~ONIの里~は(株)パンドラボックス【現(株)シャノン】
(株)バンプレスト【現(株)バンダイナムコゲームス】より発売された
和風RPG「ONI」シリーズのファンサイトです。
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城塞のあちこちの建造物を調べて回っていた螢。
彼女は狭い場所にはネズミの姿になって潜り込み、必要に応じて元の姿に戻る等する事で敵の目を摺り抜け、様々な情報を集めていたのである。
「えっと、こういう仕掛けで動いてて…で…っと」
見知らぬカラクリで構成された仕掛けも、飲み込みの良さと頭の回転の速さによって苦も無く理解した螢の手で解除されていく。
「いきなり一番上の人の所に行っちゃダメだから、横から、ね……山の上じゃなく、麓(ふもと)に陣を構えるように……」
手探りで、慎重に進む螢の目は何時も以上に光っており、的確に奥へと進む。
通路の至るところで警備に当たっていた羅士兵達の耳にも目にも届かないよう、物音を殆ど立てずに狭い道を進む彼女は、しばらくした所で一つの部屋へと到着した。
そこは城塞のあちこちを見る事が出来る場所で、地図のようなものもある。
螢自身全く知りようのない事であったが、此処がジャドの部屋であり、通信が遮断されているのか、何処からも声が掛からない状態になっていた。
「え~と、ん~と……うん。分かる分かる。で、これは……」
何やら文字が刻まれている仕掛けがあるが、凹んでいたり突き出ている小さな杭のようなものが赤や緑に光っている。
それはつまり、動かして良いもの、良くないものとに分けられており、解除の為にも仕掛けがあるのだろう。
だから、螢は直接そちらを弄(いじ)らず、カラクリの向こう側から聞こえる音を頼りに仕掛けの仕組みを自分なりに読み取り、術を掛ける事で操作を行おうとする。
すると、カラクリの一部から不思議な声が流れてきた。
『このシステムを動かすには、ジャド様が設定したキーワードを入力する必要があります。キーワードを正しく入力出来なかった場合、不法侵入として直ちにジャド様に通報します。キーワードを正しく入力してください』
「きーわーど……あ、この板の上に綺麗に並んだ石に書いてる文字の順番だね?知らないけれど、慌てないよ~」
螢はそう言いながら目を閉じ、並んだ石が置かれている板=キーボードではなく、先程の音声内容と同じ文章が映し出された緑の鏡=モニターの方に手を当てる。
数秒して、彼女はそこから一つずつ、丁寧に、ある順番でキーボードのキーを押していき、最後に『ENTER』と書かれたキーを押した。
すると……―――
「……何だ、もう戦いが終わってたのか。あるいは別の場所に移っちまったとかかな?」
江と音鬼丸は、先程響華丸とオウランが戦っていた場所に到着していたのだが、残っていたのは砕けた床や建造物の破片、そして血痕だけ。
誰かが死んだかどうかは確かめる術等無いので、先に進むしかない。
問題は道が2つに分かれているという事であった。
真っ直ぐ行けば敵の総大将の元へ行けるかもしれないが、音鬼丸の目は左に見える大きな建物即ち居住区の方へと向けられている。
「……御琴はこっちだ。僕には分かる。メイアと、決着をつけるつもりなんだろう……」
「そっちに行くなら、続くぜ。どうする?」
江が返答を待つ中、音鬼丸は御琴の元へ向かおうかと足を動かそうとしていた。
しかし自分が行くべきか否か、その迷いが足枷となっているのか、踵も爪先も床から離れようとしない。
行けば妹にとって自分が力になるのかもしれないが、逆にかえって邪魔になるのかもしれない。
「(御琴……僕は……)」
琥金丸と共に行き、彼の力になりたいという、妹の熱意に屈した事もあった。
未来へ飛んだと聞いた時には、自分が真っ先に行きたかったのだが、その時は天地丸にこう言われて制された。
『お前が行けば、異次元はどうなる?お前は、御琴の帰って来る場所を、茨鬼や琴音達と一緒に守るんだ。良いな?』
受け入れ、そして妹の生還を望んだ自分。
だが受け入れたのは伯父の言葉以外にも、御琴の、前に進んで戦おうとする気持ちがあるのかもしれない。
響華丸が敵だった頃、突き放された御琴はしばらくすすり泣いていたのだが、次に自分の目の前に姿を見せた時には覚悟を決めた隠忍としての彼女がいたのだ。
そしてその覚悟もあった事で響華丸と真に心を通わせたのである。
日を追うごとに、御琴の『誰かの力になるために戦う』という意志は強まっている。
それを直に見届けたかったが、最後に音鬼丸はこう思った。
「(何時までも、僕がついて来ていたら、その分御琴は立ち止まっちゃうのかもしれないな……そうだ。御琴を、そして御琴を支えようとしている響華丸を、僕は信じる……!)」
その決意と共に、足は居住区の方から、中央へと続く道へと向けられ、音鬼丸の目も真っ直ぐ同じ方向を見据えた。
「……だよな。それもまた、兄貴らしいぜ」
行動による音鬼丸の返答を受け取った江はニッコリと笑っており、彼と共に走り出す。
その真っ直ぐな思いこそが、江の待ち望んでいたものであり、信じ合う事もまた家族の成すべき事だと理解していたのだ。
家族を持たなくとも、家族の意味を知っていた為に。
居住区での戦闘は、最初は互いに通路を走っての、飛び道具の撃ち合いから始まっていた。
御琴の光弾とメイアの針は互いにぶつかり合って消滅し、突き当たり部分で次の手と互いに考え、素早さで勝るメイアが先手を取る。
「っ!?」
「つああぁぁっ!!」
心の臓を貫こうとする刃の右と首を斬ろうとする牙の左、そして両肩からの副腕。
それらが次々と繰り出されるという猛攻に、御琴は回避が間に合わず、両腕での防御に入る。
鬼神の甲冑を切り裂くその攻撃に、腕や肩の装甲が簡単に切れていき、腕や肩自体にも切り傷が入っていく。
だが、御琴の表情が痛みで僅かに歪んだのもほんの数秒で、彼女は防御に回していた両手から不意に光を放ちつつ、メイアの両手首を掴んだ。
「えっ!?」
「はっ!!」
攻撃を止められた途端に軽く引っ張られて体勢が崩れたメイアは、守りが完全に甘く、胴も顔面もがら空き。
そのがら空きな顎に向けて、御琴の剣を振り上げるかのような右の前蹴りが炸裂し、メイアの身体を仰け反らせた形で浮かせる。
御琴は振り上げた右足を瞬時に下ろして床を強く踏み込むと、バネを利かせるように左拳をメイアの胴に撃ち込んで彼女を突き飛ばし、その身体を天井に叩きつけた。
「このぉっ!」
メイアも攻撃を受けた苦痛を何とも思わないかのようにすぐさまそこから離れ、翅を激しく羽ばたかせながら針を雨霰の如く放ち、急接近して左手と副腕による波状攻撃も織り交ぜる。
その纏まった攻撃を御琴は跳んで避け、光弾を放ちながら五指から伸びる光の爪でメイアに斬りかかる。
しかし御琴のそれらの攻撃は、高速で鋭角を描きながら飛び回るメイアには掠りもせず、逆に彼女の右手甲から伸びる刃の一閃が入った。
「うっ……!ま、まだです!」
「そうよ。まだあなたの味わう苦しみは終わってなんかいない!」
装甲が無くなっていた左肩を切られ、青の血を流しても踏ん張る御琴は、戻ってきて追撃に転じようとしたメイアの攻撃を光の爪と光弾で押し止める。
そこからは純粋に押し合ったかと思いきや、メイアが強く押して御琴を突き飛ばし、4つの刃を連続で振り回して接近する。
「世界は、人間達は、とてつもなく歪んでしまっているわ!私を見てくれていた人達は死に、残されたのは私を、私の仲間や友達を、家族を罵倒する人達だけ。私だけじゃあない、数多くの、生きる事が許されるはずの人達が次々と殺されていったわ!」
「それほどまでに歪んだ世の中を、私達が人間達に作らせた、そういう事なんですか?」
御琴も修行の成果を活かすべしと、徒手ながら光を纏った手と足でメイアの刃を受け流しつつ後退する。
相変わらず傷が次々と刻まれているのだが、それを少しずつ彼女は気力で塞ぎ、出血も最小限に抑えていた。
「ええ。人間達は度を越した欲望の為に、弱い人達から全てを搾(しぼ)り取って来た。権力を持つ人達は刃向かう者達に有りもしない罪を着せて、自分達こそ正義として世の中を欺(あざむ)き続けて来た……残っている人達は真実に似せた嘘を信じ、本来信じるはずの真実を嘘とみなしている…結果、権力者は暴力で世の中を支配している……!」
「だからと言って、子供達を、何の関係も無い子供達を巻き込み、攫う事が許される訳がありません!」
強く言い返すと同時に強烈な衝撃波を叩き込む御琴。
それでもメイアをほんの僅かしか下がらせる事が出来ず、逆に怒りの火を激しくさせるだけだ。
「許される許されないの為にも、人は汚れ過ぎた!世の中を良くしたいという気持ちは、突きつけられた現実の冷たい暴力の為に押し潰され、勇気も希望も愛も奪われ、砕かれたわ!そして分かったの。どんなに聴き心地の良い言葉があっても、暴力に屈するようじゃあ意味が無いという事を。血で手を汚さない限り、世の中は絶対に良くならないって事を!」
「子供達は人々の宝です!それを奪えば尚更……」
「うるさい!!」
激怒を伴った叫びで勢いの増した刃が御琴の胸元に大きな×の字が刻まれる。
直接切れた訳ではないが、同じ形の衝撃が彼女の胸にまで行き渡り、痛みとして彼女の表情を歪ませた。
「子供達が居なければ、次の世界の道なんて切り開けない!全ては旧時代からのうのうと生き続けている老人達が元凶…それを取り除かなかったから私の全ては奪われた!人のため世のためと謳いながら、あなた達はその愚かな老人達の行いを見て見ぬ振りをしていた!だから殺すのよ!あなた達ONIを!」
明らかな逆恨みであり、見当違いとも取れる復讐。
しかし、世の中の、過去や未来も含めた全てを恨んでいる事は間違い無い。
御琴がそう受け止めたのには理由があった。
「過去、血を流し、涙を流して世の中を清めた英雄達は、金や権力を求める為政者によって淘汰(とうた)された。そして彼等によって清められた世の中を為政者達は、老人達は我が物顔で汚し、それを英雄達の責任にした……自分は全く悪くないって言い張って……!だから私はそいつらを、こう言いながら殺す!『お前達が汚したんだ!』とね!あなた達も、同罪よ!」
メイアが攻撃し、叫ぶ度に幾粒もの涙が散る。
人間の心を持っているだけでなく、真の意味で傷つき、苦しみ、悲しんでいるから。
だから狂う事でしか自分の未来を見い出せない、守れない、貫けない。
その痛みを、御琴はしっかりと感じ取ると同時に、メイアに階下へ突き落とされながらも覚悟を決めていた。
過去の業とは別の、隠忍としての覚悟を。
「ぐぅっ!」
一階の床に叩きつけられた御琴は全身に痛みを覚えながらも何とか身を起こし、メイアが来るのを待つ。
彼女の方は追撃を止めており、ゆっくりと降りて来ている。
その理由も、御琴には分かっていた。
自分の左右の扉が開かれて、今の戦いの音を聞きつけて、子供達が扉の向こう側から沢山出て来たのだ。
出てきた子供は、扉で隔てられた部屋の者達の代表たる数人だが、部屋に留まっている子供達は数十人はいる。
羅士達が今までに連れ去って来た子供達であり、部屋毎に出身の世界が異なっているようだ。
故に、見知らぬ格好をした者、見慣れた格好をした者様々だが、その眼差しは驚きと戸惑い、そして恐怖に揺れている。
「ば、化け物ぉっ!」
「お前の、お前の所為で僕達はこんな目に!」
一人、また一人と恐怖からの憎悪の言葉が吐き出される。
「お前みたいなのがいるから、私達はパパやママと離れ離れになったんだ!」
「化け物!化け物ぉ!!」
一言一言が、御琴の心に深々と突き刺さり、そして先程の衝突で飛び散った破片が彼女に投げつけられる。
誰もが、『自分達がこうなったのは、隠忍の所為だ』と教えられたのだろう。
「これが真実よ、御琴。親との仲の良し悪し問わず、この子達は皆、その当時の政府によって弾圧・虐待を受け続けた子……その子達の世界の過去に、隠忍の伝説はあった。でも、助けを求めても、祈っても、隠忍は、救い主は現れず、大事なものを奪われた……あなた達が為政者達に奪わせたのよ!」
メイアの言うように、隠忍が悪しき人間達を諌(いさ)める事をせず、野放しにしたというのが事実ならば、憎むのも仕方がない。
人間であるか否かという以前の、そうした過去の傷が彼等を憎しみや怒りに駆り立てていたのだ。
御琴は、そうした子供達の半泣きながらの怒号と飛礫(つぶて)をしばらく受けながら黙っていたが、俯きかけていた顔を少し上げて周囲を見渡しながら、こう言った。
「……そんなもので、私を殺せないわ……もっと強く、想いを込めて!」
「「!?」」
泣いて許しを乞うのかと思いきや、全く逆の物言いに、子供達はもちろん、メイアも驚く。
「私を、隠忍を殺す事で気が済むのなら、全てが解決するというのなら、私を殺さなければならないわ。だったら、それを今成すしかない……!こうすれば、やりやすい?」
今度は己が身を纏う甲冑を光として消滅させ、衣だけという通常ならば有り得ない姿になった御琴。
死を受け入れている彼女を前に、誰もが戸惑いを更に強めるが、ならばと気を取り直して破片の投げつけを再開する。
その鋭い破片は鬼神の肌を僅かに裂いて青白い血を滲ませ、御琴の顔を苦痛で歪ませる。
どれくらい続いたのか、転身はまだ解けていないながらも息が激しくなっていた彼女に、段々と焦れてきたメイアは針を子供達に手渡す。
「……覚悟を決めたのなら、見せしめとして打ってつけよ、御琴。皆、あいつの全身に思い切りその針を突き刺しなさい!順番に、深く!」
メイアの言葉に、子供達はしばらく戸惑っていたのだが、やるしかないと誰もが顔を合わせて頷き、御琴を取り囲む。
人数が人数なだけに、何重にも輪が作られており、御琴に近いものから一斉に針を突き刺す。
「うっ……!ぐぅっ!!」
手足、胴、肩と、子供達が交代するごとに次々とメイアの針が突き刺さり、そのたびに激痛と力が吸い取られるのを感じた御琴は、呻き声を上げても泣き声を上げる気配は無い。
そして子供達全員が針を突き刺し終えた時、彼女は首から下がまるでハリネズミのようになった状態で立っていた。
最後の止めは、メイアが刺す、それが子供達の暗黙の了解である。
「……これで、一つが終わる……!死ね、御琴!!」
鋭く伸びたメイアの右の刃は、黒紫の気を放って振るわれる。
それは狙い違わず御琴の左肩を切り裂いたかに見えたが、次にはメイアの刃が折れて宙を舞い、しばらくして床に落ちた。
「え……?どうして……?」
自分はこの女を殺す、それで間違っていなかった。
だが次に繰り出した左の鋏も御琴の首を切り裂くどころか、鋏そのものが砕けてしまっていた。
全く無傷という訳ではなく、ジワリと当たった部分が青白くなっているが、致命傷になっていない。
「何で……?そんな……」
殺せるはずなのに殺せない、自分の武器が否定し始めている。
そうメイアが感じた時には、先程まで御琴の身体に突き刺さっていた針が自然と抜け落ちて消滅していた。
だが次に彼女が御琴を見詰めた時、胸の奥から突き刺すような鼓動が響き、ある一つの光景が重なった。
「ああ、あああ……」
それは過去、自分が苛められた時、母親に慰めてもらった時の事だった。
『また、苛められたのね……でも、私は何時だってメイアをこうして助けるから……だから、苛められた事を理由にやり返してはダメよ。どんなに辛くても、憎くても、きっとその子達も分かる時が来る。苛める事がどれほどやってはいけない事かが……無理矢理それを分からせても、それじゃあ苛め返している事と同じだから……』
苛めがやってはならない事だと無理矢理分からせるという事は、苛め返している事と同じ。
その言葉が脳裏に浮かんだ途端、メイアの転身は独りでに解け、緑の目からは怒りの炎が失せ、涙が流れ出る。
「う、ああ……あああ!」
自分は、自分を苛めた子供達と同じ事をしている。
それでは何も変わらない、変わらなくて当然だ。
心の奥底で、同じ悲劇を繰り返したくないと思っていながら、実際は自分の手で繰り返しているのだから。
そう、苛め返す事も、同じ悲劇だと気づいた、否、思い出したのだ。
周囲の子供達も、御琴の凛とした表情に先程の憎悪は消え去ったのだが、御琴はその表情のままやんわりと、穏やかに言う。
「……あなた達の痛み、苦しみ、悲しみ……全部受け取ったわ。だから、もう自分をそんなに追い詰めないで……ね?」
それは子供達やメイアにだけでなく、自分への戒めでもあった。
向き合うべきは自分自身、それが佳夜と真に一つとなった事を通じて理解した事。
その言葉で、子供達の、メイアの目は潤み、次には一斉に大声で泣き叫んだ。
「わあぁあぁん!!ごめんなさい!本当にごめんなさい!!」
「御琴……私を……あなたに酷いことをした私を……あああああっ!!」
炎のような、激しくも悲しげな泣き声の中、御琴は擦り寄ってきた子供達の頭を優しく撫で、メイアに対しても涙を拭って応えた。
「もう、良いんですよ。メイアさんのその気持ち、絶対に忘れません……」
この子達には罪は無いし、まして彼等をこうさせた為政者という者を責める権利もない。
殴る手を、怒りに身を任せたその拳を受け止めるだけで、十分。
だから、御琴は全てを許し、癒す事を選んだのだ。
泣き声がある程度落ち着き、子供達は自分達の部屋へと戻る。
残ったメイアは御琴が一旦転身を解き、傷を癒すのを見詰めていた。
「……御琴……あなたは、母様に似てて、優しいのね……でも、こんな私を許してくれるなんて……ある意味馬鹿なのかも……」
「そうですね……でも、私は馬鹿で良いと思ってます」
傷が癒えて転身し直した御琴が微笑むと、メイアも自身の心身が温まるのを感じて笑い返す。
まだ全ての戦いが終わっていない為、何時でも動けるように備えてながらも、御琴が自分に注いでいる優しさは絶やしていない。
だから、メイアは御琴に全てを任せられると、今此処で確信していた。
「何も変わらない……変えなくても良かったんだ。殺しても、何にもならないって……それを気づかせてくれて、ありがとう、御琴……」
「分かってくれれば、それで十分……っ!?」
ふと、御琴の顔から笑みが消え、すぐさまメイアの目の前に立って腕を振るう。
その腕が何かにぶつかり、衝撃で僅かに弾かれるのを感じる中、御琴は闇の中に潜む気配を見抜き、睨みつけた。
「そこに居るのは分かっています!」
「え……?」
メイアが振り向けば、そこに立っていたのはジャドであり、先程の音の主は、ジャドが放った短刀で、御琴の足元に突き刺さっている。
「あーあ、此処でドスッてどっちかが死んじゃえば良かったのに。まあ、そこは流石オリジナルのONIっていう事にしておくよ」
「ジャド……!?」
「メイアさんを、最初から殺すつもりでしたね……?」
鋭い怒りの視線を叩き込む御琴に対し、ジャドは別段怯える素振りも無く指を鳴らして答える。
「遅かったけど、正解♪」
「!?メイアさん、離れて!!」
指を鳴らすのが合図となっていたのか、御琴は足元から何かが迫って来ると察知し、メイアを突き飛ばす。
すると御琴の周囲の床から、踝(くるぶし)程度の高さまで角のようなものが伸び、そこから放たれた黒紫色の電撃が四角錐状の結界を作って彼女を閉じ込める。
その瞬間、凄まじい電撃が彼女の全身を焼き焦がし始めた。
「きゃああぁぁぁっ!!」
「アハハハ!良い声だねぇ!うん、頑張る女の子のその悲鳴、これが好きでたまらないんだよ!」
人をいたぶっていながら、まるで美酒を口にしたかのように笑うジャドの姿に、メイアは目を疑っていた。
こんな姿が、自分達を導いた参謀なのだろうか。
いや、もしかしたら……
そんな不安と恐怖がメイアの全身を駆け巡り、体温を奪い始める。
「どうして……どうしてなの?ジャド、あなたはこんな事を望んでいたっていうの!?」
「ああ、望んでいたとも!皆まんまと騙されちゃってさ。僕は最初から羅士を束ねて、全ての世界を支配するつもりで動いて来たのさ。その中で、こうした可愛い女の子が懸命に戦う姿を見たんで、ついでに苦しめようとしてね……この子、悪いヤツに小さい頃攫われて散々悪いことをしておきながら、お兄ちゃんに助けられたんだよ。ま、そこから先を話す事は無いか」
「あ、あなたは……人の記憶を……?」
電撃に耐えている御琴は、全身に力を入れて踏ん張っている。
甲冑が悲鳴を上げ、肌が焦がされる中、戦士らしき眼差しで自分を睨むその姿に、ジャドは益々興味を抱いたようで、笑みが大きくなっていく。
「それが僕の能力さ。メイアに渡した腕輪は、僕が遠隔操作で相手の心の古傷を抉る為のもの。幻覚とかも意のままさ。でも驚いたよ。まさか自分自身と向き合ってそれを克服しちゃうなんて、なかなか出来るものじゃあない。だから、次に子供達をちょこっと操ったけれど、これの切り抜け方も見事だったよ。もう操りの効果も切れちゃったみたいだし」
「!?それじゃあまるで子供達が、あなたの人形にされてたみたいじゃない!だとしたら、子供達を使っての革命も、子供達の為の未来も、全部嘘だったの!?」
段々と打ち崩されていく、自分達の理想。
メイアは動揺しながらも、真実を知るべく問うのみだ。
「革命は本当だよ。使い古した老人より、将来有望な子供を育てて配下にする方が効率的。そこに希望とか未来とか与えるよりは、僕に一生仕えるっていう義務を与えた方がずっと世界が安定する。それが分からないかなぁ?」
聞けば聞く程、ジャドの仮面の奥に潜んでいたどす黒い本性が露になっていく。
それを見ていく内に、メイアの心に絶望が染み込み始めた。
「そんな……私は、そんな事のために子供達を連れて来た訳じゃないのに……ジャド……あの時の話せるジャドは、何処に行ったの……?」
「何処にも居ないよ、そんな僕は。今居るのは、全部を支配する技芸天・ジャドさ。君が見てきたのは、君が描いた幻想・理想・妄想なのさ。君を安心させる為の、僕の演出とも言えるけどね」
「ジャド……うぅっ……!」
全て利用されていた事に、悲しみと怒りを覚える中、メイアの目は御琴に向けられる。
彼女だけが、自分を本当の意味で導いた彼女だけが希望だった。
だが、それすらもジャドはお見通しであり、笑みに邪悪さを宿らせる。
「メイア……君の最後の希望っていうのも終わらせるよ。御琴だったかな?君は自分の心の痛みにも、他人の痛みにも耐えられるみたいだから、純粋に、対ONI用に開発したこの破壊結界でじっくりと苦しめてから殺すよ……その方が見ていて気持ち良いからね♪」
「あなたは……!あなたを許す訳には行きませ……ああぁっ!!」
気丈な言葉も激しい電撃で遮られる。
激痛が内外から走り、それと同時に力がゴッソリ奪われるような感覚。
それは今までに味わった事のない痛みであり、しかしそれに負けるものかと御琴は力を込めて耐え続けた。
「ぐうぅっ……うぅっ……!くはっ……」
御琴の身に纏われている甲冑は粉々に砕け、露になった部分は青い血で覆われていく。
そして身体から光が漏れ出るも、その光は電撃でかき消され、転身が解除され始めたのか、鬣が短くなっていき、角もヒビだらけになり、緑色の髪も赤みを帯び始める。
「負けられ、ません……メイアさんを……守り……」
顔が儚げに輝き、仮面が消えては現れる状態になる中、御琴が歯を食い縛っている様子がハッキリと見えて来た。
その瞳は輝きを強めており、それが一層ジャドの残虐な思考を加速させる。
「良いねぇ……泣いて許しを乞う姿も良いけど、こういうのも何だか倒しがい、苦しめがいがあって良い。だから、もうちょっとだけ苛めてあげるよ♪」
「やめて、ジャド!御琴をこれ以上傷つけないでぇっ!!」
メイアの必死の懇願(こんがん)も虚しく、ジャドは手を止める気配を見せない。
「メイア……さん……子供達を……連れて逃げ……くぅっ……」
鬼神の鎧も衣も剥ぎ取られ、一糸纏わぬ姿になろうとしていた御琴は、髪の色が赤に戻り切っており、鬼神の肌も人間のものに戻ろうとしていた。
後数分とせずに、彼女の転身は完全に解除されるが、それ以前に耐えるのに体力を使っている為に、解除されてしまえば死ぬ可能性が高い。
それが一層、メイアの心を恐怖に染め上げていた。
「いや…嫌ぁっ!!ジャド!何でも言うことを聞くから、御琴だけは殺さないでぇっ!!」
「ん~、何だって?もっとよ~く聞こえるように、大声で言ってくれないかなぁ?」
命乞いとも呼べるその言葉に、わざとらしい態度でジャドは聞き返す。
狙いは当然、メイアの精神を徹底的に痛めつける事。
御琴はどの道倒れるのだから、メイアを苛めるだけで十分自分を満たせる。
その満たし方も、自分にとって良いものでなくてはならない。
それ故の、この残忍、卑劣なやり口だった。
「私が、私がジャドの言う事を何でも聞くから、その子の命だけは助けてぇっ!」
「最初の言葉が聞こえな~い。もう一度だけチャンスを上げるよ。聞こえなかったら、この子は殺しちゃうからね~」
「言っては……ダメです……メイアさん……!私の事は……大丈夫ですから……がふっ!」
口から吐き出た血は人間のものと同じ赤へと変わっていた御琴。
彼女は転身の最後の要たる角が砕けそうになっているにもかかわらず、メイアにそう言いながら耐え続けている。
「御琴……やだ、やだぁっ!」
「これで、僕は両親やお友達に続いてまた一人殺した訳だ……フフフ、メイア苛めは楽しいなぁ~♪あの時だって、泣いては親に慰めてもらって、そのやり取りを思い出すだけでも、楽しくて笑っちゃうよ」
「!?じゃあ、父様も母様も、友達の皆も……最初からあなたは……!」
「そ♪メイアの人生を汚したのは僕さ。僕が色々と手を回しておいたんだよ。君、健気でちょっと頑張り屋で、そこが生意気だったから奴隷にしようかなと思ってたんだ。でも分かっちゃったらもうおしまいだね。御琴が死ぬのを目の前で見届けな!アハハハ♪」
「やだあぁぁぁぁっ!!!」
冷徹にして残虐な嘲笑の中、止めとばかりにジャドは指を鳴らす。
それと共にメイアの涙ながらの絶叫が響き渡った。
メイアの叫び声と共に、御琴は目の前が真っ白になった。
「(死ぬの……?此処で、私は死ぬの?)」
抜けていく力、冷たくなっていく身体、霞んでいく視界、そして遠のいていく意識。
真っ白から、段々と薄暗くなって漆黒に染まろうとする視界に、御琴の身体も心も恐怖に襲われる。
「(誰も居ない……聞こえない……見えない……)」
震えが激しくなって、肌も血の色が失せていた。
心臓の鼓動もゆっくりしたもので、段々と間隔が長くなっている。
数分すれば、完全に鼓動は止まる、つまり死ぬのだろう。
だから、御琴は……抗った。
「(死ねない……!折角戻ってきたメイアさんの未来を壊させない!響華丸さんとの思い出を終わらせない!そして……!)」
意識を、身体の熱を、力を、死への抵抗即ち生きる事への希望、勇気によって取り戻した御琴の頭に、否、心に多くの人達の姿が思い描かれる。
自分の帰りを待っている人、自分に全てを託した人、自分と一緒に生きる事を望む人、自分が愛した人。
彼等の姿だけでも、彼女にとっては十分な切っ掛けだった。
「(私自身の想いを、絶対に貫いてみせる!)」
答えを、自分の突き進むべき道を見つけておきながら散る事など、本末転倒。
何の為の心身の傷か、何の為の昨日までの涙か。
それを理解していた御琴の命の炎は、消え行くものではなく、真に燃え盛るものへと大きくなっていく。
守りたい、受け止めたい、だからこそ戦う。
その気持ちに、彼女の全てが応え始めた。
メイアの叫び声、ジャドの合図。
それらは御琴への止めの攻撃が成ると思われるものだった。
しかし、それは突如の雷光、爆発、そして炎によって否定される。
「!?何だ?何が起きたんだ!?」
「み、御琴……?」
笑みが消えたジャド、涙を拭ってハッキリと御琴の居た場所を見据えたメイア。
2人の視線の先で、炎が瞬時に消し飛ばされると、御琴は転身した状態でしっかりと二の足で立っていた。
攻撃に耐える中で、結界を破壊するべく無理に力を解放したのか、髪は転身時のものになっているが甲冑はボロボロで全身も傷だらけで息も肩でしている。
だが、そんな状態でも彼女の眼差しは優しく、力強い輝きを伴っており、息が整い始めた所で拳が握り締められる。
「……その涙を流させっ放しにはさせません。その為の隠忍を、メイアさんは求めていたんでしょう?」
「御琴……っ!!」
遅過ぎる、でも嬉しい。
口には出さなかったが、メイアは御琴の言葉を受けて嬉し泣きになった。
一方のジャドは、2人のやり取りを逆手に取ってか、残忍な笑みを戻し、瞬時に手にした拳銃の銃口を御琴に向ける。
「(緩んでいる今なら、こういう時こそ刈り時ってヤツだ!)」
結界が壊れ、2人が健在である状態でも、気づかれる前にと引き金を引いたジャド。
その途端に銃声が響くが、既に御琴は彼と、彼が手にしている銃を見て守りの備えに入っている。
無傷では済ませないまでも、自分とメイアを守る事が自分の今成すべき事と信じて。
と、そこに煌めく一筋の弧が描かれ、弾かれる音と共にジャドの呻き声が響いた。
銃から放たれた光線が弾き返され、銃が爆発して彼の手を焼いたのだ。
そして光線を弾き返したのは、御琴の前に降り立っていた響華丸の剣だ。
「……本当なら、『あなた、もし死んだら私は天地丸や音鬼丸にどんな顔すれば良いのよ!』と怒鳴りたいところだけれど……生きる為の無茶していたみたいだから、溜息とこの言葉で許すわ。『全く、私と出会った当初の控えめな御琴は何処へ行ったの?今のあなた、頑固で思いっ切り突っ走り過ぎているわよ』」
「……済みません、響華丸さん」
クスっと漏れる笑い声は緊張感を解す為のものであり、しかしそこには御琴の前向きな気持ちが現れている。
だから響華丸もそれ以上責める気配は無く、剣を構えたままジャドを睨みつける。
一方でそのやり取りに呆然としていたメイアの横に、オウランが駆け寄って来た。
「メイア!無事で良かった……」
「ね、姉様……!私、姉様とリョウダイ様を裏切って……一人で勝手に動いて……」
ジャドの言葉の真偽でまだ分からないものがある為か、メイアはオウランから顔を背けようとする。
そんな彼女の肩を、オウランは優しく抱きながら微笑みかけた。
「気にする事は無い。ヤツに、私やリョウダイ様がお前に愛想を尽かした、などと吹き込まれたのだろう?それくらい、私には分かる」
「え?じゃあ、姉様は私を、こんな私を助けてくれるの?あの時みたいに……」
「当たり前じゃないか。お前を守らずして、世の中をより良く出来るものか」
先程御琴によってメイアの心の氷は溶かされていたのだが、そこへオウランによる更なる温もりが言葉と共に流れ込む。
その温もりは熱となり、メイアは思い切りオウランに抱きつき、泣きじゃくる事を躊躇(ためら)わなかった。
「姉様ぁっ!!」
「もう、大丈夫だ。後は、ジャドを討つ……それを、響華丸と御琴に託そう」
「はい……!」
メイアとオウランの2人が見るは、先程まで自分達と戦い、その上で己の想いを貫く事を選んだ2人の隠忍の背。
それこそが、本当の希望だと理解し始めるのであった。
「な……何だよ……」
ジャドの頭の中で描かれたもの。
それは数多くのONI達が、人間達がズタズタにされ、それらを土台として自分が玉座に座るという光景。
その光景は一枚の絵に過ぎなかったかのように、段々と下から岩のように崩れ落ちていく。
認めたくない現状、受け入れたくない展開。
それが目の前で起きていると認識したのは、銃を弾かれてから十数秒後だった。
御琴と響華丸は何時でも動ける状態にあり、メイアはオウランに守られている。
ジャドが問題にしていたのはそちらではなく、此処で完全に自分が翻弄されてきているという事だった。
「何でそこの木偶(でく)人形が、オウランと仲良しこよしになってるんだよぉっ!!」
笑みが無くなり、代わりに戸惑いと怒りの表情で怒鳴るジャドに対し、響華丸は特に気にする事無く無表情で返す。
「殴り合い、斬り合い、ぶつかり合いをしていれば、通じ合える人は仲良くなれるものよ。それにしても、私の事を人形って、良く気づいたわね。いいえ、『知っていた』が正しいようね。じゃああなた、何処まで私を知っているのかしら?」
「ぜ、全部さ!お前が昔御琴と敵同士だった事とか、別の世界の隠忍の血から生まれた存在である事とか、道鏡ってヤツを倒した事とか……」
ジャドの崩れた余裕は、冷淡な響華丸の態度もあって全く戻る気配が無い。
他にもまだ分からない事ばかりだったから、それは無理も無かった。
「詳しいのね……御琴についても良く知っていたの?」
「ええ。彼は私達の記憶を読み取る能力があります。ですが、どうやら『過去を見る』だけで、『心を読む』事は出来ないみたいです」
「つまり、人の触れられたくない過去を見て、そこにある古傷を攻めて相手を傷つけ苦しめるのが得意、という事か……毒と薬は紙一重と言ったものだわ。その能力は、相手の苦しみや悲しみを理解し、その心の傷を癒す風に使うのが理想的だもの。それを、あの坊やは逆の目的で使った……」
怒りはあるが、それは制御出来る程度のもので気持ちは乱れていない。
そんな2人の様子が余計に不愉快に思えたジャドは、彼女らとは正反対に取り乱していた。
「どうでも良い事だよ……!けど、どうやって此処まで来たんだ!?羅士兵達と数多くの仕掛けで足止めされてたはずだぞ!?」
「確かに、消耗からの回復に時間は掛かったわ。羅士兵とその罠で時間を食ってしまったのも事実。でも、流石に私の仲間、上手くやってくれたわ」
「!?お前の、仲間……!?」
たとえオウランであっても、自分の仕掛けた罠を完全に見抜く事は不可能なはず。
まして敵に自分の仕掛けたものを全て打ち破れる力等あるはずがない。
ジャドはそう信じて疑わなかった。
しかし、その彼に真実を示したのは、別の通路から走ってきた螢だった。
「あ、響華丸も来てた~。さっきの結界を出すカラクリ、止めようと思ってたけど、御琴さんも頑張ってる~」
「な……?!はぁ!?こ、こいつ……何なんだよ!?」
螢を見た途端に、ジャドは顔が真っ青になって後退りを始める。
彼女の過去に、自分が恐るものがあったからだ。
躊躇いも迷いも無い、抉られようとも動じない、そんな螢の精神、過去。
親を狂気の苦しみから解放するべく自らの手で討ち、響華丸の怒りを止め、地獄の亡者の魂を鎮めたという彼女の姿。
それは自分がどんなに手を尽くしても、彼女の心を打ち砕けない事を、嫌でも認めさせられるという事であった。
「おーい、このお兄さんの右腕さん、見えてるから出てきて~」
「何っ!?」
螢には全てお見通しであり、そこを突かれたジャドが身構えると同時に、目の前に怨みの篭った低い唸り声を上げて蛇女郎が姿を見せた。
主の声に応じて何時でも奇襲を掛けれる態勢に入っていながら、それを見透かされてしまっているのだから、蛇女郎の苛立ちも相当なものである。
「何処までも、ジャド様をコケにするとは……!」
「悪い事はさせないから。じゃ、種明かししまーす!皆さん、どうぞ~」
何時もの、次へ話を進めていく性分の螢。
彼女の広げた両手には、小さな羽虫が無数飛来して彼女の左右を守るように散開している。
その羽虫に、ジャドはもちろんオウランやメイアも見覚えがあった。
連絡用に使われている通信・伝令機能を持たせた小型メカだ。
「我々の技術を、苦も無く理解するという飲み込みの早さには驚かされたが、あの少女が全てやってくれたのだ」
「凄い……」
それらが螢の手足の如く動いている様子に、3人の中で驚かなかったのは事情を予め知っていたであろう、オウランだけだった。
十数分前……
江と音鬼丸は立ち塞がる羅士兵や、雑兵同然な羅獣を蹴散らしていき、しばらくして天地丸と合流していた。
「どうやら上手く行っているようだな」
「ああ。螢はどうしたんだ?」
「そっちに行って、何かを役立つものを探しているらしい。戻ってくるのを待っているんだが、ちょっと不思議な事があってな」
天地丸がそう言いながら、考え込むような素振りを見せて周囲を見渡す。
彼の見据える先には、来た道とは違って敵と戦った跡は一切見られず、天地丸自身も消耗した様子は無い。
それには音鬼丸も気付いており、罠が張られているかもしれないと見て周辺の床や壁、建造物などを見渡す。
「……何か来たぞ。怪しいようで、怪しくねぇ」
螢が行ったとされる道の方を見ていた江が視界に捉えたのは、小さな虫みたいなものだった。
その虫こそが螢の今操っている小型メカで、そのメカから螢の声が聞こえた。
『いたいた~。螢だよ~。今、色々罠を解除したりしているところ~』
「って事は、この虫みてぇのを動かしてるんだな、螢は」
『うん。今ちょっと急いでいるから、経緯は省くけどね。響華丸と御琴さんは螢が助けて、それから合流するから』
状況が飲み込めた天地丸達は螢の話を受け、顔を合わせて頷くと、それだけで考えを纏めたらしく、天地丸がメカ越しに螢と話す。
「なら、俺達は先にこの奥へ向かう。3人でならば、あるいは羅士の王たる存在を抑えられるはずだからな。御琴達の方、頼むぞ」
『は~い。じゃ、急ぐね~』
螢の言葉が終わると同時に、メカはそのまま来た道を引き返す形で飛んで行った。
「さあ、行こうぜ、2人共。この城が出てくる時に話してたヤツが敵の親玉でリョウダイって言うのを聞いた。ジャドってヤツを響華丸達が相手しているんなら、あたし達の戦う相手がリョウダイ……!」
「何だか、嬉しそうだけれど?」
江が拳をかち合わせ、不敵に笑う様は、決戦の時でありながら余裕に満ちているのが分かる。
それが慢心とは思えないが、音鬼丸は彼の真意を知っておきたかった。
「強い奴と戦う事で、確かな力を、腕っ節以外の力を高める……聞くからに武人そのものなそいつとは、全部をぶつけときてぇんだ」
「そうか。確かに俺も、リョウダイとやらは何かしらジャドという者とは違うと信じたい。力に力でぶつかり合わなければ、押し負けない事を示さなければならない事に変わりはないがな」
「……同感です、伯父さん。江も、話してくれてありがとう。雰囲気通りの頼れる人だよ、君は」
微笑む2人に、江も慢心に飲まれる事無き自信を込めて笑う。
「ま、弱い者苛めが好かないってのが性分だけどな」
「だからこそ弱者を救う、か……立派な隠忍になれるぞ、江」
天地丸も江に良き評価を出した所で、3人は城塞の主たる本館へと駆けた。
そして、今……
狼狽えが加速する中、ジャドは次々と知ってしまっていた。
認めたくない真実の数々を。
「そ、それは僕の命令しか受け付けないサーチャーだぞ!?お前みたいなチビに、いやそもそも僕以外の奴等に操れるハズがない!プロテクトを解除しない限りは……っ!?じゃあ、まさか……嘘だろ?」
「嘘じゃないよ、ジャドさん。あなたの部屋だったんだね、あそこ。部屋で名前は聞いたから。『きーわーど』とか、『しすてむ』とか言ってたけど、螢の心をあのカラクリに繋げればすぐに分かったし、仕掛けを動かせる鍵も見つかったよ~。全問正解だったみたい」
詳しく話せばかなり時間が掛かり、そこを突く可能性も十分ある。
それを見越した螢は簡単に話を纏め、捕捉として響華丸が割って入った。
「それで、少し前に私とオウランの行く手を阻んでいた結界とかも解除してもらったの。最初は何があったのか分からなかったけど、その虫みたいなものから螢の声が聞こえた事で納得が行ったわ。螢が、此処まで頭が良くて飲み込みが早いとは、正直私も驚いたけどね……」
「分かろうとすれば、すぐに分かるよ~」
「螢、か……私達の時代でもあの年頃で天才的頭脳を持っている者は珍しくないが、全くの未知なものですら悩ませぬような娘は未だ見た事が無い」
オウランも、真新しい才能を示している螢の存在に対する驚きが冷めていなかったのか、改めて彼女の頼もしさに感嘆し、同時にこうも思った。
敵として相対すれば、とてつもなく危険な軍師になっていただろう、と。
「あ、でもごめんね御琴さん。あの結界の解除が出来なくて……他の結界とか羅士兵って人達の動きを止めたり、天地丸さんや音鬼丸さん、江に話をしたりとかするのを一緒にやってて、時間が凄くかかっちゃったの。おかげで御琴さん、身体が凄く辛そう……」
「いえ、螢ちゃんが謝る事なんてありません。守る為にとはいえ、私の方が色々と無茶をしてましたから……」
御琴にそう言われた事で、螢はホッと安心する。
精神状態は良好、後は身体と転身を維持する為の気力くらい。
それを認識した彼女は懐から小さな袋を4つ取り出し、それを鉄矢に括りつけて御琴の方へ飛ばす。
「これ、お詫び!響華丸達も使って!」
鉄矢が御琴達の近くで止まり、袋は矢に張り付いていた羽虫によって御琴達に運ばれる。
袋の口が開けられると、中からキラキラ輝く水色の粉が霧になって彼女らを包み込み、傷を見る見る内に癒していった。
「これは……力が、戻って来ている……!」
「螢のお手製の薬ね。隠忍、それも私や御琴達の外的特徴を参考にしている所を見ると、つい最近作ったものかしら」
「うん。螢達が御琴さん達の世界に行くちょっと前に、元気になる薬とか力を蓄えている薬草とか、聖水が染み込んでる石とかを混ぜて粉薬にしたの。響華丸や御琴さん達みたいに、転身したらお口が見えなくなる人にも使えるように、ね」
螢の説明の間にも、御琴達はそれまでの消耗から回復していき、身体も軽くなっていくのを感じる。
気力も体力も万全となった御琴はしっかりと拳を握り締めて力の漲りを確かめ、同時に自分の心の中から温まるような感覚を覚えた。
粉薬には螢の『元気になれ』という心も込められていたからなのだろう。
そう思うとやはり彼女は頼れる仲間であり、心の癒し手でもある。
だからこそこの想いに応えなくては、と御琴の拳の握りが更に強くなった。
「ありがとう、螢ちゃん!」
「どーいたしまして~」
オウランとメイアも粉薬の力で完治していたが、メイアの目からは大粒の涙が、本人の意志に反してこぼれ落ちていた。
「あの子も……私を助けてくれるの……?」
「ああ。お前を仲間として、友として見てくれているのだ。色々と後でやるべき事が山積みになるだろう。今は、生きて子供達を守るんだ。彼等を元の世界に返す為に……」
「ありがとう、螢……」
自分が頼んでも居なかったのに、進んで自分を助けた螢。
メイアにとって、そういった存在は初めてだった。
オウランの時は助けを求める声に応じて動いていたのだが、螢は状況を見ただけで、無償に近い状態で自分を助けてくれた。
それが、とてつもなく嬉しかったのである。
そしてその一方で、段々と追い詰められているように思えたジャドは全身の血が今まさに怒りで沸騰し、血管や皮膚の一部を突き破りそうな気持ちだった。
螢という、たかが子供に此処までしてやられるなど、己の自尊心が許すはずが無い。
だから真っ先に思ったのは、螢を普通に殺す事。
怒りも涙も持たない彼女だけでも殺してしまえば、後は腕っ節に優れただけの有象無象(うぞうむぞう)でしかない。
そうした考えに呼応してか、ジャドの表情は怒りで引き攣(つ)った笑みへと変わっていく。
「……どいつもこいつも、本当に僕の邪魔が好きだねぇ……!だったら、僕の本気で殺してやるよ!リョウダイ達に見せたのは、ほんの試作段階だ。その意味を此処で教えてやる!」
確実に、残酷に仕留めるという気持ちを解放したジャドの身体が赤黒い闇の霧を放ち、霧が彼を覆い尽くした。
天地丸達が本館の謁見の間に到着したのは、螢からの連絡を受けてからしばらくの事だった。
彼女の操作によって、罠も敵兵の動きも無く此処に到着出来た3人は、大きな扉を開いてその奥へと進む。
一国の王が居座るに相応しいそこに、リョウダイは居た。
玉座から既に立っており、天地丸達が此処にそろそろ来るであろう事を見通していたようだった。
「仲間の助けを得て、遂に来たな。ONI、鬼神の血を受け継ぎし者達よ……余が羅士を束ねる羅将王、帝釈天・リョウダイだ」
「帝釈天……天竺(てんじく)より伝わる軍神か」
「しかも羅将王とは、御大層な名前だぜ。だがその王様もそろそろおしまいだ。衛兵とかもいねぇぜ?」
何時でも攻撃を仕掛けられる状態にある3人だが、音鬼丸だけは大きな疑問を抱いていた。
百鬼斬りの言葉、それがどうしても引っ掛かっていたのだ。
「……あなたが羅士達の王ならば、一つだけ忠告するよ。恐らく、ジャドという羅士は謀反を企てている。その人に唆(そそのか)されたんじゃないのか?」
単刀直入な言葉に、リョウダイの眉が一瞬、僅かにピクリと動く。
だがそれでも放たれた声は厳かなものだ。
「否、ジャドの行いは余によるもの。余という指導者の下でこそ、奴は動いているに過ぎない。もし奴が余を操ろうものならば、余を殺す事で全てが終わる」
「何もかもあんたの仕業って事なのか?」
「そうだ」
「「!!」」
嘘としか言えない。
宣戦布告を聞くに、残虐非道に生きているような男ではなく、一つの軍を統制し、無闇な殺生を起こさない男。
それがリョウダイであると3人は見ていたのだが、リョウダイは3人の考えを否定するかの如く語る。
「世界は真に苦しみを味わっていない。それを真に味わい、悪事を二度と起こさぬという誓いを立てなければ世の中は安定せぬのだ。それを行わなかったのがお前達ONIであろう」
「だから、お前達は子供達を自分の国の民として攫ったという事か。しかしそれを果たしたとしても、何時か謀反が起きるぞ!」
「余はお前達のように、陰に潜むような真似はせぬ。力がありながらそれを用いず、悪行を重ねる愚者共をのさばらせたのはお前達であろうが」
「僕達が……!?」
「逆恨みかよ、こいつ!」
音鬼丸と江が歯噛みする中、天地丸はリョウダイの話に続きがあると見て黙った。
「余は自分の周囲を見て感じたのだ。お前達の言う未来、それが余が生きていた時代……そこではこの時代のような自然の息吹は殆どなくなっていた。人間達は富や栄光、名声、果ては保身のために数多くの者を裏切り、騙し、そして殺して来た。己と異なる存在ばかりか、同じ人間をも、だ。妖怪や妖魔等ではなく、人間が世界を汚し始めたのだ」
「俺達の子孫の血は途絶えていたのか?」
「因子は残っていたが、血族は知らぬ。それまでは泰平の時代だったのだから、力を使う術も忘れ去られていたのだろう。我々の時代でONIが現れる事は無かった。だがそれ故に、人間達は自分達こそが世界の覇者だとして醜く争い、己の悪事を隠し、都合の良い真実だけを示すようになったのだ。このままでは世界は星の、地上の寿命が尽きるのを待たずして滅んでしまうであろう」
「人間が世界を殺す、そんな事、信じられないよ……!僕達は、人間と心の正しい妖怪が分かり合えるようにしてきているんだ!」
此処で初めて声を荒らげた音鬼丸だが、リョウダイは彼に鋭い眼光を叩きつける。
「そのお前達が悪しき人間達を裁かなかったのが原因なのだ。妖怪に心正しき者がいるのであれば、その逆もまた然り、人間達に愚かなる心を持つ者がいる。伝承では、人間が妖怪を退治して正義の名を掴み取った。だがその結果、妖怪が悪であるという永遠の烙印を押され、虐げられ、果てには歴史の片隅に追いやられる羽目になった」
「だからその責任をあたし達に、ってか?てめえは悪じゃないと言い切れるのかよ?さっきから聞いてりゃあ、被害者の立場利用して、正義を振り翳しているだけじゃあねえか!」
「手を汚してでも貫き、正義が成せぬ事を成す、それが余だ!」
「何っ!?」
江もリョウダイの言葉に意表を突かれた。
この男は、自分こそが絶対正義であると名乗っている訳ではない。
むしろ、敢えて悪の汚名を着、障害となるものを全て排除しようとしているのだ。
恐らくそこから先は、生き延びた次代の存在に託すのだろう。
そう分かった途端、江は今し方の衝撃が和らぎ、軽く笑って見せた。
その笑みに、リョウダイも眉を顰(ひそ)めるばかりだが、天地丸も江と似たような表情で、音鬼丸にいたっては江の言おうとしているのが何かを予測し始める。
江にとって、リョウダイは武勇以外の何かも含めてぶつかり合うべき相手。
そしてその江が笑みを浮かべる意味とは……
「……何がおかしいか?小僧」
「いや、嬉しいんだよ。思った通り、真っ向からぶつかり合える相手だと分かってさ。手ぇ汚すってのは確かになかなか出来るもんじゃねぇ。覚悟が出来てない内に手を汚したら、罪の意識が襲ってそれに押し潰される。人のため世のためと言いながら、それが成せなくなって殺される。あたしが見聞きした奴は、そういう存在だった」
「ほう……」
「だが誰もがてめえのようになれる訳じゃあねぇ。あたしもあたしなりの思いがある以上、てめえをそのままにする気はない。だからこそ、どっちが世の中を平らげるか、決めようぜって事さ」
その大胆不敵な物言い、気概には誰もが、リョウダイですら感銘していた。
「正しさは人によって変わる……己の貫く道が間違っているのならば正せば良い。だが、それだけではないという事だな」
「僕と同じ年代とは思えないや……そこまで言えるなんて」
「ふ、修羅場を潜り抜けた者に相応しいな。瞳だけでなく、口も、か……ならば、後は武勇で示してもらおう。余を倒さずして、お前達に未来は掴めぬわ!」
リョウダイの身体から放たれた突風は闘気とも呼べるもので、その闘気が玉座を砕き、天地丸達を僅かに押しやる。
「ならば、いざ勝負!帝釈天・リョウダイ!!」
此処で天地丸がようやく転身し、此処に3人の隠忍が戦闘態勢に入った。
リョウダイも闘気を炎の如く燃え上がらせ、その中で竜の頭を兜とした鬼神へと身を変える。
転身前よりも更に強靭になった、羅将王の真の姿。
だがそれを前にして誰も怯まず、己の気を解放するのみ。
「僕達の世界は、僕達の手で守れる事を示す!」
「こっちもこっちで、覚悟は十分出来てるぜ、大将さんよぉっ!!」
「来るが良い、ONI共!その全てを砕いてくれるわ!」
出し惜しみ無しの気迫が発せられる中、天地丸達は散開すると同時にリョウダイを包囲する形で攻撃を開始した。