~ONIの里~は(株)パンドラボックス【現(株)シャノン】
(株)バンプレスト【現(株)バンダイナムコゲームス】より発売された
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森の木々がざわめく中、御琴とメイアは瞬時に矢と手裏剣による攻撃を行う。
御琴が放つ矢は1本だけでなく、一度に複数本、同時に散らす形になっている為、メイアが投げる手裏剣の全てがそれらの矢とぶつかり合って砕けていく。
しかし矢にも限りがある為、途中で御琴は普通の矢の代わりに、法術の応用で炎、氷、雷、岩石の矢を作り出してそれらを射始めた。
法力を使う分、消耗する事に変わりはないのだが、彼女がその行動に迷わず出ている。
「たとえ何を放とうと、近づけば!」
手裏剣がまだ尽きていないメイアは右の手甲から刃を伸ばし、手裏剣投げを続けながら右手の刃で矢を切り払いつつ走り出す。
「(やっぱり接近戦で挑むのね…でも、今度は私も負けないわ!)」
法術の矢を放ち続ける御琴はメイアの接近を待つが、矢は段々外れていき、数秒もしない内にメイアに懐に入り込まれそうになった。
「(もらった!)」
転身しなければ接近戦に弱い、それが目の前にいる御琴。
その無防備な胴に一撃を入れようと、メイアは刃を伸ばす。
だがその刃のある右腕がある程度伸ばされた所で、御琴は箙(えびら)に納められている矢を1本取り出し、それで直接メイアの刃を弾いた。
「?!」
「はっ!」
続いて弓を持った手から閃光を放ち、メイアの視界を一時的に封じつつ、彼女を吹き飛ばして木に叩きつける。
「つぅっ……!こいつ……よくも!」
視界をすぐに回復させたメイアは木の枝の上に飛び乗り、そこから別の木へ飛び移りつつ手裏剣を投げる。
対する御琴も手裏剣を避けながらメイアを追って弓を構える。
「これならどうかしら?!」
手裏剣だけでは追いつかれると見たメイアが跳んで御琴の頭上を取り、手に隠していた小さな針を無数放ち、御琴もそれを横に転がる形でかわす。
だが、数本が彼女の足に刺さって小さな痛みと、針に仕込まれた毒で彼女の表情が少し苦しそうになった。
「避け切れませんでしたか……でも、このくらいなら!」
針を抜き取った御琴の右手から癒やしの光が放たれ、足の傷が癒えると共に毒も消えて無くなる。
「このっ……!それだけの力を持っていながら、あなた達はァッ!!」
怒りが更に高まったメイアは木々から急降下して御琴の懐に入り込み、右手甲の刃を振り上げる。
それを何とか避けた御琴にメイアの返しの刃と蹴りの連撃が迫り、御琴も回避に追われて距離を突き放せない。
「これで!」
御琴の回避、それを待ち構えてのメイアの膝蹴りが彼女の胴に入ろうとしたが、御琴も同じくその瞬間を待っていた。
「やらせません!」
矢を箙に戻したかと思うと、即座にメイア目掛けて突き出された手から炎が走り、彼女の胸元を焼き焦がす。
「そんな!ちぃぃぃっ!こうなったら……!」
火炎の術で突き飛ばされたメイアは火傷の痛みを怒りで捩(ね)じ伏せつつ、左腕を掲げる。
すると、そこに嵌められていた髑髏の腕輪が禍々しい輝きを放ち、髑髏の目から矢のように放たれた黒紫色の光が一瞬にして御琴の左胸に突き刺さった。
「うっ!?し、しまった……これは……」
光は瞬時に消え、外傷は見当たらないものの、命中した部分が黒紫色に染まり始め、御琴も全身をジワジワと駆け巡る痛みと脱力感を感じる。
だが、メイアの腕輪の本命はそこからであり、御琴の視界が一瞬にして真っ暗になり、耳には何の音も入らなくなった。
乾いた風が吹き荒(すさ)ぶ中、響華丸とオウランは間合いを少しずつ詰めており、兵士達は全く微動だにせず静観していた。
今は互いの静かな気迫だけが両者の間に走っており、2人にだけそれが手に取るように見える。
自分の気と相手の気が、ちょうど中間地点で先を取り合おうとせめぎ合っているのが。
溶け合う事無く、しかし避け合う事無く、押し合う形の気。
何時しか2人の剣の切っ先が後僅かで届くという間合いになり、小さくぶつかり合った途端に全てが動き出した。
「せあぁっ!」
先に大太刀を振るったオウランの気迫が掛け声と共に熱風となり、それによって地面が一部燃え上がる。
響華丸も大振りの一刀を屈んでかわし、大太刀が振り抜かれるのを見計らって斬り上げを放つが、オウランは太刀の勢いを殺さず、むしろそのままの状態で旋回しながら斬り上げを横に薙ぎ払う。
「うっ?!」
「これが本命だ!」
重く、鋭い太刀が剣に当たっただけで響華丸の手から剣が離れそうになり、彼女はそれをしっかりと握り締め直したものの、大きく体勢が崩れてしまう。
それを待っていたかの如く、オウランは横薙ぎから大太刀を頭上で風車のように一回転させてからの唐竹(からたけ)に入る。
彼女の腕力と太刀の重さが合わさったその唐竹は雷の如く下ろされ、横に倒れかけた響華丸の左肩を切り裂こうとする。
が、響華丸はもつれかけた足をしっかりと地面に踏んだかと思うと、先の一撃で飛びそうな勢いを得ていた自分の剣を一気に斜め上へと振るった。
「(おお、速い!!)」
響華丸の、鋭角を描きながら放たれた返しの太刀はしっかりとオウランの大太刀を捉えて軌道をずらす事に成功する。
「そっちが重さなら、こっちは軽さで勝負よ」
「ふむ、転身時と同様か。だが当たれば大痛手だぞ」
地面を切り裂いた大太刀をすぐさま持ち上げ、追撃を仕掛けて来た響華丸の連撃を紙一重で避けていくオウラン。
その流れるような動きに、大太刀の重さを乗せて速さを増した反撃を、響華丸も至近距離で横、縦のみならず飛び跳ねを用いて死角に回り込もうとする。
しかしそこからの攻撃を、オウランは具足で保護された足の蹴りで弾き、響華丸自身をも蹴りで突き飛ばした所で大太刀を高速で振り回す。
それはまさに刃の嵐であり、近づこうものならば瞬く間に膾(なます)切り、いや小間切れにされてしまうであろう。
「攻防一体の太刀……でも、繰り出されるは一刀……!」
蹴りは刀で防いでいた事もあり、間合いが離れただけの響華丸は、オウランの太刀の乱舞を前にしても臆せず、自分から突っ込む。
「(無策?いや、天地丸や音鬼丸とは違う技の使い手である奴の事だ。策を破るまで)」
オウランも受けて立つと言う代わりに乱舞の速さを増して響華丸を待ち構える。
そして彼女が近づいた所で勢い良く大太刀を振り下ろしたが、その剣が後少しで響華丸の左肩に触れようとした途端、響華丸の左手が冷気を伴って振り上げられ、大太刀を受け止めた。
いや、左手そのものではなく、別のものによって大太刀が受け止められ、一瞬止まったかと思うと大太刀が凍りつきながら急に引っ張られ、地面に突き刺さったのだ。
「(何っ!?鞘だと!?)」
攻撃を受け止め、大太刀を封じたのは、響華丸が何時の間にか腰から外して左手に持っていた鞘。
冷気の術をそれに掛けて大太刀を受け、勢いを利用してオウランの武器を封じたのだ。
「はぁっ!」
鞘から既に左手は離れており、響華丸はオウランの懐に入った所で両手持ちからの斬り上げを放つ。
鋭い三日月を思わせるその一撃はしっかりとオウランの左脇腹を捉えた。
「!結構鍛えているわね」
だが、手応えを感じると共に響華丸の表情が僅かに曇り、弾かれた勢いで横薙ぎを放ちながら距離を取り直す。
オウランの左脇腹は剥き出しで、そこに響華丸の剣が入っていたのだが、筋肉の鎧という事もあってか、僅かに切れただけに終わっており、彼女も凍った大太刀を持ち上げて思い切り地面に叩きつける事で凍結を破る。
その衝撃で響華丸の剣の鞘が彼女の手元に戻って来た。
これで一区切りと、2人は再び睨み合いに戻るのだが、オウランの顔に小さく笑みが浮かび上がる。
「受け流して武器を封じ、ゼロ距離の一撃を放つとは見事な策だ。しかし何より、私の乱舞を無傷で見切った事が評価に値する。よもや剣術と法術を合わせる技がこの時代にもあったとはな」
「私はこの時代のONIじゃないわ。コツを掴めば他の人でも出来ると思うけれどね。でもあなたこそ、防具に甘えず自身を、それも人間の姿での自身を鍛えていた分、不足無い相手よ」
響華丸も静かに微笑み返すと、ますます気に入ったのだろう、オウランはしばらくしてから笑みをそのままに大太刀を仕舞う。
「天地丸と戦いたかったが、やはり響華丸、お前との戦いを真に終わらせてからにしたい。そして、今日はこれまでだ」
「良いのですか?此処で足止めをしなければ……」
羅士兵の一人が口を挟むも、態度を変える事無くオウランはそちらにも返す。
「他の方面でもそろそろ決着が付いている頃合だ。私の長年の勘だがな。それに、下手に兵力を減らす訳にもいかない。無論、命を棄てる覚悟があるならば止めぬが」
「……いえ、オウラン様の指示に従います」
「良し。撤退だ」
オウランの合図と共に羅士兵達は次々と光に包まれて姿を消し、残ったオウランも響華丸を終始見詰めながら転移に入った。
「また会い、そして戦おう。響華丸」
「お互い、死なないようにしないとね」
深追いする理由無しと、響華丸も剣を治めてオウランの撤退を見届ける。
完全に敵が退いたのを確かめた彼女は、南の森へと足を向けた。
「(後は御琴。あなたの行く先を、私も見なければ」
転身した音鬼丸に向けて、百鬼斬りは腕を大きく振ると、その軌道から無数の風の刃が飛ばされる。
妖怪である鎌鼬が放つものより大きく、鋭く、そして速いその刃。
音鬼丸はそれらを鬼神の手甲に覆われた拳で叩き落としていくのだが、風の刃が止んだ途端に百鬼斬りが飛び上がる。
するど今度は尻尾の鎌が彼と同じくらいの大きさになり、その重みを乗せた前転が繰り出された。
「(危ない!)」
鍛え上げられた刀を思わせるその攻撃は防げないと見て、音鬼丸は横へ飛んで刃を避ける。
その一撃だけで、山道の崖側が3分の1程切り落とされ、削られて見えた部分にも鎌による痕跡が刻まれた。
「何て威力だ……こんなのを食らったら……」
「そう!如何に鬼神とて真っ二つ!しかし場所が良かったな。確か下の方には林と獣道しかない。ガキ共が巻き込まれそうだと知っていたら、俺との戦いどころではなかったろう」
威力の凄まじさに驚く音鬼丸だが、同時に麓にいる者達が巻き込まれた訳ではないと分かり、内心安堵する。
しかしそれも束の間であり、すぐさま目の前の敵に意識を戻す。
「それでも、これ以上山を崩させるものか!」
「おっ!?」
地面を蹴った途端、矢の如く疾走する音鬼丸の速さが予想以上のものだったのか、尻尾を戻していた百鬼斬りは構えが一瞬だけ遅れ、そのまま音鬼丸の左拳を顎に喰らう。
その衝撃で百鬼斬りの身体は大きく打ち上げられ、クルクルと回転しながら落下を始めるが、途中で彼は両腕を振って風の刃を何十も飛ばしつつ、山の岩壁もその刃で切り崩し始めた。
「下敷きになるか、ズタズタになるか!?」
「どっちも選ばない!」
問いへの即答と共に音鬼丸は頭上からの攻撃を既に見切っていた。
刃も岩も、ただ避けたところで次が来る。
しかし刃は根本に近い程威力が死にやすい。
そこから彼が導き出した答えは、落ちてくる岩や残っている岩壁を流木渡りの如く渡っていく事だった。
鬼神の甲冑があると言えど、俊敏な動きは更に増している毘刹童子。
その脚力は破壊力だけでなく、不安定な足場を登る為に身体を支えるものになっている。
何より、落ちて来る岩壁は一部が風の刃を防いでくれており、間を縫う刃も瞬発力の高まっている音鬼丸を捉えられない状態。
数秒して彼は百鬼斬りに接近し、迫って来た両腕の鎌を両手で受け止めつつ懐に入り込んだ。
「うおっ!?」
「取った!」
尻尾の鎌が届かない位置に入られた百鬼斬りはそのまま音鬼丸の膝蹴りを喰らい、体勢が崩れたところを右拳で殴られて地上に叩き落とされる。
反撃しようと大きくさせた尻尾の鎌も、振るうのを見切られて蹴りで弾かれた。
「これでどうだ!?」
着地した音鬼丸はすぐさま追撃とばかりに百鬼斬り目掛けて拳を振り上げる。
しかし俯せになっていた彼の顔が急に上がるのを見た途端、その拳を止めて防御に転じた。
「!くっ、そう簡単なものじゃあないって事か……」
百鬼斬りの顔に焦りは無く、不敵な笑みで歪んでいる状態。
一早くその笑みの意味を察した音鬼丸はそこに罠を見出していた。
敵の口から吐き出された、親指の爪くらいの大きさを持つ金属製の刃の存在を。
防御が間に合ったおかげで、手甲に刃が突き刺さって切れただけに終わったその罠だが、一つ間違えれば鬼神の目に刃が刺さり、失明していたであろう。
「仕損じたか。まあ良い。これしきの罠を見抜けないようでは、鬼神の名が泣くというものだからな」
百鬼斬りは音鬼丸が刃を抜き取って間合いを取り直すのを見ながら、自身も身を起こして笑い声を上げる。
劣勢を装って隙を窺っていた訳だが、策を破られても全く気にしていないようだ。
その理由は、音鬼丸の全身にあった。
「!これは!?」
百鬼斬りから離れていた音鬼丸の全身、そのあちこちに小さな切り傷が入っており、衣や鎧に覆われていない部分には青白い筋が入っている。
接近した時には無かった傷、それを創ったのは彼の周囲で渦巻いていた小さな竜巻だった。
「俺の作る風の刃は、完全に叩き落とさない限りそうして何時までも空中に留まり続ける。威力が小さくなるとはいえ、確実に獲物を仕留めれるという事だ。さあ、次はどうする!?」
百鬼斬りは両腕の鎌をかち合わせるや否や、その鎌を同時に振り下ろして刃を放つ。
回避したところで、残り火たる刃が狙うのは確実。
だから音鬼丸は真っ向からその2つの刃を拳で打ち砕き、そのまま百鬼斬りに迫った。
「こいつはかわせまい!食らえ!!」
真正面から突っ込んで来た音鬼丸に対し、百鬼斬りは口を大きく開けて小型の刃を吐き出しながら、尻尾の鎌を振り上げて待ち構える。
「かわす以外にも、方法はある!」
そう言い返すと共に、大きく一歩踏み込んだ音鬼丸は右拳に気を纏わせ、それを竜巻状にして思い切り突き出す。
龍が荒れ狂うかの如き気の奔流は真っ直ぐに百鬼斬りの方へ飛んで刃を砕き、勢いも保たれたままになった。
「こんなもの、真っ二つだ!」
百鬼斬りは山の岩盤を切り裂く刃を振るい、音鬼丸の放った気を両断してみせるが、分たれた気は百鬼斬りの後方にまで飛んだかと思うと、そのまま弧を描いて彼の背後へと向かう。
「うぉっ!?」
攻撃を防いだかと想っていた百鬼斬りも振り返ってその気の龍を腕の鎌で切り裂いていく。
挟み撃ちに入ろうとしていた音鬼丸に対しては尻尾の鎌と振り向き様の含み針ならぬ含み刃で牽制を仕掛けた。
それを前にした音鬼丸の次なる行動は……
「うおおぉぉっ!!」
「何っ!?」
回避も離脱もせず、左腕を盾にしての突撃。
直撃やそれによる苦痛も恐れないその動きで彼は左肩で百鬼斬りを突き飛ばし、盾にしていた左腕を思い切り振っての裏拳で百鬼斬りを殴り飛ばした。
「ぐへあぁっ!こ、このガキめぇっ!」
飛ばされながらも空中で体勢を立て直した百鬼斬りが此処で初めて怒りを露わにし、両腕と尻尾の鎌を振り回す。
左腕が切り傷に覆われていた音鬼丸はその痛みを堪えつつ、鎌から放たれた風の刃を叩き落としながら百鬼斬りを追う。
「でやあぁぁっ!!」
途中で飛翔しながらの回し蹴りから発生した風圧が風の刃と、それを含んでいる竜巻を打ち消して上空へと吹き上がらせる。
そして次なる回し蹴りが百鬼斬りに向けての真空の刃を撃ち出し、軌道上の敵の刃を逆に切り裂いていく。
「な、何っ!?ぎゃあっ!」
自分の得意となるカマイタチにやられるなどとは思わなかった百鬼斬りは胸に大きな切り傷をもらって吹き飛ばされ、岩壁に叩きつけられた。
「く、何という力だ!だが、まだまだ終わらせん」
「(!?こいつ、何か別の狙いがあるのか?子供?それとも……)」
戦いを優位に進めてはいるものの、音鬼丸は百鬼斬りの言動に何かしら引っかかりを感じていた。
一方で百鬼斬りは次の攻撃に出ようとしたのだが、横に小さな羽虫のようなものが飛んできて、そこから少年の、ジャドの声が聞こえて来た。
『それくらいで十分だよ。損害は最小限にしたいから、すぐに撤収して』
「!?……運が良かったな、小僧!次こそはその全てを切り裂いてくれる!」
撤収命令を受けた百鬼斬りは音鬼丸にそう言うが早いか、自身の周りに竜巻を呼び起こし、その中で姿を消す。
残された音鬼丸は転身を解いたものの、胸騒ぎを覚えてすぐさま山を降りた。
「(御琴、無事で居てくれ!)」
天地丸は数多喰いが放つ蝗の群れに向けて、雷撃の拳を浴びせたのだが、直接拳を受けていたものを除いて蝗の群れは勢いを失わず、そのまま飛びついて来た。
「!?この虫は……!」
張り付かれる前に拳と蹴りで蝗を打ち払っていく天地丸に、数多喰い自身の噛み付きが迫る。
「フハハハハー!!」
「せぇっ!」
大きく開かれた数多喰いの口だが、それを閉ざさんと放たれた天地丸の左拳が顎に突き刺さり、数多喰いは大きな弧を描いて飛ばされる。
彼が受け身を取って着地しようとしている間にも、蝗の群れは執拗に天地丸に纏わりつこうとしていた。
「何て数だ。だがそれ以前に……!」
鋭く重い鬼神の拳はしっかりと蝗の群れを捉え、風圧で切り裂いているのは確か。
しかし天地丸は違和感を覚えていた。
先に放った雷撃、その拳で蝗の群れの大半は殲滅出来るはずだったのだが、実際には拳あるいは風圧を受けたものしか撃破出来ていない。
そこに謎があると見た彼は群れの勢いが弱まった所で大きく離れ、今度は電撃を両手で凝縮させ、球として放つ。
電撃の球はそのまま蝗の群れを覆い、すぐに突っ切って数多喰いの方へと向かう。
その数多喰いは、口を大きく開け、何とその電撃の球を丸ごと食ってしまった。
蝗の群れの方も、電撃を浴びていながら全く焦げ痕は無く、逆に動きが活発になっている。
「……そういう事か!確かに数多喰いだな」
己の技の一つを喰われた事に小さく唸る天地丸。
その様子に、電撃を食ってゲップをした数多喰いが垂れ出た涎(よだれ)を拭って笑う。
「ククク、その通り。我と我が分身は全てを、電撃をも喰う!一番の好物は、無論肉だがな。天地丸、お前のその逞(たくま)しい肉を、新鮮な血を、そして高密度な霊気を喰う事が狙いだ!本当は女の鬼神を食いたかったが……まずは強くなるのが先だ」
「俺達は貴様に喰われるつもりはない!」
「だが喰ってくれる!
再び大きく口を開けた数多喰いが四つん這いになって駆け、蝗の群れも四方に散ってから天地丸を囲む。
蝗の群れは一気に彼の死角から喰らい付きに入る腹であり、数多喰いも同様にそれを狙っている。
それでも敢えて天地丸はその場に留まり、精神を集中させた。
「馬鹿め!格好の的が!やれ!!」
嘲笑と共に数多喰いが下した合図に従い、蝗の群れは一斉に牙を剥き出しにして天地丸に張り付き、その牙を突き立てていく。
最初は金属の音が響き、それに混じって何かが引き裂かれる音が途切れる事無く鳴り続け、次にはクチャクチャという気持ち悪い音に変わる。
「むっ……うおぉぉっ……!」
全身を蝗に覆われ、全く身動きが取れない中で天地丸の声も聞こえたがそれも束の間であり、2,3歩進んだ辺りでよろめいて前のめりに倒れ伏す。
「良し、引き上げろ!残りは我が喰らうぞ!」
号令で蝗の群れが天地丸から離れるが、その鬼神の姿は真っ黒でズタズタという、見る影も無い有様。
それを見て数多喰いは満足そうに頷くと、舌から涎を垂れ流しつつ、天地丸を頭から齧(かじ)ろうとする。
「(ほう、分身共は丁寧に残しておいたか。鬼神の鎧のカスと肉片の混じり、そして血の味……なかなかの美味……)」
鬼神の頭部を齧ってみた数多喰いは舌で味を確かめ、涎で濡らした表面の付着物を嘗(な)めていく。
「(くくく……しかし、分身でも手に余るようだな。形が完全に残っていて、何だ?虫が無数集まっているような……虫が無数?)」
食感、舌触りを通じて、段々と違和感を覚えた数多喰い。
魔封童子の頭に、無数虫が集まっているというのは考えにくい事であり、色々と不自然である。
何より、最初より一回り大きくなっていて、本来より余計に肉厚に思えていた。
そして、破片が舌に触れた事でその違和感は衝撃へと変わる。
「(待て、これは……こいつは…我が分身の!?)」
形に覚えがあった事で、まさかと数多喰いはすぐさま離れようとした。
だが既に遅かったらしく、天地丸の両手が彼の足をしっかりと掴んで離さず、立ち上がった事で数多喰いの身体はひっくり返される。
そして次には、電光石火の速さで鬼神の拳が顔面に炸裂した。
「げばぁっ!?」
電撃そのものは無く、光も無い、只々殴るだけの一撃。
それだけで十分、数多喰いにとっては大打撃であり、拳の衝撃で天地丸の身体を覆っていた黒いものが粉々になって吹き飛ばされた。
その正体こそは、天地丸に張り付いた蝗の群れだったものである。
彼は精神集中と共に、己の気を熱に変え、表面を灼熱以上の熱さにしていたのだ。
それが瞬時に行われた事で、表面に直接張り付いていた蝗は黒焦げになり、天地丸は最初の小さな噛み付きによる傷で済んだ、という事である。
しかしそこにはまだ一つの疑問が残っていた。
数多喰いの放った蝗の群れは、天地丸から離れる際には数が減るような事は無かった。
その答えも、今周囲で滞空している蝗の群れの一部の変化と共に出た。
「な!?何だその芸当はぁっ!?」
群れの一部が小さな金属片や布切れ、髪の毛の一部になって落ちたのを見て、目を疑った数多喰いは驚愕していたが、天地丸は何の事は無いとばかりに油断無く構える。
「俺を只の鬼神と思ったのが貴様の失敗だったな。口からでなければ力を食えない者には、一気に”食い過ぎ”に持ち込ませた。そしてそこに落ちているものは、空蝉(うつせみ)の術の応用で貴様の分身に似せたという事さ」
「く、隠忍なだけに、忍術も心得ているというのか!だが、一撃で仕留められなかったのは……っ!?」
まだ戦える状態ならば、次なる手を考えるだけと余裕を取り戻した数多喰い。
だが次に彼は顔面に激痛を覚え、その痛みが全身に広がっていくのを感じた。
「ぎ、ぎゃあぁ~~!」
「一撃も十分なものに出来る。オウランからは何も聞かれなかったのを考えると、どうやら貴様らは一枚岩では無いらしい。だが、此処で下手に手の内を見せる訳にも行かないな」
両拳に力を溜め、体重を乗せての拳を繰り出す天地丸。
その直撃を喰らうより前に、数多喰いはすぐさま自身を蝗の群れへと変えて、分身と共に空へと飛び去って行こうとする。
それを見て天地丸は転身を解くと、手裏剣を無数その蝗の群れへと投げた。
「なっ!?か、帰らせてもくれないというのかーー!?ジャド様ぁ~~~!!」
手裏剣は飛び去る蝗の群れよりも速く飛び、全ての蝗を切り裂いて行く。
断末魔を上げた数多喰いの蝗は全て切り口から炎が上がって消滅した。
「他の皆も上手く行ってくれるといいが……」
敵がもう居ない事を確かめた天地丸は北へと足を向ける。
と、その向こう側から音鬼丸が息を切らしながらも走って来た。
「お、伯父さん!何とか敵は撃退出来ました」
「そうか。こっちも同じで、今から皆の援護に向かおうとしていたのだが……御琴が心配か?」
「はい。何だか、嫌な予感がして……はぁ、はぁ」
音鬼丸と御琴は半身の関係である以上、彼の言葉に嘘は無い。
だから、天地丸も彼を落ち着かせつつ、御琴が向かっているであろう森の方角へと目を向ける。
「急がなければな。万一の為にも……行けるんだな?」
「は、はい!」
音鬼丸の息が落ち着いた所で、2人は南西へと向かった。
「こいつで、おしまいになれ!!」
戦闘開始から数刻は経ったであろう。
数が減って来た所で、江は最後の大技とばかりに、水龍の如く辺りを縦横無尽に駆け回り、羅士兵達を倒していく。
撤退しそうな敵もその激流に飲み込まれて粉々になり、凹凸が激しかった道も少しならされたのか、ある程度平坦に戻っていた。
「ふぅ~~、もう来ねぇ、よなぁ」
敵の殲滅を一区切りとして転身を解き、汗を拭った江は近くの岩に腰掛けて空を、周囲を見る。
光が走って羅士兵達や化け物が姿を見せる気配は無く、人里に向かった者も皆無。
これで一安心と、江が大きく息を吐いた所で、反桐山の方角から螢が扇を大きくさせ、翼代わりにして飛んで来た。
走るよりもかなり効率の良い、しかし普通は思い浮かびにくい移動法で来た彼女の姿に、江も思わず吹き出してしまう。
「江~、そっちも終わったの~?」
「まあな。螢の方はどうなんだ?」
「それが、しばらく戦ってたら昨日みたいに逃げちゃったの。多分時間稼ぎだと思うけど、町とかが襲われたって話も無いし」
螢の話に、江も思い当たる点があった。
敵の数は多く、一部が町を襲おうとして自分がそれを阻止したのだが、しばらくすると自分への足止めに集中するようになっていた。
自分の方は1体も逃していなかったのだが、やはり引っ掛かる。
だが、それを考える時間も無いとして江は話を切り替える。
「今は他の援護に回っときてぇ。この場所からだと…確か、東に響華丸がいるはずだ。もし居なかったら御琴の所に行くぜ。響華丸ならそうするはずだ。さあ!」
「うん!」
今度ばかりは先に江が行動に移り、螢がそれに続く形となって東の荒野へと走り、程無くして2人は響華丸、天地丸、音鬼丸と合流した。
どうやら敵は一部去ったり、撃破に成功しており、町が襲われたという情報は皆無(かいむ)のようだ。
ただ一つだけ、御琴がまだ戦っている事が明らかになっている。
そしてその意味を、響華丸が真っ先に理解していた。
「御琴を何か利用しようとしているのね。となれば、この先に……!」
「ちょっと消耗はしているが、まだまだ行けるぜ」
先程まで息切れが激しかった江。
彼は無茶を少ししており、それ故の嘘を吐いていた。
「一応回復はしたけど、まだ治し足りないみたい…天地丸さんと音鬼丸さんの方は無事みたいだね」
「ああ。江の方はあまり無理をするなよ」
「お、おう」
天地丸に自分の状態を見透かされていた江も、それ以上は強がる事無く応じる。
ところが、音鬼丸が突然の頭痛に襲われ、片膝を突いたので誰もが彼に注目した。
「こ、これは……!?まさか、御琴に何かが……」
「……急ぐわよ。手遅れにならない内に」
兄がこの状態にあるとなれば、御琴の身に危険が迫っており、それは一刻を争う事態。
表情が険しくなった響華丸が言わずとも、全員がそう理解して南の森へと走って行った。
羅士の城塞、ジャドの研究室ではジャドが嬉しそうな笑顔で端末を操作していた。
「メイアに感謝しないとね。僕の最大の能力、敵の記憶を読み取るという能力を活かせるんだからさ……!」
妖しげな輝きを放つその瞳はしっかりと御琴とメイアの戦っている映像を捉えており、彼の操作によってメイアの腕輪の輝きが強まっていく。
その様は、まるで外から切り離された空間という状態になっていたのか、リョウダイや先程帰還してきたオウランでも捉える事が出来なかった。
「リョウダイ様、ジャドの研究室が……彼とも連絡が取れない状態です」
「事故が起きれば、緊急警報が鳴り響くはず。だが、研究を行なっているにしてはこの状況……ジャド、一体何を考えている?」
疑問を抱き始めていたリョウダイとオウラン。
ジャドの真意は何なのか?
メイアは果たして大丈夫なのか?
それらの答えは、まだ出ないでいた。
飛びかけた意識が戻ってきた御琴。
だがその全身は茨の蔦で拘束されており、空は赤黒い闇に閉ざされ、足元には数多くの屍が平原を覆い尽くしている。
「こ、これは……!?」
茨の蔦は左右の大きな骨の柱から伸びているのだが、周囲を漂う霊魂が御琴に近づき、低い声で呻くように彼女に声を掛ける。
『許されざる者よ、永遠に苦しめ……』
『お前だけがのうのうと生き延びやがって……』
『化け物……人殺し……』
『あんたなんか、居なくなれば良いんだよ』
耳に次々と入る罵詈雑言(ばりぞうごん)は、佳夜としての御琴がその手に掛けた者達によるもの。
その声がある程度続いた所で、今度は屍の中から青白い炎が上がり、中から数人の人影が姿を見せた。
「う、嘘っ!?あなた達は……」
薄暗い闇故に顔の上半分が見えない状態なのだが、そこにいるのは自分の家族、仲間達、そして友。
だが、彼等の口が開かれた途端、御琴は全身が凍りつく感触を覚えた。
仲間達が口にした言葉は……
『苦しそうなら、死んじまえば良いのによ』
『そうそう、意地張って、皆に迷惑掛けてばっかりだもん。足手纏いも甚だしいわ』
『何でこの子が、音鬼丸の妹なのかなぁ……僕もちょっと助けて損したよ』
砦角、秘女乃、高野丸の失望に似たもの。
それらは冷徹な、明らかに嘘としか思えないものだが、目の前の声は真に届いてきている。
そして御琴のすぐ横では、もう一人の御琴いや佳夜が薄ら笑いを浮かべて姿を見せた。
「これが、彼等の本当の心よ。誰もあなたの事を助けやしないわ。そう、あなたにとって大事な人でさえも……」
「!?」
冷たい手の感触が頬に伝わった事で御琴は胸の奥底から痛みと冷気が走るのを感じる。
「や、やめてぇっ!入ってこないでぇっ!」
「無駄よ。むしろ虫が良過ぎたのよ。沢山の罪も無い人を傷つけ、苦しめ、殺しておきながら、あなただけは生きている。そんなのをこの人達が許す訳無いじゃない」
佳夜が頬を撫でるその手は、御琴に更なる恐怖を与え続け、心を大きく揺り動かす。
「でも、私……私は……」
「そうね……お兄様に助けられたわねぇ……そして、多くの人達を妖怪から助けた……でも、あなたは全てを救えなかったはずよ」
「!?」
深々と佳夜の言葉が突き刺さると共に、今度は常葉丸、リカルドが言葉を投げ掛けた。
『お前がもうちょっと強ければ、俺も無様にならずに済んだんだ。しかも毒を治せないとはなぁ』
『ワタチより使えないデースネー。ホントに御琴サン、ウィークデース。ディサポインテッドデース』
「うっ……」
常葉丸の言うように、かつて強大な敵と戦った時、彼の負傷を治せず、伯父の力を借りなければならなかった。
御琴がその事実に抗えない中、佳夜は彼女の後ろからゆっくりと、取り込むように抱き締め始め、その間に天地丸、茨鬼、琴音の言葉が放たれる。
『お前こそが、鬼神として一番愚かな存在だ。甘く、そして弱い……琥金丸を俺抜きで守れないとはな』
『正直後悔しているぞ、御琴。お前が生まれなければ、世の中は平和になっていたかもしれんのに』
『あなたの行いを、誰が許すものですか。あなたはもう、私達の子ではありません!』
「そんな……こんなのデタラメよ!こんな事を、皆さんが言うはずなんて……」
佳夜の邪悪な抱擁(ほうよう)、そして天地丸達の言葉を、御琴は大きく首を振って拒もうとするが、佳夜は一向に御琴から離れない。
「あなたの胸にある罪は消えない。皆、表面上であなたを受け入れているだけよ。大罪人を真に許すはずが無いじゃない……そう、何処かであなたに、早い死を望んでいる…」
どくん、どくん……
恐怖・不安を示す心臓の大きな鼓動が全身にまで響き、体温がそれとは逆に低くなっていく。
「助けはもう来ない。愛するという気持ちも無意味よ……ほら、お聞きなさい、ご覧なさい……」
佳夜の耳元での囁きと共に、目を背けようとした御琴の視界に音鬼丸、琥金丸、伽羅、そして響華丸の姿が入る。
『御琴……お前はもう、僕達の前から消えなきゃいけないんだ。ハッキリ言って、助けたのが無駄に思えるよ。琥金丸について行く必要なんて、無かったのに』
『お前の所為で、伽羅は……お前がしっかりしていれば……常葉丸も……全部、お前が……!』
『あんたに、琥金丸は渡さないわよ。汚らわしいにも程があるわ!私の代わりにあんたが死ねば良かったのよ』
「お兄様……!琥金丸さん、伽羅さん……そんな……!」
『諦めなさい……私を助けようというのも、結局は自己満足……大人しく、私に殺されていれば全ては丸く収まっていたのよ。天地丸を殺す事も出来たのに、あなたこそが……全てにおいて滅びを齎(もたら)している。真の破壊者よ』
最後の、響華丸の冷たい言葉が、あたかも鋭利な刃物のように御琴の心に突き刺さる。
それに伴い、全身の血が凍りつくような感覚と、胸を突き刺し、ジリジリと焼けるような痛みが彼女を襲った。
「ご……ごめんなさい……皆さん……」
溜め込んだ涙が流れ出し、かすれるような声で謝罪の言葉が流れ出るも、目の前の仲間達は、嘲笑う声と共に姿を消し、茨の棘が手足に深く突き刺さる。
「もう遅いわ……謝れば済むなんて次元じゃないのよ…これからにおいて、あなたを許す者なんて存在しない。惨たらしく死ぬのが、唯一あなたに許されたことよ。そして、その身体を私がもらってあげる……」
「や……いや……やめてぇ……!」
佳夜の抱擁は段々と深く、強くなり、その肉体が黒紫の闇になって御琴の身体を飲み込み始めた。
「あ……あ……ああっ……!!」
飲まれた部分の感覚が失せていくのを感じた彼女の心が恐怖で満たされていき、抑え込んでいた叫び声が漏れ出す。
そして……
「嫌あぁあぁぁっ!!」
ほんの数十秒の事だった。
腕輪の力を発動させてから、メイアが目にしているのは御琴が叫び、のたうち回って苦しむ姿だけ。
この数十秒の間に、御琴は罪の意識による古傷を抉られ、その激痛と恐怖によって泣き叫んでいたのだ。
最初はその姿を、当然の結果とばかりに睨んでいたメイアだったのだが、彼女の脳裏で何かが弾ける。
「(え……?!)」
脳裏に映し出された光景、それは小さい頃の自分。
何か大きな地位にある大人達によって親が、親しい友達が殺され、メイアも大人達やその子供達によって虐待を受けていた。
『やだ!助けてぇっ!助けてよぉっ!』
『やーい、テロリストー!』
『悪い子には、もっともっとお仕置きしないとね~』
『あらあら、不似合いな髪です事。これは切って身嗜(みだしな)みをキチンとしなくては』
殴られる、蹴られるだけでなく、汚水をかけられ、髪を不格好な形に切られるという生き地獄。
自分を保護している義理の親も同じで、家に帰れば暴行を受け、睡眠のみが唯一の安息の場だった。
『恨むんなら、てめえかてめえの親にするんだな。この世界を支える連邦政府、その政府を潰そうなんて馬鹿な事を考えるからこうなるんだよ!』
メイアが耳にするのは自分への罵倒、身体と心に受けるのは屈辱とも取れる苛め。
自分を庇おうとした者達は次々と殺されるか、吹き込まれて裏切るかの何れか。
それらに対する我慢が限界に達した時、彼女は最後の力を振り絞って彼等から逃げ出そうとする。
逃げては捕まり、痛めつけられる、その繰り返しの中で出会ったのが、同じ境遇にありながらも、強大な腕力を持つオウランだった。
彼女のその武勇は、ゴロツキ程度でしかない苛めっ子達をこてんぱんに叩きのめすに十分なもの。
故に、メイアは窮地を救われたのである。
『もう、大丈夫だ。私の元に来い。そして、私や仲間達と共に未来を取り戻そう』
本当の親以来の、温かい気持ち。
メイアはオウランのその気持ちと共に差し伸べられた手を取り、しばらくして羅士の道を歩んだ。
未来、運命を変える為に……
それらの光景が一気に、激流の如く己の目に映し出されては過ぎ去っていったところで、メイアは我に返り、泣いて蹲(うずくま)る御琴を見た。
「(違う……これじゃあ、何にも変わらない……!私を苛めた人達と、父様と母様を殺した奴等と全然変わらない……!こんなの、私は望んでない!)」
憎しみが薄らぎ、怒りから違和感へと変わったメイアの気持ち。
それと共に、御琴の方にも変化が起きていた。
茨に縛られる中、御琴の身体は殆ど佳夜に飲み込まれていた。
顔半分、そこを覆われてしまえば、自分は死ぬ。
その死を受け入れてしまおう、そうすれば楽になれる。
御琴はそう思い始めていた、はずだった。
「……許されなくても……私は……!」
「!?」
飲み込みかけた闇の勢いが止まり、御琴の瞳に消えかけた輝きが一つのまばたきで戻り始めた。
「私は、やっぱり死ねない。死ぬ事そのものが逃げになっているのなら、尚更……!」
先程己の恐怖を示していた鼓動にも変化が生じる。
死への抗いを示す、命の鼓動へと。
「どうして……?!あなたは、どうしてそうやって自分の罪から逃げようとするの!?血塗れになったその手を見て、守られた者達の誰もが恐れるわ」
「そんな事、関係無い!生きて背負う事が罪の意味なら、私は死んじゃいけない!」
「っ!?まさか……あなた、私をも……」
振り払われるかと思われた佳夜の闇は、少しずつ御琴の身体に吸い込まれていくが、彼女の表情は穏やかなものになっていた。
「当然よ。過去の私だもの。捨てたら、それこそ自分と向き合えない……だから、あなたと一緒に生きるって決めたの。それくらい出来なかったら、伽羅さんに失礼だわ」
茨は何時の間にか崩れ落ち、屍も砂になって風と共に吹き流されていく。
拘束から解放され、ゆっくりと御琴が降り立った時には、彼女に吸い込まれていた闇は殆ど無くなっていた。
それと同時に、佳夜の意識も薄れ始めるが、消え行く彼女には恐怖も何も無かった。
「……負けたわ。それが、あなたの答えだというのなら、きっとこの先の戦いでも死ぬ事は無い。本当に馬鹿で、でも強い子ね、御琴……」
動揺し始めたメイアが腕輪を輝かせている中、泣き止んでいた御琴は両腕に力を入れて身を起こし始める。
それと同時に髑髏の腕輪が放電し始め、ヒビだらけになっていった。
「!こっちもダメになってきている?!でも、今なら!」
状況の変化で我に返ったメイアは腕輪が砕けて消滅するのを気に留めず、転身して右腕の刃を御琴の左胸目掛けて突き出す。
「させません!!」
御琴も全身の力が戻った瞬間に転身し、その右拳を振り上げる。
「「!!」」
同時に双方の攻撃が入り、それと同時に響華丸達が駆けつけて来た。
メイアの刃が逸れて御琴の左肩に、甲冑の隙間を縫うように突き刺さっており、その刃を伝って青白い血が流れ落ちている。
一方で御琴の拳は、メイアの鳩尾に深く突き刺さっており、次の瞬間には物凄い勢いで吹き飛ばされて茂みの中へと消えた。
「御琴……?御琴ぉっ!!」
音鬼丸は、左肩に走った痛みと共に叫び、御琴の方へ駆け寄る。
刃が抜けて、転身が解除された彼女の左肩は鋭い刺し傷で赤く染まっていたが、意識はあるらしく、息を切らしながらも兄の方を見て微笑み掛けた。
「お兄様……皆さん……無事で、良かった……」
「御琴……あなたって人は、本当に無茶して……でも、良く頑張ったみたいね」
状況を飲み込んでいた響華丸はゆっくりと近づき、御琴に肩を貸した音鬼丸と共に傷の手当を行う。
「大丈夫か、御琴?まともに毒針を受けたみたいだが……?」
「はい。何とか……つぅっ!」
天地丸も気遣う中、御琴は苦痛で顔を歪めながらも、しっかりとした足取りで答えてみせた。
螢も傷の手当に入っていたが、こちらはじっと傷を見詰めており、その具合を確かめているところだ。
「ん~……此処だと治りが遅くなるよ。すぐに帰ろ~」
「だとさ。つまり命に別状は無いって事か……ったく」
心配かけさせやがって、と言いかけた言葉を飲み込んで、江が周囲を見て安全を確かめると、御琴達は森を出て隠れ里へと戻って行った。
御琴の一撃で吹き飛ばされていたメイアは転身が解けており、汗でじっとり湿った髪を掻きむしりながら呻いていた。
「どうして……!?何でああまでして戦えるの……!?最初から、避けるつもり無しで……じゃあ、私に迷いが……何やってるの、私は……!?」
『おーい、急いで戻らないと、尾行されるぞー』
「分かってるわ、ジャド……くっ、御琴……!」
ジャドの言葉は耳に入っており、御琴が居た方角を睨みつけながら転移するメイア。
その眼差しは、確かな揺らぎを見せていた。