隠忍伝説(サイドストーリー)
誓い
温羅さん 作
「夏芽ぇ!!死ぬな、死んじゃ駄目だぁ!!」
「だー!!もう、うっせぇな!!ちっと黙ってろよ!!」
泣き叫ぶ冬夜に大和丸が怒鳴る。
「なんだと、貴様ぁ!!夏芽の一大事に黙ってろだとぉ!!」
冬夜は有無を言わさず、大和丸に殴りかかる。
必死でかわしながら大和丸が再び怒鳴る。
「てめぇ、兄バカもいい加減にしろよ!!
大体、ちょっと熱が出たくらいで死ぬ訳ねぇだろうが!!」
「なんだとぉ!!」
「静かにしないか、二人共!!」
十郎太が声を荒げる。
「まったく……病人の前で騒いでは駄目だろう。」
「んなこと言ったって、冬夜の奴が……」
「う……ん…………」
言い合う三人の声で、夏芽が眼を覚ました。
「な、夏芽ぇ!!」
身を起こした夏芽に冬夜が抱きつく。
「もう大丈夫だ!!兄さんがきっと……きっとお前を守ってやるぞ!!」
「に、兄さん……苦しい……」
「トチ狂ってんじゃねぇよ!!」
バキッ!!
柄の根元で冬夜の後頭部を殴りつける。
不意打ちをくらった冬夜は白目をむいたまま倒れこんだ。
「ったく、この兄バカは…………」
冬夜を別の部屋に運び出すと、大和丸はそのまま宿を出た。
十和利山の霊穴、そしてその後押し寄せて来た妖怪達の封印。
極度の霊力の消耗で霊具”御影石”は砕け、夏芽もまた倒れてしまったのだ。
夏芽の回復を余儀なくされた一行はとりあえず、ふもとの戸来村で休息を取ることにした。
だが、五日経った今でも夏芽の熱は下がる気配が無い。
イヒカの声によれば、次に狙われる霊穴は四国の剣山だという。
一刻も早く旅立たねば、取り返しのつかない事になるかも知れない。
しかし、こんな状態の夏芽も放っておけない……
そんな状況で苛立つ気持ちを抑えきれず、つい冬夜にあたってしまったのだ。
正直、大和丸は後悔していた。
「…………やっぱ心配すんのは当然だよな……たった一人残った、家族なんだもんな…………」
溜息を溢し、その場に立ち止まると古びた刀を取り出す。
十和利山で手に入れた天下五剣の内の一振り、”童子斬り”だ。
”童子斬り”を抜くと、陽の光を反射して優しく輝く。
遠い昔、この国の未来を案じ自らの記憶の一部を刀に宿した”鬼追う者”。
その優しさを現わすかのように…………
大和丸は近くの草原に座り込むと、静かに目を閉じた。
すると、彼の脳裏に”童子斬り”の記憶が鮮烈に甦る。
かつて、頼遠と呼ばれた男の記憶が…………
「おおぉぉぉぉっ!!」
荒牙武漢が吼える。
押し寄せる妖怪をものともせずに薙ぎ倒し、親玉の元へ一気に駆け抜ける。
「きしゃぁぁぁぁっ!!」
親玉妖怪は巨大な手を振り下ろし、荒牙武漢を押し潰そうとする。
だが、荒牙武漢は更に加速し、その手をすり抜ける。
「破ぁぁぁぁっ!!」
荒牙武漢の両拳が青白い光に包まれる。
バキャァッ!!
派手な炸裂音と共に妖怪は吹っ飛び、その身体が塵へと還っていく。
「……ふぅっ。」
戦いが終わり、荒牙武漢が転身を解く。
人の姿に戻った頼遠は、汗をかくどころか呼吸の乱れすらない。
(やっぱりこいつ、滅茶苦茶強ぇ…………)
大和丸は感嘆の溜息を漏らす。
彼は今、”童子斬り”に宿る記憶と共鳴することで、頼遠が生きた時代を体験していた。
”鬼追う者”として、邪悪な妖怪と戦い続ける源頼遠。
文武に長け、人望が厚く、尽きることなく人を愛する”仁”の心を持つ鬼神。
強さと優しさを併せ持つ頼遠に、大和丸はおぼろげにしか思い出せない父親の面影を重ねていた…………
「……俺には無い、強さだよな…………」
眼を開け、空を見上げる。
流れ行く雲を見ながらその場に寝そべると、また一つ溜息を漏らした。
「…………俺は…………俺は全然、分かってなかったんだなぁ…………」
ただ強くなりたいと思っていた自分…………
けれど、強くなるということを全く分かっていなかった。
そんな自分が、恥ずかしかった…………
「……あいつの方が、ずっと強ぇよなぁ……」
見上げている大空に、夏芽の笑顔が映し出される。
訳も分からぬまま、目の前で家族を失った少女。
法術の使えぬ自分を蔑む少女。
それでも、今の自分に出来る精一杯の事をやろうと懸命な少女……
その健気な笑顔が、自分をどれだけ救ってくれただろう……
「……………………」
大和丸は、意を決したように起きあがると”童子斬り”を握り締めた。
「……なぁ、童子斬り…………これは俺の誓いだ…………俺は、あいつを……夏芽を守る。あいつを苦しめる全てのものから…………守り抜いてみせる。あいつの笑顔が、好きだから…………だから、俺に力を貸してくれ。」
リィィィィン…………
”童子斬り”が澄んだ音色を奏で始めた。
大和丸の誓いに、応えるように…………
「さてと……そろそろ戻るか。」
本当の強さとはなんなのか、今はまだ分からない…………
けど、今は大切なものを守る為に戦おうと思う。
この国の為でもなく、正義の為でもなく、ただ一人の少女の為に……
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作者 さん
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