隠忍伝説(サイドストーリー)
兄妹の絆 前編
ヒツジさん 作
音鬼丸が起きたのは日が昇ってから二、三刻経ってからだった。(*刻=昔の時間の単位で一刻につき約三十分)
「う~ん、ふぁあ~あ、まだ眠いなぁ…。 けど、そろそろ起きなきゃ」
音鬼丸は欠伸をしながらよたよたと部屋を出た。
「母上、おはようございます」
まだ眠たそうな声で音鬼丸は挨拶をした。
「まぁ音鬼丸、そんな寝ぼけた顔して、髪の毛もひどいじゃない、先に顔を洗ってきなさい、朝餉はそれからよ」
食卓には既に朝餉が並べられていた、琴音と茨鬼童子はすでに座っている。
「ところで御琴はまだ起きてないんですか?」
いつもなら一番最後に食卓に着くのは意外と朝に弱い音鬼丸で、御琴はよく早く起きて朝餉作りを手伝っていたものだった。
「そうなのよ、悪いけど起こしてきてくれないかしら」
「わかりました」
音鬼丸が今から出ようとしたとき。
「お、おはようございます…」
「御琴!?」
音鬼丸が驚いたのも無理は無い、いつもの服装で出てきた御琴の目にはうっすらと黒い隈が出来ていた。
「御琴、どうかしたの?」
「なんですか?お兄様。 私の顔に何かついますか?」
「いや…その…」
いつもと変わらぬ優しく穏やかな口調と顔色の差に困惑して、音鬼丸はそれ以上切り出せない。
「あまり気になさらないでくださいね?」
「でも…」
「私は大丈夫ですよ?」
「う、うん…」
(そう言われても、心配だな…)
「お母様、この間話したことなんですけど」
朝餉を食べ終えた後、御琴は話を切り出した。
「ええ、何日か人間界に行きたいって話しだったわよね」
「はい、突然ですが、今日行こうと思っているのですが、いいでしょうか?」
「また急な話ね」
「いけませんでしょうか?」
「私は構わないけど…」
「だめだよ御琴、今日はやめて今度にしよう?」
音鬼丸が心配そうに御琴に提案する。
「お兄様?」
「御琴、最近よく眠れてないだろ?」
「いいえ、そんなことはありません。」
「ならその目の下の隈はなんだい? 疲れてるって証拠じゃないのか?」
「お気遣いありがとうございます。 しかし、私は今日行きたいのです。」
御琴は何がなんでも今日行きたいと言っている。
「ねぇあなた、どう思う?」
じっと話に聞き入っていた茨鬼童子は静かに口を開いた
「……御琴は言い出したらなかなか止まらないからな。」
「そうよねぇ」
「母上!」
「行ってもいいぞ」
「ありがとうございます、お父様」
「ただし二つ条件がある」
「何でしょう?」
御琴は意外な返答に困ったような表情をした
「一つは絶対に無理をしないこと、もう一つは音鬼丸を連れて行くことだ。」
「父上…」
「約束、できるな?」
「ええ、もちろんです!」
御琴はそれを聞いてとても嬉しそうな顔をする。
(御琴……)
音鬼丸は御琴が無理をしているように見えた。
「そうと決まったらお兄様?早速支度をしましょう!」
「うん…」
普段なら喜ぶ音鬼丸だったがなぜか御琴の顔を見て不安になる。
(御琴、心配だな、僕がしっかり見てあげなくちゃ!)
音鬼丸は兄としての決意を固めた。
音鬼丸と御琴は岩国村の西を歩いていた、御琴の希望で特殊な道具は使わず、徒歩での旅だった
「御琴はどこ行きたいんだい?」
「少し、お墓参りに」
「え?」
「前の戦いで死んだ人たちのお墓参りに行きたいんです」
「…そうか、けど今日はもうどこかの街で宿を取ろう」
「何故です?」
「旅は危険だ、それに御琴は休んだほうがいい、さっき歩きながら眠ってて転ぶところだっただろ? 休んだほうが良いよ」
「しかし…」
旅は前ほど危険ではなくなったのだが、御琴が心配な音鬼丸は大袈裟な理由を言った。
「僕は、君のことが心配だ、父上も無理はするなって言っていたじゃないか。 お願いだから、今日は岩国村で宿を取ろう?」
「…ええ、分かりました」
御琴は渋々承諾した。
音鬼丸と御琴は夕方に岩国村の宿を取る。 当然音鬼丸は御琴と別々の部屋を取った
御琴は部屋の中に入る。
(さすがに疲れました…)
正直、琴は音鬼丸の提案に感謝していた、口では平気だと言ったが、それでも辛かった、そして、音鬼丸に自分が苦しんでいる所を見られたくなかったのだ。
(お兄様…私は…眠るのが怖いです)
最近、御琴は眼を閉じて寝て、翌朝起きても、全く眠った気がしなかった、前の旅から数ヶ月後の最近のことだ。
(眠ったら、あの時の事ばかり思い出してしまう…)
御琴は倒れるように布団の上に横たわった。
「私は…生きていて…良いのでしょうか…」
御琴は、ぽつりと呟く。
着替えもせずに御琴は布団に入り、それ以降言葉を漏らさなかった。
次の日の朝
「遅いな…御琴」
いつもより早く起きた音鬼丸は、朝餉を食べ終えた所だった。
「どうしよう、御琴の部屋に行ったほうがいいのかなぁ」
(けど、兄妹っていっても双子で、御琴は女の子だからなぁ…)
しかし、音鬼丸は迂闊にも御琴の寝顔を想像してしまい、心臓の鼓動が速くなる。
(ななな何を考えているんだ僕は!)
自分で自分の顔を殴って正気を取り戻した、力を入れすぎたらしく思った以上に痛かった、頭がくらくらする。
(はぁ…)
音鬼丸は、再び悩み込む。
(入って怒られたらどうしよう…)
おとなしい音鬼丸はどこか御琴に、気恥ずかしい遠慮をしていた
(女の子って、あんまり自分の寝ている姿を見られたくないんだろうなぁ…)
音鬼丸はあれこれ考えていた、しかし
「昨日のこともあったし、とりあえず部屋の前まで行ってみよう、もう起きているかもしれない」
音鬼丸はどこか後ろめたい感じがしたが、御琴の泊まっている部屋に向かった。
眼を覚ましたとき、疲れが全く取れていないことに御琴は気が付いた、息も苦しい、体がうまく動かない、布団を被っているのに寒い。
(苦しい…誰か…私を…助けて…)
御琴は何故か恐怖を感じた
(怖い、助けて…お兄様…)
(来ちゃった…。 どうすれば良いんだ…)
音鬼丸は御琴の部屋の前に立っていたが、どうすればいいのか全く分からず、困っている。
(とりあえず、声を掛けてみよう)
音鬼丸は軽く引き戸を叩いて
「御琴~? 起きているかい?」
音鬼丸は勇気を出して言ってみたが返事はない。
(まだ寝てるのかな…)
しばらく時間を置いてからまた呼んでみようと思い、そこから立ち去ろうとしたが
「……何だ?」
部屋から微かな呻き声が聞こえたのを音鬼丸は聞いてしまった、荒く、苦しそうな息遣いも聞こえる。
(これは、どうしたら…)
音鬼丸は迷った。
(ええい!こうなったら当たって砕けてやる!)
覚悟を決め、御琴の部屋に静かに入る。
「御琴…?」
部屋を見回した、すぐに御琴を見つけた
「御琴!! 大丈夫か!?」
苦しんでいる御琴を見た瞬間、さっきまで躊躇していたことを忘れて、音鬼丸は慌てて御琴の側に駆け寄った
「お…にい…さ…ま…おは…よう…ご…」
御琴の声はいつもより小さくて途中で途切れそうな声だった。
「それ以上しゃべっちゃ駄目だ!」
御琴の顔を間近で見た途端、音鬼丸は今まで以上に不安になった、顔はいつもよりも白く、汗も大量に出て、息も苦しそうだった
「わ…たしは…ひどい…事を…ご…め」
目の焦点が合ってなかった、何か行っているのだが、よく聞き取れなかった
「あぁ…」
御琴は痙攣を起こし、意識を失う。
「御琴! しっかりするんだ!」
音鬼丸は御琴に呼びかけたが、返事は無かった、御琴の口の上に自分の手を掲げる、呼吸はしていたが、吸う力がとても弱かった。
「今お医者様を呼んでくるから!」
音鬼丸は急いで部屋を飛び出した。
(御琴に、何かあったら、僕は…)
悪い予感が脳裏をよぎるが、音鬼丸は走ることしか出来なかった。
所変わって、ここは京の都
高野丸は依頼を終え、家へ帰る途中だった
(手強い妖怪がいなくなったって事は、平和な証拠なのかなぁ)
今日終えた仕事を振り返って、高野丸はそんなことを考えていた
「ただいま~」
「おかえりなさい。 お疲れさま、高野丸」
家には高野丸の妻の秘女乃が昼餉を作り終え待っていた、高野丸は秘女乃と数ヶ月前に結婚したばかりだった
「もうご飯出来ているみたいだね?」
「ええ、あなたの口に合うか心配だけれど…」
「そんなこと無いよ、前よりもずっと料理の腕は上がっているよ」
高野丸は初めて秘女乃の手料理を食べて、気絶した時の事を思い出し、苦笑いを浮かべる。
「ふふ、ありがとう、今日の依頼はどうだったの?」
「楽な仕事だったよ、毎回こんな仕事ばっかりだったら助かるんだけどね?」
今日の依頼はある家の屋根裏で悪戯をする子供の幽霊を追っ払っただけの仕事だった。
「本当にそうねぇ」
「さてと、そろそろ頂こうか」
高野丸が昼餉を食べようとしたとき
「高野丸さん!」
「音鬼丸!?」
そこには御琴を抱きかかえた音鬼丸が立っていた、どうやら走ってきたらしく、汗を噴出していた、
高野丸は以前、共に旅をしていた音鬼丸が連絡も無しに突然訪れた事以上に、御琴を見て只事では無いと悟った。」
「御琴を、見てもらえないでしょうか!?」
「何が起こったんだい?」
「実は…」
音鬼丸は事の一部始終を説明した、秘女乃が布団を用意して、御琴を寝かせていた。
「そうか、そんなことが…」
「何人ものお医者様にも見ていただいたのですが、“病気ではない、呪いの類ではないか”と言われ、高野丸さんならば何か分かると思ったのですが…」
高野丸は考え込む。
「何か変わったことは無かったかい?」
「最近、ひどく疲れて、眠れてないみたいなのです」
「どれくらい前から?」
「前に高野丸さん達と会って、数ヵ月後です。」
「御琴がどんな女の子か分かるかい?」
「優しくて、しっかりしていて、あまり弱音を吐かないところだと思います。」
「そうか…。 日本に来たいと言った理由は?」
「確か、前の戦いで死んだ人の墓参りに行きたいと言ってました。」
「…」
外は既に暗くなっている、高野丸は何かを考えているようだ。
「多分呪いの類じゃなくて、精神的な物かも知れない。」
「精神的な物…ですか?」
「おそらく、御琴は優しい女の子だから、なるべく他人に迷惑を掛けないようにしようとしたんじゃないかな?」
「確かに…」
音鬼丸はうつむく。
「治す方法はあるのでしょうか?」
「う~ん。 これは、一か八かだな…」
高野丸はしばらく考え、結論を出した。
「むかし、おじいちゃんに無理やり修行させられたとき、色んな術を教えてもらった、その内の一つに、自分や他の人の精神だけを、第三者の心に送りこむ術を教えてもらったんだ。」
「精神を、第三者に送り込む…?」
「うん、おじいちゃんがこの術を編み出した理由は、おじいちゃんが茨鬼さんが琴音さんを勝手に操って自分の物にしているだろうって決め付けてこの術を編み出して、僕にも強制的に覚えさせられたんだ、まぁおじいちゃんはもうこんな術を使おうとは思ってないだろうけど。」
「曾おじいちゃんが…」
「他人の精神に勝手に入り込むなんて、僕はこの術を絶対に使わないって決めたけど、御琴を助ける方法はこれしかない。」
高野丸は真剣に話している。
「音鬼丸は、御琴の精神に入って、病気の原因を取り除くんだ、今の僕なら、音鬼丸の精神を御琴の精神まで飛ばせる、けどこの術はかなり危険で、失敗したら御琴だけじゃなくて君の命を落としてしまうかもしれないんだ、それでもいいのかい?」
「もちろんです!」
「分かった、じゃあ眼をつぶって。 そして、御琴の事だけを考えていて。」
音鬼丸は言われた通りにした、高野丸は術を使うため、精神を集中させている。
「御琴の顔色が良くなったら、すぐに呼び戻すから」
「はい!」
高野丸は術の詠唱を始めた。
「…………………はぁ!」
高野丸が術を唱え終えた瞬間、音鬼丸はその場に倒れた。
「ふぅ…」
「大丈夫かしら、音鬼丸…」
「彼なら、御琴を助け出せるんじゃないかな?」
「ええ、この前だって助け出せたんですもの。 今回も大丈夫よね?」
「ああ、音鬼丸が御琴を助け出せるって事を願っていよう。」
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