ONIの里

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隠忍伝説(サイドストーリー)

隠忍 -The Guilty of Past-

桃龍斎さん 作

第三話 悔恨と温もりと

羅士の城塞中央、即ち本館。
その本館はリョウダイらが軍、民が集まり、国として成り立った時の城となるものであり、謁見(えっけん)の間も用意されている。
その謁見の間には、御琴達と交戦して撤退してきたオウランとメイアが跪いており、玉座にはリョウダイが腰掛けていた。
「良くぞ無事に戻ってきた。オウラン、メイア」
2人を待っていたのは、リョウダイの気遣いの言葉だったのだが、それを聞いてメイアは更に責任の重さを感じる。
「……申し訳ありません、リョウダイ様。羅士兵が倒され、集めた子供達をONIによって解放されてしまいました。そして、私達の存在も……」
「良い。ONIや時空監査局には何れ気取られてしまう運命にあった。故に、今後はONIと時空監査局を撃破するという作戦に変更する。メイア、お前の失敗はこれまでの功績と、今回の生還に免じて不問にする。良いな」
「……はい」
「ならば、顔を上げよ」
リョウダイの言葉に従って、メイアは彼の顔をしっかりと見る。
そこには羅士としての覚悟が出来ているのを、リョウダイも認識しており、メイアについてはもう大丈夫であろうと考えて視線をオウランの方へと移した。
「天地丸、音鬼丸、御琴、響華丸、か……それ以外に2人居たらしいな」
「は。ただ、撤退優先だった事もあり、その2人からは名前はまだ……しかし、遅かれ早かれ判明しますし、腕前も恐らくは……」
オウランはメイアとは異なり、終始凛然とした様子で跪いている。
それは羅士の中で軍神とも呼べるような威厳を持っているからであろう。
「鬼神の血族……その中で、一番強いと思えるのは誰だ?」
「天地丸ですね。彼は肉体のみならず、精神も完全に熟練した達人……いえ、今後も更に力を高める事でしょう」
「そうか……良き敵と巡り合えたようだな。しかし、今回の作戦進行を阻む者である事に変わりはない。次に戦うにしても、決して手心は加えるでないぞ」
「元よりそのつもりです」
オウランの口元は強者との、ONIとの戦いを待ち望んだ事への喜びでか、小さく笑みが浮かんでいた。
自分達の理想を忘れなくとも、強さにおいて高みを登る者故の性分なのだろう。
それを見て取ったメイアも気分を害する事は無かったのだが、ジャドの姿が見えない事に気づく。
「ジャドは、まだ研究を?」
「うむ。色々とデータを纏めたり、時空監査局に対する妨害工作をしたりと、彼も忙しくてな。妹想いの良い兄だ。今のお前とオウランの関係とも似ている」
まるで父親のような温かさを見せるリョウダイの言葉に、思わずメイアは照れてしまったが、すぐに頬の赤みも引き、しばらくしてからオウランと共に退室する。
謁見の間にただ一人残っていたリョウダイは、理想を貫く為の使命感で表情が少し厳しくなった。
「(今の体制には、最早理解を求めても無意味。それ故の戦いは、義の為の不義……江戸、明治、大正、昭和、そして平成と、人間達は過ちを犯し続けている……形を少し変えて、首を挿げ替えただけの愚行を、一刻も早く終わらせなければ……)」

同じ頃、ジャドは自分の研究室で集まったデータの整理をしていた。
目が妖しく輝いており、端末を操作する指の速さも並みならないものである。
「あはは、御琴かぁ~……この子から苛めちゃおっかな~。健気だし、可愛いし、何よりも面白そうなのを抱えているからね」
メイアが御琴と戦っている映像を見ていた彼は、狂ったような歓びを抱く。
まるで豪華な食べ物を目の前にしたかのように、湿った音を立てて舌舐(したなめず)りをするほど…
ある程度処理を終えたジャドが次に向かったのは、光の壁に覆われた部分、即ち自分専用のエレベーター。
円形の台座に乗ると、その台座は彼を下へと運び、そこにある広大な部屋へと導いた。
無数のカプセルが立ち並ぶ実験室。
カプセルの中には羅士兵だけでなく、天地丸達やオウランを襲ったものと同じ形の妖怪が入っており、緑色の液体に漬けられているのが良く見えている。
つまり、オウランが足止めされていたのは、ジャドの手によるものだったという事だ。
この事実を知っているのは、ジャドただ一人だけである。
そして奥には一つ端末があり、左右には一際大きなカプセルが二つずつあり、それぞれに蛇・百足・芋虫の首を持つ化け物、蝗(いなご)の翅と羊の角を持った骸骨(がいこつ)頭の獣人、無数の蛇の頭髪を生やして下半身が蜘蛛の女性、そして尻尾と両腕が鎌となっている海老のような獣人が入れられていた。
「さあ、僕の可愛い子供達、今回の宴でONI達を苦しめる為の大役が待っているよ」
端末操作に反応して、そこからカプセルと繋がっている光の線が一際強く輝き、その光がカプセル内部にまで及ぶ。
するとカプセルを満たしていた液体も気泡が発生して中にいる化け物達の身体を少しずつ大きくさせ、筋肉などを膨れ上がらせた。
「そして、僕の出番という事で行こうか。傷を抉って痛めつけ、じっくり、タップリと苦しませてから殺す……メイアは本当に良くやってくれたよ。もうしばらく頑張ってもらうけどね……ククク……アハハハハ!!」
満足行く仕上がり、着実に練り上げられていく対策。
それらによる歓喜いや狂喜の笑い声が実験室に響き渡った。


隠れ里で、御琴達は江と螢の自己紹介を受け、響華丸と共にこの世界に来た経緯を聞かされていた。
時空間の移動、それが頻発しており、この世界だけでなく別の世界でも子供の誘拐が起きているという。
響華丸達は誘拐犯を止めるべくこの世界に来たという事だ。
御琴がその犯人とも呼べる者と戦闘、彼女の援護に自分達が間に合ったのは大きな幸運である。
「俺と同じ名を持ち、しかし異なる姿を持つ隠忍、か……」
「ああ。こっちの世界のあんたが鬼神なら、あたし達の世界のあんたは鬼、つーか妖怪ってとこだな。人間の心を持っている点は同じだけど」
改めて天地丸の姿を見る江は、内心納得しつつ、興味深く感じていた。
似て非なる男、その男が目の前にいる。
しかも転身時の姿も全く別というのだから、世界と世界の違いというものを望まずとも認識させられてしまう。
不快感が無いので、江からすればそれ以上でもそれ以下でも無いが。
「僕達が前に倒した敵が、まさかそんな事を……」
「もう、道鏡は悪い事しなくなっているから、その件については安心して。それに、道鏡が居なかったら、響華丸も居なかったから」
「そうか……そして、御琴がその響華丸と……」
螢の話を聞きつつ、音鬼丸は台所で琴音を手伝っている妹と響華丸の方を見る。
思えば、倒れていた響華丸を御琴と共に介抱した事が始まりだった。
御琴の献身的な手当、様々な出来事。
そして、自分達を倒す事が当時の響華丸の目的だったという真実。
それを知ってなお、御琴は響華丸を助け出すという選択を取り、彼女を救う事に成功した。
これらの事が今でも音鬼丸の脳裏にありありと浮かんで来ている。
「ん~……今の所は御琴さん、大丈夫の数歩手前かな」
「え?」
思い出に耽っていた音鬼丸の耳に、不意に螢の言葉が入った。
表情に深刻さは無いものの、見逃せない言葉だ。
「数歩手前って?まさか、御琴はまだ『あの事』を!?」
天津甕星の手先・佳夜として操られていた頃の御琴の行いは音鬼丸も知っている。
その戦いが終わって邪神の支配から解放され、生き延びた者達から罪を許された身である彼女は、悪しき妖怪から異次元を守るべく戦って来た。
未来からやって来た琥金丸の力になるべく、無理を言って彼について行き、生還した御琴。
その御琴が背負っているもので考えられるのは、佳夜だった頃の彼女の罪、そして琥金丸達と共に戦った時の何かだ。
ただ、後者の『何か』が分からない事に、音鬼丸は表情を曇らせる。
自分には何かしてやれないだろうか、という気持ちも。
そんな気持ちに癒しを与えたのは、螢だった。
「音鬼丸さん、心配ご無用~。その数歩以上が埋まる為のお手伝いの為に、螢達はやって来たんだよ。だから、音鬼丸さんのやりたい事のお手伝いも、一杯するからね」
幼いながらも純粋で無垢な螢の笑顔。
それはまるで陽だまりのような温かさを持っており、音鬼丸の不安を払拭するには十分だった。
「……ありがとう、螢ちゃん」
「どーいたしましてー」

「どうです?響華丸さん」
母の夕食の支度の手伝いとして煮物の出汁作りをしていた御琴は、響華丸に味見をしてもらっていた。
響華丸の方も野菜を切っており、おかげで琴音と御琴の負担は大幅に軽減されている。
元々の負担は大きいものではなかったが。
「……良い味だわ。これなら、螢の口にも合う。琴音さん、大根はこんな感じで?」
「ええ。でもありがとう、響華丸。見ない内にまた上手になってるわね」
「『向こう側』の故郷で何度も作った事がありましたから」
傍から見て冷めた雰囲気を持った響華丸だが、子供達が独りでに懐いてしまうくらいの優しさを持っている。
その優しさは料理の腕にも出ており、時折見せる静かな笑みが場に安らぎを与えていた。
しかし、煮物作りが完了し、食事までもうすぐと言った所でふと御琴の表情に陰りが生じる。
メイアの言葉は今も心の奥底にまで根付いたままで、隙あらば即座に脳裏に蘇る。
『多くの人達は、その中で都合の悪い部分を偽りとして無に沈め、美点だけを真実として私達を踏み躙(にじ)って来た!そして、あなた達はそれらを見て見ぬ振りをした!』
過去に自分が犯してきた罪もそうだったが、問題はそれだけではない。
メイアという少女の口振りから考えると、彼女は遠い未来の者。
彼女が怒りに身を任せて戦っているのは、罪を隠して人の未来を否定した者と、その行いを見過ごして来た自分達。
もし、それが真実だとすれば……
「御琴、どうしたの?また浮かない顔よ?」
「!」
不意に響華丸の声が掛かり、我に返った御琴。
これから食事が始まろうとしていたのだが、どうやら自分の様子がおかしいと思われていたのだろう、誰もが心配そうな目で見詰めていた。
「あ……ご、ごめんなさい。大丈夫です……」
御琴が気持ちを切り替えて作り笑いをした所で、御琴達は食事に入る。
「ん、うめぇ~~!自分で作って食った飯とかが未熟に思えるぜ!流石はお袋の味!」
「ははは!琴音の料理は里の間でも人気だからな。存分に味わって食べるが良い」
夫としても妻の料理は自慢出来るもの。
茨鬼童子は江の食べっぷりを満足そうに眺める。
「大根汁~♪ポカポカあったまる大根汁~♪あっつい内に、いただきま~す♪あちち、でも美味しい~~」
「ほう、螢は大根汁が大好物なのか」
「御琴さんのお母さんのも、螢のお母さんのも、大好き~。心もポカポカだよ~」
今晩の汁物が自分の一番好きなものと知ってご機嫌な螢に、天地丸もまた温かい気持ちになる。
新しく入ってきた仲間の歓喜に、談笑という温かな食卓。
その幸せは世界を越えている事と知る中、響華丸は御琴の様子を窺う。
笑みはあるが、何かしら翳(かげ)りが見えるようだ。
「私達が来る前に、メイアと戦っていたのは分かるけど……もしかして、メイアに何か言われて、それが気掛かりなのね?」
「……はい。分かるんですね、響華丸さんには」
「鬼神の力に不調が生じる理由、それを考えれば分かるわ。私も身を以て体験したから尚更の事よ」
「御琴……」
話が聞こえていた天地丸と琴音も2人の方を見る。
「さっきの戦いを見るに、駆けつけた事で精神が安定したようだが……メイアの事で何か分かっている事は?」
天地丸がそう訊ねたので、御琴は具(つぶさ)に語った。
自分を襲った少女・メイアの狙いは復讐のようなものである。
彼女らが辛い目に遭っているのは、自分達隠忍が力を持ちながら、世の中を良くしようとしなかった為らしい。
そして子供達を攫おうとした理由も、世界を正す事にあるようだが、具体的には分からない。
それらが分かった所で、天地丸はしばらくの間食事の手を止めていたが、目を閉じると同時に笑みが浮かんで大根を口に運ぶ。
「御琴、お前の抱えているものが何なのかは分かる。だが、俺から言う事は特に無い。お前がどうすれば良いか、それはお前自身の中にあるはずだし、きっと自分で気づける。手遅れになる前に、な。俺はそう信じている」
「伯父様……」
「お兄様……そうね。私も、信じます。だって、御琴のおかげで、今の響華丸がいるのでしょう?」
琴音のその優しい言葉がふわりと、御琴の耳に入るだけでなく、身体を包み込むような感触を与える。
そう、メイアとの戦いで互角に持ち込めたのは、自分が響華丸との戦いを思い出したからだ。
その響華丸は今、自分の友達として此処にいる。
御琴はそれを理解した事で、それまで喉元を締め付けていたものが無くなり、笑みの翳りも失せていった。
「……はい。ありがとう、伯父様、お母様」
止まっていた手も再び動き、笑みが続くようになる。
御琴のその笑顔を眺めて、響華丸も心が温まる気分で御飯を口にしていたが、それが終わりかけた所で、天地丸が小さく囁(ささや)く。
「もしも、御琴に何かがあった時には……」
「ええ、分かっているわ。それくらいの事が出来ないで、友を名乗れやしない」
大丈夫、だが万一に備えて。
響華丸は天地丸の意図を汲んで承諾した。
そして、大勢が囲んだ食卓が終わり、しばらくの談笑の後で御琴達は寝床に就く。
羅士との戦いが本格的なものになると知って……


メイアは一人、リョウダイとジャドに謁見の間へ呼び出されていた。
「来てもらったのは他でもない。ONIの殲滅、その先鋒をお前に任せたいのだ。羅士兵と、ジャドが新たに造り上げた新兵器、『羅獣(らじゅう)』を連れてな」
「羅獣?ジャド、そんなのを造ってたの?」
全く知らない所で事が進んでいただけに、メイアは半信半疑の目でジャドを見るが、ジャドは相変わらず陽気な様子だ。
「『そんなの』っていうのはいきなりだね。僕の最高傑作で、僕達羅士以上のパワーを持っている。戦闘用に特化してあるから、その分小回りが利きにくいけど」
「……ONIを倒す事も簡単?」
「まあね。前回は仲間が合流したから仕損じたみたいだけれど、逆に言えば仲間が来ない状態にしちゃえば、君の大っ嫌いなあの御琴って子を自分の手で殺せる……これを使えば更に確率が上がる」
そう説明しながらジャドがメイアに手渡したのは、禍々しい髑髏(どくろ)の腕輪。
外見には僅かに抵抗を感じたのだが、御琴への憎しみが打ち勝ったらしく、メイアはしっかりと左腕に填めた。
「そいつとの戦いの時に、十分な力になってくれるよ。どんなものかは秘密だけどね」
「……これなら、目的を果たせる……!作戦内容は?」
腕輪はメイアの心に呼応するかのように、髑髏の目の部分が赤黒く光る。
それを確かめて満足げに頷いたジャドは、彼女に詳しい説明を始めた。
「まずは……―――」


「……また、此処に……」
御琴は屍の荒野に立ち、辺りを見渡していた。
今度は呻(うめ)き声があちこちから聞こえており、自分が踏んでいる場所以外からも何かが軋んだり、蠢(うごめ)く音が聞こえてくる。
そして、向こう側から何かが来る足音も……
「あなたは……!」
足音は乾いたものであり、屍を踏んだりするような音は無く、僅かに退かす音だけ足音に混じって聞こえてくるだけ。
それを立てて御琴の前に姿を現したのはメイアだった。
「御琴、あなたは決して許されない。そして永遠に苦しむ事になるわ……今、これから!」
「!?うぅっ……!?」
ギンとメイアが睨むと共に、御琴の足元から屍達がしがみつき、爪や牙を突き立てる。
その痛みに表情を歪めた御琴は精神を集中させて、手から屍に向けて光を放つ。
光を浴びた屍は次々と崩れていくが、次の瞬間、彼女は肩と手足に鋭い痛みを覚えた。
「こ、これ……!」
痛みの元は、転身したメイアが放った毒針で、段々と力が抜けていく。
「数多くの命を弄びながら、あなたは生きている……そして、未来を汚し続けてなお、あなたは生きようとしている…結局、自分の事しか考えていないのよ……!」
「……っ!」
抗わない、抗えない。
自分の罪は誤魔化す事が出来ないし、メイアの言っている事は有り得るかもしれない未来と考えれば、間違っていないともとれる。
御琴はそれ故に何も言い返せなかった。
そんな彼女の心の傷を抉るように、メイアは冷たく、しかし鋭い視線を保って足元を指差す。
「だから、あなたは近くにいる人すらも救えない……見殺しにしてきた……見なさい」
言われるままに御琴も自分の足元に目を向けるが、その途端彼女の表情が凍りついた。
そこに倒れていたのは、自分にとって親しい人達の変わり果てた姿だったのだ。
「お兄様、伯父様……お母様、お父様……!」
音鬼丸も天地丸も、琴音も茨鬼童子も、血まみれになって事切れている。
横には高野丸、秘女乃、砦角、常葉丸、静那、リカルド、そして後ろには…
「う、嘘……」
琥金丸と響華丸、江、螢のズタズタになった死体が転がっていた。
「もう、あなたを助ける人なんて一人も居ないの。そしてあなたを殺すのは私だけじゃあない……この子も……」
メイアの言葉と共に、何時の間にか姿を見せた少女。
彼女を御琴はハッキリと覚えていた。
琥金丸の幼馴染であり、敵の妖怪であったものの彼を救うべく命を落とした、伽羅である。
だがその伽羅は御琴に対して、憎悪の込められた眼差しをしている。
「あんたの所為で……琥金丸が、私の琥金丸がこうなったのよ……!あんたが居ながら、私を見殺しにして……!許さない……絶対に許さない!」
低く響く、呪いのような声が御琴の身体から体温を、逃げる力をも奪う。
そしてその状態の彼女に、メイアと伽羅は鋭い刃を手に躙り寄って来た。
「さあ、死んで詫びなさい。偽りの救世主、ONIの代表として……」
「あんたこそを、生贄(いけにえ)にするべきだった……今こそ、それを果たす」
屍も御琴の身体に絡みつくように密着し、手足が悲鳴を上げる。
その激痛と恐怖、そして罪の意識によって御琴の目からは涙がとめどなく流れ出た。
だが彼女は悲鳴を上げず、一旦目を閉じて息を整えようとする。
そこへ容赦無く、メイアと伽羅の刃が両肩を切り裂いた。
「(私は……私は!)」
今まで以上の痛みが内外から襲い、闇が全てを覆い尽くす中、御琴は此処で初めて抗おうとしていた。
助けは来ない、罪は許されていない、それでも何かが、自分を動かしている。
それが何なのかが分からないが、絶望の一歩手前から先へ行かせまいとしている事は確かだ。
しかし2人の刃は無情にも御琴の両肩を切り裂いた後、胴に突き刺さる。
「ぐっ……うぅ……!」
今まで感じた事が無かった、今後感じるかもしれなかった激痛が、今襲いかかる中、御琴は涙を零しながらも口は閉じたままだった。
自分でも、疑問だった。
許しを乞う事をよしとしない、ならばそれが何故なのか。
このまま消えてしまいたいという気持ちに歯止めを掛けているのは何なのか。
答えは全く見つからない、しかし諦めてはいけないと、何かが囁いているようだった。
そしてそれを見つけようと目を開いた途端……

「!?」
御琴は目を覚まし、現実に戻って来た。
夜明けまでまだ早く、誰もが静かな寝息を立て、心地良さそうな顔で寝ている。
一方で御琴の方は、涙の痕や汗、そして夢の中で感じたものと同じ痛みが残っていた。
だが辛さ、絶望、恐怖は前とは違って薄らいでいる方であり、息も落ち着いている。
それでも完全に払拭された訳では無いので、彼女は家の外へ出て夜風に当たった。
「……伽羅さん……」
涼しいというより、少し冷たい夜風に吹かれる中、靡く赤の髪を抑えて御琴は夜空を見上げて過去を振り返る。
琥金丸について行き、伽羅を救うべく戦ってきた。
しかし伽羅が敵の妖怪である事を知り、裏切られた事への衝撃で琥金丸は心を乱してしまう。
乱れた心では鬼神の力を引き出せない、そう呼び掛けても、彼の心は持ち直す事は無かった。
そして絶体絶命の危機に陥った時、琥金丸を庇って伽羅は命を落とした。
『あたし……あんたの事、好きだったわ……』
彼女の最期は、そしてその時の告白は、御琴の心に大きく伸し掛かる。
命を捨ててまで、好きな人の事を想う伽羅の気持ちは本物だった。
それを見せられたが為に、御琴は最後まで琥金丸に自分の想いを打ち明けられなかったのである。
同時に、悔恨の思いもあった。
母には、後悔していないと言ったのだが、そこには嘘が含まれている。
琥金丸は、自分が我を忘れなければ伽羅が死なずに済んだのかもしれない、と言っていたが、そうではないかもしれない。
もっと自分がしっかりしていれば、転身出来ない琥金丸達を積極的に守り抜こうとしていれば、伽羅を救えたのかもしれない。
ただ、それでは自分が命を落としていた可能性もある。
だからなのだろう、答えが見つからないながら、罪を感じながら、どうしても『己の滅び』を望まない自分がいるのは……
「(私にとっての答え、それは一体何なのかしら……)」
視線が落ちて行く中、何が自分を納得させられるのだろうという悩みが御琴の頭を駆け巡り続けていた。
「寝付けないの~?螢はちょっと気になる事があって起きちゃった~」
御琴が家を出た事に気づいたのもあってか、間延びした声と共に、家から螢が軽めの足音と共に彼女の隣に立つ。
「ええ。ちょっと嫌な夢を見てしまって……」
「やっぱり。でも、今の御琴さん、踏ん張ってる。押し潰されないように、頑張ってるのが螢に良く分かるの~」
「え?でも、私はまだ大事なものが見つかってないんですよ?」
響華丸以外にも、自分の心を見抜く者がいた事で戸惑う御琴に、螢は落ち着かせようとその手を握る。
「気づかないみたいだから教えるけど、螢は生まれつき喜怒哀楽って感情の内の怒と哀が無いの。でも他の人の気持ちが凄く見えるんだよ。まるで鼻の利くお犬さんみたいに」
江の口を塞いだ時の表情、それは決して芝居等ではなかった。
これだけでも御琴からすれば驚きのものながらも、納得の行くものである。
心を見透かせる力が、響華丸達を支えて来たのであろう。
幼い身に秘めた力は測り知れないが、それを制御出来ているという点でも螢は心強い存在だ。
「辛い事は、乗り越える……でもその乗り越え方は人次第だと思うの。だから螢も答えまでは出せないけど……自分と響華丸を信じれば、絶対上手く行くよ」
強い力、温かい心、まさに隠忍の鑑(かがみ)とも言える螢の言葉を、御琴はしっかりと受け止めた。
「……ありがとう、螢ちゃん。ところで、螢ちゃんの気になる事って何ですか?」
「ん~とね、羅士の事。メイアもオウランも、少し悲しそうなものを抱えていて、だからメイアはピリピリのトゲトゲになってると思う。ただ……」
「ただ?」
螢は深刻と言える状態ではないものの、顔から笑みを消して言葉を紡ぐ。
「……羅士が螢達を殺そうとしているのって、まるで誰かがそうなるのを望んでたみたいに感じるの。それも、凄くドロドロした悪い存在が……」
まだ分からない事もありながら、御琴にとってはそれでも大きな収穫だった。
どのような心構えで敵と戦うか、それが固まったのだから。
「(かつての私や、伽羅さん、響華丸さんと同じ……それがメイアさんやオウランさんだとすれば……)」
御琴の決意の様子は螢にも見えていたが、それを敢えて口に出さず、代わりに彼女はこう締めた。
「とにかく、頑張ろ。そのために、寝よ」
「はい……!」
力を幾分か込めた返事。
その返事の刹那、御琴は無意識の内に笑みを、強い決意を示す笑みを浮かべていた。


翌朝、御琴達は朝食を済ませ、里や近隣の町を見ていくべく散開しようとしたのだが、それを待っていたとばかりにあちこちから火急の報せが来る。
この異次元全域に、突如見たことの無い化け物が沢山現れたというのだ。
まだ人里離れた場所に現れたばかりとはいえ、あちこちに点在している為に、戦力分散はやむを得ない状況だ。
そして、高野丸が送ってきた式神によれば、日本にも似たような化け物がいて、秘女乃や砦角らと共にそちらの対応に追われているという。
入った情報を元にして、地図には敵が現れたとされる場所に印が付けられている。
その数は6つで、1人が1箇所に向かわなければならず、しかもまばらな配置だ。
「相手の狙いは各個撃破。あるいは、子供達をどさくさに紛れて攫うって作戦のようね」
「そうなると、こちらも手早く敵を片付けての合流が上策、か。敵の質と量にもよるが、それしかない」
響華丸と天地丸が地図を睨み、御琴達も響華丸の言葉から一つの問題点を導き出す。
自分達が動いている間に、敵の別働隊が動くという事だ。
しかしその不安は突然の来客によって払拭された。
「此処が、異次元の隠れ里、ですわね?」
来客は時空監査局の葉樹であり、自己紹介の後で彼女は説明をし始めた。
「敵はこの世界に集中的に転移してきました…そして他の世界からの攻撃も止まっているおかげで、こちらへ救援が回せるようになりましたの。転移反応を掴めば、たとえ伏兵でも逃しませんわ」
「おお、それは心強い!ならば俺はこの里を守ろう」
予想外の援軍に意気を挙げた茨鬼童子がそう言い出せば、江、螢も続いて地図にある印を指差して申し出る。
「あたしはこの忘却の町ってとこの近くだ。山とかにも慣れているし、此処ならすぐに町の方へ行けるぜ」
「じゃ、螢は全部の町から遠いこの樹海~。上手く引きつけておけば何とかなるかも」
まずは西の辺りと、北西の樹海への担当が決まり、そこから音鬼丸、葉樹、天地丸も動く。
「僕はこの北の果て辺りだ。仲間の救援と、町の救援のどちらかを選ばないといけないけどね」
「ならば私は、望都の町という場所を守りましょう」
「俺は東側だ。ちょうど隠れ里の背後に当たる場所でもあるから、急所を防がないといけない」
残ったのは響華丸と御琴だった。
「数が多そうなのは、あるいは質が高そうなのは中央。裏を掻かれるかもしれないけれど、空を自由に飛べる私なら、何処にでも救援に向かえるわ」
「となると私が向かうのは、昨日戦った場所……行きます!」
御琴が見詰める、自分の担当の場所は、南にある森。
一度向かった場所である分、気が抜けないとして、彼女は右拳を握り締める。
これで自分達の作戦が決まり、全員それぞれの場所へと向かった。


誰よりも早く、真っ先に里を出て、樹海に到着した螢。
距離もあって少し息が切れていたようだ。
「ふぃ~……此処って確か都とかがある場所に繋がってたんだよね。だったら尚更数も……」
息を整えて周囲を見渡した螢は、物音を聞き取って身構える。
予想通り、かなりの数の羅士兵達が爪を伸ばしたり、刃を手にして自分を取り囲んでいた。
「報告にあった標的を発見……これより、目標の破壊に移る」
「狙いは螢……行くよー」
敵の狙いが自分と知り、即座に螢は右腕の鉄矢付き腕輪=無限袖箭(むげんちゅうぜん)で彼等を射抜きつつ、近づいたものを片っ端から扇で叩き落として行く。
「燃やすとダメだから、斬るだけ……でも、慌てないよ」
得意の炎が使えない中、彼女の攻め手は限られているものの、舞の応用として鍛え上げた体術で応戦する螢。
まさに1対多数に備えたその妙技に、羅士兵達は1人ずつ確実に倒されていく。
だがその入れ替わりに姿を見せた化け物は流石に鉄矢や体術では倒れないものになっていた為、螢は即座に転身する。
「これで数をもっと減らさないとね」
火鼠(ひねずみ)の化身・燐天陽姫(りんてんようき)となった螢は鞭のような細長い尻尾を振って後方の敵を、身体を覆う毛の一部を矢として遠くの敵を迎え撃つ。
鋭さと速さの増したその攻撃の中、彼女は疑問を更に募らせていた。
「(ん~……獣の方は、何か違う気がする。兵士みたいな人も、心が無いみたいな。チラッと昨日見たメイア達ってこんなのじゃなかったけど、何だろ?)」

反桐山と忘却の町の間に位置する平原。
そこでは既に江が羅士兵達や妖怪めいた化け物と戦闘を開始していた。
「何処からでも来な!纏めて叩き潰してやるぜ!」
伸縮自在の手甲を振り回し、水の忍術で敵を薙ぎ倒していく江。
しかしその数は減るどころか、1秒毎にドンドンと増えるばかりだった。
「ったく、今日は賑やかだな…じゃ、こっちも!転身ッ!!」
江は不敵に笑っての舌打ちをしつつ、蛟(みずち)の化身に転身し、鱗を弾丸のように飛ばして化け物達を倒していく。
「そらそらぁっ!ついて来やがれってんだ!」
水中を駆け回る蛇、否、蛟さながらに江は縦横無尽に駆け回り、敵陣を掻き乱していく。
中には町の方へ向かおうとする羅士兵も居たが、彼はそれも見逃さない。
「汚い真似は、させねぇからな!!」
伸びる腕が矢の如く羅士兵を刺し貫き、それを振り回す事で他の兵や化け物達を吹き飛ばす。
倒された者達が風化して崩れる中、また一際大きな化け物が大地を蹴って走り、江目掛けて突進してきた。
その突撃も彼が掬い上げるように振るった腕で持ち上げられ、化け物が上空に飛ばされる間に次なる攻撃が炸裂する。
「持ってけ湧き水ぅっ!!」
振り上げた両手に水を纏わせて地面に叩きつけると、地響きと共に羅士兵達の足元の地面がヒビ割れ、中から水が刃のように噴出して彼等を切り裂いていく。
刃となった噴水はそれで終わらず、空高くまで噴き上がった所で雹(ひょう)となり、噴水を免れた者達に向けて容赦無く降り注ぐ。
それと共に上空の化け物が落下を始めるが、江は腕を戻した所で大きく膝を曲げて力を溜めて大きく跳び、その化け物を掴む。
「返すぜぇっ!!」
落下の重みを逆に利用し、遠心力を利かせた背負い投げで化け物を羅士兵達の集まりに向けて投げ飛ばすと、その落下点が大きく陥没し、羅士兵達もその勢いでズタズタになって吹き飛ばされた。
「あっちゃぁ~……ちっとやり過ぎたか?」
一区切り付いたのを確かめて着地した江は、化け物を投げた場所を見て、しまったと小さな後悔を抱く。
敵を殲滅するにしても、力が入り過ぎた事で町への道にデコボコが目立っていては被害も同然。
だがそれが後続の敵にとっても不利になったのを見て少し気分が楽になった。
「……ケガの功名か。とはいえ、本気であたし達を各個撃破するつもりだな。余程隠忍を殺してぇと見えるぜ」

樹海と望都の町の間にある山道。
そこには遊びに来ていた子供達が羅士兵達に連れ去られそうになっていたが、ちょうど上手い具合に音鬼丸も到着し、羅士兵に斬りかかる。
「音鬼丸お兄ちゃん!」
「早く此処から逃げるんだ!急いで町へ!」
「うん!皆、行こう!!」
音鬼丸が羅士兵を食い止めている間に、子供達は急ぎ山を降りていく。
その姿が見えなくなった所で羅士兵の数は残り半分になり、その半分も狭い道で機動力を削がれた事によって地の利を得ている音鬼丸によって数分で全滅した。
「ふぅ、子供達は無事のようだけど……」
一息吐いて麓の方を見ようとした彼だったが、その耳に空気を切り裂く音が聞こえた為にすぐさま身を屈める。
頭上を、鋭い三日月の刃が通り過ぎていったのだ。
「まだ居たのか!」
刃は3つ飛んで来て、それらを全てかわし切った音鬼丸は弧を描くそれらの行く先を目で追う。
そして行き着いた先に見えたのは、鎌鼬(かまいたち)と網切(あみきり)に似た妖怪の姿だった。
鎌は腕、尻尾の合計3つ、その顔は海老のようなもので、山頂付近から飛び降りて来たらしい。
「流石はONI!姿を変えていなくとも反応は良いな」
「お前も羅士か!?」
「組織としては然り。俺はジャド様に造られし羅獣の一人、百鬼(ひゃっき)斬り!その鬼神の全てを切り裂いてくれるわ!」
百鬼斬りと名乗ったその男は前屈みになりながら坂を駆け下り、音鬼丸も只者ではないと見て転身し、彼を迎え撃つ。
「ジャド様の読みは当たっていた……こうすれば、お前達を確実に仕留められる」
「やられはしないぞ……!」
鋭い鎌を前にしても怯まず、音鬼丸は構えて前に進み出る。
百鬼斬りも海老の口に当たる部分を蠢かせながら腕の鎌を振り上げての前傾姿勢になった。


同じ頃、城塞では既にメイアが配下と共に転移を終えており、それを知ったオウランも後を追わんとしているところだった。
リョウダイとジャドも転移の台前に備え付けられた端末越しに彼女の様子を見ていたが、声を荒らげたりはしない。
むしろ、行動を予想していたらしかった。
『行くのか?やはり』
「止めても無駄です。リョウダイ様。メイアに万一の事があれば、こちらの計画に大きな狂いが生じてしまいます」
『ふ~ん。まあ、命令違反のようでも、ちゃんと話を通そうとしているみたいだし、オウランが動けば奴等の少なくとも1人は確実に抑え込めるね。じゃあ、前にメイアがONIと戦った世界、地図にして中央の所に行ってもらおうかな。戦士が戦うなら、地図のど真ん中の方が箔が付くんじゃない?』
お咎(とが)めなしとなり、指示が下されるオウランだが、彼女の鋭い視線はジャドの方へ向けられる。
「享楽で戦うつもりは無い。そして場所は選ばん。頼むぞ、ジャド」
『はいはい。分かったからそのキツい目を向けるのはやめてもらえないかなぁ』
おどけた様子でジャドが機械を操作し、オウランを転移させる。
その転移の光の中、オウランは湧き上がる闘志で血の滾(たぎ)りを感じていた。
「(やはり抗えぬか……私は戦う為ではなく、如何なる圧政、苦境に屈せず己を貫く為に力を、勝利を欲する。しかしやはり、それこそが戦いだ。戦わぬ者に、戦う事から背を向けて逃げる者に、勝利も幸せも許されぬ。故に、私は今日も戦おう。この血が溶岩の如く、死によって冷え固まるその時まで……!)」


天地丸は隠れ里を背後の崖から登って襲おうとしていた羅士兵達を撃退していた。
位置的に近かった事と羅士兵がさほど強い訳ではなかった事、そして人々が既に避難済だった事もあって事が順調に進んでいる。
残った兵士達や化け物は何とか天地丸を包囲し、一斉に襲いかかろうとしたのだが、それも彼の忍術の炎で焼き払われ、全てが灰になって消えていく。
しかしその炎を貫いて来る小さな影が、気付いて避けた彼の肩を掠める。
一つだけでなく、十を軽く超える数のそれらに天地丸は立ち止まる事を禁物として、その場から飛び退きつつ影を剣で切っていく。
影の正体は蝗のようなものであり、数は段々と増えて百を超えたところで一箇所に集まった。
「貴様、貴様がオウランに一目置かれた天地丸とやらか!何という幸運!食いでのある鬼神がお相手とはな!」
蝗の群れの中から男の声がすると共に、群れが人の形を形成すると、饕餮(とうてつ)のような化け物と変貌した。
「何者だ!?」
「我はジャド様が直属、羅獣の一人、全てを喰い尽くす数多(あまた)喰い!」
「……オウランとは違い、貴様はかなりの邪念に満ちているな。となると、ジャドというヤツも…」
数多喰いの様子に天地丸がそう睨めば、数多喰いも声を荒らげて阻む。
「それ以上を言おうものなら、内側から貴様を喰い破ってくれるわ!ジャド様の描く理想郷に、貴様らONIは要らぬ!」
「ならば俺を倒してみろ!この世界を貴様のような悪しき妖怪の好きにはさせん!」
「ほざけぇっ!」
啖呵を切り合う中で、天地丸は転身して数多喰いの出方を窺う。
彼が懸念していたのは、別な事であった。
「(もし、連中の狙いが俺達の分散そのものであるなら……御琴……!)」

異次元の様々な場所から等しい距離にある荒地。
此処が一番羅士兵達の数が多く、かつ彼等が降り立つ地点であり、羅士兵達は降り立つと同時に行き先を自己判断で決めてそちらへ向かっていく。
だがその一角を一陣の風が吹き飛ばした。
「……やっぱり大当りね」
風の正体は響華丸の放った居合で、鞘から抜かれた剣は納められた途端に再び閃光を放って抜き放たれ、軌道が作り上げた半月状の刃の風が羅士兵や化け物を両断していく。
彼女自身も敵中に飛び込んで剣を振るう為に、羅士兵達は次々と切り裂かれて消滅し、少しずつ数を減らしていく。
「被害甚大。援軍要請準備」
羅士兵の一部がそう呟いて撤退しようとしたところに、空から光が走って羅士兵達を退かせる。
その中から姿を見せたのはオウランだった。
「!あなた、オウランね……」
「そういうお前は、響華丸か。転身する前の姿で会い、話すのは初めてだな。天地丸は別の場所……」
「あなたを行かせると面倒ね……私を倒してからにしてくれる?」
羅士兵達が動かない事を確かめて響華丸がゆっくりとオウランの前に立つと、オウランも両手に光を走らせ、中から見えてきた長柄の太刀を手にして構える。
「良いだろう。他の者は手出し無用だ。この戦いを見届けよ」
「……まずは、この姿での腕試しと言ったところのようだけれど、一本取らせてもらうわよ」
「フッ……毘紐天・オウラン、参る!」
響華丸も剣を正眼に構え、両者は間合いを保って睨み合いに入った。

隠れ里から近い距離にある森、その奥に御琴は到着していた。
既に羅士兵達も化け物も全滅していたのだが、敵の事、すぐにまた援軍がやって来るだろうとその場に留まる彼女。
風に揺れる木の枝葉のざわめきと、虫の声以外に聞こえない森だが、故に奇襲があってもおかしくない。
一人開けた場所で精神を研ぎ澄ましていた御琴はほんの僅かな気配も逃すまいとしており、何時でも矢を放てる状態にある。
木漏れ陽が射す中、目を閉じた御琴の脳裏に、何か靄のようなものが浮かび上がる。
その靄は内側から鋭い何かを伸ばし、自分の方へと向かってくる、そんな情景だ。
「そこです!」
靄の正体は、剥き出しとなった敵の殺気であり、それを感じ取った御琴はそちらに向けて矢を射ると同時に横へ跳ぶ。
すると彼女が立っていた所に手裏剣が4つ程突き刺さり、放たれた矢が向こう側に見えた弧によって弾かれる。
弧を見せたのはメイア、正確には彼女が振るった刃であり、森の茂みからゆっくりと歩いて姿を見せていた。
「メイアさん……!」
「敵をさん付けで呼んで、機嫌でも取るつもり?ううん、そんな事はもうどうでも良い。私は、今日この日、あなたを殺す……!」
最初に戦った昨日と変わらない、いやそれ以上の怒りと殺意を露わにした眼差しで睨むメイア。
彼女の視線を御琴は真っ向から受け止めつつ、矢を番えて相手の出方を待ちに入った。
「(もし、この先に『答え』があるのなら、それを掴んでみせる……!)」
互いにまだ転身しない2人はこの時気づいていなかった。
そこにある、邪悪な陰謀を……



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あとがき

戦いが終わった次にまた戦い、となりましたが……
ジャドの造り出した羅獣は、言わばキメラみたいなもので、今回登場した百鬼斬りはそのまま鎌鼬系と網切、数多喰いはアバドンの蝗と饕餮をイメージしたものです。
残る2体についても後の展開で登場する事になっています。

御琴の悪夢について、伽羅絡みは『こういう見方もあるかな』という事で。
次回も是非是非ご期待下さいませ。

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