晶を思わせる仮面付きの兜で頭全体を覆っており、身体つきからその人物が女性と見て取れる。
その横には、女性より身分が下と見える服装の人物が数人立っていて、こちらは顔の上半分が仮面に覆われた兜を被っている。
恐らく兵士か何かであろう。
「兄者、お疲れ様。色々と面白い事をしてくれたようね。今までの此処で起きた事、全部見させてもらったわ」
「!もしかして……エレなの!?」
ジャドに対して兄と呼ぶ者は一人しかない。
直感で先に反応したメイアが女性を見てそう叫ぶと、女性はクスクス笑い声を漏らしながら兜を脱ぎ捨てる。
そこから見えたのは、腰まで伸びている漆黒の髪と幼さの見える少女の顔、そして琥珀色の大きな瞳。
彼女こそが、ジャドの義妹で、メイアの友であるエレオス。
しかしメイアにとって、それは喜べるものではなかった。
義理であっても兄を躊躇い無く撃ち、そして全てを見透かしていたかのように、低めの声で語る少女。
メイアが知っているエレオスは人懐っこく、話し相手としても頼れる優しい少女なのだが、今目の前にいるのは全くの別人としか思えない。
ジャドからすれば、己を撃った者はエレオス本人であり、それ故余計に憎しみを募らせるばかりだったが。
「ち、畜生……エレオス……最初からお前はぁ……っ!ぐああぁ!!」
光の矢は術の類だったらしく、エレオスが右手を握り締めた途端、ジャドが苦しみ悶える。
「あたしが造り、遠隔操作で動かしていた精巧なコピー人形、あれを見破れなかったとはねぇ。そいつを起こそうとしても、もうあたしの手で処分済み……そう、あんたはそこのONIに負けたんじゃない。あたしに最初っから負けてたのよ。何も知らないまま、ね」
「エレ……オス……エレオスぅぅぅぅっ……!!」
目が血走り、そこから血の涙を流す中、呪詛の如くジャドは呻くがそれもしばらくの事だった。
再びエレオスが右手を開くと、ジャドは血反吐を吐き、全身から血を噴き出すと、それで完全に息絶えてしまった。
「な、何て酷い事を……!」
御琴はジャドの死に様に一瞬だけ身震いするも、すぐに怒りの眼差しでエレオスを見る。
響華丸も鋭い視線で剣を構えようとするが、御琴達の周囲を何時の間にか兵士達が取り囲み、小さな筒のようなものを構えた。
「エレオス、一体これはどういう事なのだ……?」
「リョウダイも、今回の革命ご苦労様でした。羅士の活動のおかげで、こっちも動き易くなって全部スムーズに進んだもの。一撃離脱でさも巨大規模であるかのような動きもお疲れ様。特にメイアはね。では、初めての方もいる事だから、自己紹介するわ。あたしはエレオス。時空評議会の議長!」
エレオスの名乗りに、リョウダイ達はもちろん、響華丸達も驚きと戸惑いを隠せない。
「お、おい!時空評議会だか議長だか知らねぇけど、滅茶苦茶偉い立場に聞こえるぞ!?」
江が、今し方聞いた名前に詳しいと見てリョウダイの顔を窺う中、オウランが苦々しい表情で代わりに説明する。
「時空評議会とは、時空間の秩序を保つべく結成された組織。その下に時空監査局がある。つまり、察する通り時空間関連の物事に対しては絶対的な権限を持っているのが、時空評議会議長……!」
「葉樹は……時空監査局の葉樹はどうしたの?」
「ああ、日本課の?知らないわよ。葉樹と鎧禅を初めとした日本課の連中は全員行方不明。ま、死んだのかもしれないけどね」
「!?それじゃあ、まさかあなたは……!」
響華丸の顔が僅かに青くなり、それを見てエレオスはニンマリと笑う。
まるで、何もかも全てお見通しで、己の手の内で御琴達が踊っていると実感しているようだ。
「世の中を支配するには、やっぱり口出し出来る立場を確保しとかないとね。それをあの手この手で成し遂げれたわ」
「!?もしかして、私達の世界の連邦政府は、あなたが操っていたの!?」
「ええ。嫌な思いをすれば、それが政府の所為だと思わせれば、メイアも世の為に戦おうとする。実際にこの段階にまで持って来たのは素晴らしかったわ。兄者はその意図を知らず、私利私欲に走っていたみたいだけれどね」
「そんな……!」
口振りからのメイアの推測に、その通りとばかりの即答をするエレオス。
サラッとしたその言い方にある真実に、メイアは戸惑うばかりだ。
「評議会議長には少し前に成ったばかりだけれど、時空関係の権限はしっかりと手に出来たわ。そして、あんた達はもう袋のネズミよ。あたしの手であんた達をおたずね者に仕立て上げたの。もちろん、その関係者もね」
「ふえぇ!?じゃあ、沙紀ちゃん達も……?」
「そうよ、おチビさん。時空監査局も今や私の駒になっている。何時でも、何処にでも私は出向いて、世界の反乱分子を叩き潰せるわ。今し方、用済みになった各世界の羅士兵を潰したように。そしてこれは、あんた達ONIに対するあたしの復讐なのよ」
「復讐、だと?!まさかエレオス、お前は妖怪か邪悪な神か!?」
天地丸も突破前提で動こうと構え、エレオスは全く動じる事無く兵士達に命令を下そうと左手を掲げる。
「答えを知る必要は無いわ。此処であんた達は死ぬんですもの。じゃあね!」
グっと握り締められた左手に応じて、兵士達の攻撃が始まろうとし、御琴達は守りを固めようとする。
その時、エレオスの向かい側から光の矢が無数放たれ、兵士達がそれに撃たれて倒れる。
御琴達はその攻撃を受けておらず、エレオスの表情が驚きに変わった事から、彼女の想定外だと誰もが知る。
「遅くなりましたわ、響華丸さん達」
まさかの、運が己に味方したかと言わんばかりの救援に、響華丸は思わず喜びの笑顔になる。
「葉樹!」
「わしも、時空監査局局員もついておるぞ!全次元における隠忍達の指名手配も完全に無効になった!エレオスとやら、おたずね者になったのはお前の方だ!」
「鎧禅のおっさん!!」
現れたのは葉樹達時空監査局の日本課。
それはエレオスの計画を打ち砕いた事の証明になっており、エレオス自身も舌打ちと歯軋りをせずにはいられなかった。
「くっ……行方不明になっていたのは、こういう事だったの!?蛭子(ひるこ)葉樹……父の月豊(つきとよ)の失敗を教訓に、先手を取るとはね……!」
「蛭子?ヒルコ……恵比寿……そうか、そこの者、七福神の……」
リョウダイには聞き覚えがあったのか声をあげようとすれば、葉樹も頷くと同時に剣を構えてエレオスの前に立ちはだかる。
「そう、かつて私と異なる道で世を救うと誓い合い、仮面で己を封じた男……世界の不妊症問題を解決するべく、七福神として戦った恵比寿天・タキヤシャの真なる名前こそが蛭子月豊!私はその長女にして、時空監査局として乱を治める事を選んだ蛭子葉樹ですわ!」
鎧禅も葉樹の横に並び立ってエレオスに厳かで鋭い視線を叩きつけた。
「そしてエレオスよ、お前の悪事はしっかりと暴かせてもらった!その知略で人々を惑わし、数多の事件の責任を他者に押し付け己は前線で解決に走る事で名誉と権力を得て今に到ったのであろう?だが、不妊症問題にこそ、お前の尻尾があった!」
「!見破ったというの!?あのカラクリを……!」
「然り。291番より更なる未来、その時代では治せぬ病を未来から持ち込み、世界を混乱させた……その際の歪みの記録が最大の証拠になったのだ」
「……となると、そこからの絞込みで、議長になる為に私が賄賂(わいろ)を送り付けた議会の連中も、あんた達によってゲロしたって訳ね。あの役立たず共が……!」
口汚い毒づきをしながらも、これ以上は旗色悪しと見て空に逃げるエレオスだったが、こう言い放つ。
「ONI達!あたしの持つ真実を知りたければ、この空の更に上へ来なさい!こうなった以上、どうやら見せなきゃいけないと分かったからね」
その言葉と共に彼女の姿は瞬時に消え、葉樹も鎧禅も深追い無用として構えを解いた。

「……もう少し早ければ、そこの方も助け出せたのですが……」
詳細を聞いて、視線をジャドの方に向けながら沈んだ様子になる葉樹。
ジャドは本来、時空監査条例の下で裁きを受けなければならなかった。
今までの罪を監査局で照らし合わせた上で、公正かつ厳正に処罰する。
それが出来なかった事が、葉樹にとっての悔恨であった。
「あなたは悪くないです……私達が引き起こした事だったから」
メイアもジャドの亡骸を抱えながらそう呟き、涙を零す。
結局、彼もエレオスも、自分を裏切っていた。
自分もまた、未来の為と戦いながら、他の者達を無駄に苦しませていた。
その痛みが彼女を蝕んでおり、罪の意識を更に強めてしまう。
だが、そんな彼女の肩を叩いて励ます者がいた。
そう、御琴とオウランだ。
「だからこそ、その罪と向き合いましょう、メイアさん」
「ジャドの業も、生き残った私達が背負えば良い」
「……ありがとう。御琴、姉様……」
気持ちは落ち着いており、今の所は問題は無い。
それを確かめた所で、葉樹はエレオスのしてきた事を包み隠さずに話した。
不妊症問題解決後の、政府や犯罪を初めとした数々の問題もエレオスの工作によるもので、七福神の遺したものも彼女が回収し、ジャドによる発見に見せかけたもの。
そこから時空評議会の乗っ取りを画策し、それと共に邪魔になるであろう隠忍を倒すべく、彼等を犯罪者にでっち上げようとした。
一言で纏めれば、諸悪の真なる根源はエレオスだという事だ。
それらを聞いて再び動揺しかけたメイアだが、先程よりも早く立ち直り、その眼差しに決意の光を宿す。
「私、エレの事を何も知らなかった……だから、今知りたい。あの子が何の為にそんな事をしてきたのかを……」
「メイア……お前に、奴を斬れるのか?」
オウランの厳しい目に、怯えはしなかったもののしばらくの間を置いて彼女は答える。
「……分からない。でも、エレをあのままにしちゃ、間違ったままにしちゃいけないって事だけは確かなの。だから、お願い……私に、力を貸して……」
誰に対しての言葉かは、もう分かっていた。
だから、その言葉をしっかりと受け止め、承諾する意味合いも込めて御琴がメイアの両手を優しく、包み込むように握り締めた。
「分かりました……私も、彼女の悪の心を討たなければならない。真に悪なのか、それとも迷っているのかを見極めます。討つべきとなったら、その時はその時です」
「私も手伝うわ。この戦いで恐らく、一つの大きな決着がつく。彼女が知っている真実がある以上は」
響華丸も拳を軽く握っての挙手を以て賛同を示す。
他の者達も同じで、メイアは心の奥底から温かくなるのを感じて、思わず御琴の手に頬擦りしてしまっていた。
「となれば、残る問題はただ一つ。どうやって奴の元へ行くかだな……俺達の祖先は別の星からこの世界に来たというが、肝心のその方法が分からん」
エレオスの言っていた、空の更に上という場所は、恐らく葉樹の言う所の、空の遥か彼方にある事であろう。
しかし天地丸の言うように、今の御琴達にはそこへ行く手段が思いつかない。
「リョウダイ達は既に知っていると思いますが、空の遥か彼方、星の海と言えばよろしいでしょうか、そこは生身の人間が渡る事は不可能とされる場所ですの。それ以前にこの星の出入りには特別な船を用いなければなりませんわ。転身出来るあなた方でも、前例が無い為にそのままで行く事は危険です」
「葉樹さん達のものを使う?あ、もしかしたら!」
葉樹の説明に螢は何か思い出したかのように、懐から小さな板のようなものを取り出す。
それはジャドの部屋から持ち出した端末であり、そこから城塞全体を探る事が出来るようになっていたのだ。
数分後、端末を操作していた螢の顔がパァッと明るくなり、端末に映っている映像を全員に見せた。
「これなら、使えるかも!」
映し出されているのは、まるで槍か兜を思わせる形の、恐らく船と呼べるであろう代物だ。
「これは……ジャドめ、万一の為に、緊急脱出用の高速艇を用意していたな」
「しかも、これは時空間の移動だけでなく、宇宙即ち星の海も渡れるものだ。ジャドはこの世界を制圧した後、星の海にも手を出すつもりだったのだな」
「螢、凄い……!ジャドしか知らなかったものを、こんな簡単に……!」
リョウダイ達が光明を見出したとして声を上げる中、メイアは物言わぬジャドの方を見、螢も彼の冷たくなった身体に手を触れる。
「……この人、あのエレオスって人に負けたくなかったから、手段を選ばなくなったんだと思う。仲間を集めるために、良い子の仮面を被ったり、理想を求めたり……ポカポカも見せかけにしてたんだね」
「ジャド……苛めっ子だったあなただけど……今度生まれ変わったら、本当の友達になろう……!」
考えてみれば、ジャドもまた今回の事件の加害者であると同時に被害者である。
それを受け止めて、鎧禅は彼の亡骸をメイアから引き取る。
「こちらは評議会の立て直し等もしなければならん。この男の遺体、しっかりと保存しておく。事件の最終解決は貴殿らに任しますぞ」
「響華丸達……そちらの方々については全てが終わってからとしますわ。今は、エレオスの阻止に専心を……今一度、全ての次元の命運をあなた方に託しますわ。ご武運を!」
葉樹も鎧禅や局員を引き連れ、ジャドの遺体と共に去って行く。
残った御琴達は、螢が見つけた宇宙船のある場所と向かった。


数十分後、宇宙船の前に到着した御琴達は、螢の手で扉が開かれると、そこへ全員が乗り込む。
大きさは大人10人入ってもまだまだ余裕がある程のもの。
城塞もそうだったが、宇宙船の中は天地丸達の時代より遥かに進んだ技術に満ち溢れており、驚きの声が尽きない。
「これが、星の海を渡る船……見慣れないものばかりですわ……!」
「凄い内部だ。俺達が乗っていた『虚ろ船』とは違う……」
「弥衛門さんの手でも再現出来るかなぁ……見たらきっと、びっくりするかも」
御琴も天地丸も音鬼丸も、目新しいものに目を奪われそうになる中、螢は端末を手に色々と中のものを確認していた。
「んと、元気になれる機械とかがこっちで、動かし方は……ふむふむ」
「わ、分かるの?その板だけで……」
如何に味方、仲間と言えど、螢が此処までの才能の持ち主だったとは思わなかった響華丸も、喜びというより驚きと別な恐怖で笑みが引き攣ったものになってしまっていた。
「うん。ジャドさん、ちゃんと使い方を此処に書き込んでたみたい」
「用意が良いっていうか、素直じゃねえって言うか……ま、大事に使わないとな!」
「はい。じゃあリョウダイさん、こっち~」
「あ、ああ…」
江に支えられていたリョウダイも、螢の才能と性格には困惑するしかなかったが、指示に従って大きな寝床たる場所に連れられ、そこで横になる。
すると壁から虫の足のようなものが出て光がリョウダイの傷口を照らすと、光が少しずつその傷を癒していき、後は体力を回復するべきとして彼は静かに眠りに就いた。
「さあて、後は動かすだけ。皆、位置について~」
機械の様々な取り扱いは、螢だけでなくメイアやオウランも補足説明し、それを受けて御琴達は傷を癒す等し、終わった所で螢が船の先頭部分にある操縦席という所に座る。
左右にはメイアとオウランが座っており、横にある複雑な機械端末を動かして準備を進めた。
「機体の発進準備は万全よ」
「城塞のハッチ、即ち扉も全て開いた。動力も行ける。方角も固定。何時でも出せるぞ、螢」
「じゃあ、発進~~!」
すぐさま操縦用のレバーを動かし、宇宙船を出した螢。
船は物凄いスピードで城塞を飛び出し、数分としない内に星の海へと出た。

黒というより、藍色に近い闇。
そこを輝かせる、沢山の星の光。
宇宙、またの名を星の海と呼ぶそこは、御琴達からすればまるで明けない夜空の中のようだった。
「綺麗……星がこんなに輝いていたなんて……」
「私と江、螢は見た事があるような風景だけど……本当、地上で眺めていた時よりもずっと多く、そして明るい……」
宇宙船内の広い一室にて、外を隔てている透明な壁越しに外を眺めていた御琴と響華丸は感嘆し、天地丸と音鬼丸もその静かな風景に心が落ち着いていた。
「邪悪さが感じられないが、天上界と呼ばれるものの想像とも違う……しかし、あの星々の光はまるで、命の炎のようだ……」
「はい。その光があるからこそ、この星の海が成り立っているのが良く分かります」
全く見た事も、渡った事のない場所、星の海。
初めて見る者達にとっては心を奪われそうなものであり、それは広間に入ってきたオウランも理解していた。
「人間達が最初にこの星の海を渡ったのは、月の表面に降り立った時だ。お前達の言う西洋の国々とも協力して星の海を渡る船を作り上げ、新天地への希望を見出したのだ」
「新天地?じゃあ、俺達の住んでいる今の場所は、未来では……」
天地丸は一つの、余り良くない事であろう推測をする中、その通りとばかりにオウランは頷いて答える。
「住処としての機能を果たせなくなる可能性が高まって来ているのだ。清きものは汚れ、生命あるものは必ず滅ぶ……星も例外ではない。それを理解した者達は、今も新しい大地を探し求めている。陽の光を浴び、緑と水を持つ、そうした新しい大地を、な。ただ……」
「ただ、何だ?」
「その新しい大地を、一部の人間は我先にと奪おうとしたり、あるいはそこに住む者達を下の身分として扱う可能性も否定出来ない。そうした事が原因で戦乱が起きたりもした。そしてその戦乱が治まっても、時を経る事で国と国、人と人との対立が生じ、争いへと転じたのだ」
「何だって……!?」
住む場所だけでなく、人同士の争いもまた輪を広げている事実に音鬼丸が驚くが、次にオウランが発した言葉で御琴も響華丸も言葉を失った。
「争いに用いる武器も、お前達の使う術等を模したかのように強力で、しかも長く大地を、空気を、水を汚すものへと変わって行った。そして、この船は、そうした争いの技術の中から生まれたものだったのだ」
歴史を知る故に、それを伝えるオウランは終始辛そうな顔をしていた。
人間同士が傷つけ合い、奪い合う中、力を誤った方向へと動かして滅びを速めていく。
それが御琴達の世界の未来にも成りうると思い、しかし現実として受け入れて欲しいという意味合いで彼女はその話をしたのである。
「……星を争いで滅ぼしてしまった俺達の祖先……そうか、それを一部の人間達が繰り返そうとしている、という事か」
少年少女が言葉に詰まる中、真実をもう一つ見出した天地丸。
自分達の祖先は、まさに人間達の未来になっていたのかもしれない。
だからこそ、それを食い止めるべきとして彼は真剣な目で星の海を見詰め直す。
「俺達のやるべき事がまた一つ、増えたな」
「……はい。そのためにも、この戦いに勝って、生きて帰らなければ……!」
メイアが苦しんでいた事実、リョウダイとオウランが手を汚さなければならなかった意味、ジャドとエレオスが悪に走った理由。
それらは御琴の心の中でしっかりと纏められていき、未来に起きるであろう悲しみや苦しみと向き合う覚悟を彼女に決めさせていた。
天地丸や御琴だけでなく、響華丸、音鬼丸も同じだ。
「エレオスの望むものが何であれ、それが悲劇を繰り返すのなら、止めなければいけないわ」
「うん。何があっても、僕達が負ける事は許されない……!」
4人のその覚悟に、オウランも一安心と一息吐き、星の海を見据える。
彼等との出会いも、戦いも、こうして共に仲間として生きる事も、自分達の運命なのだろうと思いながら。

方角がぶれず、船の動きが完全に安定したと見て、螢は船が自動的に動くように機械を操作し、メイアと共に操縦室を出ようとしていた。
「あの、螢」
「何~?」
「エレが姿を見せたあの時、あの子はどんな気持ちだったか、分かる?」
響華丸から、螢は相手の感情の動きを、悲しみや怒りを感じ取れると聞いていたメイアは、手掛かりを得られるかもしれないとみてそう問い掛ける。
答えは、螢の表情にも現れたものだ。
「ん~……凄く、メラメラしていたよ~。本気で螢達を憎んでたみたい。でも螢の力を見抜いてたのかな、それ以外には読み取れなかったの」
「そう……」
鬼見の才でも見抜けない、エレオスの正体。
ならば、やはり直接会って確かめるしかないという事だ。
「大分落ち着いて来たね、メイアさん」
「お陰様で、ね。でも、まさかこんな形で宇宙、星の海に出るなんて思わなかったわ」
「螢は、似たような所に来た事があるよ~。響華丸や江と一緒に、ね」
「本当?」
打ち解けた2人の話は更に深まる。
それは螢の人当たりの良さ、そして裏表の無い優しさがあるためであろう。
「螢達の世界を傷つけた人、その人を止める為に、決着を着けるために響華丸の力で移動したの。始まりと終わりが集まる場所、その手前の空も、こんな感じだったの」
「響華丸……あの人にそんな力が……」
「色々ありまして。話すとすご~く長くなるから省くけど、皆色々背負って、泣いて、苦しんで、でも心から笑えるように頑張ってる。それをしないと、世界が悲しいまま死んじゃうから」
苦しい思い、悲しい思いをしているのは自分だけではない。
そして誰もがそこから未来の為に足掻いている。
以前は振り払うように否定していただろうその考え方を、今のメイアはしっかりと受け入れていた。
「エレも、苦しんで、悲しんでいるのかもしれない。御琴達への復讐、その答えがこの先にある……!」
「どんな答えでも、螢は頑張るよ~」
螢の成すべき事は、人々の本当の笑顔を守ること。
迷いのないその気持ちに、メイアも応えなくてはと心の中で誓いながら、御琴達の居る広間へと向かった。

医務室と呼ばれる部屋、ベッドと呼ばれる寝床で横になっていたリョウダイ。
彼はしばらくして体力の戻りを感じて眠りから覚めていたが、横には江がしっかりと監視する形で椅子に座っていた。
先の約束を、リョウダイが死に急ぐ真似をさせないという約束を守る為に。
「さっきはカッとなっちまって、悪かったな。あんな事で泣いちまうなんて……あたしは、やっぱり子供だ」
「……余も済まぬ。大義の為と振舞っていた為に、メイアだけでなく、残された多くの者達を確実に不幸にし、絶望に叩き落としてしまう所だった……一人を不幸にして、王道も覇道も築けぬ」
泣いた跡は完全に失せてはいるが、リョウダイを担いで以来、まだ笑みが戻っていない江。
思えば彼は、自分自身が妖魔として育てられ、己が人間でない事を割り切って生きて来た。
その生涯で泣いたのは、螢の母が死んだ時くらいで、それまでの悲劇を見ても下手に悲しむ事は無かった。
これが現実だと割り切り、生きる事を選んで戦い続けて来たのだ。
しかしそれらは、単に感情を抑えて、大人ぶって強がっていただけに過ぎない。
許せないものは許せないし、悲しいものは悲しい。
積み重なった苛立ち、怒り、悲しみ、苦しみ、それを表に出さないようにしていた扉が、リョウダイの行動で破られた。
だからこその、江の涙であり、怒号であったのだ。
「お前に教えられた。余も結局は一人の人間、生きとし生ける者の一人でしかない……救世主でも破壊者でもない、ただの人でしかなかった事を、な」
「あたしも、改めて分かったよ。大泣きして初めて分かった。司狼丸もあんな気持ちで戦って来たんだな、ってな」
「……その名は初めて聞くな。恐らくお前と似たようなONIとしての姿と思えるが」
傷も癒えた所でベッドから出たリョウダイに、椅子から立った江が肯定しながら上を見上げる。
機械の力で輝く光は、術と同様ながらも、何処かしら落ち着きあるものだ。
「さっき話した通りさ。泣いてばっかりの隠忍、そいつに対する冷てえ仕打ち……その姉は、助けた人間達に、化け物って理由一つで殺された……司狼丸が絶望して狂うには十分過ぎるものだ。そこへ悪い奴の甘い誘い……結局、似てたんだよ。いや、そっくりだな。あんた達の時代と、あたし達の世界は」
「そう、だな……その現状を打破するべく動いたのも、また同じやもしれん」
「いや、あんた達はまだ良い方かもな。力を合わせて、傷ついている仲間を思いやって今に到ってるんだろ?けど、司狼丸は独りぼっちに、させられたんだ。世の中の冷たさにな。そこにあたしは、負い目を感じてた。あいつの涙に真っ先に応えてやれればな、と」
少しずつではあるが、江の顔に笑みが戻り始め、心の落ち着きと未来への明るい展望を示してきた。
「過去形……そこで響華丸か」
「ああ。あいつだけじゃなく、色々な人達が司狼丸を助けようとして、ようやっと落ち着いた。世の中はまだ色々と厄介事がある事に変わりはねえけどな。それでも生きてくには十二分な状況だぜ」
「ふ、捨てたものではないという事だな。余もこの戦いを終えた所で、ますます死ぬ理由が失せて来てしまった」
リョウダイもまた、自嘲じみた笑みを浮かべて息を漏らせば、その側頭部を軽く江の拳骨が叩く。
「だろ?生き死にが己の自由だからといって、本当にそれで良いのかっていう気持ちも大事にしな。そうしねえと仲間が居なくなっちまう。あんたには娘同然な子がいるんだからさ」
「うむ。子供達の成長をしかと見届けるべく、この戦、負けられぬ……!」
「おうさ。エレオスの狙いが何であったとしても、あたし達は、勝たなきゃいけない……!」
男と男の、拳のぶつけ合い。
それは軽くも力強い、年の差を越えた友としての誓いであった。

螢とメイア、江とリョウダイが広間で御琴達と合流し、外の景色と様々な想いを語り合う時間。
それは長いようで、半刻としない短いものだった。
『間も無く、目的地に到着します。着陸の衝撃に備えて下さい』
広間全体にも響いたその声に、全員が位置につき、船が目指す先を見据える。
「あそこに、エレが……!」
メイアがしっかりと視界に捉えたのは、青白く輝く星。
去り際に見た自分達の星=地球と似た形で、地球よりも小さいその星に船が近づくと、その周囲が炎に包まれ始めた。
「葉樹さんが言っていたのは、こういう事なんですね?」
船が赤い気流のような炎に包まれながらも、さほど熱さが感じられない事に御琴が問えば、メイアが頷いて説明する。
「あなた達がどうやって移動したか、私達にも分からないけれど、この船は熱をしっかり遮る性質の金属で守られているの。それが無いものは、地上に着く前に燃え尽きてしまうわ」
『もうすぐ着くよ~!踏ん張って、口閉じて~!!』
操縦席に居た螢の指示に従う一同。
数分して、船は目的の星に入り、螢の操縦で少しずつ落下速度が落ちて、荒野とも呼べる大地にゆっくりと着陸した。


真っ直ぐに広がる、名も知らない大地。
そこには空気も水もあり、緑も苔としてながらも存在していた。
それを確認してから船を出た御琴達は、灰色に近い青空を、赤茶けた大地を見渡す。
「此処が、もしや……」
土の匂い、そして空気の流れ。
地球と似たそれに、既視感を覚えていた天地丸が次に見つけたのは、遠くに見える大きな建物の跡地。
全員が向かったそこは、遺跡とも呼べるものだった。
遺跡の元たる、建物を支えていた柱の文字は、梵字(ぼんじ)に近い形状をしており、紋様の幾つかが隠忍達にとっては見覚えのあるものばかり。
つまり、此処こそが……
「ようこそ、始まりの地へ。ご覧の通り、今はもう滅びた場所だけれどね」
出迎えも兼ねて答えを言ったその声に、御琴達は身構えると同時に声のした方角を見る。
予想通り、その先にある高台の上に、エレオスは居た。
漆黒の髪はまるで夜の闇を思わせるかのように広げられており、琥珀色の瞳は、今は怒りも憎しみも抑えられているのか、落ち着いた輝きを見せている。
「さて、まずは昔話から始めましょうか。全ての始まりから……それから、古の戦、そして今という順番よ」
「古の、戦……それが、此処を滅ぼした争いか?」
「その通り。天地丸、良く知っていたわね」
「何があったかは知らないがな」
天地丸という、歴史に一番近い人物に何かしら興味を持ったことでか、エレオスの笑みが深まった。
そして彼女の口から語られる。
御琴達の知らない、自分達の祖先の真実が……
「……かつて、この星に一つの文明が栄えていた。今となっては名前なんて意味も無い、でも星を代表していた文明がね。最初の頃、人々は地球の人達と何ら変わらなかった。でも、この地に存在していた豊富な資源を目当てに、星の海を渡って様々な者達が侵略してきたの。この星の人達は故郷を守る為にその敵と戦い、その中で新しい力を得て来たわ。法術、魔法というものもその賜物。でも、己を、自分達が崇める神々の姿と力を模した存在に変化させる事こそが、彼等の技術・文明の結晶だった」
「もしかして、それが私達が戦いにおいて行なっている、転身なのですか?」
何となく想像はついていたのだが、やはり鬼神の力は何かを守る為に戦うべく得た力。
エレオスの語る歴史から、御琴はそう読み取っていた。
「そうよ、御琴。まさに鬼神へとその身を変える技術こそが、この星で栄えた文明の象徴だった。これによって外敵はことごとく打ち払われ、文明は栄華を極めていったのよ……でも、それからしばらくして、反乱は起きたわ。他の星を制圧する事で全てを平定、それを以て完全な平和を成し遂げるという、当時の権力者達の意見に、一部が猛反発し、星を巻き込んでの戦乱を引き起こしたの」
「その結果が、この星の滅び、そして地球への移住か……」
外への侵略行為を阻止しようとして祖先は争い、自分達の国を滅ぼしてしまっていた。
天地丸は廃墟を改めて見渡し、その傷の深さを痛感する。
「星の滅びと言っても、文明を象徴するものが破壊され、指導者が倒されただけで、一時的に死の星となったに過ぎなかったわ。だから今ではこの通り、地球とほぼ同じ気候になっている。もうじき傷も完治して、満足に人が住める世界になるわ。でも、問題は此処からよ」
それこそが、エレオスの復讐の目的であり、裏付ける意味合いもあって瞳に憤怒の炎が揺らめき始めた。
メイアも、幼馴染だった彼女の睨みで全身が震え、体温が下がっていくのを感じる。
その震えは、エレオスが翳した右手の変化で更に大きくなった。
袖部分が吹き飛び、剥き出しになった白い腕が変貌し始めるその変化。
皮膚が紙のように破けて一瞬だけ赤い糸の束を思わせる筋肉組織があらわになり、そこを甲羅を思わせる鱗が覆い尽くす。
細かった指は同じ年頃の男と同じくらいに太くなり、その先には鋭い爪が伸びていた。
拳に装着されたものではない、人間の爪が鋭さを増して獣の爪と化したようなものだ。
閉ざされた口からも、ほんの少しだけ、犬歯が変化して出来た鋭い牙が見え隠れしている。
「戦いに敗れた権力者は、世の秩序を乱したとして神々の怒りを買い、罰を受けたわ。鬼神の力を、何かを守る為にしか使ってはならないという掟を破った者への見せしめとしてね……その家族や子孫、協力者に至るまで、鬼神としての姿が醜く、精神が安定しにくい呪いを受けたのよ。罪の大小によって、変化の度合いは違っていたけど、これを見て化け物と言わない人間は誰一人居なかったはずよ」
光と共にエレオスの右手は人間のものへと戻るも、その変化には御琴も僅かに動揺していた。
彼女は、敗者としての屈辱に対する怒りに生きている。
その動揺に何かを感じたのか、エレオスの瞳の炎は少し治まりを見せた。
「打ち勝った反乱軍の人達は彼等の罪を許した上で、この星から別の場所への移住を計画したわ。転移の術というより、結界を身に纏って星の海に飛び出し、新しい土地を探すというものだったけれど」
「ん~……もしかして、螢達って、その負けた方の人達の子孫?だったら凄く納得行くかも~」
「だとしたら、星の海を渡っていく内に、一部が並行世界を渡っちまったって事だな。あんたもそうしてメイア達の時代に、その世界に来たんだろ?」
自分達の転身した姿を考えての江と螢の推測に、エレオスはその通りと大きく頷く。
「正確には、並行世界も含めた新天地を目指して移動していた、という事よ。その結果、全ての並行世界における、全ての地球で共通して、彼等は妖魔、妖怪、そして隠忍と呼ばれたわ。日本のみならず、東西の大陸に降りた者も居た」
天地丸は少年の頃、隠れ里で自分を温かく迎えてくれた者達の話を思い出す。
罪を許され、仲間と共に移動した者達。
その中に恐らく、自分が戦った妲己がいたのだろう。
と思っている間が、言わば一つの間だったらしく、エレオスは一時の沈黙の中、天地丸の視線が一旦自分から逸れていたのが戻って来たのを見て、話を続ける。
「纏まった組で移動する事もあれば、流刑に近い形で単独あるいは小規模な集団で送り出された事もあった。その中で、一部の人達は故郷の復興を願い、この星と、星を出ようとした人達に術を掛けたのよ。この星へ向かおうという思い・願いがあれば、必ず此処に到着出来て、移住先にも戻れる、そんな術をね」
「「!?」」
「不思議だと思わなかった?兄者が造った宇宙船で普通に星の海に出た所で、広いその海で迷う……でも、あんた達は無事に此処まで到着した。それは祖先の導きなのよ」
船での移動にも、隠忍=ONIの祖先の力が宿っていたとは思わなかった。
それだけに御琴達の驚きは大きいものなのだが、連続して真実をと、エレオスは鋭い視線を更に強めて言う。
「そして……あたしは敗北者の家系。当時この星の頂点に立っていた文明の王の、最後の娘、即ち末の王女よ!」
「時を渡って今日この時に来たというの!?」
もし響華丸の推測通りだとすれば、エレオスは時空を超える力を持っている。
司狼丸も同じ力を持っていて、それで未来を見て、運命を変えようとしていた。
エレオスも同じだとすれば……
だが、エレオスの首は横に、静かに振られていた。
「確かに時空転移の力は持ってるけど、違うわ。あの戦いがあったのは、あたしにとっては物心つき始めた時よ。あんた達にとっては大昔の事だとしても、こっちにとっては十数年前という事。あたし達王族は敗戦後、戦死した父を追う形で母が死に、残りはバラバラで流刑にさせられ、あたしも単身での流刑となった」
「!?ジャドが言っていた通りか……!空から落ちて来た戦災孤児……才能溢れるとして、親の意向で義理の妹にしたというが」
天地丸とは別ながらも、多くを知るリョウダイも今までの話と己の記憶を繋ぎ合わせる。
しかし、まさかエレオスが、一番古い時代から自分達の時代に流れ着いた者だとは思いもしなかった。
「流刑を受けた時、幸か不幸か、様々な記憶や知識が集束する空間に迷い込み、そこであんた達の全ても網羅したわ。あたし達の仲間は、地球の人々や未来の為に影で戦って生きている者もいれば、その醜さ故に迫害され、人の心を失った者もいた……天地丸、あんたと同じ名前で、同じONIは、姿は全然違うけれども2人は居るわ。前者と後者の、ね」
「後者の方はあたし達の世界の天地丸か。司狼丸やその母の鈴鹿も、あんたの側の奴等の、子孫……ん?」
江はふと、此処で疑問を抱いた。
それは螢も、そして響華丸も同じく抱いていたものだ。
「だとしたら、私は御琴達と同じ形の転身後の姿を取るなんて有り得ないわ。伊月もエレオスの王族側についていた者達の子孫……」
その疑問も、エレオスの説明ですぐに解かれる。
全てを知る彼女故なのだが、響華丸に向けられたその瞳には、ある種の嫉妬の念が込められていた。
「道鏡という男が、姿と力を限り無く、真なる形に近づける術を手にしていたのよ。遺伝子を操作し、呪いの類を解く事で、響華丸が造られた……それも、とても許せない事だわ。あたし達は皆、無意味に苦しんでいただけだと証明されていたもの。つまり神々はあたし達が苦しむのを見て愉しんでいたという事よ。あんた達も、神々も、許せるはずがない……!」
「だから、復讐なの?ダメだよ、そんな事したら。独りぼっちになるだけだもん」
螢のその呼び掛けに対しても、エレオスの瞳は変わらない。
「神々の言いなりになったりするよりは、マシな方よ……メイア達の時代に流れ着いたあたしは、今までに得てきた知識・技術を駆使して今日まで生きて来た。異形としてではなく、地球人としての自分をコピーとして用意し、土台を今日まで整えた、という事よ。まさか葉樹によって水の泡にされるとは思わなかったけれどね」
「それで、こちらの遺伝子調査にも引っ掛からなかったという訳か。戦災孤児にして病弱、しかし天才とはな」
オウランの目には、エレオスの真の姿が、彼女の過去が、想像ながらもありありと浮かんで来た。
文明を支える者達の王族としての栄光、敗北してからの没落、そして流浪、仲間達の受けた屈辱と悲哀……
これならば、復讐を考えるには十分なものだ。

エレオスの目は一旦閉じられるが、御琴の方へ向いて再び開かれたその目は、今まで以上に凄まじい怒りの輝きを持っていた。
「……そして御琴、あんたは記憶が完全に消去され、思い出す事さえ出来なかったから何も気付かなかったろうけれど、あの戦い、あたしの父と刺し違えて、反乱軍を勝利に導いたのは、あんたの転生前の少女だったのよ!」
「!?」
「馬鹿な……!?」
「う、嘘だろ!?」
御琴はもちろん、天地丸達もその言葉に耳を疑い、衝撃を受ける。
余りに唐突過ぎで、そして全く知らない事実。
エレオスが真に憎んでいたのは、一番に憎んでいたのは御琴であった事など、誰が気づけようか。
「転生前のあんたは、あの戦いが終わった後、本来あるべき未来を守り抜いた功績で神々によって転生の権利を与えられた。あたしはしっかりと覚えているわ。その瞳、その声、その魂の輝き……!あの時は転身後の姿が今と違っていたけど……」
「私が、あなた達を止めようとして、あなた達の未来を……」
本当だとすれば、エレオスを傷つけて、一部の隠忍が迫害される切っ掛けを作ったのも自分だという事になる。
そこに罪悪感を感じてか、御琴は視界が暗雲に包まれ始めた。
確かに前世の記憶はない、しかしそれを言い訳にしてもエレオスは許さない。
自分の行いが、数多くの仲間を、人間達を苦しめている。
そう思う程、御琴の心が締め付けられるような痛みに襲われる。
だが、彼女がその苦しみに俯き震えていたのもそこまでだった。
幾度と無く襲いかかった苦痛、それが大きくなったに変わりはなく、向き合うべきものだと知ったからだ。
「……それならば、私の生き方は間違いなかったと、断言出来ます!」
「「!?」」
誰もが、御琴を庇おうと言葉を掛けようとする中、御琴自身が戸惑いを振り払った事で再び驚く。
エレオスも同じで、瞳が大きく揺らいでいた。
「メイアさんとの戦いを通じて、自分の行いが原因で苦しむ人が現れる、そうした可能性があると知りました。でも、その罪を理由に、死へ逃げる事こそが本当に許されない事です。だから、あなたの言葉が真実であっても、そうでなくても、伯父様やお兄様、響華丸さん達と共に私は戦い、傷つき、苦しんでも生きます!それが、罪に報いると信じて!」
決意と共に御琴は転身し、その上でしっかりと右拳を握り締める。
赤の瞳には、エレオスの怒りや憎しみを受ける覚悟として輝きが見られ、そこへ別な覚悟が加わる。
「ですが、あなた達の行いも正しくありません。この力は、侵略や復讐の為に使ってはいけないんです。だから、前世の私はそれに気付いて、あなた達を止めた!そして今、此処でもう一度、私があなたを止めて見せます!」
「御琴……!」
「ふ、それでこそ音鬼丸の妹にして、俺の姪だな」
此処まで強く、大きくなった御琴に音鬼丸と天地丸は感銘して微笑む。
響華丸も、やれやれといった雰囲気はあれど、2人と同じような気持ちだ。
「その覚悟ある眼差し、久しぶりね。でも、あの時よりずっと強いわ」
「ま、考えてみりゃそれが一番だろうな。あたしもビービー泣いてる暇はねぇって事だ」
「あ~、だからリョウダイさんを連れて来た時、江の心が少しズキズキしてて、お目々が兎さんみたいになってたんだね~」
「べ、別に良いだろ?男が泣いてもよ」
「うん、良いよ」
江の思いに、螢の無邪気な突っ込みが入った事で緊張感が緩んだのか、リョウダイ、メイア、オウランもそこで小さく笑ってしまう。
しかしこの場はこの場として気持ちを切り替え、リョウダイとオウランは厳かな表情になり、メイアも転身して御琴の横に立つ。
「……王道の為に己が傷つく。だが前世のように死んではならんぞ。お前の命は、まだまだ燃え盛るべきものだ」
「生きて罪を償ってこそ未来がある。過去のお前の行いは、お前の言う通り間違いは無く、そして正しい。それを誇りとして、生きろ」
「……御琴、あなたは私を助けてくれた……傷ついてでも誰かを守ろうとして来たあなたを、絶対に信じるから!たとえ裏切られても、信じる!」
「皆さん……ありがとう……!」
温もり溢れる言葉に心身を温められた事で、御琴は奥底から温かく、強い力が湧き上がるのを感じ、そして笑みを仲間達に見せる。
逆にエレオスは怒りで目を血走らせており、歯軋りと共にその身が見る見る内に変化していく。
「あの時も……父者と刺し違えたあの時も、あんたはそうして沢山の反逆者共の声援を受けて来た!それが許せない!」
腕、胸、下半身が黒光りする甲虫の如き禍々しい甲殻に覆われ、漆黒の髪は色をそのままに鬣となる。
エレオスの面影は顔にしっかり残っているものの、噛み合った歯とは違いが良く分かる鋭い野獣の牙、額から生える1本の角というその姿はまさに鬼そのもの。
最後に、肩甲骨辺りから3対の、翼を思わせる鋭く黒い突起が生え、それらが紫色に輝いた。
「これが、エレオスの……」
外見は妖怪であり、鬼神にあらざるものだが、発せられる気は鬼神と相違無いもの。
突風となったその気を受けて、御琴達は吹き飛ばされないよう踏ん張りつつ、エレオスの、憤怒の鬼の姿をしっかりと目に焼き付けた。
「この醜さが、あたしの心を示すというのならば、それも一興……!醜さを以て美しさを喰らい、あたしは復讐を遂げる!そして復興させてみせるわ!あたし達の文明を!王族を!全てを!」
「エレ……だったら、こんな事を終わりにしよう。今のあなたは以前の私と同じ、苛め返す子と何ら変わりない」
メイアは翅を羽ばたかせて浮かび、針型と鋏型の刃を構える。
その瞳にはかつての、怒りや憎しみの炎は無く、エレオスを助けたいという輝きがあった。
「その戯言(ざれごと)で止められると思って?その刃で、外付けでしかないその力で、あたしを斬れるの?」
「……斬るのは、私の幼馴染のエレじゃない。意地っ張りで怒りん坊なエレよ!」
「ふ、平和に逃げるとはね……まあ、それが夢物語である事を示してあげるわ!他の鬼神も、諸共にぶっ潰してあげる!」
咆哮と共に右拳が御琴達の方へと突き出される。
響華丸も、転身と共に剣を呼び出し、それを突き出し返す。
「ジャドもあなたも、自尊心故に狂ってしまっている。それではどちらも明るい未来は約束されないわ。先が虚しいもの」
「時空童子の心を救い、道鏡を真に打ち倒したからとて、図に乗るんじゃないわよ。混ぜものの泥人形が!」
更に怒りの闘気を放出させるエレオスを前に、リョウダイも向かおうとしたが、全身に小さな痛みが走り、片膝を突く。
「く……このような決戦で……余は見届けよ、という事か」
老体故に、羅士と言えどその身に伸し掛る老いの負担は大きい。
それを見て、オウラン、江、螢がリョウダイを守る形に入った。
「ならばお守りしましょう。それもまた我らの戦い!」
「あんたの見届け、この世でさせるようにする。攻撃のこぼれ落ち一粒たりとも近づけさせねぇっ!」
「御琴さん達、頑張って~!螢もリョウダイさんを江達と一緒に守るよ~!」
螢の明るい声援を受け、天地丸と音鬼丸もそちらの方を見て、そして互いに顔を合わせてそれぞれで頷くと、転身してエレオスの前に立った。
「妲己と同様の野心、そして深い悲しみと怒りを抱く鬼、エレオス!その復讐を遂げさせはしない!」
「御琴の前世が何であろうと、僕は御琴の兄だ!絶対に守って、生きて帰る!!」
敵の戦闘準備が整ったと見て、エレオスは怒りを帯びた笑みを浮かべて飛翔し、御琴達を見下ろし、そして天を見上げて高らかに吼えた。
「父よ、母よ、我が家族よ、同胞よ!裏切り者達の血を、悲鳴を、魂をあなた達に捧げましょう!この、最後の王女エレオスの全てにかけて!!」



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あとがき

真実が明らかとなり、決戦開始となった今回。
今までにない、宇宙を渡るという展開にしたのは、これまでのONIシリーズの設定などから『ONI達は異星人である』としておきたかったためです。
今回も螢の鬼才振りが加速したりしましたが、此処で葉樹の素性(前作最終話で少し見え隠れしましたが)もハッキリとしました。
名前について、タキヤシャの本名を『蛭子月豊』としたのは、タキヤシャ→滝夜叉→五月姫→May(五月)→ローマでの豊穣の女神、という風にした為です。
真の黒幕であるエレオスの過去も、『転身後の姿が、零やNINJA MASTERのようなものと、GB&SFCのものとで違う理由』を私なりに考えて見て、組み上げてみました。
御琴についても、今作のタイトルに真に相応しい形でIF設定にしていったりと……

次が最終話となります故、是非共最後まで見届けて頂きたいです。

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