ONIの里

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隠忍伝説(サイドストーリー)

隠忍 -The Guilty of Past-

桃龍斎さん 作

第六話 城塞突入

晴れた青空、それは異次元も変わらないものになっていた。
眩しい太陽の光に照らされる草木は生命力を感じさせており、風も静かに吹いている。
だが、動物達は真っ先に何かを感じ取っていたのか、あるものは空のある方角をじっと見詰め、またあるものは奇声を上げ、更にあるものは人里という人里を駆け回る。
その様子に、自然の動きに詳しい者達が次に予感した。
何か大きな事が起きると……
それから十数秒後の事だった。
空の一部が歪み、雷が青空に走ったかと思うと、そこに巨大な城が姿を見せたのは。
「何あれ?!」
「あんなもの、初めて見るよ!」
空に浮かぶ巨大な城を前に、騒然となった人里で、人々は混乱し始める。
安全な場所への避難、頼れる者達への救援依頼がその混乱の中で行われ、報せは御琴達にもすぐに届いていた。
動くか否か、敵の出方を見るべく次なる情報を待つ御琴達。
半刻と経たない内に城塞からは真下に羅士兵達が姿を見せているのだが、そこから動く気配が全くない。
代わりに、異次元全体にリョウダイの声が響き渡った。
『我らは羅士!この世界を起点に、全ての世の中の歴史を変える者!だが、いたずらにこの世界を破壊する気はない。我々に従うか抗うか、今日の陽が沈むまでにその答えを示してもらおう。示し方は任せる。無論、こちらは降りかかる火の粉を払うだけ。抗う者達は相応の力を以て答えようぞ。陽が沈んだ時に返答が無かった場合、この世界の子供達を全て連れ去る。今降りている地上の羅士兵達は、そのための人員。逃げても追う!さあ、我々を止めたくば、掛かってくるが良い!』
厳かな言葉に、腕に覚えがありそうな者達は身構えるが、羅士兵と戦った事のある男が全く勝てなかったという事実を知るや否や、その構えも自然と解かれてしまう。
立ち向かう者達は限られている。
そう、御琴達に全てを賭けるしかなかった。
「あんた達が頼りだよ。どうか、この世界を救ってくれ」
「悔しいけど、俺達の力じゃ……」
託されたものは大きく、しかしそれを背負う覚悟は御琴達に出来ている。
だから、彼女達はすぐに動いた。
茨鬼、そして樹海からこの異次元にやって来た高野丸達が人里の防衛に向かい、御琴、音鬼丸、天地丸、響華丸、江、螢が城塞に行くというもの。
そこに待ち受ける者が何であろうと、立ち止まる訳には行かなかった。
「皆、気を付けて」
「はい。行って来ます、お母様!」
琴音が見送る中、御琴達は城塞の方角へ向かう。
その様子は羅士兵達にも見えていたので、全員が迎撃態勢に入り、一部が腕を筒のようなものに変形させ、光の矢を放つ。
「弓兵みたいなのが居るって訳か。だが、何が武器だろうとやる事は同じだ!」
先陣を切った江が飛翔すると同時に蛟の化身・流撃鱗士(りゅうげきりんし)に転身し、そのしなやかかつ強靭な両腕を鞭の如く振り回して羅士兵を吹き飛ばす。
そこに続いたのは毘刹童子(びさつどうじ)に転身した音鬼丸だ。
「伯父さん達は先に!僕も江と一緒にこいつらを倒してから行きます!」
「2人共気をつけろ。恐らく羅獣というヤツも来るはずだからな」
「おうよ!挟み撃ちを食い止めてみせるぜ!」
天地丸の言葉を受け、音鬼丸と江はそのまま左右の羅士兵達を蹴散らしていき、その間に御琴達も転身して翔び、城塞の入口たる穴へと入り込んだ。
「それが君や螢の転身した姿か……本当に違うんだな。僕達と」
「おかげであたし達の世界の人間からは嫌われてたもんだよ。例外があったのが、普通に嬉しいけどな!」
御琴達が突入したのを確認し、背中合わせの会話をしながらも、迫って来た羅士兵や化け物を迎え撃つ2人。
音鬼丸は刃を持つ紅蓮の手甲から鋭く重い拳に闘気と霊気を纏わせての連撃を繰り出し、江は蛟の如く、妖魔特有の術による水飛沫(みずしぶき)を放ちながら両腕を振るう。
異なる形の隠忍は、そうした各々の特徴を活かして目の前の敵を討ち、その数を少しずつ減らす。
最初に降りていた羅士兵達の数は少しずつ減っており、段々と彼等も2人の戦い振りに気圧され始めた。
が、半分くらいになった所で城塞の方から無数の三日月の刃が飛来し、羅士兵達を切り裂きながら音鬼丸や江に迫る。
「!?この鎌は、百鬼斬り!!」
「天地丸の言ってた羅獣ってヤツか!?」
回避した2人が上を見上げると、城塞下部の岩壁に何時の間にか開かれていた穴に、無数の鎌を身体中に生やしたような百鬼斬りの姿があった。
「ククク、覚えていてくれたようで何よりだ!そっちの隠忍は少し違うようだが…まあ良い!ジャド様より頂いた新たな力を試すには持って来いなのだからな!」
「だから外見も変わってたのか……油断は禁物だよ、江」
「ああ。元より承知の上さ」
全身刃物と化している百鬼斬りは両腕の、更に大きくなった鎌を振り上げての構えに入り、音鬼丸と江も気を引き締めて睨み返しながら構える。
羅士兵達は手出し無用と見てそのまま構えを解き、しかし何時でも動けるような状態になった。


葉樹は本局に戻っており、自室で収集した情報を整理していた。
「これで、後の問題は羅士、そしてその羅士が現れた根本的な原因……」
響華丸達の協力が無ければ此処までこれなかっただろう。
上司も同じような考えで、今回の事件についても一刻も早い解決を望んでいる。
それも、根本からの解決を……
「課長、失礼します」
扉越しに声を掛けて入ってきたのは鎧禅だ。
「調べ物が見つかりまして?」
「ええ。しかしかなり恐るべきものです。故に、課長にもついていただきたいのですが」
「?どういう事ですの?」
何時に無く深刻な面持ちの鎧禅。
彼がこのような顔をするとなれば、事態も事態なのやもしれない。
と、そこへ部下がやって来て敬礼と共に報告に入った。
「報告します!羅士と呼ばれる者達の本拠地、その城塞が世界番号291番上空に出現しました!城塞からは敵兵が現れてその場で待機、しばらくして、響華丸達が彼らと交戦しつつ、一部が城塞内に突入したようです」
「そちらの方は問題はなさそうですわね。私は鎧禅と共に別件解決に当たります。羅士の動向を監視するよう、各員に」
「了解!」
実力行使に出るにしては、かなり強行とも呼べる動き。
それは迂闊(うかつ)に動いてはならないと言わんばかりのものだ。
幸い、先日のような侵攻の気配が無い以上、響華丸達にとっても戦いやすいだから、彼女らを信じるのが一番。
鎧禅が得た情報も気になり、そこにもしかしたら、という考えも出ていた。
それ故の適切な判断から下した指示に、部下も従い動く。
「さて、鎧禅。今の話は?」
「課長の目でお確かめ頂ければ。そして、これはお察しかもしれませんが、響華丸達いえ全ての世界の今後にも関わります。此処で話すには、余りに大き過ぎる内容であります故」
「……分かりましたわ。あなたを信じましょう」
「では、こちらへ」
鎧禅もまた、道鏡の世界支配の企みを掴み、そこから響華丸達の活路を拓いた立役者。
そこからの信頼に従い、葉樹は彼と共に行動を開始した。


「先鋒を百鬼斬りに任せておくとして……オウランが確実に響華丸ってヤツを抑えて、御琴を僕が殺るから、天地丸と余りのチビをお前達が頼むよ、蠱蝕王(こしょくおう)、蛇女郎(へびじょろう)」
御琴達が城塞に入ってきたのを見ていたジャドが、背後に控えている羅獣にそう指示を下す。
「「御意」」
蠱蝕王は百足・芋虫の首を両肩に生やした巨大な鬼を思わせる化け物で、蛇女郎は蛇の頭髪と蜘蛛の下半身を持つ妖しげな女性であり、どちらもジャドに従って研究室を出て行く。
ジャドも様々な仕掛けをと、端末を操作しようとしたが、メイアを閉じ込めていた場所を見て目を丸くした。
そこに居たはずのメイアが姿を消しており、結界も破られていた、即ち脱走していたのだ。
しかしそれを見ても、ジャドは驚きの表情から一転し、逆に感心するだけであった。
「ふぅ~ん、感情を爆発させる事で、新しい力を発揮出来るんだぁ。メイアはそういう点で御琴にぶつけがいのある子だね。ククク!予定変更。蛇女郎は御琴とメイアがぶつかって疲れるのを見て、後は自由にして良いよ。僕も場合によっては手伝うし。蠱蝕王は一人になるけど、良いかい?」
『構いませんぜぇ。数多喰いを倒したONI、実に蝕(むしば)みがいがありますし、ガキも美味そうですからなぁ。ジャド様』
『フフフ、メイアの方は裏切り者という事がハッキリし次第、他のONI諸共始末して差し上げますわ』
指示の変更に、2人は不服を唱える事無く従い、ジャドがすぐに研究室を出、先に動いていた蛇女郎と合流して外へ出る。
その一方で、メイアは血走った目をしながら通路を走っていた。
「御琴、あなたが近づいているのは分かっているわ……!」

城塞の下部から上部へと登り、中庭を思わせる場所に到着した御琴達。
行く道が中央の城へ続く道と、別の建物へ続く道とに分かれたその場所で4人を待ち受けていたのはオウランだった。
「彼女は、オウランか!」
「ええ。相手は私がするわ。御琴、天地丸、螢は先に行ってて」
響華丸がゆっくりと構えを取り、オウランも転身して前へ進むが、御琴も左側に見える建物を見るや否や、そちらへと足を向けようとする。
「そっちは居住区だ。我々が捕らえた子供達もそこに居る。救いに行くのであれば、好きにするが良い。何があろうとも責任は持たんがな」
「……もう一つ、私には感じられるものがあるんです。だから伯父様、螢ちゃん……」
オウランの説明とは別な、御琴の動く理由。
それは言わなくても分かる事であり、止める理由も無いものである。
だから、天地丸も螢も、響華丸も彼女の言葉を受け入れた。
「決して挫けるなよ。何があっても」
「頑張ってね~」
「こっちを片付けたら、すぐにあなたの所に向かうから」
「……はい!」
伯父と仲間、そして親友の言葉を背に受けて御琴は居住区へと駆け出し、天地丸と螢もオウランの横を通り抜けて行く。
「あ、やっぱり響華丸がお目当てなんだ。でも、あの人……」
「気になるのはやまやまだが、今は道を切り拓くだけだ!」
「は~い!」
オウランに対して思うところのある螢も、天地丸の言う通りとして視線を前に向けて走る。
3人が居なくなった所で、響華丸とオウランは完全な臨戦態勢に入っていた。
「この戦い、あなた達は最初から悪人になるつもりで仕掛けたという事ね」
「不器用と笑うか?」
「いいえ。暴力を振るわなければならないくらいの、何か大きな理由があると見えるのよ。色々とあったおかげで、ね」
静かな風が両者の間を吹き抜ける中、オウランは小さな笑みで語る。
「羅士は、力無くして世を平らげる事は叶わぬ、とした組織…私達は世の中を通じて理解した。自分と異なる事を理由とした迫害、権力の暴力、それらが意味しているのは、所詮は力だという事だ。お前もそれを知っているようだが?」
「私の居た世界でも、似たような事情で悲しんでいる存在が沢山居たわ…ただ、誰もが暴力を手段としている訳じゃあない事も見えている…だから、あなた達を進ませる訳には行かない。たとえその結果が、あなた達の危惧していた事になっても、ね」
響華丸もまた、一人の戦士。
そう読み取ったオウランの目は心無しか嬉しさで煌めいていた。
「御琴とやらならば、戦わぬ方法を選んだやもしれんが……否、そうでもないか。あの娘、前より覚悟が出来ているな」
「あなたにも分かるというのなら、他に構う理由もなさそうね」
「そうだな。始めるぞ」
今はお互いの決着を着ける時。
その思いが一致した所で、2人の鬼神は地を蹴って駆け、拳と蹴りの乱打を放ち合った。
先の日の一騎打ちでは剣による勝負だったのだが、その勝負と同じ形で、2人の拳の質が現れている。
的確かつ正確に攻撃を入れていき、俊敏な動きによる紙一重の回避で守りも重視する響華丸に対し、一撃一撃がまるで巨岩を思わせる重い拳と、太刀の如き鬣でオウランが攻める。
「封魔光陣!!」
距離が離れた所で響華丸が無数の光弾を放ち、その光弾から光の矢がオウラン目掛けて放たれる。
オウランも鬣を外套(マント)の如く広げ、それを盾にして光の矢を防ぎつつ接近した。
「前のような返しが効くと思うな!」
鬣の羽ばたきと共に加速を付けたオウランは瞬時に響華丸の懐に入り込み、右拳を彼女の左肩に突き刺そうとする。
その右拳を響華丸は逆に受け流し、オウランの体勢を崩した所で光を纏った右の掌を、がら空きになった腹に押し当てた。
「せぇっ!!」
「っ!?」
凝縮された力が爆発したところでオウランは放物線を描きながら吹き飛ばされるも、鬣が翼の役割を果たしてその身体を空中で止めさせる。
一方で追撃に入ろうと響華丸は翼を広げたが、僅かな痛みを左翼に感じ取った事でほんの僅かだけ動きが遅れ、結果としてオウランと同じ高度に達するだけに留まった。
オウランの右拳、そこから放たれた衝撃波が響華丸の翼に当たっていたのだ。
「二段構えとは、厄介ね……もっとも、致命的とまでは行かないみたいだけれど」
「先の溜飲(りゅういん)、此処で下げさせてもらった。次はどうかな?」
言いながら鬣から熱風を放つオウランに、響華丸も翼を広げて光弾を無数放ちつつ、自身の目の前に円形の光の盾を形成する。
熱風の勢いは光弾によって殺され、光球も熱風で殆どがかき消され、残った攻撃が相手に当たっても全く無傷に等しいものに終わる。
しかし硬直はオウランの方が長かった為、響華丸は瞬時に間合いを詰めての蹴りを彼女の顔面に叩き込む。
「ちぃっ!雄々しいだけが鬼神ではないか。しかし!」
「!?抜かった……!」
蹴られたオウランも既に響華丸の足を掴み、頭突きを見舞って彼女を突き飛ばす。
響華丸の額はそれによって痣が生じたが、出血の様子は見られず、僅かに顔を顰(しか)めただけだ。
「本当、頑丈ね」
「私の攻撃をまともに食らったお前もなかなかだぞ。さて、そろそろ身体が温まった所だ。剣を抜かせてもらう……!」
「喩(たと)え、だけじゃなさそうね。ならば、それは私も同じよ」
傷が軽いと見た2人はそれぞれ自分の剣を現出させる。
響華丸は右手に霊気を集約させた光の剣を手にし、オウランは全身の装甲を一部分離させ、それらを組み合わせて出来た柄から炎を思わせる光の刃を造り上げる。
「お前とは味方、仲間、友として出会えたら、と思える。無論、今この時もまた大事としているがな。行くぞ、響華丸!」
「こちらも行くわ、オウラン。この時だけじゃなく、これからをも守る為にも……」
剣、鬼神の力はどちらも五分。
そう見ていた2人は無意識の内に笑みを漏らし合い、空を蹴って駆け出した。

先へと進んでいた天地丸と螢は、城塞中央で羅士兵達の襲撃を受け、それに応戦している所だった。
「天地丸さん、別の所へ~!」
「おう!」
飛翔した螢の身体がキラリと輝いたかと思うと、その輝きから9本の小さな光の矢が現れ、彼女の指差す方向へと一斉に降下する。
「破魔陣・九星!」
羅士兵達の群れの中に入るように、床に突き刺さった光の矢。
それらが結ぶ円周内の羅士兵達は突如足元から噴き出した光によって焼かれていき、外にいる者達も矢の爆発で吹き飛ばされる。
そこから離れた場所では天地丸が敵兵と敵兵の間を駆け抜け、雷光を放つ拳で次々と彼等を打ち砕く。
ものの数分と経たずして、羅士兵は全滅し、砂となって消滅していったのだが、天地丸も螢も合流しながら、邪悪な気配を感じ取ってそちらへと目を向けた。
そこには今までとは段違いの禍々しい異形が姿を見せていたのだ。
「俺は蠱蝕王!ジャド様が忠実なる片腕!」
「先の声の主とは違う……ジャドとやらがこの事件の首謀者か!?ならばオウランは事情があって加担しているという事だな?」
「それを知る必要等ない。お前達は俺が殺すのだからなぁっ!!ぐへへ」
啖呵(たんか)を切る蠱蝕王の両肩に螢は火の玉を前触れ無しに投げつけるが、それらを蠱蝕王は右肩の百足が持つ鋭い牙で噛み砕いていく。
螢も不意討ちが防がれた事で驚きを隠せないでいた。
「わぁ……ちょっと危ない相手~」
「蠱蝕王……確かに妖怪とは大違いの強さだ」
「じっくり、タップリ恐怖を味わい、苦しみながら地獄に堕ちるが良い。グハハハハハ!!」
蠱蝕王の両手首から無数の紫色の触手が伸び、その先端からは緑色の粘液が滴り落ちる。
粘液は床に触れるや否や、強烈な臭いと蒸気を立ててその床を溶かし、穴を開けた。
「!この人、もしかしたら天地丸さんのその鎧も溶かしちゃうかも!地獄の瘴気の塊みたいだから」
「何っ!?」
かつて地獄での戦いを経験していた螢の説明に、天地丸も一層警戒心を強める。
鬼神の装甲は強力な妖怪の一撃で斬れたり、砕かれたりした事は確かにあるが、溶かされた事は今の所無い。
化け物の消化液ですら、鬼神の身体に軽い火傷を負わせるのがやっとだった。
それだけに、蠱蝕王がとてつもなく危険な敵だという事が天地丸には良く思い知らされた。
「……まさに、俺達鬼神を殺す為の、ジャドとやらの最大の切り札という事か!」
「驚いてくれたようで何より!そっちの小娘も、そこまで賢いとはな。その脳髄もさぞかし美味そうなのだろうなぁ」
「螢の頭の中も、天地丸さんも、皆も絶対に食べさせないよ。あなたの御飯に、ならないからね」
僅か、ほんの僅かだけ身体が震えた螢。
それが自分の身体を支配し始めた恐怖であり、過去に経験したものである。
その僅かな震えを見逃さなかった天地丸は、彼女の瞳に自身も奮起出来る心地を覚えた。
「(恐らく、彼女もこっちの想像以上のものを背負っているのだな。ならば、俺も大先輩にして鬼神に恥じない強さを、未来の先駆けが一人である螢に見せよう!」

居住区、そこは大きな建物の中に、小型の四角い住居が立ち並ぶ場所だった。
薄暗い渡り廊下、上下の階層を繋ぐ階段、そのどちらも延々と続いており、一つの町を形成しているのが良く分かる。
御琴は一旦転身を解いてその廊下を歩いていたが、幾つか理由があった。
一つは消耗を抑える為であり、もう一つは囚われた子供達を怯えさせない為。
そして、後一つが……―――
「……見つけたわ。御琴!」
「メイアさん……私も、あなたを探していました。あなたの、怒りに応える為に……」
最上階の廊下に姿を見せたメイアに、御琴も見上げて返す。
メイアの瞳は怒りで緑色の炎が燃え上がっており、今にも転身しそうな、そんな様子だった。
「私はあなたとの戦いで数多くを失った。信頼から、義理の姉と呼べるオウランからの愛……あなたと出会わなければ良かったのかもしれない。その後れを取り戻す為にも、殺してやる……!御琴ォッ!!」
「……ならば、その憎しみも悲しみも受け止めて見せます!」
同時に転身した御琴とメイア。
御琴は最上階まで飛翔して到達すると、転身を終えたメイアの姿をしっかりと見据える。
蜂を思わせる隠忍だが、以前とは違って左手の手甲がスズメバチの頭部を模した爪を持ち、両肩からは鋭い刃を持つ副腕が伸びているという、攻撃的な姿。
「切り裂き、打ち砕き、そして貫き通す!御琴、あなたの全てを!」
「あなたには、絶対に倒されません!そして、勝ちます!」
決して負い目は感じていなかった。
メイアのこの怒り、憎しみ、悲しみが自分達の招いたことだったとしても、自分の成すべき事を果たす事が先決である。
だから、御琴はもう戸惑わずに、キュッと拳を胸の前で握り締め、真紅に輝く瞳をメイアに向けた。
鋭さを増した右の剣、左の鋏をギラつかせ、碧炎(へきえん)の瞳を叩きつける彼女に……

「シャーッ!」
百鬼斬りの身体から生えていた刃が一斉に飛び出し、それらは意志があるかのように回転しながら縦横無尽に戦場を飛び回る。
「うおぉっ!?百鬼斬り様……」
「ギャアァッ!!」
音鬼丸と江が刃を避ける中、羅士兵達が次々と巻き添えを喰らって倒れていく。
その有様に江が水弾を飛ばしながら吼えた。
「てめぇっ!!何味方巻き込んでんだ!?」
「味方だと?こいつらは換えの利く捨て駒だ。この戦いが終わればすぐに新しいものを作れば済む。ジャド様の手で兵が造られ、圧倒的な人望を得たリョウダイ様の下で世界はあるべき方向へ進む!」
「あるべき方向だと?こんなんで進めるかよ!」
近づけば刃で逆に斬られると見て、音鬼丸も気弾を放ちながら続く。
「罪もない人達、その人達から子供達を攫ってどうするんだ?まさか、その子達は羅士兵に?」
「安心しろ。ガキ共はただ単に民として働いてもらうだけ。年寄りは頑固極まりないのでな、奴等には死んでもらう。無論、お前達もな!」
気弾も水弾も腕の鎌で切り裂きながら、百鬼斬りは刃が戻ってきた所で自分からも音鬼丸目掛けて飛び掛り、尻尾の鎌を振り下ろす。
それを避けた音鬼丸も右の拳から放たれる拳圧で百鬼斬りの胴を打った。
「むぅっ!だがこの程度で!」
入ったものの、刃が鎧となっている為に軽微な痛手で済んでいる百鬼斬り。
そこへ江が両手から放った水の龍が彼を飲み込もうとした。
「小細工が!」
しかし飲み込まれた百鬼斬りの全身の刃は瞬く間に水の龍を内側からズタズタに切り裂いて水飛沫へと変え、着地と同時に車輪の如く高速回転しながら江に突進した。
「うおっ!」
掠っただけで鱗にも無数の傷が入るという、百鬼斬りの刃の鋭さ。
直撃したが最後、膾のように切り裂かれてしまうのは確実だ。
近づいても、離れても百鬼斬りの刃の脅威は消えず、なかなか有効打を出せない2人。
逆に百鬼斬りは着実に音鬼丸や江の身体に傷を刻んでいた。
身体の刃だけでなく、腕を振って発生させた竜巻の見えざる刃が彼の強力な武器。
それを打ち砕く為に音鬼丸も蹴りから風圧を発生させて竜巻を消して行くのだが、刃の嵐は勢いが止まらず、攻撃の手が次々と潰されていくばかりだ。
「くそっ!このままだと、2人共やられる!」
「避けても避けても傷を負うばっかりじゃねえか。こいつはいっその事、大怪我覚悟であのカミソリから何とかするしかねぇか!」
「!それだ!!」
攻めあぐねていた音鬼丸は、江の言葉に何か気づいたか、苦々しい表情から一気に精悍(せいかん)さを取り戻して駆け出す。
「……へっ、考えてみれば、そうだよな」
江も音鬼丸の行動に納得して、彼と挟み撃ちにするように百鬼斬りの後ろへ回り込む。
「馬鹿め!我が刃の露と消えに来たか!」
「ちげぇよ。てめぇをぶっ潰しに来たんだよ!」
「ほざけぇっ!!」
怒鳴る百鬼斬りは前後に向けて刃を飛ばし、自分は音鬼丸目掛けて鎌を振り上げて駆ける。
対する音鬼丸と江は、刃を避けるのではなく、真正面から拳等で撃ち落としに入った。
「うおおぉぉぉっ!!」
「怒涛の大嵐だぁーー!!」
音鬼丸の真空を伴った拳と蹴りが刃を次々と巻き上げながら砕いていき、江が矢のように放った鱗も刃とぶつかって互いに砕かれていく。
撃ち漏らしたものは2人の身体を切り裂いていったのだが、刃の数が少しずつ減っていった事に百鬼斬りの顔から余裕が失せ始めた。
「!おのれ小賢しい!」
百鬼斬りも失った分の刃を身体から生やすのだが、それらも放たれた途端に江の鱗が撃ち落とす。
結果として、百鬼斬りの身体を守る刃の鎧に穴が生じた。
それこそが音鬼丸と江の狙いであり、音鬼丸が左右の拳を交互に百鬼斬りの胸元に突き刺していく。
「ぶげぇっ!?な、何ぃぃぃっ!?」
「思った通りだな!斬れ味が良い刃だが、叩くと滅茶苦茶脆い!あたしの鱗の方がまだマシだぜ!」
江は鱗がある程度少なくなった事で本来の肌が露になり、そこに刃が入って傷が深くなるのだが、彼の身体の筋肉は細身ながらも強靭故か、すぐに傷口からの出血が止む。
音鬼丸も衣と鎧に無数の傷が入り、青白の血が滲むのだが、それでも拳の連打を止めずに百鬼斬りを打ち続ける。
「そ、そんな…お前達は、死を恐れないというのか!?」
「恐れるものか!鬼神の力は、こうした傷も恐れずに守るべきものを守る為にある!だから僕は逃げない!」
段々と百鬼斬りの身体が悲鳴を上げ、紫色の痣が刃の代わりに全身を覆い始める。
「こ、この上は……!」
攻撃を受け続けていた百鬼斬りは一か八かとばかりに腕と尻尾の刃を大きくさせ、それらで2人を切り刻もうとする。
だがその刃も、2人の鋭い拳で粉々に砕かれ、破片が2人に突き刺さっても勢いは止まらない。
「ば、馬鹿な!?」
「馬鹿はてめぇだ!大怪我するまで自慢するんだからな!」
「これで、終わりだ!!」
仕上げとばかりに繰り出された音鬼丸の拳は鋭く、重く百鬼斬りの胸元に突き刺さり、内側で骨が砕け散る音が響く。
しかしそれは束の間で、命中した部分から光が溢れ出ると、その光の中に消えるように百鬼斬りの身体が砕け始めた。
「お、俺が……負けるだとぉっ……!?ジャド様の、ジャド様の世界がぁーー!!」
断末魔と共に光に包まれた百鬼斬り。
数秒としない内にその肉体は完全に消滅し、残ったのは傷だらけの音鬼丸と江だけになった。
「江、大丈夫か?」
「こんくらいのはどうって事ねぇ。さ、行こうぜ。皆のところへな」
「……ああ!」
多少は消耗しているが、まだまだ存分に戦える2人はそのまま城塞の入口へと入っていった。

蠱蝕王が走り出すのを見て、螢が飛翔して頭上から火の玉を雨霰のように降らせる。
それらを蠱蝕王の両肩から生えている百足と芋虫が食うように防いでいる中、天地丸が左手から電撃を放ちながら敵の触手の動きを押さえ、間合いに入った所で雷光を纏った右拳を突き出す。
「甘いわ!」
蠱蝕王がそれを右手で受け止め、掌から放たれるどす黒い霧状の瘴気で天地丸の、魔封童子の放つ雷の力を喰らい始めた。
「何っ!?くぅっ!」
拳を覆う雷が消えただけでなく、手甲や本来の手までも焼かれる感覚に危険と感じた天地丸は即座に下がるのだが、己の手を見て思わず息を飲む。
今まで戦って来た相手とは、攻撃の質が違っている。
まるで灼熱の炎に覆われた鉄板を殴ったかのように、拳も、それを覆う手甲も焼け焦げており、そこからの痛みと共に僅かながら力が吸い取られているではないか。
「ククク……隠忍の全てを喰らい、俺は最強の戦士となる……!そう、お前達を超えてなぁっ!」
「(響華丸とは違う。残虐さも、冷徹さも半端じゃあない。だが、だからとて退く気は無い!)」
降りて来た螢による傷の治療を受け、押し返すように己にそう言い聞かせた天地丸。
それを嘲笑うかのように、蠱蝕王は触手を伸ばしはしないものの、先端から粘液を飛沫として飛ばした。
「危ない!」
咄嗟に前に出た螢が結界を張った事により、粘液は彼女の数歩前で止まって落ちるのだが、そこへ蠱蝕王の肩の百足が牙を剥いて伸び、芋虫が触手で覆われた口から紫色の粘液を吐き出す。
百足は回り込むように天地丸を狙い、芋虫の粘液は螢の結界に触れた途端、その結界を溶かしていく。
「そうは行くか!」
「負けないよー」
天地丸も百足の牙を避けながら、その顔面に雷光の拳を叩き込み、螢も溶けかけた結界を気にする事無く炎を芋虫に向けて放つ。
今度の炎は芋虫が喰らおうとすれば花火となって弾け、その衝撃で芋虫を押し返しながら、僅かながらの火傷を負わせる。
そこから2人も跳ねるように二手に分かれ、今度は螢が炎を纏わせながら地上を駆け、蠱蝕王の懐に入り込む。
「小娘、お前は後だ!うぬぅっ!?」
螢を軽く弾き飛ばそうと張り手を繰り出す蠱蝕王だが、彼女はしなやかな動きで彼の掌と太い腕を軽く受け流し、その勢いを利用して烈火の剣の如き蹴りを繰り出す。
その蹴りは炎の三日月の軌道を描き、蠱蝕王の胸元に小さいながらも鋭い切り傷を刻み、その傷口をジワジワと焼いた。
「!この小娘がぁっ!」
「っ!きゅっ……!」
螢がその場から飛び退こうとしたが、反応の速さは僅かに蠱蝕王の方が上で、反撃の無数の触手が彼女の手足を拘束し、首と胴にも巻きついてきつく絞めに入る。
先端からの粘液と瘴気が彼女の身体の炎を消しつつ、毛皮部分を焼き焦がし、上半身を覆う防具を焼き始める。
だが蠱蝕王の意識が螢に向いているのが隙となったか、散開時に上へ跳んだ天地丸が稲妻の如く急降下し、その邪悪な鬼の頭部に鉄鎚を思わせる雷の両拳を叩き込んだ。
「ぐおっ!?」
強烈な一撃に蠱蝕王の脳が揺さぶられ、それで集中力が弱まって触手の拘束も緩む。
「やっ」
触手から脱出した螢は軽く翔び、天地丸が離れた所で入れ替わりの如く、炎を纏った右の蹴りで蠱蝕王の鼻面を叩きつつ、今度こそ彼から距離を取る。
「熱ちち……ん~?」
「大丈夫か?」
「大丈夫です。ただ……」
炎の力を持つ隠忍ながら、火傷を味わう螢は傷を術で癒やしながら何かしらの疑問を抱く。
それはちょっとした疑問であり、その答えを出すべく、もう一度接近する準備に入った。
「気になる謎を、ちょっと解いて来ます!」
「!何っ!?」
天地丸が止めようとしたが、螢は既に地面を蹴って一足飛びに蠱蝕王に接近しながら炎の球を無数投げつける。
「ふ、女はこの手の攻撃に弱いというが…そんなに辱しめられたいのなら、望み通りにしてやるわ!」
蠱蝕王も螢の行動を只の猪突(ちょとつ)と見て触手を伸ばし、百足の牙で炎の球を噛み砕きながら芋虫の粘液を左右から浴びせる。
「わっ!これ、術封じだね」
芋虫の粘液を受けた螢が術の発動が出来ない事でそう認識し、百足の牙を受け止めたのも束の間、瞬時に触手が再度彼女の身体を巻き取り、全身を瘴気で覆い尽くし、粘液塗れにさせて炎を消し、その体を焼き始めた。
「うぅっ……!ん~~……」
「螢ーー!!」
一気に仕掛けられた攻撃には耐えられなかったのか、瞬時に螢の転身が解けてしまい、服が元に戻った分、彼女の身体の絞め上げが更に強まる。
「ハハハ、呆気ないもんだな。折角の機会だ。前菜として小娘、お前の全部を奪ってや……」
勝ち誇る蠱蝕王が触手で螢の身体をいやらしく撫で、服を引き裂こうとしたその時だった。
それまで苦しそうだった螢の顔が一気に笑顔へと変わり、右腕からの鉄矢が百足と芋虫の付け根部分に無数突き刺さったのは。
「へっ……な、何だとぉっ!?こいつめぇっ!」
絞めが甘かったとして、肩の痛みを気にする事無く蠱蝕王は触手の絞めを強めるのだが、螢の表情はほんの僅かしか曇らず、その両手から炎が迸る。
「ふんっと!」
「ま、待てぇっ!?何だお前はぁっ!!?」
動じる気配が殆ど無い螢の反撃に、蠱蝕王が思わず触手を解いてしまい、後退りを始める。
天地丸もその様子に半信半疑となっていたのだが、ある違和感に気づく。
そう、自分と螢、それぞれが蠱蝕王に触れた時の違い、それが謎であり、答えを螢が身を以て示したのだ。
ただそれだけに、反撃を放って戻ってきた螢の素性が気になるようでもあった。
「螢……君は……?」
「辛い事も悲しい事も、怖い事も痛みも、天地丸さんに負けないくらい経験して来ました。だから、螢は今日も頑張ってます」
その一言で、十分な手掛かりとなっていた。
螢の親の死、彼女の生まれつきの宿命、そして戦いを通じて得たもの。
輪郭としてではあるが、天地丸はそれを把握したのである。
「不思議なものだが、本当に強いな、君は。ありがとう。確かに謎の答えが分かったぞ」
「どういたしまして~。おっと、忘れてた~。臨・兵・闘・者・皆・陣・列・前・行!!」
螢はすぐさま蠱蝕王の方に向き直り、素早く九字を切る。
すると彼の両肩に突き刺さっていた鉄矢が炎の輪を作り、その輪が火柱を巻き起こして百足と芋虫を焼き焦がした。
「ぎゃあぁぁっ!!な、何故だ!?お前、何故俺の力に対して……」
「では答えを言います。螢は、天地丸さんとは違った隠忍です。それに、あなたの力は転身した状態にだけ効果があるって事も分かりましたー。羅士の特徴とかを考えて、もしかしたらと思いまして」
違和感とは、転身した天地丸の鎧の時とは違って、螢への影響はさほどでも無く、更に言えば転身が解けた時の衣服は溶けたりしなかったという事。
つまり蠱蝕王は天地丸達『鬼神』としての隠忍に転身した状態に対して脅威には成り得ても、それ以外に対しては腕力と術封じが取り柄の化け物に成り下がっているという事だった。
更に、天地丸も今し方理解した所だったのだが、螢の転身は彼女自身が頃合を見切って解いたもので、蠱蝕王の裏を見事に掻いたという事である。
「そ、そんなデタラメ、信じられるかぁーー!!」
炎で百足も芋虫も灰に還り、傷口部分が焼け爛(ただ)れた状態の蠱蝕王は怒号と共に突進する。
全てが分かれば怖いもの無しと、天地丸も転身を解き、彼の前に躍り出て無数の手裏剣をその巨体に突き刺す。
「げぇっ!?」
「隠忍狩りに特化していたのが裏目に出たようだな。ジャドとやらに示そう。俺達は絶対に負けない事をな!」
手裏剣で動きが止まった蠱蝕王に、天地丸の分身の術から繰り出される剣の連撃が入る。
鍛えられたその剣は威力を瘴気で衰える事無く蠱蝕王の身体を切り刻んでいき、触手もぶつ切りにされ、落ちると粘液の蒸発と共に溶けて無くなる。
最後は、天地丸の十八番とも呼べる忍術だ。
「龍天昇!!」
「こ、小娘ぇっ!天地丸はともかく、お前の、お前のような強いガキがいて、たまるかぁーーー!!」
凄まじき竜巻に身を切り刻まれ、跡形もなく消し飛ばされる中、蠱蝕王はそう叫びながら消滅していった。
その消滅を見届けた所で、螢は全身の粘液を炎の熱で粘り気を無くして取り除き、濡れた部分も乾かしながら一息吐く。
「螢、泣く事も怒る事も出来ないけど、またそれに助けられましたー」
「そうか……君が居なかったら、恐らく俺でも危ない相手だった。感謝するぞ、螢」
「はいー」
しばらくして2人はそのまま先へ進んだのだが、分かれ道が再び見えたので、今度は螢が別の道へと向かう。
道が見えた途端に、そちらへ向かうつもりだったのだろう、立ち止まらずに勢いを保っての速さでの移動だ。
「ちょっとこっちに一人で行ってます。何かあるかもしれませんのでー」
「……無理はするな。俺は此処で待っているからな」
「はーい」
先に進みたいが、広大な城塞故に待つ事も大事として、同時に螢の単独行動を認めて立ち止まる天地丸。
蠱蝕王の謎を暴いた彼女ならば、という期待感を彼は抱いたのであった。


羅獣が立て続けに2体倒された事は、居住区付近で潜伏していたジャドにも手元の機械ですぐに知らされていた。
ただ、どのようにして倒されたのかまでは分からなかったらしく、彼にとっては手駒を失っただけという事実しか見れなかった。
「生命反応が……百鬼斬りならともかく、今回のために調整した蠱蝕王までも倒されたなんて……質と数で勝るって訳か」
「ですが、まだ私が残っております。そしてジャド様のあらゆる仕掛け、これならば確実にONIを倒せる事でしょう」
「ふふ、そうだね。御琴って子を本当の意味で苦しませる……研究・実験室に待機させていた量産型の羅士兵達は既に放ってあるし、天地丸って奴等もその消耗の上でリョウダイと共倒れに持ち込めば……」
蛇女郎と共に、ジャドはさほど戦況を気にしておらず、目の前で成すべき事を優先すべしとしていた。
彼の思惑をぶち壊しにする存在があちこちに動き回っている事を知る事無く……


異次元の人里、そこで誰もが注目していた光景があった。
巨大な城塞の上で何度も走る閃光、そして微かに聞こえる金属のぶつかり合い音。
その音こそは、響華丸とオウランの剣戟(けんげき)の反響である。
響華丸の剣がごく一般的な日本刀の形状を持つのに対し、オウランの剣は馬ごと敵を斬る斬馬刀(ざんばとう)の如く大振りで、両手持ち前提とされそうなもの。
それをオウランは時折片手で、重さを乗せて車輪の如く振り回し、ある程度の速さになったところで大きな袈裟(けさ)斬りを放つ。
響華丸も真っ向からそれを受け止めるのではなく、僅かに横へ逸れてかわしながら間合いを詰めての斬り上げで返す。
切れ味も強度も互角なのは、その斬り上げを防がれたに始まった事では無く、どちらも剣にヒビが入るような事は無い。
ただ、重さで勝るオウランが響華丸を押し返す形にあり、速さは鬣を伸ばして刃の如く振るう事によって差を埋めている。
次々と攻め手を潰されていく中、響華丸も間合いを取っての光弾、剣からの衝撃波で応戦するが、直接斬るよりも威力が劣る分、オウランの剣と鬣で全て弾かれるだけ。
そればかりか、逆にオウランの振るう太刀から気の塊が熱風と共に放たれ、間合いの外も制されつつあった。
「くっ!」
本気か否かは定かではないものの、オウランが想像以上の力を持っていた事に苦い表情になる響華丸。
そこを好機としてオウランが一気に接近し、剣を振り上げながらも左拳を響華丸の胴に突き刺した。
「くはっ!」
胴を覆う装甲がヒビ割れ、衝撃が身体の芯にまで行き渡った響華丸。
だが彼女の吹き飛ぶはずだった意識は次にはしっかりと戻っており、両手持ちに構えた剣による唐竹(からたけ)割りがオウランの頭頂部に入る。
「何ッ!?」
火花が散って兜に傷が入り、額から青白の血が細長い川を作るかの如くオウランの顔を流れる。
思わぬ一撃に彼女が驚いたそれこそが、響華丸の狙いだった。
「はあぁぁっ!!」
至近距離での連続斬りは光に達しようとする速さで繰り出され、その斬撃がオウランの全身に的確に入り、無数の青白い線を刻む。
最後に放たれた居合の一撃でオウランの左脇腹から右の肩口にかけて大きな傷が入る。
それは有効打ではあるが、響華丸からすればまだまだと見えたのか、居合の後に一歩下がって守りの構えを取った。
「……見事だ!しかし!!」
響華丸の睨んだ通り、オウランは傷だらけでありながら全く気力が衰えておらず、逆に益々勢いを増して反撃の振り下ろしを繰り出す。
それをしっかりと受け止めた響華丸が、一気に落下して城塞の建造物の一つに激突する程の威力。
予測していたとはいえ、それを上回る衝撃に響華丸も全身の痛みを覚えていた。
「……3人分っていうのも、楽じゃあないわね。だからこそ、気合が入るのだけれど」
甲冑のあちこちが破損し、薄紫色の肌が青い血で斑(まだら)模様になっているも、一呼吸置けば疲れが和らぎ、瓦礫を押し退け、オウランの方へ戻る響華丸。
先に胴にもらった一撃の痛みがまだジワリと残っているも、彼女の表情は歪んでいない。
オウランの方も身体の傷からの出血が止まっており、傷口も浅いものから確実に塞がってきている。
「面白い女だ、響華丸。太刀筋の一つ一つに、曇りの無い想いが込められている。人への想いがな」
「……鋭いわね。あなたの方こそ、戦いへの興奮と理想を叶えたいという欲求が上手い具合に釣り合っているわ」
「戦う者は、戦いの中でこそ力を高め、理想を貫く事が出来る。殺す殺さない、戦う戦わない、その葛藤(かっとう)が生み出すものが悲劇というのならば、迷ってはならないという事だ」
「同感出来るわね、そこだけは。躊躇えば自分を含めた大事なものが消えてしまう。でも、戦いを好まない人を否定する権利は、誰にも無いわ」
「……たとえ、その者が力を、戦う力を持っていても、か?そういう輩に、世を救う事が出来ないと知れ!」
再びオウランが、今度は僅かな怒りを示すと共に連続の剣を繰り出し、それを響華丸は受け流しつつ反撃の剣を放つ。
「失われる痛みを、度を超して味わった人がいるわ。彼は殺し合うだけの戦いに、憎しみ合うだけの戦いに無意味さを感じていた。戦っても戦っても、取り戻したいものを取り戻せず、助けたいものも助けられない事に打ちひしがれたのよ」
「それは彼が無力だったからではないのか?己を貫く事も、守る事も出来なかった程弱かった、それ故の結果であろう」
「否定はしないわ。でも、だからこそ彼を侮辱させたままに、汚れたままにはさせない!」
それまで掛け声を除けば静かな口調だった響華丸も、押し負けまいとする剣でオウランの太刀を受けて競り合いに持ち込みつつ、吼える。
己を見失わないながらも、『彼』の全てを踏み躙る事を善しとしない故の怒りを声として。
「彼が一切の罪を抱えていないとは言わない。いえ、全ての生きる存在は何かしら罪を背負って生きている。けれど、それを嘲笑う権利は誰にも無いと言っているのよ。オウラン、あなたは戦いにしか全てを見出していない。今のこの競り合いが純粋なものだとしても、憎しみの先にあるものが自分の破滅である事を理解していながら……!」
「お前ならば肩代わりするというのか?偽善者と呼ばれてでも、憎しみを捨てて多くを救おうというのか?時の体制に弄ばれても、憎しみと怨みを抱かずに生きるというのか!?」
「それが私の、納得出来る生き方よ!!」
響華丸は声高らかにオウランにそう言い返しながら、競り合いに打ち勝って弾き飛ばす。
今度はオウランが後方に吹き飛ばされ、何時の間にか背後に回り込んでいた光弾からの光の矢を背に受けた。
「ぐっ……!(嘘ではない……!この女、覚悟を真に決めたというのか!?)」
勢いが乗せられた上での攻撃にオウランの表情が曇り、光弾を鬣で切り捨てて構え直すも、すぐに響華丸が間合いに入ってくる。
「これで!」
攻撃に重さ、鋭さが増しただけでなく、光の剣も少し大きくなっている。
それは響華丸の迷い無き心による、鬼神の力の高まりを表していた。
「(御琴だけではなく、『彼』とやらの為にも……何者かは問わぬが、やはり響華丸も救う者の為、涙を拭う為に戦っているというのか……偽善者とされても構わぬとは……)」
先程まで攻めで優位に立っていたオウランだが、響華丸の速さに少しずつ翻弄され始め、鬣で彼女を絡め取ろうとしても切り払われるだけ。
しかしオウランも退く気配は無く、鬣を無数に分け、先端を刃として連撃で返す。
「良かろう!悪となってでも全てを貫く私と、偽善と罵られようとも純粋に救いの手を差し伸べんとするお前、どちらが己を貫き通せるか」
「業を背負えば良いというものじゃあないわ。息苦しく不器用なあなたに、負けるつもりはない」
連撃の僅かな隙を突き、オウランの鬣を纏めて弾いた響華丸はもう一振りの光の剣を作り出し、二刀流として手数を増やしに入る。
オウランもその二つの剣が織り成す無数の弧を熱風と太刀で受け流し、蹴りと鬣で響華丸の手足に傷を刻んでいく。
それは疲労の蓄積を狙ったものであり、少しずつながらも響華丸の攻撃の切れが鈍り始めた。
「ふんっ!」
「っ!!」
鉄壁にヒビが入るかの如く、守りの手が乱れ始めたところへの、オウランの一太刀。
それは深く、大きく響華丸の右肩に入った。
肩を覆う装甲がぱっくりと切れ、露になった肌も大きな刀傷が入って青い血飛沫が天を突くように、花が開くかのように上る。
まさに決定打とも呼べるものであり、そこへダメ押しとばかりにオウランは振り下ろした太刀筋を返して響華丸の左脇腹に叩き込んだ。
が……!
「何っ!?」
今度の太刀は入りはしたものの、ほんの僅かしか切れておらず、筋肉の引き締まる音と共に刃が止められていた。
響華丸は右肩をやられた事で息切れが激しいものになっていたのだが、二刀流の剣の光は消えていない。
「(両断が、成らないだと!?)」
「取ったのは、私の方よ……!」
身体でオウランの刃を受け止めていた響華丸は剣を鳳凰の羽ばたきの如く振り上げる。
するとそれまで折れなかったオウランの太刀が真っ二つに折れた。
オウランがその様子に呆気に取られていたのも束の間、響華丸の2本の剣は1本に纏められ、オウランが手にしていた剣と同じ大きさの太刀へと変わる。
「受けなさい、私の奥義……!破邪ノ幾閃(はじゃのいくせん)!!」
刃が脇腹から抜け落ちたと同時に、響華丸は両手持ちの太刀で大きく、速く、鋭い一の太刀をオウランに撃ち込む。
一瞬にして入った剣、それは響華丸がオウランの横を通り過ぎた途端に真に発動した。
「なっ!?うおおぉぉぉっ!!?」
響華丸の剣は一撃に絞られたものなのだが、そこには攻撃性を持たせた気迫即ち剣気が内包されており、その剣気が無数の刃となってオウランの五体を切り刻む。
彼女の身体を覆う装甲も筋肉の鎧も役に立たず、見る見る内にその全身が刀傷と青い血で覆われていく。
鬣は切れなかったのだが、彼女を浮かせる力を失っており、オウランはそのまま真っ逆さまに城塞の中庭へと落ち、追って響華丸も降下する。
中庭の床がオウランの落下によって砕け、響華丸が一羽ばたきしてゆっくり降り立つと、オウランは淡い輝きを放ちながらその身を人間時の姿へと戻す。
傷はそのままで、血は赤になっている彼女の身体は、完全にズタズタなものとなっていたのだが、彼女の意識はハッキリしていた。
「く……人工的に造られた羅士と、自然に生まれたONIとでは、これほどの差が……」
身を起こすのがやっとで、荒い息をしていたオウランに、響華丸が転身を解いて術で傷を癒しながら近づく。
「私も、人工的に造られた隠忍よ。もっとも、あなたやメイアとは違う、むしろ羅士兵に近い形で造られたようなもので、造られ方も違うけれど……」
「だが、人間の感情を此処まで完璧に……ふふ、造り主は相当なものらしい」
「もう居ないわ。私達が倒してしまったのだから。それと、あなたの敗因はそっちじゃないわ。もっと別な事。あなた、一人で背負い込み過ぎてたのよ。司狼丸のように重荷を分かち合える者が居なかった訳じゃあないのに、ね。だからさっき言ったのよ。息苦しくて不器用なあなたに、負けないと」
そこまで見抜くとは、流石に自分を打ち負かした相手。
オウランはそう感嘆しつつ、自嘲せざるを得なかった。
「一人で、か……確かに国も理想も、一人で成し遂げられるものではな。それを失念するとはな。司狼丸とやらも、隠忍か?」
「ええ。世の冷たさによって孤立し、重荷を一人で背負わされ続け、絶望の底に叩き落とされた、悲運の鬼神……その重荷を少しだけ私が負う事にしたのよ。そういう点では、あなた達の望みに近しいわ。身勝手な存在に屈する事無く、世の中をより良くするという望みに、ね」
傷が癒え切った響華丸は御琴が向かった居住区へと足を向けるが、視線はオウランの方に向けている。
立てるか否か、これからどうするかを問わんとする眼差しで。
「……理由無くして止めは刺さない、か。否、理由あるが故にこそ、止めを刺さないのだな、響華丸」
「場合によっては、あなたの背の荷物も一部肩代わりしても良いわ。全部、とまでは行かないけどね。で、あなたは今後どうする気なの?」
「……時間をくれ。無論、死ぬつもりは無いし、此処で何時までも寝そべるつもりも無い」
返答と共にヨロヨロと身を起こしたオウランだが、息も落ち着いており、戦えないまでも歩く事は出来るようだ。
「肩は?」
「良い。これしきの傷、メイアが受けたであろう苦しみに比べれば無に等しい」
「そう。じゃ、行くわよ」
オウランの傷からの出血が止まったのを確認して、響華丸は目を居住区の方へと向け、彼女と共にゆっくりと進んで行った。
疲労もあって移動が遅いものの、その足取りに焦りが無いのは、先に向かった御琴、仲間達への信頼でもあった。
自分の見えない所で奮闘し、活路を開いて行く、それが御琴達だと分かっていたから……



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あとがき

いよいよ城塞の決戦!という感じです。
螢が凄い事になっていますが、前作から更に磨きを掛けた結果という事で。
羅獣の蠱蝕王はアジ・ダハーカをイメージにし、蛇女郎はメデューサと女郎蜘蛛を足して割った形にしました。
響華丸VSオウランも、戦いを拒まない鬼神同士の戦いとして、同時に剣を持つ者としてのカードです。
オウランの語る真意も、彼女が単なる戦闘狂ではなく、一人の武人である為の位置付けになっていて、通じ合わせるならば響華丸が適任という事で。
天地丸が戦うべき相手は、別な者という事で。

そろそろ戦いも後半戦に入ろうとしております。
使えるものをとことん使っていく感じで、次回も頑張って行こうかと。

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