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隠忍伝説(サイドストーリー)

隠忍 -The Guilty of Past-

桃龍斎さん 作

第五話 繋がった世界

虫の音が静かに響く夜の隠れ里。
戦いが終わって、各地の状況は、宿屋に居た葉樹から知らされた。
響華丸達が話していた羅士という者達の、雑兵ともとれる敵の襲撃が町にも及んだのだが何とか切り抜ける事が出来、負傷者も攫われた者もゼロ。
ただ、羅士そのものについては、倒した者が片っ端から消滅してしまっており、生きた状態で確保しても自殺に似た形で死亡する等もあって、全く正体が判明しないという。
「まだ戻らないの?この世界に留まると色々と不都合になるんじゃあなかった?」
「敵がこちらを最優先に狙っているみたいですので、私の方は集められる情報や手掛かりを現地で集めつつ、本局で整理という形にしていますわ。非常事態という事で、特例が適用されていますの」
「鎧禅のおっさんはどうしてんだ?」
江はどうやら鎧禅と馬が合うらしく、常に気に掛けているようだ。
それを汲みつつ、葉樹は丁寧に答える。
「彼は少し調べ物があるとして、本局に居ますわ。恐らく、今回の事件に関係するものと思いますが」
「あの人もあの人で頭のキレが良いから、きっと私達の助けになるはずよ。私はそう信じているわ」
「ええ、そうですわね。あら?螢はどうしましたの?」
「ああ、あいつなら今仲間を手当しているところだ」
「成程……」
しばらくして話を終えた響華丸と江は宿屋を出、御琴の家へと戻る。
御琴の部屋では、彼女が横になっていて、螢がその看病に当たっている所だった。
音鬼丸と天地丸、茨鬼と琴音も一緒で、心配そうに御琴を見詰めている。
「……うん、後は一晩寝るだけですっかり元気になるよー」
眠っている御琴の表情は穏やかになっており、落ち着いた寝息を立てている。
家に着いた途端糸が切れたように気を失った時には、天地丸や音鬼丸達家族はもちろん、響華丸も驚き、用意された寝床に急ぎ御琴を横にさせた。
そこで螢が事前に用意していた薬を彼女に飲ませ、傷口にも傷薬を塗らせた湿布を貼るという手際の良い動きで、今に到ったのである。
大事は無いとして、全員が安心し、螢と天地丸以外は明日を待つとして部屋を出て行った。
「……螢、ちょっと良いか?」
「はい~。何でしょう~?」
まるで流れる雲のような、ゆったりとした言い方。
螢が元気な時は何時もこんな口調だと、響華丸達から教えてもらっている。
つまり、彼女の説明に嘘は無かったと此処で確証が得られたのだが、もう少し知りたい事が天地丸にはあった。
「御琴を介抱した時、何故『命に関わる』ものじゃないと分かっていたんだ?疑っている訳じゃあないが、メイアの毒針は俺達隠忍の力を奪う程のもの。それでも容易く治せたのがどうも気になってね」
「あ、ごめんなさい~。話すのが遅くなってて。あの毒、昨日螢が森で拾って色々調べてみたんです。で、分かった事が幾つかありまして。一つは、あの人が使った毒は精神に作用するって事です。もう一つは、色々な生き物の毒を混ぜて作ったみたいで、特に不思議なもの、つまりこの世界での妖怪が特別持っている毒気は無かったという事なんです」
毒素が複雑故に、森の草木が一部不自然に枯れていたのは天地丸も見ていたので、説明にも納得していた。
妖怪特有の毒気が入っているとなると、特別な薬が必要になるところでもあったが。
「そうか……それで、響華丸の術や、君が用意した解毒剤で毒そのものは治せた……いや、それだけじゃあないか」
「はい。一つ目の、毒の精神作用……実はあれ、螢自身も試したんですけど、御琴さん程酷くならなくて。江にも話をして、試してもらったら、こんな返事が返って来たんです。『こりゃ転身時の暴走を誘発しそうだな』って」
「暴走?ああ、そう言えば君達の世界の隠忍は俺達とはかなり違っていたな。となると、御琴は……」
「御琴さん、今朝辺りでそこそこの状態だったんですけど、昨日はほんの少し危ない状態でした。昔、何か辛いことがあったみたいで……あ、螢には人の感情の揺れとかが分かるんです。嘘泣きとかも見抜けて。で、今日の御琴さんは、もう吹っ切れてました」
自分の姪も内側での戦いに力を入れていた。
それが分かっただけで、ある意味天地丸にとっては誇りに思えた。
「俺達隠忍の力の源は、心にある。御琴もその心を、強くしていたんだな。あの日以来……」
自分が御琴を追って未来に翔び、そこで琥金丸を叱咤した時の事が思い起こされる。
彼はそこで立ち直り、成長したものの、失ったものは大きかった。
その痛みを、御琴も同じように感じていたのだろう。
だから、響華丸についても、最初から敵として自分達を殺すつもりだった彼女を助けようと一生懸命だったに違いない。
そうした過去の出来事を振り返っていた天地丸は心無しか笑みを零し、御琴の穏やかな寝顔を見る。
まるで、御琴が『もう大丈夫です』と語りかけているかのようなその顔は、彼の心に安息と温もりを与えるには十分過ぎるものだった。


メイアが帰還した直後に待っていたのは、羅士兵による拘束、そして特殊な独房への監禁だった。
只でさえ気が立っていた矢先に起きた突然の出来事に、彼女は格子代わりのバリアー越しに怒鳴るしかない。
「どういう事!?あなた達、誰の指示で動いているのよ!?」
「今こちらに参ります」
羅士兵は機械的にそう答えながら横へ退くと、ジャドがニヤニヤして姿を見せる。
その表情は、まるで全てお見通しで、かつメイアを見下しているかのようだ。
「そこの中は転身出来ないようにしてあるから、どう足掻いても無駄だよ。それにしても、今回の作戦、大失態だね」
「!?確かに、腕輪の力を使っても御琴を殺せなかった。でも、今度は肉弾戦で攻め立てれば……!」
「チャンスなんて無いよ、メイア。君さぁ、もう少し早く作戦を進めてくれたら、僕の造った羅獣を失わずに済んだんだよ?それを、御琴に止めを刺すのが遅くなって腕輪を壊すわ、オウランの臨時の援護を得ても進展一つないわ、更には一番のお気に入りの数多喰いが倒されるわ……先鋒は初めが大事だっていうのに、リョウダイ様もご立腹だよ」
「!リョウダイ様が……」
戸惑うばかりのメイアに、笑みを消したジャドは冷たく鋭い視線を向けて続ける。
「オウランも、ね。今回の作戦失敗で奴等が調子づく事は間違い無い。そして、君の毒も、今頃原理を解明されてしまっているだろうね。それによって君はもう、足手纏いだってさ」
「嘘……っ!」
「嘘じゃないよ。君、期待されてたのに、その期待をこの体たらくで裏切ったんだ。本当、僕も君を捨てても良かったんだけど、せめてもの情って事で回収したって訳。分かるかなぁ?」
衝撃的な事を突きつけられて、怒りが失せて動揺が激しくなるメイア。
その身体は小刻みに震えており、目元から涙が溢れ出ている。
「通信も転移も出来ないから、そこで今までの行いを反省している事だね。じゃ、あばよ。落ちこぼれさん♪」
良い気味だとばかりにメイアを見て笑ったジャドはそのまま羅士兵を連れて出ていく。
たった一人、牢獄に閉じ込められたメイアはしばらくの沈黙が続いた後、涙を流しながらも怒りの形相で壁を、バリアーを、床を殴り始めた。
「このっ!このぉっ!!こんのぉぉぉっ!!御琴!あいつの所為で全部が!私の全部がぁっ!!」
堅い材質の床や壁を殴れば拳が裂けて血が流れ出、バリアーを殴れば激しい火傷で拳が焼ける。
どれくらいあちこちを殴ったのか、両拳を血と火傷で赤黒く染めたメイアはしばらくの嗚咽の後、雄叫びにも似た声で泣き叫んだ。
それ以外に、何も出来なかった……
そして今後も泣き喚くだけに終わる。
ジャドはそう信じていたのだが、メイアは違っていた。
怒りと憎しみが高まり、過去の傷が開いたことでの痛みで更に怒りが強まっていく。
その怒りが大きな変化を引き起こす事を、誰も知る事は無かった。

一方で、謁見の間に来ていたジャドは事の次第をリョウダイとオウランに報告していた。
「……そうか。無理もあるまい。あの子は今まで成功を重ねてきただけに、この挫折は並みならないものだ」
リョウダイが大きく溜息を吐く。
そう、ジャドがメイアに話していた内容とは全く違った事を聞いていた。
メイアは善戦虚しくONIに敗れ、その心身に深い傷を負い、塞ぎ込んでしまっていたという。
オウランが手を差し伸べようとしたところで無駄に終わる、とも。
「僕の責任でもあります。羅獣も、まさか1体、撤退を許されずに倒されるとは思いませんでした。彼等ONIの力は我々の想像を遥かに上回っている、それを見抜けなかったのですから」
「悔いても仕方があるまい。この上は一気に総攻撃を仕掛けるまで。お前の報告通りであれば、時空監査局がそろそろ本格的に動き出すだろう。挟み撃ちを受ける前に、片方を殲滅しなければならん」
「では、いよいよ動くという事ですね。先は相手の力を改めて測りましたが、それ以上と考えなければ……」
オウランも本格的な戦いが来るとして気を引き締めていた。
「ジャドよ、後どれくらいで戦力が完全になるか?」
「1日から2日程頂ければ。数多喰いの穴埋めを百鬼斬りに行なってもらいます。後2体の羅獣も最適化を行おうかと」
「分かった。万全を期するにもそれで十分だ」
リョウダイも大きな戦いに対して油断無く打って出る様子。
それを確かめたジャドは一礼と共に退室したが、リョウダイとオウランは他の羅士兵達の気配も無くなった所で再び話を始めた。
「ジャド、奴は恐らく我々を……」
「分かっている。だがそれ以外にも何か謎があるはずだ。オウラン、お前はそれを確かめもらいたい。但し、戦いの中で、だ」
「元よりそのつもりです。本来毘紐天の称号を得るべきはリョウダイ様……その称号を私が持つ意味も承知の上。しかし本当によろしいのですか?リョウダイ様は人望、武勇、全てにおいて他の者達を導くに相応しいもの……そして今すぐにでも戦いを仕掛けても良いはず」
ジャドが居る時は口出ししなかったオウランは、彼への疑念を抑えつつそう意見するも、リョウダイは真剣な表情を崩さずに返す。
「それもやまやまだ。だが余はあくまで愚者として、悪として生きなければならぬ。2日あれば、余が悪で、他が利用されただけという認識が定着する。そこへお前達が動けば良い。革命を行い、世を武力で平らげ、そして全てを敵に回す中で滅びる……その役目は、現政府と同じ年代の余が担うべきもの。勝てば覇道を進み、負ければ残った者達の礎(いしずえ)となる、そういうものだ。若き未来を汚す理由もない」
「メイアがそれを知れば、彼女の事、酷く苦しむでしょう。メイアにとって、あなたは父親のような存在なのですから。それでも今のお言葉が、リョウダイ様の本心なのですね?」
「そうだ。子孫の為に美田を買わず、という言葉も、今では歪んだ認識として定着している。我々旧世代、前時代の者達の汚れを拭うは、我々の役目。それを今の政府は未来を征く若者達に押し付け過ぎている」
「メイアにとって、これからの出来事は一つの通過儀礼。あの子は憎しみと悲しみで生きている。その虚しさをあなたが……」
「うむ。故に、頼むぞ……」
「仰せのままに……」
世の中を憂う中、2人は静かに会話を終える。
どちらも、敢えて正しくないとされる道を選ぶと決めていた。
たとえ行き着く先に、闇しか残されていないとしても。


『本当に、これで良いのね?これから多くの人を傷つけて、悲しませて、自分も傷ついて悲しみ、苦しむ事になるわ』
静かな夜の草原に立っていた御琴は、目の前に立っていた伽羅と向き合っていた。
全てを見透かしていた伽羅、それは即ち時空を越えて御琴の心に入って来た魂であり、それは御琴自身も理解していたらしく、特に驚いた様子は無い。
「そうする事が隠忍の運命なら、運命に立ち向かって戦う事も私のやらなければならない事なんです。その為なら、もう負い目にも傷にも、恐れてばかりじゃいけない……」
伽羅の問いに、戸惑いも躊躇いも無く答えた御琴。
彼女の全身は傷だらけで、立っているのがやっとという状態でありながら、その顔には優しく、しかし強い笑みがある。
握り締めた拳が血で赤く染まり、身体の傷からも血が少しだけ流れ、苦痛が走る。
それでも御琴の気持ちに、偽りは無かった。
「譲れない思い……それ故に、死ねないと思って、でもそれだけじゃなかったんです。もう一つの、生きなければいけない理由が、此処に……」
話を聞いていく内に、伽羅もクスっと笑みを零す。
それは安心感によるものであり、ほんのしばらくの間しか出会っていなくても、御琴が琥金丸を、自分の幼馴染を想う気持ちが強い事も理解出来ていた。
妖怪の手先であった故に、何時か琥金丸を裏切ってしまう。
その時彼を支えてあげられる者がいるのならば、自分はそこに賭けたい。
だからなのかもしれない。
自分が、琥金丸達を命と引き換えに守ろうと動けたのは。
「でも、ごめんなさい、伽羅さん。まるで、私が……」
笑みが少し翳りを見せ、顔も俯きかける御琴だが、伽羅がすぐに遮る。
『そんな事無いよ。あんたは何も悪くないよ……必死に、必死に琥金丸を支えてた。あんたが居なかったら、琥金丸は生贄になってたのよ。そう、しっかりと守れて…だから、あたしも頑張らなきゃって……結局、あたしが下手だっただけ。もうちょっと、急所を外せたりしたら、もう少しカッコ良く攻撃を弾けたらな、って……今悔いても遅いけど』
「伽羅さん……」
『でも何より、あたしはあんたを見なかったのに、あんたはあたしを見てくれた……だから、勇気を出せたよ。あたしの分も琥金丸を支えて、守って、好きになれる人に全部を任せる勇気が……』
あたたかな、とくん、とくんというゆったりとした鼓動。
伽羅の言葉を聞いた途端、御琴の胸に響いた鼓動が、彼女の身体に熱を帯びさせ、頬も赤くなり始める。
勇気を出して、命と引き換えに琥金丸を救った伽羅と、琥金丸に想いを打ち明けられなかった自分。
伽羅から琥金丸を奪うなんて事は出来ない、だから面と向かって告白という行動は取れなかった。
でも、今なら……もし再び琥金丸に会えるのなら、きっと打ち明けられる。
そう信じた事で、御琴の頬の赤みは少し治まり、鼓動も落ち着き始めた。
伽羅もそれを理解した所で、ニッコリ笑う。
『やっぱり、あいつにはあんたが似合うわ。見てて、聞いてたわ。あいつの気持ちを……』
「……正直、嬉しかったです。あの言葉が……」
魔王サナト・クマラを倒せたのは、御琴の力があったから。
別れ際に、琥金丸が掛けたこの言葉は、彼なりの精一杯の想いだったが、御琴からすれば十分なものであった。
『……あんたと琥金丸が頑張る様を、今後もしっかりと見届けるよ。もう行かないと……』
暫く見詰め合う2人だが、伽羅が全身を光の粒子に変えながらそう告げると、ゆっくりと天へ昇って消えていく。
『そうそう、あんたが助けた響華丸って子も…あんたを友達以上の存在として見ているって事、伝えてとくね』
「!?……はい!」
そう、響華丸の存在も自分にとっては掛け替えのない存在。
伽羅の言わんとしている事を全て理解出来た訳ではないが、御琴は強く頷き、伽羅が帰って行くのを見届けた。
しばらくして、涼し気な夜風が御琴を包み込み、その身体の傷も光に包まれながら癒えていき……

「……ん」
小鳥の囀りが耳に、僅かに染み込んできた朝日の光が目に届く。
それらで意識がハッキリし始め、ゆっくりと目を開き、身を起こした御琴は辺りを見渡す。
するとそこには布団越しに自分に覆い被さって眠っていた音鬼丸、隣の布団で横になって自分の方を向いて寝ていた響華丸、そして壁にもたれて腕組みの姿勢で寝ていた天地丸の姿があった。
自分の事を心配して、父や母に頼み込んで此処に一緒に寝ていたのだろう。
そう御琴は直感で悟り、嬉しさで小さく笑った。
と、その声で気づいたのか、音鬼丸が目を覚ます。
「……御琴」
「おはようございます、お兄様」
「元気になった、みたいだね……って?!」
妹の笑みに安心したのも束の間、音鬼丸は彼女の横で寝ていた響華丸の姿を見て驚き、思わず声を上げてしまった。
「な、何で響華丸が!?それに、伯父さんまで!?」
「う、ん……女同士での添い寝はダメかしら?あら、天地丸も来てたのね……」
「……ああ、3人共起きたみたいだな…まあ、たまにはという事で茨鬼も琴音も許可を出してくれたのさ」
響華丸も天地丸も起きたが、音鬼丸のような驚きは見せていない。
そう、最初に音鬼丸が螢と交代すると頼み、次に響華丸、そして最後に天地丸が御琴の部屋で寝ると申し出たのだ。
真実を知らなかったのは御琴と音鬼丸だけだが、一番衝撃を受けていたのは音鬼丸であり、赤面した顔からもそれが良く分かる。
御琴はというと、その3人の心遣いを嬉しく思っており、同時に後一押し、という気持ちを口にした。
「……琥金丸さんが居たら、きっと寝ないでずっと傍にいたかもしれません」
「……そうかも、しれないな……」
音鬼丸は、御琴が琥金丸について行くと言い出すのに立ち会っていた身。
だから、その気持ちは分からなくも無かった。
ともあれ、御琴が元気になって、朝という事もあったのでそのまま4人は茨鬼達と共に朝食に入った。
戦いの合間の、束の間の安らぎとして……

それからは、今後に備えてという事で、天地丸の指導の下、剣術、忍術、法術だけでなく、精神を鍛える修行が行われた。
誰も彼も、その修行に力を入れており、夕暮れになった所で山での模擬戦を仕上げとした。
「行くぞ、螢!星乱舞!」
「こっちも行きます」
天地丸の手裏剣一つ一つが直線だけでなく、風に乗って曲線を描きながら螢に迫る。
それを螢は流れるような動きで避けつつ、鉄矢を連射していく。
この攻防には裏があり、双方の死角からそれぞれ爆炎や雷撃が走ったり、影縫いを狙って相手の影にも攻撃を繰り出すというもの。
実戦に近いそのやり方は下手をすれば命を落としかねないものだから、どちらも一層真剣だ。
「わっ!」
「取ったぞ!」
手裏剣が螢の影に複数当たって彼女の動きが封じられ、そこへ残った手裏剣が飛んで来る。
それを前にした螢は手裏剣をじっと見詰めていたのだが、唇を軽く滑らせるように何か呟くと、炎を伴った突風が彼女の足元から走る。
炎に地面が照らされた事で影が消え、影縫いの効果が無くなっただけでなく、飛んで来た手裏剣も風に巻き上げられて天地丸の方へ返される。
しかし天地丸は何時の間にか螢の背後を取っており、剣が彼女の首を捉えようとしていた。
「はいっと!」
「ほう……」
背を向けたままの螢の右手が天地丸の目の前に突き出され、彼の剣を持つ手も止められる。
そこで両者は動かなくなっていた。
力の均衡や先の取り合いだけでなく、螢と天地丸が既に同時に影縫いを行なっていたからである。
しかしそこで最後に決め手となったのは、純粋な経験の差だった。
「はっ!」
「はわわっ!」
天地丸が発した気合と共に螢が吹き飛ばされ、起き上がろうとしたところで剣が宛てがわれる。
これで勝負有りとなり、しばらくして天地丸も螢も離れて戦いの終わりを示した。
「はぅ~、流石に違いますね~」
「君の方も、伸びが良いな。まだ10歳なのに此処まで動けるとは……良い修行相手だよ」

別な所では、御琴が江との模擬戦に入っていた。
御琴も弓の冴えや法術の正確さが増しており、以前は苦手だった体術関係も克服しつつある。
メイアは接近戦が得意であり、先日は何とか切り抜けたのだが、今度はそうは行かない可能性が高く、それ以外の敵とも戦う事になるのを考えての事だ。
「そらよっ!」
江の振るう手甲が蛇の如く伸びて地面を潜って駆け巡り、その動きを見切った御琴が矢を放つ。
その途端に江もすぐ手甲を戻して矢を弾き落とし、時には紙一重で避けながら彼女に接近する。
しかし御琴はその場から離れず、間合いに入られて江が殴りかかろうとすると、その拳を受け流して肘打ちを繰り出す。
「ふっ!」
肘打ちが江の手甲で防がれるか否かと行ったところで御琴の左膝が彼の腹を狙って突き出される。
江は己の腹を守りに入ったが、御琴の繰り出した膝蹴りは囮であり、段を登るように江の膝を足場にして彼女は飛翔した。
「おおっ!?」
御琴のしなやかな右足、その爪先が美しい三日月を描くと同時に江の帷子から煙が一筋上る。
それに目が行きそうな所へ、御琴は空を舞うように回転しながら弓を引き絞り、江の頭上からの射撃を行なった。
「連撃弓!」
「うおぉっ!?危ねぇっ!」
1本ではなく複数本の矢が一斉に、連続で放たれるというその技は、まさに矢の雨を降らせるというもの。
江はその矢の雨を飛び退いて避けるのだが、御琴の放った矢は普通のものだけでなく、冷気の塊となったものもあり、それが地面に刺さって氷の床を形成する。
氷の床は江にとっては慣れないものであり、足を取られて転倒したところを残りの矢が降って来た。
「わったったったっ!」
「これでどうです!?」
転がって矢を避ける江を追う形で御琴の追撃が続くが、江も避けているばかりではなく、密かに小石を彼女目掛けて投げつける。
「!?」
「こいつだ!」
「あっ……!」
咄嗟の小石を辛うじて避けた御琴だが、そこで一瞬の隙が生じて手甲に弓を取られてしまい、江に接近を許してしまう。
これで後は彼女の両手を極めて終わりとしたかった江だった。
が、御琴はそうはさせず、逆にこの状況を利用した。
「せぇっ!!」
「むおっ?!ぐぅっ!」
自分から懐に入り込み、手刀を鋭く江の胴に叩き込む。
それが決定打となり、江は2,3歩後退したところで尻餅を突き、そこで戦いが終わりとなった。
「か~……あんたで2人目だぜ。あたしを負かした女ってのは」
「螢さんとは戦ってないんですか?」
「まあな。しかし、流石は響華丸の友ってヤツだな。綺麗で、おしとやかで、でも気丈な面も見せる……」
「響華丸さんも、お兄様に負けてませんね」
天地丸と螢も模擬戦を終えて御琴や江と合流しており、最後に残っているのは響華丸と音鬼丸。
2人の剣は鋭さも速さも互角であり、地面が刀傷で覆われていく事から、手を抜いていないのが良く分かる。
音鬼丸が一撃一撃に重みを乗せた斬撃を繰り出し、真っ向からの攻撃を全て剣で受け止めているのに対して、響華丸は手数で勝負に出ており、回避出来るものは紙一重で回避しながら死角に潜り込んでいる。
だが有効打には到らず、防御が間に合った音鬼丸が響華丸の剣を弾き、そこから突如彼女が繰り出す追撃も防ぎつつ押し返した為、両者は再び間合いの取り合いに入った。
「(また一段と腕を上げているな。御琴が認めただけの事はある)」
「(御琴を救い出し、邪神を打ち倒したという腕前……更に磨きが掛かっているわね。本当、兄に恥じないわ)」
疲労の度合いもほぼ五分で、先の取り合いだけでも更にその疲労が溜まる。
どれほど経ったか、響華丸は構えを解いて自然体に入りながらゆっくりと前に進み、それを見た音鬼丸も大きく深呼吸をしてから剣を一旦鞘に納め、目を閉じて彼女の接近を待つ。
次の一撃に全てを注ぎ込む、それが両者の共通した考え方のようだ。
御琴達もそれを理解して見守っていたが、彼女達だけでなく、それまで吹いていた風が段々と静かになっていき、音が殆ど聞こえなくなる。
響華丸の歩く足音、それすらもやっと聞き取れるか否かといった程の静けさ。
その静かな空間において、彼女と音鬼丸の剣が互いに相手に届くか否かの間合いになった途端、両者は瞬時に剣を閃かせた。
響華丸が持ち上げるようにして両手で振り上げた剣と、音鬼丸が鞘から引き抜くと同時に振り抜いた剣。
双方の剣はそれぞれ輝く三日月を描きながら衝突すると、そこから雷光にも似た眩しい輝きが金属音と共に放たれる。
そして、何かが風を切る音が響いて、しばらくしてから地面に突き刺さるような音がすると共に、光が治まって結果が明らかになった。
響華丸と音鬼丸、そのどちらも無傷であり、各々の手に握られていた剣はそれぞれ持ち主の背後の地面に突き刺さっており、それは2人も知っている状態。
その状態から、時間が再び動き出したかのように風が先の勢いを取り戻した事で模擬戦は全て終了した。
「……やっぱりこの容赦しないのも、悪くないわね」
「殺気が無くても、手加減無いんだなぁ、響華丸は」
口を開いた2人の肩辺りがほんの僅かだけ切れていた。
最後の一撃によるものであり、一つ間違えれば大怪我ものなのだが、お互いに攻撃を読み合い、見切っていた事でこの結果になったのである。
「皆、良く頑張ったな!今日はこれまで。帰るぞ」
「は~い」
天地丸が締めた途端に、何時もの調子で螢が真っ先に山を駆け降りる。
「ふふ、まだまだ速さが落ちていないなんて、螢も底無しね」
「日が沈んでも、螢ちゃんはまるで太陽みたいです……見ていて、何だか温かくなりますわ」
螢の気の早さに慣れて来た御琴達も、負けていられないとばかりに後を追って山を降りていった。


隠れ里へ戻った御琴達だが、響華丸、江、螢は葉樹に呼ばれて別の、人気の無い場所に移動していた。
並行世界間を移動してきた3人にしか話せない事らしい。
「……もしかして、私の剣についていた、オウランの髪の毛の事かしら?」
切り出したのは、心当りのある響華丸。
彼女は修行の前に行おうとした剣の手入れの時、偶然ながらもオウランの髪の毛を見つけ、手掛かりになるかもしれないとして葉樹に渡していたのだ。
「ええ。下手に外に漏らすと厄介な事になる為、極秘に調べましたの。その結果、オウランという者の身体に、響華丸のものと同じ要素が入ってましたわ。もちろん、オウランと響華丸との直接の関係はありません。参考として、江や螢達の方も調べてみましたら、こちらはほんの僅かだけ同じ点がある、という事が判明していますわ」
「つまり、転身が出来るって事とか隠忍だって事を示しているんだな、その共通した要素ってのは」
「髪の毛だけでも、色々分かるんだね~」
時空監査局の技術の方に興味を抱いていたのか、螢だけが別な感想を述べながらも首を傾げながら路線を戻す。
「で、響華丸とオウランが同じ要素、つまり転身出来るって訳だから、こっちの世界の天地丸さん達にも同じのがあるって事なのかな~?」
「まだ調べていませんので断定は出来ませんが、恐らくそうだと思えますわ。羅士がどうやって鬼神に転身する力なるものを持っていたか、という事が気掛かりですが、重要な事がもう一つあります。隠忍の持つ要素は、私達の時代でも未知とされていますの。過去に隠忍が存在していたという歴史はありましたが……」
「……何が言いたいのかしら?」
言葉に詰まった葉樹は正直、この事実を言うべきか否かで迷っていた。
問題解決の為にも、響華丸達を悩ませたり、迷わせたくない。
しかし黙っていれば下手な疑いで軋轢(あつれき)を起こしてしまう。
そうした迷いは、任務遂行および響華丸達を信じるという気持ちが高まった事でようやく断ち切れた。
「……結論から言えば、あなた方隠忍の祖先は、私達が今住んでいる場所、そこを地球と私達は呼びますが、そこからではなく、他の星から来たという説がありますの」
「星って、空のお星様?」
「あなた達にとって近いのは月ですわね。もっとも、月はそのままの状態では人間が住む事の出来ない場所ですが。空の遥か彼方、そこにもう一つ以上、私達が住める場所がある、と考えればしっくり来ると思いますわ」
「天の世界とか、神様の世界とかとは違うんだ~……行くにも結構時間が掛かりそう~」
話を聞いて、まるで珍しいものを見るかのように夜空を見上げる螢。
その様子を見て、やはり10歳の無邪気な少女だと、響華丸や江はもちろん、葉樹も張り詰めていた緊張の糸が緩まった。
が、響華丸は螢から視線を別な方、それも誰も居ないはずの方角へと移す。
「……仲間故、水臭い真似は禁物、という事でしょう。御琴、天地丸」
「「!」」
何時の間にか、茂みから姿を見せていた御琴と天地丸。
2人は響華丸達が自分達には内密に話をしていると悟り、後を追って来たのだ。
「ご、ごめんなさい、響華丸さん。どうしても気になってしまって……」
「俺達には関係無いようで、どうやら関係が大有りだったみたいだな」
「?どういう事ですの?天地丸さん達とも関係が大いにあるとは」
「言葉通りさ。俺達の祖先が、この世界の空の彼方にある、『星』から来たって事は真実だ」
「!詳しいことを、お話し願いますわ」
聞き逃せない情報に、丁寧な態度で申し出る葉樹。
協力者故、失礼な真似は出来ないと判断しての事だった。
それを受けて、天地丸も一呼吸置いて話す。
「俺がまだ若かった頃に聞いた話だ。かつて俺達の祖先は戦いによって自分達が住んでいた星を滅ぼしてしまい、安住の地を求めてこの世界に降りて来たんだ。だがこの世界を支配しようと企んだ者が居た。それが妲己(だっき)……俺の母はそいつの手下に殺されて、父は俺を地張(じばり)の里に預けた後、敵に封印された……だが、俺はあちこちを旅して力をつけ、妲己を倒す事に成功した」
今目の前にいる天地丸は、それ故の性格が出来上がっている。
自分が見てきた天地丸とはかなり違う分、それはそれで興味深い。
江はそうした事を思いながら自分の世界の事を少し持ち出す。
「『こっち側』だとそういう風になってるのか。しかも、地張……あたし達の世界の天地丸も、経緯は違うけど地張の村に流れ着いて忍として育てられたって話だ。で、その後どうなったんだ?」
その問いには、と御琴が代わりに語った。
「様々な仲間と出会って、邪悪な者達と戦って来ました。私は赤子の頃に邪悪な神に攫われてその手先として動いていた所を、お兄様に助けられました。その後、未来から来た隠忍である琥金丸さん達と協力して戦ったんです。我侭で琥金丸さん達と一緒に未来に行って、伯父様達には迷惑を掛けてしまいましたが……」
「で、道鏡がこの世界にやって来て、天地丸さん達に倒された後で、響華丸が生まれたって事だね~」
話を全て終えた所で、葉樹も成程と納得して江や螢の方を見る。
「……江達の生まれた世界での隠忍あるいは妖魔も、空の彼方から来た存在かもしれませんわね。そもそも、妖怪や妖魔というのは、見方を変えれば突然変異、地球の外の生命体とも取れますから……そうした変異が、時の流れによって認識が変えられている。ですが、事実を事実として受け止めるのも私達の役目ですわ。あなた方は紛れも無く、この世界いいえ私達を含めた多くの世界における、仲間……」
「そう言ってくれるとありがたい。ただ、人間達の誰もが俺達を受け入れている訳じゃあないからな。江、俺は気にしないだろうし、響華丸や螢、葉樹も知っているだろうから、此処で話しても良いぞ。『お前達の世界』の俺について……」
天地丸本人に、落ち着いた笑顔でそう言われては黙るわけにも行かない。
それ故観念した江は少し沈んだ表情になりながらも話し出す。
「単刀直入に言う。あたし達の世界の天地丸、その母親を殺したのは人間だ。あたしが直接見た訳じゃないけどな。当時はあたし達の世界は所謂(いわゆる)生き地獄になっていた。で、誰も彼もが人間の心無くしちまって、良いヤツと悪いヤツの相討ちに近い形で世の中が落ち着いたって事だ……ま、そこから先を何とかしたのが響華丸なんだけどな」
「そんな事が起きていたなんて……」
もしかしたら、落ち着く前までの、『向こう側』の天地丸も荒(すさ)んでいたのかもしれない。
それが少し衝撃的だったのか、御琴は悲しそうな表情になる。
自分達が戦った相手、道鏡の手で別な並行世界が地獄同然になったのは事実。
だが彼女はその悲しみの見える表情も首を振って消し、気丈な面持ちに変える。
自分が響華丸を助けた事で、その世界に平穏がもたらされたというのならば、自分の行いは誰かの為になっていると同義なのだから。
「何だか、この世界とあたし達の世界の繋がりは強くなっちまったのかもしれない。ま、だからこそ手伝わなきゃって気持ちになれるんだよ。あたしは」
江もまた、表情に明るみを戻して笑顔を見せる。
沈んでいたのは、自分のものではないが、悲しい過去を語る事の重み故であり、そこから現在、未来へと希望を持っている事を顔で示していたのだ。
「ともかく、羅士って奴等が狙ってるのが何かは分からねぇ。戦って聞き出すしかねぇのなら、それだけだな。後の問題は……」
「その人達が何時、何処から来るのかって事だよね?今日は来なかったみたいだけど、やっぱり作戦の練り直しとかかな~?」
「可能性は高いわね。ただ、この世界を攻め落とす事を優先しているのは事実よ。狙いである私達隠忍を倒して、子供達を連れ去る……」
最大の疑問、それこそは羅士の第一の目的であろう。
後は、敵の次なる動きを待つしかない。
その結論に行き着いた所で、御琴達は話を終えて里へ、葉樹は本局へと戻って行った。

そしてその夜、御琴と響華丸は縁側で夜空の星々を眺めていた。
修行や模擬戦の疲れは夕食と団欒(だんらん)ですっかり取れており、涼しい夜風が2人を優しく包み込んでいる。
既に天地丸達は寝ており、御琴も響華丸も、寝付けなかったのでこうして一時を共有しているのだ。
「江から聞いたわ。体術でも当たり負けしなくなっているそうね」
「転身しても、基本は間合いの外からの攻撃だけですから、懐に入られても良いようにしなくては……そうした気持ちで頑張れました」
かつて、完全に友となる前の鍛錬では弓と法術主体になっていた御琴。
今の彼女はそれにばかり頼らないよう、前へ進む事を選んでいる。
それが響華丸にとっては嬉しいものであり、一層自分を磨く為の励みになっていたのだ。
「司狼丸さん、ですか……今は時を待って眠りについているんですね?」
不意に御琴が切り出した話題は、響華丸が最も関係している事だが、響華丸自身にとっても大切な事だとしてその話を進ませる。
「ええ。目覚めた時に彼は全てを果たせる、そう私は確信するわ。出来得る限りの事をしてきたもの。禍根も断って、後は残された人達の動き次第……彼の為に怒るなんて、今思うと不思議なものだわ。でも、本当に忘れてはいけない、大事なもの……」
響華丸の脳裏に、まるで絵巻物をゆっくりと開くように過去が浮かび上がる。
司狼丸の気持ち、助けを求める心の叫びを跳ね除けた鈴鹿への怒りの殴打。
それを止めた螢の純粋な眼差し。
江による、自分と鈴鹿との仲直り。
そして、凶破媛子に覚醒する時の、司狼丸や伊月との邂逅(かいこう)……
これらから司狼丸の心の傷の治癒を果たし、諸悪の根源だった道鏡を打ち倒せたという自分の戦いは、自分だけでは成り立たなかったものだった。
「あなたには感謝しなければならない。そう、あなたの心の温もりこそが、私だけじゃなく、司狼丸達の世界を救っている。誇りに思って良い事よ」
正直に、素直にそう言い切る響華丸。
それは確かにその通りなのかもしれない。
しかし御琴もまた、言葉を返すのを一番とした。
「あなたこそ、私に勇気をくれました。私、本当は戦いが好きじゃないんです。傷つけ合って、殺し合う……同じような存在なのに、同じようにこの世界で生きているのに、そうしなければならないのが、凄く悲しくて……正直、自分がしっかりしていれば、と思う事が何度もありました。琥金丸さんの事、伽羅さんの事……そんな時に出会ったのが、響華丸さん、あなたでした」
「……あなたが一番、私の手当をしていたわね。まるで、私を死なせたら一生後悔する、そんな感じがしたわ」
「実際、そうだったんです。自分に出来る事を今やらなきゃいけない、死なせたくない。そうして気づいたら、身体が動いてて、不思議と口に出来ました。きっと分かり合えると。伯父様も響華丸さんも死なせたくない、だけど私も死ぬわけには行かない、そんな気持ちに従って……」
それは恐らく、琥金丸と伽羅の姿と、自分と響華丸とを重ねていたからなのかもしれない。
裏切りを受けても、真っ直ぐ響華丸を信じたいという想い、それが御琴に一つの決心をさせたのだ。
「あなたが私に、『自分のことは忘れて』と言って去ったあの日、私は分かりかけて来たんです。時には傷つけ合ってでも、お互いの気持ちをぶつけ合わないといけないって事を。だから、一歩踏み出せました。あなたを救いたい、守りたい……血を流しても、その行く末に達成出来るものがあるのならば……想いが届いた時、本当に嬉しかったです。自分も胸を張って、伯父様やお兄様と同じ、隠忍だって言える、そんな自分になれた実感が湧いたから……」
自分のおかげで、御琴が勇気を得た。
響華丸もまた、その事実を嬉しいものに感じ、柔らかな笑顔を見せた。
「……不思議で、でも素敵だわ。お互いのおかげで、今の、そしてこれから先の私達があるのだから……っ」
ふと、響華丸は胸の奥底から、温かいを通り越して熱く、しかし激しさが抑えられた何かが湧き上がるのを感じた。
その熱でか、彼女の顔が頬を中心に赤くなっていく。
御琴も、響華丸と話をしているだけで胸の鼓動が少しずつ速くなり、夜風でも冷めない熱が身体中を駆け巡るのを感じる。
気がつくと、2人は手を繋ぎ合っており、それが少女の身体の熱を更に高めてしまっていた。
「あ、あの……」
「は、はい。何でしょう?」
一体どうしたというのか、2人は訳も分からない状況に困惑する。
自分達は女同士なのに、まるで好きな異性に心を奪われそうな感覚に襲われている御琴と響華丸。
御琴の方は琥金丸の事もあってその勢いがある程度治まりを見せているのだが、響華丸は何時もの落ち着いた雰囲気が全く見られない、今にも炎になりそうな気持ちになっていた。
「えっと……べ、別に、その、私達は親友だから……それに、女同士だから……(ま、まずい……何時もの私じゃなくなっている!昔とは違うけど、御琴が近くにいるだけで、笑顔で見詰められているだけで、気持ちが乱れちゃっている~!)」
胸に直接来ている感覚は、以前は突き刺すような痛みだったのが、今回はジワジワと、温もりと共に抱き締められるようなものになっている。
それが分かっていてもなお、響華丸の気持ちは収まらなかった。
ならばと、御琴は小さく笑ったかと思うと、唐突に彼女を抱き締める。
「!?ちょ、御琴!?」
「もう、迷ってる暇なんかないですよ。響華丸さん♪」
言い方が何か悪戯じみたものになっている御琴に、ようやっと響華丸も何時もの自分を取り戻し始めた。
そして落ち着きの戻った笑みと共に彼女も御琴を抱き返す。
「……全く、こういうのに勇気を出してどうするのよ。こんな姿を音鬼丸や琥金丸、天地丸が見たらどんな顔をするんだか……」
「ちょっと困るかもしれません……でも、きっと許してくれますよ。大切な友達だから、という事で……」
「……そうね」
抱き合いは程なくして解かれ、静かに、しかし一しきりに笑った2人はようやっと眠れる気分になり、寝床へと戻っていった。
モヤモヤしたものは無く、すっかりと雲一つ無い空のような気持ちの中、確かな温もりを感じて……


城塞の心臓部たる大広間にて、リョウダイは端末を操作していた。
「再教育を受けている子供達は着実に増えてはいる、か……脱走が出ないのは幸いだ。だが、何時までも隠し通せる訳ではない……」
子供達の教育は、教育係を担当している羅士兵が行なっており、此処しばらくで子供達の認識も改まりつつある。
ただ、彼等を兵にするのではなく、民として見なければならない。
ジャドが子供達を兵にしなければ良いのだが、という不安がリョウダイの頭を過ぎる。
しばらくの時間が経ち、操作を終えたリョウダイは謁見の間に戻ると、ジャドが待っていたかのように入って来た。
「準備が出来ました。敵の心を攻めるべく、城塞をあの世界に出しましょう。後は連中が乗り込んで来ますから、それを叩いて希望をも破壊する……これが制圧で上策かと。子供達も居住区に避難させておくだけで済みますから」
早速と言わんばかりの言い方に少し不安があったものの、リョウダイはそれを受け入れる。
「良かろう。メイアはまだ動けぬのか?」
「ダメですね。食事係が用意した食事、一口も手をつけてませんから……」
「そうか……ところでジャドよ。先日の戦いにおいて、一時的にお前との連絡がつかなくなっていたのは?」
「妨害電波を飛ばしていたんですよ。会話とかで時空監査局に気取られないように……それに、データ収拾に追われていましたから…」
「ならば、相応の兵力を準備しているものとして受け取るぞ。仮にお前が危機に陥ったとしても、お前自身に何とかしてもらう事にする」
「仰せのままに……(ちょっとは感づいているようだけど、もう全て手遅れなんだよね、リョウダイ)」
リョウダイの見えない所でそうほくそ笑むジャドは謁見の間を出ると、城塞の制御室に向かい、城塞全体の操作に入った。
既にオウラン達によって子供達の避難が終わっており、城塞の転移準備へと移行する。
「さあ、最高のショータイムが始まるよ……!これで僕が、真の意味で支配者になれるんだ……!!」
狂気で目を輝かせるジャド。
それこそが、彼の本性であった。

「これで終わりよ、御琴ぉぉぉっ!!」
転身しながらも、ズタズタになった御琴に対し、メイアが右の刃を振り下ろす。
それによって御琴の顔が両断されたが、鮮血は舞い散らず、顔が光の粒子になりながら左右に分かれると、その光に挟まれて別な人物の顔が見えて来た。
「!?これは……!」
メイアが見たもの、それは自分自身の、人間時の顔であり、血塗れになって焦点の合わない目をしながら笑っているという、有り得ない表情だった。
「く……あははは、あーっはははは!!」
もう一人のメイアは狂った笑いを上げながらメイアを掴む。
「や、やめて……!私は、こんな結末を望んでなんかいない!私は……!」
「憎しみに身を委ねたお前の顔はこんな顔なのよ……それを拒む事なんて出来はしない……苛められて、その憎しみに溺れたお前は、そのまま朽ちるのが運命……」
「違う!私は、死んでいった両親の、仲間達の、友達の無念を晴らして、二度とあんな事が起きないようにしたいだけ!」
抗うメイアは首を締められて息苦しくなり、意識も飛び始める。
その意識が完全に失われた途端、彼女は現実に戻って来た。
「!?」
牢獄に閉じ込められたまま、飲まず食わずの状態になっているメイア。
彼女には、憎しみ以外の何も残されていなかった。
オウランもリョウダイも自分を見限っており、ジャドに生かされているだけの状態。
だから、メイアは決意を固め始める。
自分にとって、唯一の生きがいとも呼べる存在を……
「御琴……私は、あなたをこの手で殺してやる!どんな手を使っても、未来がどんな形になろうとも……」
握り締めた拳から血が流れ出始め、全身から電流が迸(ほとばし)り始めると、その姿が少しずつ、隠忍としての姿へと変わり始めた。
人間、隠忍と、交互に変わるその様は、ジャドが仕掛けた結界を破ろうとしているもの。
だが、転身は成り立たず、人間の姿のままでメイアは外を睨みつけていた。
「御琴の次は……他の皆だ……!絶対に、許さない……!」



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あとがき

鬼忍降魔録でもありました、『宇宙から来た』説を此処で盛り込んでみました。
アニメでもジュセイが『隠忍が地球の存在ではないという可能性もある』という発言をしており、ONIシリーズの世界の繋がりも強めてみたり。
メイアがダークサイドに堕ちている中、ジャドも本性を見せ始めており、相対的にリョウダイが大ボスである事への疑念も抱かせる描写になりましたが、これは次回以降を楽しんで頂ければ。
メイアの立ち位置はアニメ版ONIのハジャオウになりつつありますが、御琴も何だか変身ヒロインの主人公っぽくなってしまい、畏れ多い事に……
只でさえ、響華丸との関係が出来上がっているのに……最近の流行に影響を受けたみたいです(滝汗

次回からは本戦になり、一気に核心へ進んで行こうかと思っています。

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