~ONIの里~は(株)パンドラボックス【現(株)シャノン】
(株)バンプレスト【現(株)バンダイナムコゲームス】より発売された
和風RPG「ONI」シリーズのファンサイトです。
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禍々しい霧が晴れると、ジャドは不気味な化け物と呼ぶべき、巨大な羅士となっていた。
転身前とは打って変わって、巨体に相応しい、重厚感溢れる手足。
両拳からは鎌を思わせる鋭い2本の爪が伸びており、両肩からは口に無数の触手を持つ芋虫のような化け物が姿を見せる。
獲物を楽には殺すまいとしているらしく、その触手の先端は丸くなっている。
肩甲骨辺りからは、閉じれば全身を覆うであろう大きさを持つ蝙蝠(こうもり)の翼が生えており、鬣は血のように赤黒い。
その毒々しい緑色の身体は黒紫色の甲冑に覆われ、口は仮面のようではあるが頬辺りから無数の牙が鋭く突き出しており、噛み付きを行えそうなものだ。
「これが……ジャドの……」
「羅獣の力をも取り込んだのか、ジャド!」
大きく変貌したジャドを見て、身体が震えているメイアと、外見から全てを理解し始めたオウラン。
全てを見下ろしている彼の姿は2人からすれば邪悪な神に見え、御琴と響華丸、螢からすれば真に倒すべき妖怪に見える。
彼女らのそうした考えを嘲笑うかのように、ジャドは
「そうさ。今までの一時的な通信遮断は、僕の強化改造の為にもあったのさ。道鏡ってヤツは馬鹿だと思うよ。便利な力を自分じゃなく、それ以外に組み込んだんだからね。強い力や遺伝子は、僕自身のものにしておくべきなんだ!これなら、エレオスを超えられる!義理のくせに、しかも年下のくせに何時も何時も僕より上を行っていた、あの生意気な妹を!そしてあいつが目覚めた時には、兄である僕の永遠の奴隷にしてこき使ってやる!」
「!?リョウダイ様は、エレを心配してたのよ!じゃあ、やっぱりエレが病気なのって……」
「そうさ、メイア!殺すと怪しまれやすいから、植物状態で生かしておいてあるのさ。何時でも僕の手で目覚めさせておけるように手も打ってある!」
隠すまでもないと言わんばかりの物言いに、メイアだけでなくオウランも怒りを露にし始めた。
「先にリョウダイ様を呼び捨てにしたのは聞き間違いではなかったか!一体誰の差し金だ?」
「差し金?僕自身が組んだ計画さ。何にしても、君達を僕の手でとことん苛めてあげるよ!逆らって、計画を知って、しかも良いところで邪魔した罰だ!覚悟してもらうよ。アーッハッハッハッハッ!」
高らかな笑い声は、己の余裕を取り戻せた事によるもの。
そこへ上乗せという形でジャドは蛇女郎にも己の力を流し込む。
「さあ、僕の最高傑作……あいつらの首をお前の手で取ったら、その時は真なる羅士として、人間の姿も取れるようにしてあげるよ」
「はっ、有り難きお言葉!」
力が更に強まった蛇女郎は蜘蛛の足でゆっくりと前進し、無数の蛇そのものとなった頭髪をグネグネとうねらせて獲物を見定めようとする。
そこへ、螢が我こそはと言う代わりの不意討ちとして炎の鉄矢を放ち、それに気づいた蛇女郎の蛇が盾になって鉄矢とぶつかり合って消滅する。
「我が主への度重なる侮辱、死ですら支払えんぞ、小娘ぇっ!!」
「これ以上ジャドさんを自由にさせたら、ジャドさんの幸せの為に沢山の人が不幸になる……だから、やらせないよ。でも、ジャドさんを討つのは、螢じゃない」
無垢で真っ直ぐ、しかし怒りの色が出ない顔のままな螢の身体が炎に包まれ、妖魔の姿に変わる。
「響華丸、御琴さん……あの右腕さんは任せて、皆の涙を拭ってあげて。それと、きっとジャドさんにも、隠忍用の猛毒を持っていると思うから」
「分かったわ。螢、くれぐれも気を付けて」
「メイアさんとオウランさんは子供達をお願いします!絶対に、負けませんから」
先に転身していた御琴が跳躍して光弾を放ち、響華丸が後れを取るまいとばかりに転身すると同時に翔んでジャドに斬りかかる。
一方で螢も周囲に展開した火の玉を矢に変えて蛇女郎に向けて一斉に放つ。
その間に子供達は扉が開かれると、状況を聞いていたのか、すぐにメイアとオウランの方へと走り、隅の方で2人に守られる状態に入った。
蛇女郎は螢の矢を頭髪の蛇で撃ち落とした所で、口から糸の塊を吐き出す。
その糸の塊が空中で巨大な蜘蛛の巣を形成すると、蛇女郎もその上に乗って縦横無尽に駆け巡り始めた。
「ククク、空の戦いも地上の戦いも、この私の力を発揮出来る場!食らえぇー!」
螢の行き先を先回りした蛇女郎の目が妖しく輝き、そこから細長い光の矢が放たれる。
光の矢は屈んで避けようとした螢の背を掠めると、それだけで凄まじい痛みが走ったのだが、次の瞬間にはジワジワと背中に痺れが広がり始めた。
「!麻痺睨み!でも、ただの睨みじゃあないね」
「そうだ。この私の瞳から走る光を受けたものは、たとえ私と目を合わせていなくとも金縛りに遭うというもの。今のは背中が軽く痺れただけだが、まともに全身に浴びればまさに全身麻痺!人間ならば肉が石に変わって動かなくなる。それこそがこの蛇女郎の力だ!」
「だったら、その目を塞げば!」
痺れに耐えて、螢は両手に無数の火の玉を作り、それを蛇女郎に向けて投げつける。
火の玉は一部が途中で花火の如く爆ぜ、その衝撃と残り火が蛇女郎の髪の蛇を焼き払っていく。
互いの弾幕を縫う形で、蛇女郎の目を狙おうというものだ。
しかしそれは蛇女郎にもお見通しだったらしく、大きく跳んで別な蜘蛛の巣を張り、着地した途端に今度は口から幅広い帯状の糸を吐き出す。
「わっ!」
吐き出された糸はまるで刃の如く鋭いもので、避けた螢の背後の壁が鋭く切り裂かれ、衝突した所で花が開くように糸が展開される。
「こっち!」
これ以上糸を展開されては厄介と見て、螢は火の玉を蜘蛛の糸に向けて放ち、それらを焼き払う。
糸は極普通の性質だった為か、すぐに焼け落ちていくのだが、蛇女郎の足場たる糸は次々と彼女の手で確保されており、その間にも頭髪の蛇や光の矢が螢を襲う。
「ホホホホ。数で攻められては一溜りもあるまいて!」
「わわー!」
炎を纏った拳や蹴りで蛇を振り払い、時折細長い尻尾も使う螢だが、手数で押されていた為に蛇と彼女との距離が少しずつ縮まっていく。
そこへ蛇女郎の口からの糸玉が命中し、そこから飛び散ったネバネバの糸が彼女を地面に縫い止めてしまった。
「はうっ!?」
「もらったぞ、小娘!やれぇっ!」
蛇女郎の号令と共に蛇の群れが一斉に螢の全身に噛み付く。
毒を流し込まれるのかと思った螢だが、蛇女郎の蛇はグリグリと牙を押し込むだけ。
だがそれだけでも十分であるらしく、蛇女郎はゆっくりと螢に近づき、彼女を地面から引き剥がして思い切りその首筋に噛み付いた。
「ぐはぁっ!くぅっ!」
こっちが本命で、毒ではなく吸血に類するもの。
それを痛みと共に感じた螢は顔を顰め、蛇女郎は満足げな顔で彼女の血と、気力を吸い始める。
『ククク、隠忍の血にしては、羅士とは違うようだが……まあ良い。力を丸ごと頂戴しておけば、ジャド様のお怒りも鎮まろう』
「くぅぅぅっ!!」
力が吸い取られる中、全身に力を入れて耐えに入る螢だが、そこへ蛇女郎の睨みが入った為に、麻酔を掛けられたように力が入らなくなった。
「あぁ、くは……うぅ……!」
『ホホホホ、ちと不思議な小娘だが、その穏やかな寝顔は何れ絶望に染まる。存分に楽しませておくれ』
「……断るよ」
『?』
思念で話していた蛇女郎が、不意に放たれた螢の言葉を耳にした瞬間だった。
全身が突然熱くなったのは。
『な、何だこれは!?熱い、熱い!熱ぃぃぃぃっ!!!』
特に熱いものを飲んだ覚えは無いのに、腹の奥底から何かが燃えるのを感じた蛇女郎は思わず螢の首筋から口を離す。
螢の方は全身から炎を巻き起こして糸や蛇を焼いていたのだが、尻尾が蛇女郎の腹に深く突き刺さっており、引き抜かれて見えた先端には炎が灯されていた。
「い、何時の間に!?我が腹に火種を撃ち込み、己の血を燃料として燃やすなど……!」
身体のあちこちから火が出始めた蛇女郎に、拘束から脱出した螢は先の吸血で少し息切れをしながらも徒手の連撃を繰り出す。
「螢は、辛い事に耐えなきゃいけないの。辛い時も、やるべき事をやらなきゃいけない。それが出来ないと、皆を幸せに出来ないから。幸せが、誰かに独り占めされちゃうから。だから、痛くても頑張れる!」
自分の感情が欠落している事、それを呪いとしてはならない。
持ち前の行動の早さ、己を保てる強さは、悲しみと怒りを抱けない代わりに得たものである。
だから一撃一撃に力をしっかりと込める事が出来、的確に当てる事が出来るのだ。
そうした攻撃に対し、蛇や糸等の手数で守りの壁を築いていた蛇女郎だが、近づかれると脆い。
それが螢の猛攻で良く現れており、最後に放った尻尾の一撃が蛇女郎の両目を切り裂いた。
「う、うぎゃあ~~!!」
「これで終わりにするよ」
両目をやられて悶える蛇女郎に、螢は両手に気を集中させ、光の球へと変えて相手の鳩尾に叩き込む。
その光が爆発を起こすと、蛇女郎の身体は見る見る内に砂のように崩れていくが、残った首が事前に離れ、頭髪を伸ばして螢の身体に巻き付きながら再び噛み付く。
「くふっ!」
『このままでは死なぬ!燃え尽きようとも、お前の命の炎も消してくれるわー!』
巻き付いた髪の蛇の一部も螢の身体に噛み付いており、今度はそちらからも血と力を吸い取りに入る。
しかしその瞬間に蛇女郎の蛇も顔も炎に巻かれて飛ばされた。
来ると分かって、螢が吸われた自分の血が燃えるように密かに術を掛けていたのだ。
その副作用で螢自身も全身が火傷に覆われるが、何とか耐え切ったようであり、その様を忌々しげに睨み、呻きながら蛇女郎は炎の中で灰になっていく。
「こ、この私がぁーー!」
灰になって、完全に崩れて消滅した蛇女郎。
その最期を見届けた螢はぺたんと座り込み、転身が解除されると肩で激しく息をし始めた。
「はふぅ、はふぅ……強かった~。でも、頑張れた~」
術を使おうにも体力が足りず、しばらく休むしかないとして息を整えようとする螢。
そこには達成感による笑顔があった。
御琴の光弾と響華丸の剣をそれぞれ左右の手で受け止めたジャド。
その両手から発せられた衝撃波で、2人は吹き飛ばされるが、通路の柵の上に着地して相手の出方を見る。
「この僕の力を、もっと見せてあげるよ!大サービスさ!」
「「!」」
ジャドの胸元から赤紫色の光が走るのを見た御琴と響華丸は左右に分かれながらも上の方への引きつけに入る。
「逃がさないよ!」
胸元から放たれた光は無数の光の矢になって最上部の天井を砕き、外が見える状態になる。
「外で戦うわ!御琴、行ける?」
「はい!」
御琴は居住区の壁を蹴って、響華丸は翼で飛んで居住区の外へ向かう。
メイア達が巻き込まれないように、場所を変えるためだ。
それに乗るように、ジャドも翼を広げてゆっくりと上昇し、鈍色(にびいろ)に染まり始めた空に登った。
「僕としても助かるよ。狭いと力を存分に振るえないんでね!」
邪悪な笑みと共に語るジャドが翼を大きく羽ばたかせる。
その途端、彼の巨体が御琴と響華丸の目の前に瞬時に迫り、両腕が閃くと同時に2人を弾き飛ばす。
「「きゃあ!!」」
「まずは外側から痛めつけてあげるよ!」
「そう簡単には!」
交互に振られるジャドの両手の刃に、先に動けるようになった響華丸が剣で応戦し、居住区屋上に着地した御琴がジャドの横へ回り込んで近づきながら光弾を連射する。
しかし響華丸の剣はジャドからすれば枯れ枝のようなもので、簡単に彼女は弾き飛ばされて追撃の爪を受けてしまう。
御琴の光弾が命中しても、表面が僅かに焦げるだけに終わっていた。
「効いていない!?」
「僕がどれだけONIを研究したと思っているんだ?君達の力を超えるくらいの強さなんて、この通り簡単に手に入るのさ!」
ジャドは響華丸が受け身を取れず居住区とは別の建物の壁に叩きつけられるのを見るや否や、御琴に向かって光の矢を放ちながら接近し、爪を振り下ろす。
「それでも、負けません!」
爪を避けた御琴は屈伸から力を溜めた右拳をジャドの胴に叩き込む。
「ぐっ?!やったな、このぉっ!!」
至近距離の攻撃、それも装甲に覆われていない部分の一撃は効いているらしく、ジャドの表情が苦痛で歪みつつ、左膝が御琴を突き飛ばした。
その先を、動けるようになっていた響華丸が待っていた為、御琴は彼女に受け止められ、消耗も抑えられる。
「大丈夫?」
「はい。あの人は確かに強大な力を持っていますが、勝てない相手ではありません」
地上に降りた2人は悠然と追ってきたジャドを見上げ、彼が両手から再び衝撃波を放った所で瞬時に翔んで間合いに入る。
そこから響華丸も御琴も拳で殴りかかり、息を合わせる事で拳の分厚い弾幕を形成する。
闘気を乗せたその攻撃は衝撃波をも突き破り、ジャドの胸部に命中するとその衝撃が少しずつ甲冑に悲鳴を上げさせた。
「く、ふふ。あはははは!!生意気だよぉっ!!」
歪みが苦痛から、怒りの込められた笑みに近しいものに変わったジャドは両肩の芋虫から血のように赤黒い粘液を吐かせる。
「うぅっ!?」
「きゃあっ!」
粘液をまともに浴びた2人は攻撃の手を止められ、ジャドの両手の爪で肩から足にかけて二重の×の字を刻まれ、衝撃波で地上に叩きつけられた。
「くっ……これが、螢の言っていた猛毒……!」
「メイアさんの使っていたものと全然違う……精神は蝕まないけれど、純粋に隠忍の力を食い荒らすような、この毒は……!」
粘液が鬼神の装甲をジワジワと溶かし、その肌をジリジリと焼きながら苦痛を与えると同時に、鬼神の力を吸い取っていく。
そのせいで立ち上がるのに時間を要してしまっていた2人が起き上がるよりも早く、着陸したジャドの、小石を蹴るかのような右足の一撃が2人を飛ばして建造物の壁に叩きつける。
「ンフフフフ、気に入ってくれたかい?痛いだろ?僕がONIの因子を研究して作り上げたこの毒は。まだまだ踏ん張ってくれると嬉しいなぁ。お楽しみはこれからだからねぇ」
「この男……!」
壁から抜け出そうとした響華丸の目に映っている、ジャドの邪悪な笑みと瞳。
瞳はどう見ても、情けをかけてはならない、人間の心を失った人間の瞳だ。
身内であれ、何であれ、全てを弄ぶ事を躊躇わず、他人の不幸を蜜どころか美酒として味わっている。
そうした瞳を目に焼き付けられる中、響華丸の怒りが高まり、全身に力が入ったか、粘液が蒸発していく。
それによって苦痛が和らいだ彼女はジャド目掛けて突進し、光の剣を振るった。
「ぐおっ!?」
「そんな醜いお遊び、終わりにさせてもらうわ!」
鋭く胸元に突き刺さった光の剣は抉る形で引き抜かれると、ジャドの傷口から青白い血飛沫が噴き出す。
御琴も続いて壁から出、一旦空へ離脱する響華丸と入れ替わりに彼に迫り、両手からの光弾を青白く輝く傷口に撃ち込んだ。
だが、ジャドはそれを喰らいながらもゆっくりと前に進み始め、両肩の芋虫がそれぞれ響華丸と御琴の方へと伸びる。
「この程度で僕が参る訳ないだろ?ふふ、ちょっと前菜を楽しませてもらうよ!」
伸びた芋虫の口から粘液が飛ばされるだけでなく、その粘液で濡れた無数の触手が伸ばされ、避けようとした2人の行く手を遮る。
「うっ!しまった!!」
粘液が翼に付着した事で、響華丸は落下すると同時に触手で絡め取られ、御琴も粘液を光弾で相殺したのも束の間、触手で手足を拘束されてしまう。
「うぅ……ああ!」
「ゆ、響華丸……さん!ぐぅっ!!」
翼や手足だけでなく胴や首を絞められる響華丸も、五体を拘束された状態の御琴も、触手を濡らしている粘液の毒によって力を蝕まれている為に、触手を引きちぎれない。
そしてそこからこそ、とばかりにジャドは高らかに笑いながら2人を自分の手元に引き寄せ、粘液で濡れていない触手で御琴の頬を撫でた。
「っ!!」
「な……御琴に、何て事するのよ……!放しなさい……このっ……!きゃっ」
不快な感触で身震いする御琴を、その様を愉しむジャドを見てそう怒鳴る響華丸だが、彼女も触手の撫でを受けて背筋が凍ってしまう。
「君達の知らない世界に引きずり込んでも良いけれど、それはもうちょっと後。まずはじっくり、たっぷり、君達を外から苛めてあげるよ。生意気な女の子を泣かすのが大好きだからねぇ」
「だから、メイアさんを……!許せな……ああ!!」
不快感からではなく、誰かを想う気持ちから怒りの炎を燃え上がらせようとした御琴だが、その炎も触手から滴る毒で消し飛ばされ、先端の撫でを頬から首筋にかけて受ける。
その撫でには毒液を混ぜていたのか、力が吸い取られていき、不快感によって精神が揺さぶられ始める御琴。
それに屈してはならないと、全身で抵抗する彼女だが、それも触手の撫でに遮られてしまう。
「か、身体が……でも、まだ……!ぐっ!」
「ああ、もう。そういう目凄くムカつくんだよ。だからさ、もっと苦しんでくれる?」
最後に叩きつけられた御琴の強い視線に、ジャドも笑みが消えて彼女の首絞めを強める。
そうしている間に転身を維持する事が出来なくなったのか、鬼神の鎧が少しずつ砕けて光の粒子へと変わっていった。
「あなたって……人はぁっ……!」
響華丸も撫でに耐えて触手を引きちぎろうとするも、毒が全身を濡らしていた為に力が入らず、転身が解除されていく。
「焦らなくても、君もこの子の後でじっくり甚振ってあげるよ。抵抗されて死なれたら困るからね。さあ、御琴。もうちょっと可愛らしい叫び声をあげなよ。ほーれ!」
身動きの取れず、見ている事しか出来ない響華丸を尻目に、ジャドの芋虫が伸ばす触手が御琴の全身を舐め回していく。
それには御琴も鳥肌が立ち、不快感が恐怖へと変わって来たか、転身の解除が早まっていった。
「あ、嫌……」
「ん~。それそれ、その目、その声が良いんだよね~。君の大事なものも、僕がもらってあげるよ。そうしたら僕の大勝利だ」
その一言で、御琴は全身が氷漬けになったような感触を覚えた。
この男は確実に、自分が持っているその『大事なもの』を奪おうとしている。
愛する存在にこそ相応しい、『大事なもの』を。
それを失う事への恐怖が毒と共に彼女から力を奪っていく。
その様を見て、響華丸は身体の奥底からの熱を感じ取った。
まだ御琴は涙を一粒足りとも流していないが、このまま放っておけば一粒どころか幾筋もの悲し涙が流れてしまう。
それを許すまいとする怒りが高まり始めたが、そこで別の何かが怒りを爆発の手前に留めていた。
「(隠忍用の猛毒……もしかして……)」
戦う前に螢がしていた忠告は、彼女が実際に戦っていたからこそ出来た忠告。
そこから何かしら手掛かりを得たのか、響華丸の頭の中で何をすべきかの計算が高速で成されていく。
記憶を失った時の転身、そして全てを思い出した時の転身と同様の、欠片を組み合わせて一つの何かを作っていくような、そうした計算が。
そして出た結論は……
「!?響華……丸さん……!?」
「ん?」
ボンヤリと不意に放たれた光に、御琴とジャドはそちらへと目を向ける。
そこには転身が解除された響華丸の姿があり、彼女は俯いた状態になっていたのだが、次の瞬間には顔を上げ、触手を力任せに引きちぎった。
「何っ!?」
転身した状態のものがちぎれない触手を、人間の姿でひきちぎる響華丸の姿にジャドは目を疑う。
そんな彼の驚いた隙を逃さず、響華丸は手にした刀で芋虫の片方を根本から切り捨て、その芋虫を炎の術で焼き尽くした。
「私達隠忍が無敵じゃない事が事実なら、あなたもまた無敵じゃない」
「ぐっ……あのチビが出した攻略法を考えついたか!だけどねぇっ!」
ジャドはまだ拘束している御琴を突き出し、彼女の首を絞め上げ始める。
ズル賢い彼らしく、御琴を人質にする事で響華丸を確実に倒す腹だ。
「御琴がこの状態なら、お前も手が出せない!親友を見殺しに出来る訳が無いだろう?!」
「くっ……っ?」
その絞め上げと共に転身が解除されてしまった御琴は息苦しさを覚えるが、同時に違和感を覚えた。
転身していた時ほど、脱力感が無くなっており、それまでの痛みも薄らいでいる。
力が入らなかったりしているのは、転身が解けたためであり、人間としての姿での力はしっかりと出て来ている。
そこから、響華丸が脱出出来た理由を理解し始めた彼女は首の苦しさを押して触手を振り解こうと力を全身に込める。
「ふんっ……!」
「!?こいつも……!?」
響華丸程、生身では強くない御琴も自分の拘束を振り払った事で再び驚くジャドだが、彼女は落下しながらも弓を引き、その矢をジャドの左目に撃ち込んだ。
「ぐああぁっ!よ、よくも僕のこの目をぉっ!!」
「流石。あなたも気づいたわね。あの毒の最大の抜け道を」
「はい。原理は凄く単純でしたが」
激痛で呻くジャドが動けない隙に合流した響華丸と御琴。
体力は粘液の乾きで戻って来ており、後は反撃に転じるだけだ。
「鬼神の装甲を破れば私達隠忍に勝てるなんて、浅知恵以外のなにものでもないわ」
「転身する事が隠忍の条件じゃありません!奥底にある力、それを様々な形で発現させてこそ、本当の隠忍です!」
響華丸の抜刀から放たれる連撃が残る芋虫を触手ごと全て切り捨て、装甲に傷を入れていく。
そこへ御琴の矢が複数突き刺さり、装甲が粉々に砕かれたのだが、ジャドの身体と装甲は少しずつ再生を始める。
無論、彼が己の敗北を受け入れる気配も無かった。
「あのチビがいなければ、お前達は……だけど、それでも僕は羅士の王者、ジャドだ!鬼神を倒せる力を手にしたこの僕が、お前達みたいな、生意気な女にぃぃぃっ!!」
まだ鋭い刃が残っており、それで切り裂いてしまえば目の前の2人の小娘は仕留められる。
加えて自身の再生は健在なので、芋虫が甦れば再び痛めつけて精神を壊せる。
そう信じてのジャドの突撃を前に、御琴は息を整えて力を集中させる。
「毒が無くなれば……いえ、たとえ毒があっても、この力で貴方を倒します、ジャド!転身っ!!吉翔媛子!!」
十分に力が高まった所で御琴は駆け出すと同時に鬼神の姿になり、光り輝く両拳と両足でジャドを打つ。
「こいつはどうだ!」
ジャドも防御の合間から口の牙を鋭く伸ばし、御琴の両肩に突き刺してその身体を持ち上げると、再生が完了した芋虫からの粘液と触手による乱打を彼女に浴びせる。
毒、そしてその上からの攻撃で脆くなった鬼神の鎧は砕け散り、身体を直接打たれる事での激痛に御琴の表情が歪み、響華丸も彼女を救うべく駆け出そうとする。
しかしそこへ御琴の心の声が入って来た。
『大丈夫!このくらいの痛みに耐えずして、隠忍を名乗る事は出来ません!』
力強い声が頭の中に響き、それ故に友の言葉に嘘は無いとした響華丸は足を止めて見守りに入った。
今度は無茶等ではない、ハッキリと見えた覚悟。
御琴ならば、自分の親友ならば、この状況をしっかりと打破出来る。
だからそれを信じるのも友として成すべき事。
そうした2人の想いを知る事無く、ジャドは御琴の脇腹に向けて両手の爪を突き立てる。
その瞬間に彼の耳に入って来たのは、期待していた肉を突き破る音ではなく、堅いものが折れる音だった。
「!馬鹿なぁぁっ!!」
狼狽えが隠せないジャドの両手の爪は中間でポッキリ折れたばかりか、折れた部分からヒビが急速に広がって砕け散っていく。
毒が浸透していながら、身体能力、強度が落ちていない御琴は、目に見えぬ鎧を形成していたのだ。
闇を受け入れた事で、傷つく事を恐れず、生きる事を第一とした彼女の信念。
それに鬼神の力が応え、絹のごとくしなやかで、鋼鉄よりも強靭な鎧が出来上がったのである。
その鎧は心が作り上げたもの故か、ジャドの生み出した毒をよせつけず、御琴に無限の戦う気力を与えてくれる。
「はあぁぁ……!!」
御琴は身体中を駆け巡る力を外に光として放出し、ジャドの牙も、芋虫も触手も塵(ちり)に変えていき、身体の自由が完全に戻った所でその光を前方に勢い良く放った。
「げはぁっ!」
閃光がジャドの巨体を吹き飛ばし、その装甲が粉々に砕けた今こそ最後の一撃の時。
それを見出した御琴は今も尚放たれている光を両手に収束させ、右手の方は弓に、左手の方は矢に変わる。
「破邪の矢を、受けてみなさい!!」
真っ直ぐに、敵の姿を捉えた上で引き絞られた弓、そこから放たれた一矢もまた一筋の光となって飛ぶ。
その光の矢がジャドの身体に突き刺さった途端、彼の身体がヒビ割れ始め、光に包まれていく。
「そ、そんなはずが……僕の、僕の世界がぁーーー!!!」
消え行く力、崩れゆく夢。
ジャドの思い描いた世界は、彼の意識と共に黒く塗り潰されていった。
周辺を覆う光が治まり、御琴は一息漏らすと共に転身を解く。
ジャドも転身が解けて全身がズタボロのボロ切れ同然の姿になって倒れており、最早抵抗する力は殆ど残されていないと見える。
たとえあったとしても、響華丸が放った光の輪で拘束されている為、無いに等しいものだ。
「これで一安心、か。御琴、また一つ大きくなったわね」
「響華丸や螢ちゃんのおかげです。私一人では、多分彼の成すがままにされて、泣いてばかりでした」
「ふふ、確かに独りぼっちの戦いは勝率が低いものだわ。この坊やも、それを理解していれば、こんな間違いを起こさなかったのかもしれない」
「そう、ですね……」
相手の不幸を蜜の味として今日を生きて来たジャドもまた人間。
だから叩き潰すよりも、その心を打ち砕く事が大事だ。
その考えは、御琴も響華丸も同じである。
「さ、螢達の所へ戻って、それから天地丸達と合流よ」
「はい!」
反撃時に気力をある程度取り戻した事もあり、応急処置を済ませた2人。
道が分からないので手探りになるかと思われたが、その問題も螢が飛ばして来た虫メカの到着によって解決し、2人はそのまま虫メカの案内を受けて居住区へと向かった。
謁見の間は、天地丸・音鬼丸・江の3人と、リョウダイが放った最初の攻撃が衝突した途端に天井と壁が吹き飛ばされ、完全に剥き出し状態になった。
打ち勝ったのはリョウダイの方で、天地丸達は謁見の間から放り出されはしなかったものの、強烈な衝撃で床に叩きつけられる。
「これが羅士達の王の拳か!」
先に立ち上がった天地丸は、ゆっくりと前進するリョウダイに向けて雷光を放つも、リョウダイはそれを左の掌だけで受け止め、そのまま握り潰してしまう。
左右から音鬼丸と江も殴りかかるのだが、リョウダイの両手に止められ、そのまま2人共投げ飛ばされた。
「簡単には、破れないか!」
「だったらこいつで行くぜ!」
受け身を取るも、自身の手甲の小さな亀裂に唸る音鬼丸に対し、江は自分の両腕から水の龍を呼び起こし、その龍をリョウダイに向けて叩きつける。
「良し、続くぞ!」
ほんの僅かでも隙を作ってしまえば、そこへ一気に攻撃を叩き込むまで。
江の牽制にそう見た天地丸は、リョウダイが水の龍を受け止めている間に間合いを詰め、雷と炎の拳を繰り出した。
「うぬ!?」
水の龍を両手で引き裂いたリョウダイも天地丸の速く、鋭い拳への対応が間に合わずに胸元と顔面に直撃を喰らい、数歩下がりながら僅かによろめく。
「一意専心!」
相手の怯みを逃さない天地丸は一歩の踏み込み毎に左右の拳を交互に撃ち込み、最後に右拳を天に掲げて落雷の如き一撃を突き刺す。
「ぐおっ!?……ふふふ、これほどの強者を、余は待っていたのだ!」
「むっ……!?」
攻撃を受けた鎧は傷ついていながらも、体力が落ちた気配が全く無いリョウダイの眼光に天地丸は警戒して即座に守りの構えを取る。
そして繰り出された反撃を回避しようとしたのだが、その間に音鬼丸が割り込む形で回し蹴りをリョウダイの顔面に入れた。
「僕のこの攻撃、ただの攻撃だと思うな!」
真っ直ぐ、鋭くリョウダイを睨む音鬼丸。
その胸には隠忍としての使命感、天地丸の甥にして御琴の兄としての思いがあった。
人と妖怪の間に生じた溝を埋め、悪しき者を討つ事こそ隠忍の務め。
それと同時に、何時までも伯父の背に居てばかりではいられない、妹も身体を張って戦う中自分も負けていられない。
そうした気持ちを、彼は蹴りと、次に繰り出した手刀、拳に乗せていたのだ。
「ぬぅっ!これしきの事で!!」
攻撃を喰らいながらも軽微な傷としていたリョウダイは敵の攻撃を叩き落とそうとするが、音鬼丸は攻撃の手を止めず、それどころか勢いを更に強めていった。
「うおおぉぉっ!!」
一発繰り出される毎に速さも鋭さも増して、リョウダイの鎧の傷を大きくしていく音鬼丸の、毘刹童子の拳。
しかしその猛攻も、リョウダイが今こそと言わんばかりの闘気で押し返され始めた。
「!?くっ……」
「その拳、決して脆くは無いが、余の膝を折るまでには到らぬわ!!」
「うわあぁぁっ!!」
カッとリョウダイの目が見開かれると同時に闘気が閃光を伴った爆発を起こし、閃光に混じって走った真空の刃が音鬼丸の身体に無数の傷を刻む。
「音鬼丸!」
「だ、大丈夫です。伯父さん」
鎧も衣も、身体そのものも切り傷に覆われて飛ばされた音鬼丸だが、自身を受け止めた天地丸にまだまだ戦える気力を示し、そのまま地上に降りる。
「この2人程じゃあねえが、あたしもやれるぜぇっ!!」
2人が態勢を立て直す時間を作るべく、今度は江がリョウダイに向けて猛攻を仕掛ける。
「少々違うようだが、同じ事だ!」
豪雨の如く降り注ぐ氷の飛礫と鱗を、闘気の盾で防いでいくリョウダイ。
その盾に近づいていた江は自分の鱗をハリネズミの如く鋭い刃として大きくさせ、車輪の如く回転を始める。
刃の車を思わせるその回転は、確実にリョウダイの盾を表面から削っていき、大穴が開けられた所で江の両腕が突き出された。
「何っ!?」
「突破だぁっ!!」
伸びた両腕がリョウダイの両肩に突き刺さった途端、江の身体が引っ張られる形で一気に加速が掛かり、突き出された両膝がリョウダイの胸元に突き刺さる。
その江の瞳は真っ赤な蛇の如きものから、段々と赤地に黄色という禍々しいものになり始める。
この時彼は己の身体が熱くなり、頭が真っ白になりそうな心地になっていた。
それは隠忍は隠忍でも、この世界の天地丸達や響華丸とは異なる、人間の心を持つ化け物故の弊害。
人間の心を保てなくなった時、隠忍は妖魔・妖怪としての本来の闘争本能や破壊衝動に支配される。
螢は感情の一部が欠落している事で危険性が低いものの、江や彼と同じ型の隠忍は暴走しやすい。
どれだけ精神を強く保とうとしても、感情の昂りは簡単には抑えられないのだ。
「ぐぅぅぅ……グルルルルッ!!!」
手足を鞭の如く振り回して猛攻を続ける中、唸りが獣のようになる江の姿に、天地丸は危機感を覚えていた。
感情に身を任せてしまえば、隠忍は力に飲み込まれる等して、取り返しのつかない事態に陥ると知っていたからだ。
「江、下がれ!お前自身も砕けてしまうぞ!!」
暴走は周囲諸共自分を滅ぼしかねない、諸刃の剣。
その暴走に江は突入していたかに見えたのだが、天地丸の声を受けてか、彼の瞳が元に戻り始める。
「心配……ご無用さぁっ!」
衝動をもまるで水の流れに溶け込ませるかのように、動作を止める事無く理性を引き戻していた江。
その流れを勢いとして乗せた流撃鱗士の右の爪がリョウダイの胸の装甲に大きな傷をつけた。
「何と!!」
恐らく天地丸や音鬼丸よりは劣るであろう、江の存在。
転身後の姿を見比べてもそれは明らかとしていた為、リョウダイは僅かな油断を抱いていた。
そこを見逃さず攻めた江は、一旦下がって一息吐き、笑顔を見せる。
「チビで健気な女がしっかりと力を操れてるんだ。年上で野郎なあたしがだらしなくしてたら、司狼丸をまた悲しみで泣かせちまうだろうがよ!」
未だ抱えていた、己の罪であろう事実。
それは過去からの枷ではあるが、同時に未来に向かう為の道標として活かされていた。
二度と悲劇を起こすまいとする為に、何が必要か?
江は、本当の意味で強い相手を求める内に答えを出していた。
恐怖、衝動と向き合う覚悟を持つ事。
力に恐れたり、目を背けるのではなく、己の姿や生まれに縛られてはならない。
そうした気持ちを強く持つ、それが答えだったのだ。
「口も瞳も、そして力も此処までとはな。侮った余が愚かしく思えるわ……ぐぬっ!」
リョウダイも鎧のあちこちに傷が見え、そして此処で初めて苦悶の息を漏らした。
3人の的確かつ強力な攻撃に、彼の肉体の内外が傷つき始めていたのである。
「くく、だが余はまだ倒れぬぞ!」
まだ膝を地に付かせていないリョウダイは王に恥じぬとして両足を踏ん張り、闘気を両手から熱線として放つ。
その熱線は途中で無数の蛇の如く乱れ飛び、避けようとした天地丸達の全身を容赦無く打ち据えていった。
「「ぐああぁぁっ!!」」
鉄をも融かすであろう攻撃は鬼神の装甲をも焼き、肉体にも火傷を負わせていく。
江も鱗ごと身体を焼かれている激痛で表情が歪んでおり、3人の中では一番傷が深くなっている。
左右からだけでなく、下からも突き上げるように放たれた熱線故、3人は空中で縦横無尽に飛ばされながら熱線に焼かれる。
そして最後には上で待ち構えていたリョウダイ自身の燃え盛る右の手刀で叩き落とされた。
「くっ……2人共、大丈夫か……?」
辛うじて受け身を取れた天地丸が、床に突っ伏された状態の音鬼丸と江の方を見る。
音鬼丸は天地丸と同じくらいの傷という事もあってすぐに身を起こしたのだが、江はあちこちが火傷で赤黒くなっており、鱗も一部がひび割れている。
しかし体力の方はさほど落ちていなかったようだ。
「いってぇ~……咄嗟に張り巡らした水の防壁も、まさに焼け石に水ってヤツだったぜ」
一部の切り傷からは赤い血が流れており、その傷を江は自身の放つ冷気で冷やし、即席で作った氷の鱗で血を止める。
「血の色も違う……あ、今はそれを考えている場合じゃあない!」
江の様子を見ていた音鬼丸もすぐに地上に降り立ったリョウダイの方を見て身構え、天地丸と江も息を整える。
リョウダイの方は、天地丸や音鬼丸と、江を見比べて、ほう、と息を漏らしていた。
「そこの小僧、ONIにしては何か違うな。外だけでなく、血すらも違うとは」
「特に大きいのは見た目と、扱いの難しさだ。そいつが何を意味してるのか、てめえに分かるか?」
「その姿と業故に、お前も虐げられて来た訳か。人の為に戦いながらも人に疎まれし者として、お前はそこに何を見た?」
戦いの中ではあるが、リョウダイの殺気は抑えられており、先の取り合いを気で行われる中、会話が続けられる。
「世の悲しみ、と言えば良いかな。妖怪・妖魔を人間が敵として退治する中、人間と仲良くしようとした妖魔達が動いた。それがあたし達隠忍さ。だがそういうのを世の中は認める余裕がねぇ。災厄の元凶と見なして叩き潰していく。そうして互いが悲しみと憎しみをぶつけ合っている世界だったのさ」
「上に立つ余裕すらも無かった、か。それも現実か」
江の瞳にも、リョウダイの瞳にも何かしら哀しみの輝きが見られる。
涙を流さぬ代わりの、諦めとは異なるその輝きを天地丸も音鬼丸もしっかりと捉えていた。
どちらも、大きなものを背負っているのだとも。
「言いたい事はこれだ。一気に世の中を治めようなんてのは馬鹿のやる事だ。作物を育てるように、少しずつ目の前の問題から解決していく事が一番なのさ。てめえのやってる事は馬鹿な方だよ。力任せに世の中を何とかしようだなんて、出来たとしても長続きはしねえぜ」
「ふ、さほど年を取っていない若造でありながら、そうした見据え方をしよるとはな。そうした者が体制の中に数多くあれば、世の中も安定していた事だろう。お前の生まれた世界も同様にな」
「無いものねだりは、弱虫の言い分だ。だから戦って道を切り拓く、だろ?」
身体の痛みが治まったと見て、江はキラリと歯を輝かせて笑いながら構えると、その身体から発せられる冷気が周辺へと広がっていく。
「悪ぃな、こんなしみったれた話しちまってよ」
「いや、良い。ますますこの戦いに負けられないと思えたのだからな」
「僕も君達の世界について色々と分かったし、謝る事なんてない。むしろ、感謝しているよ」
天地丸と音鬼丸はそろそろ戦闘再開の頃合と見て全身の力を高め、リョウダイも床を踏み鳴らして闘気を燃え上がらせた。
「我が覇道とお前達の王道、何れかが倒れた者達の屍(しかばね)を越えるが勝負の意味!行くぞ!!」
再び両手から蛇の如き無数の熱線を放つリョウダイに対し、江が前に出て両腕に冷気と水蒸気を纏わせる。
「目には目を、歯には歯を!だがその蛇には、蛟だぜぇっ!!」
左右の腕を勢い良く、そして目にも止まらない速さで連続で突き出す江。
それによって彼の両腕が無数の細長い水流となって展開し、リョウダイの熱線とぶつかり合う。
重さ、熱さで勝る熱線に、江が顔を顰めて少しずつ押され始めているものの、その左右を、熱線の雨霰を駆け抜けて天地丸と音鬼丸が同時に右拳をリョウダイに突き刺す。
「ぐわぁっ!」
「伯父さん、先に僕が!」
「頼むぞ、音鬼丸!!」
直撃の拳を受けて熱線が止まり、よろけるリョウダイ。
それを逃さず、音鬼丸が前に出て一旦踏み止まったかと思うと、右拳に力を集約させて一直線に突進する。
「はぁぁっ!!」
矢の如く突き出された右拳は真っ直ぐにリョウダイの胸元に突き刺さり、鎧に拳状の穴を開ける。
それと共に衝撃がリョウダイの身体を貫き、露になった彼の胸が僅かに陥没しながら青く滲んだ。
「がっ……!」
激痛で見開かれた眼、砕け始めた鎧。
明らかにリョウダイへの攻撃が通っている証拠だ。
「天地丸、仕上げに回ってくれ!」
音鬼丸が飛び退き、それを合図に追撃を繰り出そうとした天地丸の頭上を、熱線の弾幕が止んで動けるようになった江が飛び越し、その身に氷の飛礫と水を纏わせながらリョウダイの懐に飛び込む。
「氷漬けも許さない、大暴れぇっ!」
巨体を誇るリョウダイの手足、胴、肩、頭を打ちつつ、周囲を飛び回るその様はまさに蛟が敵に絡みつくかのようなもの。
それがリョウダイの身体に凍傷を負わせ、鎧で覆われていない部分に青白い切り傷を刻む。
「……2人共、良くやってくれた!後は任せろ!」
「はい!」「おう!」
江も攻撃を終えて離脱した所で、天地丸が全身に雷を纏わせて駆け、攻撃を仕掛けようとする。
だが、次の瞬間にリョウダイの眼が、虚ろになりかけたと思いきやギンと輝きを放ち、目の前の天地丸に向けて高熱の闘気を放ちながら右拳を放った。
「砕いてみせよ、天地丸!」
「元よりそのつもり!だが砕くのは!」
両者はそこから拳、蹴りを浴びせ合う。
防御が間に合わないならば、返しの一撃に回すというその様はお互い同じなのだが、一番守りを捨てているのはリョウダイの方だ。
それが仇になったらしく、リョウダイの攻撃の勢いは少しずつ、確実に衰えを見せる。
「砕くのはその身にあらず!リョウダイ、お前の覇道を往こうとする心だ!!」
段々と天地丸の、伝説の鬼神とされた魔封童子の破邪の攻撃がリョウダイの鎧を砕き、肉体を切り裂いていく。
そして最後に放った右拳がリョウダイの胸元に突き刺さると、先程以上にそこが陥没し、その窪みを埋めるように光が溢れ出す。
光は雷を放ったかと思うと、リョウダイの全身を駆け巡りながら焼き焦がし、彼の身体に残っていた装甲を粉々に吹き飛ばした。
「ふふ……これで、良い……余の運命(さだめ)は、こうでなくてはな……」
「!?」
雷光を浴びて焼かれたリョウダイの漏らした言葉に天地丸がハッとしたのも束の間、リョウダイが玉座のあった所に叩きつけられると同時に爆発が起きる。
爆発は天を貫く光の柱を形作っており、十数秒間してその柱が消えると、転身が解け、ズタズタの状態で仰向けに倒れていたリョウダイの姿があった。
戦いが終わり、天地丸達も転身を解いてリョウダイの元へ駆け寄る。
リョウダイは血反吐を吐き散らしながらも、低い唸り声と共に息をしており、己を倒した鬼神達を見詰める。
そこにはもはや、戦意も殺意も無く、あるとすれば勝者に対する称賛くらいであった。
「……やっぱりあんたは、全ての罪をその身に背負うつもりだったんだな?」
「拳を通じて見抜いたか……そう、余が果てて真の悪として葬られれば、余に従った者達も全て生き残った勝者に従う……勝てば、余が全てを導き、敵を討つつもりだったがな。若き者達を導くならば、こうでもしなければならなかったのだ」
「ったく、馬鹿で不器用と来たもんだ。それを全員が納得すると思ってんのか?」
江は溜息を吐き、全然納得しない面持ちでリョウダイを見下ろす。
もっと良い方法があるはずだったのに、という言葉を飲み込んでいるのは誰の目から見ても明らかだ。
「メイアは、悲しむであろうな。だが、それを受け入れ、乗り越える事が求められている。誰にも死は訪れる。悪しき者にも、正しき者にもな。親の死を、子が何時までも拒み続ける道理はあるまい?散り逝く者達の後を引き継いでこそ、子の務めなのだ」
「リョウダイさん……あなたは……」
音鬼丸はリョウダイの言葉を聴くうちに自然と涙が溢れ出てしまっていた。
これほどの人物が、何故悪を背負い、果てなければならないのだろう。
彼の死は、本当にこの世界の為になるのだろうか。
そうした思いが音鬼丸に涙を流させていたのである。
「……余の為に泣いてくれるか、音鬼丸とやら。その優しさは、メイアにも似ておる……それ故の危うさもあるがな」
「え?」
「メイアは良く動き、良くお前達と戦って来た。それ故に分かっているであろうが、あの娘はその優しさの為に傷つきやすく、それによって今の、怒りと悲しみに生きる羅士になってしまった。その悲しみの涙を拭えなかったのが、残念だ」
「……大丈夫です。御琴が、彼女を助けてくれます。それを信じていますから……!」
涙を拭い、男らしい面構えでそう言い切る音鬼丸に、天地丸は彼の成長と見て微笑む。
「あんたは、断じて悪とは言えない。こんなやり方を、未来を切り拓く道というのが正しくなかっただけだ。人間は確かに弱く、臆病な者もいる。だが、それを理由に責める権利は無い。少しずつ変わって行けば良いんだからな」
「ふふふ……全てにおいて、勝っておるわ。余も知っておるぞ。先のあの姿、伝説の鬼神、魔封童子……生涯最大の誉れだ。余がその鬼神と戦えたのは……」
これでゆっくりと休むことが出来る。
そう思ってリョウダイは、天地丸への言葉を最後に意識を閉ざそうとした。
しかし、それを許さない者がいた。
「「!?」」
突然走った冷気は、眠りかけた者達を呼び覚ます為のもの。
その冷気を受けてリョウダイは目を見開き、天地丸も音鬼丸も冷気の出処を見て声を失っていた。
江が、冷気を放った江が眼から沢山の涙を流しつつも、怒りの形相でリョウダイを睨みつけていたのだ。
「……さっきから聞いてりゃ、自分はもう用済みみてぇな言い方しやがって……!馬鹿か、てめえ!まだ全部が終わってもねぇのに、てめえ一人死んでおしまいなんて、あたしは許さねえ!!」
「お、おい江……」
「そんな事言っても……」
「2人は黙ってろ!!」
雷鳴の如き怒号に、流石の天地丸も音鬼丸も返す言葉が無い。
江は2人の沈黙を確認し、再びリョウダイを見る。
「誰かの為に、人の為に、未来の為に頑張っていながら、身勝手な連中の尻拭いしといて死ぬ……そういうのは、本音言うと、もう勘弁ならねぇ。押し付けられた形だろうと、自分から進んでの形だろうと、世の中の業を背負って死んだところで、身勝手な連中はかえって調子に乗る。てめえの死でメイアが大泣きして一生不幸になるかもしれねえ。どうせ死ぬなら、全部終わって、メイアに最期看取らせてもらってからにしろ!それまで、てめえをあの世には行かせねえ!!」
「だが、江……」
「だがも何もねぇ!響華丸や螢はどう思うか知らねえが、あたしだけは絶対に許さねえ!ピンピンとのうのうと、しゃあしゃあと生きてやがる最低野郎の思う壷になっちまうからな。今回の事を利用してる奴にも、戦いの意味を理解してもらわなかったら、てめえのやって来た事は只の悪事で終わるんだよ。此処にいるあたし達や、響華丸達以外の誰の胸にも残りゃしねえ」
涙が止まり、声の調子も落ち着き始める江。
怒りの眼差しも少し治まってきたようだ。
「悲しみとか苦しみとかはな、乗り越えりゃあ良いってもんじゃねえのさ。てめえは知らねえだろうが、あたし達の世界を救おうとした隠忍は、沢山のものを失って泣いてばっかりだった。死んじゃいけない奴等ばっかりが死んで行ったり、いなくなったりしちまってたからな。心がぶっ壊れて、響華丸達の助け無しじゃあ、それこそ世界が滅ぶかもしれなかった……誰もが、此処にいる天地丸や音鬼丸みてえに強いとは限らねえ。最初に言ったろ?誰もがてめえのようになれる訳じゃあねえと」
「……」
リョウダイは思わず目を背けてしまっていた。
確かに、自分の死は意味を成さなければならない。
生き残った者達を悲しませ、そして討つべき真の敵を喜ばせる。
これを本末転倒と呼ばずして何としようか。
それを思い知った為に、己の愚かさを初めて受け入れたのである。
同時に、生き延びてこそ、世を正す道標になれるとも理解していた。
江はというと、その意図から『今死ぬ訳ではない』と認識したらしく、屈んで己の右肩を突き出す。
「肩を貸してやる。終わるまで、死に急ぐ真似はさせねえからな!良いな!」
「……すまん」
リョウダイはもちろん、天地丸や音鬼丸も拒む理由等無かった。
江もやはり少年、奥に炎よりも熱い思いを抱き、無数の傷を心に刻みながらも懸命に生きている。
先程流した涙は、それらを溜め込んだ為のものだ。
それに応えたい、応えなければならない。
だから、リョウダイは江、そして天地丸や音鬼丸に身体を預ける事を選んだ。
メイアに全てを伝え、真の終焉を見届ける為に。
4人はその思いを胸に一歩ずつ、しっかりと踏み締めながら本館を出て行った。