隠忍伝説(サイドストーリー)
大切な人に送る祈り 第一部 ~忘れたくない人~
ヒツジさん 作
琥金丸達が「さなと・くまら」を倒した後、御琴は自らの意思で音鬼丸達の居る世界から300年後の日本に残る事を決めた、伯父である天地丸は御琴の必死の説得に根負けし、何もこの世界に影響を与えないと言う条件を約束させて、一人300年前の世界に戻った。
旅から帰った琥金丸は、常盤丸と旅に出た静那の留守の間、剣術道場の師範代理となった。琥金丸はそこで寝泊りするようになり、御琴は琥金丸の実家に居候することになった。
琥金丸は、御琴と長い間一緒に居ることにより、御琴が自分の事を惚れている事に気付く。
やがて自らも御琴に惹かれていく。
そして一年の月日が流れ、伽羅の命日がやって来た。
二人は、伽羅が眠っている丘に、墓参りに出掛ける。伽羅の墓は村の近くの琥金丸と伽羅の思い出の丘の上にある。
琥金丸と御琴は伽羅の墓の前に立ち、祈りを捧げる。
(伽羅、今の俺なら、前に伽羅が言った事が分かる気がするよ、あの時気付けなくて、本当にすまなかった…)
御琴も、伽羅の事を祈る。
(伽羅さんが居なければ、私はこの世界に残れることが出来ませんでした…)
伽羅の事を思うと、御琴は伽羅の最期を思い出す。
~約一年前~
「伽羅!伽羅!死ぬな!死ぬんじゃねぇよ!」
頭巾山にある妖怪たちの本拠地「浮遊城」から琥金丸達は未来から来た天地丸に助け出され、瀕死の伽羅を連れて脱出した。
御琴とリカルドが全ての精神力を注ぎ込んで伽羅の傷を癒そうとしたが治せなかった。
琥金丸と伽羅が最期の会話をしている、伽羅が息を引き取る寸前
「あ…、そこの…あ、な…、た…?」
「伽羅さん! 無理をなさらないで!」
琥金丸にだき抱えられている伽羅が最後の力を振り絞り身を起こした。身を起こした伽羅は、自分の髪に結んでいる二つの髪紐を解き、震える手で御琴へ渡そうとする。
「わた…し…は……、もう、だ…めみ…たい…。……だ…から…」
「そんな事、言わないでください!」
御琴が必死に懇願しても伽羅は喋ることを止めはしなかった。
「こ…がね…ま…るを、…おね…が…い…ね?」
伽羅は息も絶え絶えだったが、死ぬ直前とは思えない穏やかな喋りだった、眼には強い光があり、真っ直ぐに御琴の目を見つめる。
御琴は、伽羅の震える手に自分の手を伸ばす、
「はい…」
生きている御琴がか細い声で髪紐受け取った。
御琴に自分の髪紐を渡すと、再び琥金丸に寄りかかり、琥金丸に自らの想いを告げ、息を引き取った。
(私がここに居るのは、あなたのおかげです)
伽羅から譲り受けた髪紐は、いつも大事に懐の中にしまってある。琥金丸に会わない時、稀に髪に付けるのだが、今日は琥金丸の事を考えて付けるのを止めた。
(もしかしたら伽羅さんは、私が、琥金丸さんを好きだったことを、気づいていたのですね…)
二人はしばらく祈りを捧げた後、墓を後にして、帰り道に着いた。
村へ帰る途中、思わず御琴は聞いてしまった。
「琥金丸さん?」
「ん?」
「伽羅さんに、何を祈っていましたか?」
それまではいつものように明るい表情をしていた琥金丸が急に悲しそうな顔をした。その顔を見た御琴は聞いてはいけない事をを聞いたと思ってしまい、それ以上質問するわけにもいかず黙り込んでしまった。
(どうしよう、なんてことを聞いてしまったのかしら、伽羅さんを亡くしてあんなに悲しんでいた琥金丸さんにこんなことを聞くなんて・・・・・)
琥金丸は少しだけ考えたようだ。
「御琴」
「は、はい!」
「ちょっと歩き疲れたからそこの川原で一休みしないか?」
「え?、わ、分かりました…」
旅をしていた時、妖怪と戦いながら一日中歩いても平気だった琥金丸が村からあまり遠く離れていない丘に歩いただけで“疲れた”と言うのはおかしいと御琴は思った。
琥金丸が休もうと言った川原は田んぼの側を流れるどこにでもある平凡な川原だ。二人は靴を脱ぎ、足を川の水に浸した、秋をだいぶ過ぎたのだが昼は少し暑く、火照った足が川の冷たい水に冷やされてとても気持ちいい。
御琴は琥金丸から少し距離を置いて座った、二人の間に少し気まずい沈黙が流れる。
しかし沈黙はあまり長く続かなかった。
「御琴?」
「え、は、はい!?」
うつむいて川を見ていた御琴は突然呼ばれて驚いた。
「さっきの質問だけど…」
「いいえ琥金丸さん、無理して答えなくていいんですよ」
「まぁ気にするなよ、聞いてくれるよな?」
琥金丸は笑って言ったが御琴にはその笑い方が作り笑顔に見えてしまった。
「俺は祈っているとき、こう思った、俺は、伽羅のことをこれからもずっと忘れない、子供の時に一緒に遊んだ思い出、泣いたり笑ったり怒られたりしたときの思い出、母さんを…」
「思い出って、どんな思い出ですか?」
これ以上はなすと伽羅が死ぬ時の事を琥金丸は言い出してしまう、それはいけないと思った御琴はとっさの判断で琥金丸の話を遮る。
「思い出か…。色々あるけど、一番の思い出はやっぱり俺の十五歳の誕生日の時だなぁ」
「どんな事があったのですか?」
「稽古が終わって大好物のお汁粉が食いたくて急いで村に帰ろうとして、途中で伽羅を見つけたんだ。あの時は本当にびっくりしたな、滅多に泣かない伽羅が泣いてたんだからな、話を聞こうとしたら“さようなら”って言って逃げられたんだ」
「その後、どうしたんです?」
「家に戻っても伽羅が居なくて、母さんに“女の子が泣いている時は、男の子が助けるのよ?”って言われてハッとして、急いで伽羅を追いかけたんだ、伽羅が行きそうな所は直に見当がついた、あの丘で伽羅を見つけたんだけど、伽羅は自分で死のうとしてたな…」
「そんな!」
「何とか間に合って色々話をして、俺は俺なりに励ました、そしたら伽羅はいつもの伽羅に戻って、一緒に笑ったり、はしゃいだりして、アレは本当によかったなぁ…。それで伽羅が俺に…」
急に琥金丸の顔や耳が紅くなる
「琥金丸さん?」
「い、いや、何でもない。それで俺はその一年後に伽羅と…」
そこまで言った琥金丸は急に辛そうになる。
(ああ…、私ったらなんて事を…)
深く考えずに琥金丸と伽羅の思い出を聞いた事をとてつもなく後悔した
(無神経ね…。私って最低…)
しばらく二人は押し黙る、しかし均衡はすぐに潰れた
「御琴?」
「御免なさい琥金丸さん!」
琥金丸は御琴に話しかけようとしたが、その言葉を遮り、御琴はいきなり琥金丸の方を向いて謝り出した。
「え?」
琥金丸は突然の御琴の謝罪にきょとんとしている
「私ったら酷い事を聞いてしまって…」
「そんな事気にするなよ、さっきの質問だけど…」
「いいえ琥金丸さん、無理して答えなくていいんですよ?」
「けど、やっぱりこの機会に言っておこうと思ってな」
琥金丸は笑って言ったが御琴にはその笑い方が作り笑顔に見えてしまった。
「伽羅が死んだことは確かに辛い、出来る事なら伽羅が死んだ事を忘れたいさ。でも、その伽羅が死んだって事実を忘れたら、伽羅の事を全部忘れるかもしれない、良い思い出も悪い思い出も、全部忘れるのが、怖いんだ。伽羅を絶対に忘れないって思う事がが、あいつにできる事なんじゃないかって思ってるんだ。」
「…」
相槌も慰めの言葉も何も出ない。琥金丸は複雑な気持ちを抱えている、改めて御琴はそう思った。
「もしかしたらあの時伽羅さんは、私が琥金丸さんを好きだと気づいていた、そう思えてならないのです」
「あいつは、昔っから鋭かったからなぁ」
少し考え込み、御琴は深刻そうに話を切り出す。
「私で、良いのでしょうか…」
「何が?」
「私が、伽羅さんの代わりで…」
「何言ってるんだよ」
琥金丸はぶっきらぼうに吐き捨てる
「もし琥金丸さんが殺されそうになった時、私は伽羅さんの様に身代わりになれるかどうか、自信がありません…。自分の命を犠牲にしてまで琥金丸さんを助けようとした伽羅さんの想いと私の想いでは、“比べ物にならないのでは”と思ってしまうのです…」
伽羅が亡くなってからしばらくして事を考え始めたことだ。
「考え過ぎじゃねぇのか? 伽羅は御琴に自分の代理になれって言ったわけじゃないと思うぜ?」
「しかし私は、琥金丸さんに何をすればいいのか…」
伽羅が琥金丸にした以上の事を自分では出来ないのではないか、そう思うと御琴はごく稀に“琥金丸の側に居ても良いのだろうか…”と考えてしまう。
「なぁ御琴、なんで俺に何かをしようとするんだ?」
「…私が、あの時、伽羅さんが瀕死の怪我を負った時、私にもっと力があれば、伽羅さんを死なせずに済んだかもしれない、けど私は伽羅さんを救えなかった。伽羅さんを救えなかった分、私は…」
「伽羅が死んだのは俺が未熟で、あいつを信じてやれなかったからだ。御琴のせいじゃない、気にするな」
「でも…」
「俺に何かをすればいいかって聞いたよな?」
「ええ…」
「御琴は、好きなことをすればいい、御琴が側に居てくれるだけで俺は十分だぜ?」
「本当に、それだけで良いのですか?」
「御琴は、御琴のままで居て欲しいんだよ。俺は、もう誰も疑いたくない、大事な人を失いたくないんだ」
御琴の顔を見つめ、ゆっくり、そして必死に自らの考えを語る琥金丸の眼が、潤み始める。
「ちくしょう… なんで涙なんか…出て来るんだよ、くそぉ!」
顔を真っ赤にして泣くのを我慢し、唇を噛み締め、手で眼をごしごし拭う琥金丸を見て、御琴はいてもたってもいられず、琥金丸に近づく。
「す、すみません琥金丸さん、私ったら…」
「御琴…、すぐ謝るのと…考えすぎるのは、…お前の…癖…、だぜ?」
まだ泣くのを我慢しているらしく、琥金丸は震えた声で御琴に語り掛ける。
「ご、御免なさい!」
「ほら、また謝ってる。それに…、言いたい事を言わないって結構苦しいんだぜ?」
御琴は琥金丸の言葉を聞いた瞬間、不思議な感覚に襲われた。
(これは… あの時と同じ…?)
何の感覚だったの思い出せない。
しかし御琴は何を言えばいいのかが無意識に分かる。
「分かりました琥金丸さん。早速ですが、私の考えてる事を言って良いでしょうか?」
「何…?」
二人は再び顔を合わせる。
「誰かの為に涙を流すのは弱い人がやることではありません、強い人の証拠です。それに…」
少し間を置く
「その涙は、必ず伽羅さんの為になります」
「伽羅の…」
「それに、今ここには私しか居ません、恥ずかしがらず泣いてもいいんですよ?」
御琴は琥金丸の近くに寄り添い、自分の細い首を琥金丸の肩に頭を乗せて眼を閉じる。
「御琴…?」
「私が、側に居ますから…」
母親が子供に話しかけるように優しく話しかける。琥金丸は正面をしばらく見た後、頭を下げる。
「…ああ」
琥金丸の頬には一滴の暖かな雫が流れ落ちた。膝を抱え、肩を震わせる。微かに呻き声が聞こえる。
琥金丸の涙につられて、御琴も涙を流し始める。
御琴は、再び不思議な感覚に襲われた。
(この感覚、どこかで感じたことがある気がします…)
眼を閉じて思い出そうとする。
暗闇の中、誰かに抱きしめられて泣いている自分の姿が見える、自分を抱きしめている人が何かを言っている。
よく思い出せない。
琥金丸と御琴はしばらく、涙を流していた。
「ありがとうな、御琴」
泣き止んだ琥金丸が話し掛ける、泣いている時間が長かったのか短かったのかよく分からなかった。
「何か久しぶりに泣いたらすっきりしたぜ、それに御琴も一緒に泣いてくれて本当に嬉しいよ」
「ありがとうございます」
御琴の笑顔はどこか上滑りの様な笑顔だった。
琥金丸はそんな笑顔の意味を知ってか知らずか急に話題を変えた。
「御琴は、絶対に忘れたくない人っているのか?」
「え…?」
“絶対に忘れたくない人”と言われると、琥金丸を真っ先に思い浮かぶ、しかしもう一人、上手く思い出せないが、一緒に居ると穏やかで、心が満たされる、そんな人だった。
「そんな、急には難しいです…」
御琴はとっさに嘘をついた、少し後ろめたい、それにしてもなぜこのような事を琥金丸が言い出したのか御琴にはよく分からなかった。。
「そっか。まぁのんびり思い出すのもいいんじゃないか?」
「…?」
「御琴も、御琴の忘れたくない人の事を思ったらいい、忘れないって事が、そいつにとっていいんじゃないかって俺は思うんだ」
そう言われて御琴ははっと思い出す、琥金丸の隣に浮かんだ顔は双子の兄の音鬼丸だ。
(…そういえば私、この頃お兄様の事を思い出せていなかった。琥金丸さんと一緒にいて、色んな事が起こって、笑ったり心配したり不安になって、あんなに一緒だったのに、私ったら…)
自分を二度も救ってくれた、自分を大切に扱ってくれた、その事実も、音鬼丸の思いやりも、琥金丸と一緒にいる事により、忘れてしまったのかもしれない。しかし、自分は琥金丸を愛している、音鬼丸の事を思ったら琥金丸に対して失礼ではないのか、御琴はそう考えてしまう。
「私が、その人に対して出来ることは何でしょうか…?」
せめて、何かをやらなければ、音鬼丸に本当に失礼だ、しかし何をやれば良いのか御琴には思いつかなかった。
「御琴って、やっぱり優しいんだな?」
「はい?」
「いつも自分より他の人に何が出来るかを真っ先に考える、それってやっぱ優しいって証拠だよ」
「そ、そうでしょうか、癖みたいな物ですけど…」
どこか自分の欠点を指摘されたような気がする。
「では、私は琥金丸さん以外の人のことを考えてもいいのでしょうか…?」
「ああ、もちろんだぜ、御琴を大切に思ってる人が御琴に忘れられたりしたら、凄く辛いだろうからな?」
琥金丸はあえて誰とは言わなかった、御琴は音鬼丸に抱き締められながら言われた事を思い出した。
(“無理をしないで、言いたい事を言って、少しだけわがままを言って、甘えても良い” そうですよね?お兄様。私は、大切なことを、忘れていたのですね…?)
「さてと、そろそろ帰ろうか?」
「はい!」
どうやら琥金丸は元の元気を取り戻したようだ、御琴は元気を取り戻した琥金丸を見て自分も元気を貰った気分になった。
(私も、誰かを思ってもいいのですね…? 琥金丸さん?)
御琴は空を見上げる、いつもと変わらない蒼い空がそこにはある。
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