~ONIの里~は(株)パンドラボックス【現(株)シャノン】
(株)バンプレスト【現(株)バンダイナムコゲームス】より発売された
和風RPG「ONI」シリーズのファンサイトです。
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燃え上がる都、その城の天守にて2人の異形が戦いを繰り広げていた。
王を思わせる強靭な肉体と甲冑姿を持つ鬼神と、聖なる戦乙女(いくさおとめ)の如く美しい鎧からしなやかな肢体を覗かせる鬼神。
人々が見守る中、2体の鬼神は互いに一歩も退く気配を見せず、拳と光弾を交錯させ、相手の鎧と肉体を切り裂く。
鎧の破片と共に飛び散る血はまるで青空のような清らかな青白さを見せており、しかし人間達が固唾を呑んで見守っている事から、鬼神が既に彼等も知っている存在である事が見て取れる。
「ウオオォォォッ!!」
「はあぁぁぁっ!!」
気合の雄叫びも交わり、双方の鋭い右拳が突き出された刹那、勝負は決した。
どちらの拳も深々と敵の身体を貫いており、青白い鮮血が背中から翼のように迸る。
「ぐぅ……何故……貴様らは、我々に……背く……?この力を以てすれば、世界は真に平和に出来る……敵を、全て倒す事こそが……我等の、成すべき事なのだぞ……?」
先に呻き、問い掛けるは男の鬼神だった。
だが、少女の鬼神は答えず、ただ真っ直ぐ、輝ける瞳で男の鬼神を睨むのみ。
「……答えよ、小娘……!答えよぉっ!!」
怒鳴る男の声が天守に響くも、少女はまるで彫刻のように微動だにしない。
男の拳が彼女の身体から引き抜かれても、一寸足りとも動く気配は無く、男が先によろめいて仰向けに倒れ、光を放つと共にその肉体が消滅し始めた。
「!父者、父者ーーー!!」
一人の、小さな女の子が男の、父親の最期を見て泣き叫ぶも、横にいた大人達が必死に女の子を抑える。
戦場を知るが為に、死の意味を知っていた彼女だったが、親の死に動じないはずがなかったのだ。
そんな女の子の気持ちも分かるが、といった面持ちで彼女の側にて戦いを見守っていた者達は沈んだ表情になり、その内の一人が前に進み出て頭を垂れつつ跪く。
それは、戦いに決着がつき、自分達が敗北した事を認めるという証であった。
しかし少女の鬼神の側に居た者達は、勝利を手放しで喜ぶ様子は見られなかった。
代表たる若者が敵側の者の手を取って互いに頷き合う中、少女の鬼神はその身を人間の少女に変え、否、人間の姿に戻していたものの、既に死んでいたからだ。
壮絶なる相討ち、しかし王という存在を失った事でその側の者達は戦いの敗北を受け入れたのである。
そして……―――。
「……夢、か……」
薄暗い小部屋で眠っていた黒髪の少女はうっすらと目から流れる涙を拭って身を起こす。
琥珀色の瞳は静かな輝きを放っているが、その奥底には種火ともとれる輝きがあった。
「もうそろそろ、行動を起こさないとね。とはいえ、あたし自身が動くのはずっと後になるけれども……」
見上げて、闇としか思えない天井を見上げる中、少女はそう呟いていた。
種火だった瞳の輝きに妖しさを持たせ、それと共に一つの感情を灯りを点すように勢いを増しながら……
太古の昔、空の遠い遥か彼方、そこには一つの文明があった。
そこに住む者達は優れた力を持ち、ありとあらゆる外敵を打ち払い、星と共に繁栄していき、永遠にその黄金時代は続くかに思えた。
しかし、突如としてその文明は内乱と共に崩壊し、今や過去の遺跡、遺物となる。
文明を生きた者達は全て死に絶えたかに思われた。
生命は文明の滅びに飲まれて、大半は過去の記録としてしか残らない。
あるいは、その記録にすら残されないものも存在する。
だが、我々は知らなければならない。
滅びた文明が遺した存在を。
滅びた文明が望んだものが何であったかを。
そして、我々に何を伝えたかったのかを……
此処に、それまで語られなかった物語が真に動き出す……!
薄暗い闇夜が空を覆っている、荒野とも呼べる場所に、御琴は立ち尽くしていた。
どうしてそこに居るのか、彼女自身全く分からない。
気が付けば立っていた、ただそれだけしかハッキリしていなかった。
足元に転がるのは無数の屍(しかばね)であり、赤黒い血は出てから時間が経っていないのか、まだ屍の傷口から湧き出ているのが見えたりしている。
「あ……いや……」
早く此処から逃げなければ。
背筋に走る悪寒(おかん)、恐怖は立ち止まれば何時でも食らいついてこの身を飲み込んでしまうだろう。
御琴がそう判断し、駆け出すのには時間を全く要さなかった。
とにかくがむしゃらに走り、荒野の果てへ、屍が全く無くなるその果てまでへと走るしかない。
その気持ちだけが、御琴の身体を突き動かしていた。
だが、足が蹴る時の音は肉を踏み締め、血だまりを弾けさせ、骨をへし折るような音ばかりが続き、それは一向に彼女の耳から離れない。
それ以外に耳に入る音は、彼女の苦しそうな息遣いだけだ。
「どうして……」
何があったのか、それすら分からない事による苛立(いらだ)ちが御琴の心にジワリと染み込んで来る。
それに耐えられなくなったか、疲れが溜まりに溜まったのか、何時しか彼女の足は止まり、屍の上に膝が乗せられてしまった。
グキグキ、ミシミシという、気持ち悪い音が自分の真下から嫌でも響いてくる中、御琴は汗を拭おうとしたが……
「!?」
闇で薄暗いのならば不自然ではない。
だが、自分の額を拭う右手がとてつもなく嫌な臭いを発していた。
それはかつて、何度か嗅いだ事のある、今では避けたい臭い。
錆びた鉄を思わせるその臭いが、右手と鼻との距離が近いほど強くなっているのだ。
否、右手どころか、左手も同じくらいの臭いがしていた。
屍から流れ出ているものと同じ、血の臭いが。
それを見てはいけない、目にしてはいけないと心の何処かで警告が発せられる中、彼女は恐る恐る己の両手を見る。
その手は、屍の流れているものとそっくりそのままな、赤黒い血で染まっていた。
『お前が殺した』
『お前も所詮は鬼』
『妖怪の裏切り者』
どこからか、屍の軋(きし)み以外に御琴の耳に入ってきたものは、低い声。
『お前は許されない』
『綺麗(きれい)事で罪を贖(あがな)おうとする、偽善の塊……』
『永遠に呪われよ……』
女か男か分からない、低く濁(にご)った声がそこかしこから聞こえると同時に、屍達の一部の目がギラリと光り、御琴を睨む。
その意味は、御琴には分かっていた。
自分はかつて邪神の手先『佳夜(かや)』として多くの者達をその手に掛けた。
この無数の屍は、殺してきた者達なのだ。
その屍達が少しずつ、肉片も意思を持ったかのように動いて御琴に纏わりつき始める。
「や……こ、来ないでぇ……っ!」
不快感もあったかもしれないが、今彼女を襲っているのは罪悪感。
時間の流れと共に薄れかけていたそれが、少しずつ蘇って来たのだ。
やがて肉片はくっつき合って鎖となり、骨と共に御琴を拘束する。
一部はまるでナメクジのように彼女の身体を這いずっており、その音と感触が恐怖を与える。
そして動けなくなった彼女に、無数の屍が覆い被さるように迫り、開かれた口から犬歯を伸ばして来た。
「嫌ぁぁーーーっ!!!」
闇夜の中、御琴はただ迫る恐怖に耐えかねて、叫ぶだけ……
「……琴!御琴!!」
と、音鬼丸の声が突然耳に入り、御琴の目の前が一瞬光ったかと思うと、自分の視界が改めて開かれるのがハッキリと見え、そしてそこに見慣れたものが目に入ってきた。
「お……お兄……様……」
今度の薄暗さは、目の前に兄が、自分と灯の間に入る形で身を乗り出していた為のものであり、それが彼女の心から少しずつ恐怖を取り払って行く。
「……夢、だった……」
「物凄く悪い夢を見てたのか……凄くうなされてたよ」
今までに無い寝汗、先の絶叫の余りに僅かに滲み出ていた涙。
それらは兄の温かな手で丁寧(ていねい)に拭われていくに伴って、御琴の胸の鼓動も、息も規則正しくなっていく。
外から鳥の囀(さえず)りが響いており、その声の様子から、鳥達もどうやら彼女の事を心配していたように思える。
それが御琴には嬉しく、しかし申し訳無く感じられた。
「……大丈夫です。もう落ち着きました」
「良かったぁ。さ、朝御飯にしようか」
「……はい!」
申し訳無い、だが引き摺っていては余計迷惑を掛ける事になる。
だから御琴は、何時もの顔で、何時もの元気な声で音鬼丸に応え、寝床から出、一日の始まりへと踏み出した。
その次の日から、何時もと異なる、即ち戦いの幕開けとなる事を知る由も無く……
山奥の森、そこで炊煙を幾つか上げている村。
もう日が沈もうとしており、裏山へと続く道から数人の男達が笑いを零しながらも、汗をタップリ掻いて村に戻って来ていた。
「父ちゃん、やったね!」
「おぉ!どうだ?このデカさ!」
「すげぇ!!またごちそうだぁっ!!」
子供達がはしゃぐ中、男達は大柄な猪を仕留めて来ており、女達も老人達と共に薬草や野菜、果実を採取し、籠に入れて出迎えている。
その一方で、響華丸は子供達に武術の稽古(けいこ)をつけていた。
「それっ!」
一人の子供が棒切れを手に攻撃を仕掛け、波状攻撃とばかりにもう一人が小石を投げ、最後の一人が背後から響華丸に殴りかかろうとする。
「遅いわ」
それらを、響華丸は静かに、しかし鋭い一言と共にいなしてしまい、子供達は皆尻餅を突いてしまった。
子供達が持っているものよりも短い木の棒を手にしていた彼女だったが、軽さと小回りの利きもあってか、子供達に付け入る隙を与えない。
そう、やられたのを装って油断を誘っていた子供に対しても……
「えいっ!……て、あれ?」
土を蹴っての目潰し、そして不意討ちを狙っていた子供は軽く足を棒で抑えられてしまい、簡単に響華丸に押し倒されてしまう。
「さて、今日は此処まで、よ」
稽古の終わりでも、子供達は全く響華丸の隙を突く事が出来ず、全ての攻撃を見抜かれて封じられるだけ。
そんな彼等をしっかりと視界に捉えた上で、彼女は微笑みながらも切り込むようにこう締めた。
「敵の隙を突く、それは戦いの中で大切な事だけれど、度が過ぎると時にそれは自分も他人も騙(だま)す、やってはいけない事に繋がってしまうわ。それを忘れない事」
「「はい……!」」
「良し」
子供達の真面目な返事が返り、攻撃を仕掛けて来る気配が無いと見てようやっと視線を緩め、僅(わず)かに残っていた緊張を解く響華丸。
教えもしっかりしなければ、未来に良いものを残せない。
故に過去の悪しき部分を断ち切った彼女が成すべき事の一つとして、この子供達の稽古があるのだ。
そしてもう一つは……
「響華丸お姉ちゃーん!江お兄ちゃんと螢ちゃんからお手紙ー!」
「はい。ありがとうね」
前の戦いで共に戦って来た仲間2人からの便り。
それぞれの道を征(ゆ)く中、こうして文面で連絡を取り合い、時には実際に顔を合わせたりする事もある。
平和を守り続ける仲間としてのこれらの行いは、響華丸の心を満たしていた。
ただ一つだけ、満たされていない部分を除けば……
「(御琴……あなたは、きっと本当は……)」
本人から過去は既に聞いていた。
それだけに、御琴が今の自分と同じく、心の底から幸せで、満足した日々を送れているかどうかが心配だった。
御琴の所へは二度と行けない訳では無いが、個人的な感情の為に彼女の元へ向かう事は自分自身の責任もあって頻繁に行ける訳ではない。
しかし、もし彼女と再び出会えるのならば、彼女が危機に瀕しているのであれば、その時は自分が全力で助けなければならない。
御琴は、響華丸にとっては親友であり、恩人なのだから……
その恩に応える時は、自分だけではいけない事もまた彼女の心に刻まれていた……
油と水が混ざったような、複雑な色彩を放つ空間。
そこにひっそりと浮かんでいる島の上部分は強固な城塞となっており、外からの侵入を許さないものになっている。
中には幾つもの建造物が建っており、まるで一つの町を形成しているように見えた。
その城塞の中庭たる部分の一角に光が一瞬走ると、消えた光の入れ代わりに沢山の子供達が、数体の兵士めいた異形(いぎょう)に連れられて姿を見せた。
突然の事でか、不安と恐怖で子供達は皆戸惑い、中には泣き出しそうな者達も……
「此処、何処……?」
「帰りたいよう……」
「父ちゃん、母ちゃん……」
そんな彼等の言葉は、異形の身構えによって瞬時に止められ、誰も彼も縮こまるばかり。
ただ、一部の異形が爪を子供達に近づけようとすれば、彼等を率いていたらしい14,5歳くらいの少女の小さな手に制され、それに対して不満を見せる事無く引き下がる。
彼女の瞳は緑色に煌(きら)めいており、項(うなじ)辺りで二つに纏めた白金の髪も宝石の如く輝いている。
衣服は進んだ文明のものらしく、可愛らしさと同時に何かしら近寄り難い雰囲気を見せるものだ。
その少女が、中央にそびえ立つ大きな建物の方を見やると、そこへ続く通路から彼女を迎えんとする者達が現れた。
軽装の鎧からある程度整った筋肉を覗かせている17歳程の戦士らしき金髪の少女と、栗色の髪で人懐っこい印象を与える顔立ちをした豪華な衣装姿の少年。
2人は少女の同志らしく出迎えも穏やかで、最初に口を開いたのは、15歳くらいの少年の方だった。
「ご苦労だったね。摩利支天・メイア。リョウダイ様も満足されるよ」
「子供達が大人しかったおかげ。大人達も、大した事が無かったから……」
メイアと呼ばれた少女は無表情のまま答えつつ、兵士に目配せして子供達を別な通路の先にある建物の方へと歩かせる。
彼女が悪いようにしないという確信を先の事で得ていたのか、子供達の中で泣いたり暴れ出すような者は一人もおらず、指示らしき指示に従ってゆっくりと移動していく。
それを見送る3人だが、笑みを浮かべていたのは少年だけで、メイアともう一人の少女は口元に一切の笑みを見せていない。
「……もう少し喜んでも良いんじゃない?メイアも、オウランもさ」
「それは『世界改善計画』が成就してからだ。まだ第一段階にも達していない状態で浮かれるな、ジャド」
オウランという少女はギロリとジャドという少年を睨み、メイアよりも低めの声で、重く返す。
しかしジャドも驚いたり怯えたりする気配を見せない。
それどころか、クスクスと笑いを絶やさなかった。
「分かっているよ。全てはより良い世界作りの為。子供達は、そのための一番の支え。ちゃんとプラン通り、良好で健全な環境で再教育を行うよ」
「……もう一度確認するけど、本当なのね?これが成功すれば、もう二度とあんな事は起きないって……」
相反する感情が見え隠れする2人の間に入る形で、彫刻のような顔を殆ど変えないメイアは目だけをジャドに向ける。
「本当さ。子供は育ち盛りだからどんどん伸びる。才能を高めて、可能性も高める。そして未来への素晴らしい人材に仕上がれば、後は今上に居座っている大人達、とりわけ前時代の亡霊でしかない老人達を合法的に排除するだけ。それらをほんの数年で片付けてしまえば、誰もが僕達を救世主として見てくれる。事が済んだ後は、刃向かうものはゼロ。だから歴史の英雄みたいな悲劇は起こり得ない。完璧だよ」
目を輝かせるジャドの言葉はまるで夢物語であり、しかしそれを語るだけの自信がありありと見られていた。
それに反論するべきでない、むしろ賛同するに十分過ぎる理由があったのだろう。
メイアもオウランも声を大にして反対する事無く、聞くだけだ。
「ただ、もうちょっと子供達が欲しいなぁ。もう数十かな……まあ、一度の転移で運べる人数に限度があるから、今すぐでなくても良いけど」
話題を切り替え、ジャドの目がメイアへと向けられる。
戻ってきた所で悪いけど、追加で動いて欲しい。
それを言葉として一語も聞かなかったのだが、言わずとも元より望むところと、メイアもコクンと頷(うなず)いて踵(きびす)を返す。
「じゃ、次の指定ポイントに座標を合わせて……羅士(らし)兵達が戻ってきたら、すぐにそこへ行くから」
「はは、ありがとね。もちろん君ばかりに動いてもらうつもりはないよ。別な場所には僕が手勢を率いて向かうからさ」
「……うん」
忙しいようで、楽しげなジャドはそそくさに来た道を早足で引き返し、残ったオウランは少し心配そうな表情を浮かべながらメイアに声を掛けた。
「……余り無茶をするな。危ないと感じたら、何時でも私を呼べ。すぐに向かうからな」
「ごめんね、姉様。でも、死んでいった仲間達の為にも、私が頑張らなきゃ……」
「血は繋がっていない。それでも尊敬するのは大いに構わぬが、作戦中は姉と呼ばない方が良いぞ。お互いに気を遣い過ぎてしまうからな」
「分かった……」
此処で初めて、メイアの顔に小さな笑みが浮かび、雪のように白い頬も熱を帯びて赤くなり始める。
オウランの方も厳しそうな視線が幾分か緩み、鼻からの小さな息と共に笑みが溢れた。
程なくして、先にメイア達が来た地点の床の紋様が光り出す。
その上に乗っていたメイアと、後からやって来て彼女を囲むように立った羅士兵達を光に包み込むや否や、何処かへと飛ばしていく。
それを見送ったオウランは溜息を吐くと、静かに来た道を引き返し、中央の建物にある自室へと戻った。
その部屋は戦士に相応しく、壁に武具が掛けられており、床は赤の絨毯で敷き詰められたもの。
壁に面して造られた金属製の机の上には鏡めいたものが何かを映し出しており、そこに光の線で繋がれていた端末を彼女は操作していく。
「……今までに、強大な戦士と呼べる者は確かに居た。だが、それでも私の足元にようやっと及ぶ程度の人間のみ。あの『七福神』が最後に残したデータの奴等は、何処に居る?我ら羅士の源流とされる者……『ONI』、鬼神の力を継ぐ者は……」
羅士、それは”リョウダイ様”を初めとした、人工的に作られた異形の者達。
『七福神』とは、彼等の居た世界でのコードネームであり、優れた科学技術によって力を得た頭脳派集団であった。
その七福神が、当時問題となっていた『世界規模の不妊症による、子供の出生率の急激な低下』を解決するべく過去へ遡(さかのぼ)った事、そして解決失敗に終わった事は全てリョウダイ達も知っている。
そこで、時を超えて戻ってきたデータの欠片たるものから、彼等は知った。
七福神の行いを妨害していた者達、それがONIである事を。
ONIとは、人間でありながら鬼神の如き力を体内に有し、それを発現させる事が出来る者である。
純粋な力だけでなく、その姿も大きく変わり、それはまるで神々が降りたかのように見えた、という説もあれば、化け物という説もある。
世界は何度も破滅の危機に追いやられ、その度にONIが現れて世界を救い、その後風の如く去ったという。
歴史の裏に隠れ忍ぶ者、それ故に隠忍(おに)の一族とも人は呼び、時には恐れ、時には救いを求める…
そうした真実を紐解いてきたリョウダイ達だったが、別な事実が彼等を動かす切っ掛けとなっていた。
既に出生率の低下は、遺伝子治療等の発展によって解決の一途を辿っているものの、新たな問題が起きたのである。
権力者による横暴、減るどころか増え続ける犯罪、不祥事(ふしょうじ)、自殺……
これらの問題を放置すれば、たとえ出生率に関する問題が解決したとしても、世界は急速に滅んでしまう。
そこで、ONIもこれに関係していると見たジャドが出した解決策はこうだった。
子供達を今の親・保護者から隔離(かくり)し、自分達の用意した環境下で再教育、彼等の力を用いて革命を起こすというもの。
自分達の世界だけでは不足である為、過去の時代、そして他の並行世界からも子供を集め、今の社会を牛耳っている者達を確実に排除する。
降り立った世界・時代にONIがいればこれを抹殺するが、あくまで優先するのは子供達を集め、再教育する事。
それがジャドの提案する世界改善のシナリオだったのだ。
タイムスリップの技術は既に構築されていたのだが、並行世界への移動はジャドが発明し、現在の羅士達の城塞にも組み込まれている。
そして、その上で確固たる力を持つべく、世界各地に残っていたONIの因子を組み込んで生み出されたのが羅士。
毒を以て毒を制する、その概念から実行されたこの案もまた、ジャドによるもの。
既に生まれて成長した人間でも、その因子を組み込めばONIと同様に人間を遥かに凌駕(りょうが)する力を発揮し、即戦力になると期待された為、世界を救うという名目に誰もが羅士になる事を志願した。
しかし、通常の人間からの羅士への改造は成功率が極めて低かった為に、完成系になった羅士はリョウダイ、オウラン、ジャド、メイアだけで、残りは拒絶反応によって死んでしまった。
羅士兵は人造人間として生まれる段階から既にONIの因子を持たせた為に、兵士としてしか機能出来ない者達である。
そうして結成された羅士達を率いているのが、羅将王(らしょうおう)というリーダーの地位をついたリョウダイ。
その下にオウラン、ジャド、メイアの3人がおり、それぞれが『神仏の名前』を称号として所持している。
リョウダイは帝釈天、オウランは毘紐天、ジャドは技芸天、そしてメイアが摩利支天。
こうした称号は、七福神の構成員に因(ちな)んだものであり、彼等に対抗するという意味合いもある。
リョウダイを頂点としたこの羅士達は、十分に軍事力が高まった事で現在の目標も一つに絞られていた。
時空を超えての、子供達の再教育およびONIの抹殺。
これで世界を救う事が出来ると、羅士達の誰もが信じて疑わなかった。
オウランもリョウダイに次ぐ者故、軍において強者の象徴になっており、世界を治めるに相応しい武勇を得るべく、修行の一環として別世界の強者を求めている。
メイアは、過去に受けた辛い出来事を二度と起こさない為にとして、今の作戦に積極的。
それだけにオウランはより一層、今後を憂(う)いており、疑問を僅かに抱いていた。
「……ONIが、本当に悪しき存在か……だがそれはこの眼で確かめなければ分からない、という事だな。果たしてこの先、私達が行くのは栄光か、それとも七福神の二の舞か……」
未来は、戦いの先にしか見えない。
この事実こそが、今においてオウランの出せる唯一の答えだった。
「御琴ちゃん!うちの子を見なかったかい!?」
悪夢を見た次の日、御琴は薬草採りから戻って来たのだが、里の方が何やら騒がしく、女性が彼女の姿を見るとすぐに駆け寄って来た。
それを合図とするかのように、他の人達も口々に同じような事を伝える。
子供達が少し離れた場所へ行ったきり、夕暮れになっても戻って来ないというのだ。
しかも、それはこの里だけでなく、他の町でも同じような異変が起きているという。
もしかしたら悪い妖怪に連れ去られてしまったのでは、という声もあちこちで上がり、誰も不安を隠せない。
と、更にそこへ別な証言者が、それも深手を負った男が傷の痛みを押して御琴の元に姿を見せた。
「ぐ……や、奴等……只者じゃ、ねぇ……」
「大丈夫ですか!?奴等、というのは?」
御琴は自分の帰宅を待っていた琴音と共にすぐさま男の傷の手当を行い、話を聞く事にした。
「武者みてぇな、お面を付けたようなヤツが数人、子供達を西の森の方へ連れて行ったんだ。他の町の子供も、な。あいつらは只者じゃねぇ。音鬼丸や御琴のお嬢ちゃんくらいの人じゃなきゃあ勝てないかもしれない……悔しいが、頼むぜ」
音鬼丸と茨鬼童子は折悪くも出掛けており、此処で動けるとしたら御琴だけであり、彼女自身も自分が行かなくてはという決意もあって小さめの拳を握り締めている。
そうした事も含めて全て分かっていた琴音は、娘を引き留める訳には行かなかった。
子供の一大事に、待つという事などは見殺しも同然。
それ故、行動に出ようとした御琴に、気丈さを保ってこう言うだけに留めた。
「……御琴、気を付けて……!」
「はい、お母様!」
母から弓矢を受け取った御琴はすぐさま、男の話していた森の方へと走り、里の大人達も音鬼丸や茨鬼童子、あるいは天地丸にこの事を伝えようとあちこちへ駆け出した。
全てが手遅れにならない内に、何としても子供達を救わなくては、という想いを胸に……
しかし琴音は一つ大きな懸念を抱いていた。
過去に御琴が単身戦ったという事例は極めて少ない。
それも雑多な妖怪相手が殆どであり、後は音鬼丸達の協力を得て戦い抜いているだけ。
が、ただ一度だけ、御琴自身が覚悟を決めた大きな戦いに打ち勝ち、親友を得た事がある。
その事実が脳裏に浮かんだ琴音は唇を噛み締めて娘の去った方角を見据えた。
今は息子の音鬼丸や夫、兄の天地丸、そして娘の『親友』を信じるのみ、そう誓いながら……
響華丸達が時空監査局の葉樹に呼び出されたのは、響華丸が江、螢からの手紙を受け取った翌日だった。
江が退魔行の依頼を受ける仲介所、そこへ葉樹は特別な依頼という表向きの依頼手続きを行う事によって3人を招集したのである。
それは、かつて道鏡達と戦った時と同じくらいの激戦になる可能性が高い事を意味していたので、周囲の人々には『大きな仕事が入った』とだけ伝えて響華丸達は依頼書に書かれた所定の場所に集まった。
「すみませんわね。どうしてもこの時代に合わせたやり方でないと、後処理がややこしくなってしまいますので」
人気の無い、森の開けた場所で待っていた葉樹。
「早速ですが、本題に入りますわ。今回、様々な時代や並行世界への時空間移動が多発していますの。そして、それに伴って3,4歳から10歳くらいまでの子供達が誘拐されるという事件が発生していますわ」
「ふえぇ!?螢も危うくその一人になるところだった~」
条件に当てはまるとして螢も驚かざるを得ない。
幸いこの世界には異変がまだ起きていないものの、それは早ければ今日、いや今この瞬間に起こってもおかしくないのだから無理も無かった。
「この世界・この時代にも何れ手が伸びる事でしょう。しかし、それを行う者達の外見は、響華丸達隠忍と酷似した存在、つまり妖魔あるいはONIである事も当局の調査で明らかになってますわ」
「何時頃から起きて、今どれくらい被害が出てんだ?監査局でも手一杯みてぇだけど?」
江の読み通りとばかりに、葉樹は視線を落として問いに答える。
「……私達の時間にして、数日前……現在総出でその異変の調査および子供達の保護に回っていますけれど、時空の乱れを捉えるのに誤差が生じてしまい、防げたのは時代・世界を総合した数にして3,4個。それ以外は先手を打たれたり、あるいは誘拐を実行した者に局員が倒されてしまいましたわ」
「数多くの並行世界、更にその数々の時代……確かに大規模だわ。元凶を叩かない限り、キリが無い。そこで、私達の出番という訳ね」
葉樹は上層部からの承認を受けてこそ、この世界と監査局とを行き来する事が出来ている。
そこから、状況に応じてこの世界に助力を求め、並行世界間の移動が出来る響華丸もそれを受けて動く事が認められるという取り決めが成されていた。
今まさに、その取り決めに従った行動を起こす時であったのだ。
「達、って事は螢達も入ってるの?」
「ええ。一番の幸いは、現在この世界ではこの事件以外で異変が生じる兆候が見られない事ですし、単独より複数の救援が望ましいですから、お願い致しますわ」
「簡単だな。あたし達からも協力させてもらおうと思ってたんだ。鎧禅のおっさんも手ぇ焼いてるとあったら黙ってられねぇ」
断る理由等、何処にも無かった。
後は、これからどうするかという事である。
「助かりますわ。それで、今回あなた方が向かって頂きたい世界・時代は、番号にして291番。響華丸も行った事のある時間軸の世界、と言えば話がお分かりかと」
「わぁ~……にひゃくって……葉樹さん達、お疲れ様~」
「それ以上あると考えると……こりゃ敵さんも相当な勢力っぽいぜ」
自分達の常識が及びそうにない次元に、江も螢も気が遠のきそうな感じを覚えた。
それに対して響華丸は、自分が行った事のある世界という事で少し考え込むような素振りを見せるので、2人はすぐさま我に返ってそこに乗っかかる。
「一度行った事のある世界って事は、御琴って子の力になれる良い機会だぜ?響華丸。良かったなぁ」
「た、確かに良い機会だけれど、急がなきゃっていう気持ちが一番よ……」
病を患っている訳ではないものの、見る見る内に顔が赤くなり、全身もまるで湯を浴びたように熱くなり始める響華丸だが、それだけで螢には何もかもが見透かされていた。
「あ~、響華丸の顔が真っ赤っか~。心の中も、ポカポカを通り越してアツアツだよ~。御琴さんって、女の人だよね?あれれ~?女の人同士の、恋?」
悪意の一欠片も見せない螢が何気無く放ったその言葉に、危うく響華丸は身体から流れる汗が沸騰しそうになる。
しかしそこは元々冷静を基本としている彼女なだけに、顔の赤さは戻せないまでもそれ以外を落ち着かせた。
これで、自分が御琴の事を『親友』以上の存在として見ている事実がハッキリと暴露(ばくろ)されてしまったが、悔いてもしょうがない、とも己の胸に言い聞かせながら……
「……螢、あなたまだそういう事に気づくにはもっと時間が……」
「”そういう事”ってどういう事?それより、助けに行こ~」
「……全く、こういう時に限ってそう次へ進めるんだから」
響華丸は恥ずかしさを顔に出したままであり、彼女と螢のやり取りに呆然としていた江と葉樹も気を取り直して螢の言葉に従った。
「ま、まあ螢の言う通り、今は一刻を争う事態ですので。では、武運を祈ってますわ!」
「お、おう。じゃ、響華丸、頼むぜ」
「……ええ。かなりの速さで翔ぶから、離れないでね」
葉樹がすぐさまそこから立ち去った所で、ようやっと顔の火照りも無くなった響華丸は転身し、それぞれ小さな蛇とネズミに変化した江と螢を連れて空を飛ぶ。
その姿が南都の人々から米粒のようなものとして見えるようになった所で、3人は光と共に、見えざる扉を潜った。
並行世界へと続く、時空の扉を……
隠れ里と、忘却の町の間に位置している山奥の森。
子供達はその森の奥深くにある広場で、羅士兵達に取り囲まれて怯えていた。
鼻の穴も口も見えず、瞳の無い目がギラリと輝いた仮面を付けたような羅士兵達。
服の代わりに白い甲殻めいた装甲が黒く染まった身体を覆っており、両手の指は爪そのものになっている。
彼等は静かながらも異様な呼吸音を立てており、それがより一層子供達の恐怖を煽っていた。
下手な真似をすれば命は無い、そうした威圧感が支配しているのだ。
「メイア様、定員近くの人数まで子供達が集まりました。しかしこの時間軸にも奴等は居ないようです」
「転移の準備を。でも、尾行されないように周囲を良く確認してから……」
「ハッ」
まるで濁ったような声を出す羅士兵はメイアの命令に忠実に従い、森の茂みなどを隈なく探す。
実際に肉眼で確認する事によって真に安全を確保しようというのだ。
「……!?メイアさ……」
と、風を斬るような音に真っ先に反応した羅士兵の一人が肩を何かで撃ち抜かれて吹き飛ばされる。
それから数秒としない内に別の羅士兵らも次々と同じように吹き飛ばされ、ただ一人メイアだけが空気を切り裂く突風をかわしてそちらを睨んだ。
「……やっぱり、気づかれた……っ!」
一つの世界に別な次元が内包されていたりする場合、転移等に障害が生じたりする為、そういった世界は出来る限り避けたい。
なるべく多くの子供達を確保するにしても、現地での長時間行動は敵に気付かれやすく、逃げ足を掴まれてしまう可能性が高くなる。
その危険性は分かってはいたものの、メイアは小さく舌打ちして突風の元を凝視した。
放ったのは御琴であり、突風の正体は彼女が射た矢である。
羅士兵の存在を先に捉えた御琴が、先手を取って射撃を行なっていたのだ。
今まで仲間と共に世を脅かす数々の妖怪を打ち倒してきたその弓術は更に磨きが掛かっている。
「お、お姉ちゃん!」
「御琴姉ちゃん、来てくれたんだね!」
「早く逃げて!此処は私が食い止めるから!」
子供達は御琴の登場に歓喜するものの、警戒心を解かない彼女の言葉に従ってすぐさま森の獣道を駆けて逃げ出す。
幸い、此処は子供達からすれば庭に近しい場所だっただけに、地の利を得ていた彼等はメイアが御琴と睨み合っている内に完全に遠くへと逃げ果せた。
だがそれでも御琴の表情は険しく、弓の構えも解かれる様子が無い。
「子供達を攫ったのはあなたですね?一体何者です?」
「……世界を正す。そのために、子供達が沢山必要なの……」
「世界を、正す?」
「邪魔するのなら、容赦はしない……!」
メイアは作戦を邪魔されて少し苛立ったのか、目を僅かに釣り上げて武器を構える。
手にしているのは無数の手裏剣であり、軽く跳躍すると同時にそれらを雨霰の如く御琴目掛けて投げつける。
「くっ……!」
手裏剣には時折毒が塗られているものがある、と伯父から教えられていた御琴はその軌道から外れるべく駆け、隙を見て矢を放つ。
メイアも木の幹を蹴って跳びながら矢を避け、御琴との間合いを詰めつつ、先程不意打ちを食らった羅士兵達にも目で合図を送る。
羅士兵は全員が戦闘可能らしく、御琴の矢を抜き取ると一斉に彼女に向けて走り出した。
「こうなったら……!」
まずは兵士達から倒すしかないと、御琴も狙いをメイアから羅士兵へと変え、矢の連射を行う。
その速さには付いて来れなかったか、羅士兵達は次々と矢を受け、呻き声を上げながら前のめりに、あるいは仰向けに倒れて息絶え、砂となって消滅する。
その事実により、御琴は自分が仕留めた者達が人間とも妖怪とも異なる異質な存在であると即座に理解しつつ、残ったメイアの出方を見る。
「羅士兵達を倒せるその腕前……でも、負けない……!」
兵士を全滅させられた事で更に眉を顰めるメイアは更に高く飛翔し、手裏剣を投げるだけでなく、手甲に仕込まれていた細長い刃で斬り掛かった。
「(!何て速いの!?この子、ただの人間じゃないわ!)」
間合いを詰められた御琴はそこから防戦一方に持ち込まれる。
鋭い突き、弧を無数に描く斬撃、そして合間を縫うように投げられる手裏剣。
これらを彼女は、身を捩って避けるのが精一杯になり、しまいには一本の大きな木を背に追い詰められてしまった。
「……接近戦なら、私の方が上みたいね……」
「(このままだと、やられる……!)」
冷静さを取り戻したメイアとは対照的に、御琴は少し息が上がり始める。
だから覚悟を決めた。
人間が相手かもしれないが、死ぬわけにはいかない、とも。
「……転身!」
息が落ち着いたのを機として、御琴は己の力を、鬼神の力を解き放つ。
それによって走った閃光に、メイアも思わず目が眩んだ。
「!?あなたが……!」
視界を遮られる中、メイアはハッキリと確信した。
目の前にいるこの少女こそが、自分の狙っているONIであると。
吉翔媛子への転身を終えた御琴はゆっくりと目を開け、赤い瞳でメイアを見据える。
「……本当はこの姿を取りたくなかったのですが、全力で終わらせます!」
転身した御琴の凛とした声は森に響き渡るが、それでメイアは気圧されるどころか、静かな怒りを見せていた。
「……それはこっちのセリフ。この世界にONIが、鬼神の血族という者がいるというのなら、私も全力であなたを……全てを殺す!」
「え?!」
メイアも自然体になったかと思うと、足元からつむじ風が巻き起こり、彼女の身体も光り輝き出す。
「!ま、まさか……あなたも私達と同じ鬼神の血を……?」
「あなた達のようなのと一緒にしないで……!私達は、羅士……罪深きあなた達鬼神を断罪するべく生まれた、ONI喰らう者!」
戸惑う御琴に、姿を変えながら刃の如き冷たさと鋭さを込めて言い放つメイア。
一糸も纏わぬ身となったそのか細い肢体は桃色に染まり、顔は吉翔媛子と同じ口が無い、色違いで黄土色の仮面に覆われたようになった。
頬の部分には爪を模した形の黒い紋様が描かれ、目元にも上に刀型の紋様が入る。
白金の髪は漆黒に染まりながら長さを増し、髪を纏めている部分から先が青い鞘のようなものに納められる。
鞘めいたそれは端の方へ行くと幅広になり、根本から三分の一辺りで折れ曲がっている事から、虫の触角を示しているようだ。
身体には、ピッタリと肌に合わせるかの如く形成された緑色の衣と黄色の甲殻が次々と彼女の身体に装着されていく。
特に右腕の甲殻は甲虫の殻が上下に合わさったかのようなものになっており、その穴からは手だけでなく、太く鋭い針が伸びる。
そして頭部には銀の冠が付けられ、背中からは一対の透き通った虫の翅が大きく伸びた。
その翅による一羽ばたきで光が風となって吹き飛ばされると、メイアの転身が完了し、彼女はゆっくりと草むらの上に立つ。
開かれた目は転身前と同じ緑色ながらも、そこには燃え盛る怒りの炎を思わせる瞳の輝きがあった。